応用物理学専攻 教授
宮崎 照宣 氏
次世代メモリMRAMの開発
〜室温でのトンネル
磁気抵抗効果の実現〜
不揮発、高速、低消費電力、大容量--。次世代メモリとして MRAM (Magnetic Random Access Memory) が注目を集めている。このMRAMを可能にする室温でのトンネル磁気抵抗効果 (TMR: Tunnel Magneto-Resistance Effect) を初めて実現したのが宮崎氏だ。
絶縁体に電圧を印加しても、通常、電流は流れない。しかし、非常に薄い絶縁体を導電体で挟み、電圧をかけると、量子効果によりトンネル電流が流れる。この導電体に強磁性体を用いて強磁性体/絶縁体薄膜/強磁性体の順に接合した膜では、2つの強磁性体の磁化が平行のときに電気抵抗が小さくなり、反平行のときに電気抵抗が大きくなる。この現象がTMRだ。電気抵抗の大小を「1」、「0」に対応させ、TMRをメモリとして利用するのがMRAMの原理だ。
TMRが初めて報告されたのは1975年。鉄/ゲルマニウム/コバルト接合膜において、磁場による電気抵抗の変化率“磁気抵抗比”が14%という実験結果が発表された。しかし、4.2Kという極低温と、大きな磁場の印加を必要としたため、応用には非現実的であるとさほど注目されなかった。15年近くが経過した1988年、Fe/Cr人工格子において巨大磁気抵抗効果 (GMR: Giant Magneto-Resistance Effect) が見出され一躍注目を集める。磁性薄膜を専門としていた宮崎氏は、1980年代半ばからパーマロイ (Ni-Fe合金) 薄膜の異方性磁気抵抗効果 (AMR: Anisotropic Magneto-Resistance Effect) の研究を行っていたが、人工構造によるGMRの発現に刺激を受け、「GMRの次はTMR」と、皆が忘れかけていたTMRを室温で実現することを目指した。
1994年6月、別室で実験していた学生が宮崎氏を呼びに来た。「先生、大変です。レコーダーのペンが振り切れてしまいました」。それまで2、3%だった室温での磁気抵抗比が、いきなり18%という大きな値を示したのだ。室温で大きなTMRを確認した初めてのデータだった。作製した素子は、鉄/アルミナ(Al2O3)/鉄の積層膜。絶縁層のアルミナ薄膜は、薄ければ薄いほど電子のトンネル確率が高まり、大きな磁気抵抗比が得られる。しかし、薄くしすぎると部分的に穴が空いて、鉄がショートしてしまう。現在では薄膜作製にはスパッタ法を用いているが、当時の装置は企業が廃棄処分にした真空蒸着装置を再利用したもので、薄く均一なアルミナ薄膜の作製が最大の難関だった。磁気抵抗比18%を実現した実験でも、当初は厚さ2nmの均一なアルミナ薄膜を作製する予定だったが、装置の限界で均一にならず薄くなってしまった部分があった。「でも、たまたまショートしない、ちょうど良い薄さになっていて、うまくトンネル電流が流れたということではないか」と宮崎氏は振り返る。
画期的な成果だったが、当時の日本では注目を浴びなかった。宮崎氏はあるジャーナルに投稿したが、審査保留となったため、別のジャーナルに再投稿しなければならなかった。しかし1994年末、国内のシンポジウムで行った口頭発表が注目され、翌年2月、米国のシンポジウムに招聘される。「実験のことを細かく聞かれて、全部説明しました。だけど後になってみれば、そのとき既に彼らはTMRを使ったメモリのプロジェクトを立ち上げようと思っていたのでしょうね」。同年3月には、Motorola社から共同研究の誘いを受ける。「研究費を出すから一緒にやりましょうと言われてすぐに飛びついて、それまでの研究で培われた情報をすべて共有してしまいました」。IBMとMotorolaが中心となって、米国がMRAMの国家プロジェクトを立ち上げたのは、その直後のことであった。現在、Motorolaは4MビットMRAMの試作品を発表し、MRAM実用化に先鞭をつけている。
TMRのもう一つの重要な応用、磁気ヘッドの研究に、はじめに手を挙げたのも米国だった。宮崎氏は自らの発見が基礎となりながら、応用研究で米国に遅れをとってしまったことについて「私も含めて、日本の研究者は誰一人メモリに応用することに思い至らなかった」と反省する。米国に遅れること7年、日本でも2002年に産官学連携による経済産業省の「メモリデバイスの研究関連事業」が宮崎氏を中心に立ち上げられた。現在このプロジェクトは経済産業省のフォーカス21に移行し、産業界を中心にMRAMの製品化を目指している。また、2002年には文部科学省でも研究プロジェクト「高機能・超低消費電力メモリの開発」がスタート、このうちMRAMに関する研究は宮崎氏を中心として進んでいる。
宮崎氏は研究におけるパテントの重要性を指摘し、自分が関連する研究分野の「流れ」を見極めることが大切であると語る。「この現象は面白い、そこで終わってしまってはダメで、それをどう役立たせるか展開を考えることが重要と言うことですね」。画期的な成果を出しながらも、実用化では米国に先行されているという自らの体験をふまえての言葉だ。また、これから研究の道を志そうという若手に対しては、「集中力が結果を産む」とアドバイスする。「一所懸命やる以外ないですよ。人間の能力は決まっているのです。どれだけ研究が好きで、どれだけ研究に集中できるかが、良いデータを出すか出さないかを決めると思うのです」。研究室には、『研究バカが出世する』(伊藤清男著)を置き、学生たちに一読を勧めている。







