画像:内部空間に有機分子が挿入されたカーボンナノチューブの構造模式図 (東北大学岩佐義宏教授らのカーボンナノチューブと有機分子の複合材料の研究から、岩佐教授の許可を得て掲載)
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Japan Nanonet Bulletin 第35号 : 2003年 9月 30日
ナノネットインタビュー
 
玉尾 皓平氏
玉尾 皓平(たまお こうへい)氏
1965年4月 京都大学工学部合成化学科卒業
1967年 3月 京都大学大学院工学研究科(修士課程)合成化学専攻 修了
1970年 3月 京都大学大学院工学研究科(博士課程)合成化学専攻 修了
1970年 4月 京都大学工学部合成化学科 助手
1971年 7月 京都大学工学博士
1973年 9月〜
1974年 8月
米国ニューヨーク州立大学ポスドク
1986年12月 京都大学工学部合成化学科 助教授
1993年 4月 京都大学化学研究所 教授、現在に至る
2000年 4月〜
2002年 3月
京都大学化学研究所長
2002年 4月〜
2004年 3月
名古屋大学物質科学国際研究センター客員教授
2003年 4月 京都大学化学研究所附属元素科学国際研究センター長
受賞
1977年 3月 日本化学会進歩賞
1994年 4月 英国王立化学会フェロー
1999年 3月 日本化学会賞
2002年 3月 第42回東レ科学技術賞
2002年 4月 アメリカ化学会 F. S. キッピング賞
2003年 1月 朝日賞
2003年 6月 第14回向井賞
2004年 4月 紫綬褒章
図1
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遷移金属触媒クロスカップリング反応の一般式と触媒サイクル
図2
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シロール環の低い最低空軌道(LUMO)のイメージ図。シクロペンタジエンとの比較
図3
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シロール誘導体のOne-pot簡便合成法
図4
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シロール誘導体を含む有機EL素子の例

京都大学化学研究所 教授
玉尾 皓平 氏

欲しいものだけを創る有機合成化学
〜 クロスカップリング反応と有機ケイ素化学の融合 〜

 新しい機能をもった有機物質の構造を考え、欲しいものだけを創り上げていくのが有機合成化学。そのためには、化合物同士をつなぎ合わせる、あるいは切断する、より一般的で効率的な方法が必要となる。玉尾氏が見出したクロスカップリング反応は、遷移金属を触媒にすることで“そのままではくっつかない”炭素化合物同士を結びつける効果的な手段だ。この反応は、有機分子合成の強力な手法となり、現在、分子ワイヤーやEL素子など、分子エレクトロニクス分野における新たなるものづくりの道を切り拓きつつある。

 玉尾氏が京大の助手になったばかりの1970年には、今では有機化合物を作る基本的な反応ステップである“酸化的付加”や“還元的離脱”を指す言葉すらなかった。この頃、遷移金属化学を学び始めた玉尾氏は、ニッケル錯体の触媒機能を研究する中、山本明夫氏(当時:東京工業大学教授)のニッケル錯体についての論文に出会う。この論文は、クロロベンゼンがニッケルに酸化的付加することを示唆していた。玉尾氏は、このニッケル錯体が炭素−炭素結合の触媒として働く可能性を秘めていることに気がつく。そして1971年、ニッケル−ホスフィン錯体を触媒に使うことで、本来ならば電子のやりとりがなく結合しないはずのクロロベンゼンとアルキルグリニヤールからアルキルベンゼンを生ずるクロスカップリング反応を成功させた。「AとBというものを同じ器に入れて反応させ、AとBだけをきちんと繋げる。こう言うと簡単なようですが、実は意外と難しい。ものによってはAとAが付いたもの、BとBとが付いたものが混ざったりしてしまう」。玉尾氏のクロスカップリング反応は、研究者が頭で設計した炭素−炭素結合を“テイラーメイド”に創り出すことが可能だ。現在では、反応機構の改良によって、空気中、水中など、温和な条件下でも反応が行えるようになり、有機合成におけるその重要性はさらに増している。また、この反応における触媒サイクルの考え方は、各種パラジウム触媒クロスカップリング反応に発展している。

