大学院工学系研究科応用化学専攻 教授
橋本 和仁 氏
光触媒の高機能化を目指して
〜フィールドに出るナノテクノロジー〜
全世界で約800億円強の市場規模を有する光触媒に、材料面から今期待されているのは可視光応答型の開発だ。酸化チタン(TiO2)は紫外光しか吸収しないため、室内では十分な効果が期待できない。可視光応答型の研究はほぼ30年の歴史があるが、最近になって窒素ドープや白金錯体を担持させるなどの方法によって、ようやく可視光による酸化分解反応が可能になった。だが、「その性能は従来型の2〜3倍で、まだ不十分」と橋本氏は言う。
「私達はTiO2のナノ構造を制御することによって、さらに性能が上がることを見つけました。構造という意味は2つあって、1つは原子組成を制御してバンド構造を変化させるアプローチ。もう1つは表面構造を変えて、より高感度にする方法です」。TiO2の価電子帯は主に酸素の2p軌道からなる。窒素のドープにより酸素の2p軌道と窒素のp軌道の混成が生じて価電子帯が高エネルギー側にシフトし、バンドギャップが狭くなって、可視光応答が可能になると考えられる。「今の可視光応答型のほとんどは、TiO2の価電子帯の上に窒素の軌道が局在化している。これを価電子帯と混成させないといけない。それには窒素をより高濃度にドープすることになるが、入れすぎるとバンドギャップが小さくなり過ぎて、その結果酸化力が弱くなり、さらにドーピングサイトは電子・正孔対の再結合センターにもなるので効率も低下してしまう」。橋本氏のグループでは、窒素に加え炭素や硫黄などの他のアニオン種あるいはタンタルなどのカチオン種を共ドープすることによりバンド構造を制御できることを理論的に明らかにし、この問題の解決に向けた研究を進めている。
もう1つのアプローチである表面構造の制御は、光誘起親水化の高効率化につながる。元来、金属酸化物は表面エネルギーが大きく、清浄表面であれば濡れ性は高い。そのため、表面に付着した汚れが酸化分解され、清浄表面が露出したために親水的になると考える研究者は多い。「しかし、色々な実験データをベースに考えると、酸化分解反応と光誘起親水化のメカニズムはまったく別のものであることは明らかです。空気中では完全な清浄表面を保つことは不可能で、汚れを取っただけでは表面に付いた水滴の接触角はせいぜい10度から20度にしかなりません。一方、TiO2表面では空気中でも0度まで行くんです。それは光を当てることによって表面で何か不安定な構造ができて、表面エネルギーが大きくなっているからです。たとえば表面から数十nmの範囲で圧縮応力が発生しているという実験結果が得られています。この現象は分子論的には光を当てることによって表面のチタンと酸素の結合が切れて、そこに空気中の水が解離吸着し、不安定な水酸基が増えていることに起因すると考えられます。水酸基が無理に表面層に入ってくるから膨張するのですね」。この考え方に基づけば、あらかじめ膜に引張り応力を入れて膨張しやすいデザインにしておけば、光誘起親水化の効率が上がると予想される。「実際にそういう膜を作ってやると、効率が上がるんですね。光誘起親水化は1995年に我々が見出した現象であると同時に、実社会で今すごく使われているわけです。その根本的なメカニズムに関して先のような議論の対立があるので、これにはパワーを入れて戦っているところです」。
表面にナノ構造を作り込むことで、親水性のTiO2を撥水材料に利用することも可能になる。フラットな材料表面では、表面エネルギーが高ければ親水、低ければ撥水になる。古典的な理論によれば、材料表面に凹凸を入れると親水のものはより親水に、撥水のものはより撥水になる。「つまり撥水性のものを得るには、撥水材料から出発しないといけないとずっと思っていた。でも凹凸を入れると、水と空気の界面が出てきますよね。水と空気の界面は撥水的だから、空気の界面が多くなれば接触している部分が親水性であっても、撥水性は起き得るということに最近気づきました」。実際に研究室では、酸化チタン表面においても130度程度の接触角を示す「超撥水」に近い特性がナノレベルでの微細加工によって得られている。「ナノスケールの凹凸を入れることによって、普段は撥水だけれど光を当てると親水に変わり、暗中に保管すると元の撥水に戻る材料ができています。今後は、違う波長の光を当てて超親水と超撥水をリバーシブルに行えるような材料設計ができればと思っています」。
「機能的にはTiO2を超えるものが出る可能性は十分ある」と橋本氏はTiO2以外の光触媒の探索に力を注ぐ。その一方で、「実用的なことをいうとTiO2は絶対に超えられない」とも話す。それは何故か。「安全性なんです。TiO2は人類がずっと使ってきたもので、安全性は担保されているんです。それを考えるとTiO2を環境材料としてより高感度に、より可視光にという研究はやはりずっと続けていく意味があると思います」。
橋本氏は、「たとえ基礎研究であれ何か面白い成果が得られたと思った時は、それをどう使ったら有用な展開ができるかということに、研究者自身がもう一歩踏み出して考えてみることも重要なのではないでしょうか。自分が光触媒の分野において、最近も新しい実用展開を出すことができているポイントはそこだと思う」と最近、同氏が力を入れている光触媒の環境浄化への応用に話が及ぶ。これが実現したのは、ある発想の転換があったからだ。すなわち、太陽光はエネルギー密度が薄いため、たとえ僅か1molのトリクロロエチレン(131.4g)でも1リットルの立方体形状の容器に入れて、光分解しようとしても6年もかかってしまう。しかし、同じ1molでも1m四方の厚さ1mmの浅い1リットル容器に入れれば、光の当たる面積が100倍になるため20日で分解できることになる。「我々はフラスコでの反応、すなわち反応場を三次元と考えることに囚われていたわけです。だけど、植物と同様に太陽光を使う場合には反応をフィールドで、つまり二次元の反応場にするべきだったのですね」。TiO2のナノ粒子を活性炭やガラス繊維に吸着させた光触媒シートの登場で、有機溶剤による土壌汚染や農業廃液の浄化、水耕栽培での養液のリサイクルなどが可能になりつつある。「ナノテクの研究は皆ハイテク産業を目指しているように思えます。もちろんそれも必要ですが、ナノテクを農業や土木建築のようなローテク産業に使っていくような研究開発も必要だと思っています。僕が今目指している光触媒によるナノテクは、そういう位置づけなんです」。




