NanotechJapan Bulletin

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Vol. 1, No. 8, 2008年12月22日発行/グリーンナノ企画4:環境の時代のポリマー:高熱伝導性バイオプラスチック

NanotechJapan Bulletin Vol.1, No.8, 2008 発行

グリーンナノ企画特集4
環境の時代のポリマー:高熱伝導性バイオプラスチック
— NECナノエレクトロニクス研究所主席研究員 位地 正年さんに聞く

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 資源枯渇,温暖化,環境汚染 これ等の対策は地球規模の喫緊の課題である.この課題は,私達の身の回りにあふれ私達の生活を豊かにしている家庭用品から電子機器に至るプラスチック製品にとっても例外ではない.早くからこの問題に強い関心を持ち,脱石油を目指し,金属に匹敵する高熱伝導性を持つバイオプラスチックを開発された日本電気株式会社(NEC)ナノエレクトロニクス研究所 位地 正年(いぢ まさとし)主席研究員 兼エコマテリアルRG研究部長を訪問し,技術内容や研究経緯を伺った.

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 位地主席研究員は,大学時代に環境負荷の小さい材料の開発・実用化を志し,それ以来この志を貫き通している.“金属に匹敵する高熱伝導性を実現したバイオプラスチック”の成果に至る前に,氏には ①エコポリカTM ②自己消火性エポキシ樹脂 ③ケナフ繊維添加ポリ乳酸 ④難燃性ポリ乳酸 ⑤形状記憶性バイオプラスチック等グリーンナノを基調にした環境負荷軽減高付加価値プラスチックの研究開発歴がある.これ等を無視して上記高熱伝導性バイオプラスチックの話に至れない.まずこれ等のことからお伺いした.

1.環境との調和を目指した研究開発

1.1 エコポリカTM(石油系環境調和型難燃性プラスチック---脱ハロゲン,脱リン)1)

 電子機器用プラスチックには電気火災防止の観点から高い難燃性が要求される.エコポリカTMは,着火時に樹脂表面に難燃層を形成する,シリコーン系難燃剤を添加した難燃性ポリカーボネート樹脂である.位地主席研究員にとって,NECにおいて初めて認められた記念すべき研究成果である.このエコポリカTMなる組成物は,ポリカーボネートに特殊な新シリコーン(メチルフェニール分岐型:図1)を数ミクロンオーダの球状に均一分散したものである.難燃性付与のメカニズムは,図2に示すように “プラスチック成形体が炎などに触れて800℃近辺の高温になると,シリコーン成分の粘度がポリカーボネートの粘度より小さくなり相分離してパソコン筐体などの成形体の表面へ移動し,炎に近い表面ではさらに高温になりSiO2や炭化物をはじめとする分解物が生成し酸素遮断と断熱作用のある難燃性バリヤー層を形成する” というものである.これにより,ポリ臭化ジフェニルエーテルのようなハロゲン系難燃剤や赤リンやリン酸エステルなどのリン系難燃剤を完全に排除でき,焼却・廃棄時のダイオキシン発生や土壌汚染等の環境負荷問題から解放された.難燃度は,米UL規格の難燃グレード「電子機器仕様の高いレベル “V-0” 」を達成している.さらに,このエコポリカTMには上記難燃性に加え熱変形温度が約10℃も向上し,また耐衝撃性が従来品の3倍以上になるという優れた特性がある.

 この成果は,住友ダウと共同で商品化されている.大型液晶テレビのような高級用途に広く使われ,年間数千トンが生産されている.


