NanotechJapan Bulletin

 メニュー

Vol. 4, No. 6, 2011年12月7日発行/「ナノネット」と「ナノテクノロジー」次世代のキー技術【分子・物質合成研究領域】

NanotechJapan Bulletin Vol.4, No.6, 2011 発行

「ナノネット」と「ナノテクノロジー」企画特集
ナノテクノロジー,次世代のキー技術【分子・物質合成研究領域】
グリーンイノベーションへのナノテクノロジーの寄与 〜自然との共生を図る21世紀型化学者の役割〜
東京大学大学院工学系研究科教授 橋本和仁氏に聞く

PDFDR.jpg

portrait.jpg

東京大学大学院教授 橋本和仁氏

 1980年東京大学大学院理学系研究科化学専攻修士課程修了,分子科学研究所技官,分子科学研究所助手,東京大学工学部講師,東京大学工学部助教授,神奈川科学技術アカデミープロジェクトリーダー兼任等を経て,1997年東京大学大学院工学系研究科教授.1997年7月より東京大学先端科学技術研究センター教授(2004年4月〜2007年3月同センター所長)を併任.

1.はじめに

 21世紀はエネルギー,環境,その他諸々において考え方自体を大きく変えることが求められている.サイエンスについても同じであるという先導的見解をお持ちで,それを実現するためナノテクを駆使してグリーンイノベーションを指向した研究を進めておられる東京大学大学院教授橋本和仁氏(はしもと かずひと,工学系研究科応用化学専攻,東京大学先端科学技術研究センター)を,東大本郷キャンパスに,自然科学研究機構分子科学研究所 横山利彦教授と共に訪問しお話しを伺った.

 橋本氏は,これまで,太陽光をエネルギー源として,酸化チタンのナノ薄膜・ナノ微粒子光触媒を用いた新しい環境保全・改善のための材料・システムを開発するなど光応答材料,ナノ材料技術開発において先駆的な研究を展開してきた[1][2][3][4].そして,発見した酸化チタンの光触媒による有機物分解や親水・撥水(はっすい)効果は,学問の世界に止まらず抗菌・防汚タイルやセルフクリーニングする光触媒塗装などの事業化が進み,雇用をも産み出している.

 また,現在独立行政法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(ERATO)橋本光エネルギー変換プロジェクトの研究総括として,「新たなエネルギー変換技術,特に光エネルギーの獲得法を開発し,人類・社会に貢献する」を目標に掲げ,自然界にありふれた安全な物質や微生物を利用する微生物燃料電池や微生物太陽電池について先駆的研究成果を発信しておられる[5][6][7][8][9].

 まずはじめに「現在の時代認識と研究者の責務,研究方向」についてお伺いし,次いでナノテクノロジーを駆使して取組まれている「微生物燃料電池」と「微生物太陽電池」についてお話し頂いた.

2.時代認識と21世紀の科学者に求められるもの

2.1 科学にベストを尽くせば人類社会に貢献できた20世紀

 現在日本は厳しい状況にあるが世界全体を見ても同じで,20世紀から21世紀への極めて重要でかつ厳しい転換期にある.人間の歴史の中で20世紀がむしろ特別な時代であったと認識すべきである.文明は紀元前数千年のギリシャ時代から紀元100年頃のローマ時代に最初に花開いた.人類の社会形成において大変進んだ時代であった.しかし,その後の中世から近代の19世紀に至るまでは,あまり進展があったとは思えない.

 このことは女性の地位について振り返るとよくわかる.女性の地位はローマ時代には高かったが,中世で退行しその復活は20世紀半ばまで待たねばならなかった.この2000年間は暗闇であったと言えるかも知れない.

 150万年の人間の歴史の中で,文明は紀元前3000年に立ち上がり,中世の停滞の後,20世紀になって再び急激に立ち上がった.20世紀に量子論と相対論が生まれ,化学も量子論をもとに発展した.そして,化石燃料,金属等鉱物資源を大量に使う方法をあみだし,消費してきた.20世紀に化石燃料や鉱物を自由に使えたのは中世に使わなかったからであるとも言える.

