画像:内部空間に有機分子が挿入されたカーボンナノチューブの構造模式図 (東北大学岩佐義宏教授らのカーボンナノチューブと有機分子の複合材料の研究から、岩佐教授の許可を得て掲載)
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Japan Nanonet Bulletin 第24号 : 2003年 7月1日
ナノネットインタビュー:
  東京工業大学 資源化学研究所 教授
吉田 賢右 氏
 
吉田 賢右(よしだ まさすけ)氏
吉田 賢右(よしだ まさすけ)氏
1972年 東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻課程博士課程修了
理学博士
自治医科大学第一生化学講座 助手
1978年 自治医科大学第一生化学講座 講師
1979〜81年 Univ. of California, San Diego, visiting research staff
1985年 東京工業大学理学部 助教授
1989年 東京工業大学理学部 教授
1990年 東京工業大学生命理工学部 教授
1992年 東京工業大学資源化学研究所 教授
2001年 科学技術振興事業団 創造科学技術推進事業(ERATO)「吉田ATPシステムプロジェクト」総括責任者
現在に至る
 
社団法人日本生化学会評議員
社団法人日本生化学会理事
(1998〜2000年、2003年〜)
合衆国生化学・分子生物学会発行
国際学術誌 "Journal of Biological Chemistry"
Editorial Board
1998年 The Amgen Award, The Protein Society(U.S.A.)
図1
図1.FoF1-ATP合成酵素の模式図
Foは膜をプロトンが通るときの透過路であり、原核生物由来のものでは a、b、cの3種類のサブユニットからなり、その量論比は(おそらく)1:2:12である。
F1は、可溶性のタンパク質として生体膜から容易に単離することが可能である。 Foに結合していない状態ではプロトン輸送に共役したATP合成を行うことはできないが、逆反応であるATP加水分解反応を触媒する。そこで、F1部分は一般にF1-ATPaseと呼ばれている。原核生物由来のF1-ATPaseではその構成はα3β3γ1δ1ε1となっている。
図2
図2.回転触媒説
P. Boyerは酸素交換反応の解析を主力として研究を行い、 FoF1-ATP合成酵素によるATP合成反応において、(1)酵素上で起こるATP合成反応(ADP+Pi→ATP)にはエネルギーは必要ない。(2)ADP、Pi、が酵素に結合するとき、及び酵素からATPが遊離するときにH+の流れのエネルギーが使われる。(3)3カ所の触媒部位が交互に反応に参加する。という結論を導きだし、交代結合説(Alternate Binding Change Mechanism)の形にまとめあげた。この説によると、FoF1-ATP合成酵素(あるいはF1-ATPase)上では後から結合した基質が、先に隣接する触媒部位に結合していた基質の反応を促進するように働く。そして3カ所の触媒部位は、ATPを弱く結合した状態、 ATPを強く結合した状態、ADPとPiが弱く結合した状態、の3状態を順番に入れ替わりながら移り、ATP合成のためのプロトン駆動力はこの結合状態の交替に使われるとされた。
このように交代結合説では、ある一瞬で見れば3つの触媒部位は異なった役割を果たしているが、長い時間で見れば全て同じ役割を果たすことになる。そこで、この3カ所の触媒部位が平等に役割を交代するために、一つずつしかないγδε のサブユニットは酵素複合体の中で回転すると仮定された。そしてこの回転が FoとF1の間のエネルギーの伝達を担うと考えられた。これを回転触媒(Rotational Catalysis)説という。
図3
図3.野地・安田の実験
Boyerは優れた直感と論理的な考察によって回転触媒説にたどり着いたが、従来の生化学実験の範囲ではF1-ATPase中に一つずつしかないサブユニットが一方向に連続して回転していることを証明するには至らなかった。 1997年野地らは、本図に示すような方法で好熱菌由来のF1-ATPase α3β3γ部分複合体を用い、γサブユニットの回転を直接観察することに成功し、更に詳細な解析が安田らによって行われた。
生体エネルギーの謎にせまる
〜ATP合成酵素の回転運動を実証〜

 「生き物は回転が嫌いなんだよね」。ATP(アデノシン三リン酸)合成酵素が回転していることを証明して世界を驚かせた吉田氏の口から、意外な言葉が飛び出した。「人間は回転運動が好きなんだよ。車だって船だって飛行機だって、スクリューやプロペラで動くでしょ。ところが車輪で動く動物はいない。不思議だと思わない?」

