NanotechJapan Bulletin

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開催報告: JAPANNANO2020

NanotechJapan Bulletin Vol.13, No.2, 2020 発行

 

「第18回ナノテクノロジー総合シンポジウム(JAPAN NANO 2020)」開催報告



 ナノテクノロジーは,超スマート社会(Society 5.0)実現や,持続可能な開発目標(SDGs)の達成に,必要不可欠な基盤技術である.工学分野から始まったナノテクノロジーでは,量子技術が展開し,生物や医学との融合が進み.AI活用による材料革新の動きも広まった.一方,文部科学省委託事業の「ナノテクノロジープラットフォーム」は,最先端の設備共用により分野融合を図り,イノベーションの創出を目指してきた.この事業の一環として開かれてきた「ナノテクノロジー総合シンポジウム」は第18回を迎え,「ナノテクノロジーが切り拓く量子・バイオ・AI 技術」 “Quantum Science, Biotechnology and AI Technology driven by Nanotechnology”をテーマに,2020年1月31日に東京ビッグサイトで開かれた.本シンポジウムでは,ナノテクノロジープラットフォーム事業の成果を紹介するとともに, ナノテクノロジーとAI,バイオテクノロジー,量子科学との連携についての展望がなされた.出席者にはProceedingsが配布されている.

 

【開会挨拶/Opening Remarks】

村田 善則(文部科学省研究振興局長)/Yoshinori Murata(Director-General, Research Promotion Bureau Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology)

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 ナノテクノロジーは,第5期科学技術基本計画において,Society 5.0実現に向けたコアとなる基礎技術の一つであり,イノベーションの源泉と位置付けられている.ナノテクノロジーには,積極的に継続して投資してきた.若手研究者育成,研究環境整備と一体になって,研究設備の共用,スマートラボラトリ化を進めているが,ナノテクノロジープラトフォーム事業はその先進的役割を果たしている.令和元年度の利用件数は年間3,000件に達し,その3割が民間の利用である.秀でた利用成果の最優秀賞にトヨタ自動車が排ガス浄化触媒の挙動を名古屋大学の電子顕微鏡で解析した成果が選ばれた(https://www.nanonet.go.jp/ntj/topics_gov/?mode=article&article_no=5011).ナノテクノロジープラットフォームにおいて,多くの方の利用が進み,イノベーションが創出されることを期待する.


 

 

橋本 和仁(物質・材料研究機構理事長)/Kazuhito Hashimoto (President, National Institute for Materials Science, Japan))

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 本シンポジウムは文部科学省委託事業「ナノテクノロジープラットフォーム(NPJ)」の一環として開催する.この事業は,平成24年度(2012年)に始まり,8年を経過した.この機会に,これまでの活動を振り返り,今後について考える.2019年9月には「先端共用施設・技術プラッットフォーム展望調査WG報告書」をまとめている(シンポジウム当日,希望者に配布).

 NPJは,25の大学と法人が微細構造解析,微細加工,分子・物質合成の,三つの技術領域に,共用設備のネットワークを構築・運営している.ナノテクのための装置と使用上のノウハウの提供,これによる産学連携の推進,若手人材の育成の三つの目標を掲げ,利用件数は年間3,000件,うち産業界の利用は30%になった.特許出願は年150件,学術誌への論文掲載数は年1,000件を超えた.特に被引用件数の多い論文が増えている.利用成果の例に,ベンチャー企業が複数のプラットフォーム(PF)を利用し,それぞれの得意とする技術を組み合わせて行った,パワーデバイスとして期待されるGa2O3ダイオード試作の成功がある.また,3大学が共同で光によって剥がせる接着剤の開発に成功した.さらに,中小企業が開発した高性能鉛フリーハンダの接合機構を電子顕微鏡で解析し,特許固めに役立てた.

 文部科学省は基礎研究力強化を先ず図るが,日本としてはその先に産業力強化が求められる.第6期科学技術基本計画の策定が始まり,産学の融合を図るべく産学連携プラットフォームを作る話も出ている.共用プラットフォームは最先端の装置を設置するだけでなく,その使い方や,解析のエキスパートを置くことが有効である.企業はプラットフォームの利用がしやすくなり,企業の利用は大学にとってニーズを知る機会となり,共同研究にもつながる.NPJの運営費は,財源内訳が文科省事業委託費33%,法人負担(運営費交付金等)40%,利用料収入19%,その他8%となっている.平成29年度の利用件数の41%は大学,7%が公的機関,27%が企業だった.利用者の73%が利用に満足し,リピータの利用が多い.平成29年度のリピータの割合は60%を超える.PF利用の成果は公開が原則だが,企業などの非公開利用も認めている.平成29年度に公開の利用料は5億7千万円,非公開は3億2千万円だった.NPJは研究開発者に出会いの場を提供し,投入される国費は産業を育成している.

 NPJの終了する2年後以降もこの活動を拡大したい.産業に有効な,NPJよりさらに良いものを作りたい.地域性を考慮したセンターを置き,その周りに連携の拠点を設けるのが良いと考えている.

 また,マテリアルズインフォマティクス(MI)に力を入れる.データとAIの組み合わせを利用した材料開発が,実用になることがわかってきた.IBMが量子計算とAIで化学会社の新材料開発を支援した.新材料探索の元になる材料データを学術誌出版社が論文から集めている.データが研究開発の重要な資源になる.この動きに対し,NIMSは材料情報統合データプラットフォームを構築する.ここでは,AIで論文等からデータを集め,実験データを自動収集してデータを「つくる」;集めたデータを統合・機械可読化して大容量・高速解析サーバ(10 PB/0.5PFLOPS)に「ためる」;解析変換して材料開発に「つかう」.データ解析者を増やし,解析の結果をもとにさらにデータをとって,増やしていく.NPJからも実験データを集める.非公開のデータも取得者の権利を保障する仕組みのもとに収集し,公開されたデータとの組み合わせて使えるようにする.企業・大学の協力を期待する.

 

【基調講演/Plenary Lecture】

座長 小出 康夫(NIMS)

「カーボンエミッションゼロを目指した取り組み」/“En Route to Realize Zero Carbon Emission”:天野 浩(名古屋大学)/Hiroshi Amano (Nagoya University, Japan)

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 天野氏は,2014年に,赤崎 勇氏,中村 修二氏とともに,「高輝度で省電力の白色光源を実現可能にした青色発光ダイオードの発明」でノーベル賞を受賞した.現在は,名古屋大学 未来材料システム研究所に未来エレクトロニクス集積研究センター(CIRFE: Center for Integrated Research of Future Electronics)を設けて,窒化ガリウム(GaN),カーボンナノチューブ(CNT),SiCなどのポストシリコン材料からシステムまでの研究を推進している.

