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Vol. 1, No. 7, 2008年10月31日発行/グリーンナノ企画3: 食生活を豊かにするナノフード,その技術はナノツールへ

NanotechJapan Bulletin Vol.1, No.7, 2008 発行

グリーンナノ企画特集3
「食生活を豊かにするナノフード,その技術はナノツールへ」
— 太陽化学株式会社 南部 宏暢執行役員に聞く

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 食糧にはエネルギー,美味,機能性の3要素がある.ナノフードはこれらのファクターを増進させるという.石油コンビナートの工場が建ち並ぶ四日市市の太陽化学株式会社 総合研究所を訪ね,ナノフードとはどんなものか,その技術はどのように展開しようとしているかを,インターフェースソリューション事業部 開発担当 南部 宏暢執行役員に伺った.研究所のロビーにはナノフードに関する数々の表彰のトロフィーが並んでいた.


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ナノフードの始まり

 太陽化学は創業間もない1949年に食品用香料の製造を始めた.ひまし油を原料にキャラメルのミルクフレーバを作った.有機合成技術を基盤に,植物素材を用いた界面活性剤,増粘安定剤,カテキンのような機能性食品を扱うようになっている.カップ麺の浮き身なども太陽化学と食品メーカーとのコラボレーションにより作り出した.1950年にアメリカでパンに石けんを使っているという話を聞き出した.食品用のグリセリン誘導体,モノグリセライドが食べられる石けんだった.これをヒントに食べられる界面活性剤の考えが生まれた.1990年頃から薬理機能など機能性食品が話題になり,社内で技術の棚卸しをしたら,ナノテクだとなった.ナノメートルの界面活性剤で食品を処理していた.そこでナノテクで組み上げたら新しい価値が生まれるのではないかと考えて,食べられる材料で作られた食品素材の開拓に改めて踏み出した.これがナノフードの始まりである.

ナノフードの代表例

 南部さんがグリーンナノの代表例として挙げたのは鉄製剤だった [1].

 WHOの調査によると栄養素で欠乏しているものの代表が鉄分であり,世界人口の1⁄3,21億人が鉄欠乏性貧血症という.日本薬局方で使用の認められている薬剤は硫酸第一鉄のみだが,下痢や胃潰瘍等の消化器への副作用がある.生体鉄には原料動物のトレーサビリティ等の問題が多く,ピロリン酸第2鉄などは水不溶性であるため吸収性が悪い.

 そこでナノフードが登場する.先ず,4 FeCl3+3Na4P2O7→Fe4(P2O7)3+12NaClの反応でピロリン酸第2鉄を作る.生成したピロリン酸第2鉄が凝集して大粒になる前に粒子表面を界面活性剤で覆うと,比重が大きくても水に浮かぶ.図1に示すように,溶液状態での水分散性に優れるから沈殿が起こらない.粒径分布は赤の棒グラフで示され,200nmに高いピークを持ち,処理しないもの(緑)よりはるかに狭い分布を持つ.被覆剤を選ぶと胃の中の塩酸(胃酸)には侵されず,小腸内の消化酵素に選択的に反応して鉄分が解離するようにできる.この結果,腸に入ってから鉄が溶けて吸収されるので副作用なく鉄分を補える.

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図1 サンアクティブFe試料の粒度分布(提供:太陽化学)


 この製剤はサンアクティブFeと名付けて商品化されている.スイス連邦工科大学で生体の鉄吸収率を調べた結果が図2に示されている [2].高い生体利用効率だけでなく,副作用による胃の出血がない,胃にやさしい鉄剤である.つまり,鉄分を安全に有効摂取できる.

 この技術はスーパーマーケットなどに並ぶ,鉄分やカルシウム分を強化した牛乳の製造等に用いられている.鉄剤をナノ粒子にすることで多様な食品への添加,効果的摂取が可能になった.この成果により,1999年にはMost Innovative Food Ingredient AwardをFIE 1999, Paris, Franceで,2003年にはNutrAward for the Best New Product of 2003をNutracon 2003, Anaheim, USAで受賞した.

