画像:内部空間に有機分子が挿入されたカーボンナノチューブの構造模式図 (東北大学岩佐義宏教授らのカーボンナノチューブと有機分子の複合材料の研究から、岩佐教授の許可を得て掲載)
| JNNBトップ | 配信申込み | インタビュー | 研究者通信 | ナノインフォ | テキスト版 | バックナンバー |
JNNB検索

Japan Nanonet Bulletin 第10号 : 2003年 3月18日

ナノネットインタビュー

大津 元一(おおつ もといち)氏
大津 元一(おおつ もといち)氏
1973年 東京工業大学工学部電子工学科卒業。
1978年 東京工業大学大学院電子物理工学専攻博士後期課程修了。工学博士。
1986〜
 1987年
米国AT&T(現ルーセントテクノロジーズ)ベル研究所研究員。
1991年 東京工業大学助手、助教授を経て現職。
 
受賞等
2004 紫綬褒章
 
現在、科学技術振興事業団ERATO大津「局在フォトン」プロジェクト総括責任者を兼任。専門はナノフォトニクス。
図1
動画1 再生 (MPEG1形式 2,198KB)
図1
図1 拡大
光の回折限界を超えて微小化した、ナノ光デバイスとその集積回路の概念。
図2
図2 拡大
ナノ光デバイスの例。ナノ光スイッチとナノ光導波路。
図3
図3 拡大
近接場光を用いたナノ光加工。亜鉛とアルミのナノドットの作成例。
東京工業大学大学院総合理工学研究科 教授
大津 元一 氏

小さな光の粒が救世主
〜「ナノフォトニクス」で拓く光新時代〜

ナノサイズの物質に光があたると、その物質にまとわりつくようにできるナノサイズの“光の膜”。この光の膜を「近接場光」という。大津氏は、光ファイバーの先鋭化により近接場光を作り出し、実用化への道を切り開いた。「ナノフォトニクス」研究のパイオニアだ。

近接場光は、1873年にマックスウエルが打ち出した電磁場理論体系の中に潜んでいる。大津氏によれば「この中の方程式を解けば近接場光が出てくるが、当時は無線通信という遠くに電波を送ることを目指したため、近接場光は注目されなかった」そうだ。そして、1928年に英国の科学者、シンゲが「板に小さな穴を開けると、パーッと広がる光のほかに、わずかに染み出している光もあるはず。それを使えば小さな光源になる。でも、それが私にできるとは思わない」と論文で示したという。

1980年代の初め、21世紀は光の時代と謳われるなか、レーザーの安定化を研究テーマとしていた大津氏は、オリジナリティーを求めて新たなテーマを探った。見つけたのは、光科学技術にとって必要だが見落とされていた「光を小さくすること」だった。光を小さくすることは、近接場光を作り出して使うこと。大津氏は、光ファイバーの先端を極めて細く尖らせると、先端に近接場光ができると考え、1981年には光ファイバーの先鋭化を始めた。しかし、光ファイバーの性能が十分でなかったこと、尖った先端を観察する電子顕微鏡の性能が伴わなかったことなどから困難を極めた。1982年2月26日の研究ノートには「学生にやらせるテーマとしては不可。自分でやるしかない」と記されている。それ程、先の見通せないテーマであった。1986年から1年間、研究員として出向した米国のAT&T(現ルーセントテクノロジーズ)ベル研究所でも、「ファイバーを加工しても尖らない」という理由で提案を却下された。しかし帰国後、孤軍奮闘の末に先端をナノメートルオーダーに尖らせることに成功する。当時の日本製の光ファイバーとベル研究所で使っていたものでは、コアの作製方法や成分分布が違っていたためで、日本製光ファイバーをフッ酸で溶かしたところ成功したのだ。「偶然にも日本のファイバー技術の高さに助けられた。本当にラッキーだった」という。大津氏はこれで近接場光の存在を実証し、1990年代には先鋭化ファイバーを用いた顕微鏡で、DNAの単一分子などを従来の光学顕微鏡の100倍近い倍率(電子顕微鏡と同等)で観測している。この世界記録はまだ破られていない。

大津氏は、さらに「波長よりも小さなサイズの光を作り、ナノ寸法化した材料とドッキングさせること」、で「ナノフォトニクス」展開の可能性を拓いた。通常の光をレンズで集光する場合、焦点面の上では完全な一点にはならない。いわゆる回折限界のために、波長以下の小さなパターンを描こうとすると像がボケてしまう。大津氏は「今の光技術はよほどのブレークスルーがない限り、2010年ごろには回折限界に達して、ロードマップで予測される1平方インチ当たり1テラビット(Tb)の記録密度をもつ光メモリーなどは実現できないでしょう」という。米国は光ではなく磁気方式で1Tb開発を目指しているが、「磁気方式でできるのはせいぜい0.1Tbくらいまで。その後は近接場光を併用しないと1Tbは達成できない」とこの近接場光技術を高く評価した。日本でも、実際に近接場光を使って高密度の光メモリーを実用化する国のプロジェクトが、大津氏の取りまとめで昨年スタートしている。数年後にはその雛形が姿を現しそうだ。ナノ光デバイスとその集積システムのアイデアも組み立てられている。半導体や金属、微粒子で構成したナノ光デバイスの中を、近接場光が光スイッチとして情報をやり取りする役割を果たす。「ここでは従来の光はもはや主役の座を降りて、近接場光がそれに代わっているのです」。

近接場光の可能性はこれらにとどまらない。近接場光をプローブとして使い、材料の形状や光学物性を調べる世界初の走査型近接場光学顕微鏡が大津氏の特許を利用して製品化され、産業応用が始まった。物性を調べる以外にも、真空中を飛ぶ分子を捉えて分解し、半導体や金属の上に積み重ねるといった技術(ナノファブリケーション)がある。また、DNAを操ることや、原子を1個ずつ捉えて動かす近接場光ピンセットの研究も加速中だ。こうした可能性と多用性から、大津氏は近接場光を扱うナノフォトニクスを光科学技術の救世主と標榜している。「真空管からトランジスタというような、いわゆるパラダイムシフトを促すものになる」と見ているのだ。

「欧米の後追いではなく、改良技術ではないナノフォトニクスという基本的概念を自ら発想し、執念深く研究を続けた挑戦者だけが味わえる喜びです」。日本発の創造性の高い技術が産業に結びつき始めたことに顔がほころぶ。「技術の方向を示すロードマップは、研究者に目標を与えるという点で大きな意味があります。ただ闇雲に米国などの動きを参考にする従来のやり方を転換して、未来の社会が本当に必要としているものは何かを探り、日本らしい、日本が得意なところで独自の産業を創製し、それがゆくゆくは世界に貢献していく。そういった視点が必要ですね」。若者に贈る心構えだ。

(聞き手:筑紫 新)

キーワード
近接場光
物質に光をあてたとき、物質表面に発生する膜状の光。同時に反射光、散乱光、なども発生するがこれらは物質から遠方に伝搬していく。一方、膜状の光である近接場光は伝搬せず、物質表面にとどまる。この膜の厚みは物質寸法程度なので、物質がナノメートル寸法のとき、近接場光ナノメートル程度の寸法となる。すなわち非常に小さな光である。これを光源として使って、加工、デバイス動作などを行うのが光のナノテクノロジー、すなわちナノフォトニクスである。