NanotechJapan Bulletin

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Vol. 4, No. 6, 2011年12月7日発行/「ナノネット」と「ナノテクノロジー」次世代のキー技術【極限環境研究領域】

NanotechJapan Bulletin Vol.4, No.6, 2011 発行

「ナノネット」と「ナノテクノロジー」企画特集
ナノテクノロジー,次世代のキー技術【極限環境研究領域】
物質・材料研究における強磁場極限環境の役割と課題
〜極限環境における物性研究から新現象発見,新材料・デバイス・システムの創出へ〜
東京大学物性研究所教授 家 泰弘氏に聞く

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東京大学物性研究所教授 家 泰弘氏

 1979年東京大学理学系大学院物理学専攻博士課程修了.東京大学物性研究所助手,米国AT&T Bell Laboratories, IBM T. J. Watson Research Center研究員,東京大学物性研究所助教授等を経て,1994年東京大学物性研究所教授.2008年4月より物性研究所・所長,2008年9月より日本学術会議会員併任.

1.はじめに

 ナノテクノロジーネットワーク(ナノネット)は「ナノ計測・分析」「超微細加工」「分子・物質合成」「極限環境」の4つの研究領域の技術を有し,最先端の保有装置とスタッフでナノテクノロジー研究の支援を行って来た.量子ドットなどのナノ構造体の物性解明や,ナノデバイスの原理実証には外乱のない環境を必要とし,極限環境研究領域は強磁場,極低温,超高圧などの実験環境を提供する.中でも強磁場は量子効果の現象解明,核磁気共鳴(NMR)による分子構造の解析などの強力な武器となり,分解能向上などに向け一層の強磁場が必要とされている.日本学術会議は大型施設計画を立案し,物性分野においては3つの大型施設計画の一つに強磁場を取り上げた.この計画立案に携わり,強磁場を利用した物性研究に多くの成果を挙げて来られた,東京大学物性研究所教授 家 泰弘(いえ やすひろ)氏を千葉県柏市のキャンパスに訪ね,物質・材料研究における強磁場極限環境の役割と課題についてお話を伺った.お話を伺う席には極限環境領域ナノネット拠点の独立行政法人 物質・材料研究機構(NIMS)強磁場 NMRグループリーダー 清水 禎(しみず ただし)氏が同席し,適宜,助言を頂いた.

2.極限環境とは

 極限環境とは俗な言い方をすれば,人の生活環境からかけ離れた環境である.極限環境には超高圧,超高温,超低温,強磁場,強電場,超高真空などがあり,定常的なものに加えて,レーザーによる強力な電磁場のように時間的に変動する極限環境もある.ナノメートルでの現象,表面の研究ではごみを嫌うから清浄な環境も求められる.材料研究分野では宇宙ロケットなどの超重力も重要になる.これらの極限環境はそれぞれ単独で利用に供されるだけでなく,例えば超低温と強磁場とか,高温と高圧というように,複数の極限環境を同時に実現する,多重極限ないしは複合極限技術も重要である.それぞれの極限環境に関して「極限」のフロンティアを開拓する技術開発が進められている.先鋭的な極限環境の実現という方向性とともに,極限環境の利用の観点からはより質の高い極限環境という要素も重要である.強磁場に関して言えば,短時間・小空間でも良いからとにかく強い磁場を実現するという方向性と並んで,長時間,大空間,高安定度などにおいて質の高い磁場が求められる実験もある.

 極限環境利用の一つは物質を作る場である.ダイヤモンドのような高温・高圧での物質合成が古くから知られている.清浄環境の超高真空での分子線エピタクシー(MBE)などによって,単原子層の成長ができるようになった.MBEなど,ヘテロ接合成長によって作られた界面における2次元伝導を利用して,衛星通信などに使われる高移動度トランジスタ(HEMT)が実用化されている.

