NanotechJapan Bulletin

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開催報告: JAPANNANO2019

NanotechJapan Bulletin Vol.12, No.2, 2019 発行

 

「第17回ナノテクノロジー総合シンポジウム(JAPAN NANO 2019)」開催報告

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 「第17回ナノテクノロジー総合シンポジウム」が「Society 5.0(超スマート社会)の基盤となるナノテクノロジー」のテーマのもとに,文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業(NPJ)の一環として,2019年2月1日,東京ビッグサイトで開催された.この事業は,全国の大学,研究機関が一体となって最先端の研究設備の共用体制を構築することにより,我が国のナノテクノロジー研究の発展に寄与することを目的としている.一方,超スマート社会実現に向けてIoT,AIなど大規模な情報処理・高速化の技術開発が進む中,ナノテクノロジーは高速ワイヤレス通信,パワーデバイス,超低消費電力デバイス,センサ・アクチュエータ,ウエアラブルデバイスなどの基盤技術として欠かせない.今回のシンポジウムでは,基調講演におけるナノテクノロジーの未来戦略から,センサ・アクチュエータ開発,海外の共用事業,NPJの特長的な技術とその利用事例等の紹介と続き,環境/バイオ応用を含むナノテクノロジー・材料技術の最新の研究開発が展望された.

【開会挨拶/Opening Remarks】

橋本 和仁 物質・材料研究機構 理事長/Kazuhito Hashimoto (President, National Institute for Materials Science, Japan)

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 第5期科学技術基本計画では,Society 5.0(超スマート社会)に向けた研究開発を官民一体となって進めるとした.サイバー空間とフィジカル空間が融合して新たな価値を生み出す,新しい社会に向けたイノベーションを進める.基調講演では文部科学省のナノテク委員会の主査をされている三島先生にナノテクの未来戦略を語っていただき,特別講演は,センサの権威である東北大の江刺先生にお願いした.二つの空間の融合に向け,センサやアクチュエータは飛躍的に重要性が高まるので,今回のシンポジウムではこれについても,活発な議論の行われることを期待する.


 

 

 

磯谷 桂介 文部科学省研究振興局 局長/Keisuke Isogai (Director General, Research Promotion Bureau,Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology)

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 第5期科学技術基本計画においてナノテクは重要な基盤技術と位置付けられた.文部科学省は,イノベーションの基盤,海外との競争力強化に向け,ナノテク研究の推進に総力を挙げて取り組む.研究人材の育成を図り,研究環境においては共用を推進する.ナノテクノロジープラットフォームは7年目を迎え,利用件数が年に3,000件になり,その3割は企業である.2012年度に300件だった論文は2018年に700件になった.経済社会につながる成果の出ていることを評価し,産学官の共用設備活用がさらに進むことを期待する.


 

 

 

【基調講演/Plenary Lecture】

座長 小出 康夫(物質・材料研究機構)

「未来社会実現に向けたナノテクノロジー・材料分野の研究開発戦略」/"R&D Strategy for Nanotechnology/Materials Science toward Super Smart Society"
三島 良直(ナノテクノロジー・材料科学技術委員会 主査/東京工業大学前学長)/Yoshinao Mishima (The Chair, Committee on Nanotechnology and Materials Science, MEXT / Former president, Tokyo Institute of Technology, Japan)

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 ナノテクノロジー・材料分野を取り巻く状況として,ナノテクノロジー・材料科学技術は,幅広い産業・社会課題を解決に導く分野横断的な基盤技術と認識されている.欧米中韓もこの分野に対し,政府投資を重点的に実施している.ナノレベルでの理論・解析・実験を行い,革新的機能を持った材料を絶えず創製することが,次世代の産業競争力の生命線であり,「元素を制するものは産業を制する」は世界の共通認識となった.

 わが国の工業素材の輸出に占める割合は,自動車と並んで20%になる.材料技術は,時代ごとに新しい価値を生み出して社会の変化を牽引してきた.その一方,研究者の数は減り,論文数のシェアは低下している.日本企業の市場シェアも低下し,素材のコモディティ化が進んでいるなどの社会変動が進む.その中でナノテクノロジーをいかに育てるかが課題となる.

 ナノテクノロジーは,科学技術基本計画において,2016年に始まる第5期では超スマート社会を支える重要な基盤技術と位置付けられた.人に必要なサービスを随時提供するという人間社会の将来像としてSociety5.0が,狩猟,農耕,工業,情報に次ぐ新たな経済社会として開発の目標とされた.その一方,2015年9月の国連サミットで,SDGs(持続可能な開発目標)として2030年を期限とする17の目標が設定された.これも見ながらナノテクを進めることになる.

 日本の材料産業は,長年にわたって蓄積してきた優れた知識,経験のお蔭で,世界市場で高いシェアを持っている.NIMS(物質・材料研究機構)は良質なデータベースを積み上げ,論文の被引用数で世界ランキングの6位にある.この優位を維持するための戦略が必要となる.

 諸外国の動向では,各国とも政策的にナノテクや材料を重要なキーテクノロジーと位置づけ,データを活用した材料開発手法の開発を推進している.米国では,ナノテクを基礎研究より幅広いEnabling technologyと認識し,2011年より材料の開発期間を半分にするMaterial Genome Initiative(MGI)を進めている.欧州ではグラフェンフラグシップが10年間に10億ユーロを投資し,中国は第13次5カ年計画で「重点的新材料」を重大科学技術プロジェクトの一つに指定した.また,上海大学にMaterials Genome Instituteを整備している.

 このような状況のもとに,第9期ナノテクノロジー・材料科学技術委員会は,今後のナノテクノロジー材料分野の研究開発戦略を検討し,2018年8月に戦略がまとまった.目標と基本的なスタンスは,Society5.0の実現やSDGsの目標達成等に向けて直面する壁を打破し,人類に貢献することである.マテリアルには材料+デバイスの意味を持たせ,魅力的なマテリアルの創出による社会革命(マテリアル革命)の実現を図る.

 このマテリアル革命の実現に向けた課題には,要求の高度化,研究長期化,データベース化への対応,研究予算が伸び悩む中での研究効率向上,民間と学界の間にある壁,社会ニーズ多様化への対応,産学官の連携,機微な技術や論文の書きにくい技術の評価などがある.

