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Vol. 1, No. 8, 2008年12月22日発行/スピントロニクス最前線(下) 半導体スピントロニクス

NanotechJapan Bulletin Vol.1, No.8, 2008 発行

スピントロニクス最前線(下) 半導体スピントロニクス — 東北大学教授 大野 英男さんに聞く

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 ナノテクジャパンでは,「スピントロニクス最前線(上) ユニバーサルメモリからメモリインロジックを目指す金属スピントロニクス」NanotechJapan Bulletin Vol. 1, No. 6, 2008に引き続き,「半導体スピントロニクス」について大野氏に伺った.半導体スピントロニクスは氏が自ら切り開きリードしてきた分野である.金属スピントロニクスと違って,まだしばらくは基礎研究のフェーズだが,成果は着実に蓄積している.

強磁性半導体の創成と強磁性機構の解明

 我々が日常生活で使っている磁石は,鉄などの金属かフェライトなどの絶縁体で出来ている.エレクトロニクスの基盤である半導体は磁石にならない,というのが長年の常識だった.大野氏と宗片比呂夫氏(東工大)がこの常識に挑戦し,InAsに溶融限界を超える高濃度の磁性原子Mnをドープすることによって強磁性半導体InMnAsを創りだしたのは1992年のことだった.その後96年には,半導体としてさらに応用範囲の広いGaAsもMnドーピングで強磁性半導体GaMnAsになることを示した.材料科学的にみても重要な成果で,非平衡を利用した高濃度ドーピング技術の先駆けとなった.

 材料ができると次に問題になるのが,強磁性発現のメカニズムの解明だ.大野氏は理論家のTomasz Dietl氏(ポーランド科学アカデミー)と共同でこの問題に取り組み,次のような結論を得た.GaMnAs中のMnはアクセプターなのでGaAsの価電子帯に正孔を提供するが,この正孔のスピンはMnのスピンと交換相互作用を行う.もしすべてのMnのスピン(磁気モーメント)が同じ方向に揃ったとすると,その作る“磁場”(注1)を感じた正孔も特定の方向にスピンを揃えることによってエネルギーを減少させる.一方,エントロピーはできるだけ大きくなろうとするが,スピンが揃うとエントロピーは減少するので不利だ.結局,エネルギーを下げようとする傾向とエントロピーを増やそうとする傾向が釣り合う温度で常磁性-強磁性転移が起きる.この理論は,転移温度の正孔濃度依存性,強磁性の異方性(例えば,材料の歪みや形状によって磁化の方向がどう変わるか)(注2),物質による転移温度の違いなど多くの実験事実を説明することが出来る.

(注1) Mnのスピンと正孔のスピンの間の相互作用は量子力学的な交換相互作用なので,Mnが普通の意味での磁場を正孔に及ぼすというのは正しくない.しかし,今のように多数のMnが存在するときは,それらのスピン磁気モーメントの平均だけを考えればよく,式の上では「正孔のスピンがMnのつくる磁場を感じる」という形に表される.

(注2) 通常,磁気異方性は試料の形状やイオンの異方性に支配されるが,強磁性半導体は,正孔の電子状態の異方性が重要というユニークなケースである.

 正孔が強磁性に関与していれば,正孔濃度を変えることによって磁性を制御できる.大野氏は,InMnAsをチャネルとする電界効果型トランジスタ(FET)を作り,ゲート電圧を通じて正孔濃度を制御することによって,InMnAsを常磁性状態と強磁性状態の間で可逆的にスイッチすることに成功した(図1).

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 GaMnAsにおいても同様のスイッチングに成功し,強磁性状態の磁気異方性のゲート電圧による制御とそれに伴う磁化の回転も観測した.外場でキャリア濃度を大きく変えられるという半導体の特長を生かした成果である.「これは原理証明的な実験ですが,一度作ったらもう変えられないと思われていた磁石の性質が電圧によって変えられることを示したことで,材料科学に新しい次元を付け加えられたと思います」(大野氏).

