画像:内部空間に有機分子が挿入されたカーボンナノチューブの構造模式図 (東北大学岩佐義宏教授らのカーボンナノチューブと有機分子の複合材料の研究から、岩佐教授の許可を得て掲載)
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Japan Nanonet Bulletin 第41号 : 2003年11月11日

ナノネットインタビュー

北澤 宏一 氏
北澤 宏一 (きたざわ こういち) 氏
1966年3月 東京大学理学部化学科 卒業
1968年3月 東京大学工学系大学院工業化学専攻 修士課程修了
1968年4月 同 博士課程進学
1969年9月 マサチューセッツ工科大学冶金および材料科学専攻 博士課程入学
1972年2月 同 博士課程修了
Doctor of Science 授与
マサチューセッツ工科大学セラミックス部門研究員就任
DSR Staff(Division of Sponsored Research)
1972年12月 同 辞任
1973年1月 東京大学工学部合成化学科 助手就任
1979年3月 同 講師
1980年1月 同 物理工学科配置換え
1982年4月 同 物理工学科助教授
1986年4月 同 工業化学科配置換え
1987年7月 同 教授
1989年4月 同 超伝導工学専攻教授に配置換え(工業化学専攻兼担)
1995年4月 同 応用化学専攻教授に配置換え(超伝導工学専攻兼担)
1999年4月 東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻教授に配置換え
工学系研究科応用化学専攻、同 超伝導工学専攻教授兼担)
2002年5月 同教授辞職
科学技術振興事業団 専務理事就任
2003年10月 科学技術振興機構 理事就任
 
受賞
1988年 日本セラミックス学会セラミックス大賞
1988年 日本応用物理学会賞(論文賞)
1988年 日本IBM科学賞(物理部門)
1989年 アメリカセラミックス学会フルラス賞
1996年 日本応用磁気学会論文賞
2000年 超伝導科学技術賞
2000年 日本セラミックス学会“20世紀のセラミックスを先導した論文”
論文名「セラミックスの粒界拡散の研究」
2001年 粉体粉末冶金協会論文賞
2002年 紫綬褒章
図1
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図2
図2. 拡大
図3
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独立行政法人科学技術振興機構 理事
北澤 宏一 氏

高温超伝導ブームのさきがけたち
〜超伝導で夢を叶える〜

世界に超伝導ケーブルを張り巡らし、地球の反対側までも電力を届ける。「超伝導地球電力ネットワーク」の実現が、今の北澤氏の夢だ。1986年、当時最も高い転移温度を持つ超伝導体を実現しサイエンティストとしての夢を叶えた北澤氏は、今、エンジニアとしての夢の実現を目指している。

1986年当時、超伝導体の転移温度は金属系で23K、酸化物では11Kが最高で、それより高い転移温度を持つ物質の探索は進まず、理論的にもこれ以上高くはならないだろうとの考え方が広まりつつあった。そんな時、北澤氏は関沢和子氏(日本大学教授)から、IBMのK.A.MullerとJ.G.Bednorzの論文の存在を知らされる。Mullerらが報告したのは、磁性のある2価の銅イオンを含むバリウム系の酸化物が超伝導体である可能性。当時、磁性イオンの持つスピン磁気モーメントは超伝導にとって邪魔なものと考えられており、北澤氏も磁性イオンを持つ材料は探索の対象から外していた。「これはどうもガセネタだろうけれども、もしかしたらという感じだったんです」。卒論生の実験にちょうど良いとスタートしたのが、ことの始まりだった。だが、学生の作った酸化物はいきなり23Kで超伝導の証拠であるマイスナー効果を示した。後に最適な組成を探った結果、転移温度は35Kまで上がった。MullerとBednorzは元々超伝導の専門家ではない。彼らの論文に注目した者は皆無に近かった。一方、北澤氏のグループは酸化物超伝導体を扱う研究グループとして当時最大かつ最新鋭。そのデータは世界で最も信頼性が高く、北澤氏らがこの酸化物が超伝導であると実証すると状況は一変する。さらにこの超伝導物質は当初の報告で示唆されていたペロブスカイト構造ではなく、また組成も異なっており、銅と酸素の層状構造を持つユニークな物質であることが判明した。北澤氏らの報告を知ったアメリカの研究者らは、試薬を買いに走ったという。

