新エネルギー・産業技術総合開発機構
精密高分子技術プロジェクト プロジェクトリーダー
中濱 精一 氏
ポリマーが織りなすナノ構造
〜ブロック共重合体による高次構造のデザイン〜
ナイロンやポリエステルといった一般のポリマーは、ポリマー分子の鎖の長さは不揃いで、さまざまな分子量のものが集まってできている。しかし"アニオンリビング重合"を用いると、ポリマーの分子量を揃えることや、異なる種類のポリマーがつながった"ブロック共重合体"、末端に官能基を持った"テレケリックポリマー"などを合成することが可能だ。中濱氏はアニオンリビング重合によってポリマー分子の一次構造を精密に制御し、「ポリマーの高次構造をナノオーダーでデザインする」というコンセプトを実現してきた。
アニオンリビング重合は1950年代に開発されたポリマー合成法だ。開始剤の添加とともに重合反応がスタートし、一定の速度で進行するため、鎖の長さの揃ったポリマーができる。また、原料のモノマーが全て消費されて重合反応が終わった後でも成長末端が活性を保つため、引き続き違う種類のポリマーを重合させて、異なる種類のポリマーがつながったブロック共重合体をつくることができる。各ブロックを構成するポリマー同士は互いに混ざり合わない性質によって、ブロック共重合体は集合すると数10ナノメートル間隔のミクロ相分離構造を形成する。「ナノのオーダーで相分離が起こって、層状の構造、球やシリンダー、いろいろな形が自然にできます。ブロックの長さを変えることで、こうしたミクロ相分離構造をデザインすることができるんです」。しかし、原料のモノマーに官能基が含まれていると、活性末端のアニオンと官能基が反応して重合反応が阻害されてしまう。このため、ブロック共重合体を作ることができるのは、スチレン、ブタジエンといった官能基を持たない炭化水素に限られていた。1980年代半ば、中濱氏は構造の一部を他の物質に置き換えることで官能基を保護し、重合反応が終わると元に戻すことに成功する。「これはなかなか難しくて、しっかり保護しておかないと途中で反応がストップしてしまう。かといって保護しすぎると、後でプロテクションが外れません。どんな条件で重合させるか、保護基に何を使うか、色々組み合わせを考えました」。例えばOH基、NH2基、SH基の場合、重合前に水素をトリアルキルシリル基に変えておけば、アニオンとの反応を抑えられる。「高次のナノ構造の形は、鎖の長さとかブロックの配列、そういった一次構造によってデザインできます。さらに官能基が導入できると、ナノ構造のある部分にだけ機能をもたせることもできるんです」。官能基をもつポリマーからなるブロック共重合体の合成を可能にした中濱氏は、さまざまな高次構造の形と機能のデザインに挑んだ。
Si-OR基を有するポリスチレンとポリイソプレンが-(AAA…AAA)-(BBB…BBB)-(AAA…AAA)-のようにつながったトリブロック共重合体で、中濱氏はナノの穴があいた多孔質膜を作り出した。この共重合体の高次構造を酸で処理すると、Si-OR基が加水分解してシリコンが架橋反応を起こし、ポリスチレン部がしっかりと固定される。続いてオゾンで処理すると、ポリイソプレン内部の二重結合だけが切れる。「両端のポリスチレンのドメインはしっかり固まっていて、真ん中のポリイソプレンがパチンパチンと切れる。くり抜いたように、ポリイソプレンのドメインだけがなくなります」。後にはシリコンを含有したポリスチレンの多孔質膜が残る。ブロック共重合体を構成するポリスチレンとポリイソプレンの割合によって、穴の大きさを変えることが可能だ。特定の酵素に適した大きさの穴をあけて、蛋白質センサー用の材料に用いることが応用として考えられている。
中濱氏は、高次構造をもつポリマーが示す特異な性質も探った。親水性のPHEMA(ポリメタクリル酸ヒドロキシエチル)と疎水性のポリスチレンからなるブロック共重合体は、ポリスチレン部分がシリンダー状に並び、空隙をPHEMAが埋めた高次構造を示す。生体適合性が高く、血液中の血小板が活性化しないため、フィルムとして抗血栓性材料に用いることが期待されている。中濱氏は、このフィルム表面の特性に関心を持った。最表面はポリスチレンが覆っているため、表面は通常疎水性を示すにもかかわらず、濡れ時間が長くなると徐々に親水性に変わっていく。真空が必要な電子顕微鏡では濡れた表面を調べることができず、当時、この変化のメカニズムは謎だった。しかし中濱氏は、ポリマーが濡れた状態を固定して観察する方法を編み出す。フィルムを染色すると、その状態が固定され、乾燥してもそれが維持されることを見出したのだ。「何も入っていない水に試料入れると、水に漬かっていた時間の分だけ表面が変化します。ところが、サッと水から出して染色剤に入れると瞬間的に変化が止まって、その構造がそのまま固定される。一定時間ごとにストップさせて、映画のコマ撮りのように変化の過程を見ることができるのです」。この手法で、中濱氏は疎水性の表面が親水性に変化するメカニズムを明らかにした。表面を覆うポリスチレンには微小な欠陥があり、濡れ時間が長くなると水が侵入して、内部のPHEMAが水を吸ってふくらむ。するとPHEMAが表面のポリスチレンをぐるりと巻き込んで表に出て、表面が親水性に変わるのだ。乾燥すると再び表面は元の状態に戻ることも明らかにした。
現在、中濱氏は新エネルギー・産業技術総合開発機構『精密高分子技術プロジェクト』のプロジェクトリーダーを務める。ポリマーのナノ構造に関する基礎研究を行い、それらの成果をもとに工業的なレベルでも新しい高分子材料を創製することを目指す。産業化を前提とした研究を統括しながら、若い研究者には「基礎的な部分をきっちりやること」を期待する。「基礎的な研究に勇気を持って、自分の力で切り拓くんだという気持ちでチャレンジして欲しい」。また、研究者は科学的なものの考え方ばかりでなく、工学的なものの考え方についてもっと学ぶ必要もあると言う。「歴史的には科学と工学はまったく違うもの。もちろんお互いにつながるところもありますが、若い人が研究をするときには自分の位置を見極めるために、科学と工学を一旦切り離して考えた方がいい。"自分はここに立っているんだ"という意識をしっかり持った方が良いと思うのです」。




