大学院物質理学研究科 教授
松井 真二 氏
集束イオンビームの新展開
〜三次元ナノ構造を自在に作り出す〜
一本の毛髪の上に作られた線幅80nmのジャングルジム。これまで、量子効果デバイスの試作や欠陥解析用の試料作製など、限定的に利用されてきた集束イオンビーム(FIB)に、新たに三次元ナノ加工というベクトルが加えられた。
「僕は大学の時から、微細加工一筋でやってきたんです。今や二次元の加工技術はナノオーダーまで来てしまって、ただ形やパターンを作るだけならもう十分かなと思っていました」。そんな時、ふと手にした本で牛のアキレス腱の写真を目にした。「牛のアキレス腱はピッチ68nmのきれいなコイルなんです。『これだ』と思いましたね。立体構造を作ってみようと」。FIBによる化学気相成長(FIB-CVD)では、試料室にフェナントレン(C14H10)を真空度5×10-6Torr程度で供給する。「5×10-6Torrというと空間ではガス分子の平均自由行程は数十cm。ということは、試料室内の空間でガス分子にイオンが当たる確率はほとんどゼロに近い。しかし、基板表面はほとんど一面吸着したガス分子に覆われている。ここがポイント」。30keVで加速したビーム径5nmのガリウム集束イオンビームを照射すると、基板表面のビーム照射位置を中心に半径20nmの範囲に入射イオンの一部が散乱される。さらにそこから20nm外側の範囲に、二次電子が散乱される。二次電子のエネルギーは数eVと低く、基板に吸着したガス分子に高い確率で捕獲される。それによりガス分子が分解され 、直径80nmの範囲にダイヤモンド状炭素(DLC)が堆積していくと考えられている。
「この時、例えばビームの照射位置を20nm動かしたとします。すると、そこが中心になって周りのガス分子が吸着し分解されて、位置が少しずれた直径80nmのテラスができるんです」。基板がグラファイトの場合、30keVで加速されたガリウムイオンは表面から20nmの深さまで注入される。DLCを20nm以上堆積させた後でビームの中心をずらしていけば、イオンがテラスを突き抜けることなく積み上がり、空間に自由に造形できるはず。「だけど、三次元CADシステムで、任意の構造をオングストローム精度のボクセルデータにして、順番を考えて描画していくソフトなんて売っていなかったんですよ」。これを可能にしたのは、当時松井氏の研究室に所属していた学生だった。「星野君というのはロボットが好きな人なのね。ロボット研究会に所属している人は、電気から機械からソフトから色々なものを作るわけ。そういう人がこのFIBの三次元造形の心臓部を作り上げたんです」。
当面の目標は、電子デバイスやバイオデバイスに向けたツールの作製だ。まず考えているのが空中配線。ビームを20nm/secで走査すると、線幅100nmで任意の場所に配線できる。ソースガスには、光CVDや熱CVDで用いられるものであれば金属・半導体・絶縁体いずれも使えるが、現在主に用いているのはC14H10。他のカーボン系ガスに比べて10倍近い堆積速度が得られ、空中配線に適している。「通常のDLC はほとんど導電性がないんです。ところがこれはガリウムが入っているから、100Ω·cmくらい導電性が出る」。C14H10 にタングステンカルボニル(W(CO)6)ガスを加えるとさらに抵抗率が下がり、かつ、通常のW(CO)6とは異なり半導体的な伝導特性を示す。「複合材料になっているので、かなり変わった特性が出ています。だから、材料によって色々な特性が出せる。まずはそういう基礎的な材料特性や堆積のメカニズムをきちんとやって、それをベースにPN接合や発光素子を組み込んだ脳神経系みたいな三次元の立体構造配線を作りたい」。
材料特性と同時に、力学特性も検討されている。DLCで作られた直径約400nmのコイルの弾性定数を測ったところ、85GPaと鋼のスプリングと同等の値を示した。「7年前に形だけ作って、動くなんて思っていなかったけど、ちゃんとバネとして働くんですよ」。また、2つのコイルを用いて、ナノオーダーの電磁誘導実験も行われた。「本当に磁束の変化によって電流が発生したのならば、誘導される電流は印加電圧の微分となるはずですよね。そこで、実際に印加電圧にサイン波を入れると、誘導されたコイルにはコサイン波が出たんですよ。つまりコイルがナノトランスになって、超小型のスピーカーだとかNMRができるかもしれない」。
バイオ向けのツールとしては、細胞壁切断ツールやナノマニピュレーターが作製されている。「今、細胞の中のものはミキサーを用いて潰して取り出すじゃないですか。それを細胞を一個一個つまんで表皮を除いて、細胞内小器官を傷つけずに取り出そうというわけです」。マニピュレーターは静電反発力を利用して先端を開き、対象を掴む。生理水溶液中での動作も確認した。「でも、マニピュレーターだと、柔らかいものを押したらつぶれちゃうでしょ。それでネットを作ったんです」。市販のマニピュレーター先端に作ったリング径7μmのナノネットでは、細胞内小器官に見立てた直径2μmのポリスチレンビーズの水中捕獲に成功している。
牛のアキレス腱の三次元構造から始まったFIB-CVD。「これってなんか小さいものを作って遊んでいるという感じがしません?でも、技術的な進歩としては、これは『やったな』という感じです。FIBの研究はやり尽くされて何も残っていないという印象だったんですが、FIBだからこそ三次元ができたんです。昔、人生3回成功すると言われたことがありますが、私にとってはFIBを使った三次元加工が2回目。もう1回あるかもしれませんね(笑)」。
