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1.2 自己消火性エポキシ樹脂2)

 発想の原点は,“炎にさらされる部位を発泡化して断熱性を高める” である.しかし,通常は発泡すると樹脂の分子鎖が切れ,発泡も途切れる.これをどうやって克服するかが課題となる.発泡によって分子鎖が切れるのは鎖の結合が弱いからである.そこでノボラック型エポキシ樹脂の分子鎖の中にビフェニル等の多芳香環化合物を導入することを考えた(図3).即ち,多芳香型環化合物を主鎖に含む特殊な構造を持つエポキシ樹脂にし,これに硬化剤を加え成形時に反応させると “低い架橋密度と比較的高い耐熱分解性を併せ持った特有の架橋構造” ができ,柔軟でかつ強い結合になるのでうまく発泡すると考えた.分子の構造に入り込んで特性をコントロールするナノテクの世界である.これを実行し,目的を達成即ち環境負荷の大きいハロゲン系,リン系難燃剤を用いることなく自己消火性エポキシ樹脂を実現できた.この自己消火性エポキシ樹脂には,優れた難燃性に加え吸湿性小,耐熱分解性大の好ましい特性も加わっており,多くの市場要求に応えられる商品に仕上がった.現在,住友ベークライトにおいて量産され,世界のメジャー半導体企業でICのパッケージ材として使われている.世の中の役に立っており,今もって位地主席研究員が充足感を味わっている研究成果である.


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1.3 ケナフ繊維添加ポリ乳酸 (植物由来成分90%のバイオプラスチック)3,4,5)

 エコポリカTMは優れた商品であるが,さらに地球にやさしい,環境負荷の小さいバイオプラスチック開発の要求が出てきた.いわゆるバイオプラスチックなるものは富士通(ノートPCの部品に使用開始,2002.6),ソニー(ウォークマンの筐体に採用,2002.8)が既に開発,商品化していた.位地氏は,二番煎じは嫌,やるなら技術的にも環境的にも飛躍のあることをやりたいと考えた.そこで,代表的なバイオプラスチック素材であるポリ乳酸(PLA)と植性として成長が早くかつCO2吸収の大きいケナフ*)を組み合わせることを着想し,開発を進めることにした(図4).

 ポリ乳酸(原材料はトウモロコシ)には,耐熱性(熱変形温度),難燃性,強度(剛性),成形性(結晶化速度)等に問題がある.これ等の課題対策として石油系プラスチック混入のトレンドがあるがこれは自分の目標には合わず根本解決には繋がらない.位地氏はケナフ添加で解決することにチャレンジすることにした.結果として,ポリ乳酸にケナフ繊維15%以上添加すれば,耐熱性(荷重たわみ温度)と衝撃強度の向上および成形時間の短縮化ができる手がかりを得た.これは,ケナフ繊維が樹脂の変形を防止しかつポリ乳酸の結晶化を促進することによる.

 さらに,実用プラスチックとするためのバランスのとれた総合特性を実現しなければならない.そのために,図5に示すように,例えば衝撃強度向上のためにはケナフ微粉の除去や植物原料系の柔軟性付与剤の添加を,またケナフ繊維そのものに結晶化促進効果があるがさらに成形時間の大幅短縮(10分→1分)のためには新しい結晶化促進剤の追加等の工夫をした.

 さらに,ケナフに含まれるペクチンが成形体表面に浮き出てくることの防止対策,また生分解性はバイオプラスチックのうたい文句であるが製品寿命を考慮し実用上問題のないように分解速度を制御する(ポリ乳酸先端の反応性の強い官能基のキャッピング)等々,製品としての総合特性,バランス調整に苦労を重ねた.強度を向上させれば落下衝撃性が低下するなどまさしくもぐら叩きの連続であった.その結果ノウハウ(ブラックボックス技術)の多い企業にとって好ましい製品に仕上がった.これ等の諸対策は,ノウハウに絡むことが大半であるがまさしくナノテクノロジー的材料・プロセス技術駆使の成果であるといえる.


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 研究グループメンバーや量産化の提携先であるユニチカ(株)の協力によって完成した新しいバイオプラスチック:ケナフ繊維添加ポリ乳酸のキャッチフレーズは,“植物由来成分が90%”ということである(cf. 今も,認証基準は植物由来成分25%以上をバイオプラスチックと称することを許している).マスコミもプラスチックの主成分 “ケナフ+ポリ乳酸” が植物由来の環境に優しい循環可能なグリーン素材であることを高く評価してくれ,日経BP賞を受賞した.なお,このバイオプラスチックは2004年9月にパソコンのダミーカードに採用(NEC),また2006年3月にNTTドコモのエコ携帯電話として製品化された.