 地球の46億年の歴史の中で,1億年かけて作ったのが化石燃料である.それを使ったのは最近の100年間である.産業革命以降とよく言われるが,特に20世紀後半に大量に消費した.物理をベースに科学を産業に展開したのが20世紀だった.素晴らしい成果を挙げたが,21世紀になって,素晴らしいだけではなかったことに気がついた.消費量の急増は多量の廃棄物(ごみ)を生み出し,環境問題を引き起した.資源という貯金を半分以上使ってしまった.科学者が純粋に科学を追究していれば人類の幸福に繋がったのは20世紀である.その中で危険だと思われていたのは、軍事兵器に繋がる研究開発ぐらいであった.

 20世紀の間は科学にベストを尽くせばよかったのが21世紀になると,それでは立ち行かなくなった.右肩上がりの時に個人が努力すれば全体が向上した.全体がフラットか下がり出したら,個人が努力するほど全体は下がってしまう.大きな流れの中では,ものを造り,使うことが,まずいことに繋がるようになった.

2.2 新しいやり方,方向性が求められている21世紀

 21世紀には違った型での活動が必要になる.20世紀に受けた教育の通りに科学をやってよいかを考える時代になった.リーダーがこれまでとは違った方向性を示す必要がある.個人も大きな流れの中でのあり方を考えねばならない.これまでの延長でやればよいと思わないことである.

 橋本氏は自身のレーザー化学の研究を例として次の様な見解を示した.「始めた時に使ったのはナノ秒(ns)レーザーだった.5年後にはピコ秒(ps)になり,10年後にはフェムト秒(fs)になった.fsになると新しいことが分ったが,その先をやろうとすると,エネルギーが大きくなり過ぎる.21世紀になると,これまでの延長では済まない.そこでレーザーではなく身近にある蛍光灯を使う化学をやろうと思った.21世紀は単なる延長ではないことを認識すべきであると考えたからである.」

2.3 国の目標と研究予算

 日本は資源を持たないから科学技術で生きて行かねばならない.科学技術で研究は聖域としてこれまで継続して投資されて来た.国の存亡の最前線に科学者がいるのは21世紀になっても変わりない。これまでの様な研究投資が10年持つか,20年持つかは分らないが,100年先まで考えた計画が必要であり,資金の集中投資が必要になる.国の第4期科学技術基本計画においてはグリーンイノベーション,ライフイノベーション,震災からの復興が3本柱になった.その中核にナノテクノロジーがあり,これを担うのが科学者であることを認識しなければならない.20世紀型で一所懸命にやることが良いとは限らないという認識で,やり方を見直さねばならない.

 一方で,集中投下だけでは先細りするから,薄く広く研究費を出す仕組みが別に必要である.薄く広く与えるのは文部科学省の科学研究費補助金(科研費)の役割とし,科研費の総額2,000億円は必要最低限である.拠点に大きな装置を入れ,研究室は実験準備の場所とする.科研費の配分は最高1,000万円にしたらよい.ただし,拠点に研究をオーガナイズする機能を持たせる必要がある.旅費も出して拠点を使い易くする.薄く広く配って出て来た芽を,拠点が拾い上げ,国家プロジェクトにして大きく伸ばす.ネットワーク機能を活用し集中研に結びつけることが重要である.

 昔,橋本氏は分子科学研究所(分子研)にいたが,当時はピコ秒レーザーの優れたものは分子研にしかなかった.多くの人が分子研のピコ秒レーザーの使用を希望し,分子研はその中から人を選び,研究費も出して使ってもらった.人が集まるから融合研究もできた.現在,融合研究ができにくいのは,科研費などの金額が大きくなり,自分で装置を持ってしまったからだ.第4期科学技術基本計画にはネットワーク機能,集中研方式が盛り込まれている.

3.グリーンイノベーションの中でのナノテクノロジー:ナノテクと分子生物学の融合

 グリーンイノベーションの中でナノテクノロジーが大切なのは言うまでもない.橋本氏はこれを分子生物学と結びつけようと考えた.20世紀はじめに量子力学と相対性理論が結びついて科学技術が発展したのと同じである.現代物理学の発展に50年かかり,その中でナノテクが展開した.ナノテクと科学とで新しい分野が開拓されてきた.グリーンイノベーションを進展させるのがナノテク,ライフイノベーションを進展させるのが分子生物学だと考えると,両者を結びつけたい.大きな流れの中で人類に貢献するにはどうするか考える.大きな視点をまず持ち,その上で10年後,20年後を考えて.ナノテクが日本の産業の核となり,そこからさらに新しい科学が生み出されることを期待した.

