画像:内部空間に有機分子が挿入されたカーボンナノチューブの構造模式図 (東北大学岩佐義宏教授らのカーボンナノチューブと有機分子の複合材料の研究から、岩佐教授の許可を得て掲載)
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Japan Nanonet Bulletin 第59号 : 2004年3月23日

ナノネットインタビュー

慶應義塾大学理工学部 物理情報工学科 教授
小池 康博 氏

フォトニクスポリマー
〜ブレークスルーは基本原理から生まれる〜

(Issued in English: January 5, 2006)

「白っていうのは色じゃありません。光の散乱なんです。成分粒子のサイズを細かくすれば、光は散乱しない。牛乳だって透明になるんです」。ミリサイズの物質に当たると光は屈折や反射をし、マイクロサイズの物質では散乱をする。しかし、ナノサイズの物質は、光に対して透明になる。光の作用の基本原理にまで立ち返ることで、小池氏はいくつもの壁を乗り越えてきた。

プラスチックは散乱損失が大きいため、光ファイバの材料として用いるのは難しいと考えられていた1980年代初め。小池氏は、ギガビット以上の高速通信を実現可能なプラスチック光ファイバを提案した。高速で光通信を行うためには、ファイバに入射する前と後で光の波形が保たれなければならない。そこで、ファイバコア構造として、ファイバの中心に向かって屈折率が高くなるように屈折率を制御した Graded Index (GI型) を提案した。ファイバの中心を直進する光の速度は遅く、外周部を大きく波打ちながら伝わる光の速度は速いため、光は同時にファイバの出口へ到達して波形が崩れないというアイディアだ。だが、屈折率を変化させるためには、ポリマーに不純物を添加しなければならない。散乱損失を低減させるため、不純物を取り除くことに注力していた当時のポリマー研究者達は、さらに不純物を追加しようという小池氏の提案を受け入れなかった。「でも、散乱で問題になるのは不純物の量ではなくて大きさです。光が散乱しないナノサイズまで不純物粒子を小さくすれば、透明性が保たれるはず」。小池氏は、最も透明度の高いポリメタクリル酸メチル(PMMA)を用いて自らの理論を証明しようと努力を重ねる。しかし、理論値の10倍以上もの過剰散乱が生じ、上手くいかなかった。

プラスチック光ファイバの研究を一旦断念せざるを得なかった小池氏は、「散乱とは何か?」という根元的な問題に戻って検討を行うことにする。Einsteinによる散乱の理論“揺動説”や、Debyeが1947年に発表したポリマーの構造と散乱に関する理論に立ち返り、考えを詰めていった。大きな不純物粒子を含まないPMMAの生成に成功した小池氏は、これを用いて過剰散乱について探り、1992年、その原因をつきとめる。それまで過剰散乱の要因と考えられてきた“PMMAの立体規則性”、“分子量の大きさ”、“残存するモノマーや添加剤などの低分子不純物”、“ゲル効果による架橋”などが、真の原因ではないことを証明。過剰散乱をもたらすのは、2次転移温度以下の重合で生じる数多くの空隙であること、2次転移温度よりも高い温度で十分な熱処理を行えば空隙は消失することを、理論と実験の両面で示した。「一度挫折したのが良かったんです。そうでなければ『散乱とは何か』という基礎に立ち返れなかった。本当のブレークスルーに必要なのは小手先の研究ではなく、基本原理なんです」。過剰散乱の本質を解明し、透明性の高いPMMAを作る技術を手にした小池氏は、提案から10年を経てようやくGI型プラスチック光ファイバを実現した。1996年にはポリマー中の水素原子をフッ素に置き換えて、光の吸収損失を抑えた全フッ素化ファイバを開発。2000年、ガラス製ファイバを凌駕する、高速通信プラスチック光ファイバが製品化された。

小池氏は『フォトニクスポリマー』という分野を開拓してきた。「これは“フォトニクス”と“ポリマー”をくっつけて完全に1つにした、全く新しい学際領域です」。“ポリマー”と“光”の間で起こる現象をつき詰めて、小池氏は様々な材料を実現している。プラスチック光ファイバの開発とは逆に、光の散乱を上手く利用して作り出したのが“光散乱ポリマー導光体”だ。液晶ディスプレイのバックライトでは、導光板と呼ばれるプラスチック板の側面から光を入射し、上面から光を取り出す。効率よく光を取り出すためには導光板の透明性を高め、光の散乱を避ける必要があるとされてきた。しかし小池氏は、ポリマーにマイクロサイズの粒子を添加して多重散乱させることで、光を減衰させることなく特定の方向へ取り出せることを示した。この導光体を用いて従来の2倍の高輝度をもつバックライトを実現、これは既に製品化されている。

また、光を散乱しないナノサイズの粒子を利用して、液晶ディスプレイ用の“ゼロ複屈折性光学ポリマー”を開発した。通常、安価なポリマー薄膜の作製には押出し成形が用いられるが、分子が配向して複屈折を生じてしまうため、偏光の制御が必要な液晶ディスプレイ用ポリマーは押出し成形できなかった。小池氏は、複屈折の問題を解決するため、負の複屈折を持つ炭酸ストロンチウム微粒子をポリマーに添加する手法を考案。微粒子がナノサイズであるため光は散乱せず、透明性は変わらないが、複屈折はポリマー全体で相殺されてゼロになる。これまでの10〜100倍の速度で、液晶ディスプレイ用ポリマーを作製することが可能だ。

