大学院工学研究科 創造工学センター長
佐藤 一雄 氏
エッチングで創り出す三次元微小構造体
〜結晶異方性を用いたマイクロナノ加工〜
金属の塑性加工を研究していた佐藤氏がMEMSの研究に着手したのは1983年。今でこそ自動車用センサーやインクジェットプリンタヘッドなどへと実用化が進んでいるが、当時はまだMEMSという呼称もなく、その概念がアメリカでささやかれ始めた頃だった。「機械の世界って長い歴史を経て安定したものだと思っていましたが、その時はここで物の作り方が変わると機械はもう一桁から二桁小さくなるという予感がして、それでMEMSに移ろうと決心しました」。
金属多結晶体の異方性を博士論文のテーマとしていた佐藤氏は、MEMSの作製にシリコン単結晶の異方性を活かしたエッチングを利用することを考えた。半導体微細加工で用いられるウェットエッチングはすでに確立した技術の感があるが、シリコンの結晶方位によってエッチング特性がどう異なるかといったデータを体系的に取ることはされていなかった。そこで佐藤氏は直径44mmの半球状シリコン単結晶(Fig.1)を用いて、代表的なエッチング液である水酸化カリウム (KOH) 水溶液と水酸化テトラメチルアンモニウム(TMAH)水溶液についてエッチング速度の分布を調べた。「半球状の試験片では全部の結晶方位が表面に出ているわけですから、これをエッチングすると速いところは深く削られるし、ほとんど溶けないところは残るわけですね。この半球をエッチング前と後に三次元測定器で測ると、速度の等高線図(Fig.2)を描けるんです。そういう情報があると、任意の形を作るにはどうすべきかが計算機で予測できるわけですね」。実験データを地道に積み重ねて開発されたデータベースODETTEとエッチングシミュレーターMICROCADは、すでに複数の企業で利用されている。
「そこまではミリからミクロンまでの世界なんです。でも、エッチング速度のマッピングをすると結晶構造からの予測とはガラッと様相が変わることがあるんです。なぜこういう現象が起きるのかという理由を知ろうとすると、どうしてもナノと関わらないと」。界面活性剤や液中の不純物の存在によってエッチングの進行が全く変わってしまうことは生産現場ではよく知られた事実。佐藤氏は同じ結晶表面であってもエッチング液の種類や濃度によってエッチングされやすい原子ステップの方位が異なることを実験で確認した。「これまでは、結晶表面のダングリングボンド(未結合肢)の数がエッチング速度を支配すると考えられ、表面にダングリングボンドが1つしかない面はエッチングされにくく、2つある面の方位は速くエッチングされると皆思っていた。つまり、欠陥のない理想表面から原子1個を取るのにどのくらいエネルギーが必要か、そのエネルギーによってエッチング速度は決まるはずだという説明だった。けれども実際には、1個取れればそこにほころびができて、そのほころびから原子レベルのステップが横に移動してエッチングが広がっていくわけです」。
佐藤氏は、シリコン(111)面上に原子ステップの核となる転位を導入し、エッチング液の種類と濃度を変えてエッチング実験を行なった。六角形状に拡がるシードピットの壁面には、ダングリングボンドが1本の原子面が3つ、三角形をなす位置に現れ、残りのちょうど60度回転した逆三角形の3つの位置にはダングリングボンド2本の原子面が現れる。エッチング液として頻繁に使われる40%KOH水溶液(9.5 M)と25%TMAH水溶液(2.7 M)を用いた場合、KOHでは従来の理論通りにダングリングボンドを2本持つ面方位の方が速くエッチングされるが、 TMAHではダングリングボンドが1本の面方位の方が速くエッチングされる。その結果、シードピットの形は拡がり、最終的にはKOHではダングリングボンドが1本の原子面3面からなる三角形となり、一方、TMAHではダングリングボンドが2本の原子面3面からなる逆三角形となる(Fig.3)。エッチング液の濃度を変えて、高濃度のKOH60%水溶液(16.7 M)を用いるとダングリングボンド1本の面方位の方がエッチングされやすくなり、低濃度のTMAH10%水溶液(1.1 M)ではダングリングボンド2本の面方位がエッチングされやすくなる。その結果、シードピットの形状は低濃度KOH、高濃度TMAHの場合のそれぞれちょうど60度回転した逆の三角形となる(Fig.4)。エッチング液の種類と濃度を変えることによりエッチングの面方位活性の反転が起こることを示す見事な実験だ。
このような現象をできるだけ少ないファクターで説明する、その鍵は何か。「今までの議論では、エッチング液中の水酸基だけがこの現象を支配していると言われていました。でも、液中の陽イオンも少し関与しているんだろうと思います。陽イオンがどこかに安定にくっついてしまって、そこのステップの動きをブロックしてしまうとか。そういうイオンと表面との関わりについて第一原理計算による研究を始めたところです」。エッチングの進行を液中の水酸基のモル濃度を横軸にして見ていくと、各エッチング液のそれぞれの面方位に対する活性が反転する遷移点はまちまちになる。「ところが、水溶液中で陽イオンが占める体積分率で比べると、KOHもTMAHも体積分率10%のところに活性の遷移点が来ます。『ボリュームが同じだと、なぜ』って思うのですが、そこまではまだわかっていません」。これまで溶液中の拡散はエッチング速度の律速とは考えられてこなかったが、局所的なステップ周りの拡散現象もまた1つのファクターではないか。「それで、物理や化学の人と共同研究をして、原子レベルからミリオーダーまで一貫して理解ができる仕組みを作ろうとしているんです」。
産業界でMEMSへの参入が進まない理由の1つに設備投資の問題がある。そこで佐藤氏は、高価なフォトリソグラフィーの装置がなくとも、結晶異方性を利用してMEMSを作製できることを示した。ある結晶をエッチングしていくと、どこにどのような結晶面が現れてくるのかを予測し、各結晶面におけるエッチング速度の差を利用して望む形を得られるよう、エッチング前に不要な部分を機械的に粗く削っておく。エッチングが進むに連れて様々な結晶面が表面に現れたのち、最もエッチングされにくい(111)面が最終的な形状を支配する。佐藤氏はこの手法で針高200μmピッチ150μmの経皮ドラッグデリバリー用マイクロニードルアレイ(Fig.5)を作製している。「これらは単結晶で欠陥のないシリコンだからできることで、できる形も美しい。僕は自分で形を作るというよりは、自然が作っている形が見えてくるというのがうれしいんです」。
佐藤氏はMEMSに用いる微細な材料のために、マイクロナノ材料評価用オンチップ引張試験法(Fig.6)を開発し機械的特性の測定も行っている。シリコンやシリコン酸化膜、シリコン窒化膜に故意に切り欠きを入れて引っ張ってみたところ、温度を100ºCくらいまで上げると脆性が改善し靭性が増すことがわかった。「バルクのシリコンは500〜600ºCまで上げるとそういう塑性的な挙動を示すし、ナノワイヤーだと室温でもかなり塑性的な挙動を示すんですね。その中間がミクロンの境界で、そこそこ脆性だし、そこそこ塑性的な性質が見えてくる。やはりマイクロ、ナノの領域には、まだまだやらなければいけないことがあると思いますね。例えばカーボンナノチューブを応用しようとしたら、ある場所に持って行ってある配置を作らなければいけないわけで、そこは小さな対象物を操作する技術が関わってきます。ナノをデバイスにするにはMEMSが欠かせないと私は思っているんです」。