 橋本氏は6〜7年前から,政策決定の場にも出るようになった.そこでの議論から科学者も社会貢献を示すべきだと考えるようになった.既存の技術を組み合せて,世の中の役に立つようにする.テクノロジーの組合せに科学の知識が欠かせないから,技術の組合せには科学者でないとできないものがある.新しいサイエンスをベースに社会に貢献したい.ナノテクと分子生物学の組合せで新しい科学が生まれる可能性がある.分子生物学はライフサイエンスの中心と見なされ,一方,ナノテクが中心のグリーンイノベーションには分子生物学が入っていない.そこで,両方を組み合せてエネルギー問題に展開しようと考えた.この考えで実施されているのが「戦略的創造研究推進事業(ERATO)橋本光エネルギー変換プロジェクト」である.以下ではプロジェクトの概要と、その中心となる「微生物燃料電池」と「微生物太陽電池」について述べる.

3.1 独立行政法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(ERATO)橋本光エネルギー変換プロジェクト

 ERATO橋本光エネルギー変換プロジェクトは,自然界に潤沢に存在する安全・安価な物質や微生物を用い,主として光エネルギーの獲得・変化に必要な新規材料・システムを創出するという,既往の視点とは異なった、ユニークかつ明確な研究目的を掲げて2007年4月に採択され5年間の予定でスタートした.

 研究体制は,有機高分子材料グループ,金属錯体グループ,微生物グループの三グループから成るが,ここでは微生物グループが推進している内容を紹介する.微生物グループは微生物の電力生産メカニズム解明,育種,電極改良,電池反応槽のエンジニアリングに至る一連の研究を推進しており,物理化学・遺伝子工学の融合した研究を展開している.成果は世界的な学術誌に多数掲載され,また産業界からも注目を集め,共同研究や検討会を通じた企業との連携強化,実用化研究を推進する新規プロジェクト発足へと進展している.微生物が本来持っている自己修復能などの優れた機能を利用した微生物燃料電池,微生物太陽電池に関するプロジェクトである.

 橋本氏は,エネルギーには以前から興味があり,バックグラウンドのナノテクと組み合せた研究をしてきた.一方,分子生物学はERATOから始めた.教養学部レベルの本を読み,現在の状況を詳細に調べた.また,太陽電池はSiから始まり,GaAs,CIGSへと進み,タンデムにして効率を上げ,1000倍の集光により,43%の効率が出ている.量子ドットなら70%の効率が期待できるという.これが太陽電池の現状である.

 これに対して人と違ったことをやろうと考えた.技術は自然から離れるものが多い.集光は自然から離れている.1000倍に集光した環境に人はいられない.20世紀の物理は自然から離れることばかりやって来た.電子機器はSiを使って来たが,高周波化に対応するためGaAsを使った.GaというレアメタルとAsという毒物元素の組合せである.化合物状態では安定だが,高温で水をかけたら分解してAsが遊離する.9.11テロで崩壊したビルにいた人の携帯電話からできるAsの量を計算すると,1000人分の致死量になる.原子力も同じ.核の連鎖反応は太陽で起っているが,地球上に核の連鎖反応は存在しない.自然にはなかった連鎖反応を使う原子力で事故が起き,大問題になった.そこで自然に繋がる方向で電池をやろうと考えた.そのスタートが微生物燃料電池だった.

3.2 微生物燃料電池[11][12]

 自然に繋がる電池のメカニズムとして浮上したのが,自然光と人工光合成である.紫外光に対する人工光合成の変換効率は2%だが,太陽光による植物の光合成変換効率は0.2%しかない.ただし,植物の良い点は自己増殖機能のあることである.自己増殖機能は現代物理になかった概念である.効率を追求するのでなく,自己増殖機能を活用すれば,メンテナンスフリーにすることが出来る.

 有機物には高いエネルギーが含まれている.私たち人間はこれを食物として取り込み,ATP(アデノシン三リン酸)というエネルギー"通貨"に変換し,生きている.有機物に含まれていた高いエネルギー準位の電子からエネルギーを取り出しているわけで,最後には低いエネルギー準位に遷移した電子をどこかに捨てる必要がある.この電子を酸素に渡して,二酸化炭素と水を生成する過程が,私たちが行っている呼吸である.酸素がないと人間は窒息死してしまうが,それは低いエネルギー準位の電子を捨てる場所がなくなってしまうからだともいえる.

