画像:内部空間に有機分子が挿入されたカーボンナノチューブの構造模式図 (東北大学岩佐義宏教授らのカーボンナノチューブと有機分子の複合材料の研究から、岩佐教授の許可を得て掲載)
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Japan Nanonet Bulletin 第50号 : 2004年1月20日

ナノネットインタビュー

産業技術総合研究所 ナノテクノロジー研究部門長
横山 浩 氏

微界面による液晶のナノ構造制御
~液晶研究のフロンティア~

テレビ、携帯電話、デジタルカメラ・・・いまやこれらに欠かせない液晶ディスプレイ。これまでの着実な発展の陰には、液晶と基板の『界面』に関する研究の積み重ねがあった。液晶ディスプレイの黎明期から、『界面』をキーワードに液晶の基礎研究をリードしてきた横山氏は、今また新たな液晶のフロンティアを拓いている。

横山氏が液晶の研究を手がけるようになったのは、1980年に電子技術総合研究所(現:産業技術総合研究所)へ入所してからのこと。大学院では高分子絶縁体の電気伝導について研究を行っていたが、「もっと能動的な機能を持った分子を扱いたい」と考え、新たな研究対象として液晶を選んだ。まだ液晶をテレビに使うことなど夢の先という時代。しかし、シリコンなどの無機材料にはあり得ない"電場で光学的性質が変化する"という特性を持った液晶に横山氏は惹かれた。

ディスプレイを始めとする液晶デバイスでは、表面処理を施したガラス基板で液晶を挟み、分子を適切に配向させて用いる。液晶分子の配向状態が液晶デバイスの性能を直接左右する。デバイスの動作速度の向上、精緻化への要求が高まっていくにつれて、基板-液晶界面の本質的理解が必要になっていく。「1980年代半ばまでは、まだ液晶界面の現象について突っ込んだ研究がされていなかったのです。そんな中、私自身は基礎的な側面から界面というものを見ていたのですが、たまたま自分の興味の方向と産業的なニーズの方向が上手くマッチしました」。横山氏は基板-液晶界面でバルクとは異なった相転移が起こる"界面由来の相転移"を発見、その後、界面を熱力学的にとらえ特徴づけることに取り組む。液晶においてスケーリング則が成り立つことに着目し、界面の情報のみをバルクの影響なしに得ることが可能な電気光学応答測定法を確立した。この手法は、ラビングや蒸着などの配向処理が施された基板-液晶界面の評価法として、実際の液晶デバイス製作工程において現在使用されている。

「液晶界面を特徴づけるための研究には3つの段階があります。界面をマクロな視点で熱力学的に見る立場、統計力学を使って考える分子論的な見方、それから、個々の分子として見る完全にミクロな立場」。熱力学的な検討を行った後、横山氏の視点は徐々にミクロへとシフトした。1990年代初め、表面の静電ポテンシャル測定によって個々の液晶分子の向きを調べる新手法を考案し、原子間力顕微鏡(AFM)を改造して『走査型マクスウェル応力顕微鏡』を開発。表面形状と電位・電荷などの電気的特性を同時に、原子・分子レベルで測定可能な走査型マクスウェル応力顕微鏡の完成によって、横山氏の液晶界面の研究はナノスケールへと突入した。

