NanotechJapan Bulletin

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Vol. 1, No. 6, 2008年8月15日発行/グリーンナノ企画1:モバイル電源として期待されるダイレクトメタノール型燃料電池

NanotechJapan Bulletin Vol.1, No.6, 2008 発行

グリーンナノ企画特集1
モバイル電源として期待されるダイレクトメタノール型燃料電池
--- 東芝マイクロ燃料電池開発センター 上野 文雄技師長に聞く

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 ユビキタス社会を支える電源として小型燃料電池が注目されている.ナノテクノロジーを活用して99.5%の高濃度メタノール使用を可能にし,小型で長時間作動できかつバイオメタノールを使用することで炭酸ガスゼロエミッションの可能性のあるダイレクトメタノール型燃料電池(以下DMFC)が登場した.開発者の東芝 ディスプレイ・部品材料統括 マイクロ燃料電池開発センター 上野 文雄技師長に聞いた.

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ナノテクノロジーの環境・エネルギーへの寄与

 DMFCは,植物由来のメタノールを使用すれば,炭酸ガスゼロエミッションの可能性がある.本DMFCは, ナノテクオーダーの材料設計による電解質膜と数nmの触媒微粒子の適所高密度配置の技術開発によって可能となった.ナノテクノロジーにより環境・エネルギー問題解決を図るグリーンナノテクノロジーの取り組みの好例と考えられよう.

安全に配慮しかつ使い勝手を著しく向上

 開発されたDMFCを搭載した携帯電話を用いて通話を実演してくれた.外観を図1に示す.従来の充電式電池に代えて,燃料を注入すれば発電する,むしろ発電機とも言える燃料電池を,携帯電話を始めとする小型電子機器に導入することは,ユーザにとっての大きな利便性のある使い方の変革を提供することになる.この点を上野技師長は強調された.

携帯電話の概要は次の通りで,機能上は従来と変わらない.

  1. 容量約3Whの現行リチウムイオン電池をDMFCで置き換えている.
  2. 外形寸法は113×54×17.5mmで通常の携帯電話より幾分厚くなっている.底一面に燃料電池を配置したためである.
  3. メタノール1mlで1Wh強の発電ができる.1回の燃料充填で現行リチウムイオン電池の約2倍程度に利用時間がのびる.
    大きな特徴は,従来の充電に代わる燃料補給にある:
  4. 濃度99.5%のメタノール燃料補給は,内容積50mlの専用カートリッジから,図1に示すように行う.リミッターが付いていて押圧を制御する安全対策がなされている.メタノール50mlはリチウムイオン電池を約15回充放電する容量に相当し,普通なら1ヶ月以上もつ.
  5. 注入口の形状は標準化しており,一つの燃料カートリッジで複数のDMFC搭載機器に接続対応し,燃料を充填できる.機器ごとの充電器,海外旅行時のアダプター等は一切不要になる.
  6. 稼動時や保管時の姿勢に制限はなく,稼動中でも燃料注入が可能.
    また,新しいシステムの導入にあたっては,安全性の徹底的検討がなされている.特に燃料カートリッジ,そのキャップ,機器側の注入口等は,想定外の使われ方やアクシデントをも意識したメカニズムの工夫がなされている.例えば,
  7. カートリッジはIEC(国際電気標準会議)の安全基準を満たしている(100Kgで圧しても,また1mの高さから落下させても壊れない).
  8. 図1のようにカートリッジを携帯電話に接続すると,まず携帯電話内の燃料タンク側のバルブが開き,次いでカートリッジ側のバルブが開き,双方が開き完全につながった状態ではじめて注液できるようになっている.
    さらに,
  9. 過充電・過放電による発火・破裂のような事故の心配がない.
  10. ピークパワーの大きな機器用には,DMFCと例えばキャパシタとのハイブリッド化も可能である.
    そして,本DMFCの最大の特徴は,
  11. ACアダプタフリーであり,モバイル機器の電池切れを心配する必要がないことである.
    以上のように沢山の特徴があり,まさしく特許の塊との感想を持った.


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    図1
    ダイレクトメタノール型燃料電池を搭載した携帯電話 (提供:東芝)
    (携帯電話内の燃料タンクへ燃料カートリッジからメタノールを補給しているところ.携帯電話は稼動中)


モバイルに適したメタノール燃料
 --- 植物由来のメタノールを使用すれば炭酸ガスゼロエミッションになる ---

 多くある燃料電池の中からDMFCを選んだ動機を上野技師長は以下のよう話した.
 燃料電池としては,燃料に水素ガスを用いるのが出力も大きく,排出物は水のみであって好ましい が,水素には次のようなデメリットがある:

  1. ガスであるためモバイル用には,高圧タンクに圧縮して充填するか,または水素吸蔵合金に蓄えねばならない.
  2. 高圧タンクはタンクそのものがかさばり,かつ重くて,小型モバイル用には適さない.水素吸蔵合金は,吸蔵量が4重量%止まりであるため,必要な量の水素を貯蔵するには重くなりすぎるし,合金の劣化対策・管理が大変.
  3. 水素補給手段が煩雑となる.

     これに対し,メタノールは水素に比べ電気化学反応がしにくく,炭酸ガスを排出するなど発電パフォーマンスは劣るが,次のようなメリットがある.

