NanotechJapan Bulletin

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Vol. 1, No. 6, 2008年8月15日発行/スピントロニクス最前線 (上)

NanotechJapan Bulletin Vol.1, No.6, 2008 発行

スピントロニクス最前線 (上) ユニバーサルメモリからメモリインロジックを目指す金属スピントロニクス
--- 東北大学 大野 英男教授に聞く

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 電荷とスピンの両方を使うエレクトロニクスはスピントロニクスと呼ばれる.スピントロニクスは,半導体の中でスピンを使う半導体スピントロニクスと,磁性金属または磁性金属/半導体ハイブリッド構造を使う金属スピントロニクスに分けられる.その両分野でパイオニアとして世界を牽引してきたのが大野 英男氏(東北大学電気通信研究所教授)だ.インタビューでは半導体系と金属系の両方について話を伺ったが、半導体系については次号にまわし、本号では産業化へのシナリオが見えてきた金属スピントロニクスについて紹介する.



磁気ランダムアクセスメモリ

 ユビキタス社会に向けて,無限回書き込みが可能,不揮発(電源を切っても情報が保持される)かつ大容量化可能な高速メモリが求められている.こうした究極のメモリ,すなわち「ユニバーサルメモリ」はまだ完成していないが,その最有力候補と目されているのが磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)だ.

 MRAMでは,ハードディスクと同様に情報を磁化の方向として記録する.このため,半導体DRAMのように定期的に情報を書き込まなくても情報が保持され(不揮発),消費電力も小さい.一つのMRAMセルの基本構造は,図1のようにトンネル絶縁膜を強磁性電極2枚で挟んだトンネル接合だ.片方の電極の磁化は固定し,もう一方の電極の磁化の向きは可変にして,両者が揃っているか反平行かを情報0,1に対応させる.(電極の磁化は,反強磁性体の上に積むことで向きを固定することができる).情報の読み出しは,トンネル抵抗を測ることにより行われる.抵抗の違いを低い方の抵抗の値で割ったものを磁気抵抗比と呼ぶが,図2に示すように,酸化アルミニウム(Al-O)障壁を用いた初期の磁気トンネル接合では70%と低く,高集積MRAMの実用化レベルには遠かった.


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図1

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図2

 磁気抵抗比は電極のスピン偏極率Pをもちいて2P2/(1-P2)と書くことができるので,電極が100%スピン偏極していれば無限大になるはずだ.Fe,Coなど普通の強磁性体ではせいぜいP=0.5なので,磁気抵抗比はたかだか70%くらいにしかならないと思われていた.突破口は理論によってもたらされた.

 体心立方格子(bcc)構造をもつFeやCoのフェルミ準位には完全にスピン偏極した(スピンが特定の方向を向いた電子しか収容できない)バンドとそうでないバンドがある.面方位が(001)の酸化マグネシウム(MgO)絶縁膜をFeまたはCoの(001)面で挟んだ構造のトンネル接合を作れば,波動関数の対称性のため完全スピン偏極バンドの電子しかMgO障壁を透過できないため実効的にPが1に近くなることを,英国と米国の理論グループが2001年に独立に予言したのだ.その正しさは産業技術総合研究所によるフルエピタキシャル(001)配向Fe/MgO/Fe磁気トンネル接合の実験によって確認された.その後,電極をアモルファス合金a-FeCoBに変えるという方法が特性向上に有効なことが分かった.アモルファス合金は表面の平坦性が良いうえ,その上に積層したMgOが(001)方向に優先配向するという性質がある.a-FeCoB/MgO/a-FeCoB積層構造を作り,あとから熱処理でFeCoB電極を結晶化させることにより,図2に示すように,キヤノン-アネルバ-産業技術総合研究所グループ,東北大(大野グループ),IBMなどが相次いで磁気抵抗比の記録を塗り替えた.室温における現在の最高値は,2008年に東北大-日立グループが達成した604%である.このアモルファス合金によるトンネル構造は,量産技術として確立しているスパッタ装置で作ることができる.このことは実用上大きなインパクトを持ち,MRAMへの適用が進められ,さらに,ハードディスクの書込み用ヘッドに応用され製品化されている.

スケーラビリティとスピン注入磁化反転

 MRAM実現にはもう一つ,従来のような配線に電流を流して発生させた磁場を使った情報書き込みはスケーラブルでない,つまり寸法が小さくなればなるほど反磁場が大きくなって書き込めなくなるという問題がある.一方で,熱安定性を持たせるためには保磁力を大きくする必要があり,そうするとますます書けなくなる.これはハードディスクをはじめとする磁気記録の最大の泣き所だ.これはスピン注入磁化反転という方法で解決されそうだ.

 1996年に,強磁性体にスピン偏極した電流を注入すると磁化が反転することをIBMの研究者達が理論的に予言した.この機構によれば,磁化反転に必要な電流はTMR素子の接合面積に比例して小さくなるので,小さい素子ほど低消費電力化に有利となる(図3).前述の電流磁場による磁化反転とは正反対だ.当初,この理論には懐疑的な研究者が多く,検証実験は行われなかったが,コーネル大のグループが挑戦して明瞭なスピン注入磁化反転の観測に成功した.「こういう実験をもっと多くやらなければいけないと強く思います.初めからダメな理由ばかり並べていても研究は進みません」と大野氏.コーネルグループが用いた構造は磁性層でCu中間層を挟んだ積層面に垂直に電流を流す巨大磁気抵抗(CPP-GMR)素子だったが,MgOを障壁とするTMR素子でスピン注入磁化反転を実証する仕事は,ソニー,東北大・日立,産業技術総合研究所,Grandisなどの研究者によって行われた.