 具体的取り組みとして,(1)"社会変革をもたらす魅力的な機能を持つマテリアルの創出"を取り上げ,相反物性を内包する複合材料,非平衡状態・準安定構造の活用,生物メカニズムの活用などにより,新たな切り口でマテリアル機能の拡張を図る.次に,(2)"革新的マテリアルを世に送り出すサイエンス基盤の構築"を挙げ,創出したマテリアルを死蔵させずに社会実装するため,マテリアルの設計や開発に科学的知見に立脚した指針を与えるサイエンス基盤を構築し,技術への昇華を推進する.さらに,(3)"研究開発の効率化・高速化・高度化を実現するラボ改革"として,スマートラボでIoT,AI,ロボット,データ科学を最大限に活用し,研究設備の共用化・ネットワーク化を進める.最後に,(4)"マテリアル革命を実現するための推進方策"として,事業化へのギャップなどの課題に対し,オープンイノベーションの推進,異分野融合による人材育成,数学・統計の扱える材料研究者の育成,国際連携,社会責任を果たすなどの施策を行う.

 「ナノテクノロジー・材料科学技術研究開発戦略」は,文部科学省ホームページから閲覧できる.
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/toushin/1408370.htm
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2018/08/27/1408367_01.pdf

【特別講演/Special Lecture】 

座長 小出 康夫(物質・材料研究機構)

「超スマート社会に向けた MEMS の実用化」/"MEMS Toward Realizing Super Smart Society"
江刺 正喜(東北大学)/Masayoshi Esashi (Tohoku University, Japan)

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 半導体を用いた集積化センサの研究開発は50年前にIntelからマイクロプロセッサ4004が初めて出た時に,ISFET(Ion Sensitive Field Effect Transistor)とともに,1mmのカテーテルに入れて,逆流動性の診断に使ったのに始まる.1984年には半導体IC設計システムを作り上げた.これを用いて作ったカスタムLSI搭載のボードをコンピュータに組み込んでパラレルイメージプロセッサを製作した.この時に使った20mmウェハプロセスの設備は今もMEMS製作に使っている.1990年にはMEMS圧力センサを作り,エアコンフィルタの目詰まり検知などに使った.高度な機能を持ったCMOS LSIに,別のLSIの上に作ったMEMSを転写するヘテロ集積化により,様々なセンサシステムが作れるようになった.一例は,接触力で静電容量が変化するMEMSを付けたLSIをフレキシブル基板に接続し,ロボットの体表に多数の触覚センサを分布させて,45MHzのパケット通信網でデータを送ることにより,リアルタイムで接触をモニタする触覚センサネットワークである.また,2011年の東日本大震災で仙台は被害を受け,無線通信が使えなくなった.そこで,通信用フロントエンドLSIの上に,多数の異なる共振周波数の表面弾性波(SAW)フィルタチップを裏返し接続(face down bonding)で配置したマルチSAWフィルタを作った.スマートフォンなどに,ディジタルテレビの空いたチャネル(ホワイトバンド)を利用する通信機能を持たせ,災害時にもワイヤレス通信を確保できることを狙った.

 集積回路を作るのに超並列電子線描画装置を15年ほどかけて開発した.1万本のビームで1億回描画すればウェハに1兆個のトランジスタを描画できる.量産用フォトマスクは10億円かかるので少量生産LSIには使えないが,この電子線描画なら少量のLSIも作れる.Siナノ結晶を電子線源に用いカスケード方式で電子を加速するので,印加電圧を10Vに下げられた.

 数々の半導体デバイスを発明された西澤潤一先生が1961年に作った半導体研究所は2008年に閉鎖され,建物や設備は東北大学に移管されたので,ここに「試作コインランドリー」を作った.1,800m2のクリーンルームを持ち,4/6インチのウェハを処理できる.MEMSのように多品種・少量で使われるデバイス開発に役立つ共用の試作設備である.企業は大学に人材を派遣して,時間貸しの試作設備を利用しながら,開発および製作を行う.作ったものは売っても良いことにした.売ることによって作ったものに対するフィードバックが得られる.月500件の利用があり,246の大学・企業・研究機関が使っている.波長埽引型のパルス量子カスケードレーザなどが開発・製造された.運営に2億2,000万円かかっているが,使用料で70%を賄い,20%はナノテクノロジープラットフォームからの支援である.MEMSショールームを設け,各種MEMSなどを見ることができるようにし,ビジネスマッチング,MEMSセミナー,MEMSトレーニングスクールを開いている.開発された製品はメムス・コア社で生産できる.江刺氏は2019年4月からこの会社のCTOとなり,会社と大学とのオープンな接続の好例となるよう努めたいとしている.

 

【Session 1:センサ・アクチュエータ/Sensor・Actuator】 

座長 横山 利彦(自然科学研究機構分子科学研究所)

「農業とヘルスケアへの応用を目指したセンサ・アクチュエータの研究開発」/"R&D of sensors and actuators toward agriculture and healthcare applications"
川喜多 仁(物質・材料研究機構)/Jin Kawakita (National Institute for Materials Science, Japan) 

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 我が国が目指すSociety5.0では様々な身の回りのものからセンサでデータを集め,サイバー空間で処理して,アクチュエータによって新たな価値を実空間に戻す.これによって例えば,脳活動,呼気,バイオマーカーといった生体情報を収集・解析し,体への負荷の少ない外科手術や,薬物徐放などが実現することになる.また,温度や湿度,CO2などの環境情報,果物の糖度やビタミンC,香りなどの作物情報を収集・解析し,ハウスの換気,農薬散布などを適正化して,生育や品質の向上が図れる.しかしながら,現状では,必要なセンサ・アクチュエータのないことがあり,あっても,大型で機能・特性が不足しているなどの問題がある.

 そこで,従来には存在しない,あるいは既存の性能を凌駕するセンサおよびアクチュエータを提供するため,NIMSは2018年6月にセンサ・アクチュエータの研究開発を行うセンターおよびプロジェクトを立ち上げた.これに加えて海外研究拠点を構築し,データ駆動型材料開発を推進するためのデータバンクを整備する.

 プロジェクトでは,デバイスの具体的な応用先として,農業とヘルスケアを設定し,環境・生体情報センシング可能な低消費電力・小型デバイスの開発,軽量・小型で柔軟に動作するソフトアクチュエータの研究,デバイスを駆動するための自立電源と,配線・電極などのフレキシブル回路形成技術の開拓をターゲットとしている.さらに,センサ開発,アクチュエータ研究,作動機能開拓の3つの領域を設定し,課題設定型研究に加え,公募型研究を推進し,外部有識者のピア・レビューにより目標達成の効率化を図る.海外の研究機関,国内の大学,国研と連携し,シーズを持っている人を募リ,外部を活用する.また,企業と連携して,プロジェクトの中でも出口開拓を図る.