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図2 サンアクティブFe試料の生体利用効率と胃への影響(提供:太陽化学)


ナノフードの原理

 ナノフードは界面活性剤(乳化剤)がキーマテリアルとなる.界面活性剤は液体脂の表面に水和層(hydration layer)を作って,表面張力を低下させ,水に溶けないはずの脂が溶ける(均一に分散する)ようにする物質である.すなわち,界面活性剤は本来混ざり合わない水と脂を結びつける働きを持ち,油脂肪を均一に乳化(脂が水の中に分散した乳濁液状態,エマルジョン)する.さらに,気泡性を調整する,口当たりを良くするなどの役割を果たす.この働きはチョコレート,アイスクリーム,飲料などに幅広く使われる.身体を洗う石けんも皮脂を水に溶かすのにこの原理を使っている.

 鉄剤のような栄養素は図3に示すように,乳化剤でくるむ.液・液分散系(液体中に液体粒子が分散した系,エマルジョン,乳濁液)における分散粒子の粒径は通常のエマルジョンの粒径2000nmから,3〜10nmの自己ミセル∗に至り,小さいほど透明度は高い.圧力印加や磨砕で均一分散させた高圧ホモは200〜300nmである.これらの通常のエマルジョンは磨砕などで1⁄10の粒径にしても放置すると凝集して700nmくらいの粒に戻ってしまう.ナノフードでは高圧ホモと自己ミセルの中間の大きさの粒子径を利用する.その粒径は界面活性剤を活用した粒径の制御技術で実現する.自己ミセルの3倍くらいの高分子界面活性剤を作り,乳化剤で栄養素をナノコーティングする.例えば,ビタミンEは油性だから水に溶けないが,乳化剤でクラスター化して20〜30nmの粒子にすると,均一に分散して水溶液が透明になる.

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図3 界面制御と液-液分散系(提供:太陽化学)


 このように1nmオーダーでコントロールした分子膜でくるむことにより栄養素を人体内に安全に送り込むのがナノフードであり,このような技術をニュートリション・デリバリー・システム(Nutrition Delivery System, NDS)と名づけた.その基本となる界面制御技術は分子膜の分子設計と反応制御技術に支えられる.ここで使う界面活性剤の素材は天然のものを使用し,食べても安全なようにしている.デザート,飲料などの品質安定化に使われる増粘安定剤は豆や海藻類などの天然素材が原料である.

∗ミセル(micelle):多数(数個から数十個)の小分子が分子間力で会合してできた親液性コロイド粒子.鎖状分子が集まって,束を作り微結晶をなすが,その束の両端は総状となり,この総(ふさ)がほかのミセルの総と網状に繋がって無定形部分を作る.(岩波書店理化学辞典より)

ナノフードの原理の応用

 缶チューハイにフレーバを付けようとすると製造過程で25%のアルコールに触れる.ウースターソースなら,高い塩分の環境を経過する.このようなときにナノフードの技術は栄養素やフレーバを安定に保つことが出来る.100nm以下,1nmオーダーの領域で界面活性剤を使う技術のお蔭で栄養素を安全に守って,人間の身体の中に運び込めるようになった.NDSはこのようにナノ領域で界面制御技術により製剤化した栄養素材を食品の加工段階から,摂取した後の体内吸収まで安定して供給するシステムである.NDSはこれを各種食品に利用して,食品の安定性,味の改良,安全性,生体利用率の改善をもたらすことを狙っている.

 界面活性剤は食品分野に限らず,化粧品・トイレタリーにも使われる.研究所の陳列棚には身の回りで見る缶コーヒー,缶チューハイ,化粧品,制汗剤,刺激性の少ない洗剤などの最終製品が並ぶ.いずれも食品・化粧品・トイレタリーメーカーとの共同開発だが,商品には最終製品のメーカー名のみが記されているので,私達は太陽化学のお世話になっているのに気付かないでいる.