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図3


電流密度と熱安定性

 MgO障壁TMR素子を用いることによって反転に必要な電流密度(しきい電流密度)は3 x 106A/cm2くらいに達している.ユニバーサルメモリを実現するためには,これをさらに1⁄3以下に下げたいのだが,微細化に伴って問題になるのが熱安定性だ.熱擾乱で磁化が反転してエラーが起きないためにはエネルギー障壁が必要だが,これは体積に比例する.1Gbの集積化に対して熱エネルギーの60倍(60kT)の高さの障壁が求められる.熱安定性と低電流密度という矛盾する要求をどうバランスさせていくかが目下の課題だ.(細かくいうと,しきい電流密度は印加電流パルスの幅によるので,パルス幅も含めて検討する必要がある.)

 ユニバーサルメモリ(どんな場合にも使えるメモリー)の条件をまとめたのが表1だ.スピン注入磁化書き込みを利用したMRAM(SPin-transfer torque RAM: SPRAM)は,○をつけた項目をほぼ達成した.残る項目を今後詰めていくことになるが,最大の課題は電流密度の低下と熱安定性の兼ね合いをとることだ.「原理的にはこれで行けるというところまできました.あとは,どこまで今の材料で行けて,どの最小寸法から別の材料にしなければいけないかを見極めていくというエンジニアリングの問題です」(大野氏).

表1
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メモリインロジックを目指して

 不揮発性でほぼ無限回の書き換えが可能で,さらに65nmレベル以下の微細化が可能な高速メモリは現在SPRAMしか存在しない.高速で無限回書き換えられるというのはDRAMのように論理素子と組み合わせて使えることを意味する.

 今日の半導体プロセッサを開けてみると,その殆どがメモリ,それも揮発性メモリだ.情報を保持するだけでも電流が必要なので消費電力が大きな問題になっている.しかも微細化が進めば進むほどこの消費電力は増加する.また演算器とメモリを平面的に並べているので面積が大きくなり,遅延が増える.一方,SPRAMは抵抗変化型のデバイスなので演算器の上の配線レイヤーに入れることができる.これは配線のインテリジェント化と言っても良い.SPRAMは集積回路プロセス終了後に配線プロセスで作ることができるので,プロセスの点でも都合が良い.これによって,メモリーインロジック/ロジックインメモリーが初めて実現することになる(図4).

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図4


 このようなプロセッサによれば動的な再構成やデータドリブンなアーキテクチャ,ひいては非フォンノイマン型のアーキテクチャまで実現できる可能性があり,これに向けた新しい回路設計技術の探索も始まっている.「集積回路の世の中は作ってみないと信用されません.シミュレーションではだめなのです」と語る大野氏は,日立と連携して,ファウンドリーから調達したCMOSウェハ上にSPRAMを作り込むという方法でこのコンセプトを実証しようとしている.2007年2月には双方向電流書き換え方式の2MbのSPRAMを開発し,書き込み時間100ns,読み込み時間40nsの動作を実証した.(2005年にはソニーが4kbのSPRAMを発表している.)

 「こういう流れがすぐ集積回路全体を置き換えることはないかもしれません.しかし,ある種の応用では主流になるのではないかと期待しています」と語る大野氏は,通信/家電メーカ7社と共同で「高機能/超低消費電力コンピューティングのためのデバイス/システム基盤技術の研究開発」プロジェクト(文部科学省「次世代IT基盤構築のための研究開発」)を2007年8月に開始して,スピン注入型ロジックインメモリの実証を進めている.

参考文献

[1] 日経エレクトロニクス, 2007. 8. 27, pp.97-110.
[2] 日経エレクトロニクス, 2007.12.17, pp.107-113.
[3] 湯浅 新治, D.D.Djayaprawira:日本物理学会誌 Vol.62, No.3, 2007, pp.156-163.
[4] S. Ikeda, J. Hayakawa, Y. M. Lee, F. Matsukura, Y. Ohno, T. Hanyu, and H. Ohno: IEEE Trans. Electron Devices Vol. 54, No.5, 2007, pp.91-1002.
[5] 久保田 均, 福島 章雄, 薬師寺 啓, 大谷 裕一, 湯浅 新治, 安藤 功兒, 前原 大樹, 恒川 孝二, D.D.Djayaprawira, 長峰 佳紀, 渡辺 直樹, 鈴木 義茂:まぐね Vol. 2, No.6, 2007, pp.282-290.
[6] S. Matsunaga, J. Hayakawa, S. Ikeda, K. Miura, H. Hasegawa, T. Endoh, H. Ohno and T. Hanyu, Applied Physics Express, to be published online on August 22, 2008.(磁気トンネル接合MTJとCMOSを一体的に作製した初めてのロジック)

(物質・材料研究機構 井下 猛)