 センサ開発では,湿潤・生体分子・菌を対象に液体,嗅覚・生体ガス・NOxといった気体,微小な磁気を検出するセンサデバイスを開発する.アクチュエータ研究では,新規材料開発に加え,形状記憶ポリマー,大面積膨潤検出層状物質,イオン/液晶分子,ナノシート積層MEMSの活用に取り組む.作動機能開拓では,自立型モジュールに向けた環境・熱電発電,薄膜蓄電,低照度太陽光発電,フレキシブルデバイスの技術開発を行う.

 開発例としては,嗅覚・匂い・呼気などの生体ガス・環境の中のNOxなどのセンサとしてMSS(Membrane-type Surface stress Sensor / 膜型表面応力センサ)を提案して開発を進めてきた.また,水滴の測定ができる湿潤センサを開発している.従来は水の吸収を利用していたため,測定に時間がかかり,水滴は測れなかった.これに対し,ナノサイズの間隔で金属細線を並べ,その間の電気抵抗変化でナノサイズの水滴まで検知できるようにした.このセンサは農業生産における結露の検出に使える.冷害の元になる水滴を早期検出し,ファンやヒータで除去する.結露の検出をハウス内で確認できた.今後は,ファンで水滴を除いて効果を確かめるまで,一貫した機能確認を行う.

質疑

Q:SDGs対応を狙っているようだが,エネルギーコストや有害物検出も問題になるだろう.リンや窒素などの土壌汚染があり,肥料が流れて仕舞えば資源枯渇も問題になる.耕作範囲全体を考える必要があるのではないか.ヘルスケアの分野では,習慣病対策も取り上げる必要があるのではないか.

A:農業関係で様々な課題があるが,まずコンパクトな施設を対象にした.ヘルスケアでは手術や診断だけでなく,介護も狙っている.日常のモニタで早めに傷害を見つけることも狙いの一つである.

 

「ナノテク応用サブナノワット集積ヘルスケア IoT ~単独動作可能・電力自立持続血糖モニタリングコンタクト~」/"Nanotechnology-enabled Sub-nano-Watt Integrated Healthcare IoT ~Stand-Alone Energy-Autonomous Continuous Blood Glucose Monitoring Contact Lenses~"
新津 葵一(名古屋大学)/Kiichi Niitsu (Nagoya University, Japan) 

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 糖尿病は治癒しないとされ,その予備軍は2千万人いるという.糖尿病の治療・予防においては,患者自身の血糖値を継続的に把握し,血糖値をコントロールすることが大変重要である.健康だと血糖値を見ることもない.患者自身が指先に針を刺して血糖値を随時測って,推移を見ることができるが,1日に10回測るのは難しい.皮下組織間質液を活用し,皮下にセンサを埋め込んだ継続血糖モニタリングシステムがあるが,高侵襲で痛みがあり,高価で,皮膚のかぶれも起こる.非侵襲の測定が求められる.一方,血糖濃度と相関のある涙液糖濃度に着目し,センサを内蔵したスマートコンタクトレンズで継続的に血糖をモニタリングする技術が生まれたが,センサへの直流電圧供給が必要で,電力無線供給のために給電専用端末のメガネをかける必要があった.

 本研究では,コンタクトレンズに微小センサを取り付け,涙の糖分で発電し,その糖分を測って無線でデータを送る,血糖モニタリングコンタクトレンズを開発している.涙液の糖で発電し,発電電圧から糖度を測定し,糖度に応じた無線信号を送信する.電力供給,測定,データ伝送の全てをコンタクトレンズ自体で行う,電力自立継続血糖値モニタリングシステムである.無線信号はスマートフォンで受信し,血糖値に換算して表示する.この電力自立継続血糖値モニタリングシステムはメガネ端末がないので運動している時も血糖値を測れる.皮膚が敏感な人,穿刺が苦手な人も使える.日常的に装着していられるから,ダイエット状況をモニタし,生活習慣の見直しにも貢献できる.

 コンタクトレンズにはグルコース発電素子と集積型半導体送信回路が取り付けられている.グルコース発電素子はカソードで還元酵素が酸素を水に変換し,アノードで酸化酵素が糖を酸化生成物に変換して発電する,糖電池と呼ばれる一種の燃料電池である.血糖濃度と相関のある涙液糖濃度によって出力電圧が変化するから,センシングトランスデューサであり,この出力電圧によって送信回路を駆動し,無線送信頻度を変えるので同時に電力源となっている.0.6mm角と世界最小クラスの大きさで,涙液に含まれる糖(グルコース)を元に1nW以上の電力を生成する.無線送信頻度は低血糖度なら低頻度,高血糖度なら高頻度になる.無線送信頻度を血糖値に変換して表示し,連続的に血糖値をモニタすることができる.給電専用端末を用いた場合は,3μWの電力を送る必要があったが,データを送信する半導体無線送信器回路は,わずか0.385mm角と世界最小クラスのチップで,従来の1万分の1程度の0.27nW(電源電圧は0.165V)で駆動させることに成功した.

 そこで,JST(科学技術振興機構)の支援を受けてプロトタイプを作った.デモ装置で,涙液模擬溶液を滴下した際に,センサ装置から無線信号の出ていることが確認できた.今年度中に動物実験を行いたい.このシステムのユニークな点は,電気と化学の役割を逆転させたことである.従来は,センサに化学反応を起こさせるために電圧をかけていた.このため,消費電力も大きかった.糖発電素子は化学反応によって電圧を発生する.このため,消費電力は少なくて済む.化学と電気の間の,駆動と動作の関係が逆になっている.このコンセプトを広め,汗の中の尿酸モニタリングへの展開も考えている.製品化して産業界に貢献したい.

質疑

Q:スマホの電波も飛び交っている.微小な信号にノイズが入らないか.個人情報が近くの人に捉えられるおそれがありそうだが,個人情報保護はどう考えるか.

A:スマホの電波に限らず,目薬をさすと糖度が上がるなど,環境や精度の問題を考える必要がある.秘密保持は今後検討すべき課題である.

