小池 康博 氏
フォトニクスポリマー
〜ブレークスルーは基本原理から生まれる〜
「白っていうのは色じゃありません。光の散乱なんです。成分粒子のサイズを細かくすれば、光は散乱しない。牛乳だって透明になるんです」。ミリサイズの物質に当たると光は屈折や反射をし、マイクロサイズの物質では散乱をする。しかし、ナノサイズの物質は、光に対して透明になる。光の作用の基本原理にまで立ち返ることで、小池氏はいくつもの壁を乗り越えてきた。
プラスチックは散乱損失が大きいため、光ファイバの材料として用いるのは難しいと考えられていた1980年代初め。小池氏は、ギガビット以上の高速通信を実現可能なプラスチック光ファイバを提案した。高速で光通信を行うためには、ファイバに入射する前と後で光の波形が保たれなければならない。そこで、ファイバコア構造として、ファイバの中心に向かって屈折率が高くなるように屈折率を制御した Graded Index (GI型) を提案した。ファイバの中心を直進する光の速度は遅く、外周部を大きく波打ちながら伝わる光の速度は速いため、光は同時にファイバの出口へ到達して波形が崩れないというアイディアだ。だが、屈折率を変化させるためには、ポリマーに不純物を添加しなければならない。散乱損失を低減させるため、不純物を取り除くことに注力していた当時のポリマー研究者達は、さらに不純物を追加しようという小池氏の提案を受け入れなかった。「でも、散乱で問題になるのは不純物の量ではなくて大きさです。光が散乱しないナノサイズまで不純物粒子を小さくすれば、透明性が保たれるはず」。小池氏は、最も透明度の高いポリメタクリル酸メチル(PMMA)を用いて自らの理論を証明しようと努力を重ねる。しかし、理論値の10倍以上もの過剰散乱が生じ、上手くいかなかった。
プラスチック光ファイバの研究を一旦断念せざるを得なかった小池氏は、「散乱とは何か?」という根元的な問題に戻って検討を行うことにする。Einsteinによる散乱の理論“揺動説”や、Debyeが1947年に発表したポリマーの構造と散乱に関する理論に立ち返り、考えを詰めていった。大きな不純物粒子を含まないPMMAの生成に成功した小池氏は、これを用いて過剰散乱について探り、1992年、その原因をつきとめる。それまで過剰散乱の要因と考えられてきた“PMMAの立体規則性”、“分子量の大きさ”、“残存するモノマーや添加剤などの低分子不純物”、“ゲル効果による架橋”などが、真の原因ではないことを証明。過剰散乱をもたらすのは、2次転移温度以下の重合で生じる数多くの空隙であること、2次転移温度よりも高い温度で十分な熱処理を行えば空隙は消失することを、理論と実験の両面で示した。「一度挫折したのが良かったんです。そうでなければ『散乱とは何か』という基礎に立ち返れなかった。本当のブレークスルーに必要なのは小手先の研究ではなく、基本原理なんです」。過剰散乱の本質を解明し、透明性の高いPMMAを作る技術を手にした小池氏は、提案から10年を経てようやくGI型プラスチック光ファイバを実現した。1996年にはポリマー中の水素原子をフッ素に置き換えて、光の吸収損失を抑えた全フッ素化ファイバを開発。2000年、ガラス製ファイバを凌駕する、高速通信プラスチック光ファイバが製品化された。
小池氏は『フォトニクスポリマー』という分野を開拓してきた。「これは“フォトニクス”と“ポリマー”をくっつけて完全に1つにした、全く新しい学際領域です」。“ポリマー”と“光”の間で起こる現象をつき詰めて、小池氏は様々な材料を実現している。プラスチック光ファイバの開発とは逆に、光の散乱を上手く利用して作り出したのが“光散乱ポリマー導光体”だ。液晶ディスプレイのバックライトでは、導光板と呼ばれるプラスチック板の側面から光を入射し、上面から光を取り出す。効率よく光を取り出すためには導光板の透明性を高め、光の散乱を避ける必要があるとされてきた。しかし小池氏は、ポリマーにマイクロサイズの粒子を添加して多重散乱させることで、光を減衰させることなく特定の方向へ取り出せることを示した。この導光体を用いて従来の2倍の高輝度をもつバックライトを実現、これは既に製品化されている。
また、光を散乱しないナノサイズの粒子を利用して、液晶ディスプレイ用の“ゼロ複屈折性光学ポリマー”を開発した。通常、安価なポリマー薄膜の作製には押出し成形が用いられるが、分子が配向して複屈折を生じてしまうため、偏光の制御が必要な液晶ディスプレイ用ポリマーは押出し成形できなかった。小池氏は、複屈折の問題を解決するため、負の複屈折を持つ炭酸ストロンチウム微粒子をポリマーに添加する手法を考案。微粒子がナノサイズであるため光は散乱せず、透明性は変わらないが、複屈折はポリマー全体で相殺されてゼロになる。これまでの10〜100倍の速度で、液晶ディスプレイ用ポリマーを作製することが可能だ。
小池氏がフォトニクスポリマーで目指すのは、真のブロードバンド世界。 Fiber to the Home ならぬ Fiber to the Display だ。リアルタイムで鮮明な画像が送れるようになり、遠隔医療も行うことができる。「いつもは映像を楽しんでいる大画面ディスプレイに、光ファイバを直接つないでおく。何かあったら画面の横に付いているボタンを押せば、すぐに病院につながる。たとえばお年寄りが夜中に具合が悪くなったとき、パソコンのキーボードを叩けると思いますか?テクノロジーはあくまでもツール、技術が進んで操作が難しくなるんじゃダメ。最後は人に戻るんです。人の安心、家庭の安らぎ、そういうものに貢献して、初めて本当の技術と言えると思うんです」。