 微生物でも基本的にはまったく同じことが行われている.ただし,電子を渡す先は酸素でなくともかまわない.二酸化炭素に電子を渡すと,メタンが生成される.二酸化炭素に電子を渡すということは,酸素に渡す場合に比べてまだまだエネルギーが残った状態で渡していることになる.外部から取り入れたエネルギーの1/3だけを使い,残りの2/3はある意味で外に捨てている.微生物が使ったエネルギーの残りを人間がもらおうというのが元々の発想である.

 面白いことに,電子を二酸化炭素ではなく,電極に直接渡せる微生物もいる.それが,電流発生菌である.電流発生菌は100年前から知られていた.効率は低くても自然との融和を重要視するなら使える.便利さ追求のために捨てられたようなものも使おうという考えである.

 普通の燃料電池は,水素を入れてやれば酸素と反応して発電する.メタノールから水素を作り,それを使って発電するタイプもある.一方,微生物燃料電池は,エサとなる有機物を与えてやれば発電する.

 電流発生菌に有機物を与えると,流れる電流が急速に増え,あるところまで来ると一定になる.さらに電流発生菌を増やしても,発生する電流は変化しない.電極に電流発生菌が取り付いているが,電極の面積は限られているため,離れた場所にいる菌は電極に電子を渡すことができないためである.

 そこで,自然から学ぶという観点から,電流発生菌の生息環境について考えてみることにした.例えば,代表的な電流発生菌であるシュワネラ菌は,海底火山の地殻から採取された.微生物は単独では存在しない.深海から微生物を採取すると必ず酸化鉄や硫化鉄がまとわりついている(図1).


Fig01.jpg

図1 酸化鉄ナノコロイドが,電流発生菌の周りにまとわりついている様子
(提供:東京大学 橋本氏)


 そこで,ヘマタイト(酸化鉄,Fe3O4)ナノ粒子を合成しナノコロイドとしてシュワネラ菌のいる培養液に加えたところ,電流は50倍に増えた.培養成分の乳酸菌(lactate)が消費されると電流は下がる(図2).電流が増えた理由は,微生物に微粒子が付着・凝縮して多孔質になり,電子は酸化鉄を介して電極に渡るからである(図3).カソード電極にはカーボンナノチューブ(CNT)をベースにしたナノ構造を用いた.Ptを用いたときよりナノ構造にした方が性能は上がった.酵素燃料電池並みの性能である.酵素燃料電池はソニーがウォークマンに使ったが,酵素が長持ちしない.微生物は酵素より長持ちするが,1ヶ月すると性能が落ちる.ところが,微生物を1日に5時間休ませると,1ヶ月経っても性能が落ちない.微生物は遺伝子の発現によって体内のバランスをとっているらしい.休ませることによって体内のバランスが回復する.このように微生物という分子生物学と酸化鉄微粒子というナノテクを組み合せて微生物燃料電池ができた.


Fig02.jpg

図2 酸化鉄ナノコロイドの添加効果(提供:東京大学 橋本氏)


Fig03.jpg

図3 酸化鉄ナノコロイドの作用メカニズム(提供:東京大学 橋本氏)
(酸化鉄ナノコロイドが糊,および電子伝達を仲介する物質として働いている.微生物の放出した電子が酸化鉄ナノコロイドに移り,酸化鉄ナノコロイドからまた微生物に移るというホッピングである.これによって,電極から離れたところにいる電流発生菌も電子を受け渡すことができる)


 課題は,発電の効率をあげることである.2010年には大きな進展があった.研究を始めた当初は1m〜数mW/ℓしかできなかったものが,上述のように微生物が電子を渡す側の負極を,グラファイト表面にCNTを多数つけた構造にすることによって2W/ℓの水準まで高まった.

