画像:内部空間に有機分子が挿入されたカーボンナノチューブの構造模式図 (東北大学岩佐義宏教授らのカーボンナノチューブと有機分子の複合材料の研究から、岩佐教授の許可を得て掲載)
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Japan Nanonet Bulletin 第65号 : 2004年 6月 9日

ナノネットインタビュー

徳島大学大学院 ヘルスバイオサイエンス研究部 教授
(現名古屋大学大学院工学研究科化学・生物工学専攻 教授)
馬場 嘉信 氏

DNA解析技術のブレイクスルーを目指して
〜ナノバイオデバイスの開発〜

(Issued in English: February 2, 2006)

「より少ないサンプルで、正確に、早く解析するというのがDNA解析技術の目標です。ちょっと血液を採るだけで、その場ですぐ結果が出るのが一番いいですよね」。極微量の血液からDNAを取り出し、そこからさらに特定の遺伝子を取り出して、解析する。馬場氏はDNA解析の全行程が作り込まれたナノバイオデバイスの実現を目指している。

学生時代にリン酸化合物について研究していた馬場氏は、その経験をバイオの分野に活かそうと、リン酸化合物の一種であるDNAの解析を研究対象として選んだ。1986年、最初に手をつけたのはクロマトグラフィを利用した解析だ。当時、この分野に取り組んでいたのはアメリカの3グループだけで、手探り状態からのスタートだった。「出ていた論文の数はまだ1桁。たくさん読まなくてよくて、こんな楽なことはないと思った」と馬場氏は笑いながら当時を振り返る。クロマトグラフィによる解析は簡便で、自動化も可能。DNA解析用カラムの開発が企業と共同で進み、一部の病気について遺伝子診断が行えるまでになった。しかし、クロマトグラフィにはDNAの塩基数が大きくなるほど分離が困難になるという原理的な限界があった。大きさが200塩基以上ともなると解析は不可能だった。

そこで馬場氏はクロマトグラフィから離れ、キャピラリー電気泳動によってDNAを解析する研究を開始した。ゲル中のDNA断片に電圧をかけ、電気泳動速度の違いによって大きさの異なるDNA断片を分離するゲル電気泳動は、DNAの配列決定法として既に一般的だった。クロマトグラフィとは逆に、DNAの塩基数が大きくなるほど分離能力は向上する。しかし、ゲル電気泳動による解析には何十時間もかかる。高い電圧をかけて時間を短縮しようにも、発生した熱でDNAが破損してしまうという問題もあった。それを解決したのが、ゲルの変わりにキャピラリー(内径100μm以下のガラス管)を用いたキャピラリー電気泳動だ。キャピラリーでは流れる電流が小さくジュール熱の発生が大幅に抑えられるため、高電圧を印加して分離を高速化できる。多数のキャピラリーを並べて複数の分析を同時に、自動的に行うことも可能だ。万単位の塩基数まで、高速・高分解能で解析することが可能となった。

「日本にはすばらしい半導体技術があるのだから、そういう企業の人たちと一緒にやってみたい」。1990年代半ば、さらに簡便で、かつ高速のDNA解析法を追求した馬場氏は、チップ技術に着目した。半導体産業で培われた微細加工技術によって幅10μm〜100μmの溝(マイクロチャネル)を掘ったガラスやプラスチック基盤を用いる電気泳動チップは、動作原理はキャピラリー電気泳動と同じだ。しかし、キャピラリー電気泳動では分析に10cm以上の長さが必要であったが、チップでは数〜数十mmで済み、またキャピラリーの折れやすいという欠点も解消される。1999年に馬場氏が開発した2cm×3cmの基板に50μm幅のマイクロチャネルを掘った電気泳動チップでは、キャピラリー電気泳動で要した時間の1/10、10分でDNAを解析することが可能となった。

現在、馬場氏はさらに高速・高機能な解析を可能にするチップを模索している。通常のゲル電気泳動で用いられるゲルの代わりに、直径80nm〜200nm、高さ600nm〜5000nmの柱(ナノピラー)を数100nmの等間隔でマイクロチャネル内に林立させた構造を考案。ゲルの場合は試験のたびに配合や温度の調整を厳密に行う必要があるが、ナノピラーチップは構造を一度作れば再現性の高いデータが得られる。ナノピラーの太さや間隔によって、解析するDNA断片の大きさを選択することも可能だ。また、ナノピラーの代わりに直径30nm〜50nmの球(ナノボール)をチャネル内に満たし、DNAを解析することも試みている。「いったんDNAが上手く解析できるメカニズムさえ作ることができれば、それを100本、1000本、10000本と増やして高密度化するのは半導体技術の得意とするところです。半導体と同じように、DNA解析の全工程をチップに作り込むことが将来的には可能になります」。これらの、ナノバイオデバイスは、ゲノム医療・創薬への展開が期待されている。

