画像:内部空間に有機分子が挿入されたカーボンナノチューブの構造模式図 (東北大学岩佐義宏教授らのカーボンナノチューブと有機分子の複合材料の研究から、岩佐教授の許可を得て掲載)
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Japan Nanonet Bulletin 第9号 : 2003年 3月11日

ナノネットインタビュー

外村 彰(とのむら あきら)氏
外村 彰(とのむら あきら)氏
昭和40年 東京大学理学部 物理学科卒業
株式会社 日立製作所 中央研究所入社
平成2年日立製作所 基礎研究所主管研究長、平成11年フェロー、現在に至るまで従事。
昭和50年 工学博士
平成5年 理学博士
平成元年 新技術事業団「位相情報プロジェクト」総括責任者
平成13年 理化学研究所フロンティア研究システム単量子操作研究グループグループディレクター
入社以来、一貫して電子線装置の開発及び応用研究に従事。電子線エネルギー損失、電界放出型電子銃の開発を経て、昭和49年から本格的に電子線の干渉性を利用した電子線ホログラフィーの研究に従事、現在に至る。アメリカ物理学会フェロー。東京工業大学連携教授併任、その他複数大学の客員教授。平成6年には、英国王立研究所にて「金曜講話」を務められた。
 
受賞等
昭和57年 仁科記念賞 仁科記念財団
平成3年 恩賜賞・学士院賞 日本学士院
平成11年 フランクリンメダル
フランクリン・インスティテュート
平成12年 米国科学アカデミー(物理)外国人会員
平成14年 文化功労者顕彰
(他学会賞等多数)
図1
図1 拡大
コロジオン膜にあいた小さな孔から出た電子の波紋
小さな孔から発生した球面波が透過波と干渉して同心円状の干渉縞を作る。
図2
図2 拡大
電子の二重スリットの検証実験
電子は、1ヶ1ヶ送られ、二重スリット(電子線バイプリズム)を通った後、検出される((a)と(b))。電子はどちらかのスリットを通るに違いないと考えられるが、電子が沢山積算されると、二重スリットの両側を同時に通って干渉した時に生じる干渉縞が観測される。電子は、いつも1ヶの粒子として検出されるが、2つのスリットを同時に通っているに違いない。
図3
図3 拡大
AB効果の検証実験
Permalloyでできたリング状の磁石((b)(c))の孔の中と外部に電子線を通過させると、ベクトル・ポテンシャルによって位相差が生じる((a))。電子の波は、全く電場・磁場のない領域を通っているので、全く力を受けていないにも拘わらず、観測可能な影響を受ける。
図4
図4 拡大
1MVホログラフィー電子顕微鏡
最も輝度の高い電界放出電子線、電子線バイプリズム、極低温試料ステージを備えた格子分解能の記録を有する電子顕微鏡。
図5
図5
図5 a.b 拡大 c 拡大
Bi-2212のチェーン磁束量子
層状の高温超伝導体に傾いた磁場をかけると、磁束量子がチェーン状に並ぶ。Bi-2212では、白い矢印で示すチェーン状磁束量子(a)が現れるが、何故チェーンと三角格子が交互に現れるかが、10年来の謎であった。1MVホログラフィー電子顕微鏡によって超伝導内部の磁束量子が観察出来るようになったため、図(c)に示したようなKoshelevモデルが立証された。
株式会社日立製作所 フェロー 外村 彰 氏

量子力学を超えるもの
〜ホログラフィ電子顕微鏡の挑戦〜

“The Most Beautiful Experiment”昨年、イギリスのPhysics World誌が科学史上最も美しい実験を読者に募集したところ、見事一位に輝いたのが外村氏の行った電子の二重スリットの実験だ。「二位以下を見るとガリレオやニュートンといった面々が並んでいるんですよ」と外村氏は思わず顔をほころばせる。電子は粒子であり波であるという、量子力学の概念的な本質を、目で見える形にして直観的に理解させる。ファインマンをして「量子力学の神髄だが実行は不可能」と言わしめた二重スリットの実験は、ホログラフィ電子顕微鏡を駆使した研究で世界をリードしてきた外村氏だからこそ実現できたものだ。

「子供の頃から、水の波紋を見てきれいだなと思っていたんです。それが、大学で量子力学を習ったら、電子も波だという。それならその波紋を見てみたいと思って、この道に入ったんです」。1968年、100kVの電界放出型ホログラフィ電子顕微鏡の開発を皮切りに輝度の向上に努め、78年には磁力線を観察、82年にはアハラノフ・ボーム(AB)効果を検証する。電場や磁場以外にも、電子に物理的な影響を与えるベクトル・ポテンシャルが存在するというAB効果。理論上の数量と考えられてきたベクトル・ポテンシャルが実在の物理量であることを実証したのだ。

さらに89年には、超伝導体中の磁束量子が外部からかけた磁場を変化した時に川のように流れる様子を動的観察する。超伝導状態の維持には、磁束量子を固定することが重要だ。超伝導体中に欠陥があると磁束量子がそこに捕まり、磁束をピン止めできることが経験的にわかっていたが、外村氏の動的観察によって、初めてそのメカニズムが明らかとなった。そして2000年、構想から17年を費やして1MVのホログラフィ電子顕微鏡をついに実現。世界一を誇る分解能は0.5Å、輝度は2×1010 (A / cm2 ・ sr)と68年に比べ4桁も高くなった。「磁束量子の観察は、僕たち電子顕微鏡屋の一つの夢だったんです。それが40年かけてやっとできるようになった。技術と研究は車の両輪で、技術の高みに至れば、今まで手が届かなかったような研究にも手が届くようになる」。