 微生物燃料電池は下水処理場に設置できる.下水処理場には栄養分を多量に含んだ下水があり,宝の山である.それなのに,これまで下水を処理した後の微生物は,燃やしていた.下水そのものを電流発生菌の餌にして電流を発生させられる.電気を取り出すと有機物が分解されてきれいな水になるから,廃液処理装置の役も果たせる(図4)


Fig04.jpg

図4 微生物燃料電池の応用展開(提供:東京大学 橋本氏)

3.3 微生物太陽電池[11][12]

 微生物燃料電池の研究は,元々,太陽電池を狙っていたものである.しかし,光を当てると光合成は確かに起こる.その時の電子を電極に渡せるような微生物がいればよいのだが,残念ながらこういう微生物は知られていない.適当な電子伝達物質を混ぜれば可能であるが,人工的な物質は使わないようにしたい.それではどうするかindex.html こちらも微生物燃料電池の場合と同じように考えた.自然界にはいろんな微生物がいるから,助け合って生きていけるのではないだろうかと.そこで,東大構内にある三四郎池から汲んで来た水にいた微生物を光だけで培養することを試みた.培養液には窒素やリンは加えるが,エサの有機物は加えない.培養液に光を当てれば,この条件下で生きていけるエコシステムができるだろうと考えたのである.実際,光を当てると電流が発生した.有機物を食べて電流を作る微生物の上に,光合成する微生物が乗った2層構造になっていた.光合成細菌の作った有機物を,電流発生菌が取り入れて電流を生み出していたのである.太陽電池の変換効率として0.2%が得られた.光合成と同等の効率である.

 同じように,光合成細菌である湖のアオコでは,アオコからの光合成によって電流発生菌ができると期待され,この反応で1.3%の効率が期待できる.アオコの湖全体が太陽電池になり得るわけである.

 微生物と植物の組合せも考えられる.微生物燃料電池に適した微生物は嫌気性菌である.田んぼに張った水には有機物が入っている.田の泥を使うと菌が増殖するから,田んぼ全体を燃料電池にすることを試みたところ,電流が流れた.酸素極(プラス電極)は田の土より上にあり,マイナス電極は土中に入っている(図5).ところが,電流が流れるのは昼間だけだった.昼間は稲が光合成して,余った有機物を根から排出し,それを使って微生物が電流を発生させている,つまり太陽電池として機能している.この場合の発電効率は0.01%とまだまだであるが,自然との共生関係を利用して発電できた意義は大きいと考える.酸化鉄を入れたら発電効率はもっとよくなるだろうと橋本氏は言う.


Fig05.jpg

図5 田んぼ発電(提供:東京大学 橋本氏)

3.4 新しい分野の開拓に向けて

 今研究していることはナノテクと微生物学の組合せである.科学としても新しい知見が生まれる.今後もこれを推進し発展させていくと橋本氏は意欲的である.

 米国のこの分野の権威であるケン・ニールソン先生がお見えになり橋本研究室のセミナーに参加して下さった.「あなた方の論文を10年後には全研究者が読んでいるだろう」と言ってくれた.しかし論文をどんどん書いているが,NatureやScienceになかなかアクセプトされない.レフェリーは2人付くが,一般に,2人ともよいという論文は常識的,2人ともだめというのはよくない論文,1人はよいとし,もう1人はだめという論文に面白いものがある.学問として新しく,エネルギーとしても新しいものを狙っているから理解されるのに時間がかかっている.粘り強く研究を展開したい.

4.プロジェクトマネジメント

 このERATOプロジェクトには,物理化学,基礎化学,電気化学,生化学,微生物学,生命工学,産業界,等々広い分野の人材が関っている.日本から大きな研究成果を出すにはこのようなプロジェクトが益々重要になると考えられる.しかし,マネジメントが大変でご苦労があると思い,特に意を配った点などについてお伺いした.

 異分野融合を地でやっているようなものだといわれる.ナノテク,電気化学,微生物学,さらに有機合成も入っている.ものの考え方が違うから融合は難しい.橋本氏自身は100%融合しているつもりだが,メンバーの融合は半分くらい.バックグランドの違いは合せられるが,心の問題でボタンの掛け違いが起る.ナノテク分野では,ノウハウ的なことを教えてくれた人を論文筆者に加えないのが普通である.微生物の分野の育種はナノテク分野の人にはノウハウに思えるが実はそうではない.育種法はこの分野では重要な技術でかつ論文の種なのである.ナノテク分野の人が論文を書いた時に,育種を授けてくれた方を執筆者に加えるべきかどうかを聞かれ,ノウハウだから加えなくてよいと言ってしまったことがある.微生物分野の文化をわきまえていない言葉であり,大きなボタンの掛け違いをしてしまった失敗例である.このような文化の違いを纏めるのがマネージャの仕事である.橋本氏は極力前面に出るのを避けているという.マスコミが取材にきたら,直接の研究者に対応させる.連名の論文は終わりから2番目に載せるようにする.その方が次の機会にチームを組み易い.異分野の人が入って来たら,新分野では名が通っていないから,前面に出すようにしないとその人は動けない.メンバーが主体的に動けるよう心がけている.