 もう一つは物質の振る舞う場の提供である.物質を強磁場などの極限環境におくと,通常の環境では見られない新しい振舞を示す.新しい物質相(Phase)が生まれたりもする.物質・材料は極限環境において,生活空間とは異なる特異な性質を示す.一つの例は超伝導の発現である.今年は4K(-269℃)の極低温において,超伝導が発見されて100年の記念すべき年である.この発見によって超伝導磁石が生まれ,東京・大阪間を1時間で結ぶリニア新幹線が計画されるようになった.超伝導磁石はNMRと組合わされて,核磁気共鳴画像診断装置(MRI)に発展した.画像の精細度は磁場が強いほど向上し,あるメーカーの最高性能製品は3Tの磁場を用いる.一方,NIMSはNMR用に700Tの強磁場を提供し,高精度分析に役立てている.生活空間の地磁気は46,000nT(nはナノ,10-9)だから,MRIの磁場でも生活空間の6万倍に当り,NIMSの強磁場は1,500万倍(1.5×107)である.

 家氏は低温・強磁場の研究歴が長い.これまでの研究で使ったのは,超伝導マグネットはもちろんのこと,ハイブリッドマグネット,パルスマグネットなど多岐にわたる.現在,物質・材料研究機構の定常強磁場施設の草分け的なものが米国マサチューセッツ工科大学(MIT)のFrancis Bitter国立磁場研究所(National Magnet Laboratory)にあって,世界で初めて30Tハイブリッドマグネットが稼働した時に,それをグラファイトの研究に使う機会に恵まれた.その後,量子ホール効果の研究を行うなど半導体電子系の研究に強磁場を使って来ている.強磁場は長年慣れ親しんだ実験環境であるとのことだった.

3.強磁場の発生

 強磁場の発生技術としては,今では20Tくらいまでなら市販の超伝導マグネットを買って実験に使うことができる.NIMSや東北大学金属材料研究所には外側の超伝導磁石と,内側の水冷電磁石を組み合せたハイブリッド磁石で30〜40Tを定常的に出している.この方式の磁石だと50Tくらいまでは定常的に出せる.しかし,50Tの定常磁場では24MWという大きな電力を必要とする.この電力と冷却の問題のため50T以上を定常磁場で得ることは難しい.図1はNIMSのハイブリッド磁石である.


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図1 NIMSのハイブリッド磁石(提供:NIMS)


 50T程度以上の磁場を発生させるのはパルスになる.東京大学物性研究所(以下,東大物性研)は国際超強磁場科学研究施設を持ち,パルス磁場の拠点になっている.

 磁場中ではマックスウェル応力が働き,応力は磁場の2乗で大きくなる.パルス強磁場には破壊型と非破壊型があり,磁場の強度と磁場発生持続時間はトレードオフの関係にある.東大物性研の施設には非破壊世界最高の80Tのパルス磁場発生装置と100T〜720T程度(室内世界最高磁場)まで発生できる破壊型(一巻きコイル法,電磁濃縮法)パルス磁場発生装置がある.非破壊の場合,70Tの磁場をmsecのパルスで発生させる技術は確立しているので,共同利用に提供している.充電器からコンデンサに蓄えられた電荷は,大電流として瞬間的にコイルに供給され,パルス磁場を発生する.コイルとコンデンサの組合せにより,持続時間の異なる2種類の磁場を実験ごとに使い分けている.

 物性研では図2に示す非破壊長時間パルスマグネットを用意している.図には磁場波形を重ねて示し,20msの時間内に最高80.8Tの磁場を発生している.金道浩一(きんどう こういち)教授が非破壊長時間パルスマグネットを担当し,100Tの発生を目指している.アメリカのLos Alamos国立研究所や,ドイツのDresden(Leibniz Institut fuer Festkoerper und Werkstoffforschung Dresden)でも100Tを目指すなど,100Tは非破壊パルスマグネットでの世界的目標になっている.


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図2 非破壊長時間パルスマグネットと磁場波形(提供:東大物性研)


 100Tを越えると破壊磁場になる.物性研では嶽山正二郎(たけやま しょうじろう)教授を中心に電磁濃縮法で破壊強磁場の発生を行っている.1000Tを目標に,µsecで700Tの磁場を発生させている.種磁場を空間的に濃縮して強める.アメリカやロシアでは爆薬を使うが,物性研では電磁的に濃縮する.銅のリングの中に種磁場を作って,磁束の存在する空間を電磁的に狭めて,磁束を濃縮する.磁場の発生しているµsecオーダーの時間内に物性測定を行う必要があるため,主に光学的手法による測定手法が用いられる.

