画像:内部空間に有機分子が挿入されたカーボンナノチューブの構造模式図 (東北大学岩佐義宏教授らのカーボンナノチューブと有機分子の複合材料の研究から、岩佐教授の許可を得て掲載)
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Japan Nanonet Bulletin 第16号 : 2003年 5月 6日

ナノネットインタビュー

河田 聡 氏
河田 聡(かわた さとし)氏
1974年 大阪大学工学部 応用物理学科 卒業
1976年 大阪大学大学院 工学研究科応用物理学専攻 修士課程修了
1979年 大阪大学大学院 工学研究科応用物理学専攻 博士課程修了
日本学術振興会 特別研究員
カリフォルニア大学アーバイン校 電気工学科研究助手
1981年 大阪大学工学部 応用物理学科 助手
1992年 大阪大学工学部 応用物理学科 助教授
1993年 大阪大学工学部 応用物理学科 教授
1994年 Oxford大学 客員教授
1997年 Sydney大学 客員教授
2001年 阪大フロンティア研究機構 機構長
2002年 理化学研究所 ナノフォトニクス研究室 主任研究員
 
現在
大阪大学大学院 情報科学研究科 情報数理学専攻 教授
大阪大学大学院 工学研究科応用物理学専攻 教授
阪大フロンティア研究機構 機構長
理化学研究所 ナノフォトニクス研究室 主任研究員
科学技術振興事業団 戦略的基礎研究推進事業(CREST) 「非線形ナノフォトニクス」プロジェクトリーダー
徳島大学工学部 非常勤講師
学習院大学理学部物理学科 非常勤講師
Optics Communications、Editor
Journal of Microscopy (Royal Microscopical Society) Regional representative
Journal of Optics A、(Institute of Phsyics) Fellow
Cytometry (International Society for Analytical Cytology) Editorial board

レーザー顕微鏡研究会、会長
光産業技術振興協会、光技術動向調査委員会、委員長
Max Planck Society, Advisory, Erlangen Modern Optics Center(2002)
日本光学会、副幹事長(1999)、他
 
受賞等
1981年 応用物理学会 光学論文賞
1989年 日本分光学会 論文賞受賞
1996年 日本IBM科学賞(エレクトロニクス部門)
1997年 ダビンチ賞(フランスLVMH財団)芸術のための科学賞
1998年 市村学術賞貢献賞
2002年 OSA Fellow of the Society
島津賞
図1
図1 拡大
フェムト秒レーザーを用いた2光子吸収光微細加工システム
図2
図2 拡大
2光子過程によって作製されたミクロの彫刻
(a)牛 (b)チェーン (c)歯車
図3
図3 拡大
フェムト秒レーザーによる細胞刺激 (a)概念図 (b)カルシウムイオンの伝搬
図4
図4 拡大
ニアフィールド顕微鏡プローブの電子顕微鏡写真 (b)ニアフィールド顕微鏡で計測したローダミン6G色素のラマンスペクトル
大阪大学大学院 工学研究科応用物理学専攻 教授
理化学研究所 ナノフォトニクス研究室 主任研究員
科学技術振興事業団 戦略的基礎研究推進事業(CREST)プロジェクト リーダー
河田 聡 氏

光の波長を超えて
〜フォトニクスがナノの世界を横断する〜

世界一小さな牛。来年のギネスブックに載るその牛は、体長8μm高さ5μm。光で固まる光重合性樹脂で作られているが、脚や角、尻尾などは回折限界より小さく、光ではもはや見ることができない。波長数百nmのフェムト秒レーザー光を使って、数nmの構造を扱うことを可能にするナノフォトニクスの手法を河田氏は生み出したのだ。

フェムト秒レーザーで使うのは波長800nmから1200nmの近赤外光。この波長の光は可視光と比較すると解像度は高くないが物質の奥深くまで入って行きやすく、また物質に与えるダメージも小さいため工業的にも応用範囲が広い。「大きな波長で小さなものを見ようと思ったら、まず1つには波と波をかけ算すること。それが非線形分光学です」フォトンを時間的・空間的に強く閉じ込めると、2つのフォトンが同時に1つの電子を励起することができる。多光子過程と呼ばれるこの現象を実現するのがフェムト秒レーザーだ。多光子過程には高強度のレーザー光が必要だが、フェムト秒レーザーでは、例えば平均強度(パワー)が1mWの近赤外光を10ナノ秒溜めてから100フェムト秒に圧縮して発振すると、1kWものピーク強度(パワー)の光を生み出すことができる。光重合性樹脂にこのパルスレーザー光を照射すると、その焦点のフォトン密度の高い微小空間でのみ多光子過程が起き光重合により樹脂を固めるが、ミクロの牛は、コンピューターに入力された牛の輪郭に沿ってフェムト秒レーザーを照射、牛の表面のみを硬化した後、外側のモノマーを洗い流し、内部のモノマーを紫外線で硬化して作られた。この手法を用いれば、従来の「削る」手法とは全く異なるアプローチでナノデバイスを作ることができる。その証がミクロの牛だ。

 また、フェムト秒レーザーはバイオの分野における強力な武器となる「膜の外から刺激しても、中でどのような反応が起こるのかはわからない。でも、細胞レベルになるとほとんど透明といえるから、フェムト秒レーザーを使えば、レーザー光が中に入ってフォーカスした細胞内小器官だけを刺激することができる。すると、細胞はやられたと思うわけ。細胞内にカルシウムイオンが放出され、細胞が反応し、その情報が隣の細胞に伝わっていく。そういう反応をみると、細胞と細胞のコミュニケーションがわかってくる」。光をキーワードにすれば、半導体も細胞も同じように扱うことができる。