5.将来を担う学生の動機づけ

 日本人学生について,昔と今,外国からの留学生と比較して,どのように感じておられるか,教育のあり方,学生の動機付け等についてお伺いした.

 昔の学生が良かったというのは当らないと語り始められた.ただ,今の学生は勉学の意欲はあるが,何が何でもやり遂げようと言う意欲に欠けている.今の学生は今が一番よい状況にある.これを守ることに重点を置いている.右肩上がりでなくなったから,守りに入ってしまった.日本は安全で生活もよいが,先細りのように見える.社会全体が落ちる方向にあるために生まれる傾向である.右肩上がりの時代とは違うことを認識しなければならない. 中国人は右肩上がりの社会にいる.日本で論文を書き,そして帰国すると教授になれる.書かない人は教授になれない.だからがむしゃらに勉強し論文を書く.無駄なことでも何でもやってのける.日本人は面白そうなものしかやらない.中国人は沢山やるから面白いものも見つかる.

 日本人学生にもこの気持ちを持たせようとしている.その方策として2つのことを行っている.一つは,広い分野に接するような研究室の環境にしていること.ゼミなどのディスカションには,必ず参加させ誰が何回発言したかを表にして,研究室の皆が見られるようにホームページに掲載している[10].いま一つは,出来るだけ多くの中国人留学生を受け入れている.日本人と違った意識を持っているからである.学生は日本人18に対し中国人が4〜5名いる.ポスドクは日本人2人に対し中国人5人である.さらにまた,学生を中国に強制的に行かせることを考えている.

6.終わりに

 ナノテクノロジーは第3期科学技術基本計画の重点分野として,開発対象そのものだった.第4期科学技術基本計画ではグリーンイノベーション,ライフイノベーションを支える基盤技術としての研究開発を求められている.橋本氏は21世紀の科学はこれまでと異なる考え方で進める必要があると説かれた.その一つの方向が自然との共生であり,グリーンイノベーションにつながる.さらに,ライフイノベーションと関係の深い分子生物学との融合を図ろうとする.分子・物質合成などの化学分野を始め、新たな科学技術の幕開けとなることを期待したい.

参考文献

[1] 橋本和仁監修,"光触媒応用技術",東京図書,2007年7月.
[2] R. Wang, K. Hashimoto, A, Fujishima, M, Chikuni, E. Kojima, M. Shimohigashi, and T. Watanabe, "Light-induced amphiphilic surface", Nature, Vol.388, No.6641, pp.431-432(1997).
[3] Y.-H. Kim, H. Irie, and K. Hashimoto, "A visible light-sensitive tungsten carbide/tungsten trioxide composite photocatalyst", Appl. Phys. Lett., 92, 182107(2008).
[4] 橋本和仁,渡部俊哉,"光照射による酸化チタン表面の超親水性変換",表面科学, 20(2),194-202(1999).
[5] 橋本和仁,中村龍平,"微生物燃料電池の研究開発に係る最新動向",水環境学会誌,33(A) 巻 11号 348-352頁(2010年11月).
[6] 西尾晃一,渡邉一哉,橋本和仁,"モデル共生系を用いた微生物太陽電池による明暗条件での発電",日本農芸化学会大会講演要旨集2011,163頁 (2011年10月).
[7] Zhao Y., K. Watanabe, and K. Hashimoto. "Hierarchical micro/nano structures of carbon composite as anodes for microbial fuel cells", Phys. Chem. Chem. Phys., Vol. 13, pp. 15016-15021(2011).
[8] Zhao, Y., K. Watanabe, R. Nakamura, S. Mori, H. Liu, K. Ishii, and K. Hashimoto. "Three-dimensional conductive nanowire networks for maximizing anode performance in microbial fuel cells", Chemistry Vol. 16, pp. 4982-4985(2010).
[9] Watanabe, K., and K. Nishio, "Electric power from rice paddy field. Paths to sustainable energy", Edited by: Jatin Nathwani and Artie Ng. In-tech, pp. 563-580(2010).
[10] 東京大学橋本研究室ホームページ
[11] 「電流発生菌」
[12] 「微生物が田んぼを電池に変える」

(真辺俊勝)