NanotechJapan Bulletin

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Vol. 1, No. 5, 2008年6月28日発行/古くて新しい技術“ナノインプリント法”

NanotechJapan Bulletin Vol.1, No.5, 2008 発行

古くて新しい技術“ナノインプリント法”--- 大阪府立大学 平井 義彦教授に聞く

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 米国ミネソタ大学(当時)のS.チョウ教授によってはじめて提案されたナノインプリント法は,今日,微細構造を作るための比較的簡単で低コストの普及型技術として期待を集めている.ナノインプリント法の強みはどこにあるのか,どんな展開が見込まれるのか.平井 義彦氏(大阪府立大学大学院教授)に聞いた.

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平井義彦教授

 インプリントとは「押印,痕跡」を意味する.ナノインプリント法とは,機械プレスを使って基板上に薄く塗られた樹脂にナノパターンを刻み込む技術だ. 「はじめてナノインプリントのアイディアを聞いたときには,そんなことは不可能だというのが正直な感想でした」と平井教授は振り返る.チョウ教授がナノインプリント法のアイディアをはじめて発表した1995年当時,基板に微細構造を刻んだ半導体LSIのようなデバイスを作るにはフォトリソグラフィー法(図1)が使われ,数百 nmまでの微細加工が可能になっていた.基板表面にモールド(鋳型)を直接押し付ける方法は,陳腐なマクロ機械技術という印象が強く,求められるレベルの微細加工に対応できるとは思えなかった. しかしある日,地下鉄にゆられながら考えていた平井教授は「これで,単電子デバイス[注1]を作ることができるかもしれない」と思いついた.このアイディアで1998年に文部科学省の科学研究費補助金(科研費)を獲得.長く企業で半導体の研究開発に従事したのち大学に転じた平井教授は,以来,ナノインプリントを主要なテーマにして研究を続けてきた.今やこの分野の先頭をきる研究者である.


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古代メソポタミアにはじまる

 モールドを基板に押し付けるインプリント法は太古に遡る技術である.紀元前3000年頃チグリス・ユーフラテス川流域に栄えたメソポタミア文明では,石に彫った楔形文字を柔らかい粘土質の土に押し付けて文書を複製していたことが知られている.インプリント法は太古に遡る技術である.それがナノスケールで可能になった背景には,いくつかの技術的進歩があった. 第1は,モールドの技術の向上だ.基板にナノサイズの溝を刷り込むには,それだけ微細なモールドを作らなくてはならない.このモールド作りには半導体LSI製造に使われる電子線リソグラフィー法が用いられる.微細構造を作る技術として,いずれナノインプリントに取って代わられるかもしれない方法だが,この技術があるからこそナノインプリント法で使われるモールドを作ることができる.

 第2は離型剤の改良である.離型剤とは,押し付けたモールドをはがす際に基板がモールドに付いて持ち上がったり切れたりしないようにモールド表面に塗付する物質である.通常は,モールド表面にフッ素樹脂の単分子膜を形成するが,最近はダイヤモンドライク・カーボン[注2]を薄くコーティングする方法や,離型剤を必要としないモールド素材が研究されている. 第3は基板の素材である.素材の種類が増えたことでナノインプリント法は大きな広がりを見せている.例えば,使い捨てに適した生分解性樹脂製の基板なら,病気の診断チップにうってつけだ.熱や酸・アルカリに強いガラス基板なら,車のエンジンルーム内などの過酷な環境にも耐えられる.このように,電子線リソグラフィー法など半導体微細加工技術の進歩,離型剤の改良,基板素材の探索がナノインプリント法を支えている.

アイディア次第で大きな可能性

 ナノインプリント法には,大きく分けると熱ナノインプリントと光ナノインプリントがある(図2).

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 熱ナノインプリントでは,加熱して軟化した樹脂にモールドを押し付け,冷やして硬化したらモールドをはずす.基板上の樹脂には,ポリスチレンやポリメチルメタクリレートがよく使われるが,温度によって硬度が変わる素材なら何でも使用可能だ.ただし,熱膨張による歪みが問題になることがある.