*)ケナフ:洋麻とも云う.アフリカ原産の植物で,CO2の吸収速度が植物の中でも最高レベル(光合成速度は,通常の樹木の3~9倍,1トンのケナフで約1.4トンのCO2を吸収することが可能)であり,地球温暖化防止効果の高い植物といわれている.

1.4 難燃性ポリ乳酸3)

 バイオプラスチックをパソコンの筐体など大きい物に適用するためには,より一層の難燃化が求められる.ポリ乳酸に水酸化アルミニウムを加え,下記脱水反応式で示される吸熱効果(-Q)をベースに難燃化する技術並びに炭化防止剤添加などでこの課題にチャレンジしている(図6).

2Al(OH)3 → Al2O3 + 3H2O - Q    (1)

 現在,吸熱・難燃化をもたらす2Al(OH)3を如何にうまくポリ乳酸とコンポシットにするか最後の詰めを行っている.界面活性剤,表面処理プロセスにかかわるナノテク技術を駆使して努力中である.近々成果発表がある模様で,乞う期待である.

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1.5 リサイクル可能な形状記憶性バイオプラスチック)3,6,7)

 従来の石油系プラスチックでも実現できなかった “形状記憶性とリサイクル性” の両立を可能にするポリ乳酸複合材の開発である.高温での解離と冷却時の再結合を繰り返せる熱可逆結合(Diels-Alder結合)をポリ乳酸の構造中に付与させることで(図7),ヘヤドライヤー程度の加熱(60℃)と外力で自由に変形でき,同程度の加熱で元の形状に回復し,さらに通常の成形温度(160℃程度)で溶融できるのでリサイクルも可能である(図8).

 元々本研究は別の目的を持ってやっていた.その途中で,メンバーの一人が形状記憶性のあることに気付き,これを進めることにし,そして成功した.しかし,シーズ指向の研究成果になったため,アプリケーションはユーザの提案待ちである.形状記憶性プラスチックは今までもあったが,リサイクルできるものではなかった.エコロジーの観点からリサイクル性を実現したのがこの技術の特徴であり,関心を呼んでいる.


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2.金属に匹敵する高熱伝導性を実現したバイオプラスチック3),8)

 本研究開発は典型的ニーズ指向で,かつ全員参加型のアプローチを採った(トップダウンではない).マネージャ―としてできるかぎりプロジェクトメンバーの意見を尊重し,メンバーの自発的インセンティブを引き出すような運営をした.

まず課題の選択からディスカッションし,その結果電子機器の小型・薄型化・軽量化に伴い機器内部のデバイスからの発熱による筐体の高温化が今後大きな問題と認識された.その解決策として,今まで金属に頼っていた伝熱・熱拡散の役目を,軽くて複雑微細な形状加工が可能なプラスチックに置き換えることが提案され,これを位地グループのチャレンジすべきテーマと結論付けた(図9).

 得られた技術成果は,熱可塑性樹脂が有する本来の成型加工性,軽量性,機械的強度等の実用特性を低下させることなく,金属に匹敵する優れた高熱伝導性を有し,熱伝導の方向性や移動量の制御が可能な異方的な熱伝導性を有する高熱伝導樹脂材料およびその成形体を実現したことである.熱の伝導には熱量と温度の2つの視点がある.前者は熱伝導率で決まり,後者は熱拡散率が支配する.電子機器を熱く感じないようにするためには温度の放散が大切なので,熱拡散率に着目する.


