早稲田大学ナノテクノロジー研究所 所長
大泊 巌 氏
ナノの世界で狙いうち
〜シングルイオン注入法の開発と発展〜
たった1個のイオンを、狙った位置に正確に打ち込む。ビーム径わずか20nm、照準は60nmという超高精度。大泊氏の生み出した『シングルイオン注入法』は、ごく微小な領域に、イオンを1個ずつ正確に打ち込むことが可能な世界で唯一の技術だ。
早稲田大学がイオン加速器を導入したのは1980年代半ばのこと。イオン加速器は、すでに1960年代から世界中で固体分析装置として使われていた。「20年遅れとはいえ、せっかくの装置を有効に活かさなければ」と大泊氏は考える。1990年、微小領域を分析するために、ビームを細く絞るマイクロビーム化を実現。「でも当時、イオンマイクロプローブ装置を持っているところが、すでに世界には10か所ぐらいあった。大分追いついたけれど、世界と比べてまだまだ負けていた」。
「分析感度を上げるにはどうしたらよいのか?」感度の向上を目指して世界の大勢はイオンビームの高輝度化に向かっていた。しかし、それでは試料の損傷が激しくなる。「分析の基本というのは、できるだけ相手に影響を与えないこと。その点、幸か不幸か装置の性能上の限界で、我々はイオンビームを強くできなかった」。大泊氏は、世界の流れとは逆に、低輝度・低速のイオンビームで、イオンを1個ずつ当ててみようと思いつく。ちょうどその頃、宇宙線による人工衛星の誤動作が問題となっていた。宇宙線に含まれるアルファ粒子の影響でLSIのメモリが狂う、ソフトエラーという現象だった。「そこで、動作中のLSIにアルファ粒子を1個ずつ当て、どこが弱いかマッピングする方法を開発した。この『シングルイオンマイクロプローブ』は世界で断然トップの研究で、ようやく勝利をつかむことができました」。
微小領域にイオンを1個ずつ当てる技術を確立した大泊氏は、さらに微小な領域へイオンを打ち込むことを目指した。加速器のイオンビームでは、照準を1µm以下に絞ることが不可能であったため、1993年、当時すでに技術として完成していた集束イオンビーム(FIB)の改良に取り組む。こうして誕生したのが『シングルイオン注入法』である。イオン注入法とは、半導体デバイスの電気特性制御のため、ドーパント原子を添加するのに一般的に用いられる技術だ。しかし、今後超LSIの微細化が進むと各部位ごとのドーパント原子の数が極端に減少するため、ドーパント原子の所在の偏りが問題になってくる。1個のドーパント原子の有無がトランジスタの性能を左右するからだ。注入するイオンの個数と位置を制御できるシングルイオン注入法は、この問題を解決する究極のイオン注入法といえる。大泊氏はシングルイオン注入法を用いてドーパント原子がナノスケールで周期配列した半導体を世界で初めて実現、半導体の新機能の探索を進めている。また、イオンが注入された部位で生じる現象を、原子レベルで解明しつつある。 STM観察中の試料にイオン照射することが可能な『イオン銃/超高真空高温STM複合装置(IG/STM)』を開発、欠陥の導入・熱処理による回復のその場観察を行っている。
イオンビームを微小領域へ照射する技術は、ユニークなナノ構造の実現にもつながっている。イオン注入によってシリコン表面を改質し、エッチング処理して作られる『ナノピラミッドアレイ』はその代表だ。ピラミッドの先端から電子を取り出す『マルチ電子銃』など、さまざまな応用が期待されている。また、シリコン表面にニッケルイオンを注入し、ニッケル原子を触媒として、所望の位置にカーボンナノチューブを生成する技術も実現。ナノピラミッドアレイの作製技術とあわせれば、ピラミッドの頂点にカーボンナノチューブを成長させ、高性能の電子銃の作製も可能だ。
大泊氏は、2001年度からCOE(中核的研究拠点形成プログラム)『ナノ構造配列を基盤とする分子ナノ工学の構築とマイクロシステムへの展開』のリーダーを務める。プログラムの課題のひとつは、抗体などの生体分子をナノピラミッドアレイのようなナノ構造に付着させ、生体分子の認識システム作ることだ。生体は表面の凹凸や電荷の有無、化学的な性質、親水性といった性質で相手を認識し、触媒反応や抗原抗体反応をする。そこで「人工のナノ構造配列に凹凸や化学的性質を付与すれば、生体分子の認識能力を持たせられるかも知れない」と考えた。ナノ構造に信号処理能力を持たせることで、触媒機能や酵素の作用を制御できる可能性もある。
大泊氏の研究室の卒業生は総数160名、うち40名以上が博士号を取得した。一研究室として驚異的な割合だ。研究室の学生に「一流をめざせ、高い志を持て」と言う。「日本は、食料の60%、エネルギーの94%を輸入しています。そのためには40兆円かかります。私たちのくらしを支えていくのに必要なお金を稼いでいるのはものづくり、それも一流の技術です。だから、ものづくりのマインドをきちんと持ち続けてほしいと思います」。