 磁場発生継続時間がmsecオーダーになれば他のさまざまな測定手段も利用できるようになり,物性実験の幅が格段に広がる.物性研では定常磁場から破壊型のパルス磁場まで,連携して研究ができるようにしている.図3は電磁濃縮磁場発生に用いる主コイルの写真に磁場濃縮時間推移を重ねてある.40µs付近から磁場が急速に立ち上がり,44µsでピーク値700Tに達している.


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図3 電磁濃縮磁場発生に用いる主コイルと磁場濃縮推移(提供:東大物性研)


 電磁濃縮法で1000Tを目指しているが,1000Tを大幅に越えることは原理的に難しそうだ.プラズマ電流で磁場を作るなど別の手段も提案されている.宇宙空間だと最強の磁場は中性子星にある.中性子星は超新星爆発によって生まれ,重力崩壊によって圧縮された結果,1017kg/m3というとてつもなく大きい密度で中性子が凝縮している.核磁気を持った中性子は高密度の中性子雲となって高速で回転し,これによって発生する磁場は1億Tになるという.地上で発生させようとしている強磁場は宇宙環境に比べたら,10万分の一の大きさである.

4.磁場の中での物質の振舞

4.1 磁場の物質に対する作用

 磁場の物質に対する作用は電子の運動への影響とスピンに及ぼす効果の2つがある.

 電子の運動に対する影響は,磁場によって電子が円軌道を描くようになる.サイクロトロン運動である.その角周波数ωcは磁場に比例して増加し,サイクロトロン半径は磁場に逆比例して小さくなる.

 古典的には電流と垂直な方向に磁場を印加すると電流と磁場に垂直な方向に電場が生じるホール効果が観測される.電子の運動は電流方向に限定されないため,抵抗が増加し,磁気抵抗効果が見られる.磁場が強くなると,電子の運動エネルギーは跳び跳びのランダウ(Landau)準位に量子化される.このため,磁気抵抗の磁場依存性にはシュブニコフ-ドハース(Schubnikov-de Haas)振動が見られるようになり,この解析からエネルギー帯に関する情報が得られる.光学的には磁場の印加によって光の偏光面が回転するファラデー効果が起り,磁気光記録などに応用されている.

 また,磁場は電子スピンの振舞に影響する.強磁性は電子スピンが揃っていることによって起るのに対して,反強磁性ではスピンが互いに逆向きの反平行になっている.これを磁場によって揃えようとすると,数百Tの磁場が必要になる.スピンの向きを変えるのにどのくらいの外部磁場が必要か調べることにより,逆向きスピンの間に加わっていた力を知ることができる.

 原子核もスピンを持ち,その核スピンによる電磁波の共鳴吸収がNMRである.しかしながら,核スピンによる磁気双極子の大きさを決める核磁子の大きさは,電子のスピンによるボーア磁子の1800分の1だから,核スピンのコントロールにはより強い磁場が必要になる.

 こういった磁場中の物質の基本的振舞に加えて,家氏は次節以降に記す,いくつかの具体的な研究例について話して下さった.

4.2 量子ホール効果から電気抵抗標準へ

 これまで家氏は主に電子の運動への磁場の影響を研究して来た.その一つは量子ホール効果である.

 量子ホール効果の例に,Si-MOSEFETの2次元伝導がある.Si-MOSFETはゲート電極に印加した電圧により,酸化膜界面下のシリコン結晶中に電流キャリアを誘起することによって動作する.誘起されたキャリアは元のシリコンと反対の導電型を持つ反転層を形成する.反転層の厚さは数nmと薄く,ドブロイ波長より短くなるから,反転層の電子はゲート電極に垂直方向で量子化される.この結果,電子はゲート電極に沿った面内でのみ移動できる2次元電子ガスになっている.これに垂直磁場を印加すると,電子はサイクロトロン運動を行い,連続していた電子エネルギーは量子化してLandau準位に分裂する.磁場のないところでも2次元なので量子化したら,さらに次元が下がる.量子化はMOSFET設計理論を変えるから,反転層内の電子の運動を把握することが必要となった.