ナノフォトニクスのもう一つの手段が近接場光(ニアフィールド光)だ。河田氏は分子振動によって光のスペクトルがシフトするラマン散乱を利用したニアフィールド・ラマン散乱顕微鏡を使い、DNAやカーボンナノチューブの観察を行っている。ナノチューブと一口に言っても、半径や巻き方、あるいはフラーレンを内包するなど、その構造は様々でそれぞれに分子振動も異なる。ニアフィールド・ラマン散乱顕微鏡なら、製造の現場で、一度に多くのナノチューブを個別に観察することができる。「今起きていることそのままを見られる」のが光を使う強み。河田氏が目指すのは、分子1つずつの振動が見える光学顕微鏡だ。「僕はまだ10nmの世界にいるんですが、1nmから0.1nmの世界に行かなければ、自分の見たいと思っている世界は見えない。切らずに、あるいは化学反応を起こさせずに、今そこにあるDNAをそのまま見たい。ブレイクスルーのヒントは持っていますから、もう2〜3年でそこへ行けるんじゃないかと思っています」。

サイエンスにおける夢を追求する一方で、学問の社会貢献を強く意識する河田氏は、2001年10月から阪大フロンティア研究機構(FRC)の機構長も務めている。そのFRCがこの4月に立ち上げたのがFRe-大学だ。e-ラーニングを活用した社会人対象のナノ工学講座である。講師陣には、阪大が誇るナノテク研究の第一人者達が名を連ねる。文科系出身者のための入門コースも用意されている。「去年理科系を出た人でも、大学でナノテクの授業を受けた人はいませんよ。ナノだったら、文科系の人が今から入ってきても同じなんです。DNA一つ見ても、あれは生物なのか化学なのか物理なのかわからない。これまでの学問体系を超えたところに、ナノテクノロジーはあるんです」。次代の鍵となるバイオやフォトニクス、量子力学、情報科学等は、二つの分野を繋げた学際という線上にはない。「複数の学問が融合したもう一つ上のフェーズに、それらはあるんです。そのすべてを、複雑系とナノがカバーするんですよ」。

光を研究テーマに選んだのは、一つには「美しいものにあこがれる気持ち」から。もう一つには「半導体がはやりでも、みんなと同じことはしたくなかった」から。そして、「当時は電気工学科に入ったら電気会社に、建築工学科に入ったら建設会社に入るものという風潮でした。あえて特定のイメージのない応用物理を選んだんです。今のナノテクと同じです」。光が創り出すフロンティアを遠くに眺めていた時代を振り返る。「これまでは動かなければ損をしなかった時代。でも今は、動かなければ失うんです。だから若い人には、年寄りの成功や失敗の体験は聞かずに、ひたすら挑戦して欲しい」。次代のナノテクを担う者に告げるとともに、社会には新しい分野を迅速に取り入れる仕組みの必要性を説く。

(聞き手:コスモピア 石黒 邦子)

キーワード
多光子過程
通常の光反応と異なり、一つの原子ないし分子が同時に複数のフォトン(光子)と相互作用する過程。多光子過程を生じるためには非常に高いフォトン密度が必要で、フェムト秒レーザーと高NA対物レンズを用いて時間的・空間的にフォトン密度を極限まで高めることで実現できる。特に、2つの光子を同時に吸収する2光子吸収過程は、超解像と3次元分解能を得る技術として、顕微、ナノ加工、光メモリー等への応用が研究されている。
光重合性樹脂
光照射するとモノマー分子が重合し高分子化することによって液体から固体へ変化する材料で、一般にフォトポリマーと呼ばれる高分子材料の一つ。レジスト材料、製版、歯科用材料、光接着剤、ホログラム記録媒体、ステレオリソグラフィ材料、光ファイバー被覆、絶縁/耐熱用コーティング剤等、非常に多岐にわたる工業分野で広く用いられる。2光子吸収を用いた3次元微細加工、3次元フォトニック結晶など、ナノデバイスを目指した微細加工技術への応用が研究されている。
フェムト秒レーザー
パルス幅がフェムト秒(10-13〜10-15秒)台のパルスレーザー。チタンサファイアレーザーが主流である。パルス幅が非常に短いため、平均強度が数mWと微弱でもパルスのピークではkW台の光強度が得られる。近年、フェムト秒レーザーを用いた非線形光学や多光子過程の研究が行われ、特に非線形効果による超解像顕微、3次元ナノ加工の研究が注目されている。
カルシウムイオン
細胞の刺激応答反応における細胞内あるいは細胞同士での情報伝達物質としての役割を持つ。通常、細胞質内のカルシウムイオンは低濃度に保たれているが、細胞が刺激を受けると細胞内または細胞外のカルシウムイオンストアからカルシウムイオンが放出され細胞質内の濃度が上昇する。カルシウムイオンと細胞内の様々なタンパク質との複雑な連鎖反応を通して細胞の応答反応がおこる。
ラマン散乱
物質に光を照射したときに生じる非弾性な光散乱のこと。ラマン散乱光は入射光の振動数からわずかにずれた振動数を持つ。この振動数のずれは物質を構成する分子や原子の振動に起因するもので、ラマン散乱スペクトルを解析することによって物質の成分を同定することができる。
ニアフィールド顕微鏡
エバネッセント光(近接場光)を用いて回折限界を超えた超解像観察をおこなう光学顕微鏡。走査型プローブ顕微鏡の一種でもあり、光の波長よりもはるかに微細に先鋭化した探針(プローブ)を試料に数nmまで近接させ、試料とプローブの間に発生させたエバネッセント光を検出する。ニアフィールド顕微鏡の分解能はプローブの先端径で決まり、探針を十分先鋭化させると数nm〜数10nmの領域での試料の光学特性を計測することができる。