量子力学を超えるもの
〜ホログラフィ電子顕微鏡の挑戦〜
“The Most Beautiful Experiment”昨年、イギリスのPhysics World誌が科学史上最も美しい実験を読者に募集したところ、見事一位に輝いたのが外村氏の行った電子の二重スリットの実験だ。「二位以下を見るとガリレオやニュートンといった面々が並んでいるんですよ」と外村氏は思わず顔をほころばせる。電子は粒子であり波であるという、量子力学の概念的な本質を、目で見える形にして直観的に理解させる。ファインマンをして「量子力学の神髄だが実行は不可能」と言わしめた二重スリットの実験は、ホログラフィ電子顕微鏡を駆使した研究で世界をリードしてきた外村氏だからこそ実現できたものだ。
「子供の頃から、水の波紋を見てきれいだなと思っていたんです。それが、大学で量子力学を習ったら、電子も波だという。それならその波紋を見てみたいと思って、この道に入ったんです」。1968年、100kVの電界放出型ホログラフィ電子顕微鏡の開発を皮切りに輝度の向上に努め、78年には磁力線を観察、82年にはアハラノフ・ボーム(AB)効果を検証する。電場や磁場以外にも、電子に物理的な影響を与えるベクトル・ポテンシャルが存在するというAB効果。理論上の数量と考えられてきたベクトル・ポテンシャルが実在の物理量であることを実証したのだ。
さらに89年には、超伝導体中の磁束量子が外部からかけた磁場を変化した時に川のように流れる様子を動的観察する。超伝導状態の維持には、磁束量子を固定することが重要だ。超伝導体中に欠陥があると磁束量子がそこに捕まり、磁束をピン止めできることが経験的にわかっていたが、外村氏の動的観察によって、初めてそのメカニズムが明らかとなった。そして2000年、構想から17年を費やして1MVのホログラフィ電子顕微鏡をついに実現。世界一を誇る分解能は0.5Å、輝度は2×1010 (A / cm2 ・ sr)と68年に比べ4桁も高くなった。「磁束量子の観察は、僕たち電子顕微鏡屋の一つの夢だったんです。それが40年かけてやっとできるようになった。技術と研究は車の両輪で、技術の高みに至れば、今まで手が届かなかったような研究にも手が届くようになる」。
世界最高の技術を手にした外村氏は、現在、高温超伝導体中の磁束量子の観察を続けている。高温超伝導体は層状構造であるため、金属系に比べ磁束量子の動きが複雑だ。高温超伝導特有の現象として磁束量子のチェーンが挙げられる。三角格子を組む磁束量子の中に、ひときわ密な磁束量子の列が見られるのだ。従来は、磁場が斜めになっているのではないかと言われてきたが、外村氏の研究で、チェーンを作っている磁束量子と直交する形でジョセフソン磁束量子が層間を走っていることがわかった。これらの成果には、高温超伝導の謎を解く鍵が含まれていると考えられる。
「僕は電子顕微鏡をやっている写真屋なんです。写真で見ると色々な情報がそこに入っている。見た時に、それが本物かどうかというのは、理屈はもちろんのこと、きれいかどうかというのも一つの判断基準なんです。僕たちの十分な努力があって、きれいな写真が撮れて、新しいものが見える。それがナノの魅力かな」。水の波紋に端を発したあくなき好奇心。それを若い研究者にも期待する。「まずは好きなことを見つけて欲しい。当たり前のことをするなら人を説得しやすいけれど、人を驚かせることはできない。前例のないことをやりたいと思ったら、人を説得しなくては。大変だと思うけど、好きなことに執着していれば苦にならないはずです」。それは外村氏自身の歩んできた道でもある。
一方で、科学技術の発展は、研究者の努力だけで成し遂げられるとは限らない。「国民が独創的な仕事をした人を尊敬しないと。昔、力道山が活躍していた頃には、みんながテレビでプロレスを見たんです。サイエンスでも、そういうすごい人を育てれば国民も目を向けてくれる。目を向けてくれれば、研究者もまた良い仕事をする。その両方があって、高まっていくんです」。そう語る外村氏自身が注目するプロジェクトの一つがスーパーカミオカンデだ。見えないものの正体を追い続ける姿勢が重なる。一つ見えればその先に、また見たいものが立ち現れる。「本当は生物なんかも見てみたいけど」とも口にするが、「まだまだ物理学にも面白い現象はたくさんある」とも言う。「こうして見ていくと、量子力学では説明できないことが出てくるかもしれない。量子力学は、できてから今まで繋がって成り立っているけど、それがずっと続くわけじゃないと思うんですよ。僕たち人間は全部わかっちゃったわけじゃない」。古典力学の先に量子力学があったように、量子力学の次に来るもの。「それを見つけるには、何かきっかけの実験がなくちゃ。それは、ナノの実験かもしれない」。