「私たち自身も、『これが超伝導になるのなら、こんな物質もなるに違いない』と、すぐに数人の学生と他の物質探しを始めました」。各々の研究テーマを抱えて手伝いを渋る学生達を、3日間だけという約束で説き伏せて探索に乗り出した。3日目の午前3時、自宅の電話が鳴る。「何か変なシグナルが見えました。先生、すぐ来てください」。始発電車まで待てないという学生の興奮ぶりに、北澤氏は大学へ急いだ。「行ったら、紛れもなく超伝導だと思えるシグナルが出ていたわけです。そのときに見つかったストロンチウム系は初めからかなり素性が良くて、転移温度は40Kだったんです。学生の前ではそんな顔はしませんでしたが、超伝導物質探しでは成果の上がらない期間が長かった分、内心は僕が一番興奮していたと思います」。結局、約束の3日が過ぎても、学生たちは自ら探索を続けた。「化学の研究室でしたから、彼らは周期律表なんてお手の物なんですね。周期律表を見ては『この組み合わせで出るんだったら、こっちの組み合わせでも出るかもしれない』と。そうして計画を立ててとにかく掘ってみると、ざくざく金鉱が見つかるわけです。金の鉱脈の上にいま自分がいるとしたら、やっぱり人間としては掘らざるを得ない気持ちになるんですよ」。せめて正月くらいは学生を帰省させようと研究室から追い出したが、元旦の朝、研究室の床で寝ている4人が発見されたと当時の超伝導ブームを振り返る。

「だけど彼らは競争しているわけではないんです。外から見ている人は競争と表現するかもしれないけれども、彼らは自分でこうじゃないかと考えて、そこを掘っている」。それが科学の魅力だと北澤氏は言う。「科学には推理小説を読むような謎解きの面白さと、自分で設計してそれを実現することの面白さ、そして、できたものを使って自分たちの夢を実現していく面白さがあるんです。科学をやるということと工学をやるということは似たものなんですが、実は違う方向に動いているんです」。超伝導の研究にも二つの方向がある。より高い転移温度を示す物質を探す道と、転移温度はそれほど高くはなくとも実用化を目指す道。「今は後者をやりたいですね」と北澤氏。だが、北澤氏が目指すのは、必ずしも日々の暮らしに直接寄与するものを作ることではない。「確かに生きるためには、食べなければいけないし、必須の産業やサービスはあります。ただ、必須のサービスということで考えると、もしかしたら超伝導はその中に入ってこないかもしれない」。

転移温度が上がったとはいえ、今はまだ液体窒素で冷やさなければ超伝導は利用できない。それだけのコストをかけてでも、超伝導で実現したいことは何か。それが超伝導地球電力ネットワークだった。送電中に電力を損失しない超伝導の電線ならば、世界のどこかで余っている電力を、今必要としている場所に届けることが出来、太陽光発電や風量発電の本質的な欠点を場所平均することで解決できる。「3,000円の電気代が6,000円になってもいいから、地球に負荷の少ない自然エネルギーを使いたいとみんなが思えば、それは超伝導で本当にできると思えるようになったんです。高温超伝導物質は偶然に見つかった。しかし、それを材料に仕立て上げていくのはすごいハイテクの技術で、たくさん必要だった送電ケーブルが、今は毎月2〜3本ずつ少なくて済むようになるくらい技術のレベルは上がってきている。使えるようになるのは、もう見えているんです」。北澤氏にとって超伝導は、より良い未来を子孫に残すためのもの。その生涯のうちに、超伝導が人類に貢献するのを見たいと願っている。

(聞き手:コスモピア 石黒 邦子)

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