NanotechJapan Bulletin

 メニュー
      

開催報告: JAPANNANO2021

NanotechJapan Bulletin Vol.14, No.1, 2021年2月発行

 

「第19回ナノテクノロジー総合シンポジウム(JAPAN NANO 2021)」開催報告

 

 第19回 ナノテクノロジー総合シンポジウム(JAPAN NANO 2021)は,「マテリアル革新力強化のための次世代プラットフォーム」“Platforms strengthening material innovation in a new era”をテーマに,文部科学省ナノテクノロジープラットフォームと国立研究開発法人 物質・材料研究機構 ナノテクノロジープラットフォームセンターの主催で,2020年12月11日に開催された.2020年の春から繰り返す新型コロナウイルス感染の波の中,東京オリンピック延期に基づく会場都合により会期を早め,東京ビッグサイトとオンラインでのハイブリッド方式による開催となった.講演会場は,出席者を制限して,広い座席間隔で密を避け,質問席には新型コロナウイルス対策が施された.オンライン参加者は,質問やコメントをチャットに書き込んで討論に加わった.

 シンポジウムの主題であるナノテクノロジーは,IoTを駆使した超スマート社会の実現(Society 5.0),さらには,持続可能な開発目標達成のための科学技術イノベーション(STI for SDGs)推進のため,必要不可欠な基盤技術となっている.一方,文部科学省委託事業「ナノテクノロジープラットフォーム」は2021年が最終年度となる.また,コロナ禍におけるニューノーマル時代の研究開発に向け,プラットフォームの果たす役割を考えることも急務となっている.本シンポジウムでは,先端共用施設プロジェクトであるナノテクノロジープラットフォームの成果を紹介するとともに,ナノテクノロジーとデータを基軸としたマテリアル研究開発の連携について展望した.

 

【開会挨拶/Opening Remarks】

橋本 和仁(物質・材料研究機構理事長)/Kazuhito Hashimoto (President, National Institute for Materials Science, Japan)

 毎年,国際ナノテクノロジー総合展・技術会議(nano tech)の締め括りに開催してきた本シンポジウムは今回のテーマに,データを基軸としたマテリアル研究開発を採り上げた.情報技術を活用して革新的材料の創出を図るマテリアルインフォマティクスはデータベースをAIが活用して新材料を探索する.これを遂行するには良質なデータを持つことが大切である.「ナノテクノロジープラットフォーム」事業(NPJ)は最先端設備のネットワークを構成して共用に供し,イノベーションの創出を図ってきた.このネットワークを介してデータを集め,データベースを構築して次世代のプラットフォームにつなげて行きたい.

 本シンポジウムは会場とオンラインでの開催となり,この挨拶はWebを通してさせて頂いた.会場,Webが一体となって意見交換の場となることを期待する.


 

 

杉野 剛(文部科学省 研究振興局長)/Tsuyoshi Sugino (Director-General, Research Promotion Bureau, Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology)

 コロナ禍の中にも関わらず,会場とオンラインを組み合わせる形で本シンポジウムが開催でき,関係者の尽力に感謝する.

 ナノテクノロジー・材料は,第5期科学技術基本計画においてイノベーションを創出する上でコアとなる基盤技術と位置づけられた.イノベーション創出に向け,NPJは共同利用体制を整備してきた.毎年3,000件の利用があり,1,000件の論文,3,000件の発表という成果を生んでいる.ここで生まれた成果,利用のノウハウを今後も活用したい.今年,経済産業省と共同でマテリアル革新力強化のための戦略策定を行った.ここではデータ基軸のプラットフォームが必要とされ,文部科学省は来年度予算にその設置を提案した.マテリアル研究開発のデジタルトランスフォーメーション(DX)が加速され,イノベーションの生まれることを期待している.


【Session 1:データを基軸とした次世代プラットフォームのあり方/Form of new era platforms based on big data】

座長 小出 康夫(NIMS)

「次世代プラットフォームへのメッセージ」/”Message to new era platforms”:五神 真(東京大学総長)/Makoto Gonokami (The University of Tokyo)

 NPJは2021年度が最終年度になる.東京大学はその参画機関である.コロナ感染は発生から1年が経ち,世界中で未曽有の被害をもたらしている.この感染症は人と人との関わりで広がるという厄介な特徴を持ち,人々の生活を一変させている.大学も例外でなく,人が集って学問を創るという活動ができなくなり,オンライン授業やテレワーキングも利用して,勉学や研究をなんとか継続している.今世界では,こうしたコロナウイルスの影響に限らず,社会・経済・政治の大きな変貌が進んでいる.トランジスタの発明に端を発した半導体技術,エレクトロニクスの進歩を基にコンピュータ,そしてインターネット技術等の情報通信技術が進歩し,サイバー空間が生まれ,フィジカル空間との融合が進み始めている.これは我々の生活や社会の様相を一変するもので,デジタル革新或いはDX(Digital Transformation)と呼ばれている.DXではフィジカルな情報をデジタル化してサイバー空間に蓄積する.その膨大な蓄積情報を瞬時に解析して活用するAIの機械学習技術等の開発が急速に進み,巨大データを有効活用する社会活動やサービスの可能性が出て来た.即ち,社会の形は資本集約型から知識集約型に移行する.第5期科学技術基本計画では知識集約型のSoc. 5.0を未来の社会の姿とした.地球温暖化のような社会全体に関わる問題については,個々の活動が全体に及ぼす影響を他人事でなくは自分のこととして感知することが必要で,それによって調和ある発展が可能になる.地球空間をグローバルにコモンズとして守り,サイバー空間と一緒になって育てる.これを組織的に連携して進めるため,東京大学には2020年8月,グローバルコモンズセンターを作った.知識集約型社会では,特定企業あるいは特定国だけがデータを独占することは許されない.大学は包摂的な知のための場である.NPJもその一つと見る.東京大学のNPJ拠点は,電子顕微鏡,X線,SIMSなどのナノ分析装置の外部共用を行い,VDEC(大規模集積システム設計教育センター)は17年の経験を持って集積回路の設計やリソグラフィ技術を提供し,MEMS試作を行ってきた.VDECは,2019年10月に,東京大学大学院工学研究科のシステムデザインセンターと合流させ,知を集約して最先端の半導体技術を広く利用者に提供して行く.