  4. 液体であり,燃料としての体積当たりのエネルギー密度が大きい.
  5. 先述したようにハンドリングが容易であり,かつ補給が簡単にできる.
  6. 総合エネルギー効率は約25%であり,商用電源のコンセント端とほぼ同じである.
  7. さらに,植物由来のメタノールを用いれば,炭酸ガス排出ゼロが期待できる.

DMFCの動作メカニズムと特徴

 DMFCは,アノード(燃料供給側)とカソード(空気供給側)の二つの電極が電解質を挟む構造(MEA:Membrane Electrode Assembly)となっている(図2(b)).アノードではメタノール(CH3OH)と水(H2O)から炭酸ガス(CO2)と電子(e-)と水素イオン(H)が発生する.電子は外部回路へ,水素イオンは電解質膜を通過してカソードで空気中の酸素(O2)および外部回路を通ってきた電子と反応して水を生成する.外部回路を流れた電子が電子機器を動作させる仕組みになっている.

 なお,ここで用いるメタノールの純度は99.5%である.残りは蒸留しきれないで残った水である.この水がアノード反応にかかわる重要な働きをしている.

 図の(a)には水素を燃料にする燃料電池(PEFC)を比較のために示してある.


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図2 ダイレクトメタノール型燃料電池の作動原理(提供:東芝)
(水素/酸素燃料電池(PEFC)との比較)


アノード反応,カソード反応および全反応を改めて式(1)(2)(3)に示す.
  (1)アノード: CH3OH + H2O → CO2 + 6H+ + 6e-
  (2)カソード: 6H+ + 3/2O2 + 6e- → 3H2O
  (3)全反応: CH3OH + 3/2O2 → CO2 + 2H2O
 全反応(3)のエンタルピー変化ΔHoは-726KJ/mol,フリーエネルギー変化ΔGoは-702KJ/molで ある.従って平衡状態における理論エネルギー効率 η=ΔGo/ΔHo=96.7%である.また,標準 起電力 E=ΔGo/nF=1.20Vである.図3に,電池稼動状態での電流と電圧との関係を示した. 拡散分極,抵抗分極および活性化分極のため,取り出す電流を増やすと電圧は降下するが,活性化分極による電圧降下の占める割合が大きい. 活性化分極の大小は電極触媒の性能の良し悪しに依存しており,その性能向上はDMFCの重要な課題の一つである.

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図3 ダイレクトメタノール型燃料電池の分極
(拡散、抵抗、活性化分極と外部に取り出せるエネルギー)


ナノテクテクノロジーによりダイレクトメタノール燃料電池実用化へ道を開く
 --- 数nmの触媒微粒子の実現とその適所高密度配置技術の開発 ---

 触媒として,アノード側では白金-ルテニウム(Pt-Ru)系触媒を,カソード側では白金(Pt)触媒を用いているが,東芝では粒子径を数nmレベルの超微粒子触媒を利用して,かつこれ等触媒粒子が高密度に反応の要所に配置する技術を導入し,燃料電池特性の向上を実現している.

 触媒反応の起こる部分を模式的に図4に示す.アノード側の反応ポイントでは,メタノール (CH3OH,液相)と水(H2O,液相)が触媒(固相)上で会合し,炭酸ガス(CO2,気相)を生成し,また同時に生じた水素イオン(H+)を電解質に導き,かつ同じく生成した電子(e-)を外部回路に導く導電固体が存在しなければならない.即ち,反応は固相,液相,気相の三相が共存する三相界面で起こる.DMFC構成材料の中で最も高価な触媒はこのような三相界面に選択的に配置されることが望まれる.一方,カソード側の反応ポイントでは,電解質膜を通ってきた水素イオン(H+)と酸素 (O2,気相)および外部回路を通ってきた電子(e-)が触媒(固相)上で会合し,水(H2O,気相)を 生成し電池系外に放出しなければならない.アノード側同様触媒はこのような場所に選択的に配置されることが望まれる.

 このようにできれば高価な触媒の使用量を減らすことができ,コスト低減につながる.しかし,現実には例えば触媒担体内にも触媒が入り込んでいる割合が多い.これ等の触媒は,肝心の触媒作用には関与できず死蔵されているようなものである.東芝は,数nmの触媒微粒子の実現とその適所高密度配置技術の開発によってこの問題を克服している.

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図4 ダイレクトメタノール型燃料電池と電極触媒(ナノの世界)(提供:東芝)


放電電圧の向上,寿命数千時間を達成

 東芝は,多くのアプリケーションを想定し,その要求仕様に合った数々の電池を試作し,評価を重ねている.市場動向をよく見極め最も有望な分野からの商品化が待たれる.

 今回の取材で,地球環境に調和する燃料電池の,小型携帯機器への適用が近いことを実感した.ナノテクノロジーがその実現の鍵となっていることは特筆すべきである.製品の発売時期は明確に出来ないとのことであったが,コストを含む商品に必要な条件を詰めて,早期に発売され,普及発展することを期待したい.

参考文献

[1] 大図 秀行,長谷部 裕之,上野 文雄:「モバイル機器用の超小型燃料電池」東芝レビュー, Vol.60(2005), No.7,p.46.
[2] 上野 文雄:「マイクロ燃料電池開発の最新動向」電気学会誌,Vol.126(2006),No.2,p.76.
[3] 池田 宏之助:「燃料電池のすべて」,p.216,日本実業出版社(2001).

(真辺 俊勝)