 

【Session 2:nano tech 大賞 2018講演/nanotech 2018 award lecture】

座長 野田 哲二(物質・材料研究機構)

「Iot時代のナノテクノロジー」/"Nanotechnology in IoT era"
萬 伸一(日本電気株式会社)/Shinichi Yorozu (NEC Corporation, Japan)

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 Society5.0は狩猟,農耕,工業,情報社会に続く新たな経済社会で,実空間とサイバー空間を効果的に組み合わせ,経済的発展と社会的課題の解決を両立させる.現場システムからインターネットで送られたデータが,AIによりプロセッサで処理されて,解析結果が現場システムに戻される.NECが目指す「AI+IoTによる社会価値の創造」はこれに近い理念である.NECはIoTデバイス,パソコン,ICTを組み合わせて,AIを活用した社会活動を行う.特に,ICTシステムでのデータ収集に価値を求める.ナノテクはこのために最も重要な技術である.

 実空間とサイバー空間をより強く結びつける技術としてセンシング技術が挙げられる.社会価値を上げるポイントは取得した情報の量と質であるが,これには,感度や帯域のようなセンサの基本機能の向上ばかりでなく,データを取得できる環境,センサへの駆動電力供給方法,データを取得したその場でどれだけ情報を整理できるか,などの多様な要素が関係する.これらの機能の実現には,ミクロ・量子レベルで対象の物性制御・機能発現を可能とするナノテクノロジーが大きな役割を果たすことが期待される.この期待に応えるべく,次のような研究を進めている.

 赤外リモートセンシングは,構造物監視,資源探査,農業,森林管理,気候変動に対応し,社会価値を生み出す.衛星を用いれば観測範囲は地球全体に及ぶ.これに対応して量子ドット赤外線デバイスを開発している.量子ドットや量子井戸構造を用いてバンド構造を制御すれば,赤外線センサの検出する波長や感度を自由に設計できる.例えば6.5μmの赤外線で人工衛星から植生のリモートセンシングができる.岩石は可視光では見えないが,赤外線なら成分までわかる.量子ドットを2次元アレイにし,カメラで岩石の画像を撮れた.これに加えて,信号源の強度をナノ構造中で共鳴させ信号強度をあげるプラズモニクスを用いたアンテナを付加すれば感度はさらに上がる.

 データを取得する対象は必ずしも平坦ではなく,大きな対象物の広い範囲から一括してデータを取得する必要が起こる.カメラで形状は捉えられるが,圧力など力学系情報は取れない.対象物の形状に合わせた実装が可能な大面積・フレキシブルシートデバイスが求められる.これにはカーボンナノチューブ(CNT)のトランジスタが使われる.NECは,CNTに加えて,ナノホーン,カーボンナノブラシを発見し,ナノカーボン技術の研究を推進してきた.フレキシブルなシート上に薄膜トランジスタを印刷して圧力分布を計測する感圧シートセンサを開発した.棚に敷き,物が置かれたのを感知する.形を認識し画像化できるので,ものが何かもわかるから,コンビニなどの商品管理に役立つ.

 センサを駆動するには電源が要る.対象物そのものが持つ熱や振動から駆動電力を回収するフレキシブル・エネルギーハーベスティングデバイスを開発する.従来の熱電発電における変換効率や価格の問題を解決するため,スピンゼーベック効果を用いる.磁性体中のスピン流を活用することでシンプルな構造で高効率の変換が実現できる可能性がある.Pt (5nm)/ Ni0.2Zn0.3Fe2.5O4(500nm) / Polyimideの積層構造で熱流センサを作り,熱流を可視化できた.

 ナノテクノロジーの基盤となる材料開発にはマテリアルズインフォマティクスを用いる.材料ビッグデータを作成し,AIを活用する.材料探索・性能向上を短時間で行える.

 従来のLSIでは,機能実現は電子回路により行われてきた.論理素子FPGA(Field Programmable Gate Array)の機能切り替え用スイッチもメモリ回路で構成されていた.これに対し,原子スイッチは金属の電気化学的析出を利用した抵抗変化型スイッチである.回路面積1/4,信号遅延1/3,消費電力1/3になり,ロボット制御用ボードに実装して低消費電力を確認した.

 ナノテクノロジーは,微細化,量子化により量子ドットなど新しい機能を生み出してきた.その究極の姿が量子コンピュータである.量子重ね合わせ状態を集積することでこれまでと全く異なる演算原理での高性能コンピューティングが期待されている.量子アニーリングマシンは組合せ最適化問題に適し,交通・配送などで最適ルートを即座に探し出せた.

 IoT時代のナノテクノロジーはAIに代表されるICTの新たな価値を実社会に提供し,量子コンピュータを通じて情報処理技術そのものを変革する.

質疑

Q:スピン熱発電の時の性能指数は従来のままで良いか.

A:従来と違った見方が必要と思っている.

 

【Session 3:海外ナノテク共用事業紹介/Overseas Nanotechnology User Facility Programs】

座長 野田 哲二(物質・材料研究機構)

「ニューラル電子デバイスへの道」/"Route to ultra-low switching Energy Memories to artificial neurons"
Thirumalai Venky Venkatesan (National University of Singapore, Singapore)

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 2017年のマイクロプロセッサは200億個のトランジスタで構成され,データセンタは2016年に400兆W(4.16×1014 W)の電力を消費した.人類が活動するのに使うエネルギーの4,000倍になる.2025年に全世界のエネルギー消費の20%はデータセンタが使うだろうという.そこで,National University of Singapore  Nanoscience and Nanotechnology Initiative(NUSNNI)は,脳のように低エネルギーで動作する,神経系を模したニューラル電子デバイスを3つのアプローチで開発している.

 神経科学から機械学習への歴史を見ると,1930年代の神経科学と心理学から,人工神経ネットや統計的機械学習が生まれ,2000年代に深層学習に至った.ニューロン工学への挑戦は,ニューロンから伸びる軸索(axon)に注目した.ニューロンは,ディジタルパルスの代わりにスパイクを出す,非同期でタイミングは要らない.104もの入力が可能だし,軸索は無損失伝送線になっている.

