NanotechJapan Bulletin

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Vol. 1, No. 7, 2008年10月31日発行/米日学生インターンシップ・プログラム’ナノジャパン’を主宰して

NanotechJapan Bulletin Vol.1, No.7, 2008 発行

インタビュー「米日学生インターンシップ・プログラム ‘ナノジャパン’ を主宰して」
— ライス大学准教授 河野 淳一郎さんに聞く

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海外から日本へ,あるいは日本から海外へ学生を派遣する研究インターンシップ・プログラムはいくつかあるが,大半は大学院生が対象だ.3年前にアメリカで始まったナノジャパンは,学部の1,2年生,それもナノテク分野の学生を対象とするユニークなプログラムで,毎年十数人の若者をアメリカから日本に送っている.その先進性は米国でも高く評価され,IIE(Institute of International Education)から2008年度Andrew Heiskell 賞を授与された.「ナノジャパン」を主宰する河野 淳一郎氏(ライス大学准教授)に話を聞いた.

まず,「ナノジャパン」を始めたきっかけと,その概要について聞かせてください.

 米国国立科学財団が3年前に開始したプログラムにPIRE(Partnerships for International Research and Education)と呼ばれるものがあります.これは国際共同研究と国際教育に的を絞った大型プログラムで,支給金額のうちのかなりの割合が教育に充てられます.私は,フロリダ大学とテキサスA&M大学の物理学者二人およびタルサ大学の国際教育専門家とチームを組み,東京工業大学と大阪工業大学の半導体研究者をパートナーとして初年度に応募したところ,幸い合格しました.

 そこで是非とも米国の学部生を日本に送りたいと思って始めたのが「ナノジャパン」です.我々は学部の1-2年生,3-4年生,大学院生の3つのレベルそれぞれを対象にした斬新な国際教育を行っており,「ナノジャパン」は学部の1-2年生を対象としています.ナノジャパンは,ナノテク分野で大学院に進む学生を増やすとともに,国際的な経験と視野をもった科学者や技術者を育てることを目的としています.2006年以来,全米の大学から選ばれた優秀な16名の学生を,毎年夏に,日本の約10 の研究機関(北海道大学,東北大学,東京工業大学,東京大学,慶応大学,信州大学,大阪大学,大阪工業大学などの大学と,物質・材料研究機構,理化学研究所)に派遣しています.ホストになっていただいている研究室は,半導体ナノ構造およびカーボンナノチューブの基礎物性および応用の分野で世界的にも著名な仕事をしているところばかりです. プログラムの期間としては日本には合計11週間滞在し,はじめの3週間は全員が東京に集まってオリエンテーションを受けます.それが終わると,各研究機関に分かれて,ホスト研究者の指導のもとで研究を開始します.

今年度の実施状況はいかがでしたか.

 2008年度は1月に募集を行い,ハーバード,プリンストン,バークレーといった一流の大学を含む全米の多くの大学から70名の応募がありました.最終的に定員の16人を選んで日本に派遣しましたが,人種的にも非常に多様です.また,今年は特に優秀な女性の応募者が多く,男女同数の8名ずつとなりました.彼らは,5月17日から8月5日まで日本に滞在したのち,テキサス州ヒューストンのライス大学で行われたワークショップで成果を発表し,プログラムをすべて無事終了しました.さらに,5人の学生は,日本で行った研究に基づいて今論文を執筆中で,Journal of Young Investigatorsという米国学部生向けのピア・レビュー雑誌に投稿する予定です.

グラントの規模はどのくらいですか.

 PIREグラントは5年間のプロジェクトで,その間の総支給額は約200万ドルです.我々の場合は,約60%を研究,約40%を教育に割り当てています.ナノジャパンの学生には航空運賃を含む交通費と日本における宿泊費,食費など,一人当たり3,500ドルが支給されます.個人差はありますが,学生は平均2,000ドル程度を,その他の経費として自己負担しています.

学部1-2年生を対象にしたのには何故ですか.