 NPJは残り1年で終了するが,その後の事業として,マテリアルDXのプラットフォーム(DX PF)構想の計画が進んでいると聞いている.材料は技術の基礎である.NPJはナノ解析の支援や共同研究を行ってきたが,次にはこうした支援や共同研究で得られた膨大なデータを効率的に収集・蓄積し構造化する中でデータインフラを整備する.これには,データ対応型の設備とデータを構造化する人の配備が必要である.DX PFでは技術領域が縦,従来のPFが横の組織となる.次期プラットフォームでは,NPJで構築された基盤と連携の一層の高度化を望む.これからは,物から知に移る.これまで,マテリアルは新しいものを探して来たが,これが社会的課題にどうつながるか縦に考えることが重要であろう.マテリアルはデバイスにしなければソリューションにならない.データを収集・共有し,様々な知を活用してソリューションを見出す.それを繋ぐのがDXである.次期プラットフォームに期待する.

【特別講演/Special Lecture】 

座長 小出 康夫(NIMS)

「Society 5.0 の実現に向けて,人材育成および研究基盤の強化」/“Strategy Towards the Realization of Society 5.0:Strengthening Research Infrastructure and Development of Human Resources”:川合 眞紀(自然科学研究機構 分子科学研究所)/Maki Kawai (Institute for Molecular Science)

 最近の20~30年に材料科学は著しく進んだ.高いTc(臨界温度)を持った超伝導体の発明に刺激されて,強相関電子系を持った金属酸化物の系列が発見された.合成化学が発展し,金属原子を介するような非共役結合による分子の接続が広まった.観測手法では,電子顕微鏡がどこにもあるようになり,最近では低温でクエンチしてバイオ材料を観察するクライオ電子顕微鏡の導入が進んだ.2017年のノーベル化学賞は「クライオ電子顕微鏡の開発」の3人に贈られた.一人は上手に凍らせる技術で見えなかったものを見えるようにした.後の2人は3次元画像化である.電子顕微鏡の分解能が1Åになったのは2000年頃である.球面収差補正技術により原子分解能が実現し,JEOL(日本電子株式会社)が2003年に装置化した.走査トンネル顕微鏡は1981年に発明され,1986年にノーベル物理学賞を受賞した.物質の状態密度を反映し,分子振動,フォノン,磁気秩序等を測れるので物質の機能が分かる.光触媒材料のTiO2で酸素欠損の分布を測定できた.

 このような最先端装置をNPJは共用に供し,材料研究を支援してきた.専門スタッフの支援を受けながら高度な機器を利用できる.年間利用件数は3,000件を超えて年々増加し,特に民間の利用が増えた.一つの成果例は,高温でも使え光で剥がせる接着剤の開発である.光照射高温状態X線回折により接着・溶融過程の詳細機構解明に貢献した.また,二重ナノコートカプセル技術を開発し,化粧品の商品化を支援した.さらに,化学合成と酵素合成の融合によるスピロケタール類の網羅的短工程合成を実現し,結晶スポンジ法で構造決定を行った.

 一方,日本は基礎研究の国際競争力が低下している.材料,物理,化学のいずれの分野でも総論文数は減少している.ところが,優れた論文数は微増している.優れた研究者はいるが,研究者の層の厚みが薄くなっていることが窺える.国立大学80のうちの10余りの大学は世界水準の教育研究を行うように重点的支援があり,重点支援大学が1/3の論文を出している.55ある地方中堅大学の研究力増強が望まれる.また,分子科学研究所のような大学共同利用機関は他大学の研究を支援するが,その内容はUV-SOR(極端紫外光研究施設)のように他大学にないものだけでなく,汎用の装置の他大学利用が増えている.他大学に装置の更新が及んでいないことを表しているようである.

 ところで,研究の国際競争力は,人材の育成・活用によって生まれる.日本の労働力人口あたりの研究者数は高く,徐々に増加しているが韓国は急増して日本を超えた.どこの国も研究者の大部分は企業にいる.ところが,日本企業の研究者の中の博士号保持者の割合は,米国に比べて少ない.管理職や役員の博士号保持者の割合も少ない.人口10万人あたりの博士号保持者はスイスが45人だが,日本はOECD平均の19.5人より少ない12人である.高等教育を充実させ,企業にドクターを取り込むことが必要である.ドクターは課題設定とその解決能力が高い.根本的問題として,日本の人口は減少傾向が続いており,現状の年齢構成は労働人口の減少が今後も継続することを示している.ちなみに,日本の18歳人口は1990年の200万人から2020年には120万人に減った.一方,OECD参加国の女性研究者の割合は英国が最高で38.7%であるのに対し日本は16.6%である.研究・開発人口減少への対応として,企業におけるドクターと共に女性の積極的採用,及び,海外留学生の卒業後の日本国内への定着化が肝要と考える.

質疑

Q:PhD人材の活用に共感する.しかし,企業からはPhDは使いにくいという声がある.一方,海外の企業はPhDを活用している.大学院教育に差があるのだろうか.

A:専門教育で日本は外国に引けを取らない.しかし,変化する技術に対応するには幅広い基礎と応用力が求められるのに日本は早くから専門に追い込んでしまう.また,企業が博士を採用するようになって来ていることが学生に浸透していないことも問題であろう.

 

【海外招待講演/Overseas Invited Lectures】 

座長 三留 正則(NIMS)

「米国における国際協調・協力モデル:NNCIとACCELNET,量子技術の飛躍的進展における世界協力」/“The (U.S) National Nanotechnology Coordinated Infrastructure (NNCI) and ACCELNET:Global Quantum Leap; Models for International Collaboration and Cooperation.”:Lynn Rathbun (Cornell University, USA)(ビデオ放映)

 国立ナノテクノロジー共用研究基盤(National Nanotechnology Coordinated Infrastructure:NNCI, 2015−現在)とその前身の国立ナノテクノロジー研究基盤網(National Nanotechnology Infrastructure Network:NNIN, 2004−2015)は,日本のナノテクノロジープラットフォーム(NPJ)に対応するアメリカ合衆国 国立科学財団(NSF:national Science Foundation)の事業である.16のサイトに22の機関が参画し,微細加工と解析を支援する.Cornell大学はNNCI参画機関の一つであるが,NNINより前からナノファシリティを運営し,43年の歴史をもっている.

 ナノテクノロジーにおいては装置利用よりも情報取得が大切である.研究や製造は世界に跨る活動であるから,異なる文化と交流し,世界を知るサイエンティストの育成が重要だ.NNCI/NNINは国際協力を重視し,物質・材料研究機構(NIMS)のナノテクロジープラットフォームとは2008年から学生交流プログラム(cooperative student program)を実施してきた.

