新海 征治 氏
「人工ナノ化石」の創成
〜有機分子が生み出す多様な形を捉える〜
無機物のシリカでできたナノサイズのチューブ、右巻き螺旋、左巻き螺旋─―─。新海氏が創成したシリカ超構造体の数々である。有機分子の集合体が示す多様な形を、無機物質のシリカに転写する手法を新海氏は生み出した。コレステロールに化学修飾を施したゲル化剤には、重縮合によってシリカとなるTEOS(テトラエトキシシラン)があらかじめ加えられている。ゲル化剤に導入されたカチオン部位が、負の電荷を持ったシラノールオリゴマー(TEOSとシリカの中間体)を有機ゲル表面に引き寄せる。これを焼成して鋳型の有機ゲルを取り去ると、形が転写されたシリカナノチューブが残る。有機物が生み出した多様な構造が無機物に転写されるプロセスは、古生物の痕跡が化石になる過程とよく似ている。シリカ超構造体はいわば『人工ナノ化石』である。
新海氏は螺旋状シリカナノチューブの右巻きと左巻きとを作り分けることにも成功している。無機物質にはキラリティーが存在せず、そのままでは作り分けができない。キラリティーを有する有機分子を鋳型としたことで、無機物に右手系と左手系の概念が導入されたのだ。こうして創成されたシリカナノチューブは、不斉合成のための触媒として利用できる。また、有機分子の右手系と左手系を分離・検出するために、耐久性があり、安価なシリカナノチューブを用いたカラムが開発中であり、期待は大きい。
このプロセスを用いれば、原理的には有機物が作り出すあらゆる形をシリカに転写できる。しかし、ゲル化の際に、鋳型となる有機分子集合体の構造を望みどおりに作り出すことは現段階では非常に難しい。そこで、新海氏は『コンビナトリアル化学』を採用した。多数かつ多様な有機分子群を用いて、その中から目的の形を作り出す化合物を見つけるという手法だ。「今までのケミストリーは、こういうものを作りたい、こういう機能を出したいと先に考えて、合目的にものを作っていたわけです。しかし、人間の考えには限界がある。コンビナトリアル化学はその壁を打ち壊す方法で、ある意味では生物の世界に対応している。生物というものは、1つのものを合目的に設計して作ってるわけではなく、まず、いろんなものを突然変異で作ってしまう。その中で環境に適したものが残っていくわけです」。新海氏の専門は、もともと生物有機化学。「我々はバイオと有機化学の領域にいる研究者です。分子認識の視点で無機化学にアプローチしたら、新しいものが見えてくるんじゃないだろうかと動き始めたのがこの仕事なんです」。多様な有機分子を用いて多様な超構造を作り出し、さらにその構造をシリカに写し取る。新海氏は有機化学の持つ多様性を無機化学の世界に拡張しつつある。
既存の学問分野の枠組みを越えて、新しい学問領域を生み出そうという発想は、新海氏が拠点リーダーを務める文部科学省21世紀COEプログラム『分子情報科学の機能イノベーション』でも活かされている。情報科学と分子化学を結合し、分子情報科学という新たな分野を拓こうという壮大なプロポーザルだ。「分子には多様な形、様々な機能があって、光や磁性で情報を読み書きすることもできる。そういったものを組み合わせると、タンパク質のライブラリと同じか、それ以上にバラエティに富んだ分子機能のライブラリができます。これを情報科学と組み合わせれば、バイオインフォマティクスに匹敵するような分子のインフォマティクスができるだろうと考えています」。
この大きな発想の背景には、九州という地域性もあるという。「東京の人は情報が速いですよ。それは僕らもうらやましい。だけれども次から次に情報が入るから、悪くいうと研究のスパンが短くなりがちです。だから我々は比較的長いスパンで大きいものを狙う」。今までも新海氏は「コンセプトを生み出してきた」と自負する。その証左の1つは、ISIが公表している論文被引用数の世界ランキングにある。新海氏は化学分野で世界第9位。「コンセプトを出さないと論文は引用されません。何とかトップ10から落ちないようにがんばらないと」。若い研究者たちにも、「目先の論文数を狙わずに大きなコンセプトをぜひ狙ってほしい」と言う。では、大きなコンセプトはどこから出てくるのか。「日々の学会活動や、あるいは論文を読んで、自分で考えて見つけるもの。受け身じゃダメ。自分で考えて、自分で見つけなきゃ」。







