NanotechJapan Bulletin

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Vol. 1, No. 1, 2007年10月30日発行/「ナノテクノロジーの国際標準化の現状と動向」

NanotechJapan Bulletin Vol.1, No.1, 2007 発行

セミナー報告「ナノテクノロジーの国際標準化の現状と動向」
- 産業技術総合研究所 一村 信吾理事 講演概要紹介 - 

 NIMSナノテクノロジー拠点のある物質・材料研究機構では最近の研究開発動向をコンパクトに紹介するNIMSセミナーが隔週に開催されている.その第21回(4月1日)では注目されているナノテクノロジーの国際標準化の問題を取り上げ,産業技術総合研究所の一村信吾理事をお招きしてご講演いただいた.日本の産業技術が世界市場で評価されるためには,その標準化は大きな課題である.それはまたナノテクノロジーにおける計測・評価技術の重要性を示している.以下にご講演の概要を紹介する.

ナノテク標準化の意味

 ナノテクノロジーの標準化を要求する動きが高まってきたことには2つのキーワードがある.その1つは「非関税障壁の回避」である.2001年11月,新しい巨大な市場である中国の世界貿易機関(WTO)加盟が承認されたことによって,ナノテクノロジーの標準化は将来ありうる非関税障壁の回避という大きな意味を持ち始めた.特に米国は2000年に発動されたナノテク重点化政策(National Nanotechnology Initiative)によって莫大な投資を続け,産業化へ向けて一歩進んだ段階に入っていることもあり,これから出てくるナノテクノロジー製品に対して非関税障壁が築かれる可能性を強く意識しており,国際的なナノテク標準化に大きなエネルギーを注いでいる.

 第2は「社会受容の確立」である.現在,ナノテクが抱えているかもしれないリスクへの警鐘がサイエンスやネイチャー等の雑誌でも取り上げられるようになってきているが,標準化された計測・評価技術を用いた科学的リスク評価を行うことが実は社会受容確立の近道である.しっかりとしたリスク評価がされていない現状で,たとえばマイケル・クライトンのナノテクSF小説「PREY」が映画化されたとすると,その鮮烈な視覚効果が一般市民に与えるネガティブインパクトは強烈なものとなろう.一方,2004年の11月から台湾で始まったナノテク製品の認証制度では,適正,かつ公平な科学的評価手法の整備により,“nanoMark”を明示した高機能,高品質な製品が市場に出回るようになり,消費者はこれをナノテクのポジティブなメッセージとして受け止めている.

ナノテクノロジーにおける世界共通の標準化

 ナノテクノロジーにおける世界共通の標準化については,国際標準化機構(International Organization for Standardization, ISO)内に設置された専門委員会(Technical Committee)TC229(ナノテクノロジー)で討議されている.TC229には28カ国が参加し,半年に1回のペースで総会が開催され検討が進められており,毎回参加者が120人を数えるなど活況を呈している.第1回総会ではワーキンググループとして用語・命名法(WG1),計測計量・特性評価(WG2),健康・安全・環境(WG3)が設置され,それぞれの幹事国としてカナダ,日本,米国が決められた.現在WG1では,英国で公開されているPAS(public available standard)を基にしたナノ用語の確立作業,WG3ではナノテク作業環境の安全基準に関する技術報告を作成し,有効なガイドラインとなるべき仕様書を検討中である.ここでは医療目的で使用されるナノ材料中のエンドトキシンなど微生物由来汚染物質のリスクや,汚染物質混入が生じない環境下での生産プロセスに関するガイドラインの検討も始まった.

 WG2のコンビナー(議長・幹事役)は一村氏が務め,ナノ物質の調整,解析,利用にとって重要な組成や構造の特性をその物質を再生産するに十分なだけ記述するというCharacterization(特性評価法)の考え方を基本として標準手法・規格など評価技術の確立に向けて作業が進められている.優先対象物質としてはカーボンナノ素材,ナノチューブ,フラーレンが選定された.しっかりとした評価技術を確立することが技術力のある日本の産業界の優位性確保につながる.既に参加各国に対するアンケート調査により主要な評価手法,評価項目の抽出が行われている.

 米国は第2回の総会で単層ナノチューブに特化した6つの手法(TEM,SEM,EDX,熱分析,紫外・可視・近赤外吸収分光,ラマン)による限定的評価手法を提案してきたが,その後の議論でこの6手法は標準化ロードマップを進めていくための最初のステップに過ぎず,新しい対象が出現するに従って順次ステップアップしていく階層的な評価項目設定という構想を打ち出して来ている.これらは米国が単層ナノチューブの標準化のスピードを高めたいという意識の表れであり,単層,多層の両方を対象としたいとする日本や韓国などとの主導権の取り合いとなっている.

 こうしたISOの活動に加え,米国材料試験協会(American Society for Testing and Materials, ASTM)ではナノテク製品の廃棄や再利用といったライフサイクルを含めた標準化が検討されている.また,経済協力開発機構(Organisation for Economic Co-operation and Development,OECD)でもナノテク標準化の議論がはじまっておりISOとは異なる独自運営となることが予想され注意する必要がある.

ナノテクノロジー産業の標準化

 ナノテクノロジー産業の成長にとっても標準化は重要な課題である.ナノテク関連世界市場の成長予測を解析すると,ナノテク素材,ナノテク応用製品(最終製品)に対しナノテク部材(中間製品)の市場が大きく上回って伸びることが見えてくるこれはナノテク関連製品ではナノテク素材をナノテク部材に作り込む段階で市場価値が創出されることを意味している.この作り込みの過程は製品アーキテクチャーの基本タイプのうちの「インテグラル型(擦り合わせ型)」であり,ナノテク産業は自動車産業のような部品毎の設計を相互調整し,それらのインターフェースを最適にすることが最終製品の機能発揮に必要なタイプの産業であると予測される.しかし,ナノテク産業における「擦り合わせ」では,これまでの「経験的な擦り合わせ」から「科学的な擦り合わせ」への質的な転換が求められている.ここにナノテク標準化のニーズがあり,そのためにはナノスケールでの計測・評価技術の高度化が求められている.

参考文献

  • 第21回NIMSセミナー「ナノテクノロジーの国際標準化の現状と動向」(物質・材料研究機構,2007年4月19日)
  • 一村信吾:「ナノテクに向けた計測評価技術とその国際標準化」,The TRC News (98) 1-12 (2007)
  • 一村信吾:「ナノ計測法国際標準化の動向とナノ計測ニーズへの対応」,第5回つくばナノテクノロジー研究交流会「ナノ分析・計測のニーズ・シーズとビジネスチャンス」講演要旨(2006年10月30日)
    http://www.nbci.jp/file/061218ichimura.pdf