小池氏がフォトニクスポリマーで目指すのは、真のブロードバンド世界。 Fiber to the Home ならぬ Fiber to the Display だ。リアルタイムで鮮明な画像が送れるようになり、遠隔医療も行うことができる。「いつもは映像を楽しんでいる大画面ディスプレイに、光ファイバを直接つないでおく。何かあったら画面の横に付いているボタンを押せば、すぐに病院につながる。たとえばお年寄りが夜中に具合が悪くなったとき、パソコンのキーボードを叩けると思いますか?テクノロジーはあくまでもツール、技術が進んで操作が難しくなるんじゃダメ。最後は人に戻るんです。人の安心、家庭の安らぎ、そういうものに貢献して、初めて本当の技術と言えると思うんです」。

(聞き手:コスモピア 大貫 理恵)
和田 昭允 氏
小池 康博(こいけ やすひろ)氏
慶應義塾大学理工学部 物理情報工学科 教授
 
1982年慶應義塾大学理工学研究科博士課程修了
1982年慶應義塾大学理工学部 助手
1988年慶應義塾大学理工学部 専任講師
1989年
〜1990年
米国ベル研究所研究員
1992年慶應義塾大学理工学部 助教授
1997年
〜現在
慶應義塾大学理工学部 教授
2003年
〜現在
東北大学客員教授
 
役職等
1994年〜現在プラスチック光ファイバーコンソーシアム会長
1995年
〜1998年
財団法人 神奈川科学技術アカデミー
小池「光超伝送プロジェクト」プロジェクトリーダー
1998年〜 国際会議委員会 International Cooperative of Plastic Optical Fiber (ICPOF) 全体議長
1998年〜日本電子機械工業会(通産省予算事業)「新規産業支援型国際標準開発『情報家電機器間の相互接続性確保のための標準化』」委員会委員長
1998年
〜2001年
通信・放送機構(郵政省予算事業)「プラスチック光ファイバーの研究開発」プロジェクトリーダー
2000年
〜現在
科学技術振興事業団創造科学技術推進事業(科学技術庁予算事業)「小池フォトニクスポリマープロジェクト」総括責任者
2003年
〜現在
財団法人 日本心臓血圧研究振興会 理事
2003年
〜現在
インターユニバーシティ・コロキアム理事
 
受賞等
1989年米国プラスチック工学会(SPE) 電気・電子部門 最優秀論文賞
1992年光科学技術研究振興財団研究表彰
1994年米国プラスチック工学会(SPE) SPE International Technology Award -Fred O. Conley Award
1995年日経BP技術賞
1996年米国海軍科学技術院50周年記念 Distinguished International Lecturer賞
1996年光産業技術振興協会櫻井健二郎氏記念賞
1997年Society for Information Display 1996 International Symposium Best Poster Paper Award
1997年応用物理学会国際会議 MOC/GRIN Paper Award
1998年回路実装学会論文賞
2000年繊維学会賞
2000年慶應義塾大学 義塾賞
2001年藤原科学財団 第42回藤原賞
2003年2002年高分子学会賞
図1
図1. 拡大
粒子サイズと光の効果
図2
図2. 拡大
ステップインデックスファイバ (SI POF) とグレーデッドインデックスファイバ (GI POF) の比較
図3
図3. 拡大
石英系ファイバーとPF GI-POFの伝送帯域波長依存性の比較

図4
図4. 拡大
光散乱ポリマー導光体 (Highly Scattering Optical Transmission Polymer: HSOT) を使用したバックライトシステムと通常のバックライトシステムの比較
図5
図5. 拡大
光散乱ポリマー導光体と透明ポリマー

図4
図6. 拡大
Birefringence of optical polymers
図5
図7. 拡大
Birefringent crystal dopant method

キーワード
光散乱ポリマー導光体
ポリマー内部に、数ミクロン程度の周囲と屈折率が異なる構造(不均一構造)を導入すると、光はそれにより散乱される。不均一構造の大きさ、相対屈折率、濃度およびポリマー形状を精密に設計し、制御することによって、入射光を多重散乱し、均一化させ、特定の方向に効率高く出射することができる。このようなポリマーを光散乱ポリマー導光体とよび、液晶ディスプレイ用バックライトなどに応用されている。
ゼロ複屈折性光学ポリマー
ポリマーは、通常鎖状の分子構造であり、これが配向することにより複屈折が生じる。複屈折は偏光を利用するデバイスの性能を著しく劣化させる。したがって、ポリマーを用いてこれらのデバイスを成形する場合は、できるだけ配向させないような方法が採られ、多くの場合、生産速度が低くなる。近年、ポリマー分子が配向しても複屈折が生じない新規の光学用ポリマーが提案された。これをゼロ複屈折性光学ポリマーとよぶ。