 20年前、生物の回転運動として知られていたのは、バクテリアのべん毛だけであった。生物に回転運動はなじまないと考えられていたのだ。1982年にアメリカのポール・ボイヤーが「ATP合成酵素は回転している」という説を提唱したときも、当然、誰からも相手にされなかった。ATPは、分子量が500程度の小さな分子だ。ATPがADP(アデノシン二リン酸)とリン酸に変わるとき、1molあたり約7.5kcalの巨大なエネルギーが発生する。地球上のすべての生物のエネルギーは、すべてこのATPの加水分解で賄われている。人間が活動するためには、1日あたり、体重ほどの重さのATPを消費する計算になるが、ATPは人間の体の中にはせいぜい10〜20gしかない。ATPは貯えておくことはできないものなのだ。生命活動のためには、常にATPを消費し、消費した分は再び合成して利用することになる。「ATPは、いわば100円玉。我々が100円玉だけで生活をしようとすると、いつもポケットの中に100円玉をジャラジャラ入れておかないといけないでしょ。」1日の消費は数百円では足りない。しかし体内の『ポケット』はそれほど深くはない。使った分は補充をし、常にポケットを満たしておかなければならない。「それで非常にたくさんのATPを作る必要があるんだね」。

 ATPは、生物が生きていくうえで最も重要な物質であり、どの生物にもATP合成酵素は大量にある。その重要性と遍在性にもかかわらず、吉田氏がATP合成酵素の研究を始めた30年前には、ATP合成の基本的な仕組みさえわかっていなかった。最初にわかったのは、ミトコンドリアの膜の内外での水素イオンの濃度差が、合成プロセスに関係していることだった。ミトコンドリア内膜にある呼吸系の酵素が、食物などから摂取したブドウ糖を原料として有機物を燃焼させるとき、余剰の水素イオンが排出され、膜の外側に水素イオンがたまる。外側にたまった水素イオンは、水素イオンが少ない内側に入ろうとして、ミトコンドリアの表面にあるATP合成酵素を通過する。そのとき、ATPが作られるのだ。しかし、依然、ATP合成酵素が、どのような仕組みでATPを作っているのかはわからなかった。ボイヤーが回転運動説を提唱したのはこうした時代であり、当時は世間も吉田氏も回転運動説を信じなかった。

 状況が一変したのは、1994年、イギリスのジョン・ウォーカーがATP合成酵素の立体構造を解明したときだ。六角形のリングの中央を心棒が貫いている。「人生観が変わった」と、吉田氏はその衝撃を説明する。「見るからにモーターみたいで、これならいかにも回りそうだと思った」。そして「これは回転に間違いないという、決定的な実験をしよう」と決心する。

 回転を証明することは難しい。高速で回っているCDの表面を見ても、それが回転しているかどうかは判別しにくい。そこで、ガラス板に直径わずか10nmのATP合成酵素の6つのリング部分を固定し、心棒部分に蛍光色素で着色した、長さ1μmのアクチン繊維を結合。ATPの分解反応でATP合成酵素が回転している映像の撮影に成功した。「僕も含めて皆、驚いた。生物界で第二の回るマシンだったし、しかもすべての生物が持っている原始的な酵素が生物が嫌いなはずの回転をするわけだから」。この実験から、ATP合成酵素が、アクチン繊維を1秒間に8回転もの高速で回す出力をもっていることが判明した。計算すると、ほぼ100%に近いエネルギー変換効率ということになる。

 ATP合成酵素の回転を証明した現在は、さらなる課題に取り組んでいる。「こういうふうに回っている。じゃあ、無理矢理回せばATPができるのか? どうして回るんだ?……」。吉田氏の探求は未だ止まることがない。「研究者っていうのはどこまでいっても『なぜ』だからさ」。

 1997年のノーベル化学賞は、ATPのエネルギーを利用してイオン輸送する酵素を発見したスコー、そしてATP合成酵素の機構解明の業績によりボイヤーとウォーカーが共同受賞した。彼らの受賞を決定づけたのが、ノーベル賞の予備審査にあたる委員会で上映されたこの映像であった。最後まで、吉田氏も共同受賞すると思われていたのだが、吉田氏は受賞を逸する。「ノーベル賞は起源主義だからね。最初に言い出すことが大事なんだ。ボイヤーが最初に回転説を唱えたとき、見向きもされなかった。それでも20年間、自説を曲げなかった。そこがノーベル賞をもらう人ともらわない人の違いかな」。

 吉田研究室のホームページには、「『次のノーベル賞を狙う』大学院生を募集中」と書かれている。「出身大学・学部は不問、ガッツがある人物を歓迎 」。実際、吉田研究室には、林学科や材料工学科の出身者もいる。そんな吉田氏が危惧しているのは、リスクが高い研究をする研究者が少なくなっているように見えることだ。「研究者は論文を途切れないように書かないと、研究費がこなくなる。だから先が見えている研究をやりたがる。だけど、うまくいくかどうかわからなくて、失敗したら論文にならない、そういう研究もある」。ATP合成酵素の回転運動を実証する実験は、まさにそうしたリスクの高い実験であった。実際に実験を担当したのは、当時吉田研究室の大学院生だった野地博行氏(現・東京大学生産技術研究所助教授)。「野地君は、ドクターコースで後がないのに、こんなリスキーな仕事を始めた。『うまくいかなかったら八百屋になります』って言っていたよ。彼は度胸がよかったね」。ガッツと度胸のある人材が大胆な発想で次代を切り拓くことを期待している。

(聞き手:コスモピア 龍川 優)


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