 元々,NNIN,NNCIはREU(Research Experience for Undergraduates)により毎年夏,60~100人の学生に米国内の他大学で,10週間の研究体験をさせた.他大学に行くことで視野が広がる.参加した学生の95%は科学技術の学びを続け,50%は博士課程に進んだ.REUでは海外経験が少ないのでiREU(international REU)を実施することになった.ヨーロッパから始め,日本とは2008年からNIMSと始めた.2008年から2019年の間にNIMSの夏季集中体験に81人が参加した.81人中56人は博士課程に進んだ.NSF fellowshipに24人選ばれ,30人はPhDを取得して良いポジションについた.5人は起業し,このプログラムの経験が業務に役立っている.NIMSでは22の研究グループが対応した.豊田工業大学の榊先生は毎年2日間の名古屋地区の研究ツアーを案内した.日本からはiREG(international Research Experience for Graduates)により2008年から2019年に,NIMSの世話で毎年3~4人の大学院生が夏季10週間のNNCI/NNINプロジェクトに参加した.

 さらに,NNCIは最近,NSFの資金援助により各国のネットワークが作る国際的なネットワーク “network of networks”としてACCELNET:Global Quantum Leap(世界的量子飛躍)を形成した.5年間のプログラムで,量子情報デバイス・材料の分野で国際的な協調と協働(cooperation and collaboration)を図る.日本では文部科学省が“Q-LEAP”で量子技術開発を進めている.NPJは,ヨーロッパの幾つかの量子ネットワークとともに,このプログラムに参加した.このプログラムは,量子研究グループと国際的なナノテクノロジー共用設備間の協調と協働を支援する.特に大学院生,ポスドク,若手教職員の教育と支援を重視し,交換学生,短期コース,ワークショップ,大学間の協働等を行う.2020年10月に始まったが,COVID-19のために最初の活動はバーチャルになった.2022年には対面トレーニングと交換に移ることを望んでいる.

 

「OPTIMADE:マテリアルデータベースを操るREST APIの開発」/“OPTIMADE : a REST API for querying materials databases”:Gian-Marco Rignanese (Université catholique de Louvain, Belgium)(深夜のベルギーからリモート講演)

 ここ20〜30年,多数の材料データベースがオンラインで利用できるようになったので,材料開発の新しい可能性が生まれた.多くの場合,Webのグラフインタフェースを介して利用できるが,スループットの低い人間が使うことを想定したもので,高いスループットの計算機処理に適したものではなかった.複数のデータベースを使おうとするとそれぞれのAPI(application programming interface)が異なる.Query(データベースへの問いかけ)がデータベースによって異なるから,Queryを学び直さないといけない.データベースによって,問合せ,回答の形式が異なる.

 そこで,“Open Databases Integration for Materials Design”ワークショップの参加者が話し合ってOPTIMADE APIを開発した.ワークショップは,オランダ・ライデンのLorentz Centerで2016年10月に,スイス・ローザンヌのCECAM(Centre Européen de Calcul Atomique et Moléculaire)で2018年6月,2019年6月,2020年6月に開催されている.このAPIは確立されたデータベースプログラムに大きな変更なく導入できるように設計され,エンドユーザーは容易にこのAPIを採用できる.OPTIMADE APIはURLから問いかけ(query)され,応答はJSON API仕様に則っている.データベース固有の識別子をつけることができ,オープンアクセスのデータベースにもつながるので,すべてのデータベースにアクセスできる.異なる材料の10,000,000のデータに容易にアクセスできる.

 OPTIMADE APIは先進的な材料データベースに完全にアクセスし,データベース間の計算の繰り返しを減らし,スクリーニングと機械学習の機会を著しく増大させる.OPTIMADE APIのデータベース探索能力は,データベース間の結合をあからさまにし,多重の結果を出して既存の埋もれていたデータを位置づけ,その影響を強調する.これは研究者に新たな予期せざる材料系を探る力を与えることになる.またモデルの相関を深く理解するよう訓練することにもなる.

 さらに,GifHub repositoryを開発し,特性解析のバックエンドでデータベースをサポートする.組成から始まったが,弾性,振動,反応,無秩序系,への展開を考えている.バイオにも展開する.他の機関も参加,協力し,データと物性の両面で多様性を求めて展開する.過去のデータは論文に埋もれているので,論文データをデータベース化して取り込むようにする.データ駆動科学ではデータベースに対する共通のAPIが必要で,この要求に応えるよう機能を拡大して行く.

質疑

Q:OPTIMADE API開発での課題,努力した点は何か?

A:開発には4年掛けた.関係者がお互いに知り合い,信頼し合うことが大切である.バーチャルでも仕事は進むが,時に顔合わせすることも有効である.

Q:NPJでは実験データを格納するデータベースを作ろうとしている.これについてのアドバイスは?

A:最適APIには共通性が求められる.他のデータベースとの共通性を持たせることによって,データベースが互いに利用できるようになる.


【基調講演/Plenary Lecture】 

座長 藤田 大介(NIMS)

「研究現場のトランスフォーメーションによる研究力強化と未来社会創造」/“Transformation of Research Platform to create Future Society”:長我部 信行(株式会社日立製作所)/Nobuyuki Osakabe (Hitachi)

 2015年にSDGs(持続可能な開発目標)が国連文書にまとめられた.そこには17の目標(goal)と169のターゲットが示されている.どれも簡単に実現できるものではない.ターゲットの一つに送電グリットの損失を減らすとあるが,その鍵は材料である.一方,ESG(Environmental,Social,Governance:環境,社会,統治)が求められる.Governanceは法に従って財務を行うことであり,SDGsとESGのバランスをとらない会社には投資しないという投資家が増えている.格付け機関はESGを重視する.日立は2030年にゼロエミッションにすると宣言したが,材料の革新なしには達成できない.

 一方,日本の科学技術力の現状について強い懸念がある.科学技術論文の発表数と引用数の成長率は十分でなく,急速に成長する国々の中では,日本は目立たなくなっている.しかしながら,ナノテクノロジー,材料は,日本が先導的地位をなお保っている分野の一つで,科学において非常に注目される領域である.その先導的地位を保つために,ナノテクノロジーの研究基盤の変容は研究の生産性を高めるのに不可欠である.