 CIRFEは,GaNの新しい研究展開とGaN社会実装を目指す研究拠点として,結晶成長からデバイス作製,回路,システムまで一気通貫の研究を行う.48の企業,20の大学,2つの国研が参加するコンソーシアムを作り,ワンチームで研究を推進する.1,000m2のクリーンルームは運営経験者が専任で運営に当たっている.ここには,幾つもの技術・ノウハウが積み上がりつつある.パワーデバイスでは,縦型トレンチMOSFETをつくれるGaNプロセス標準レシピがある.また,これまではできなかった,GaNへのp型イオン注入に成功した.GaNデバイスはMOCVD(有機金属化合物気相成長)で作るが,成長過程を,スーパーコンピュータ「京」を用いた解析と精密な実験とを比較しながら追求している.第一原理計算・熱力学解析・数値流体力学を組み合わせたマルチフィジックスシミュレーションで,Ga(CH3)3が分解してGa金属となって表面に吸着し,結晶成長が進んでいることが分かった.今のところ成長過程をpsまでしか追えていないので今後は「富岳」を用いてnsまで時間を拡張して行く.GaNの結晶成長過程はGaAsと異なることが分かり,GaN結晶成長装置の設計に役立てた.このような研究をプロセスインフォマティクスと呼んでいる.

 さて,GaN LEDはインフラを持たない世界15億人を照らす.世界のLED省エネ効果(950TWh/年)は日本の総発電量(1040TWh/年)に匹敵する.Gaは地球上に豊富にあるAl鉱石のボーキサイトからとれるので資源量の懸念はない.日本やアジアは発電に石炭などの化石燃料を50%以上使っているが,日本は温室効果ガスを2050年に現在の20%にする目標を立てた.CO2排出量は,人口,GDP,エネルギー消費で決まる.人口変化などを考慮し,自動車など最終製品のエネルギー消費を60%に,再生可能エネルギーの活用で発電エネルギー消費を30%に削減すれば,この目標は達成できる.再生エネルギー中心の電力系統はAIで管理し,高速・高電圧スイッチングできるインテリジェントパワーコンディショナーが制御する.GaN HEMTは,1μs以下の高速スイッチング,10kV以上の高電圧動作が可能で,このパワーコンディショナーに適用できる.自動車などの消費エネルギー削減に向け,横型GaN HEMTを用いてインバータの超高効率化を行い,モジュールにして搭載したAll GaN Vehicleを2019年の東京モーターショーに出展した.消費エネルギーはSiを用いた従来のインバータから60%下がり,車の中でインバータの占める割合は40%なので,車全体では24%の削減になる.さらに,GaN LEDをヘッドランプに使って,消費エネルギーを下げられる.電気自動車(EV)では,バッテリーとその充電が問題になる.ワイヤレス充電ができれば,充電のために車を止めなくてよいから時短効果が生まれる.GaN高速スイッチング素子の利用が期待され,方式としては,13.56MHzの電界共鳴方式がコストも低く有望である.ワイヤレス充電はパワーアシストロボットやセンサへの給電も可能にし,ドローンに給電して24時間飛ばすこともできる.EVが普及しないのは,パーソナルユースが進んでも,インフラが伴わないことがある.パーソナルユース系と,インフラ系の共同開発が望まれる.

質疑

Q:プロセスインフォマティクスの見通しを伺いたい.プロセスのレシピがオープンになっていないのでデータ不足にならないか.

A:結晶成長のデータは企業にあったが,共同研究にし,AIに必要なデータを出してもらった.第一原理計算を行い,データを精密化している.

【特別講演/Special Lecture】 

座長 小出 康夫(NIMS)

「エネルギー革新に向けた MI 基盤の構築」/“Launching the MI platform program toward energy innovation”:五十嵐 仁一(一般社団法人 産業競争力懇談会)/Jinichi Igarashi (COCN (Council on Competitiveness-Nippon))

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 五十嵐氏は,JXTGエネルギー株式会社の研究所長やCTOを歴任し,産業競争力懇談会(COCN)の実行委員を務めている.COCNは,業界の有志により,日本の産業競争力強化のため,科学技術・イノベーション政策や官民の役割分担などを政策提言としてとりまとめ,その実現を図る活動までも行う.40の企業,4大学(東大,東工大,京大,早大),2国研(産総研と理研)が会員となり,ボランティアで事業を推進している.

 事業の中核は「推進テーマ活動」で,ありたい姿(ビジョン)を描き,プロジェクトを組織して,実現に向けた方策を検討し,自らも実現に向けた活動を推進する.2006年から2019年に117のプロジェクトを行った.ICT/AI,製造技術,材料などのコア技術で38,エネルギー・資源で34のプロジェクトを取り上げた.12の超高齢化社会のプロジェクトも行った.プロジェクトの出口は,明確なビジネスモデルを持った事業化,研究組合のような企業グループによる将来事業の基礎作り,SIP(内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム)のような政府プログラムへの参加である.SIPの半分くらいはCOCNが関係している.水素供給ステーションは,2008年にCOCNで枠組み作りを行い,業界共通のスペックを作った.第5次科学技術基本計画の目指すSociety 5.0に対してはデータ駆動社会の建設に必要な社会基盤構築の政策提言を行った.2018年度から,「エネルギー革新に向けたMI基盤の構築」を推進テーマに取り上げ,その中で電池に使う高分子機能材料を例題としてMI基盤構築の活動を行うことになった.

 早稲田大学 西出 宏之 教授をリーダーとし,エネルギー,デバイス,材料,解析の各分野の企業,国研,早稲田大学からメンバーが集まり,COCNの実行員会がアドバイスした.産業界は何が必要かを提示し,材料開発に必要なデータを集積し高分子のデータベースをコンピュータ上に構築し,データ科学の教育に向け大学にMIの寄付講座を作った.

 MIによる新材料の探索では,深層学習から相関の良いものを選び出す.狙いはLiイオン電池の固体電解質で,イオン伝導性の良い材料の開発である.セラミックスには導電性の良いものがあるが,有機材料では導電性を従来のものから2桁高める必要があった.早稲田大学の研究チームは,固体二次電池の新しいLiイオン伝導体を探索するためのAIを開発した.ポリマーAに添加剤Bを加えたもののイオン導電性や活性化エネルギーなどを解析で求め,AIにより添加剤Cを見つけ出す.AIの学習するデータベースは100以上の科学論文のデータから創設し,104組のイオン伝導体実験データを持っている.化学構造と導電性の関係はAIに訓練させた.企業連携で,JXTG がデータを持ち込んだので,学習するデータ多くなり,AIが賢くなった.この結果,AIは,学習には使われていない伝導体の性能を正確に予測し,このMIシステムの予測能力が確かめられた.目的とする新材料の探索を進めると,添加剤を含めて1万の候補が見つかり,AIで狙いをつけて選び出したもので実験を行い,導電率10mS/mのものが見つかった.MIにより,新材料探索の期間を劇的に短縮できた.

