画像:内部空間に有機分子が挿入されたカーボンナノチューブの構造模式図 (東北大学岩佐義宏教授らのカーボンナノチューブと有機分子の複合材料の研究から、岩佐教授の許可を得て掲載)
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Japan Nanonet Bulletin 第42号 : 2003年11月18日

ナノネットインタビュー

伊賀 健一 氏
伊賀 健一(いが けんいち)氏
日本学術振興会 理事
東京工業大学名誉教授
1963年 東京工業大学理工学部 電気工学科卒業
1968年 東京工業大学大学院理工学研究科 博士課程修了
工学博士
東京工業大学精密工学研究所 助手
1973年 東京工業大学精密工学研究所 助教授
1979年
〜1980年
ベル研究所客員研究員
(アメリカ合衆国)
1984年 東京工業大学精密工学研究所 教授
1995年 東京工業大学精密工学研究所長
2000年 東京工業大学マイクロシステム研究センター長
東京工業大学附属図書館長
2001年 東京工業大学名誉教授
日本学術振興会理事
工学院大学客員教授
2003年 電気情報通信学会会長
 
主な受賞
1991年 電子情報通信学会 業績賞
1992年 IEEE/LEOS ウィリアム・ストライファー科学業績賞
1998年 朝日賞 朝日新聞文化財団
1998年 IEEE/LEOS・OSA ジョン・チンダル賞
2000年 東京都科学技術功労者
IEEE ミレニアムメダル
2001年 紫綬褒章
2002年 ランク賞
2003年 IEEE ダニエル・E・ノーブル賞
電子情報通信学会 功績賞
藤原賞
図1
図1.拡大
面発光レーザのアイデア
図2
図2. 拡大
面発光レーザの表面写真
図3
図3.拡大
ガリウム・ひ素基板上に成長させる面発光レーザとその材料
図4
図4. 拡大
近接場面発光レーザ
日本学術振興会 理事
伊賀 健一 氏

面発光レーザの誕生
〜ナノテクが実現した光技術〜

光ファイバの伝送損失が波長1.3μm以上の近赤外光で抑えられることが明らかとなった1970年代半ば、光通信に適した長波長半導体レーザの開発が世界中で始まった。伊賀氏は末松安晴氏(当時:東京工業大学教授)と共同で、ガリウム砒素(GaAs)とインジウムリン(InP)が混合した結晶をGaAs基板上に成長させた長波長レーザを開発。これは基板に対し横方向に光を伝搬させるストライプ型レーザで、その性能は世界でもトップレベルを誇った。しかし、伊賀氏には不満があった。「ストライプ型レーザを作るには、薄膜を積み重ねた半導体基板を300μmの幅にナイフでへき開しなければならない。割って小さくして、全てのプロセスが終わって初めてレーザが発振するかどうかテストできる。これはいかにも手仕事で、量産は難しい。2次元的な集積化にも向かない。なんとかして、わざわざ割るというプロセス抜きに、既にレーザができあがっている状態に持っていけないものか。四六時中考えて、横のものを縦にしようと思いついたわけです」。"Surface Emitting Laser(面発光レーザ)"のアイディアが生まれた瞬間だ。半導体薄膜の上下に反射鏡を置き共振させる方法で、へき開は不要。大規模な集積化も可能だ。しかし、面発光レーザでは共振器長が非常に短く、光の増幅が不十分という問題があった。ストライプ型レーザでは共振器長を300μmと長くとれるのに対して、面発光レーザの共振器長は活性層(発光層)の厚みに等しく、光の波長程度しかない。これを補うため、反射鏡の反射率をほとんど100%にまで高める必要があった。発案の翌年の1978年、「最初のアイディアを学会で発表しましたが、『おもしろいけれどそんなの出来っこない、実用は無理』と皆さんおっしゃいました」。

伊賀氏は研究室のメンバーとともに実証に取り掛かる。GaInAsPを活性層とした構造を液体窒素で低温にし、パルス電流を流したところ瞬時に光った。最初の発振だ。しかし、レーザ発振に必要なしきい値電流は現在の1000倍以上もある1Aほどで、低温にしないとすぐに壊れてしまう。「共振器が非常に短くなってしまう面発光レーザで、実用レベルのレーザ発振は原理的に不可能なのか、あるいは理論は正しいけれど技術が悪いのか」。理論的検討と同時に、結晶成長技術の開発を続ける。当時、結晶成長のための手段は液相成長法(LPE法)しかなく、研究は難航した。しかし、トランジスタ技術の進展とともに、半導体の原料となる有機金属をガスの状態で吹きつける有機金属気相成長法(MOCVD法)が出現し、ナノスケールの構造制御が可能となる。伊賀氏の研究室でも手作りのMOCVD装置を使った研究が進み、活性層に量子井戸構造を用いて光を増幅することも試みた。1986年には活性層を埋め込み構造にすることで、パルスではあったが、しきい値電流6mA、共振器長7μm、直径6μmのミクロンオーダーのレーザをGaAs系で実現。さらに、GaAsとAlAsを重ね合わせた多層構造の反射鏡を用いた面発光レーザを開発、高出力での発振を可能にした。そして1988年、初めて室温での連続発振に成功。しきい値電流は20〜30mAで、レーザ出力は1〜2mWというものであった。