馬場氏はDNAを解析する立場から、いくつものプロジェクトに関わっている。なかでもユニークなのは、徳島大学の21世紀COEプログラム『ストレス制御をめざす栄養科学』。ストレスを制御することで病気を予防するのが目的だ。ストレスの研究で第一の問題は、ストレスを評価する技術がないことだ。「同じストレス、負荷がかかっても、人によって反応も解決方法も違う。それはまさにゲノムによるはずです」。たとえば、博士課程の大学院生の遺伝子は、学位を取る前と後でその働きが全く異なる。しかも、変化のパターンは個々の学生によって違う。「将来的には、チップに指をのせるだけでストレスのレベルが分かって、そのストレスを低減する食べ物も分かるようになるはずです」。

「我々が今まで考えていた常識というのは、ナノではない空間の中での物理的な現象に基づく常識です。ナノ空間の中では、そういう常識が通じないことが起こっている。例えば、我々が知っている水とナノ空間の中の水では状況がずいぶん違っていて、水の硬さがずいぶん違うらしい。ナノピラーやナノボールでは、ナノの構造を使ったからこそ、これまで我々が知らなかった現象が起こってきた。ナノの世界には、まだ分からないことが多い。若い人たちがこれからやれることはたくさんあると思います」。

(聞き手:コスモピア 龍川 優)
馬場 嘉信 氏
馬場 嘉信 (ばば よしのぶ)氏
徳島大学大学院 ヘルスバイオサイエンス研究部 教授
独立行政法人 産業技術総合研究所 単一分子生体ナノ計測研究ラボ ラボ長
(現名古屋大学大学院工学研究科化学・生物工学専攻 教授)
(現独立行政法人 産業技術総合研究所 健康工学研究センター)
 
1986年九州大学大学院理学研究科 化学専攻博士課程 修了
理学博士(九州大学)
1986年日本学術振興会 特別研究員
1986年 大分大学 教育学部 助手
1988年大分大学 教育学部 講師
1990年神戸女子薬科大学 薬学部 講師
1996年神戸薬科大学 薬学部 助教授
1997年
〜2005年
徳島大学薬学部 教授
2002年
〜2005年
産業技術総合研究所 単一分子生体ナノ計測研究ラボ ラボ長 併任
2004年
〜2005年
徳島大学 大学院ヘルスバイオサイエンス研究部 教授
(改組により所属名変更)
2005年
〜現在
名古屋大学大学院工学研究科化学・生物工学専攻 教授
独立行政法人 産業技術総合研究所 健康工学研究センター
 
役職等 
1994年
〜2004年
科学技術振興事業団 戦略的基礎研究推進事業
「ナノチップテクノロジープロジェクト」 研究代表者
2000年
〜現在
国際会議International Symposium on Micro Total Analysis System (μTAS)
常任理事
2000年
〜2003年
経済産業省 地域コンソーシアム研究開発事業
「ナノチャンネル電気泳動プロジェクト」 研究代表者
2001年
〜2004年
日本化学会生命化学研究会会長
2003年
〜現在
経済産業省NEDO
「先進ナノバイオデバイスプロジェクト」 研究開発責任者
2004年
〜現在
日本薬学会薬学研究ビジョン部会会長
 
受賞等
1992年日本薬学会近畿支部 奨励賞受賞
1997年日本薬学会 奨励賞受賞
2002年第38回徳島新聞賞 科学賞受賞
2003年竹田国際貢献賞
2004年ハインリッヒ エマニュエル メルク賞
図1
図1. 拡大
ナノバイオデバイス
図2
図2. 拡大
バイオツールの将来
図3
図3. 拡大
ナノピラーチップ
図4
図4. 拡大
ナノボールによるDNA解析チップ
図5
図5. 拡大
ストレス診断装置
キーワード
ナノバイオデバイス
ナノテクノロジーを駆使して、指先ほどの大きさのプラスチックチップあるいはガラスチップに、遺伝子・タンパク質などを検査・診断するためのナノメートルサイズの構造体を形成したものである。ナノ空間を使用することにより、DNAのハイブリダイゼーションなどの反応を超高速化できるだけでなく、これまでの方法では測定できなかったサンプルの測定が可能になる。
電気泳動チップ
数cm角のチップ上に、幅20 - 100 μm、深さ10 - 50 μmの溝を作製し、このマイクロチャネル中で電気泳動を行う方法である。チップを用いることで、DNAやタンパク質解析において、従来の10-100倍の高速化を達成できる。チップの材質としては、石英、ガラス、PMMA (polymethyl methacrylate)、 PDMS (polydimethylsiloxane)などのプラスチックが用いられている。
ゲノム医療・創薬
ヒトゲノム解析によって、がん、生活習慣病、老人性痴呆症、アレルギー性疾患などの複雑なヒト疾患の原因遺伝子群が解明され、遺伝子ネットワークや遺伝子システムの機能予測が可能になり、それを基盤にした疾患の新しい診断、治療、予防法の開発が可能となる。さらに、個人差や人種差がゲノムの多型として明らかにされ、このゲノム特性に応じたヘルスケアー等が現実になる(テーラーメード医療)。また、病原性や病因に関するゲノム情報に基盤をおいた新しい創薬原理の開発も可能となる。