 大学に設けたMIのプラットフォームは,公開のデータと,企業が蓄積しているデータと連携させて,協調領域にとどまらず,競争領域までMIを進める基盤になり得ることが確かめられた.

質疑

Q:企業からのデータ提供,データの連携を,産業界はどのように見ているか.

A:今回のプロジェクトでは,JXTGだけがデータを提供するという結果になった.古いデータには紙ベースのものもあり,データの読み込みに苦労することもあった.

 

【Session 1:量子と生命科学/Quantum Science & Biotechnology】 

座長 馬場 嘉信(名古屋大学)

「ダイヤモンド量子センサの可能性」/“The potential of diamond quantum sensors” :波多野 睦子(東京工業大学)/Mutsuko Hatano (Tokyo Institute of Technology)

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 量子科学技術(光・量子技術)を駆使して,非連続的な解決(Quantum leap)を目指す研究開発プログラム:光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)が始まっている.波多野氏は,その「量子計測・センシング」技術領域のFlagshipプロジェクト「固体量子センサの高度制御による革新的センサシステムの創出」の研究代表者を務める.

 世界的に高齢化が進み,認知症患者は急増している.高齢者が介護・支援を必要とする原因の約3割が脳・神経疾患である.健康寿命の延伸には,脳・神経活動の可視化が必要になる.このようなところへのダイヤモンド量子センサの応用を考えている.

 ダイヤモンド中の炭素原子を置換した窒素原子(N)と炭素格子の空孔(V)からなるNVセンターは,大気環境下,室温においても,量子コヒーレンスを保っているので,量子情報の単位であるQ-bitになる.ダイヤモンドはエネルギーギャップ5.5eVの半導体で,NVセンターの準位は2.6eVにあり,フォノンの影響を受けにくく,室温でも固体中で最長のスピン緩和時間を示す.このためスピン状態の初期化,制御,検出が可能になる.NVセンターに局在する電子のスピン状態は,スピン=1の三重項基底状態(磁気量子数mS=0とmS=±1)にある.緑色の光を当てると,基底状態にあるNVセンターの電子スピンは励起され,励起状態の準位から基底状態のmS=±1の準位に遷移して赤色の蛍光が観測される.ここで,マイクロ波を周波数掃引して照射するとmS=0とmS=±1のエネルギー差に対応する周波数で,マイクロ波が吸収されてmS=±1の量子状態が埋まるので蛍光が共鳴的に減少する,光検出磁気共鳴(ODMR)が観測される.磁場を印加すると,mS=±1のエネルギー準位はゼーマン効果によって分裂するので,ODMRのピークが二つに分かれる.このピークの分裂を用いて,ダイヤモンドNVセンターは磁場の高感度センサとなる.この磁気センサの感度は極低温・超伝導を使ったSQUIDに匹敵する.スピンのエネルギーは,スピンの双極子相互作用を介して,温度,歪み,電界に依存するから,NVセンターは室温動作の温度,歪み,電界センサとなる.

 量子磁気センサと比較すると,ダイヤモンドセンサは,広い温度範囲(数mK〜700K)で動作し,ダイナミックレンジと磁場に対する線形性に優れる.空間分解能は,NVセンターをクラスタにすることによってnmからmmまで変えられる.ダイヤモンドセンサは,ベクトル磁場イメージングという独特の機能を持ち,細胞・ニューロンの動きの観察や非破壊検査に適する.温度と磁場の同時計測のような多様性も持っている.

 デバイス化はプラズマCVD(化学気相成長)で行う.メタンの水素還元(CH4+H2)でダイヤモンドを作っている.リン(P)ドープダイヤモンドにより室温で2.4msのスピン緩和時間を実現した.NVセンターの高密度化で感度が上がる.ダイヤモンドを基板にすると,基板の大きさは数mmにとどまるのでSi基板上のダイヤモンド成長を試みている.SiCの緩衝層を設けてその上に成長させると,N-V軸の結晶方位がよく揃ったダイヤモンドができる.センシング・測定系は,CMOSカメラでの撮像,APD(Avalanche Photo-Diode)を利用した共焦点レーザ顕微鏡,連続波/パルス光磁気共鳴(ODMR)をもとに構成する.2m×1mの光学定盤に載っていた装置を長さ25cmのプロトタイプにまとめることができた.将来はチップ化したい.

 Q-Leapでは,ダイヤモンドセンサを用いて,細胞レベルから脳機能までの神経活動のイメージング計測,ラットリンパ筋内の磁気ナノ粒子の検出の生体実験,パワーデバイスにおける電界集中の観察,EV用電池の電流と温度の同時計測など多数の応用を試みている.この研究は欧米でも盛んに行われている.研究促進・応用開拓には,理学・工学・情報・生命などの分野融合が必要である.産学連携強化,研究会,コンソーシアム設立など計画し,多くの方の参加を期待している.最後に,ピンクダイヤモンドの大きな結晶の写真が示された.

 

「生命科学を革新するナノおよび量子技術による磁気共鳴イメージング」/“Nano- and Quantum Technology-based MR Imaging for Life Science”:青木 伊知男(量子科学技術研究開発機構)/Ichio Aoki (National Institutes for Quantum and Radiological Science and Technology)

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 量子科学技術研究開発機構(QST)は,2016年4月に,放射線医学総合研究所と日本原子力研究開発機構の量子ビーム部門・核融合部門が再編統合されて発足した国立研究開発法人である.放射線医学,量子ビーム科学,核融合エネルギーの三つの部門に加えて,2019年4月に量子生命科学領域を設け,量子論・量子技術と生命科学を融合するための研究開発を推進している.

 磁気共鳴イメージング(MRI)診断装置は,日本に6,000台設置され,年間1,200万件の診断が行われている.また,MRIは年間2万本の論文が出て,強力に研究の進められている研究分野である.

 幾つかの技術革新が,最近のMRIに大きな進歩をもたらしており,その一つがナノ粒子を使った造影剤の進歩である.リポソーム,量子ドット,ナノミセルなど多様なナノ粒子が開発され,MRI造影剤,癌治療薬に応用されている.高分子薬物ナノ粒子が透過性の亢進した血管壁から血流に入り腫瘍組織に到達して蓄積するという効果は薬剤送達システム(DDS)に利用され,臨床試験の最後の第3相まで進んでいるものもある.ところが,癌の内部環境は多様で,薬剤送達性や感受性が異なるという癌の不均一性があって難治性につながる重要な因子だが,診断・評価が難しい.MRIは薬剤が癌に到達・付着して腫瘍の変化する様子を局所的に観察でき,生体イメージング等の画像診断あるいは体外診断のツールとなる.ナノ粒子のMRIへの応用は,①ナノ粒子をMRI造影剤で標識し動態を観察する「コンパニオン診断」,②ナノ粒子中に造影剤と薬剤の両方を包含する「セラノスティクス」,③MRI造影剤に標的性を持たせる「標的性造影剤」,④生体や病巣の環境に応答して信号を変化させる「反応性造影剤」,⑤感度あるいは安全性を向上させる「高感度・高安全性型」などが進んでいる.④に関連した例として,治療中の腫瘍内血管の変化をMRI観察で追求できた.低酸素領域の癌細胞は,放射線や抗癌剤に耐性を持ち,がんの悪性度に関わるので,腫瘍内のpH変化を感知するナノミセル造影剤が開発された.