室温連続発振の成功は、世界中の注目を集めた。光通信分野の先端を走る企業や研究機関が実用化に向けて動き出し、この分野の研究が一気に加速。インターネットが盛んになった90年代には、高速LANの送信機で面発光レーザが実用化された。米国では、面発光レーザを用いた超並列光伝送、光インターコネクションに関するいくつかの国家プロジェクトが始まり、1999年ごろから高速光ネットワークに使われるようになった。「米国では1999年が面発光レーザ元年ですが、私にとっては既に第4世代。最初の10年で原理を確認して、80年代にはデバイスを改良し性能を上げて実用的なところまで持ってきた。90年代は波長変換の機能など、色々なアイディアを実現しました」。波長可変レーザを実現したのはMEMSによる反射鏡の駆動技術。クリントン政権のときに国家ナノテクノロジーイニシアティブ(NNI)のホームページにも東工大発の技術が紹介された。「面発光レーザを作るのは、LSIと同じナノ加工技術。それに加えてMEMSのアプリケーションを含んだ領域というのが発達しています。面発光レーザの技術はまさにナノテクで、これからどんどん発展していくでしょうね」。

音楽を聴こうと自らラジオを組み立てていた少年は、大学生時代コントラバスに夢中になる。「学部のときはオーケストラでコントラバスばかりを熱心にやっていましたから、優等生に勝つには新しい分野をやるしかないと思ってレーザを始めたんです。ところがレーザの研究は本当におもしろくて、そのままずっと続けてやってきました」。そう語る伊賀氏は、現在も好きなコントラバスと好きな研究とを続けている。「コントラバスを弾きながら、楽器が音を奏でる原理を論文にまとめたところです。レーザ中における光波の様子と、こういう弦楽器の振動というのは関連があって、非常におもしろい。音の波と光の波というのは全然別のフィールドの話なんだけど、やってみると共通性があって。60歳を過ぎても研究テーマはまだまだあるね」。若者にも、興味のある対象にとことん打ち込む姿勢を期待する。

(聞き手:コスモピア 齋藤 史朗)


キーワード
面発光レーザ (Surface Emitting Laser)
半導体基板面から垂直に光を放射する半導体レーザ。量子井戸を含む活性領域の両側を2つの反射鏡ではさみ光共振器を構成する。レーザの直径を1ミクロン〜数ミクロンの大きさにでき、0.1ミリアンペア前後のしきい値と高速変調が可能である。ギガビットイーサネットなどの光源として広まっている。1977年に伊賀健一により発明され、1979年に初めての発振が報告された。形式上の理由からVertical Cavity Surface Emitting Laser(VCSEL)と呼ばれることも多い。
分布ブラッグ反射鏡 (Distributed Bragg Reflector: DBR)
1/4波長の厚みをもつ屈折率の異なる層を積み重ねて構成される反射鏡。光の干渉効果によるブラッグ反射により各層での反射波が強め合い高い反射率が得られる。GaAs系では、GaAsとAlAsの材料が用いられ、30対程度の層数が使われる。
光共振器 (Optical Resonator)
光波の共振器。2枚の反射鏡を向かい合わせたファブリ・ペロー共振器が一般的。面発光レーザでは、分布ブラッグ反射鏡を用いることが多い。
量子井戸 (Quantum Well)
厚さが4〜10ナノメートルの半導体中の電子は、電子波の波長とほぼ同じ領域に閉じ込められるので電子の状態がとびとびの値をとる。電子波という量子が井戸のような狭い領域に閉じ込められるのでこの名がある。半導体レーザの活性層に用いられるようになった。
光の閉じ込め (Optical Confinement)
光の波を狭い領域に閉じ込める作用をさす。誘電体薄膜や光ファイバがよい例。半導体レーザでは、3次元的に光を閉じ込める。活性層との光相互作用を大きくするために、色々な構造が考えられた。面発光レーザでは、面と垂直方向ではファブリ・ペロー共振器によって、面方向ではアルミニウム・ひ素と酸化膜による閉じ込め作用が利用される。