磁壁のデバイス応用に向けて

 一般に強磁性体は,磁化の方向が異なる多くの領域,すなわち磁区からできている.磁区と磁区の間には磁壁という領域があって,そこでは磁化が,一方の磁区の方向から他方の磁区の方向へと徐々に方向を変える.最近,低消費電力化などの観点から,電流で磁壁を動かして動作させるデバイスへの関心が高まっている.代表的な例は,Stuart Parkin氏(IBM)が提案したレーストラックメモリだ.その基本要素はシリコンチップ上に配置されたU字型の強磁性ナノ細線で,その細線中に並んだ多数の磁壁が情報を保持している.スピン分極したナノ秒電流パルスを細線に加えると磁壁は細線に沿って一斉に同じ速度で移動する.このU字細線の下端付近には読み出し/書き込み素子が置かれ,(その真上に配置した)磁壁の情報を読んだり書き込んだりといった操作を行う.これは一種のシフトレジスタである.このU字型セルを集積すれば3次元的な高集積メモリが実現する.IBMは,これにより,フラッシュメモリの高速性/信頼性とハードディスクの大容量を兼ね備えたメモリを実現できるとしている.面白い構想だが問題は発熱で,金属の場合磁壁を動かすのに必要な電流密度は約108 A/cm2に達する.これは溶融寸前の大電流だ.

 大野氏は,半導体を使うことによって発熱の問題を回避できると考えている.半導体は磁性原子を数パーセント程度しか含まないので磁化(数十mT)がNiFe(1T程度)などと比べてはるかに小さく,異方性定数なども大きく異なる.このため,磁壁も数ケタ低い電流密度で動かせるはずだからだ.

 磁壁の電流駆動の実験は1980年代から行われているが,多磁区試料を用いているなどの理由から定量的議論は難しかった.2004年に,金属と半導体で相次いで単一磁壁での実験に成功したのを契機に研究が加速した.当面の課題は,磁壁移動の物理を明らかにすることだ.図2は,GaMnAsの磁壁を通してスピン分極電流を流した時の,磁壁移動速度veffを電流密度jに対してプロットしたものだ.これから,予測通り,金属に比べて3ケタ程度小さな電流密度(~105 A/cm2)で磁壁移動が起きていることが分かる.veffは概ねjに対して線形に変化しているが,これは磁壁を横切って電流が流れる際に,キャリア(正孔)のスピンが磁壁の磁化にトルクを与えて回転させ,その結果として磁壁領域が移動する,という機構で説明できる.一方,低電流密度域では線形関係が成り立たず,指数関数的な振る舞いをする.この2つの電流域の境界をしきい電流密度と呼ぶ.応用上はできるだけ小さな電流で磁壁を動かしたい訳だが,この低電流密度領域の磁壁移動については論争が続いている.


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 そもそもしきいは必ず存在するのだろうか?これに関しては主として2つの理論がある.多々良源氏(首都大東京)と河野浩氏(阪大)は,不純物などの外的ピンニングの他に内在的なピンニング機構があり(注3),外的ピンニングは試料の高品質化などで減らすことが出来るが内在的ピンニングは避けられないので,必ずしきいは存在するという立場だ.一方Stewart Barnes氏(Miami大)と前川禎通氏(東北大)は,内在的ピンニングは存在しないと考える.すなわち不純物などがなければ僅かな電流で駆動してもそれに比例した速度で磁壁は移動すると主張する.論争の決着にはまだ時間がかかりそうだ.

 大野氏は,しきいよりも低い電流密度で磁壁がゆるやかに動く,いわゆるクリープ運動に注目して,磁壁移動機構の解明を進めた(注4).一般に磁壁を動かす駆動力には磁場と電流がある.この2種類の駆動機構は本質的に同じものだろうか.電流で駆動しているつもりでも,本当は電流の作る磁場が駆動しているのではないのか.大野氏らは,この疑問に答えるべく,移動速度の駆動力依存性の詳しい解析を行い,磁場と電流は全く異なる機構で磁壁を移動させるという結論に達した.さらに,それを説明する理論を前川氏らと共に提案した.この結果は,磁壁の電流駆動を利用した記憶素子の安定性を議論する基礎となる.

(注3)内在的ピンニングは,電流を流しても磁壁が変形するだけで動かないために生じる.
(注4)クリープ運動とは,物質に一定の駆動力を加えた場合に,熱運動の助けを借りて生じるゆっくりとした運動のこと.温度に対して活性(アレニウス)型の依存性を示す.金属を引っ張ったまま放置した時に徐々に変形が増大する現象もクリープである.