 2次元伝導の磁場効果はSi-MOSFETの反転層における2次元電子系の特性を明らかにすることから始まった.電子状態や電気伝導を調べる常套手段の一つである磁気抵抗効果を測定すると,Schubnikov de Haas効果が見られ,磁場が大きくなると磁気抵抗の振動は振幅が0になるところまで落ち込むことを当時学習院大の川路先生達が見つけた[1].図4はその実験例[2]で,下のグラフのσxxが磁気抵抗効果である.横軸は2次元電子密度nとLarmor半径l=√hc/2πeHで表わされているが,n(1/2πl2)=enH/hcだから磁場に比例する.ここで,hはプランクの定数,cは光速度,eは電気素量,Hは磁場を表わす.一方,電流と磁場に垂直な方向ではホール効果が観測され,ホール電圧と電流の比で定義されるホール抵抗は磁場と共に増加するが,平坦部(プラトー)と単調増加を繰返す.図4の上半分にはホール抵抗に相当するホール伝導度σxyが示されている.i番目の平坦部はH=(h/ienの磁場で生じ,ホール抵抗はRH(i)=h/ie2である.その後,GaAs系の化合物半導体を用いて,MBEによりヘテロ接合が形成され,高移動度トランジスタHEMTが作られるようになった.絶縁物と半導体の界面に加えて,半導体結晶界面での2次元伝導の研究や利用も進んでいる.


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図4 量子ホール効果の実験例(「物質科学への招待」[2]より)


 図4に見られるように,ホール抵抗には順番に平坦部が現れ,ホール抵抗の跳び跳びの値はプランク定数と電気素量という普遍定数で決まる.そこで,国際度量衡委員会は1990年に,RH(i)=RK-90/iRK-90=25812.807Ωを電気抵抗の国際標準とするよう勧告した.MOSFETにおける強磁場2次元伝導の研究から見つかった量子ホール効果は社会基盤である電気抵抗の標準を改訂するに至った[3].

4.3 超伝導・低次元伝導・分析と強磁場の関わり

 磁場は物質の性質を決める物理パラメータである.超伝導体は磁場によって超伝導状態が壊れるが,珍しい例として磁場によって超伝導状態が出現する例が金属間化合物や有機導体で見つかっている.このような物理現象は理論で予測されたものもあれば,実験が出てから理論が生まれるものもある.超伝導に対する磁場効果は低温での実験になるため主に10〜30Tの定常磁場が用いられている.それ以上の磁場の効果を見るにはパルス磁場を利用する.

 温度が上がると超伝導状態は消滅して常伝導になる.冷却なしで超伝導状態を実現すべく,臨界温度の高い高温超伝導体の探索が行われ,1986年の銅酸化物系高温超伝導体の発見により臨界温度は100Kを越えた[2].超伝導の性質を調べるには常伝導状態を知る必要があり,常伝導状態での電子状態の知見を基に,超伝導状態を解析する.高温まで超伝導が壊れないというのは磁場でも壊れにくいことに相当し,高温超伝導体の超伝導を壊すのに必要な磁場は高く,超伝導の消滅する臨界磁場は100Tにもなる.さらに,多くの高温超伝導物質は層状構造をもっているため,超伝導は顕著な異方性を示し,層に平行な磁場では100Tでも超伝導を壊せない.

 強磁場は低次元電子系の研究にも欠かせない手段となっている.グラファイトは層状構造を反映して擬2次元的伝導を示すが,強磁場中では層内の運動エネルギーが最低ランダウ準位に量子化され,磁場に平行な方向の1次元自由度が残る.この結果クーロン・エネルギーの効果が強調され,1次元系特有の電荷密度波状態が出現する.有機導電体の場合は元々低次元のものがあり,磁場誘起スピン状態が生まれる.

 GaAs/AlGaAs半導体界面2次元電子系に垂直強磁場を印加した場合にも,クーロン相互作用の効果がが支配的な強相関系として多彩な振舞が見られる.その最も顕著なものが分数量子ホール効果で,「非圧縮性流体」と呼ばれる多体状態として理解されている.そのほかにもウィグナー結晶やストライプ相といった多彩な多体状態が強磁場下の2次元電子系で現れる.

 2次元電子系としては最近,グラファイト1層にあたるグラフェンが注目を集めている.ディラック電子と呼ばれる特異な電子の振る舞いが見られ,これが新しいコンセプトのデバイスにつながる可能性がある.カーボンナノチューブ(CNT)はグラフェンシートがnmオーダーの直径に巻いたものだが,その巻き方で特性が変る.CNTのチューブに沿って,強磁場を印加すると,磁場による電子の位相変化によって半導体と金属の遷移が起る.