 なぜ日本の材料の研究開発や産業が世界的に良い位置にあるかには議論がある.ある者は,この分野の教育が非常に成功し,実際に材料を生み出す際に,理論科学と工学とが良くバランスし,期待される性質の新材料を開発するときに研究者が科学的に深い洞察力を持っている,という.またある者は,ポスドクや学生の献身的な仕事が,目標とする特性の材料の周辺を調べ尽くすのを可能にしているという.しかしこれらの優位性は現状の人口動態や世界競争のもとでは,支配的でなくなっている.従って,研究手法を変える革新的取り組みが必要となる.

 材料の課題からバックキャストすると,二律背反の要求も多い.膨大な材料空間を探索することになる.フェライト,ネオジム磁石を例に取ると,共に作り出した機関が持っていた豊富なデータにより,学理からの要求に応えた.米国のマテリアルゲノムは,データ科学の活用によって材料開発期間を1/2にした.スイスは量子シミュレーションを行い,中国でも中国版MGI(mouse genome informatics)ができた.日本ではMI2I(情報統合型物質・材料開発イニシアティブ),超々PJ(超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト)に投資した.NPJの共用融合の施設は震災の際にセーフティネットになった.構造解析,微細加工,物質合成の3領域で貢献し,今後も強化が望まれる.今は単一装置の集まりだが,シームレスにつないで一気通貫にするという希望がある.

 この大きな流れの中で,科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業(JST-Mirai Program Common Platform)は,研究基盤を変容させる試みの一つである.「共通基盤」領域で計測や数理モデルの性能を高め,一気通貫の新材料探索システムを狙う.東京工業大学 一杉教授の自律探索系,高エネルギー加速器研究機構(KEK)小野氏の判断プロセス自動化,NIMS 知京氏のデータ蓄積・リユース,東京大学 長藤氏の全体アーキテクトなどの成果がある.これまでに探索された可能性ある材料空間が,全空間のごく小さな一部でしかないことも分かった.より良い未来社会を創造する道や領域が多量に存在する.競争力ある材料研究基盤の建設を強力に推進し,材料から世界を変える.この遂行には人材の育成が鍵を握る.

質疑

Q:全自動化開発システムが世界中でできるようになった時,日本の強みはどこにあるか?

A:優位な技術は普及して優位でなくなるから,次の優位技術を生み出さねばならない.それを続けるのは人である.人が競争力の源泉になる.


【Session 2:ニューノーマル時代の研究開発を考える/A Year After Coronavirus: Leave No R&D Behind】

座長 秋永 広幸(京大)

 セッション企画の趣旨(座長):Covid-19により社会が変わった.DXを駆使してR&Dを継続し,その成果を社会に還元して社会を強くして行くことが求められる.DXにおけるスマート化,ハイスループット化,リモート化の3つの視点でご講演いただく.

「触媒インフォマティクスの基本概念と実例」/“The Rise of Catalyst Informatics: Concepts and Applications”:髙橋 啓介(北海道大学)/Keisuke Takahashi (Hokkaido University)

 JST CRESTの支援でデータ科学を用いて触媒を設計する触媒インフォマティクスの研究を行なっている.データ科学は統計学・データ解析・機械学習・可視化を統合して,現象を理解し,正確な知識を獲得する手法である.従来の材料設計は材料を試作し,測定と理論計算で特性を求め,その結果を元に材料を改良して所望の特性の材料を得ていた.繰り返しのため設計に時間がかかる.インフォマティクスは人間の欲しい特性を示すとデータ科学によって望みの材料を機械が教えてくれる.データベース,データ知識,プラットフォームの三角形で相互にやり取りし,知識を抽出し統合する.データ取得,データ処理,データ可視化,機械学習を順次に行うツールがプラットフォームで,処理されたデータはデータベースに格納され,可視化・機械学習によりデータ知識になる.この中でデータベース作成に全体の作業量の65%が費やされる.文献データは空欄があったり,材料調製法が言葉で記述されているためそのままでは使えない.データを可視化し,様々な手法を使い分けてデータベース化する.機械学習は機械がデータを学ぶが,「教師あり」と「教師なし」の2つの方法がある.「教師あり」では一定のルールに従って学習する.「教師なし」では,例えばデータをグループ分けし,グループ間の距離を見て分別する.インフォマティクスは,データを総合的に扱うので最適解の発見が加速される.

 インフォマティクスのツールの各要素を活用するには習熟を要する.インフォマティクス利用者を増やそうと,触媒情報プラットフォーム:CADS(Catalyst Acquisition by Data Science)を開発した.CADSはどんな触媒データもアップロードでき,研究者間で利用し合える.CADSはデータを可視化し,解析し,ユーザーに優しいグラフインタフェースで機械学習を行う.

 適用例に,メタンと酸素を反応させてエチレンを作る,メタンの酸化カップリング(Oxidation coupling of methane:OCM)における触媒の探索がある.ここでは,次の講演にあるハイスループット(High throughput:HTP)実験と機械学習を結びつけて,高収率の触媒とその使用条件を探した.HTPの実験装置は,30年間の文献データの10倍に当たる約12,000 のOCMデータを引き出した.この触媒ビッグデータの機械学習によって,機械は実験条件の内挿補完を行い,OCM反応の高収率触媒を導き出した.探索の結果,良い条件が見つかっていたことが実験で実証された.

質疑

Q:データ科学では,内挿はできても外挿はできないという印象がある.新しい発見に繋がるセレンディピティを生むことは可能か?

A:統計的なベイズ最適化という手法を使うと,未知の空間で確率的に高いところを示せる.内挿の空間を思い切り広げてその中に未知のものを見つけるというやり方もある.

Q:学習データを集める時に方向性を与えておかないと当たりが悪いということはないか?

A:人間が材料を探すときは当たりそうなところで実験する.機械学習では,良さそうなところ,全くダメなのものなど広く分散させて学習データを集めている.

 

「ハイスループット実験を基盤としたデータ駆動型材料科学研究」/“Data-driven materials science based on high-throughput experimentation”:谷池 俊明(北陸先端科学技術大学院大学)/Toshiaki Taniike(Japan Advanced Institute of Science and Technology)

 データ科学や材料インフォマティクスには,整合性の取れた大量のデータが必要だが,過去のデータは実験条件などの異なるものが点在している.整合性の取れた大量の実験データの取得を圧倒的に高効率化するハイスループット実験法(HTE:High-throughput experimentation)は,高度に自動化された並列様式の実験を遂行するものである.

