化学生命工学専攻 教授
相田 卓三 氏
ナノ空間から広がる世界
〜デンドリマー、バッキープラスチック〜
3次元的な広がりを持つ球状の枝分かれ分子、デンドリマー。その名はギリシャ語で樹木を意味するデンドロンに由来する。1991年、それまでプラスチックの研究を行っていた相田氏は、自分の研究室を持つと同時に新しい研究テーマとしてデンドリマーを選んだ。当時、デンドリマーの外側に物質を付け機能を持たせる研究が主流であった中、相田氏はデンドリマーの内部に着目した。「研究者は脚本家でもあります。他人と同じストーリーを作ってもしょうがない。まだ誰もやっていない内部には、きっと面白いことがあると思いました」。
「デンドリマーの真ん中で勝負していくことを、どうやってアピールするか」。相田氏はデンドリマーの中の空間に入れたポルフィリンの鉄錯体、ヘムの挙動を調べることにした。ヘムは血液中で酸素や二酸化炭素を運ぶ役目を持つ。血液中では周りをタンパク質で囲まれているため、酸素と安定に結合することができる。相田氏はこのタンパク質の代わりにデンドリマーでヘムを取り囲んでも、同様に機能すると予想した。結果は予想に違わず、デンドリマー内部のヘムには酸素と結合し、また結合した酸素を離すという機能が備わっていた。この現象は、人工の血液実現につながる可能性がある。
デンドリマーの内部で何が起こるか研究する中、予想外の発見があった。デンドリマーの中にアゾベンゼンを入れ、低エネルギーの光を照射したところ、アゾベンゼンが異性化反応を起こしたのだ。低エネルギーの光では、通常ならこの反応は起こりえない。吸収した光エネルギーをデンドリマーが中央に集める“光捕集機能”の発見だった。相田氏は、類似のことが光合成でも起きていることに着目した。光合成では光捕集ユニットであるクロロフィルが環状に並び、その中心部で化学反応が起こる。そこで、クロロフィルに類似した光捕集ユニットからなる直径約15nmのデンドリマーを作製し、光を照射した。すると、照射した光エネルギーの70%が中央に集まった。現在、この原理を使って、水から水素を取り出す研究を進めている。デンドリマーの研究を通し、分子の内部に広がるナノ空間への関心を高めていった相田氏は、現在、科学技術振興機構創造科学技術推進事業(ERATO)『相田ナノ空間プロジェクト』のリーダーを務める。プロジェクトでは外部から遮蔽されたナノスケールの空間を舞台に、さまざまな分子の機能発現を目指す。コンセプトは“内部にナノの空間をもったモノ”、空間を構成する物質にはとらわれず、人工物も天然物も包含する。
ナノ空間プロジェクトで相田氏が最も注目する成果に、カーボンナノチューブのゲル化がある。ポリマーにカーボンナノチューブを分散させることができれば、強度の上昇、導電性の付与など、機能の向上が期待できる。しかし、これまで様々なメーカーがポリマー原料とカーボンナノチューブの混合を試みたが、上手く混ざらなかった。またカーボンナノチューブは粉体であるため素材として利用しにくい。ところが、イオン性液体にナノチューブの粉を入れると、ゲル化して、取り扱いの容易なペースト状になることがプロジェクトで見出された。「これは、プロジェクトに最初は無かったテーマ。面白いことって、筋書き以外のところで見つかるんです」。最初、プロジェクトのメンバー(福島孝典氏)がイオン性液体中での電子移動について提案した研究テーマに、相田氏はノーと言った。「このプロジェクトでは、もっとハチャメチャなことをやって欲しかった」。しかし、すでにイオン性液体を購入していたため、試しにカーボンナノチューブと混ぜ、超音波洗浄機の中に放置した。すると、1時間後に固まっていたのだ。この現象自体はなかなか再現しなかったが、イオン性液体にナノチューブを入れて乳鉢でかき混ぜることで再現できた。イオン性液体に重合部位を導入すれば、通常のポリマーと同様に成型することが可能だ。「誰にでもできる、チープケミストリー。ローテクなところが気に入っています」。こうしてできたカーボンナノチューブ入りのポリマーは“バッキープラスチック”と名付けられた。従来のプラスチックと比べて4〜10倍の強度を持ち、導電性を有する。
相田氏は他にも様々なナノ空間の研究に取り組み、成果をあげている。メソポーラスシリカでハニカム構造を作り、その穴の中に触媒を入れて、直径50nmのポリエチレンファイバーを作り出した。直径2nmの各穴から出てくる際にポリエチレン分子の向きがそろうため、非常に細くて強い繊維となる。また、相田氏は、シャペロンと呼ばれる筒状のたんぱく質集合体がその4.5 nmの穴に半導体である硫化カドミウムのナノ粒子を取り込み、安定に保存すること、さらにその後ATPによる刺激でナノ粒子をはき出すことを示した。ドラッグデリバリーシステムや、電子回路のスイッチへの応用につながる研究だ。デンドリマー、バッキープラスチック、ポリエチレンファイバー、シャペロン・・・。相田氏の研究対象は多方面に広がっている。「物理、化学、生物のなかで、化学屋は一番物質にこだわる。でも物質にこだわりすぎると、最後は重箱の隅をつつくことになって探求ができなくなる。そうではなくて、化学屋でありながら、現象に、コンセプトにこだわりたい」。“ナノ空間”をコンセプトにする相田氏にとって、“ナノテクノロジー”というキーワードは大きな意味を持つ。その最大の意義は「分野を超えた研究ができること」と考える。「我々も生物の人や、物理の人と共同研究をしています。分野を超えることで、今まで誰も気がつかなかったことを発見できる。初めてのことが見えてくる。それが、ナノというキーワードが分野を超えて研究者を引きつけているポイントだと思います」。