 MRIは水の中の水素の原子核であるプロトンの持つ核磁気モーメントの電磁波による共鳴吸収:核磁気共鳴(NMR)を利用している.量子力学では,水素原子中の電子は決まった軌道を持たない.原子核はバラバラに運動している.このため磁場をかけても,磁場の方向に核磁子の向きをそろえるプロトンは一部にとどまる.MRIの感度を上げるには向きの揃った核磁子を増やしたい.超伝導磁石による高磁場化で核磁子の向きを揃え,解像度を上げた.最近では,量子技術の進展に注目が集まり,電子スピンを励起し,それを原子核スピンに遷すことで核スピンの大多数を励起することにより,磁場強度に非依存的で,劇的な信号上昇を可能とする「超偏極(Hyperpolarization)」技術が生まれた.従来のMRI造影剤の感度を理論値で10万倍まで向上できると期待される.超偏極MRIの開発にはスピンの励起状態を長く保てる分子プローブと核偏極技術の開発が必要となる.これにはダイヤモンドに13Cを含ませたものが使える.

 今後もMRIの技術開発を進め,癌の早期発見,治療予測,精密治療を目指す.QSTではMRIアライアンスを組織して,産学で予備実験を加速する.先端イメージング技術で病態や治療効果を評価して創薬を行い,造影剤を開発する.MRIは脳機能解析にも有効である.

質疑

Q:MRIはその他にどんな応用がされているか.

A:全身MRIは保険適用ができるようになった.肺,脳をカバーし,再生医療にも役立つ.

 

 午前のセッションを終わり,昼食休憩に入った.会場ロビーには,「文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム」のパネルが展示され,プラトフォームの概要と微細構造解析,微細加工,分子・物質合成の各技術領域プラットフォームの活動状況が紹介された.

 

【Session 2:nano tech 大賞 2019 講演/nanotech 2019 award lecture】

座長 秋永 広幸(京都大学)

「リチウムイオン電池のデジタル印刷を目指して」/“Prospects for Digital Print Manufacturing of Lithium-ion Batteries”:後河内 透(株式会社リコー)/Toru Ushirogochi (Ricoh))

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 リチウムイオン電池(LIB)にとって,2019年は吉野博士らがノーベル賞を受賞した記念すべき年だった.LIBは電解液の中に負極と正極がセパレータを挟んでシート状に重なっている.LIB普及に向けて量産技術が追求され,形状は固定化される傾向にある.これに対し,LIBをより自由な形状に印刷で製造する技術を開発した.

 株式会社リコーは1936年に創業し,現在は220社からなるリコーグループとして,顧客の設計から,開発,製造,販売,サービス,保守のすべての事業プロセスを,プリンタ,カメラなどのオフィス機器,光学機器,内蔵するICなどの製造販売でサポートしている.プリンタ用に開発したインクジェット技術は個人用複合機から,1分間に150m印刷する商用機にまで適用している.さらに紙以外のものへの印刷から,機能性印刷や,ディスプレイ製作,プリンテッドエレクトロニクス,電池などに展開している.

 その中で,電池応用がnano tech大賞 2019を受賞した.受賞理由には「インクジェット技術を用いて,ロール・ツー・ロールでリチウムイオン二次電池を自由な形状で製造する技術を開発し,電池のデジタル印刷製造を大きく前進させたことを賞す.」と記されている.これまでの電池は少ない品種を大量に作ることはできるが,少し形の違ったものを作ろうとすると段取りが大変になって,多品種少量生産は難しい.電池の形は決まっていてその隙間に入るように回路を設計することになっていた.インクジェット技術であれば,形状任意でフレキシブルな電池も作れる.

 印刷可能電池材料の開発の主要課題は,金型塗工に用いられる高粘度の懸濁液のインクをいかに低粘度のインクに変換するかである.従来のLIB正極・負極懸濁液は,幾つかの材料と高分子分散液の混合物で,その粘度は数千mPa・sと高い.そこで,ナノディスパーサントと呼ぶ,新しい分散剤を開発した.従来の分散剤の中では,電極材料の粒子はクラゲのように足が出ており,これが絡まって凝集する.開発した分散剤の中では足がたたまれてウニのトゲのようになる.この分散剤により,40%という比較的高い濃度で,数十mPa・sという低粘度のインクが作れた.既存の印刷機を用いてこのインクで印刷し,工場生産に適用可能な高い印刷速度の得られることを確かめた.また,Liイオン移動度の高いインクジェット印刷可能なナノポア紙というセパレータ素材の開発に成功した.これらの技術を用い,既存の工業用インクヘッドで電池の各シートが印刷できることを確かめた.LIBのインクジェト印刷機の小型プロトタイプはすでにできており,大型化を計画している.

 自由形状の電池インクジェット印刷の例として野球帽の“R”のマークの電池を作った.帽子に載っているセンサの電源とし,運動中に生体情報を計測して無線で送るといった使い方が期待される.開発したインクで作った電池は,従来の印刷電池より瞬発力が高くなっていた.Bluetoothのように伝送に大きな電力を要するIoTデバイスの電源に適すると見られる.柔軟な印刷システムによる電池を搭載して無数のIoT端末やVR(仮想現実)に電力を供給することによりその普及にも貢献できよう.

 インクジェット印刷は既存の電極塗布システムを組み合わせたハイブリッド印刷を可能とし,電池性能を効果的に改良できる.非接触で薄く印刷できるインクジェット印刷の利点を活かし,電極の危険箇所にセラミックス保護層を印刷できる.これにより,誤用による発火の可能性をテストする釘刺し試験や耐熱試験に耐えるようにすることができた.講演では釘刺し試験の動画が示された.インクジェットで社会に貢献することを望んでいる.

 質疑

Q:ウェアラブルになると電池は摩耗しそうだが,耐久性や電池寿命に問題ないか.

A:印刷する材料の選択により,インクジェットでも信頼性は従来と同等にできると考えている.

