画像:内部空間に有機分子が挿入されたカーボンナノチューブの構造模式図 (東北大学岩佐義宏教授らのカーボンナノチューブと有機分子の複合材料の研究から、岩佐教授の許可を得て掲載)
| JNNBトップ | 配信申込み | インタビュー | 研究者通信 | ナノインフォ | テキスト版 | バックナンバー |
JNNB検索

Japan Nanonet Bulletin 第58号 : 2004年3月16日

ナノネットインタビュー

理化学研究所 ゲノム科学総合研究センター 所長
和田 昭允 氏

物理から見た生命現象
〜生命と工学の接点〜

生物は、分子から細胞、組織、器官、個体へと、階層的に構築されている。和田氏はDNAをはじめ、細胞内で情報の伝達、記録、および発現を担う高分子のさまざまな物性を新しいアイデアと新しい手法を導入して調べ、生命現象を説明してきた。「生命と物性との間には、どのような関係があるのか?」 研究の視点はいつもそこにあった。

和田氏は理学部化学科の出身。物理学的な手法で分子の化学的性質に迫り、ジクロロエタンの内部回転など、低分子の物性を調べることから研究をスタートした。その後、興味は高分子へと移り、留学先のハーバード大学Paul Doty研究室ではタンパク質の光散乱やヘリックス-コイル転移の解析を行った。この研究室はタンパク質のほかDNA等の生体高分子を扱い、James D. Watsonも頻繁に訪れていた。生物物理分野における最先端の環境で、和田氏は"生命と物性"への関心を高めていった。

帰国から数年後、生物物理学研究室が発足した東京大学に招かれた和田氏は、DNAを自らの手で扱うようになった。「DNAの物理的な性質は、遺伝情報というDNAの生物学的機能にどのような影響を与えているのか?」 和田氏が出した答えの1つが『DNAの二重らせんの物性と遺伝情報の相互干渉』だ。DNAの二重らせんは、デオキシリボースとリン酸が交互に規則正しくつながったもの。遺伝情報を担う4種の塩基はデオキシリボースの内側に結合しており、A(アデニン)はT(チミン)と、G(グアニン)はC(シトシン)と対をつくることで、二重らせん構造が維持されている。GCが多い部分はATが多い部分よりも結合の安定性が高く、二重らせんがほどけにくい。和田氏はDNAの二重らせんの安定性が局所的に変化していること、しかし遺伝子単位では安定性が一様になっていることを見出した。「DNAが複製するときには、遺伝子ごとに二重らせんがほどけなくちゃいけない。だから安定性は遺伝子を単位にして揃っているのがいい。安定性っていう物理の顔と、遺伝情報には関係があるわけです」。

「では、遺伝情報の内容を変えずに二重らせんの安定性を一様にするため、生物はどのような戦略をとっているのか?」 和田氏はその解答を、1つのアミノ酸を指定する3つの塩基のならび,すなわち"コドン"の多様性に求めた。たとえばアミノ酸の1つ、ロイシンのコドンをみると、1番目と2番目の塩基はそれぞれC、Tと決まっている。ところが3番目の塩基はT、C、A、Gのいずれでも構わない。「1番目と2番目にAやTの多いところでは、コドンの3番目にGかCがくるような配列を、逆にGやCの多いところでは、3番目はAかTがくるような配列を選ぶことで安定性が一様になる。生物はコドンの3番目の自由度を、子孫を残すために利用しているのです」。生命戦略とDNAの物性を結び付ける画期的な結論だった。発表から20年近く経った今年、この研究の独創性を再評価する論文が学術誌に投稿された。投稿者からのコメントには次のようにある。"I may have discovered a latter-day "Mendel" in the form of Akiyoshi Wada whose pioneering studies in Japan have been largely overlooked by Western scientists."