 有機化合物からのアプローチでは,Ruを中心とするアゾリガンド複合体(Ru(PAP)3)を用い,YSZ(イットリウム安定化ジルコニア)基板上にITO(100nm),Ru(PAP)3(10-100nm),Au(100nm)を積層した.電流電圧特性にヒステリシスが見られ,メモリ効果がある.信頼性,安定性は高く,繰り返し寿命はフラッシュメモリの106に対して1012まで延びる.−40〜85℃で動作し,スイッチング時間は30ns以下であった.これらの特性は2015年のITRS(国際半導体技術ロードマップ)の要求を超え,1pJ以下が求められているスイチングエネルギーは450aJであった.デバイスはミクロンサイズから50nm2までスケーリングでき,これによってスイッチング電圧は4Vから120mVまで下がった.今後,ニューロンの持つ優れた特性に近づけて行く.

 酸化物からのアプローチでは,トンネル電気抵抗を利用した.BaTiO3またはBiFeO3の1〜2原子層においても強誘電性がみられ,MIM構造でトンネル接合を作る.動作温度85K, 300Kともに100を超えるオンオフ比が得られた.強誘電体の重ね合わせでオンオフ比を高められるので,Si基板の酸化膜上に,SrTiO3,La0.7Sr0.3MnO3,BaTiO3,Cr/Auと重ねた.ヒステリシスループが大きくなる.デバイス特性に酸素空孔の運動も重要な役割を演じ,多重メモリ状態が生まれる.

 次いで,生きたニューロンを用いた回路を作ろうと,まず無機酸化物表面に生体細胞を選択的に培養した.培養した細胞で神経回路を作る.幹細胞治療や臨床検査をしているNeuroSyntekでMEA(Microelectrode Array)のニューロチップを開発・製造した.金属をつけても細胞に影響はない.2年間くらいは細胞を生かして使うことができる.NUSNNIは,Yale大学,NeuroSyntekと協力して基板上の特定の場所にニューロンをパターン状に成長させる技術の開発を行っている.生きた神経で回路を作り,神経間通信の理解を深め,神経退化の理解が深まれば,神経退化に対する薬剤の開発にもつながるだろう.

質疑

Q:3つのニューラルメモリデバイスが紹介されたが,動作は低温か.

A:室温で動作している.

 

「表面分析を基盤とした分析サービスのオープンアクセス環境」/"Open Access Analytical Services for Nanotechnology with emphasis on Surface Analysis"
Peter J. Cumpson (University of New South Wales, Australia)

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 伝統的な重工業は「煙突型(smoke stack)」製造業だった.作って,検査して出荷するが,検査不良品は再加工して出荷できた.ところが半導体産業では再加工ができない.そこで,不良原因を探ってその結果を元にプロセスの改良を行うようになり,電子顕微鏡,質量分析などが使われるようになった.ナノテクノロジーの製品は再加工ができないから,分析の必要性はさらに高くなる.

 オーストラリア・シドニーにあるUniversity of New South Wales(UNSW)にMark Wainwright Analytical Centreを作った.各研究室にバラバラにあった装置を,一つの共用施設にまとめた.生物医学イメージング,生物分析質量分光,電子顕微鏡,NMR,分光,固体・元素分析,統計,生体情報バンクといった設備やグループがその中にある.単一組織にしたので,どの研究室も全ての装置が使えるようになった.UNSWの前に勤務していたイギリスNewcastle Universityでは,National ESCA and XPS Users’ Service: NEXUSという共用施設を作っていたので,こことも提携している.NEXUSは2011年に始まり,2018年には300以上のプロジェクトで2,500以上の試料を扱った.NEXUSのXPS(X線光電子分光)は,半導体が25%,ナノカーボンが15%,医学/生物学が14%,ナノ粒子/ファイバが9%,高分子が8%を使っている.

 このような共用施設は,うまく行かないのが常である.一つには,ユーザに不信感がある.例えば,圧力センサのAuパッドにワイヤボンドができないのでXPSで分析したら,SnO2がAuの上にあった.ユーザに伝えたら,SnO2など使っていない,XPSの間違いだ,さよなら,となる.

 また,ユーザは自分のやり方に固執する.コーティングで,茶色のシミができた,慣れた方法で何週間もかけて原因を追及したが,原因がつかめずシミを削り取った.ところが,XPSやSIMS(二次イオン質量分析)を使ったら,数時間でシミの原因を突き止め,プロセスを修正できた.分析や支援の内容・実績の周知が大切である.

 さらに,ユーザは高過ぎるという.半導体では様々なチームの設計した複数の回路を一括して試作することにより,一回路あたりの開発コストを下げた.分析でも多数の試料をまとめて処理することで利用料を下げられる.最近のXPSは3つの棚に多数の試料を載せ,一括して真空に引いている.

 共用施設有効活用には技術開発が必要である.技術が進めば10年前には解けなかった問題も解決する.必要とする空間分解能,材料比較・元素分析・化学状態・詳細な化学構造などの分析目的に適した手法を選ぶ.必要とする分解能で分析目的を達成する手段のないことも多く,新たな装置開発での対応が求められる.例えば,イオンスパッタで削りながら表面分析を繰り返す深さ方向の構造分析には,イオン損傷を少なくするよう加速電圧の低いイオン源を開発,提供した.一方,高分解能で状態密度を調べられるようHeイオン顕微鏡を用意し,3つの原子が針(tip)の先端で三量体を形成するのを観測でき,木綿繊維,触媒粒子,クマムシ(水生緩歩動物)などの観察もできた.Heイオン顕微鏡のHeイオンビームはミリングに使え,80nm間隔で10nmの線を引くことができ,ミリングの際に放出される二次イオンはSIMSで分析できる.様々な分析手段はそれぞれの得意とする分解能・機能の領域がある.位置合わせをして異なる手法による分析を重ね合わせることにより,より深い分析評価が可能になる.

質疑

Q:NEXUSで300のプロジェクトを取り上げたというが,どのようなアプローチをしたか.

A:ユーザがWebで何ができるか探して,コンタクトしてくる.解析も有料で引き受けている.

 

「人為的及び自然ナノ粒子の地球システムへの影響の新しい理解~地球科学における新たなパラダイム~」/"Emerging understanding of anthropogenic and natural nanoparticle impacts on Earth systems -a new paradigm for earth science-"
Mitsuhiro Murayama (Virginia Tech, USA)

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 ヴァージニア工科大学(Virginia Polytechnic Institute and State University:Virginia Tech)は,1872年にアメリカ建国時における開拓の最前線の地点に設立され,首都Washingtonの南西300kmのBlacksburgにある.設立の経緯から,軍教育と農学部,工学部から始まり,地域的に鉱業との繋がりから地球科学と関連が深い.