1999年、横山氏が総括責任者を務める科学技術振興機構『横山液晶微界面プロジェクト』が開始した。液晶の分子は会合してナノスケールの集合体を作り、集合体同士がさらに長距離の相互作用によって高次構造を作る。その階層構造の基本であるナノスケール集合体の構造を人為的に制御することで、これまでにない性質を持った液晶状態を作り出すことをプロジェクトの目標として掲げる。「ナノスケールの構造にどうやってアプローチするかという方法論を、プロジェクト名の『微界面』で表しました。微小な界面を手がかりにして、ナノ構造制御に迫ることを目指しています」。ナノ構造へのアプローチには、トップダウンとボトムアップの2つの方法がある。トップダウンの方法で導かれた成果の1つが、『三安定メモリー性液晶デバイス』の原理発見と動作確認だ。従来の方法で配向処理された液晶では、安定な配向状態はただ1つしかなく、メモリー性を持ったデバイスを作ることは不可能であった。しかし、『AFMナノラビング』によって基板表面をAFMの深針でこすり、ナノスケールの6回対称パターンを作り込むと、3つの準安定な配向状態を液晶に取らせることができる。3つの状態間のスイッチングは電場の印加によって行い、その後は電場をかけ続けなくても状態が保持されるため、電源を切っても画像が消ない超低消費電力ディスプレイ実現への道が開かれた。一方、ボトムアップの方法では、ナノ構造の制御により液晶の高次構造をデザインすることで新たな機能の実現を目指す。その成果の1つに、"液晶によるフォトニック結晶"がある。自己組織化によって光の波長と同程度の間隔を持った周期構造を作るような液晶を、微小な界面を介した分子同士の相互作用という観点からデザインしていく。現在、金属光沢を有するものなど数種類のフォトニック結晶ができている。

「ナノテクは、第一人者といってもせいぜい4~5年の未熟な研究分野。最先端だから難しいと思って躊躇するのでなく、最先端だから何でもやれるんだと、良い意味でアンビシャスになれる分野なのです。今ナノテクとして研究されているテーマだけでなく、自分なりのナノテクを作り上げてほしい。『そんなのはナノテクじゃない』と言われた時こそチャンスだと思って」。自らも「液晶はもう終わった分野だ」などという周りの声に逆らって、さらに深みを掘る研究を進めてきた。「研究は遺跡発掘にも似ている。ひとつ見つかってこれで終わりと思ったら、またその下にもある」。横山氏はフロンティアで研究することの魅力を強調する。

(聞き手:塚崎 朝子)
横山 浩樹 氏
横山 浩(よこやま ひろし)氏
独立行政法人 産業技術総合研究所 ナノテクノロジー研究部門長
科学技術振興機構 創造科学技術「液晶微界面プロジェクト」総括責任者
東京理科大学 基礎工学部客員教授
 
1977年3月 東京工業大学電子工学科卒業
1979年3月 東京工業大学大学院電子物理工学専攻 修士課程修了
1979年4月 電子技術総合研究所 材料部電子化学研究室 研究員
1987年12月 工学博士(東京工業大学)取得
Orientational Phenomena at Nematic Liquid Crystal Surfaces and their Applications
1987年7月
~1988年9月
米国AT&T Bell研究所 客員研究員
1992年4月 電子技術総合研究所 超分子部分子物性 研究室長
1992年4月
~1993年3月
東京農工大学 客員教授
1996年4月
~現在
東京理科大学基礎工学部 客員教授
1999年10月
~現在
科学技術振興事業団 創造科学技術「液晶微界面プロジェクト」総括責任者
2001年4月
~現在
独立行政法人 産業技術総合研究所 ナノテクノロジー研究部門長
 
 ・ 文部科学省科学技術・学術審議会(学術分科会)理工系委員会委員
 ・ 日本学術振興会 情報科学用有機材料第142委員会 A部会(液晶)主査
 ・ Nanotechnology, アジア地域エディター
 ・ Japanese Journal of Applied Physics, ヘッドエディター
 ・ Molecular Crystals and Liquid Crystals, 編集委員
 他
 
2001年度
~現在
新エネルギー・産業技術研究開発機構ナノテクノロジープログラム「ナノ機能合成技術プロジェクト」プロジェクトリーダー
2002年度
~現在
文部科学省ナノテクノロジー総合支援プロジェクト「ナノプロセシングパートナーシッププログラム」総責任者
 