メソポーラスシリカへの発展

 ナノフードにおいて,1nm〜100nmの領域で有機物粒子の制御に界面活性剤を使う技術ができて来た.この技術によって,1nmオーダーの有機物粒子(界面活性剤のミセル,又はナノエマルジョン)の鋳型が作れることになる.ケイ素原料に界面活性剤を加え,pH調整して,ミセル複合体とし,自己組織化でシリカが縮合してシリカ−界面活性剤複合体となる(図4).

 六角形断面の長く伸びた蜂の巣状の複合体ができる.ここで界面活性剤を除去するとメソポーラスシリカができる [3], [4].トレードマークはTMPS(TaiyoKagaku Meso Porous Silica)とした.界面活性剤の選択や調製により,六角形の孔径(六角形の対向する頂点間の距離)は1.5nm〜10nmの範囲で0.3nmピッチで制御できる.TMPSの後に孔径をnmで表わした数字をつけて区別する.2次元六角形は長いもので孔径の1000倍くらいまで続く.シリカの壁の厚さは単分子膜で,孔径1.5nmの時に約0.9nmである.メソポーラスシリカは1988年に早稲田大学黒田教授らによって発見された [5].その後(株)豊田中央研究所で開発が進められていたものに,太陽化学の界面活性剤の技術が結びついてTMPSとなった.このナノポーラスシリカは今年2月13日から15日に開催されたnanotech2008国際ナノテクノロジー総合展・技術会議でnanotech2008大賞(材料・素材部門)を受賞した.

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図4 メソポーラスシリカの合成(提供:太陽化学)


 さらに,次項に述べるような可能性に応えるべく,平成18年度〜19年度には経済産業省の「省エネルギー型化学技術創成研究開発」により,ナノポーラスシリカの実証プラントを建設した.年産20tの生産能力を持ち,試薬だと5gで3万円するのを,グラム当り数円にしたい.現状はkg当り数万円の段階にある.作られたポーラスシリカの比重はバルクシリカの1⁄10に過ぎない.

ナノポーラスシリカの特性と応用

 ナノポーラスシリカの水蒸気吸着特性を図5でシリカゲルと比較した.シリカゲルは相対湿度に比例して吸着量が増えるのに対し,ナノポーラスシリカは孔径により急激にある湿度で吸着量が増す.1.5nm孔径だと相対湿度30〜40%,4nmだと70〜85%で急増し,水吸着量の飽和値は吸着量が立ち上がる湿度とほぼ同じ%になる.

 分子吸着,毛管凝縮,液流体化,毛細管現象が起こり,孔径が揃っているためある湿度で吸着量が急上昇し,一定水吸着量で飽和する.この性質を利用すれば,水の脱吸着に少ないエネルギーで稼動できるデシカント(除湿)空調ができるという.

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図5 水蒸気吸着等温線(提供:太陽化学)

 ナノポーラスシリカをLSI封止用レジンのフィラーに使うと,孔径が小さく,レジンが空孔に入り込めないため,空孔に空気が残って,低誘電率を呈する.豊田通商,アドマテックスと共同開発し,比誘電率はエポキシ:4.4,球状シリカ:3.8,フッ素樹脂:2.1に対し,1.64となった.豊田通商よりLow-k材料として発表し,2月13日の日経産業新聞に掲載された.低誘電率は高周波用途に望ましい性質で需要の増加を期待している.

 クロロフィル(葉緑素)はモノマーだと光照射ですぐに壊れる.これを4nm孔径のナノポーラスシリカとのハイブリッドにすると可視光照射に耐えることが分かった.これにより自己組織化で人工光合成の可能性が出て来た.酵素蛋白をTMPSに入れて活性化し,有機触媒,酵素を組込んで人工酵素にする可能性も期待できる.