 実験研究のスループットを改善するには,関連する一組のプロセス(例えば,合成,精製,特性評価)から律速段階を選び出し(identification),効果的なプロトコル(手順)あるいはツール(装置)を開発する.最近,HTEのためのプロトコル/ツールを開発し,高分子と触媒作用の分野に適用した.

 高分子分野の例は,プラスチック汚染問題に関係する.廃プラスチックをリサイクル,リユースしようとすると,そのプラスチックの耐久性を上げる必要がある.これには,プラスチックの劣化を,新規な安定剤(stabilizer)の組み合わせで最小化しなければならない.しかしながら高分子寿命測定が低スループットで,組み合わせが膨大なため,従来のやり方では不可能である.そこで,高スループット化学ルミネセンス(chemiluminescence)画像化装置(imaging instrument)を開発した.熱酸化により劣化する試料100個の寿命を同時に測れる.この装置を用いてポリプロピレン(PP)の安定剤の組み合わせを探索することに成功した.安定剤のライブラリから選んだ様々な安定剤をPPと溶融混合する.異なる組み合わせのPP-安定剤混合物の特性は化学ルミネセンス画像化を基に評価した.PPの寿命を伸ばすよう,遺伝的アルゴリズムで組み合わせを進化させると,6世代の進化で優れた配合が得られた.この間に2,700回の分析を行ったが,5年かかる実験を50日で済ませられた.

 次の例は,メタンの酸化カップリング(OCM)における触媒の開発で,前の講演者の高橋氏のプロジェクトの一環として行った.OCMはメタンの酸化によって直接エチレンを生成する触媒反応である.これに用いられる触媒には,30年間に2,000のデータがあるが,データ取得のプロセスや材料は不統一である.従って,無制限にデータを修正すると,不均一に広がったり一貫性のないデータセットになってしまう.文献等の既存のデータで機械学習を進めることは難しかった.そこで,ハイスループットでスクリーニングする装置を開発した.1日に20の触媒の特性を216の条件について全自動で取得できる.Mn-Na2WO4など,59の触媒の特性を測定し,3日間で12,708のデータ点が得られた.このビッグデータを解析して触媒作用と触媒設計の見通しを短時間に得ることに成功した.

質疑

Q:ハイスループットに適した領域を選んでいるか.機械的に振りやすいパラメータがあるが,手動でないと変えられないものもあるのではないか,網羅的にどう扱うか.

A:反応系の中にはハイスループットにできなかったものもある.ここではうまくいったものを示した.反応時間,反応管形状などプロセス条件など機械的に変えにくいものの扱いは今後の課題である.

Q:研究現場では同じ装置でも時により結果が異なったりする.こういった変動はどう取り込むか.

A:同じ条件を前提に装置を作った.変動の影響は,反応工学シミュレーションなど,より大規模な解析を取り入れて調べることになるだろう.

 

「研究機器(現場)における遠隔利用の現状と今後」/“Remotely utilization in the instrument for research (In Jobsite) : The current situation and the going forward”:有福 和紀(日本電子株式会社)/Kazunori Arifuku (JEOL)

 現状の分析現場では,研究者が個々の分析装置の現場に赴いて,測定・データ処理した後に,研究室に持ち帰って解析している.ニューノーマル世代の研究や分析のサイトには遠隔作業(リモート化)が求められる.遠隔作業では機器や人をネットワークで繋ぐことになり,キーワードは「繋ぐ」である.これには3つの段階があり,基本機能となるフェーズ1は「分析機器を繋ぐ」ことである.測定現場と研究者は,データ共有,画面共有,遠隔操作で分析機器を繋ぐ.データの共有にはネットワーク接続が必要になり,接続にはセキュリティを第一のポリシーとする.ウイルス対策ソフトを入れるとデータが不安定になることがあるので,測定現場の装置制御PC(パソコン).と研究者が解析を行う閉域網に置かれたPCの間に中間PCを置いて分析装置に負荷をかけぬよう注意する.次は,画面の共有で,分析機器のモニター画面をWeb会議に載せて違った場所からも分析に参加できるようにする.装置は分析担当者が操作し,測定依頼者は装置設置場所まで移動する必要が無い.比較的単純な構成なのでどの分析装置にも対応できる.さらに,装置を離れたところから操作する遠隔操作がある.装置制御PCと測定依頼者のPCとの間の中間PCにリモートコントロールソフトをインストールし,遠隔地から装置を操作する.分析担当者がサンプルをセットしたら,測定依頼者が装置を遠隔操作して測定を行う.JEOLは電子顕微鏡についてこのシステムを用意している.

 フェーズ2は「分析の現場を繋ぐ」ことで,最先端分析機器を画面操作と遠隔操作を用いて,Webを介して接続する(Webシェアリング).研究者がサンプルをJEOLに送り,WEBを通して測定を行い,測定の終わったサンプルを返送する.JEOLの分析者が電子顕微鏡にセットしてモニター画面を見ながら操作する.研究者は,画面や分析データを見て操作の指示を出し,一緒に分析する.また,分析機器設置現場に集まってメーカーが操作方法などを伝達する機会も多くは設けられない.このため,画面共有とWebカメラによるWebデモ・講習によるWebサポートを行なっている.ユーザーの装置をカメラで撮影し,JEOLがリモートでサポートする.ユーザーの装置を公衆網を通して接続するとセキュリティの懸念があるので,ユーザーの閉域網と直結し,遠隔操作によりユーザーをサポートすることも行っている.

 第3のフェーズは,「研究の現場を繋ぐ」ことである.研究者は少量多品種のサンプルを前処理し,それに適合した機器を選び,測定してデータ処理している.個別の作業である.分析技術は大まかに,定性分析と定量分析に分けられるが,定量分析は定型化され,自動化し易いのに対し,定性分析は定型化されず,自動化は難しい.将来の研究・分析スタイルは,大量のデータを取りデータ科学の活用などデジタル化が進む.分析の定型化を進め,自動化,遠隔化し,大量のデータを取って,拠点に集約してオープンイノベーションを図ることになろう.開発・分析・解析の3種の拠点が繋がれる.遠隔利用は拠点を繋ぐオープンイノベーションのツールである.

質疑

Q:NPJでは,各拠点の技術員の貢献が大きかった.遠隔利用における技術員の役割をどう考えるか.