 電子スピンでも強磁性・反強磁性転移の問題がある.スピンが平行で整列していれば強磁性になるが,三角形の頂点にスピンがあると,スピンの向きが定まらず,フラストレーションの状態になり,低温では液体になってしまう.この状態で磁場をかけたらどうなるかはホットな話題になっている.図5は東大物性研において電磁濃縮法によるパルス磁場で600T近くまで測定されたフラストレートスピネル磁性体ZnCr2O4のファラデー回転から得られた超強磁場磁化過程を示す.磁化過程の赤い線が実験値,青い線は理論的予測である.

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図5 フラストレートスピネル磁性体ZnCr2O4の超強磁場磁化過程(提供:東大物性研)


 スピンの利用ではNMRが分析の標準的な手段になっている.強磁場になると分解能が上がる.製薬会社が超伝導磁石を使ったNMRを創薬の武器にしている.NMRが開発されたのは1945年だが,超伝導磁石を使ったMRIの実用化は1970年まで待たねばならなかった.超伝導,NMR,MRIのいずれもノーベル賞を受賞している.基礎科学の研究,極限科学追究の成果が実用 化に繋がった.脳科学などに使われるようになったPETにおける陽電子消滅も基礎科学の研究から見出されている.これらの基礎科学の実用化には計算機処理技術の進歩も大いに貢献している.

5.極限環境・強磁場の展開:物質・材料開発に向け,再び世界トップへ

 極限環境の一つである強磁場は物質・材料の研究分野における有力な研究手段となり,新たな知見を生み出すと共に,新しい材料や応用システムを創り出して来た.この流れをさらに発展させるべく,日本学術会議では家氏が中心となって,物性分野の大型施設計画・大規模研究計画を提案している[4][5].そのマスタープランでは大型施設計画として,①中性子・ミュオン,②放射光,③超強磁場,大規模研究計画としては,④物質・材料開発を採り上げた.

 これに応え,次世代強磁場施設のために強磁場コラボラトリー計画が策定された.強磁場は物質研究・材料開発に必要不可欠な基盤として,先ず図6のような研究開発対象を挙げている.


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図6 物質・材料科学における強磁場(学術会議シンポジウム[4] p.114)


 日本の磁石は優れた磁石鋼やハイブリッド自動車に用いられるネオジム磁石の発明など伝統があり,1990年代までは圧倒的に世界一で,先頭を走っていた.しかし,1995年にアメリカは国立強磁場研究所,2000年に欧州はEuroMag連携機構を作り,現在は世界三極体制となっている.国際的動向は定常50T,パルス非破壊100T,パルス破壊1000Tに向けて施設を強化しようとしている.物性研究活動の基本は個々の研究者がテーマを設定するボトムアップ・スモールサイエンスのスタイルである.その一方,極限環境などの大型施設を必要とする実験の重要性は増すばかりである.このため,個別研究室に置くマグネットから,1000Tの超強磁場までを図7のように位置づけ,連携運営・共用を図る強磁場コラボラトリー計画の下に次世代強磁場施設を整備しようとしている.


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図7 次世代強磁場施設計画(学術会議シンポジウム[4] p.115)

6.極限環境・強磁場の課題:技術基盤と人材育成

 今後の極限環境・強磁場研究,設備整備の課題として大きくは,計測・装置製造などの技術基盤と人材育成・確保の問題がある.

 極限環境の実験では計測技術が不可欠である.NMRを逆に使えば,磁場測定になり,一方でスピンの制御は量子コンピュータの基礎となるから,NMRは計測から未来のコンピュータに繋がることになる.しかし,日本の計測技術は外国に比べて弱い.かつては、電機大企業がNMRの装置を作っていた.しかし現在の研究室にあるのはアメリカのVarian社など外国メーカーのものばかりである.電子顕微鏡にしてもアメリカFEI社製短焦点レンズ型が主流になってしまった.極限性能を目指す技術は民生用とは異なる.外国は軍事研究の中で基礎研究を行っている.目先のものを追っていたのでは極限環境の研究はできない.日本の磁石は伝統があり先頭を走っている.しかし,パルス強磁場を作るにはコンデンサバンクからの放電電流を利用するが,東大物性研にあるコンデンサバンクを作った会社でも技術者を継続的に維持することが難しくなっている.日本には伝統的に「式年遷宮」といって20年程度の周期で神社の建替えを行う制度があり,宮大工の技術伝承を担保する仕組みになっていた.先端的な実験設備についても同様のことが言える.現実は,大学や研究所において技術職員が削減され,民間企業においても技術者の世代交代が出来ていない.高度成長期の民間の強さがなくなり,産業技術に支えられたインフラで競争力を失って行く危機感を覚える.

