画像:内部空間に有機分子が挿入されたカーボンナノチューブの構造模式図 (東北大学岩佐義宏教授らのカーボンナノチューブと有機分子の複合材料の研究から、岩佐教授の許可を得て掲載)
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Japan Nanonet Bulletin 第114号 : 2006年6月7日

ナノネットインタビュー

嶋本 伸雄 氏
嶋本 伸雄(しまもと のぶお)氏
国立遺伝学研究所(情報・システム研究機構)
構造遺伝学研究センター 教授
 
1977年に京都大学理学部物理で博士号を取得、その後ニューヨークAlbert Einstein College of MedicineでDr. Ceng-Wen Wu研究室のポスドクを経て、広島大学総合科学部内山研究室助手、国立遺伝学研究所助教授、同教授となり現在に至る。分子生物学に時間と空間を持ち込みたいと考え、ナノバイオロジーの確立に関わる。
国立遺伝学研究所(情報・システム研究機構)
構造遺伝学研究センター 教授
嶋本 伸雄 氏

DNA上を滑動するRNAポリメラーゼ
〜ナノバイオロジーで見る生命分子のダイナミクス〜

(Issued in English: March 22, 2007)

ワトソンとクリックによる二重らせんの発見からはや50年。「分子生物学は実際には『分子』の生物学ではなく、『DNA』の生物学として出発しました。しかし当初から、DNAの二重らせんのように明らかに分子の形という意識は入っていて、現在は生物現象を分子機械の構造や動作機構として理解することが主流になっています。さらに進んで分子は本当はどう動作しているのか、分子や分子のドメインの動きとして生物現象を説明したいというのが、私がナノバイオロジーを始めた理由なんです」。もともと細胞の中には遺伝子は一つ、その遺伝子の発現という現象には少数の分子しか関わらず、その中のRNAポリメラーゼは分子として非常に機械的に完成したものをもっているだろうと嶋本氏は考えた。1分子イメージングなど計測・操作技術を駆使して、分子や分子内ドメインの運動としてDNAからRNAへの転写という現象の解明を進めた。「RNAポリメラーゼは分子の機械として見ると、リボヌクレオチド三リン酸という基質、すなわち低分子の材料を重合してRNAを作る機械です。しかも必要なときにDNAを読んで配列を間違えずにRNAをつくる。これは化学として驚くべきことで、基本的に化学反応は確率的におこるランダムなものでそんなにうまくいくはずがないわけです。そこには特別なメカニズムがあるはずで、それを分子の動きや構造の変化として説明したいのです」。


図1
図1. 拡大
転写開始のbranched pathway. 生物は必要な調節のためなら、無駄をもいとわない。プロモーターに結合したポリメラーゼの一部だけが長いRNAを作り、残りは短いRNAしか作らない。大腸菌の中では、この割合が調節されている[1]。
図2
図2. 拡大
タンパク質がDNAの上を滑ることができることを証明した実験。平行に伸長して固定されたDNAに対して、斜めに蛍光ラベルされたDNA結合タンパク質(プロモーターを探すときの大腸菌RNAポリメラーゼ)を流し込むと、DNAの無いところでは流れに平行に動くが(左の分子)、DNA(黄色)のあるところでは、DNAに結合して滑るために、DNAと平行に動く(右の分子)[2]。
図3
図3. 拡大
RNAポリメラーゼは、DNAのらせんに沿って塩基配列を読むことができることの証明。RNAポリメラーゼを固定化した基盤表面から1-2μm上に、レーザートラップにより直径1μmのビーズを浮かしておく。ビーズには、アビジンービオチン結合を利用して数カ所でDNAの一端を固定してあるので、基盤表面に固定化されているポリメラーゼが基盤の平行移動に伴ってDNAのらせんをたどるならば、DNAに回転トルクが生じ、ビーズが回転する。この回転は、ビーズ表面に固定化された蛍光小球の回転(写真)で検出された。実際の実験は、さらに改良されたアッセイ系で行われ、対照群との有意差で結論された[3]。
図4
図4. 拡大
スライディングの生理的意義とTrpRの遠攻近交戦略.一般的にスライディングは標的への結合を加速するが、加速の効果は、結合過程が全体の律速過程でない限り表面には出てこない。しかし、スライディングは、アンテナ効果[4]により、標的への親和性の増大として、細胞内の分子数を節約することができる。大腸菌TrpRがその場合で、大きなアンテナ効果を持ち、標的の近くの非特異的部位を味方にして親和性をあげ、まるで分子数がその分増大したように見せかけ、遠くの非特異的部位の攻撃から標的を守っている。
図5
図5. 拡大
二こぶ論:基礎科学と実用をめざす開発とに対する、人材投入と資本投下のやり方の優劣。両分野の人材を、プロジェクト資金を用いて一こぶ分布にかえると、新規性と人材育成が損なわれ、コスト意識も希薄になり、はったりプロジェクトが横行する危険性が高まる。モード1の基礎科学とモード2の実用をめざす開発人材はそのまま維持して、前者には少額ばらまき投資、後者にはプロジェクト集中投資でサポートし、その間を繋ぐ少数の人材を投入して二こぶを維持する方が、大発明の実用化と人材育成において長期的に望ましいサポート体制であろう。台湾のITRIのような成功例もある[5]。