A:問題解決の最後の切り札は技術を持った人である.技術員の持っている技術を広め,定型化することによって自動化に繋げて行けると良い.

Q:材料探索にオペランド計測の重要性が指摘されている.これに対応できるか?

A:オペランド計測で良質なデータを出すよう考えて行きたい.

 

休憩に入り,NPJのパネル展示の紹介があった.

 

 

【Session 3:nano tech大賞 2020 講演/nanotech 2020 award lecture】

座長 日原 岳彦(名工大)

「革新複合紡糸技術 NANODESIGN®」/“Innovative Conjugate Spinning Technology NANODESIGN® ”:増田 正人(東レ株式会社)/Masato Masuda(TORAY)

 東レは1926年にレーヨン糸の製造から事業を始めた.現在は売上高2兆2,000億円,世界で275社のグループとなり,繊維品(売上の40%),機能化成品(同35%),環境・エンジニアリング(11%),炭素繊維複合材料(11%),ライフサイエンス(3%)等の事業を行っている.繊維品のNANODESIGN®,化成品のNANOALLOY®,フィルム品のPICASUS®が東レの3大ナノテクノロジーで,この技術の事業規模は2019年に90億円の売上だが,2025年には500億円の売上を目指している.

 繊維品は,世界的には人口が増加しているため,年率3%で市場が成長している.繊維の素材は,合成繊維が天然繊維に加わり,増加して過半を占めるようになった.合成繊維は,粒状の高分子樹脂を溶かし,高分子流を金型に通して冷却し,最大では毎分1,000mを超える速度で巻き取って繊維にする.繊維の機能や特性は高分子を組み合わせ,複合化や繊維径,断面構造によって改良する.細さの追求は繊維技術上の重要な課題で,1950年には繊維径が20μmだったが,10年後にミクロファイバーになり,2000年代にナノファイバーになって高い比表面積と繊維間のナノスケール空間等により,従来の繊維に現れないナノサイズ効果により高機能化した.

 海島紡糸は,1970年代に,連続フィラメント型極細繊維の製造のために開発され,ナノファイバー製造技術の一つとなった.海成分の中に島成分の点在する断面構造の海島複合繊維を作り,海成分を除いて極細繊維が得られる.その細さを追求するには,島の数をできるだけ多くしなければならないが,紡糸口金の加工限界と紡糸口金で分割された細い高分子流の制御は極めて難しかった.

 そこで微細高分子流の精密制御を追求し,組み合わせるポリマーを極限まで分割して,点字を書くように配列する口金要素技術の開発に成功し,革新複合紡糸技術 NANODESIGN®が生まれた.これにより3種の高分子の複合紡糸もでき,ユニークな断面を作ることが可能になった.独特の島配列/Y字型/2種高分子並置/東レロゴなど様々な繊維断面が得られ,繊維断面は長さ方向に均一で,プロセスウィンドウ(製造余裕)は広い.細さは,150nmのナノファイバーまで作れた.

 断面形状制御により様々な機能性素材ができる.3成分の複合紡糸で,ふんわりした感触の嵩高繊維にもなる.滑らかな表面の伸縮性のあるスポーツ用素材にもなる.荒さが目立った布が滑らかになったため女性用アパレルにも応用が広がった.“Nano-slit nylon”は長手方向にミクロなスリットを刻んでそこに撥水剤を保持できるようにすることで撥水性を長持ちさせられる.溝の中に撥水剤が入っているので洗っても落ちない.空気の玉が溝の中にできるため,水滴が弾かれる.合成繊維の世界では,絹の感触の素材が常に求められてきたが,自然の絹を思わせる三つ葉のクローバ型繊維を持った軽くて通気性の良い絹のような生地:“Kinari”を作った.低収縮と高収縮のポリマーを組み合わせることによりねじれが生じ,天然シルクに近い空隙が糸束の間にできる.このため天然シルクで見られる「キヌ鳴り」を生じさせる.合成繊維にありがちで嫌われるギラツキがない.NANODESIGN®は今後,一般用から産業用,ライフサイエンスなど幅広く展開して行く.

質疑

Q:高分子にはマイクロプラスチックの問題がある.リサイクルを含めて,繊維業からの提案はあるか.

A:プラスチックを使う東レのフィルム事業では,フィルムをリサイクルしたり,繊維に戻したりしている.100%バイオのポリエステルの研究開発も進めている.

Q:Kinariでは熱処理で螺旋構造ができるとのことだが,熱処理はTextileにした後か?

A:織編みしてから熱加工するとねじれが生じる.螺旋に右回りと左回りがあるが,天然繊維同様,ある程度ランダムに共存している方がよい.蚕が吐出する糸の形も8の字型という.

Q:断面の非対称性は,何かに生かされないか?

A:製造ばらつきを考慮しながら,機能発現を図っている.

 

【Session 4:ナノテクノロジープラットフォームの成果と将来展望/Topics and future perspectives of nanotechnology platforms】

座長 横山 利彦(分子研)

「マテリアル研究開発のDX化について」/“Digital transformation of materials research and development”:小川 浩司(文部科学省研究振興局参事官(ナノテクノロジー・物質・材料担当)参事官補佐)/Koji Ogawa (Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology)

 文部科学省と経済産業省は共同で「マテリアル革新力強化のための政府戦略策定に向けた準備会合」を設置し,2020年6月に中間報告をまとめた.これに先立ち,100名以上の研究者にヒアリングした.

 日本のマテリアルの強みは,アカデミア・研究基盤にイノベーティブな材料を数多く生み出す土壌のあることで,リチウイオン電池やLEDなど,ノーベル賞を受賞する材料が生まれた.また,産業競争力においては.レジストなど機能性材料の市場シェアが高い.その一方,論文数は減少しているという危機感がある.我が国の化学や材料科学分野で論文数の順位は韓国より下の世界4位に下がった.製品面では,素材産業がシェアを維持しているものの,半導体や電池はシェアが徐々に低下している.

 マテリアルを取り巻く課題は,環境負荷低減ニーズの高まりと,市場シェアの低下である.マテリアル研究開発環境は変化し,希少資源の脱中国依存など,技術の覇権争いが先鋭化している.一方,デジタリゼーションに伴い,GAFAなどビッグデータを握る企業が台頭してきた.研究開発のスピードアップ,材料開発におけるデータ科学の重要性が増大している.研究開発のデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進すべく,その予算を2021年度に計上した.

