NanotechJapan Bulletin

 メニュー

Vol. 1, No. 5, 2008年6月28日発行/“Feオキシニクタイド系の超伝導”シンポジウム報告

NanotechJapan Bulletin Vol.1, No.5, 2008 発行

“Feオキシニクタイド系の超伝導”シンポジウム報告 --- 東京理科大学 福山 秀敏

j1-5-7.jpg


 ここ数カ月大きな注目を浴びているFeオキシニクタイド系高温超伝導体に関するシンポジウムが,2008年6月8日に東京(丸の内サピアタワー)で開催された.主催はJST(文部科学省後援)である.発見者の細野 秀雄氏(東工大)が2月18日に記者会見を行って以降初めての公開意見交換の場であり,会議終了時まで立ち見が出る盛況であった.

 冒頭JSTおよび文科省から状況についての認識とこれからの方針が表明され,続いて細野氏から,新高温超伝導物質の発見の経緯および合成法についてビデオを使った詳しい紹介があった.なおこれら合成法の詳細は,細野研究室のweb上で公開されている.原材料および石英ガラスの選択等にもさまざまな注意が払われている様子が伺えた.今回のFeオキシニクタイド系は20年前の銅酸化物とは異なり試料作成が容易ではなく,合成法についての関心は大変高い.この観点から,夕方シンポジウム全講演終了直前の質疑応答の際に実際に合成を担当した神原氏が演台に登場し合成の詳細について会場と率直かつ真摯なやり取りをした光景は大変印象的・感動的であった.この質疑応答後には会場からこのたびの快挙に対して神原氏に対して大きな拍手による祝福と感謝の表明があった.

 朝から夕方遅くまでの意見交換によって状況の理解はかなり進んだ.同時に究明すべき事項の多さも明確になった.以下に個人的な観点から(従って,間違いも多々あることをおそれる)その概略を紹介する.

表記法

 まず,高温超伝導Feオキシニクタイド系の表記法について,たとえば親物質についてはIUPACが決めたelectronic negativity ruleに従いLaFeAsOとすることが発見者自身から提案された.今後このルールに従うことが必要である.(このことについては,物性研・広井氏からもすでにcond-matに意見が表明されている.)

試料合成

 Laサイトはさまざまな希土類元素によって置換可能であり,中には臨界温度が50Kを超える例が既にいくつも存在する.FeサイトについてはMn, Co, Ni置換の例があるがこの場合には高温超伝導は出現しない.Asサイトについては当初のP以外の例に関する報告はなかった.積層パターンについては「無限層」構造と考えられるBaNi2P2において超伝導が実現していることが注目される.マクロ的な観点では,高温で塑性変形が生じる可能性があることは材料としての大きな魅力となる.

 キャリアードーピングの方法について,O の Fによる置換に加えてO欠損も有効であることが判明し,いずれも電子ドーピングが実現した.O欠損に関しては仕込み量と実際値には大きな違いがあることが中性子散乱実験から指摘された.一方,電子顕微鏡の実験からOの分布には長距離秩序はもちろん短距離秩序も存在しないと結論された.しかし欠損近傍の局所構造についての詳細は不明である.なおLaサイトのSr置換によってホールドーピングが実現しているか否かについて議論があった.

物性

親物質ないしは低ドーピング非超伝導物質

 酸素欠損の可能性があるために真の親物質の実現はきわめて困難であること,特に伝導性は極めて少数のキャリアーによって大きな変化が生ずること,に留意すべきことが指摘された.親物質は142K近傍で常磁性状態からストライプ状反強磁性状態(スピン密度波(SDW)という説もあるが,フェルミ面のネスティング(nesting)が原因である保証は現時点では存在しない)へ相転移すること,さらに低温での磁気モーメントが0.3μB程度であるとメスバウアー効果の実験から報告された.この磁気モーメントの大きさは既に報告されている中性子散乱実験結果と矛盾しない.この磁気転移はNMRでも明瞭に観察されている.上記の磁気相転移温度よりわずか高温側160Kに正方晶から斜方晶への構造相転移が存在することがX線回折で報告されている.このストライプ状反強磁性状態の存在は電子状態理論計算が予言している.しかし磁気モーメントの大きさについては2μB程度と主張する理論もあり実験結果との対応には注意を要する.(強い「遍歴性」のために磁気的性質に関する電子状態計算が大変デリケートであるとの指摘がある.)