 私としては,できるだけ若いアメリカ人に国際的で有意義な研究経験を与えて,彼らの将来の方向に良い影響を与えたかったのです.これはNSFの考えとも一致します.米国では学部生の殆どがアメリカ人なのに対して,理系の大学院生は外国人が大多数を占めます.NSFとしては,若い学部生にサイエンスの面白さを知ってもらうことで,より多くの米国人が大学院に進むことを期待しているのです.また,アメリカの国際プログラムには圧倒的に文系向けのものが多いのです.理系の大学院生向けの国際プログラムは探せばいくつかありますが,学部向け,特に1-2年生向けの理系国際プロジェクトはほとんど皆無だったのです.「ナノジャパン」はそこを狙ったことで,NSFの中でも高い評価を得られたのだと思います.

学生の選抜はどのように行っていますか.

 成績,推薦状,エッセイという3本立てで評価しています.非常に優秀な学生からの応募が多く,成績ではGPAが4.0という学生が何人かいます.推薦状をみれば,応募者たちが今までにどのような課外活動を経験してきたのかがよく分かります.何人かの学生は,大学1年生にも関わらず既に研究の経験を持っていて,このことが日本との大きな違いだと思います.今年の応募者の中に,すでに二つ論文を出版している学生がいたのには驚きました.エッセイでは,(i)ナノについて知っていること,(ii) 日本の何に関心があるか,の2つについて書かせます.殆どの応募者は漫画(アニメ)や日本のハイテクに興味を持っていますが,日本の文化や歴史について深い知識をもっている学生は少ないようです.

1-2年生を指導するのは,日本のホストにとって手がかかって大変だと思うのですが.

 全くその通りです.ホストの先生方には本当にお世話になっています.しかし,皆さん口を揃えておっしゃることは,同年齢の日本人学生を教えるのに比べるとはるかに楽だということです.その背景には日米の教育の違いがあります.日本では,大学の4年生になってはじめて研究室に配属され,研究を開始します.それまでは,実験といっても答えが分かっているようなものが中心で,研究らしい研究の機会はありません.前にもお話ししたように,アメリカでは1,2年生から研究室に入り,実践的経験を積む学生が結構いるのです.アメリカ人学生は,理論の面では,大学院に入っても量子力学を十分理解していない人がいてアジア人に及びませんが,実験では即戦力になります.エレクトロニクスとか,真空技術といった実験の基本を知っていて,大学院の1年生でも頼りになる人はかなりいます.日本人に限らずアジアからの学生は,大学院の1年目の授業はつまらないという人が多いのですが,いざ研究室に入ってくると,それこそレンチの使い方から教える必要があって,すごく対照的でおもしろいですね.

ナノジャパンは,研究以外のサポートも充実していますね.

 東京で行われる3週間に及ぶオリエンテーションでは,日本語と日本の文化・社会,さらにナノサイエンスについてレクチャーを受けます.今年から,ご自身がレクチャラーでもあり日米協会のプログラム委員会のメンバーでもあるパッカード啓子さんがナノジャパンの日本代表に就任し,新しい企画をいろいろ考え出しました.その一つが,日本人大学生との週に一回のディベートセッションです.東京大学,慶応大学,早稲田大学,一橋大学,上智大学,国際基督教大学など約30人の学生達が,ナノジャパンの米国人学生16人と日米の教育の違い,道徳教育の是非,地球温暖化などをテーマにして意見を述べ合いました.

 また新たに科学技術関連企業などの訪問も始めました.このようにして,バラエティーに富んで充実したオリエンテーションができるようになってきました.学生たちは滞日中の義務として,週一回レポートを提出しなければなりません.私はそれに全部目を通してコメントするほか,必ず,学生全員の滞在先を訪問して本人とホストから話を聞き,相談に乗ります. 学生達は帰国後,我々スタッフと合流し,日本での経験について話し合います.アメリカに帰ってから逆カルチャーショックに陥るケースもあり,それを防止する意味でも,専門家を交えてじっくりと話を聞きます.修了生の動向はスタッフが追跡して,いま何をやっているのか,どんな分野に進んだのかといった情報を把握しています.