世界最高の技術を手にした外村氏は、現在、高温超伝導体中の磁束量子の観察を続けている。高温超伝導体は層状構造であるため、金属系に比べ磁束量子の動きが複雑だ。高温超伝導特有の現象として磁束量子のチェーンが挙げられる。三角格子を組む磁束量子の中に、ひときわ密な磁束量子の列が見られるのだ。従来は、磁場が斜めになっているのではないかと言われてきたが、外村氏の研究で、チェーンを作っている磁束量子と直交する形でジョセフソン磁束量子が層間を走っていることがわかった。これらの成果には、高温超伝導の謎を解く鍵が含まれていると考えられる。

「僕は電子顕微鏡をやっている写真屋なんです。写真で見ると色々な情報がそこに入っている。見た時に、それが本物かどうかというのは、理屈はもちろんのこと、きれいかどうかというのも一つの判断基準なんです。僕たちの十分な努力があって、きれいな写真が撮れて、新しいものが見える。それがナノの魅力かな」。水の波紋に端を発したあくなき好奇心。それを若い研究者にも期待する。「まずは好きなことを見つけて欲しい。当たり前のことをするなら人を説得しやすいけれど、人を驚かせることはできない。前例のないことをやりたいと思ったら、人を説得しなくては。大変だと思うけど、好きなことに執着していれば苦にならないはずです」。それは外村氏自身の歩んできた道でもある。

一方で、科学技術の発展は、研究者の努力だけで成し遂げられるとは限らない。「国民が独創的な仕事をした人を尊敬しないと。昔、力道山が活躍していた頃には、みんながテレビでプロレスを見たんです。サイエンスでも、そういうすごい人を育てれば国民も目を向けてくれる。目を向けてくれれば、研究者もまた良い仕事をする。その両方があって、高まっていくんです」。そう語る外村氏自身が注目するプロジェクトの一つがスーパーカミオカンデだ。見えないものの正体を追い続ける姿勢が重なる。一つ見えればその先に、また見たいものが立ち現れる。「本当は生物なんかも見てみたいけど」とも口にするが、「まだまだ物理学にも面白い現象はたくさんある」とも言う。「こうして見ていくと、量子力学では説明できないことが出てくるかもしれない。量子力学は、できてから今まで繋がって成り立っているけど、それがずっと続くわけじゃないと思うんですよ。僕たち人間は全部わかっちゃったわけじゃない」。古典力学の先に量子力学があったように、量子力学の次に来るもの。「それを見つけるには、何かきっかけの実験がなくちゃ。それは、ナノの実験かもしれない」。

(聞き手:コスモピア 石黒 邦子)

キーワード
電子顕微鏡(electron microscope)
電子線を用いた顕微鏡。100kVで加速した電子は4pmという非常に短い波長を持つため、光学顕微鏡をはるかに越える分解能で物体を観察できる。ただし、分解能の限界は、電子線の波長で決まっている訳ではなく、電子レンズの収差で決まっている。レンズ収差を小さくして分解能をさらに向上させるための努力が行われており、ホログラフィーもその目的のために考案された。
電子線ホログラフィー(electron holography)
電子の像を光の像に変換する二段階の結像法。電子線で作った物体のホログラムに光をあてると、電子線の波が光で再現される。電子の波面がそっくり光の波面が再生されるため、三次元像が観察できる。干渉性の良い電界放出電子線の出現によって電子線ホログラフィーが実用レベルに達し、電子顕微鏡では不可能だった磁力線の観察などが実現した1)。
1)A. Tonomura: “The Quantum World Unveiled by Electron Waves” World Scientific, Singapore, 1998.
アハラノフ・ボーム効果(Aharonov-Bohm effect)
量子力学には、常識を逸脱した現象が存在するが、その1例が、アハラノフ・ボーム(AB)効果である。無限に長いコイルに電流を流すと、内部にだけ磁場が生じる。一点から出た電子線をコイルの両側を通し、電子線バイプリズムで重ね合わせると干渉縞が生じる。電磁場の無い領域を同じ距離走ったにも拘わらず、両側の電子線は、ベクトル・ポテンシャルによってコイル内部の磁束に比例した位相差を生じ、干渉縞がずれる。金属中の電子もAB効果を示すことが実証され、量子力学の神髄を示す重要な現象と見なされている。
高温超伝導体 (high-temperature superconductor)
転移温度の高い銅酸化物の超伝導材料で、強力磁石や無損失導電体への実用化に期待がかけられている。しかし、高温超伝導体は層状構造をしているため、磁束量子が特異な振る舞いを示し、動きやすいために実用化に必須な磁束量子のピン止めが難しい。最近1MVホログラフィー電子顕微鏡によって高温超伝導薄膜中の磁束量子が直接観察が可能になり、ピン止めの現象をじかに見ることができるようになった。
磁束量子 (Magnetic flux quantum)
超伝導体にかける磁場が弱いうちは、超伝導体内部から磁場が排除される(マイスナー効果)。高温超伝導体などの第二種超伝導体では磁場をさらに強くすると、細い糸の形で超伝導体が破れ、磁場が侵入する。これが磁束量子で、一定の微小磁束(h/2e=2×10-15Wb)を有する。超伝導体を無損失の導電体として利用するためには、電流によって磁束量子に力が加わった時に、動き出さないように欠陥を導入してピン止めする必要がある。