 人材の面では理科離れが激しく,物理を学ぶ高校生が減っている.小学校の理科教育も衰退している.理科の嫌いな人が小学校の先生になっていることが多いのではないかと疑いたくなることもある.理科教育がしっかりしないから,太陽が地球の周りを回っていると思っている子供までいる.一方,理科の好きなポスドクが教職に就こうと思っても,大学で教職科目をとっていないから,先生になれないという悩みがある.スーパーサイエンスハイスクールなどの施策もあるが,理科教育活性化の策が一層求められよう.

 学術会議では学術の大型施設計画・大規模研究計画マスタープランを作成し,その中で極限環境研究の環境を整えようとしている.若い人が基礎科学の研究に積極参入することを期待する.その一方,若い人たちは自分で装置から作ることが少なくなっている.昔に比べて装置が整備されているからそれを使うことで済むようになってもいる.装置作りに対する評価が低いこともこの傾向を助長する.論文を書くこと,論文の書ける仕事を主にしてしまう.ポスドクなど任期付きの職にある研究者は2〜3年でアウトプットを出さないと地位を保てない.大規模研究,大型予算になると集中研究になり,人材育成の場が限られる悩みがある.新しい人を供給する道が整っていないと基礎科学の研究は続かない.

 つくばにある独立行政法人の研究所は外国人のポスドクの存在ばかりが眼につくようになってしまった.彼等は命がけで研究している.日本で業績を上げれば帰国した後の地位が保証される.日本では業績への見返りが明確でないし,レールが1本なのも問題を大きくしている.アメリカの大学は階層化しているから,どこかセーフティネットになるところがある.日本は人材を活用できていない.それに、テクニシャンとして生きる道も狭い.技官なしに,学生だけで技術の伝承をすることはできない.

 若者には広い視野を持って頑張ってほしい.それに応える環境を整えるのは先輩の役目である.科学技術で社会に貢献しようという理科好きの若者が物質・材料,物性の研究に参画するよう,インセンティブを与え,好きなことで生活できるように考えたいと,家氏は語られた.

7.おわりに

 極限環境は通常の状態では現れない物質・材料の性質を引き出し,新たな材料,デバイス,システム,計測技術などを創出する.強磁場は物質科学の研究から量子ホール効果による電気抵抗標準,材料科学・応用から永久磁石やMRIを生み出す基になった.生活空間からかけ離れた所で生み出され知見が生活を豊かにし,生活基盤を整える.未知の物性,そこから生み出される新しい機能を求めて,超強磁場の開発は国際競争になっている.インタビューは極限環境,強磁場の意義,強磁場の物質・材料研究への貢献,今後の強磁場施設計画から,最後は技術インフラや人材の課題に及んだ.強磁場の持つ物質・材料研究への高いポテンシャルを活用する積極的な若者の研究参加による、極限環境,強磁場を用いた研究の活性化が強く望まれる.

参考文献

[1] S. Kawaji, T. Igarashi, and J. Wakabayashi, "Quantum Galvanomagnetic Effect in n-Channel Silicon Inversion Layers under Strong Magnetic Fields", Progress in Theoretical Physics Supplement No. 57, pp. 176-186 (1975).
[2] 福山秀敏,"物質科学への招待",岩波講座 物理の世界,第2刷 岩波書店 (2008).
[3] 中西正和,"国際標準に用いられる計測技術",応用物理 第70巻,第6号,707-713頁 (2001).
[4] 学術会議シンポジウム「学術の大型施設計画・大規模研究計画(マスタープラン)に関する物理系シンポジウム」物理学委員会(平成23年1月31日).
[5] 「学術の大型施設計画・大規模研究計画 マスタープラン2011」,日本学術会議 科学者委員会 学術の大型研究計画検討分科会(平成23年9月28日).

(古寺 博)