 NanoEarth(Virginia Tech National Center for Earth and Environmental Nanotechnology Infrastructure)は,NSF(U.S. National Science Foundation)の支援により,米国ナノテク設備共用基盤:NNCI(National Nanotechnology Coordinated Infrastructure)の一員として2015年9月に設立された.地球および環境科学・技術に関係するナノサイエンス/ナノテクノロジーの研究者を支援するネットワークノードと位置付けられている.過去30年にわたる微細加工・解析のネットワークを引き継ぐNNCIの16のセンターの中では,地球および環境科学に特化し,微細加工設備を持たない特別なセンターである.

 このようなセンターを作ったのには,喫緊の環境問題の課題解決に向け,地球科学や,気候変動の科学と技術にナノテクノロジーを応用する能力を高めようという狙いがある.地球および環境科学・技術の研究対象には,土壌,気象,水,生物要素が含まれ,地理的な広さは局所から,地域,地球規模に及ぶ.ナノ粒子は,大気圏,水圏,地殻で生まれ,循環し,自然発生と人工のナノ粒子が相互作用している.地熱発電の時に高温の水をくみ上げ,常温常圧で調べたら,水に浮かぶAl2O3の上に,白いものが見え,分析したらAsだった.この水をそのまま流したら環境を汚染する.Al2O3ナノ粒子がAsのキャリアになるという鉱物学における物質移動の問題が環境問題と関係していた.

 センターの使命は,自然の,偶発的発生,人工のナノマテリアル間の相互作用,その地球系への影響を理解することである.地球科学系への予算配分は他の分野に比べて少ないことがよくある.このため,NanoEarthはサービスセンターとして運用し,どんな課題でも引き受ける.予算がなければ,センターが補助して,利用者の裾野を広げる.装置は研究室で持っていたものを開放する.センターの予算の多くは支援のための人件費に当てられている.国研とも提携し,センターでやれないものは,センターのメンバーのネットワークを使って解決を図る.利用者には,ケンブリッジ大学,北京大学,東京農工大,など米国外も多い.企業は大企業から小企業まで幅広い.ユーザは距離的な近さよりも仕事の近さでセンターを選ぶので中西部からも来て,地球科学系が多くなっている.

 NanoEarthは,従来の鉱物学とは違った地球科学の新しい側面を生み出そうとしている.例えば,電子線トモグラフィを使って30nmくらいのヘマタイト(Fe2O3)ナノ粒子に色の変わっているところが見つかるが,これを3次元可視化して鉱石ができる過程を追求する.汚泥を分析すると10nmのAg2Sが見つかった.工業的に作られたものが,形を変えて環境に放出されている.石炭の燃えかすが流出する事故で,その汚泥がどこまで広がっているか,石炭に混じっているTiO2を使って追跡できる.環境鉱物学,ナノ鉱物学は,地球科学,環境科学の中の最も重要な要素となる.

 NSFは公的支援機関に,教育や一般人への啓発活動を求めている.そこで海外も含めて,学生に見学させ,研究を経験させている.先端機器に触れることで彼らの将来の選択肢が広がる.米国に265局ある非営利・公共・全国放送のラジオ局,NPR(National Public Radio)からセンター利用者のインタビューを月1回程度発信している.

質疑

Q:企業も全米から来ているか.

A:小企業は近隣にとどまらず全米から来ている.鉱物やセラミックスなどを調べている.

Q:NPRの放送局は265と言うが全米をカバーしているか.

A:全米をカバーしている.放送番組を後からダウンロードできるので情報が伝わりやすい.

 

【Session 4:ナノテクノロジープラットフォームの特徴的な技術とその応用/Characteristics of Facilities and their Applications in Nanotechnology Platform】 

座長 藤田 大介(物質・材料研究機構)

「ナノテクノロジープラットフォームのさらなる発展をめざして」/"Toward further development of nanotechnology platform"
佐藤 勝昭(文部科学省ナノテクノロジープラットフォームプログラムディレクター)/Katsuaki Sato (Program Director for Nanotechnology Platform, MEXT)

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 先進的で高度な微細構造解析装置・微細加工装置は,Society5.0を目指すIoTデバイス開発などになくてはならない研究インフラである.装置の高度・高額化,オープンイノベーション時代になり,公的資金で整備された高度のナノテク装置を利用したいという要望が強くなってきた.米国,韓国,台湾は国家研究投資の10〜15%を共用施設に投資して先端研究のインフラネットワークを作ってきた.米国は,ナノテクインフラ拠点ネットワークNNCIを発足させた.課金制や国際対応も整い,世界中の企業が共用施設に集い,研究開発を進めている.

 そこで,文部科学省は,2002〜2006のナノ支援,2007〜2011のナノ・ネット事業を発展的に継承する形で,ナノテクノロジープラットフォーム事業(ナノプラット)を2012年に発足させた.ナノテクノロジーの最先端の研究設備とその活用のノウハウを有する機関が緊密に連携して,設備の共用体制を構築・活用する10年間のプロジェクトである.

 ナノプラットは微細構造解析,微細加工,分子・物質合成の3つのプラットフォーム(PF)からなり,それぞれ十数ヶ所の実施機関と代表機関で構成され,25機関,37拠点が参画している.PFを取りまとめるセンターはNIMSに置かれている.年間の事業予算はおよそ16億円であるが,実際の活動規模は,各参画機関による運営交付金の充当約18億円,利用料収入約8億円,その他収入を含めると,約46億円と見積もられる.このうち約45%が装置の運転資金に,約40%が支援にあたる技術スタッフの雇用に当てられている.

 2016年に,ナノプラットに参画する人は,微細加工に271名,微細構造解析に319名,分子・物質合成に251名,センター27名の合計868名で,そのうち,258名はナノプラット事業で雇用されている.2012〜2016の5年間に14,537件の利用があり,16,042名が利用した.新規ユーザ流入率は年間55%,反復利用率は年間47%に昇った.年間利用件数はナノ・ネットでの1,300件から3,000件になった.1/4は企業の利用である.

