画像:内部空間に有機分子が挿入されたカーボンナノチューブの構造模式図 (東北大学岩佐義宏教授らのカーボンナノチューブと有機分子の複合材料の研究から、岩佐教授の許可を得て掲載)
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Japan Nanonet Bulletin 第46号 : 2003年12月16日

ナノネットインタビュー

早稲田大学理工学部 電気・情報生命工学科 教授
早稲田大学ナノテクノロジー研究所 所長
大泊 巌 氏

ナノの世界で狙いうち
〜シングルイオン注入法の開発と発展〜

たった1個のイオンを、狙った位置に正確に打ち込む。ビーム径わずか20nm、照準は60nmという超高精度。大泊氏の生み出した『シングルイオン注入法』は、ごく微小な領域に、イオンを1個ずつ正確に打ち込むことが可能な世界で唯一の技術だ。

早稲田大学がイオン加速器を導入したのは1980年代半ばのこと。イオン加速器は、すでに1960年代から世界中で固体分析装置として使われていた。「20年遅れとはいえ、せっかくの装置を有効に活かさなければ」と大泊氏は考える。1990年、微小領域を分析するために、ビームを細く絞るマイクロビーム化を実現。「でも当時、イオンマイクロプローブ装置を持っているところが、すでに世界には10か所ぐらいあった。大分追いついたけれど、世界と比べてまだまだ負けていた」。

「分析感度を上げるにはどうしたらよいのか?」感度の向上を目指して世界の大勢はイオンビームの高輝度化に向かっていた。しかし、それでは試料の損傷が激しくなる。「分析の基本というのは、できるだけ相手に影響を与えないこと。その点、幸か不幸か装置の性能上の限界で、我々はイオンビームを強くできなかった」。大泊氏は、世界の流れとは逆に、低輝度・低速のイオンビームで、イオンを1個ずつ当ててみようと思いつく。ちょうどその頃、宇宙線による人工衛星の誤動作が問題となっていた。宇宙線に含まれるアルファ粒子の影響でLSIのメモリが狂う、ソフトエラーという現象だった。「そこで、動作中のLSIにアルファ粒子を1個ずつ当て、どこが弱いかマッピングする方法を開発した。この『シングルイオンマイクロプローブ』は世界で断然トップの研究で、ようやく勝利をつかむことができました」。

微小領域にイオンを1個ずつ当てる技術を確立した大泊氏は、さらに微小な領域へイオンを打ち込むことを目指した。加速器のイオンビームでは、照準を1µm以下に絞ることが不可能であったため、1993年、当時すでに技術として完成していた集束イオンビーム(FIB)の改良に取り組む。こうして誕生したのが『シングルイオン注入法』である。イオン注入法とは、半導体デバイスの電気特性制御のため、ドーパント原子を添加するのに一般的に用いられる技術だ。しかし、今後超LSIの微細化が進むと各部位ごとのドーパント原子の数が極端に減少するため、ドーパント原子の所在の偏りが問題になってくる。1個のドーパント原子の有無がトランジスタの性能を左右するからだ。注入するイオンの個数と位置を制御できるシングルイオン注入法は、この問題を解決する究極のイオン注入法といえる。大泊氏はシングルイオン注入法を用いてドーパント原子がナノスケールで周期配列した半導体を世界で初めて実現、半導体の新機能の探索を進めている。また、イオンが注入された部位で生じる現象を、原子レベルで解明しつつある。 STM観察中の試料にイオン照射することが可能な『イオン銃/超高真空高温STM複合装置(IG/STM)』を開発、欠陥の導入・熱処理による回復のその場観察を行っている。

イオンビームを微小領域へ照射する技術は、ユニークなナノ構造の実現にもつながっている。イオン注入によってシリコン表面を改質し、エッチング処理して作られる『ナノピラミッドアレイ』はその代表だ。ピラミッドの先端から電子を取り出す『マルチ電子銃』など、さまざまな応用が期待されている。また、シリコン表面にニッケルイオンを注入し、ニッケル原子を触媒として、所望の位置にカーボンナノチューブを生成する技術も実現。ナノピラミッドアレイの作製技術とあわせれば、ピラミッドの頂点にカーボンナノチューブを成長させ、高性能の電子銃の作製も可能だ。

大泊氏は、2001年度からCOE(中核的研究拠点形成プログラム)『ナノ構造配列を基盤とする分子ナノ工学の構築とマイクロシステムへの展開』のリーダーを務める。プログラムの課題のひとつは、抗体などの生体分子をナノピラミッドアレイのようなナノ構造に付着させ、生体分子の認識システム作ることだ。生体は表面の凹凸や電荷の有無、化学的な性質、親水性といった性質で相手を認識し、触媒反応や抗原抗体反応をする。そこで「人工のナノ構造配列に凹凸や化学的性質を付与すれば、生体分子の認識能力を持たせられるかも知れない」と考えた。ナノ構造に信号処理能力を持たせることで、触媒機能や酵素の作用を制御できる可能性もある。

大泊氏の研究室の卒業生は総数160名、うち40名以上が博士号を取得した。一研究室として驚異的な割合だ。研究室の学生に「一流をめざせ、高い志を持て」と言う。「日本は、食料の60%、エネルギーの94%を輸入しています。そのためには40兆円かかります。私たちのくらしを支えていくのに必要なお金を稼いでいるのはものづくり、それも一流の技術です。だから、ものづくりのマインドをきちんと持ち続けてほしいと思います」。

(聞き手:コスモピア 龍川 優)
大泊 巌 氏
大泊 巌(おおどまり いわお)氏
早稲田大学理工学部教授(電気・情報生命工学科)
早稲田大学ナノテクノロジー研究所所長
 
