伊賀 健一 氏
面発光レーザの誕生
〜ナノテクが実現した光技術〜
光ファイバの伝送損失が波長1.3μm以上の近赤外光で抑えられることが明らかとなった1970年代半ば、光通信に適した長波長半導体レーザの開発が世界中で始まった。伊賀氏は末松安晴氏(当時:東京工業大学教授)と共同で、ガリウム砒素(GaAs)とインジウムリン(InP)が混合した結晶をGaAs基板上に成長させた長波長レーザを開発。これは基板に対し横方向に光を伝搬させるストライプ型レーザで、その性能は世界でもトップレベルを誇った。しかし、伊賀氏には不満があった。「ストライプ型レーザを作るには、薄膜を積み重ねた半導体基板を300μmの幅にナイフでへき開しなければならない。割って小さくして、全てのプロセスが終わって初めてレーザが発振するかどうかテストできる。これはいかにも手仕事で、量産は難しい。2次元的な集積化にも向かない。なんとかして、わざわざ割るというプロセス抜きに、既にレーザができあがっている状態に持っていけないものか。四六時中考えて、横のものを縦にしようと思いついたわけです」。"Surface Emitting Laser(面発光レーザ)"のアイディアが生まれた瞬間だ。半導体薄膜の上下に反射鏡を置き共振させる方法で、へき開は不要。大規模な集積化も可能だ。しかし、面発光レーザでは共振器長が非常に短く、光の増幅が不十分という問題があった。ストライプ型レーザでは共振器長を300μmと長くとれるのに対して、面発光レーザの共振器長は活性層(発光層)の厚みに等しく、光の波長程度しかない。これを補うため、反射鏡の反射率をほとんど100%にまで高める必要があった。発案の翌年の1978年、「最初のアイディアを学会で発表しましたが、『おもしろいけれどそんなの出来っこない、実用は無理』と皆さんおっしゃいました」。
伊賀氏は研究室のメンバーとともに実証に取り掛かる。GaInAsPを活性層とした構造を液体窒素で低温にし、パルス電流を流したところ瞬時に光った。最初の発振だ。しかし、レーザ発振に必要なしきい値電流は現在の1000倍以上もある1Aほどで、低温にしないとすぐに壊れてしまう。「共振器が非常に短くなってしまう面発光レーザで、実用レベルのレーザ発振は原理的に不可能なのか、あるいは理論は正しいけれど技術が悪いのか」。理論的検討と同時に、結晶成長技術の開発を続ける。当時、結晶成長のための手段は液相成長法(LPE法)しかなく、研究は難航した。しかし、トランジスタ技術の進展とともに、半導体の原料となる有機金属をガスの状態で吹きつける有機金属気相成長法(MOCVD法)が出現し、ナノスケールの構造制御が可能となる。伊賀氏の研究室でも手作りのMOCVD装置を使った研究が進み、活性層に量子井戸構造を用いて光を増幅することも試みた。1986年には活性層を埋め込み構造にすることで、パルスではあったが、しきい値電流6mA、共振器長7μm、直径6μmのミクロンオーダーのレーザをGaAs系で実現。さらに、GaAsとAlAsを重ね合わせた多層構造の反射鏡を用いた面発光レーザを開発、高出力での発振を可能にした。そして1988年、初めて室温での連続発振に成功。しきい値電流は20〜30mAで、レーザ出力は1〜2mWというものであった。
室温連続発振の成功は、世界中の注目を集めた。光通信分野の先端を走る企業や研究機関が実用化に向けて動き出し、この分野の研究が一気に加速。インターネットが盛んになった90年代には、高速LANの送信機で面発光レーザが実用化された。米国では、面発光レーザを用いた超並列光伝送、光インターコネクションに関するいくつかの国家プロジェクトが始まり、1999年ごろから高速光ネットワークに使われるようになった。「米国では1999年が面発光レーザ元年ですが、私にとっては既に第4世代。最初の10年で原理を確認して、80年代にはデバイスを改良し性能を上げて実用的なところまで持ってきた。90年代は波長変換の機能など、色々なアイディアを実現しました」。波長可変レーザを実現したのはMEMSによる反射鏡の駆動技術。クリントン政権のときに国家ナノテクノロジーイニシアティブ(NNI)のホームページにも東工大発の技術が紹介された。「面発光レーザを作るのは、LSIと同じナノ加工技術。それに加えてMEMSのアプリケーションを含んだ領域というのが発達しています。面発光レーザの技術はまさにナノテクで、これからどんどん発展していくでしょうね」。
音楽を聴こうと自らラジオを組み立てていた少年は、大学生時代コントラバスに夢中になる。「学部のときはオーケストラでコントラバスばかりを熱心にやっていましたから、優等生に勝つには新しい分野をやるしかないと思ってレーザを始めたんです。ところがレーザの研究は本当におもしろくて、そのままずっと続けてやってきました」。そう語る伊賀氏は、現在も好きなコントラバスと好きな研究とを続けている。「コントラバスを弾きながら、楽器が音を奏でる原理を論文にまとめたところです。レーザ中における光波の様子と、こういう弦楽器の振動というのは関連があって、非常におもしろい。音の波と光の波というのは全然別のフィールドの話なんだけど、やってみると共通性があって。60歳を過ぎても研究テーマはまだまだあるね」。若者にも、興味のある対象にとことん打ち込む姿勢を期待する。