学生にとって,またライス大にとって,ナノジャパンのメリットとは何でしょうか?

 学生にとってのメリットは,若くしてナノの最先端の研究ができることと,3ヶ月という長期に亘って日本に滞在し,文化を知ると同時に国際的視野を広げられることでしょう.一方ライス大にとってのメリットは,やはり大学の知名度が上がることです.ライス大は,スモーリー博士達のC60発見をきっかけにナノの研究が盛んになり,90年代初めには米国初のナノ研究センターができたとはいえ,東海岸の有名大学のような知名度はありません.しかしナノの分野ではすでに非常に優秀な人たちが揃っていますあので,日本の研究者でもご存知の方は多いかと思います.

3年間をふり返ってみて,どんな感想をお持ちですか.

 1~2年目は夢中で,何をやっているのか分かりませんでしたが,3年目に入ってやっと経理などの運営にも慣れ,これは軌道に乗ったと感じるゆとりができました.特に,Andrew Heiskell賞の反響は予想以上で,色々なウエッブサイトで紹介された結果,応募者のレベルも上がり感謝しています.

これだけの規模の国際プログラムを立ち上げてまだ3年ということで,問題や悩みも多いと思うのですが?

 一番の悩みは,教育と研究のリンクをどう強めるか,ということです.NSFで最近行われた中間評価でも「ナノジャパン自体は優れたプログラムだが,もっと研究と教育の連携をはかるべきだ.教育を論文発表に結びつけてほしい」というコメントがありました.

 これについては,最近半導体ナノ構造に加えてカーボンナノチューブ研究をスコープに入れたことで,少しやり易くなりました.ナノチューブについては,ライス大学で非常に高品質な試料が入手できます.そのような試料を学生が日本に持参して,特殊な装置を用いて物性測定を行うことで,比較的短期間で論文にできると思います.また,ナノチューブ研究については日本に一流の研究者がいますが,そういった方々が多忙なスケジュールにもかかわらず学生を受け入れて下さったことも,教育と研究の距離を縮めるのに役立っています. 予算についても問題はあります.学生に対して往復航空券や宿泊費も含めて3500ドルという支給額はとても十分とは言えず,今後改善する必要を感じています.NSFからは,日本の企業のサポートを得てはどうかというアドバイスもでています.これには,5年のグラント期間が終わった後も継続できるように,という意味合いも含まれています.

今後,逆に日本人の学生をアメリカに受け入れる予定はありますか.

 日本人学生はアメリカでも評判が良いので,我々としては大歓迎です.ただしこの場合,NSFのグラントはルール上使えないので,日本側からの資金援助が必要です.日本からの派遣は,その経験や適応性からみて学部生より大学院生のほうが良いでしょう.また,日本の研究室は小さいところが多く,学生を一人アメリカに送ってしまうと戦力が落ちるため,先生が学生の派遣を渋る場合があります.この点,北海道大学の工学系教育研究センター(CEED)の国際プログラムなどは2-3ヶ月等の短期で学生を海外に送ることのできる良いシステムだと思います.私の研究室でも,今までCEEDを通して北大の学生を4人受け入れましたが,皆とても良い経験になっているようで大好評です.今後もこういった計画を強化する努力を続けたいと思っています.

――ナノネット参加機関の間でも,こうした学生の受け入れ/派遣への関心は非常に高いので,今後はナノネットとの連携も視野に入れて,ますますの発展を目指していただきたいと思います.今日は,貴重なお話をありがとうございました.


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2008年度ナノジャパンプログラムのオリエンテーション(東工大 大岡山キャンパス)


期間中に,Arden L. Bement博士(NSF長官,最前列左から3人目)とMachi F. Dilworth博士(NSF東京事務所長,2列目左から3人目)が来訪し,参加大学生16人と面談した.最前列一番左はSarah Phillips氏(ライス大学Engineering International Programs Administrator),最前列左から2番目は河野 淳一郎博士.(写真を提供していただいたNSF東京事務所に感謝します).

(聞き手と執筆:物質・材料研究機構 井下 猛)