1965年3月早稲田大学理工学部 電気通信学科 卒業
1967年3月早稲田大学大学院理工学研究科 修士課程修了
1967年4月
〜1968年3月
(株)日立製作所中央研究所
1972年3月早稲田大学大学院理工学研究科 博士課程修了
工学博士取得
1972年4月早稲田大学理工学部 専任講師
1974年4月早稲田大学理工学部 助教授
1977年7月
1978年10月
米国IBM T.J. Watson 研究センター客員研究員
1979年4月
〜現在
早稲田大学理工学部教授
現在に至る。
1987年4月
〜1987年9月
オランダFOM-AMOLF 研究所客員教授
1992年4月
〜1993年3月
東北大学講師(電気通信研究所)
1993年4月
〜1994年3月
北海道大学客員教授
1996年9月
〜1998年9月
早稲田大学各務記念材料技術研究所 所長
2002年6月
〜現在
同 ナノテクノロジー研究所所長
 
・文部科学省 教科用図書検定調査審議会第九部会長
・文部科学省 科学技術・学術審議会(学術分科会)理工系委員会委員
・文部科学省 科学技術・学術審議会(研究計画・評価分科会)ナノテクノロジー・材料委員会委員
・日本学術振興会 科学研究費委員会委員
・科学技術振興事業団 新技術審議会委員
・新エネルギー・産業技術総合開発機構 NEDO技術委員 他
 
1989年度
〜1991年度
文部省科学研究費補助金重点領域研究「金属-半導体界面」(研究代表者平木昭夫)班長
1993年度
〜1996年度
文部省科学研究費補助金特別推進研究「シングルイオン注入法の実現と固体物性制御への応用」研究代表者
1996年度
〜2000年度
学振未来開拓特別推進事業「量子ドットのウエハナノスケール形成プロセス」(研究代表者大坂敏明)コアメンバー
2001年度
〜現在
文部科学省科学研究費補助金COE形成基礎研究
「ナノ構造配列を基盤とする分子ナノ工学の構築とマイクロシステムへの展開」研究代表者

図1
図1. シングルイオン注入装置  拡大
超LSIの微細化に伴い顕在化するドーパント原子の偏りを解消するために、早稲田大学大泊研究室で世界に先駆けて開発されたシングルイオン注入装置。B、P、Asなどのドーパント原子、Fe、Ni、Co、Pdなどカーボンナノチューブ成長の触媒元素を1個ずつ固体中に打ち込むことが可能である。現在、イオンビーム径は20nm、照準精度は60nm。

図2
図2. ドーパント原子の周期的配列  拡大
シングルイオン注入法を用いて作製されたドーパント原子の周期的配列の原子間力顕微鏡像。白十字は照準箇所、黒点にシングルイオンが打ち込まれている。従来の半導体では、ドーパント原子はランダムに分布し、これが電気的特性のバラつきの原因となるが、ドーパント原子の個数と位置が制御された半導体では、特性バラつきが大幅に抑制された他、規則性に起因する特性向上も観測され始めている。
図3
図3. Gated silicon field emitter array  拡大
(ゲート型シリコン電界放出素子配列)


キーワード
ナノピラミッドアレイ
イオン注入と強アルカリ溶液中での異方性ウェットエッチングの2段階プロセスで作製できるナノサイズのシリコンピラミッド配列。イオン注入により導入された損傷領域がエッチングマスクとして機能することを利用している。照射イオン種や基板伝導型に依存せずにピラミッドを作製できることを特長とし、したがって、照射イオン種に応じてピラミッド先端の性状を制御できる。(谷井 孝至)
マルチ電子銃
低消費電力型フラットパネルディスプレイの実現や電子線リソグラフィーのスループット向上を目的として、シリコン電界放出素子配列が期待されている。すなわち、たくさんの電子銃を基板上に配列させ、個々の電子銃から同時に電子ビームを放出させる。各々の電子ビームを1画素として蛍光させれば、平面ディスプレイとして機能する。また、電子ビームを独立に制御して感光剤を感光させれば、電子線リソグラフィーの描画時間を大幅に短縮できる。(谷井 孝至)
生体分子の認識
シリコン微細加工技術を駆使すれば、10nmを切るような極微細構造の形成が可能になっている。このような極微細な構造の上に機能性の生体分子を固定して、生体分子自身の機能を調査したり、シリコンデバイスに統合してセンサーを開発するといった試みが盛んに行われている。とりわけ、生体分子の有する触媒能、分子認識能、自己修復機能などは、従来のシリコンデバイスはもちろんのこと、他の超分子すら持たない洗練された機能である。(谷井 孝至)
イオン銃超高真空高温STM複合装置
超高真空下で高温に保持された試料を原子分解能で実空間観察可能な超高真空高温走査型トンネル顕微鏡(STM)と、気体をイオン化し低速で試料へ照射可能なイオン銃とを複合した装置。試料の初期構造をSTMによって捉えた後にその表面へイオン照射を行い、被改質試料を即時に観察することで、イオン照射によるナノ改質素過程を解明するのが目的。走査トンネル分光法(STS)により、改質部位の局所電子状態解析も可能。(内ヶ崎 誠)
分子ナノ工学
個々の分子およびその集団としての挙動制御によるナノ構造形成、制御された性状に由来する新機能(分子認識能、ゆらぎ抑制デバイス特性、高密度記録特性、マルチチップ電子放出能、など)の発現、新機能発現機構の解明、などを進める新しい学術領域、と定義される。半導体エレクトロニクス、化学、生物学ならびに物理学にわたる文字通りの学際領域である。私たちは、ナノ構造配列を用いることを特徴とする分子ナノ工学に的を絞って研究を推進している。