 規則性ナノ空孔には金属を充填することも出来て,新しい応用が生まれる [6].塩化白金酸水溶液をナノ空孔に吸着させ,水素還元すると空孔径に応じた白金ナノ粒子ができる.天然ガスから水素を採る燃料電池用途ではCOをCO2にして取り除く必要がある.CO除去にPt/Al&2O&3触媒を用いるとCO2への変換が150℃にならないと起らないのに,Pt/TMPS-2.7だと25℃からCO2への変換が起る.PtとSiO2界面で新しい反応が起っているらしい.

ナノツールへの発展

 食品のための界面活性剤の界面制御技術は当初の目的であったナノフードを超えて,ナノポーラスシリカとして新しい発展を遂げようとしている.先端半導体技術の低誘電率材料の可能性や,エアコン,光合成,燃料電池などのエネルギー分野,触媒・酵素用担体,香料・生理活性物質担体などに発展する可能性を示している.メソポーラスシリカはエレクトロニクス,エネルギー,バイオの分野の研究の場を提供する.ナノフードからナノツールへの発展である.この観点から,ナノスケールの反応場を提供するものとして,平成18年から5年間の計画で進められる「革新的マイクロ反応場利用部材開発」のNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)プロジェクトに参加している.

 ナノポーラスシリカが生まれるきっかけは太陽化学という食品・化学メーカーとトヨタ自動車に繋がる豊田中央研究所とのコラボレーションであった.異分野との交流,異なる経験から生まれる新しい応用が新しい発展を生む.南部さんは新しい発展のために多くの方々との交流を望んでいる.

おわりに

 飽食の時代といわれる一方,日本の食糧自給率は低く,世界には多数の飢餓地域がある.ナノフードは食糧を人の好みに合った食感,香り,必要とされる栄養素に調整し,人体に吸収しやすい形にすることが出来る.南部さんは「食糧自給率はカロリーベースでの概算であり,栄養素としての吸収効率は極めて低いと言わざるを得ない.食糧生産の規模拡大も重要な施策であるが,ナノテクを基盤とする加工技術をもって,得られた資源をリフォーマットすることで潜在的資源を有効活用できれば,真の自給率は底上げされることは明らか」と考える.ナノフードが食糧を有効に活用する手段となり,食糧問題解決の一翼を担うものとして,更なる発展への努力が続けられている.

参考文献

[1] 南部宏暢,「食べるナノテクノロジー-食品の界面制御技術によるアプローチ」(月刊フードケミカル Vol. 21, No.2, pp.26-30,2005.2).
[2] M. C. Fidler, T. Walczyk, L. Davidsson, C. Zeder, R. F. Hurrell, N. Sakaguchi, L. R. Juneja, “A micronised, dispersible ferric pyrophosphate with high relative bioavailability in man”, British Journal of Nutrition, Vol.91, No.1, pp.107-112 (2004.01) .
[3] 南部宏暢,「界面活性剤の科学と最新応用技術 メソポーラスシリカの生産と機能性有機物ハイブリッドの開発」(科学と工業 Vol. 80, N0. 8, pp.356-359,2006.8)
[4] M. P. Kapoor, Y. Kasama, M. Yanagi, T. Yokoyama, S. Inagaki, T. Shimada, H. Nanbu, and L. R. Juneja, “Mesostructured silica with bush-like morphology and its transformation into nanosized mesoporous silica particles”, Chemistry Letters, Vol. 36, No.5, pp.626-627 (2007) .
[5] 北岡諭,黒田一幸,加藤忠蔵,「層状H2SiP2O8の合成とアルキルアミンとの反応」(早稲田大学理工学研究所報告 No.120, PP.89-93,1988.5) .
[6] 南部宏暢,「ナノ構造制御 メソポーラスシリカのナノハイブリッド材料としての可能性」(科学と工業 Vol. 82, N0. 7, pp.345-352,2008.7).

(古寺 博)