 環境変化に対応して,研究開発のスピードアップに向け,DX,データ駆動科学が世界中で進展している.2012年に米国で始まったMaterial Genome Initiativeでは電池材料の論文情報に基づき,日本の実験データを再現した.これにはデータ集めが重要で,IBMやGoogle,アメリカ化学会などが進めている.一方,日本にはNIMSに専門家の集めた均質なデータベースがある.2020年6月の「マテリアル革新力強化のための政府戦略策定に向けて(戦略準備会合取りまとめ)」報告書には,高品質マテリアルデータベースのプラットフォームの整備が提案された.NPJは500人の人材と1000台の装置を擁し,25法人のネットワークで材料開発のイノベーションを推進してきた.NPJをベースにデータ共有センターを設け,データを集め,理論計算,実験と融合させ,データ中核拠点とすることを考えている.データのネットワークはハブ&スポークスで形成し,ハイスループット設備とデータ取得人員を整備する.10年間の計画で,6ハブ,10スポークスを想定し,データ収集,データ活用人材を配置する.このマテリアルプラットフォーム事業で文部科学省は,人材育成にも力を入れる.

 マテリアル革新の政府戦略は策定中で,4つの視点:マテリアルインフォマティクス,プロセス,サーキュラー,資源,が論じられている.

 

「マテリアル開発につながる微細構造解析技術」/“Nano-scale analysis for development of materials”:山本 剛久(名古屋大学)/Takahisa Yamamoto (Nagoya University)

 名古屋大学微細構造解析プラットフォーム(PF)は,名古屋大学超高電圧電子顕微鏡センターに設置された装置を用いてPFの常勤スタッフと技術職員の協力のもとに微細構造解析に基づく様々な技術支援を行ってきた.PFに設置された設備には,環境対応超高電圧電子顕微鏡(HVEM),直交型FIB-SEM(集束イオンビーム-走査電子顕微鏡)など,特徴ある装置が多い.HVEMは様々なガス環境下で反応のその場観察と分析を行うことができる.地下1.5階,地上3階の大きな設備で,汎用電顕の加速電圧が200kVであるのに対し,1,000kVの加速電圧であるため,数μmの厚い試料も透過・観察できる.HVEMの多くはTEM(透過電子顕微鏡)だが,名古屋大学のHVEMはSTEM(走査透過電子顕微鏡)観察ができる.ガス環境観察用のサンプルホルダーを開発し,ホルダー,試料周辺のみをガス環境にし,差動排気で電子線の通るところは真空にしている.試料を封入したりはしないから,生きたままの生体を観察できる.このため,大きさ4μmの酵母菌などもTEM像を明瞭に観察できた.

 FIB-SEMは,FIBで試料を削りながらSEM観察(Cut & See)することにより,3次元構造を画像化できる.しかし,一般のFIB-SEMではイオンビームと電子線がV字型に配置されているため,FIBで削られた試料のクズがコンタミ(汚染)となってSEM観察を妨げる.名古屋大学の装置は,FIBとSEMのビームラインを直交させることによってコンタミは避けている.このFIB-SEMによる稲の葉肉細胞の観察がある.50nmずつ切削して300枚の写真を撮って3次元画像を構築した結果,葉緑体がドーナッツ状だと思われていたのが塊だった.この観察結果は塩害による稲の枯死のメカニズムの解明に繋がった.

 また,このFIB-SEMの使用事例には,鉛フリーはんだ材料の構造解析支援がある.近年の環境問題から,鉛フリーはんだの使用が推進されているが,その耐久性に大きな問題が残っていた.この問題を克服しようと,ナプラ社は彼らの金属間化合物複合(intermetallic compound composite:IMCC)技術を用い,Snの母材にCuを一定の割合で混合して優れた熱安定性を持つ鉛フリーはんだを開発した.その熱安定性の理由を明らかにしようと,FIB-SEMを用いた“Cut & See”を行った.Sn-Cu金属間化合物が,Sn-Snの間を橋渡しし,そのアンカー効果がSnの温度による構造変化を抑制していることが分かった.

 光触媒作用による水の光電気化学分解は再生エネルギー生成手法として注目されている.東大物性研Lippmann教授らはIrを加えたSrTiO3薄膜を成長させて高効率の光触媒を開発した.AFM(原子間力顕微鏡)によりIrドットができていることは分かったが,触媒性能向上のメカニズムに繋がる構造はわからなかった.内部構造を観察しようと,機械加工で楔形にし,Arミリングで平行方向と垂直方向から観察できる電子顕微鏡試料を作製した.走査透過電子顕微鏡で観察し,SrTiO3膜中にナノピラーが10nmの幅で基板から垂直に成長しているのが確認された.この独特な構造がこのデバイスの光電気化学水分解の高効率を生んでいることが分かった.

 ナノテクノロジープラットフォームで推進した先端装置の共用は,前身のプロジェクトから21年の経験を積んで定着し,数々の利用成果を挙げてきた.ナノプラットがブランド化し,認知され,信頼性・期待が高まっている.ナノ/サブナノスケール解析の最先端装置は急速に進歩している.最先端の装置を共有し,専門技術を持った人的資源を扱えるシステムを保つことは研究環境改善の重要な要素である.機器開発,更新,人材の育成,社会貢献が,次のナノプラには求められる.

質疑

Q:稲の細胞の分析は濡れた状態で行ったものか.

A:最初に固定してFIBで削った.分析には,乾いたものを使った.

Q:細胞を切削するときに均一にスキャンするノウハウがあるのか.

A:ノウハウがあり極めて重要である.細胞の3次元画像化では300回の観察が同じ条件で続かねばならない.切削面に凹凸の生じるカーテニング効果を除くノウハウなどを見出し,適用している.

 

「受託代行サービスにより作製した微小流体デバイスとそのライフサイエンス研究への応用」/“Microfluidic Devices Fabricated by Foundry Service and their Applications to Lifescience Researches”:横川 隆司(京都大学)/Ryuji Yokokawa (Kyoto University)

 ナノ加工のための京都大学ナノテクノロジープラットフォーム(京大ナノハブ)は,学際研究者に多くの加工技術を提供してきた.装置利用方法には機器予約・利用と技術代行があるが,工学系の利用では機器予約・利用が多いのに対し,ライフサイエンス研究では技術代行が多い.2019年度は技術代行45件中27件がバイオ関連だった.ライフサイエンス研究者やバイオ関連企業はデバイス作りに不慣れなことが多い.そこで,技術相談ではハブ担当者がニーズを聞いて装置を選び,プロセスチャートを書いて,デバイスを作製し,デバイスをユーザーに渡すときは,その使い方をユーザーに提案する.このようにして行なったライフサイエンス向け技術代行の例に,無電源の人工内耳を狙った聴覚デバイス,汚染防止撥油構造を作る胆管ステント用Siマスターの作製,マイクロ流路を使った臨床検査用細胞捕捉デバイスなどがある.