高いTCの実現と材料科学

 ピンニングの機構はともかくとして,半導体では非常に小さい電流密度で磁壁を動かせることが明らかになり,集積化可能なメモリに向けて一歩前進したわけだが,GaMnAsの強磁性転移温度TCは最高で185Kと,応用には低すぎる.

 TCは高くできるのだろうか.上述の理論から色々な材料のTCを求めると,GaNやZnOのように室温に達するものもある(図3).ただ困ったことに実験結果がバラバラで,例えばGaMnNだとTCが940Kという実験もあれば8Kという報告もあって混乱が続いていた.ようやく最近になって,実験と理論(阪大吉田博氏のグループによる)の両面から状況が整理されつつある.

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 それによると,電気的に中性のMn (母体のGa3+と価数の同じMn3+)の間には引力的な相互作用があって,放っておくとMn同士で集まる傾向がある(スピノーダル分解).このようにMnが凝集して空間分布が不均一になると磁気的性質が大きく変化し,本当は強磁性ではないのに一見強磁性的な振る舞いをしたりすることが分かってきた.そこにさらに浅いドナーやアクセプターを導入すると,これらがMnとキャリアをやりとりする結果Mnの電荷が変わる.(磁性原子のほかに,第2のドーパント – この場合はSiなどの非磁性原子 – を加えることをコドーピングとよぶ.) これによりMnの価数が中性(Mn3+)から大きくずれるとMnの間のクーロン反発力が引力を上回って凝集が抑止され,Mn分布は均一になるとされる.

 Mnなどの磁性元素の空間分布を観測するのは容易ではないが,最近になって実験が行われ,実際にコドーピングに依存して磁性元素の分布が均一になったり不均一になったりすることが確かめられた.実験で求めたTCがばらばらなのも,試料によって磁性原子の分布が異なるためだと考えれば説明がつく.こうしてコドーピング(価数制御)を通じた材料のナノ構造制御という材料科学の新たなパラダイムが誕生した.「室温強磁性半導体を実現するには,さらなる材料科学へのチャレンジが必要,というのが今の状況です」(大野氏).

非磁性半導体スピントロニクス

 本稿では,紙数の関係で,強磁性半導体のスピントロニクスを中心に述べたが,非磁性半導体分野も話題に事欠かない.ひとつのターゲットは,通常のpn接合の電子と正孔をスピンの上向きと下向きの電子に置き換えた"スピンpn接合"を作ってスピン増幅などの機能を実現することだ.その際に必要な要素技術である,強磁性体から(非磁性)半導体へのスピン注入は,大野グループによって達成された.最近,ある種の材料に電流を流すだけで上向きスピンの電子と下向きスピンの電子が空間的に分離するというスピンホール効果が発見されたが,これもスピン流の新たな生成法として注目される.

 非磁性半導体スピントロニクスのもうひとつの流れとして,量子計算・情報処理に向かうものがある.樽茶清悟氏(東大)らは,量子ドットなどのナノ構造中で単一電子を制御・操作したり核スピンと結合させることによって,量子情報処理の実現を目指している.小坂英男氏(東北大)等が追求している量子メディア変換,すなわち量子情報を光子,電子スピン,核スピンなどの間で移動させることも,量子通信の長距離化などの応用につながる可能性がある.

 日本では余り行われていないが外国で活発なのがダイヤモンドのNV中心(窒素と炭素空孔がつくる複合中心)の研究で,光を使って単一電子スピンと核スピンの相互作用などを見たり,制御したりといった研究が行われている.

 半導体スピントロニクスにおいて培われてきた,スピンを生成,注入,輸送,操作,検出する技術をベースにした新しい動作原理を持つ素子の研究や,さらには強磁性半導体で得られた知見をもとに異なる物質系,例えば金属磁性体に展開する研究などが今後活発になると予想される.

 「電子スピン,核スピン,磁性原子のスピン,光子と役者が揃ってきたわけで,今後が楽しみです.我々の想像力には限界があり,出来ないと思っていることを想像するのは難しい.室温強磁性半導体が実現すれば,これをやれば良い,ということが色々と出てくることでしょう.」(大野氏)

(同志社大学 井下猛)

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