 光ナノインプリントでは,光を照射すると硬化する樹脂を基板表面に塗っておく.樹脂は,光重合開始剤とラジカル重合可能なビニル基やアクリル基を持つモノマーまたはオリゴマーを含んだ組成物だ.温度を変える必要がないぶん,加工時間が短縮されるが,使える樹脂の種類は限定される.それぞれの長所短所を考慮して応用を考えることになる.

 また,基板の上にナノパターンを形成すると一口にいっても,求められる形状は実にさまざまだ.アスペクト比(溝の深さと幅の比)の大きいものは表面積も大きいことから,抗体を付着させた感度の高い診断チップや,光の波長を利用したスイッチなどへの応用が考えられる(図3上).リバーサルインプリントでは,微細構造を3次元的に積み重ねることができる(図3下).用途はまだ決まっていないが,企業からの問い合わせが多いという.新しい構造をどんな用途に生かすか,企業も積極的に検討を重ねており,ナノインプリント法への熱い期待が伺える.


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もっと微細に,もっと安価に

 ここ数年の携帯電話やデジタルカメラの小型化と高性能化には目を見張るものがあるが,それは半導体LSIの高集積化と高機能化によるところが大きい.信号が伝わる時間は距離に比例する.したがって,LSI内部の回路をできるだけ短く,小さくすることは性能の向上につながる.光通信機器や光センサーの光デバイス,DNAチップなどのバイオデバイス,DVDディスクなどの記憶メディアにも微細構造が隠れている.

 先にも述べたように,こうした微細構造はこれまで,フォトリソグラフィー法(図1)で作られてきた.フォトリソグラフィー法では,まず基板上にフォトレジストと呼ばれる感光性の有機物質を塗る.次に光を通す部分と通さない部分を利用して描かれた素子・回路のパターンを,ステッパという露光装置を用いて基板に焼き付ける.しかし,この方法ではパターンの焼付けに光が使われるため,数十nmより微細な構造を焼き付けることができないという物理限界があった.そのため,より波長の短い電子線を使うことで,10 nmの微細なパターンを描くことができるようになったが,細く絞らなくてはならない電子線は,一筆書きの要領でしかパターンを描けない.そのため時間がかかり量産には不向きとされる.一般にフォトリソグラフィー法は,高価な装置やクリーンルームなどの大がかりな設備が必要であり,大規模な投資と高度なノウハウが求められる.

 対する,ナノインプリント法は,一回モールドを作れば,何度も繰り返し使える.判子のように押し付ければいいので加工時間も早い.さらに,技術の進歩によって電子線に匹敵する微細構造を作ることもできるようになった.しかも高価な設備はなくてすむ.徐々にではあるが,実用化が始まっている.完璧な製品を作るには離型剤などの改良がまだ必要で,最も期待される半導体LSIへの応用にはもう少し時間がかかりそうだが,バイオ,環境,光学,記憶メディア,マイクロマシンなどの多様な分野に応用が広がる[注3].

世界でコンソーシアム結成

 ナノインプリント法は,モールド作製,転写装置,基板用素材などの加工プロセスから,製品の検査や評価方法の確立,市場の開発などさまざまな技術やノウハウに支えられている.これらの力を高めるには,多くの研究者や技術者の協力が必要だ.互いの情報を共有して技術を向上させる目的で,世界各地にコンソーシアムが結成されている.

 提唱者のチョウ教授(現 プリンストン大学)がいる米国では,ベンチャーのNanonex社を中心とした連携が広がっている.光ナノインプリントでは,テキサス大学からスピンアウトしたMolecular Imprints社が大きな勢力だ.欧州では,2004年から産学官連合のNaPa(Nanoimprint Partner)コンソーシアムが活動している.