 一つのトピックスとして,血中循環腫瘍細胞(CTC:Circulating Tumor Cell)を分離するデバイスがある.癌患者の血中CTC計測は,診断・治療効果検証などに有用だが,血中細胞1億個に1個くらいの希少細胞なので分離が難しい.そこで,マイクロ空間内での流体制御に電気計測を応用したCTC分離チップを作製することになり,微細加工によりガラス基板に流路を設け,電極を付けて,誘電泳動分離により白血球と癌細胞を分離するデバイスを作製した.さらに,送液系,顕微鏡観察系などを組み込んでバイオ系実験者が容易に使用できる装置に仕上げ,分離機能を確認した.

 もう一つのトピックスは,生体機能チップ(Organ-on-a-Chip)である.多孔質膜に鋳型を使ってマイクロ流体デバイスを作り,内皮細胞をパターン化して,オンチップ血管網を作製した.これにより3次元組織の培養が可能になる.オンチップ血管網は長時間の分析で球状に集合した細胞塊を灌流するので,動物実験に代って血管新生芽を評価できる.この分析法は腫瘍細胞塊に適用して抗腫瘍薬剤の流動状態での有効性を評価し,薬剤開発に役立てた.動物実験を減らせるので,認証試験のコストを削減できる.

 ライフサイエンス関係の微細加工支援では,バイオに関する物性の知見が必要である.今後,この面の強化を図りたい.

質疑

Q:生体模擬デバイスで動物実験は減らせるのか.

A:現在作っている臓器チップは生体機能の一部だが,一機能だけ調べるのにマウスを丸ごと使うことはなくなる.


「結晶スポンジ法による構造解析支援」/“Structure Elucidation Support by the Crystalline Sponge Method”:三橋 隆章(分子科学研究所)/Takaaki Mitsuhashi (Institute for Molecular Science)

 分子構造の決定は,質量分析で化学式,NMRで分子構造が分かるが,鏡像異性は不明である.X線によって3次元構造を決められるが,X線構造解析は結晶の周期性を利用しているため,単結晶を必要とする.しかし分子を結晶化させる確かな方法は存在せず,結晶化には時間がかかるので,結晶化がX線結晶構造解析のボトルネックになる.結晶スポンジ法は,結晶化フリーのX線結晶構造解析を可能にする.

 結晶スポンジ(Crystalline sponge:CS)法では,解析対象の分子を結晶化させずに.超分子化学の手法で作った結晶質多孔性有機金属複合体フレームワークに導入する.導入された分子は周期性を持った多孔性複合体のフレームワークに並ぶので,導入された分子が結晶化したと同等の状態になり,分子の構造をX線結晶構造解析で決定できる.解析に必要なサンプル量はng〜μgで,NMRにおけるmgに比べ遥かに少なくて済む.解析する分子とフレームワークを混ぜ,2種の溶液を重層化させ放置しておけば,分子がフレームワークに並ぶ.従って,結晶にならないオイル状の分子も解析できるようになる.

 分子科学研究所の分子・物質合成ナノテクノロジープラットフォームでは,CS法による分子の構造解析を支援しているが,超分子化学の手法やX線に馴染みのない人には多くの支援が要る.CS法を継続して使う人は,数ヶ月滞在して手法を修得している.5ヶ月かけた有機合成,4ヶ月かけた化学的酵母合成,1カ月の生合成(Biosynthesis)などの支援を行なった.

 ところで,CS法では少数の多孔性有機金属複合体材料しか使えていない.最もよく使われる複合体は2,4,6-tris(4-pyridyl)-1,3,5-triazine (1)(TPT)と亜鉛ハロゲン化物から作られ,複合体の孔に導入した分子をきれいに並べる能力を持っている.ZnI2とTPTでスポンジを合成したが,脆いことがある.IをClに置き換えて配位結合を強くした.ある種の化合物に特化したスポンジも作った.特定の官能基を使い,共有結合を作って固定する.しかし,結晶スポンジの設計は従来法では難しい.孔が空いているだけでなく,化合物配列能力が必要だが,人が探すのは難しい.CS法をさらに改良するには,新たな有孔性結晶の開発が必要となる.ビッグデータとAIを用いたデータ駆動科学よる材料探索はCS法のための多孔性結晶を新たに開発するのに役立つと信じている.

質疑

Q:結晶スポンジ法による構造解析はどのくらいの成功率か,うまくいかないこともあるか.

A:分子量200くらいまでの小さい化合物であれば80〜90%は成功する.炭素数が30くらいまでだと結晶スポンジ法でやってみようかという感じである.

Q:炭素数のもっと大きいものに対しては新たな結晶スポンジを開発するのか.

A:結晶スポンジは柔軟に動くが,穴のサイズには限界がある.大きいものの解析には新しいスポンジの開発が必要になる.

 

【Closing Remarks / 閉会挨拶】 

小出 康夫(JAPAN NANO 2021 組織委員長,物質・材料研究機構ナノテクノロジープラットフォームセンター長)/Yasuo Koide (Chairperson of the Organizing Committee of JAPAN NANO 2021 / Director, Center for Nanotechnology Platform, National Institute for Materials Science, Japan)

 今回のシンポジウムは会場の受付に来た方が66名,オンライン参加508名で,合計574名の参加があった.

 シンポジウムではNIMS橋本理事長,文部科学省 杉野局長の挨拶に続き,東大 五神総長からの次世代プラットフォームへのメッセージに始まり,共用基盤と人材育成の重要性を指摘する特別講演,国際ネットワークやデータベースのインタフェース共通化を紹介する海外招待講演,研究現場の変革を求める基調講演,ナノテクノロジーの成果,ニューノーマル時代に向けた研究,文部科学省の次期プラットフォーム計画の紹介などが行われ,有意義なシンポジウムになったと考える.ご講演をいただいた方々に感謝する.

 次回のシンポジウムは2022年1月28日に開催される.






 

(古寺 博)