オランダ Twente大学 科学技術哲学教授
Arie Rip 氏
「ナノテクノロジーのテクノロジー・アセスメントと社会的側面」
(Issued in English: February 8, 2007)
Rip教授は2006年6月に東京で行われた「第2回ナノテクノロジーの責任ある研究開発に関する国際対話」に出席するために日本を訪れた。この機会に東京学士会館において「ナノテクノロジーのテクノロジー・アセスメントと社会的側面」に関する講演をしていただいた。その内容は以下の通りである。
目次
- はじめに
- オランダNanoNedについて
- NanoNedにおけるテクノロジー・アセスメント(TA)
- ナノテクノロジーの建設的TAの手順(フェーズ1)
- 技術を実行する人(Enactors)と技術を比較選択する人(Comparative Selectors)
- 新しい技術の社会的技術的シナリオ
- 技術プラットフォーム(Technology Platform)
- 対話型シナリオワークショップ
- 技術革新と倫理・法律・社会的課題(フェーズ2)
- 結論
付録:倫理・法律・社会問題は国際的になりうるか?
ここに紹介するのはRip教授の講演の一部です。全体については下記をご覧ください。
NanoNedにおけるテクノロジー・アセスメント(TA) (図1)
NanoNedはオランダにおけるナノサイエンス、ナノテクノロジーの研究者、大学、公的研究機関、産業界からなるコンソーシアムで、その12の主要プログラムの一つが「ナノテクノロジー・アセスメント(ナノテクノロジーの社会的側面)」です。私は2003年にNanoNedに招かれ、テクノロジー・アセスメントに係る研究を始め、その翌年には「建設的テクノロジー・アセスメント」の概念をまとめた報告書を作成しました。この概念はアリゾナで開かれた第1回INSN(International Nanotechnology and Society Network)の会議で紹介されています。ここでは私はナノテクノロジーのアセスメントの難しさを強調しました。我々は、未だ存在しないものをどうやって評価していくか?そのためのいくつかのアプローチの仕方を示しました。
NanoNedの科学ディレクターのDavid Reinhoudt氏も含め多くの人にとって、TAは面白いものというよりは、戦略的に必要な行動だったようです。David氏は「米国における「新国家ナノテクノロジー法」に付随しているようなELSA(ethical, legal and social aspects)とか社会的側面に関する視点をプログラムの中にいれるようにという一般の人々や政治的な圧力が存在している」といっています。彼はオランダではNanoNedが率先してTAをやるべきだと考えていました。それで我々に呼びかけたのです。我々が立案したナノテクノロジーに関してのTAプログラムは実際に長期間の取り組みを必要とするものです。
オランダには、米国のかつてのOTA(Office of Technology Assessment) と似た組織として、Rathenau研究所がありますからTA/ELSAプログラムを実行できます。OTAは議会と密接につながっていますが、Rathenau研究所は独立機関です。このことがRathenau研究所がナノに関する公開討論を促すといったプログラムへの取り組みを可能としています。我々は彼らのこういった取り組みに協力しますが、我々の研究の焦点は別の方向に向けています。
ナノテクノロジーTAプログラムの2つのフェーズ (図2)
|
|
図2. Two phases
|
我々のナノテクノロジーに関するTAプログラムは2つのフェーズで構築されました。第1のフェーズでは建設的なテクノロジー・アセスメントが焦点となりました。現在、第2のフェーズにおいては、一つの方法論による建設的TAを進めるのではなく、もっと幅広い視点でナノ・ワールドを見て、その多様な内容を検討していく方法を採用しています。我々は、ナノ・ワールドの中に流れる多種多様な事物の推移の中で、ナノワールドのイメージやナノワールドのリスクを扱うプロジェクトを推進しています。プログラム全体として我々の矛先はイノベーションとELSAの間のギャップにどうやって橋を渡すかに向けられています。これらのプロジェクトは時には技術のイノベーションに非常に近いところに位置したり、ELSAサイドに近くなったりします。この背後にある理論的な枠組みは、「科学・技術・社会の再帰的共進化(reflexive co-evolutionof science, technology and society)」と表現されるものです。これは非常に良い枠組みで、現在ヨーロッパで活動している技術革新に批判的なグループも位置付けることができます。新しい科学技術についての一般人が抱くイメージや一般人の科学知識の有り様は、現代の固有の問題でも、ナノテクノロジーに特有の問題でもなく、既に19世紀後半から始まった非常に長期にわたる流れの一部なのです。
|