1980年代初頭、DNAを研究対象とする和田氏の胸にはある思いが芽生えた。「これからのDNAの研究には、塩基配列の大量解読のための技術が欠かせない。コンピュータやロボットを得意とする日本ならば、装置開発で世界に先駆けることができるのでは」。当時はマクサム・ギルバート法とサンガー法によって配列が読まれていたが、いずれも作業量が膨大で、1ヶ月に1000塩基対ほど解読するのが限度だった。オートメーション化による解読スピードの大幅アップが不可欠であると考えた和田氏の構想は、『DNAの抽出・解析・合成技術の開発に関する研究』と題され、1981年に国家プロジェクトとしてスタート。ところが、当時の日本では大量解読の重要性について研究者の理解が得られず、プロジェクトは暗礁に乗り上げてしまい、最終的にはアメリカで解読技術は完成した。しかし、和田氏の構想は世界的なヒトゲノムプロジェクト方向を決める大きな手がかりを与えたものとして、ヒトゲノムの解読を報じる2001年2月16日のScience誌に紹介されている。現在、世界中でフル稼働しているDNA解析装置は和田氏が思い描き、部分的には開発した技術そのもの。日本を含む世界中のメーカーが改良に取り組み、1日に読みとる量は装置1台あたり100万塩基対にも達している。

一貫して生命現象を物理の目で見、生命と物性の関係を追及するために、和田氏は世界に先駆けて各種分光法やDNA塩基配列の高速自動解析など独創的手法を開発してきた。生物という"機械"の設計原理の解明を目指してきた和田氏。生物を自然のエンジニアリングの産物としてとらえ、人類が開発した工学機械を横に並べて両者を比較する。「工学機械のデザインの基礎になっているのは、物理や化学の原理と工学的知識の蓄積です。それに対して生命機械は、地球環境を生き抜いてきた経験がもとになっている」。その "生命の戦略"を探って工学的に応用するのがバイオナノテクノロジー。「工学機械の部品は最小でもマイクロメートルだけど、生命機械はナノメートル空間から有効に利用しています。40億年の進化の過程で積み上げてきたのですから、生命活動のメカニズムの中には勉強しなきゃならないものがいっぱい埋もれているのですよ」。

(聞き手:コスモピア 西村 尚子)
和田 昭允 氏
和田 昭允(わだ あきよし)氏
理化学研究所 ゲノム科学総合研究センター 所長
 
1952年3月東京大学理学部化学科 卒業
1952年9月東京大学理学部 助手(化学科)
1954年6月〜1956年11月ハーバード大学 博士研究員
1956年11月お茶の水女子大学理学部 講師(化学科)
1960年5月お茶の水女子大学理学部 助教授(化学科)
1962年4月東京大学理学部 講師(物理学科)
1963年12月東京大学理学部 助教授(物理学科)
1971年12月東京大学理学部 教授(物理学科)
1985年4月科学技術庁 参与
1986年4月〜1988年3月長岡技術科学大学 教授(併任)
1988年4月東京大学評議員
1989年4月東京大学理学部長
1990年4月〜1995年4月北里大学 客員教授
1990年4月〜2001年12月(財)相模中央化学研究所 理事
1991年7月〜2000年7月日本学術会議 会員(第4部)
1996年10月〜1998年9月理化学研究所 研究顧問
1997年7月〜2000年7月日本学術会議 第4部長
1998年10月〜理化学研究所 ゲノム科学総合研究 所長
 
1990年東京大学名誉教授
1956年ΣΞAward (Harvard Chapter,USA)
1961年進歩賞(化学会)
1971年松永賞(松永記念財団)
1983年島津賞(島津科学技術振興財団)
1993年ヘネシー・リヴィトン賞(団体受賞)
1995年高分子科学功績賞(高分子学会)
紫綬褒章
1998年HFSP 10周年記念賞
2001年〜World Innovation Foundation, Honorary Member
2002年叙勲: 勲二等瑞宝章
2003年横浜文化賞
図1
図1. 拡大
DNA分子の三つの側面。
(a) 幾何学的構造:2重ラセン構造で塩基対が重なって(スタックして)横に並んでいるのが見える。
(b) 化学的構造:4種の塩基、A(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)の配列。
(c) 生物学的構造:遺伝子A、B、C、J・・・の配列。場合によってはJのような重複したものも見つかっている。この部分は二通りに読まれることになる。
(a)、(b)、(c)の縮尺は同じでない。
図2
図2. 拡大
熱安定性地図。
(a) 天然のT7ファージDNAの一部
(b) アミノ酸の配列を変えずに同義語コドンの使い方をランダムにした人工的な塩基配列をもつT7ファージDNAの一部。
縦線は遺伝子の境界を表し、その翻訳産物を図の上に示した。陰を付けた領域は蛋白質に翻訳されない領域である。
図3
図3. 拡大
工学機械と生命機械の背景
図4
図4. 拡大
化学回路と電気回路
図5
図5. 拡大
生命世界と工学世界