嶋本氏がターゲットにしたのは、RNAポリメラーゼがDNAに結合した複合体である。RNAポリメラーゼは、DNA鎖の中のプロモーター配列に結合して複合体をつくり、DNA情報に従って、タンパク質合成の設計図となるRNAを合成する1分子機械である。ところが合成されたRNAの中には本来必要な長さよりも短いRNAがしかも多量にあることが知られていた。従来、これら短いRNAは転写に先立つ準備段階での失敗と考えられていた。しかし、試験管内に人工的に構築した大腸菌の転写系で時間経過を追って調べてみると、長いRNAの合成が終わった後でも継続して短いRNA合成が起きていることが分かった。このことは、転写反応経路には二つの方向が存在すること(branched pathway)を意味している。一つは正常にRNAを合成する方向、もう一つは出来損ないのRNAの合成とともに反応を中止するものであった。嶋本氏はRNAポリメラーゼとDNAの複合体には長鎖RNA合成に至る複合体と出来損ないのRNAを結合したまま転写を中止する複合体(瀕死の複合体:moribund complex)の2種類が存在し、それらの複合体が立体構造的に異なることを実験的に明らかにした(図1)。

「この一見無駄なような経路の存在が転写を調節する制御機構を構成しているんです。大腸菌で転写活性化因子として見つかったタンパク質(Gre因子)は、この出来損ないのRNAのくっついた瀕死の複合体を正常な構造に戻すことで転写を活性化していると考えられます」。生命現象は無駄のない正確な反応の積み重ねと考えられがちだが、無駄なRNA合成経路の存在が生命現象を制御するメカニズムを与えていたのだ。「調節こそが生物の根本であって、調節するためならどんな無駄でも厭わないというのが生物なんです。浪費というより必要経費なんですね。これはそれが表面に出た研究の一つだと思います」。このRNAポリメラーゼとDNAからなる複合体の示す二つの異なる構造が分子メモリーとして機能し、遺伝情報発現の調節機構を実現しているのである。

「RNAポリメラーゼがDNAのプロモーター部位を認識して結合する反応は、ランダム反応で起きているのか。長大なDNAの中でどうやってそれを探すのか、それはDNA上をRNAポリメラーゼが滑っていって探すのではないか。このDNA上をタンパク質が滑るか滑らないかというのは90年代では信じるか信じないかの問題でした」。DNAに結合するタンパク質がDNA上でどのような振る舞いをするか1分子観察手法で研究を進めた嶋本氏は、タンパク質がDNA上をスライディングする現象を実験的に明らかにした。嶋本氏はT7ファージのDNAを櫛歯状に並べたものを2列並行してスライドガラス上に固定化し、蛍光ラベルをつけたRNAポリメラーゼの溶液がその2列のDNAの帯を斜めに横切るように流れる実験系を組み立てた。一分子観察手法でこのRNAポリメラーゼ一分子の動きを時間を追って画像化することで、タンパク質がDNA上をスライディングすることを証明した(図2)。

