横山 浩 氏
微界面による液晶のナノ構造制御
~液晶研究のフロンティア~
テレビ、携帯電話、デジタルカメラ・・・いまやこれらに欠かせない液晶ディスプレイ。これまでの着実な発展の陰には、液晶と基板の『界面』に関する研究の積み重ねがあった。液晶ディスプレイの黎明期から、『界面』をキーワードに液晶の基礎研究をリードしてきた横山氏は、今また新たな液晶のフロンティアを拓いている。
横山氏が液晶の研究を手がけるようになったのは、1980年に電子技術総合研究所(現:産業技術総合研究所)へ入所してからのこと。大学院では高分子絶縁体の電気伝導について研究を行っていたが、「もっと能動的な機能を持った分子を扱いたい」と考え、新たな研究対象として液晶を選んだ。まだ液晶をテレビに使うことなど夢の先という時代。しかし、シリコンなどの無機材料にはあり得ない"電場で光学的性質が変化する"という特性を持った液晶に横山氏は惹かれた。
ディスプレイを始めとする液晶デバイスでは、表面処理を施したガラス基板で液晶を挟み、分子を適切に配向させて用いる。液晶分子の配向状態が液晶デバイスの性能を直接左右する。デバイスの動作速度の向上、精緻化への要求が高まっていくにつれて、基板-液晶界面の本質的理解が必要になっていく。「1980年代半ばまでは、まだ液晶界面の現象について突っ込んだ研究がされていなかったのです。そんな中、私自身は基礎的な側面から界面というものを見ていたのですが、たまたま自分の興味の方向と産業的なニーズの方向が上手くマッチしました」。横山氏は基板-液晶界面でバルクとは異なった相転移が起こる"界面由来の相転移"を発見、その後、界面を熱力学的にとらえ特徴づけることに取り組む。液晶においてスケーリング則が成り立つことに着目し、界面の情報のみをバルクの影響なしに得ることが可能な電気光学応答測定法を確立した。この手法は、ラビングや蒸着などの配向処理が施された基板-液晶界面の評価法として、実際の液晶デバイス製作工程において現在使用されている。
「液晶界面を特徴づけるための研究には3つの段階があります。界面をマクロな視点で熱力学的に見る立場、統計力学を使って考える分子論的な見方、それから、個々の分子として見る完全にミクロな立場」。熱力学的な検討を行った後、横山氏の視点は徐々にミクロへとシフトした。1990年代初め、表面の静電ポテンシャル測定によって個々の液晶分子の向きを調べる新手法を考案し、原子間力顕微鏡(AFM)を改造して『走査型マクスウェル応力顕微鏡』を開発。表面形状と電位・電荷などの電気的特性を同時に、原子・分子レベルで測定可能な走査型マクスウェル応力顕微鏡の完成によって、横山氏の液晶界面の研究はナノスケールへと突入した。
1999年、横山氏が総括責任者を務める科学技術振興機構『横山液晶微界面プロジェクト』が開始した。液晶の分子は会合してナノスケールの集合体を作り、集合体同士がさらに長距離の相互作用によって高次構造を作る。その階層構造の基本であるナノスケール集合体の構造を人為的に制御することで、これまでにない性質を持った液晶状態を作り出すことをプロジェクトの目標として掲げる。「ナノスケールの構造にどうやってアプローチするかという方法論を、プロジェクト名の『微界面』で表しました。微小な界面を手がかりにして、ナノ構造制御に迫ることを目指しています」。ナノ構造へのアプローチには、トップダウンとボトムアップの2つの方法がある。トップダウンの方法で導かれた成果の1つが、『三安定メモリー性液晶デバイス』の原理発見と動作確認だ。従来の方法で配向処理された液晶では、安定な配向状態はただ1つしかなく、メモリー性を持ったデバイスを作ることは不可能であった。しかし、『AFMナノラビング』によって基板表面をAFMの深針でこすり、ナノスケールの6回対称パターンを作り込むと、3つの準安定な配向状態を液晶に取らせることができる。3つの状態間のスイッチングは電場の印加によって行い、その後は電場をかけ続けなくても状態が保持されるため、電源を切っても画像が消ない超低消費電力ディスプレイ実現への道が開かれた。一方、ボトムアップの方法では、ナノ構造の制御により液晶の高次構造をデザインすることで新たな機能の実現を目指す。その成果の1つに、"液晶によるフォトニック結晶"がある。自己組織化によって光の波長と同程度の間隔を持った周期構造を作るような液晶を、微小な界面を介した分子同士の相互作用という観点からデザインしていく。現在、金属光沢を有するものなど数種類のフォトニック結晶ができている。
「ナノテクは、第一人者といってもせいぜい4~5年の未熟な研究分野。最先端だから難しいと思って躊躇するのでなく、最先端だから何でもやれるんだと、良い意味でアンビシャスになれる分野なのです。今ナノテクとして研究されているテーマだけでなく、自分なりのナノテクを作り上げてほしい。『そんなのはナノテクじゃない』と言われた時こそチャンスだと思って」。自らも「液晶はもう終わった分野だ」などという周りの声に逆らって、さらに深みを掘る研究を進めてきた。「研究は遺跡発掘にも似ている。ひとつ見つかってこれで終わりと思ったら、またその下にもある」。横山氏はフロンティアで研究することの魅力を強調する。