 

【Session 3:海外ナノテク共用施設・研究成果紹介/Overseas Nanotechnology User Facility Programs】

座長 秋永 広幸(京都大学)

「NNCI とコンバージェントテクノロジー」/“The National Nanotechnology Coordinated Infrastructure (NNCI) and Selected Convergent Technologies.”:Daniel J. C. Herr (Joint School of Nanoscience and Nanoengineering, University of North Carolina, USA)

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 コンバージェントテクノロジー(融合・統合化技術)についてまず考えてみる.電子スイッチは,1904年に真空管が発明されて1946年まで発展したが,1947年にトランジスタが発明されて置き換えが進み,1958年のIC発明,1959年のモノリシックIC実現へと進展し,半導体産業が生まれた.これに伴って1955年頃から新たな製造業者が生まれたが,1970〜1975年をピークに減少してこの15年はほとんど生まれてない.新たな製造業者,スタートアップはブレークスルーによって生まれる.半導体という一つの分野ではブレークスルーは難しい.学際的研究,各分野共通の言語の下に,多分野の技術を活用して一つの目標に向かう融合研究が必要になる.

 ITRS(国際半導体技術ロードマップ)は微細化が進んで2035年には原子サイズになるとしたが,進歩は遅れ,高分子レベルに留まっている.融合技術の種の一つは生物機能にある.白血球には,センサ,プロセッサ,アクチュエータが集積され,血流中でバクテリアを追跡している.自然に存在する形態と機能の融合・集積で血液試験チップを作ればその市場は年間 1T$と見積もられ,2013年に最高を記録した半導体売上高の300B$を超える.ITRSは2012年にMore than Mooreに移行し,融合研究への研究開発資源投入が進むようになった.

 一方,NSF(米国科学財団)はユーザ共用設備を支援し,1977〜1993にはコーネル大学にNational Nanotechnology Facilityを置いた.1993〜2003にNational Nanotechnology Users Network(NNUN),2004〜2015にNational Nanotechnology Infrastructure Network(NNIN)を支援した.2015年からは,National Nanotechnology Coordinated Infrastructure(NNCI)がNNINを引継いでいる.この支援により,ナノテクノロジーの論文数は1990年の1千件から,2019年には10万件を超えるようになった.NNINには2つの基本サイトがあり,Mooreの法則に従ったCMOSやポストCMOSの微細化を支援した.これに対し,NNCIでは16の地域クラスタが設けられ,対象領域は,生物医学,地球科学,環境科学などにまで広がり,マイクロ/ナノ加工と広範な解析・評価設備を提供している.具体的には,16のサイトに,13のパートナーが加わり,17の州にわたって,69の施設で2,000台を超える設備を提供している.NSFは2015-2020に総額81M$の資金を投じた.NNINはこの資金を基に,最先端の施設とともに,スタッフの専門知識(expertise)を,ベンチャー企業を含めて全米に提供し,教育を支援し,ネットワーク化により足し算以上の効果を狙う.

 NNCIの利用件数は年間13,000件を超え,毎年5,000の新規ユーザを訓練し,利用ごとの使用時間は約80時間,利用料収入は40M$である.ユーザは地域の大学が75%を占める.分野別では,材料が27%,化学13%,エレクトロニクス12%,ライフサイエンス10%などとなっている.2017年の外部発表は4,887件であった.

 NNCIにおける成果例には,絶縁体上の3C-SiCを用いた高Q値フォトニックマイクロ共振器,金属共役・生体刺激分子の自己集合による3nmナノワイヤの6-7nmピッチでのパターン形成,生体内の移動観察を介した有害物質排除などがある.

質疑

Q:公的施設のNNCI利用成果の商用化を認めているが,どのように管理しているか.

A:企業がNNCIから情報を取ることは妨げない.特許は企業に取らせる.スタートアップの支援は学生の教育になる.ノースカロライナ州立大学からもスタートアップが生まれている.

Q:私企業とネットワークの関係はどうなっているか.

A:NNCIは大学と民間の橋渡し役にもなっている.ネットワーク全体で協力する.クラスタ内で,微細構造解析の得意な大学を,微細加工の得意な大学が支援するなど,足りないところを補い合っている.クラスタ間の協力はまだ努力が要るだろう.

Q:コンピュータ技術との連携はどのように行われているか.

A:日本におけるMIの進捗は素晴らしい.NNCIが仲立ちになってコンピュータとの連携を進めたい.

 

【Session 4:ナノテクノロジープラットフォームの成果と将来展望/Topics and future perspectives of nanotechnology platforms】

座長 三留 正則(NIMS)

「イントロダクション」/“Introduction”:田沼 繁夫(物質・材料研究機構ナノテクノロジープラットフォームセンター長)/Shigeo Tanuma (Director, Center for Nanotechnology Platform, National Institute for Materials Science, Japan)

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 このセッションの3件の講演では,各技術領域のプラットフォームがそれぞれの特徴を紹介し,それをどう伸ばしていくかを話していただく.ナノテクノロジープラットフォームセンターでは,WGを設けて,先端共用施設・技術プラットフォーム展望調査を行い報告書にまとめた(開会の挨拶で引用).現在までに達成されていることを明らかにし,今後取り組むべき課題は何か,成果のエビデンスを集めて分析した.

 達成しつつあることは,装置・技術を持たない研究者が先端的な装置と高度な専門技術者の支援を受けて,最先端の研究を行うことが可能な体制ができてきたことである.ユーザは1億5,000万円の利用料を払ったが,22億円のユーザ便益を得るという経済効果も見積もられた.その一方,新しい技術課題への対応が難しく,装置群の老朽化が進み,高度な専門性を持った技術人材を恒常的に雇用・配置することが困難であるといった課題がある.今後は,分散ネットワーク的な配置で,「ハブ&スポーク」体制をとり,先端設備の戦略的導入,既存設備の更新,高度専門技術を持った支援人材の安定的な確保が必要になると考えている.

 

「電子顕微鏡による構造解析手法を用いたバイオ研究」/“Biotechnology research by using a nano, micro structural analysis with electron microscope”:松尾 保孝(北海道大学)/Yasutaka Matsuo (Hokkaido University)

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 北海道大学 微細構造解析プラットフォームは,先進ナノ構造・状態解析共用拠点として,表面構造解析,電子状態解析,内部構造・3D構造解析のトライアングルに知の集約を行って高度な計測技術支援を行っている.超高圧電子顕微鏡,走査電子顕微鏡(SEM),集束イオンビーム(FIB),X線光電子分光等の幅広い装置で,産学連携による異分野融合とイノベーション,新規材料開発の飛躍的進展を図っている.

 特徴ある装置の一つは,マルチビーム超高圧電子顕微鏡で,電子線の加速電圧は超高圧の1,300kV,2つのイオン加速器を持ち,イオン打ち込みをしながらのその場観察.材料解析ができるのは世界でここだけである.フェムト秒レーザなど様々な量子ビームを当てた時の材料解析もできる.FIB-SEM装置(FIB付き走査型電子顕微鏡)は,材料の観察から元素分析,結晶方位解析までを1台の装置に集約し,中小企業の利用者も多い.収差補正透過電子顕微鏡は,原子分解能STEM(走査透過型電子顕微鏡)システムで,加速電圧は60-300kV,4つのSDD(シリコンドリフト検出器)でのEDS(エネルギー分散X線分光)分析,トモグラフィーによる原子レベル3次元構造解析ができる.