 一方,日本は2005年になってようやく特定非営利活動団体 精密化学技術ネットワークのMEMS商業化プロジェクトが中心になってNiPS(Nanoimprint Process Solution)コンソーシアムが立ち上がった.このコンソーシアムは,(独)産業技術総合研究所が技術面をサポートして,ナノインプリント法の実用化をハード・ソフトの両面で総合的に支援することになっている.「今ある技術の実用化のためには,まずニーズ探しをしなければなりません.そのためには産業界との連携が大事です」と,平井教授は産・学・官が協力する必要を訴える.

1万ドルのナノテクノロジー

 「ナノインプリント法の最大の功績は,設備的・経済的理由から半導体企業だけにしか許されなかったナノ加工が誰にでもできるようになったことです」と平井教授は語る.平井グループが開発したプレス装置(写真1)は基本的な部分だけだと約70万円.製品の出来を決めるモールドも離型剤も外注できる.このため,小規模な町工場でもナノ加工が行なえるようになりそうだ.1万ドルのナノテクノロジーが夢ではなくなる.そうすれば,今まで想像もしなかったところにナノの技術が応用されることになるだろう.

 一方でこの技術の問題点を「科学が弱いこと」と平井教授は指摘する.技術という性格上,“できるかどうか”に関心が集まり,“どうしてできたのか”の科学的な追究が十分ではなかった.電気,化学,力学など既存の科学が結集した技術だからこそ,原理や限界を広く議論し,学問として体系化しなければならないと平井教授は感じている.


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現状を分析し更なる進化を

 平井教授は,ナノインプリント法の技術的な課題と問題点について大阪城になぞらえて説明する(図4).


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 どこまで小さいパターンを刻み込めるか(解像度)をもっとも重要な本丸とすると,解像度は既に1nm近くまで可能になっている.しかし,より精緻で良質な製品を作るには,周辺技術の進歩がいる.二の丸のアライメントとは,解像度の次に重要なパターンの位置あわせの精度のことだ.現在は,フォトリソグラフィー技術などと同レベルの10nmの位置合わせが実証されている.今後,半導体LSIなどへの応用を考えると精度向上が鍵になる可能性がある.西の丸のフィールドサイズはどれだけの面積を一括で成型できるかということだ.現在,従来のナノ加工技術を2桁以上も上回る直径12インチ(約30センチ)まで可能になっている.大手門の入場料はコスト.1万ドル程度の実験機で十分なナノ加工ができる.内堀はモールドだ.ナノインプリント法の解像度はモールドに依存している.いかに微細で耐久性に優れたモールドを作るかは今後も取り組むべき課題だ.そして,外堀は材料.成型時間の早い樹脂や材料,耐久性のあるモールド材料などの探索が今後も続けられるだろう.

 「簡単にナノ構造を作ることができるようになりました.今後は,この技術を使って何を作りたいのか.今までに考えもしなかったようなアプリケーションを創出できたらと考えています」と平井教授.古くて新しい技術・ナノインプリント法への期待は大きい.その期待に応えられるかどうかは,これらの問題を1つ1つ丁寧に解決していくことと,企業や大学のそれぞれが得意とする技術を如何にコーディネートできるかにかかっている.

[注1] 電子一個一個を制御して動作させるデバイス.現在のLSIに使われているデバイスの数万分の1程度の電力で動く究極の低消費電力デバイスとして開発が急がれている.

[注2]  DLC(Diamond-Like Carbon).ダイヤモンドに類似した炭素薄膜材料.炭素材料は原子間の結合形態によって様々な結晶構造をとるが,DLCはダイヤモンドとグラファイトの中間的な結晶構造を持つ.

[注3] DNAチップ,単一電子トランジスタ,光学フィルタ,フォトニック結晶,テラビット容量の記憶媒体,映り込みのない大きな窓ガラス,透明なペットボトル,神経細胞や骨細胞,血管の再生の土台などへの応用が考えられている.

参考文献

[1]平井義彦編集,『ナノインプリントの基礎と技術開発・応用展開』(フロンティア出版 2006)
[2]谷口淳著,『はじめてのナノインプリント技術』(工業調査会 2005)
[3]前田龍太郎編著,SCIENCE AND TECHNOLOGY『バイオチップのはなし』(日刊工業新聞社 2005)