「溶液の流れにそって斜めに動いているのが、ちょうどDNAの帯のところにくると水平にスーッと滑り、DNAの帯から外れるとまた斜めに流れる。このDNAの帯のところでは摩擦があるから少し遅れるんですけど、意外にこの摩擦は小さくて30%〜60%くらいしかスローダウンは起きないんです。この横方向の運動は熱運動で楽に超えられる程度のエネルギー障壁なんですね」。嶋本氏はさらにそのRNAポリメラーゼがDNAの二重らせんの溝にそって回転しながらDNA上を滑っていくことも実験的に証明した。DNAの両端にプラスチックビーズをつけ、オプティカルトラップを用いて横にのばした形で基盤からは浮かせておく。一方、RNAポリメラーゼは基盤に固定した上でDNAと結合させる。そこで基盤を8nm/secで並進移動したところ、ビーズにつけておいた微少な蛍光部分が反時計回りに回転するのが観察された(図3)。「並進運動に伴って回転運動が出るというのが、軌道がらせんである証明です」。

嶋本 伸雄 氏

このタンパク質がDNA上をスライディングすることには重要な意味がある。もしタンパク質がDNA上の塩基対をなぞりながら滑るなら、そのスライディングできるDNAの長さが長い程分子間の会合の機会が増え、その結果、RNAポリメラーゼに対するプロモーターの様に、標的となる部位とタンパク質の結合は早くなる。もし、標的となる部位から離れることがスライディングの影響を受けないならDNAが長くなるにつれて標的への親和性は高くなることになる。「盲目的な熱力学を信じると、このようなことは起こらないことになるが、正しく理解すると矛盾はしない。」嶋本氏は大腸菌のトリプトファン・リプレッサー(TrpR)というDNA結合タンパク質に注目する。TrpRはトリプトファン合成系のプロモーター付近の標的に結合し、その転写を阻害する。ところがこのTrpRは細胞当たり1万分子以上ないと機能しないほど、標的を選択する能力が低い。しかし現実には1細胞中に100分子程度しかTrpRは存在しない。少ない分子数でなぜ十分な機能を発現できているのか、長い間の謎であった。嶋本氏はこのTrpRが結合時にDNA上をスライディングし、DNAが長くなるにつれて標的への親和性は高くなることを実験的に証明し、DNAの長さが16塩基対から5000塩基対に長くなると見かけ上の結合定数が1万倍にもなることを明らかにした。このスライディングの効果をちょうどアンテナが微弱な電波を捉え、昆虫が触角(アンテナ)を利用して獲物を捕らえることにたとえて「アンテナ効果」と嶋本氏は名付けた(図4)。

嶋本 伸雄 氏

「ナノバイオロジーは細胞内で分子の動きがどのようにマクロな現象に顔を出すかを見出す学問です。一方、ナノバイオテクノロジーは、生物分子を利用するために、工学の中では最も分子機構を重視するものですから、両者が協力しないと全然進まない」と嶋本氏は言う。しかし、昨今進められている、基礎科学を応用に近づける形の融合には強く反対する。「基礎科学って基本的にはばらまき予算でしか育成できないんです。ターゲットを作ってはダメなんですよ。意外性と新規性がなくなりますから。筋書き通りにいったら失敗なんです。ところが、商品開発はばらまき予算では無理で、ターゲットを作ってまとまったお金を投下して計画的にやらなければいけない。それを一つに歩み寄らせたらダメなんです。構造が違うのだから二つは二つのままに保存しておいて、その間をつなぐスペシャリストを養成しないといけない」(図5)。さらに、限られた応用のためだけの技術を身につけた人材は、新しい科学領域ではまず役には立たないし、いたずらに基礎科学を目的志向にし、応用との融合を形の上だけで取り繕うことは、基礎科学ひいては人材育成に大きなダメージを与えると危惧している。「研究費獲得のためには基礎なのに応用の出口があるように装う。ナノバイオロジーがそうなったら自身がつぶれてしまう。だからそれはきちんと批判していかないといけない」。

(聞き手:コスモピア 石黒 邦子)

関連論文:
  1. M. Susa, T. Kubori, N. Shimamoto, Mol Microbiol 59, 1807.
  2. H. Kabata et al., Science 262, 1561
  3. K. Sakata-Sogawa, N. Shimamoto, Proc Natl Acad Sci USA 101, 14731.
  4. N. Shimamoto, Methods Enzymol 371, 50 (2003): N. Shimamoto, J Biol Chem 274, 15293.
  5. 嶋本伸雄編 ナノバイオ入門 (サイエンス社, Tokyo, 2005), pp. 190: 嶋本伸雄, ナノバイオマシン創製のための技術及び市場性に関する調査研究.機械システム振興協会, Tokyo, (2003), pp. 149