 電子顕微鏡によるバイオ研究はイメージングに展開している.例えば,DDSに用いるナノ粒子のコア・シェル階層構造をSTEMにより可視化できた.電子線が透過しない大きな試料の3D観察にはFIB-SEMを用いる.電子線が届かない表面から離れた場所の構造はFIBで削って露出した断面をSEMで観察する.骨細胞の3D観察を行い,骨細胞が細胞突起を介して構成するネットワーク構造の役割を解明した.骨細胞間のネットワークに力が伝わって,骨の成長が起こっていた.また,コラーゲン繊維を豊富に含む皮膚の真皮では,コラーゲン細繊維が糖鎖(Glycosanominoglycan chain, GAC鎖)によって束ねられているのを,STEMにより3D形態解析で観察し,新たな立体構造モデルを提唱した.

 これからのバイオイメージングでは,光学顕微鏡によるライブセルイメージングを行う.電子顕微鏡での細胞観察では試料の固定化が必須なため,生きたままでの観察が難しいためである.画像解析による超解像顕微鏡法で,蛍光顕微鏡で取得した画像の蛍光強度を,時間的・空間的に解析することで100nm程度の高い空間分解能が得られる.この光学顕微鏡で得られない分解能での解析は電子顕微鏡を頼ることになるが,そこでは水の処理が課題になる.特殊な皮膜で試料全体を覆い,水の蒸発を防ぐ.その一つが分子・物質合成PFで技術提供しているナノスーツ法である.また,イオン液体を用いた撥水性超薄膜ラッピング法がある.観察には,溶液対応TEM(透過型電子顕微鏡)ホルダーと高速カメラの開発を必要とし,電子顕微鏡によるライブイメージ取得にも挑戦する.

 また,AIを活用した次世代イメージング研究への発展がある.複数画像の情報(画像と測定条件)から補完データを計算して画像を構成するが,十分な情報が得られない時,現在は目的の画像が得られるまで再測定を行う.これに対し,ナノテクプラットフォムームに蓄積されてゆく無数のデータを活用し,深層学習によって最適な実験条件,最適な測定法を抽出し,補完データを取得することができよう.観察,データ蓄積,AI支援,データ創成,実験へのフィードバックのスパイラルにより研究開発の加速を図る.

質疑

Q:脳のイメージングでAIは使われているか.

A:AIを用いてユーザと実験方法を探し,脳のイメージングにも用いている.


「共用設備を基盤としたオープンコラボレーションによる研究開発支援」/“R&D support by open collaboration based on shared facilities”:戸津 健太郎(東北大学)/Kentaro Totsu (Tohoku University)

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 東北大学微細加工PFは, オープンコラボレーションを主眼に,「試作コインランドリ」と名付けて共用設備を運営し,支援を行っている.

 西澤 潤一先生(元総長,故人)が創設した半導体研究所が2008年に,東北大学に移管され,MEMS始め,微細加工全般の支援を行う施設となった.9,000m2の建屋のうち,3,000m2をクリーンルームとし,その中の1,800m2をスーパークリーンルームにしている.前身の施設では4インチウェハの半導体工場だったところに,退官した先生の研究室や企業にあった装置を導入して,120台以上の装置が設置されているが,まだ拡張の余地はある.ショールームを設け,試作したサンプルなどを展示している.

 利用形態は機器利用が中心だが,支援の人材も提供する.試作品など加工した結果はすべて報告してもらい,結果を共有して次の加工に役立てるというポジティブフィードバックを行っている.2010年に試作ラインを開放し,271の企業,35の大学,21の公的機関,計327の機関が利用した.月に1,000件の利用があり,月2,000万円の利用料収入がある.6〜7割が学外で,生産設備との相性が良いため,企業からの利用が多い.運営費の70%は利用料収入で賄っている.2012年から収入は2.8倍,利用時間は1.6倍,件数は2.4倍になっている.利用時間に比べて件数が増えているのはスループットが上がったためである.課題/装置別年間利用実績を集計しているが,微細加工ではデバイス開発のために多種多様な装置を繰り返し使う必要があり,特にリソグラフィ装置の繰り返し使用が多い.ボトルネックができて工程が停滞しないようにすることが求められている.

 本施設は,元々Siの微細加工設備だったが,各種の材料を加工するようになった.中性子位相イメージング用Gd回折格子,石英製シリンドリカルレンズ,THz領域のメタマテリアルフィルムなどの加工例がある.AI・IoT応用にはデバイスからモジュールに展開する必要があり,フォースセンサ・Wi-Fiモジュールを作った.技術スタッフ8名により機器利用支援を行い,公設試(公設試験研究機関:地域ごとに設置された技術センター)と連携し,公設試の技術者が企業の利用者に付き添って利用する例もある.また,講習会・見学会を開催して人材育成を図っている.例えば2006年から毎年全国各地を回ってMEMS集中講義を行っており,多い時には200人を超える参加者がある.

 今後の展開としては,デバイス開発加速のためのスループット向上,加工材料のSiから化合物・金属・セラミックス・ポリマーへの拡大,デバイスからモジュール・システムへの展開による新材料・デバイス社会実装の加速などがある.一方,一連のプロセスを経験した人材の育成が必要であり,利用者側のリソースが限られるため機器利用は難しいとして頼まれる委託加工への対応も考えたい.スループット向上には夜間・休日利用も考える.多種材料使用によるクロスコンタミの対策を取り,ウェハは8インチの要求に応えたい.微細加工は,材料科学,生命科学などのサイエンスをSociety5.0やSDGsの社会で使える形に実装するための重要なツールでもある.研究基盤,産業基盤として重要な「微細加工」を実施できる開発支援体制を構築・維持・改善し,社会に貢献したい.

質疑

Q:新しい科学が進むと危険な材料を取り扱うことも起こるだろう.健康被害の総合対策はしているか.

A:材料に合わせた個別の対策をとっている.

Q:最先端の研究をしているが,ムーンショット(内閣府の挑戦的研究開発)計画につながるか.

A:プラットフォーム直接でなく,ムーンショット計画に参加している人の支援を行う.

「ナノテクノロジーとバイオ・量子・AI 融合領域の支援成果とナノテクノロジープラットフォームの将来展望」/“Research Support for the Interdisciplinary Research between Nanotechnology, Biotechnology, Quantum Technology, and AI, and Future Perspective for Nanotechnology Platform” :馬場 嘉信(名古屋大学)/Yoshinobu Baba (Nagoya University)

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 名古屋大学 分子・物質合成ナノテクノロジープラットフォームは,ナノテクノロジーと生物工学の間の学際領域を支援してきた.これらの支援をナノバイオデバイスのためのAIシステムや生体分子イメージングのための量子技術に広げようとしている.

