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大阪大学大学院生命機能研究科長 柳田 敏雄 氏
生体システムが選んだ「曖昧」という戦略
〜Seeing is believing〜
タンパク質一分子に蛍光マーカーをつけ、光学顕微鏡でその動きを直接観察する一分子イメージング。暗闇の中でうごめく光の一つ一つが、生命のダイナミクスそのものだ。今から30年程前、半導体の世界から生物の世界へと移ってきた柳田氏が切り開いてきた道だ。
柳田氏が修士課程に在籍していた頃、半導体研究は正にこれから花開こうとしているところだった。「1990年代には脳型コンピューターの時代になっていると教わったのです。それはひとえに素子の開発がうまく行けばできると言われていた。でも僕は素子レベルで基本的に違うものを作らないとだめだろうと思っていたのです」。シリコンとは異なる素材で、全く違うアルゴリズムでコンピューターを実現しているのは生体。それならばと、博士課程では生物の世界に転向する。しかし、そこで支配的だったのは、生体はゼロかイチかで動くという、人工機械のメカニズムと同じ考え方だった。「生物と人工機械は違うから研究しているはずで、物理をやっていた人間なら、データを見れば生体がゼロイチで動くというのはちょっと変だなと思うのです。でも、それを証明しなければいけなかった」。そのために生み出されたのが、一分子イメージングだったのだ。「見れば、なるほどと思うでしょ。Seeing is believing」生物出身ではない柳田氏ならではの発想だった。
そうして見えてきたのは、生体は極めて曖昧でいい加減なものだということ。例えば、柳田氏の研究によって、筋肉細胞はブラウン運動をエネルギーとして使っていることがわかった。これまで、細胞を動かすのに使われるとされていたATPのエネルギーは、ランダムなブラウン運動の中から正しい方向の動きを選択するために利用されていると言う。「生体がつぎ込んでいるエネルギーは熱ノイズと大差ないものだから、ノイズとかけ離れた動きはできないのです。それをうまく処理しないと機能しない。分子の動きを詳細に調べた結果、ノイズは利用できるのだということがわかるのです」。コンピュータなどの人工機械は、熱エネルギーの数百倍のエネルギーをつぎ込んで正確かつナノ秒の高速で動作する。一方、生体はブラウン運動(マイクロ秒のオーダー)を利用しているため、ミリ秒単位でしか動かない。その上、数十回に一度という高い確率で間違える。しかし、このいい加減な素子が集まった時、それは今の人工機械では不可能な高次機能を発揮する。「タンパク質である分子機械は、生体内で単独で動いているわけではない。間違えないということは、他に合わせることができない、フレキシビリティがないということです。外の状態が揺らぐから間違うわけで、外部の影響を受けても、システムとして対応できるフレキシビリティがあるからこそ、柔軟性やアダプティビティが出てくるのでしょう。ダイナミックなシステムを作るための性質は、分子機械にあるのです。その分子機械の性質をきちんと調べることで、生体特有のダイナミックなシステムがどうしてできているのか、わかりそうなところまできた」。そう語る柳田氏が目指すのは、生体システムのメカニズムを使った人工機械だ。バイオの力を借りた量子コンピューターを手始めに、最終的には生体アルゴリズムを使った脳型コンピューターを作る。そして、もう一つの目標はアクチュエーター、人工筋肉の開発だ。
柳田氏の話にはロボット工学から高分子化学まで、様々な分野の研究者が登場する。「生体システムというのは究極のナノテクノロジーを使って作ったようなものだけど、それをそのまま人工のテクノロジーにすることはないと思うのです。でも、ヒントにすることはできる。だから人工的なテクノロジーをやっている先生方と、僕らが話をすることによって新しいナノテクノロジーが生まれてくると思います。普通は工学系の人が医学系の人と話をしても話にならないのです。言語が違う。でも、僕らは工学がベースですから、彼らが何を求めているのかがわかるし、どういう単語を使えばいいのかもわかる。ナノテクノロジーを本当に有効に働かせるためには、そういうヘテロな人材を育てないと。様々な分野の第一線の研究者を一同に集めて、ヘテロな集団で学生を教育すれば、ヘテロなドクターが出来上がるのですよ。5年待てばいいんだから。」今の若い世代は選択肢が多すぎて何をすれば良いのかわからないように見える。そんな彼らにとってナノテクノロジーは一つの指針となると柳田氏は言う。「ナノテクノロジーを目標に入ってみると、実はその中に色々な分野がある。そこから本当に自分のしたいことが見つかっていくのではないかな。」実際、柳田氏が新たに立ち上げた生命機能研究科には、全国から応募が殺到し、企業からの寄付講座もわずか半年で3つも決まっている。ナノテクノロジーに注目が集まる今、学生も企業もヘテロな研究機関を求めているのを痛感している。
(聞き手:コスモピア 石黒邦子)
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