 有機化学は約200年の歴史をもつが、有機ケイ素の化学はまだ50年程度。「ケイ素の入ったものをつくると、新しい物性、性質を持っている」との考えから、玉尾氏はかねてから有機ケイ素の化学についても研究を行っていた。ケイ素−炭素結合は非常に安定で、1970年代当時は、結合を酸化的に切ることはできないというのが常識であった。しかし玉尾氏は「切れないはずの結合を切れたら、有機合成の分野で非常に有効な基本反応となるのでは」との思いを募らせていく。1977年、6配位有機ケイ素化合物のケイ素−炭素結合をメタクロロ過安息香酸で酸化切断する反応を見つけた玉尾氏は、より容易な方法の発見に照準を定めた。「それまでの研究を元にして考えていくと、これは間違いなく、普通の4配位のケイ素化合物でも、一般的な試薬である過酸化水素水で切れると確信を持ちました」。はじめに使った過酸化水素水は、しかし、一般には売られていない90%という高濃度。万が一反応容器に金属片が入ってでもいたら、それだけで爆発する危険物だ。「そういうものをうまく使ってこそ化学者なので恐る恐る・・・」。すると、いとも簡単に酸化切断され、アルコールが生成された。これが、過酸化水素水によるケイ素−炭素結合切断法『玉尾酸化』の発見である。「反応に使う過酸化水素水を徐々に薄めていって・・・そうすると、なんだやっぱり普通の(30%)でいけるやん、と(笑)」。1982年のことだ。現在、玉尾酸化は精密有機合成や医薬品合成に有用な基本的反応となっている。

 玉尾氏はその後、ケイ素を含む環状有機化合物、シロールの特異な電子構造に着目し、それをクロスカップリング反応を用いて有機化合物のπ電子系に組み込む方法を見出した。「途端に、それまでできなかったような一連の化合物が、ざーっと出てくるようになりました」。これにより、ピリジルシロールやオリゴシロールをはじめとする様々なシロール化合物の一般的な合成法をも開発した。中でもシロールが持つ他の類似の有機化合物に比べて効果的に電子を移動させる性質は、すでに有機ELディスプレイ発光素子の電子輸送剤として実用化されている。玉尾氏は「シロールの化学というのは、ケイ素の化学とクロスカップリング反応の融合ともいえるものです」と顔をほころばせる。

 化学の常識を重ねて覆してきた玉尾氏は言う。「既存の物質だけでは発展には限界があります。既存の物質の物性を超える、よりすぐれた物質を創り出すのが有機合成化学者の仕事であり、一番楽しいところですね」。そして今、若者に強調するのは「違う分野の話を、わからなくてもできるだけ聞くこと。新しい分野に踏み込む勇気をもち続けることです。そうしないと学問的にも老化してしまいます。実験では、文献より自分の経験の方が断然役に立ちます。これをやっても上手くいかないと知っているのは、世界中で自分だけです。これとこれでは駄目だから、次はこれっていうふうに」。ナノサイエンスについて「化学・物理など、それぞれの分野の研究者が連携できる舞台がようやく整い始めたところ」と認識する。「エレクトロニクスをはじめとする他分野の人にも、我々有機合成化学者が創る新しい物質についてもっと知って欲しい、新しいものを試して欲しいですね」。

(聞き手:コスモピア 森 真由美)

 
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クロスカップリング反応
  芳香族あるいはオレフィンなどの sp2 混成炭素に結合したハロゲン原子をニッケルやパラジウム触媒存在下に有機金属化合物で置換して炭素−炭素結合を形成する反応。sp2 炭素上にマグネシウム,亜鉛,ホウ素,ケイ素,スズなどが結合した有機金属化合物やアセチレンを用いることによって,sp2 -sp2 やsp2-sp 混成炭素間結合を作ることができるので,分子エレクトロニクス素子の鍵化合物であるパイ共役電子系の構築にはなくてはならない方法となっている。
シロール化合物
  ケイ素を含む5員環ジエン化合物(シクロペンタジエンの飽和炭素がケイ素に置き換わった化合物)の一般名称がシロールである。ケイ素の特性によって,最低空軌道(LUMO)が低く,電子受容性が高いのが特長である。


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