 ナノ流体デバイスの開発を支援し,数十億のナノワイヤ構造を作った.このナノ流体デバイスは,血液や尿のような体液試料 1mLの中にある数十億の細胞外小胞体を効率よく分離する.ナノワイヤセンサで取得したデータをビッグデータ化し,AIの支援で疾病を判断する.肺癌の識別率は60%から97%に上がった.平成30年度の秀でた利用成果に選ばれ,尿中マイクロRNAによる癌診断ベンチャーが創業された.

 また,iPS細胞のin vivo(生体内)イメージングを実現するための量子ドット材料合成とイメージングを支援し,この量子ドット材料は市販されるようになった.肺の中のiPS細胞のイメージングを行って,免疫細胞の挙動を観察する.イメージングのための安い装置を作り,医学部の建物に設置して評価した後,市販するようになった.これをもとに,PM2.5エアロゾルのセンサを作った.デバイス中にエアロゾルを導入し,AIでその特徴を捉えて識別する.

 一方,量子技術イノベーション戦略が策定され,量子生命技術が取り上げられている.例えば,量子もつれ光をイメージングに用いると従来光のS/Nを超える高感度計測が可能になる.この研究を支援し,ダイヤモンドNVセンター(Session 1参照)が電子スピン共鳴時に蛍光が変化するのを捉え,ナノスケールの温度,磁気,電気の超高感度センシングを行った.これにより世界ではじめての幹細胞内の温度測定を実現し,細胞内の温度がiPS細胞の治療効果に効いていることが分かった.NIH(アメリカ国立衛生研究所)の光線力学療法と免疫療法を組み合わせた,肺癌の光免疫療法を支援し,高度化のために量子センサを利用している.

 名古屋大学は,ナノテクノロジープラットフォーム参画・研究推進に加えて,オープンイノベーションの核にしようと,同大学 未来社会創造機構にナノライフシステム研究所を設置した.プロジェクト開発を行い,起業家も支援する.ナノ量子デバイスプロジェクトをオープンイノベーション機構で進め,基礎から事業化まで大学が関与する.産学連携センターを2013年に設置し,教員は企業から出してもらった.ナノバイオデバイス実証プラットフォームを作って社会実装につなげる.ナノテクノロジープラットフォームをもとに社会変革を起こす.人材育成も卓越大学院と協力して推進する.

質疑

Q:(1)金魚を飼っていると泡が出ているので酸素ではないかと思うが,利用できないか.(2)食肉の放射能汚染が話題になったが,食肉動物の癌検査は行われているか.(3)枯山水の庭に置かれた古い石でカビているものといないものがある.何か開発の種にならないか.

A:(1)気体保持に関するナノテクは今後の課題だろう.(2)提案している癌の検出法では検査に必要なサンプル量を少なくできるので小動物の癌検査にも有効と思う.(3)土壌から有用な微生物が見つかっているから何か新しい発見があるかもしれない

【Session 5:ナノテクノロジーのシステム化と産業応用/Beyond Nano・AI】 

座長 藤田 大介(NIMS)

「機械学習を使った材料探索の最新動向と今後の展望」/“Materials Discovery Using Machine Learning: Latest Trends and Future Prospects” :岡野原 大輔(株式会社 Preferred Networks)/Daisuke Okanohara (Preferred Networks)

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 株式会社 Preferred Networks(PFN)はIT,AIの会社で,材料探索の他,自動運転,産業用ロボットなどのAIを開発している.「現実世界を計算可能にする」をミッションとし,現実世界の課題をAIで解決しようとしている.多数の会社と協業しているが,JXTGとは材料探索を行った.

 AIの技術の中で現在さかんになっているのは深層学習(Deep Leaning:DL)である.DLは大きなニューラルネットワークを用いる機械学習の枠組みである.ニューラルネットワークは,簡単な計算単位のニューロンを多数のシナプスで結びつけることにより複雑な計算機能を実現する.計算結果の傾向を見てシナプスを更新し(学習),正解を求める.伝統的なニューラルネットワーは一層に数百ニューロンで,3〜5層であったが,深層学習は,一層あたり10万〜100万個のニューロンが数百層の,大きなニューラルネットワークを用いる.この大きなニューラルネットワークを創薬などに用いて成功したことから,画像認識,音声認識,自然言語処理のような,挑戦的な問題に用いるようになった.機械学習の研究が拡大し,投稿論文数は1日平均100本となり,年率60%超で増え続けている.深層学習成功の要因の一つは計算能力の向上である.Mooreの法則に従った高性能化は頭打ちになったが,並列計算の活用などで最先端AI研究に必要な計算能力は3〜4ヶ月で倍増している.AIには,AIに特化した専用チップを高速接続した計算クラスタ(スパコンに相当)の利用が不可欠である.PFNには,合計200PFlopsの計算能力を持った大規模CPUクラスタ,524TFlops/500Wの電力対比性能を持った深層学習プロセッサを用意し,これらの計算インフラを使うためのソフトウェア群,ライブラリ,サービスを構築している.

 AIを用いた材料探索では,無限とも言える化合物群から有望な分子候補を網羅・抽出し(分子候補生成),他の分子との結合性や合成可能性評価など,その分子性質を評価し,狙った性質を持つように化合物を最適化して,次段の分子候補とする.このサイクルの全てをAIで行うことができ,これまでにない精度,高速,網羅性を達成できる.分子生成では,特定の性質を持った二つの化合物の間を補間して(内挿),新しい化合物を提示できるようになった.これには画像認識の技術が利用され,文字列,グラフ,原子配列ベースで分子が生成される.分子性質の評価は,分子構造からポテンシャル関数をニューラルネットワークでモデル化し,エネルギーなどをDFT(密度関数理論)より100万倍速く推論できる.最適化は,離散空間上の化合物を,連続な潜在空間に移して行うことにより,少ない試行回数で高速に有望な化合物を探索できる.また,自然言語処理の手法などを活用して,目的の分子から逆方向に,一連の反応を通して出発材料を探す逆合成問題による出発材料探索も行われている.

 今後の展開としては,深層学習は内挿問題を得意とするが,外挿問題を苦手としていることへの対応がある.また,シミュレーションと現実世界のギャップを埋めるよう,実験結果をもとにモデルを調整する学習化シミュレータが重要になる.さらに,完全な自動化でなく,研究者が自分の知識を加え,AIシステム,実験設備,計算クラスタと協調することが重要となる.

質疑

Q:記述設計によって外挿問題と思っているものを内挿問題にできることはないか.