 ナノプラットからは毎年多数の成果が上がり,その中から毎年5〜6件の秀れた利用成果を選んで表彰している.また,共用装置の有効活用には,PF支援技術者の技術スキルが必要で,優れた支援を行った支援者に支援スタッフ表彰を行っている.今年は,1月30日に第18回国際ナノテクノロジー総合展・技術会議(nano tech 2019)のセミナー会場で表彰式と秀れた利用成果の口頭発表,ナノプラットブースで利用成果と優れた支援のパネル展示を行った(https://www.nanonet.go.jp/ntj/selection/ ; https://www.nanonet.go.jp/ntj/award/).

 本事業は,平成29年度に中間評価を受け,事業全体については,非常に高い評価を受けた.ただし,科学技術の新たな成長に合わせてプラットフォームを整備すること,機器の拡充や支援者数の増強を図ること,データ科学との連携を行うことなどの注文がついた.一方,設備長期使用にともなう維持費の増加,陳腐化した装置の更新,支援スタッフの任期付き雇用の問題などが顕在化している.国には抜本的かつ継続的な政策を要望し,世界と戦えるシステムを提供して,イノベーション創出に貢献したい.

 

「酸素ナノバブルによる化学的固定効果の向上 -Ralstonia solanacearum の細胞学的解析-」/"Improvement of chemical  fixation effect by oxygen nanobubble - Cytological analysis of Ralstonia solanacearum-"
井上 加奈子(大阪大学 微細構造解析プラットフォーム)/Kanako Inoue (Osaka University)

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 井上氏は植物病理学を専門とし,超高圧電子顕微鏡センターに所属するPFメンバーである.

 農産物の30%はカビなどでロスになる.Ralstonia solanacearum(青枯病菌)は,多能土壌病原性バクテリアで,トマトやナス科の作物,きゅうり,生姜,バナナなどに感染し,萎凋症状を引き起こし,収穫量を激減させる.トマトは機能性成分が豊富で,世界最大の生産量の食材であるから,R. solanacearum(バクテリア)を有効に制御する方法の開発は喫緊の課題である.稲のイモチ病菌は,イネに付着し,メラニンを合成して自らの細胞壁を強くして侵入することが細胞学的観察から分かり,メラニン合成を抑制する薬剤が開発された.トマトのバクテリア対策でも,感染場所におけるバクテリアとトマトの根の細胞構造変化を光学顕微鏡で組織学的に,透過電子顕微鏡で細胞学的に分析する必要がある.しかしながら,電子顕微鏡による微細構造分析は進んでいなかった.

 トマトの根に着いたバクテリアは,まず根の表面に接着し,根の開口部や傷から細胞間の隙間に侵入する.ついで,細胞間の隙間でバイオフィルムを形成して感染準備を進め,導管へ侵入して導管を閉塞させ,通水機能を低下させる.この結果,トマトは萎れて枯れてしまう.この過程を細胞学的に解析するには,トマトの根とバクテリアの細胞構造が保持された試料作成,タンパク質の固定が必須になる.ところが,従来の化学的固定法では,タンパク質の固定が不十分なため,試料作成時の細胞構造の損傷が大きい.新たにグルタルアルデヒドをタンパク質固定剤に使うと,酸化反応を通じてタンパク質の架橋が進むが,大量の酸素が必要になる.

 このタンパク質固定は蒸留水中で行っていたが,酸素供給を増やそうと酸素ナノバブル水の使用を試みた.トマトの根を2週間栽培し,蒸留水と酸素ナノバブル溶液に30分間浸し,溶解酸素量を測ったところ,酸素ナノバブル水の溶解酸素量は急激に減少し,トマトの根が細胞内部に酸素を効率的に吸収したと考えられる.試料を,グルタルアルデヒドで固定化し,染色して光学顕微鏡による組織学的評価,二重染色して電子顕微鏡により細胞学的評価を行い,酸素ナノバブル水を用いるとタンパク質の固定領域が蒸留水の場合より広がっているのを確かめた.酸素ナノバブルが細胞内部,深くまで侵入し,タンパク質固定反応が劇的に増進された結果である.この手法は植物だけでなく動物から微生物まで幅広く適用できると考えている.

質疑

Q:蒸留水と比較しているが,酸素ナノバブル水では酸素濃度が高くなっているのか.

A:酸素ナノバブル水の利点は,酸素が細胞に入り易くなっていることと考えている.細胞は免疫を持っているので小さいものでないと受け付けない.ナノバブルになった酸素は小さいため入り易い.

 

「失敗は成功の元:ナノテクノロシ?ープラットフォームで試して拓く先端集積MEMS」/"More chance with Nanotechnology Platform: Next Generation MEMS R&D model"
三田 吉郎(東京大学 微細加工プラットフォーム)/Yoshio Mita (The University of Tokyo)

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 三田氏は電子情報デバイスの研究をしながら,PFマネージャを務める.

 電子情報デバイスの迅速な社会実装は,超スマート社会実現の鍵の一つである.フィジカル空間とサイバー空間を結んで,価値を提供する社会は多数のネットワークセンサやアクチュエータを必要とし,電子情報システムと呼ぶべきSociety5.0においてMEMSはその主役デバイスとなる.

 1948年にトランジスタが発明されて間もなく,1950年にピエゾ抵抗効果を用いたSiストレインゲージが作られて以来,加速度計,インクジェットヘッドはじめ,数々のMEMSデバイスが生まれ,60年の歴史を経た現在,MEMS素子は秋葉原の店頭にも並ぶようになった.次はどのように展開するか?19世紀になされた偉大な発明を顧みると,1800年にVoltaは55歳で電池を発明したが,Maxwellは電磁方程式を1867年に36歳で導き,Hertzは1889年に27歳で電波の発振に成功するなど,若い人が大きな仕事をするようになった.MEMSは,概念確認を第一世代として,バルク加工,表面デバイスを経て,深掘りエッチングの第4世代へと進み,第5世代は第4世代を作った三田氏らより若い,今の学生達が大きく展開させるだろう.若手研究者のアクセスできる研究設備が必要になる.

 MEMSデバイスの開発には時間がかかり,1990年に開発されたジャイロは上市が2000年になったように,10年以上の開発検証を経てマーケットに出る.従来の開発方式は,ウオーターフォールモデルで,デバイス開発が終わったら,アプリケーションを開発し,それが済んでからフィールド検証を行うという3段の滝であった.開発の競争社会では,独自のデバイスを効率的に提供することが重要になる.これには,研究から実用化までの道のりを短くすることが必須になる.