まず第1フェーズの建設的TAを中心にその背景からお話します。建設的TAには歴史があります。それは、たとえば、科学・技術・社会を統合するという考えに大きく関係する歴史です。建設的TAは、1980年代中頃に科学および科学政策省のキーパーソンによって実際に使われた言葉なのです。科学技術と社会の統合ということは、伝統的なTAが技術的な発展から分離されるべきでなく、まさに技術が作られたところから始め、その技術の構築に寄与すべきだというものです。その意味では、建設的TAは多くの場面で実際に建設的なものでした。また、政治的にもそれは破壊的TAや技術に対する嫌がらせではないとの意味がありました。もちろん、技術者に対してあまりに寛容であるという批判がありましたし、現在の我々もまたそのような批判を受けるかもしれません。しかし、建設的であることを示すことができるのは我々なのです。建設的TAの概念やそれを社会へ取り込もうという動きは1980年代からありましたが、これまでずっと計画上のものでした。
建設的TAは、1990年代の間に2つに枝分かれしました。一つはRathenau研究所で続けられたもので、社会との対話に焦点を合わせて科学技術と社会を建設に統合する方向です。もう一つは、新しい科学技術の興隆を捉え、そのシナリオ・アプローチを開発するという方向です。現代に生きる我々は実際に新しいナノサイエンスの興隆に直面していますが、ナノテクノロジーは未だ目に見える形ではなくサイエンス・フィクションの段階です。もしTAをやろうとするとソーシャル・サイエンス・フィクションをやっているといって非難されてしまいます。そこで必要なのは社会的技術的なシナリオ(social technoscenario)です。
ある既にでき上がった技術をどのように社会に埋め込んでいくかという問題に対して、我々が行った電気自動車をテーマとした建設的TAのアプローチを紹介しましょう。都市や地域の行政体がその交通システムに電気自動車を導入しようとする場合、どのような方法をとり、それらのためにどの様にサポートを実際に組織化してきたか、その過程を我々は「戦略的ニッチ管理(strategic niche management)」と名づけました。新しい技術の導入にはさまざまな干渉があり、また市場からの圧力を受けます。電気自動車を社会に定着させるには保護が必要であり、そうしなければ生き残れないでしょう。だから電気自動車のためのニッチが必要なのです。しかし、もしそれらを保護したままにしておくならば、電気自動車はそのニッチ以外には拡がって行かないでしょう。だからそれらを戦略的に管理しなければいけないのです。自然公園やリゾートの空気を清浄に保つことを目的として、そこで使われる車は天然ガスエンジンや電気エンジンを持つようになります。電気自動車は自然公園で使われ続け、そして、技術を開発が進んでいきます。「戦略的ニッチ管理」方策の助けがあれば、新しい技術の実際の用途が考えられ、技術が発展し、社会に定着していくでしょう。「戦略的ニッチ管理」の考え方は、技術の発展史の中でもずっと後の段階にある建設的TAですが、ここ10年でそれはより実際的なものになってきていますし、また、我々も力をいれていきたいと思います。
ナノテクノロジーの建設的TAの手順 (図3)
|
|
図3. Phase 1: Constructive TA
|
ナノテクノロジーのTAにおいては、新しい勃興しつつある科学技術(New and Emerging Science and
Technology, NEST)に内在するダイナミックスを見
ることと同時に、それがどのように社会に定着していくかを見ていくという2つの視点が重要です。我々の建設的TAの第1段階はナノテクノロジーの特定分野の技術のダイナミックスの解析です。新しい科学技術がもたらす成果がいかなるものか解析するわけですが、時にはその結果に失望することもあります。次の段階は、NESTのダイナミックスを外挿してその将来像を描き、社会的・技術的シナリオを作ります。
作成したシナリオは、現実の関係者がそれぞれ構築しているシナリオとの相互作用の中で改良されていきます。我々の研究者の一人は現場の科学技術の関係者のところに行き50件ほどのインタビューを実施しました。たとえばナノテクノロジーの現場の科学技術者がlab-on-a-chipに対して考えている今後の展開を聞き、意見交換をしながらシナリオを改良していきます。
ワークショップ方式での社会的・技術的シナリオの検討では2種類の方法があります。一つは構造化された方法論を持つワークショップによる検討で、コンピュータを備えた政策研究室が担当します。ここでは現在起こっていることを追跡し、その解析結果から結論を導き出すことが可能です。もう一つの方法は、我々が「進行中のダイナミックスの中への組み込み」と呼んでいるものです。我々はヨーロッパにおいて既に形成されている卓越した研究開発拠点のネットワーク(networks of excellence)を活用します。これらネットワークは連携し、将来のための戦略を展開しています。我々は彼らにより幅の広い戦略を提案しますが、その実現は研究開発拠点のネットワークで何が起こるかに依って決まります。こういったことの利点は、我々が進行中のダイナミックスの近くに存在し、進行中のダイナミックスの中に自分自身を割り込ませることが可能なことです。その中ではっきりしていることは、我々は、特別な瞬間にこのネットワークの活動を科学技術の現場の関係者達の活動にフィードバックできることです。しかしながら、我々には現実に起こりつつあることをコントロールできるわけではありません。
講演全体については下記をご覧ください。