超伝導相

 親物質で見られる反強磁性相転移温度はキャリアードーピングと共に低下し,それが消滅した状況で超伝導が出現する.光電子分光(PES)実験に関しては,LaFeP(O,F)系とLaFeAs(O,F)系のいずれにおいてもフェルミエネルギー(εF)近傍の状態密度(DOS)の大局的なエネルギー依存性は同様であり(逆光電子分光のデータが存在しない現状では不確定であるが)εFは「DOSの谷間」に位置する.更にεF近傍の状態はほとんどFeのd軌道成分によって構成されており,従って高温超伝導はFeのd状態が担っている.このことは「Asとの共有結合で実現した新しい構造のもとでのFeの高温超伝導」となる.これらは電子状態計算の結果と共通である.

 なおメスバウアーおよびPESの実験は,εF近傍のFeの電子状態は既知の系との比較により「遍歴的」であると結論している.PESによるDOSのεF近傍の振る舞いをより詳細に見ると,LaFeAs(O,F)系のDOSの方が小さいと結論された.このことを文字通り受け取れば「より小さなDOSを持つ系でより高いTcが実現している」ことを意味し,通常とは異なる.εF近傍のより狭いエネルギー領域について,いくつかのNMR実験は臨界温度(Tc)より高い温度領域でεF近傍の状態密度の減少,すなわちpseudogapの存在を示唆する.NMRから見る限り試料は良質であり,1/T1にはTcにおけるコヒーレンスピーク(coherence peak)が見られず,低温での温度依存性から超伝導状態は線状ノード(line-node)を持つ一重項であり,2種類のエネルギーギャップの存在が示唆された.(PESによるDOSのエネルギー依存性からもs状態ではないと結論された)

 圧力効果についてはさまざまな情報が提示された:LaFeAs(O,F)ではTcは4GPa程度まで上昇し,より高圧では低下する.一方ダイアモンドアンビルによるNdFeAsO0.85では10GPaまで単調に低下する. なおこのO欠損Nd系において,欠損量の増加に伴うTcの増加に関する構造解析からFe周囲が正4面体に近づくとともにTcが上昇する傾向が指摘された.OのF置換とO欠損ではキャリア濃度が異なるが,Tcの変化の傾向は似ている.これらのことから「高温超伝導にキャリアドーピングが本質的か?」という意見表明もあった.なお,磁化測定にもとづくマイスナー体積評価に際しては,20年前の銅系高温超伝導体の時と同様に,磁場中冷却(FC)とゼロ磁場冷却(ZFC)の違いに留意すべきことが改めて指摘された.

 ストライプ状反強磁性の存在を指摘した電子状態計算は,親物質において反強磁性存在下の基底状態は半金属であり電子バンドはディラック円錐(Dirac cone)(注)を持つと予言している.この観点から反強磁性転移温度以下でのホール移動度とキャリア密度の温度依存性が分子性結晶αET2I3におけるものと同様である事実は注目すべきである.同じ電子状態計算はさらに強相関効果を考慮するとバンドギャップが開く可能性を指摘した.バンド計算の結果を5つのd軌道を基にした強束縛近似で再現する試みからは,バンド構造を再現するためには5軌道すべて必要と結論された.この観点からどの軌道状態が親物質における反強磁性磁気モーメントを担っているかというテーマは大変興味深くまた重要であるが,現時点で答えはない.この強束縛近似によるバンド計算は常磁性状態においても,電子状態にディラック円錐(ないしは円錐ではなく鞍点)がしばしば出現する可能性を指摘している.さらに一般に高温超伝導出現には当然「強結合」が必須であるがその起源として「交換相関(exchange correlation)」と「電荷励起(charge excitation)」の可能性の指摘があった.

 本シンポジウムで議論の対象となった物性についての実験結果は全て多結晶に対するものであり,輸送係数をはじめ物理量によっては将来変更が加えられる可能性があることには留意したい.なお会議終了後小さいながらも「ピンセットでつまめる」程度の大きさの単結晶合成に成功していると表明しているグループがあった.

[注]2次元系において2つの電子バンドがあるk点で縮退し,その近傍で電子エネルギーがkに比例して変化するとき,その電子構造をディラック円錐と呼ぶ.ディラック円錐はグラファイトの単原子層(グラフェン)に見られ,その特異な物性(半整数量子ホール効果など)の起源となっているほか,分子性結晶αET2I3にも存在すると言われている.