1996年度 第28回 市村学術賞貢献賞
1998年度 平成10年度科学技術庁長官賞
2000年度 通商産業大臣賞
2002年度 日本液晶学会業績賞
2003年度 日本液晶学会論文賞
図1
図1. 拡大
ネマティック液晶-等方相転移点において、界面配向の作用よって生ずる液晶の自己組織パターン。
図2
図2. 拡大
分子スケールの基本構造、基本構造から誘導されるナノ構造。
図3
図3. 拡大
(a)AFMナノラビングの原理と、(b)形成した市松模様配向パターン。2つの安定配向状態が対角線方向に生ずる。

図4
図4.拡大
(a)三安定性を示す表面配向の6回対称ミクロパターンと、(b)偏光顕微鏡で見た液晶の配向状態。
図5
図5.拡大
液晶に分散した微粒子の光照射による凝集状態制御。アゾベンゼン色素の光異性化による界面エネルギーの変調によって、紫外線照射で(a)から(b)へ、可視光照射で(b)から(a)への密度変化が可逆的に起こる。この現象を発展させて、光チューナブルなフォトニック結晶の実現を目指す。

キーワード
液晶の界面配向
液晶をディスプレイに使うには、数ミクロンの厚さの液晶を光学的に均一なモノドメインにすることが必要です。このため、液晶を封入するガラス基板の表面に“配向処理”を施します。例えば、基板表面を布で一方向にこすることで配向性を生み出す“ラビング”法や、酸化ケイ素を斜め方向から真空蒸着して、基板表面に形状異方性を与えるなどの多くの手法が知られています。こうして処理された表面や界面の作用で、液晶の分子の向きが集団として影響を受ける現象を液晶の界面配向と言います。界面配向は、液晶デバイスを支える基本技術の一つであり、界面配向の分子論やその解析技術が長年研究されています。
走査型マクスウェル顕微鏡
原子間力顕微鏡の発展形の一つで,プローブに作用する静電気力のみを選択的に計測する走査プローブ顕微鏡です。プローブの先端と試料表面が非接触の状態を保ち,外部からプローブに印加された流電界に同期したプローブの振動を検出することで,試料表面の電位,電荷分布,表面形状を10ナノメートルの空間分解能でイメージングすることができます。液晶をはじめとする有機分子の双極子分布や電子デバイスの機能評価に有効性を発揮しています。
AFMナノラビング
液晶産業で用いられるラビング配向技術は、液晶セルを構成するガラス基板表面を一様に処理して液晶の均一な配向を実現します。表面をこするために,ローラーの代わりに原子間力顕微鏡(AFM)の探針を用いると,表面での液晶配向を10ナノメートルの精度で制御することが可能になります。この手法をAFMナノラビングと呼び,従来のラビング法では不可能であった微細な表面配向パターンによって,メモリー液晶デバイスや電圧制御光回折器などが実現されています。
メモリー液晶デバイス
パソコンやTVに広く使われている液晶ディスプレイは、電源がなければ画像を保持することができません。普通の液晶は、加えられた電界の時間平均に応答するため、画像を表示するためには常に電圧を掛け続けなくてはならないのです。これに対してメモリー液晶は、電界が印加されていなくても、画像を表示できるように、光学的に識別可能な複数の安定状態を持つ特別のものです。ユビキタス情報時代に応えて、液晶デバイスの消費エネルギーを低減させる技術として期待が高いものの、その実現は容易ではなく、実用的な技術の開発はこれからの課題です。
ナノ構造液晶
液晶は,棒状の有機分子が,長距離にわたって方向を揃えて集合した液体であり,分子スケールからミクロンスケールにまでわたって,分子間相互作用の異方性と液晶の弾性によって,さまざまな階層的な構造を形成しています。それらのナノ構造が,界面配向や光学特性など,応用上にも重要な液晶の物性を決定する本質的な役割を担っています。ナノ構造を人為的に制御した液晶-ナノ構造液晶-ができれば,今までにない新しい電気光学効果の実現が期待できます。