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  1. 開発した技術内容は,図10に示すように,

    1. ポリ乳酸を主成分とし,これに非相溶な植物由来の有機化合物(アミド系化合物)から成る結合剤と熱伝導性の良好な黒鉛化度の高いカーボンファイバーを加えた組成物であって,
    2. ポリ乳酸中に,結合剤が分散粒子として存在し且つ2本以上のカーボンファイバーを接触・結合し,
    3. 全体として,カーボンファイバーが網目状に結合し且つ成形体の平面方向に配向しているものである.

  2. このような構造は次のようにして出来る.まず,結合剤がやや油性なので親水性のポリ乳酸に非相溶となりμmオーダの分散粒子を形成する.カーボンファイバー表面は油性であるので結合剤に接近する作用が働き結節点を作り網目構造を形成する.平面方向への配向は,射出成形時の流動作用による.

  3. 開発された新材料の特性は,

    1. カーボンファイバー10%添加でステンレス鋼同等の熱拡散性,30%添加でステンレス鋼の2倍以上の熱拡散性を示す(図11).
    2. 金属では劣っていた平面方向への高伝熱性を実現(図12).この結果,表面温度はステンレス鋼より3℃低く,実用上の効果は大きい.数十度の温度領域でのこの差は大きい.手に持って熱く感じないという目的を達成.
    3. 90%以上が植物性由来成分で優れた環境調和性を実現.
    4. 電子機器筐体に必要な強度特性,成形性を備えている.
    5. 密度は1.3~1.5g/cm3 (cf.ステンレス鋼:7g/cm3).より小型・軽量化が可能.


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 この技術開発について,カーボンファイバー専門の方から,「単純な形状の成形体は作製できるだろうが,複雑で薄い形状のものは,成形プロセス時にカーボンファイバーが折れてしまう」とのコメントをもらった.

 苦労はしたが,結果として複雑微細な凹凸のある薄い成形体の作製にも目処をつけることができた.厳しいコメントが逆に励ましになった結果と考えている.今,多方面から多くの引き合いがある.ニーズ指向の研究成果は,このように多くのユーザに関心を持ってもらえるものであると改めて感じている.

 この研究開発を短時間に成功に導けたのは,プロジェクトの面々の個性,力量,さらにはトップクラスの充実した諸設備の存在であるとの感想を位地氏は漏らされた.


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 『究極の環境調和型プラスチック,つまり“最高の環境調和性”と“最高の機能性” を両立でき,且つユーザから愛着や面白さ,時には驚きさえも感じてもらえるようなプラスチックの開発を今後も目指して行きたい.そして真の循環型社会の実現に寄与したい』との志を持つ位地主席研究員およびそのグループの皆さんから発信される今後の成果が楽しみである.

参考文献

1)位地 正年,芹澤 慎:「環境安全性の高い難燃樹脂」,NIKKEI MECHANICAL,No.525,pp.38-43(1998.6).
2)位地 正年,木内 幸浩,片山 功,宇野 隆行:「電子部品用の環境調和性に優れたモールド樹脂材料—難燃剤無添加の自己消火性エポキシモールド材の開発と実用化--」,電子材料,pp.86-90(2000.4).
3)位地 正年:「電子機器用バイオプラスチックの開発—現状と今後の展望--」,工業材料Vol.56,No.2,pp.45-49(2008.2).
4)位地 正年,芹澤 慎,井上 和彦:「ケナフ添加ポリ乳酸の開発と電子機器への適用」,成形加工,Vol.15,No.9,pp.602-604(2003).
5)芹澤 慎,井上 和彦,位地 正年:「ケナフ繊維強化樹脂組成物」,特開2005-105245.
6)井上 和彦,山城 緑,位地 正年:「熱可逆架橋したポリ乳酸による書き換え可能な形状記憶特性」,高分子論文集Vol.62,No.6,pp.261-267(2005.6).
7)志村 緑,井上 和彦,位地 正年:「再生可能かつ優れた形状回復能を有する形状記憶樹脂の高強度化」,特開2007-186684.
8)中村 彰信,位地 正年,柳澤 恒徳:「熱伝導性樹脂材料およびその成形体」,特開2008-7647.

(真辺 俊勝)