A:表現学習によって,良い表現をすれば内挿問題に転換できるものと思う.化合物や化学反応ではまだ表現方法が限られていて,文字列にグラフが加わったような表現方法の拡大で,外挿の範囲が狭まることも期待される.

Q:強化学習は多数のデータを力任せで学習させている.環境やエネルギー節約のためにアルゴリズムを見直そうという動きはあるのか.

A:人間が少ないサンプルで学習しているのに倣って,少ないサンプルで学習する試みもされている.このままAIが進むと将来,地球上で使うエネルギーの3分の1をAIが消費するとも言われる.また,人間はコンピュータの1万倍くらい効率よく処理をしている.ハードウェアを劇的に改善しようとする研究も行われている.


「自動車におけるナノテクノロジー:ナノマテリアルと部品・ユニット」/“Nanotechnology in automobiles : Nanomaterials in parts and units”:平田 裕人(トヨタ自動車株式会社)/Hirohito Hirata (TOYOTA)

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 1886年,ベンツにより世界初の実用的なガソリンエンジン自動車が実用化され,1908年にフォードによる世界初の大量生産方式の自動車「モデルT」の販売が始まった.現在の自動車生産台数は世界で年産9,000万台を超え,自動車業界は,100年に一度の大変革時代に入った.「コネクテッド」,「自動化」,「シェアリング」,「電動化」をキーワードに技術革新が急速に進んでいる.

 これらの技術革新のうち,ナノテクノロジーが貢献する部分が多い「電動化」に関して,トヨタは1997年に第一世代のハイブリッド車(HV),2014年には燃料電池車(FCV)を発売した.HV技術は,プラグインハイブリッド車(PHV),電気自動車(EV),FCVに展開する.HVはガソリンエンジン,燃料タンク,制御用のCPU,昇圧コンバータ・インバータなどのパワー素子を搭載したインテリジェントパワーモジュール,二次電池を搭載している.HV技術は様々な電動車両にも共通して利用可能なコア技術で,HVの電池容量を増やして外部充電機能を追加すればPHVに,PHVから,エンジンと燃料タンクを取り除くとEVに,HVのエンジンと燃料タンクを燃料電池と水素タンクに置き換えれば,FCVになる.世界車両生産台数に占めるエンジン車の割合は現在90%を超えるが,次第に電動車両の生産が増し,2050年にはHVとPHVが60%以上を占め,エンジン車,EV,FCVがそれぞれ10%強になるとみられている.

 HV技術の中で,パワー素子は,材料がSiから,SiC,GaNと変わることにより,パワーモジュールの体積は1/3になり,駆動用モーターはHVの第一世代から第四世代にかけて体積が1/5になった.モーターの電磁石は省ネオジム(Nd)化が進み耐熱性を高める希少金属ディスプロシウム(Dy)などの添加量も少なくなった.さらにNdの一部をセリウム-ランタン(Ce-La)に置き換えようという動きもある.

 車載用のリチウムイオン電池(LIB)はセパレータを挟んで有機電解液に浸った正極材料と負極材料が厚さ約150μmの3層構造を作り,これを巻いて作った140×80×20mmの電池セルを数十個,冷却用送風機とともに搭載した電池パックにして車に載せる.LIBは数年の間に出力密度を約4倍とした.LIBの出力密度は大きいが,航続距離を支配するエネルギー密度は高くないので,EV向けに高いエネルギー密度を求めて全固体電池の開発が進められている.プロピレンカーボネート有機電解液に代わり,無機固体電解質Li7P3S11を使うと,有機電解液が分解してしまうような高い電位の正極材が使えるので電池の出力電圧を高くできる.しかし,固体電解質粒子が接触している部分しかLiイオンが移動できないので固体電解質ナノ粒子の混合状態の制御が重要になる.

 燃料電池(FC)はカソード触媒層,電解質層,アノード触媒層を重ねた単セル(厚さ1.3mm)を370枚重ねた体積37LのFCスタックにしてFCVに搭載する.各層の形成にナノテクノロジーの活用が求められる.

 自動車技術の開発にはナノテクノロジープラットフォームを利用している.令和元年度「秀でた利用成果」【最優秀賞】に「ガス環境下における自動車触媒ナノ粒子のオペランドTEM観察」が選ばれた.トヨタ自動車,日本電子,名古屋大学の研究チームが名古屋大学微細構造解析プラットフォームを利用して得られた成果である.電動化の時代とはいうが,2050年になってもエンジン車は運行している自動車の過半数を占める.排出ガスの主な有毒成分は窒素酸化物(NOx),一酸化炭素(CO),炭化水素(CH4など)の3成分で,触媒で活性化して窒素(N2),炭酸ガス(CO2),水(H2O)に変換して排気ガスを浄化する.1969年に触媒の研究を始め,1977年に量産車両として世界初の三元触媒を実用化した.1973年の規制から約40年間で排出量規制値は約50倍厳しくなり,今では浄化率99%以上が求められるようになった.排ガス触媒には白金(Pt),パラジウム(Pd),ロジウム(Rh)が用いられるが,Pd, Rhの総需要の85%を排ガス触媒が占める.Ptは約25%が宝飾品に使われるため,割合は低いが,それでも約40%が排ガス用途である.秀でた利用成果は,超高圧電子顕微鏡(HVTEM)で触媒の動作観察を行ったものである.名古屋大学のHVTEMではガスを導入した環境で試料を加熱して0.2nmの高分解能観察ができる.Rh触媒粒子にNOガスを噴射すると,Rh表面にRhO2膜が出来,NO由来酸素の吸・脱着によりサブ秒の時間スケールでRh→RhO2→Rh→‥,の反応が起こっていることを直接観察できた.講演の中でその動画が示された.

質疑

Q:パワーモジュールにGaNを使いたいというが,GaNは熱伝導率が低い.車に使えるだろうか.

A:部品としてトータルな性質を見て行く.GaNは将来のパワーデバイス候補の一つと考えている.

Q:2020年代に革新電池を出すと言っていたがその動きはどうなっているか.

A:以前に革新電池といったのは全固体電池のことであった.

 

【Closing Remarks / 閉会挨拶】 

田沼 繁夫(JAPAN NANO 2020 組織委員長,物質・材料研究機構ナノテクノロジープラットフォームセンター長)/Shigeo Tanuma(Chairperson of the Organizing Committee of JAPAN NANO 2020 / Director, Center for Nanotechnology Platform, National Institute for Materials Science, Japan)

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 本シンポジウムには500名の参加があり,ナノテクノロジープラットフォーム事業の成果を紹介し, ナノテクノロジーの切り拓く将来を展望した.基礎から応用まで,幅広いナノテクノロジーの発展には,プラットフォームのサポートと皆様方の協力が必要なことを改めて感じる機会となった.









 

(古寺 博)