 この要請に応えるのが,応用,デバイス,プロセス/材料の技術者がチームを作り,一つの舞台で演技する,”Agile-style” R&D(機敏な研究開発)体制である.デバイスエンジニアとアプリケーションエンジニアが一緒になって,協奏的開発を行ってフィールド検証の結果を開発にフィードバックする.この体制では,フィールド検証まで一体化しているので,不足な点を迅速に見出し,その対策も迅速に行うことができるから,失敗を恐れず,新たなアイディアに挑戦できる.

 そのような”Agile-style” R&Dは新しいアイディアをテストする確立したプラットフォームを必要とする.東大の微細加工PFは,東大VLSI設計教育センター(VDEC)とともに企業や研究者にそのようなプラットフォームを提供し,VLSI-MEMS集積体制を構築した.利用者はPFと一緒になって研究開発を行うよう,PFに研究室を置く.その数は140になり20人を超えるスタッフが支援している.

 電子情報デバイスの講義は,PFを利用して反転授業形式(flipped class style)で行っている.学生が開発するデバイスを提案し,1.5ヶ月で開発し,フィールド検証を行い,3ヶ月のコースはクラス全員の前で行うデモで終わる.学生の意欲は高く,講義室は熱気に溢れていた.PFでは,オンチップ電源やゼオライトを用いた集積化化学センサなどのデバイスを開発した.

 MEMSは装置産業である.開発には長期の投資が必要である.新しいMEMSのアイディアを試し,実効性を示す前に,巨額の投資によるクリーンルームがあらかじめ整備・維持できていなくてはならない.これに応える設備をナノテクノロジープラットフォームは東大武田先端知ビルに用意している.

質疑

Q:ソフトウェアはどうするか.

A:アプリケーションを見てアルゴリズムを開発してほしいと思っている.

 

「バイオ医薬品へのナノテクノロジーの応用-塗るワクチン開発-」/"Biopharmaceutical Application of Nanotechnology -Development of Transdermal Vaccine-"
後藤 雅宏(九州大学 分子・物質合成プラットフォーム)/Masahiro Goto (Kyusyu University)

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 後藤氏は次世代経皮吸収研究センター長で,PFの実施責任者を務める.

 バイオ・医薬の研究の中で,本研究の目的はナノテクによって注射をなくすことである.医療では,薬物を体外から患部(標的)に送り届ける必要がある.輸送経路には,標的直接,経皮,経口,注射,鼻から,などあるが,注射は痛みを伴い医師でないとできない.経皮,すなわち経皮薬物輸送(transdermal drug delivery: TDD)法は,薬物を皮膚に貼り,皮膚を経由して体内に送り込むので,医療従事者を必要とせず,痛みを伴わない非侵襲な方法と考えられている.

 しかし,人の肌は人体の防護機能を持つ角質層に覆われ,疎水性障壁として,水に溶けた薬物の侵入を妨げる.分子量500以下の小さい化合物なら通すが,分子量が10,000位になる薬品は通さない.厚さ20μmの角質層を剥がせば薬を体内に入れられるが,皮を剥がすわけには行かない.ワクチンを体内に入れられないため,100万人の子供が死んでいる.ワクチンシールでワクチンを体内に届けたい.角質層障壁を乗り越え.免疫を起こさせる,様々な抗原製剤の開発が続いている.

 角質層は疎水性のため,水には馴染まないが,オリーブオイルは皮膚から体内に入る.そこで,油でタンパク質の薬剤を包むことを考えた.一方,牛乳の白はミクロンオーダーのタンパク質や脂肪の粒子が分散したエマルジョンによる光の散乱で生じている.これが数十nm以下になると透明になる.牛乳を凍結乾燥すると,ナノサイズの粉となり,水に溶かしたら透明になった.

 そこで,薬剤の分散した水と疎水性界面活性剤の分散した油を混合攪拌すると,親水性薬剤が水とともに疎水性界面活性剤で被覆された複合材ができる.この複合材を凍結乾燥してできた,薬剤を界面活性剤で包み込んだナノサイズの粉(solid)を改めて油(oil)の中に分散させる.この複合材の油分散,すなわち油中固体(solid-in-oil: S/O)ナノ分散は,油によって複合材が皮膚に馴染み,複合材を被覆する疎水性材料が親水性材料より疎水性角質層を透過しやすいので,複合材は皮下に浸透する.このS/O技術により,皮膚の物理的強化や前処理なしに,経皮的免疫により抗原を皮下に送り込み,特定の抗体と結びつくことが確認できた.

 S/O技術の適用例として,メラノーマ(悪性黒色腫:悪性な皮膚がん)の治療には薬を注射していたのを塗り薬にすることを試みている.薬に使える界面活性剤は限られているが,糖脂質なら良いのでこれを使った.作成したS/O複合材は4週間放置しても粒子径が変わらず安定だった.カプセル化率は90%でリポソームミセルの20~30%に比べて高い.薬剤透過性のテストには人間の皮膚に近い豚の皮膚を用いた.S/O複合材は蛍光着色しておき,蛍光の動きでS/O複合材が皮膚の下の細胞間の隙間を通って浸透してゆく様子が,共焦点光学顕微鏡で確認された.体内に入ると水の中なのでカプセルが破れて薬が取り込まれた.次は癌にかかったマウスでテストしようとしている.表皮には皮膚免疫を司る沢山のレセプター(受容体)を持ったランゲルハンス細胞があり,経皮だとこれを直接刺激するので,投与効果は注射を超えるかも知れない.

質疑

Q:ナノカプセルにする時にロスは起こらないか.

A:90%は保たれている.カプセル化の途中で50%くらい変性するが,元に戻る.

Q:発展途上国の場合,パッチの価格が問題にならないか.

A:パッチの方が注射より安い.

 

【Closing Remarks / 閉会挨拶】 

田沼 繁夫(JAPAN NANO 2019組織委員長,物質・材料研究機構ナノテクノロジープラットフォームセンター長)/Shigeo Tanuma (Chairperson of the Organizing Committee of JAPAN NANO 2019 / Director, Center for Nanotechnology Platform, National Institute for Materials Science, Japan)

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 本シンポジウムは,「Society 5.0 (超スマート社会)の基盤となるナノテクノロジー」をテーマに,研究成果を紹介し,環境/バイオ応用を含むナノテ クノロジー・材料技術の最新の研究開発を展望したが,ナノテクの裾の広がりを感じさせるものだった.事務局によると,400数十人の参加があったという.シンポジウムへの参加に感謝する.













 

(古寺 博)