NanotechJapan Bulletin

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Vol. 8, No. 1, 2015年3月5日発行/ナノテクノロジーEXPRESS(第39回)大阪大学

企画特集 ナノテクノロジー EXPRESS ~ナノテクノロジープラットフォームから飛び立つ成果~
<第39回>
1分子DNAシークエンサーのデバイス開発
クオンタムバイオシステムズ株式会社 松岡 俊樹,津本 弥生,大阪大学産業科学研究所 谷口 正輝
大阪大学ナノテクノロジー設備供用拠点 法澤 公寛

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1.はじめに

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(左から) クオンタムバイオシステムズ株式会社 松岡 俊樹,津本 弥生,大阪大学産業科学研究所 谷口 正輝
大阪大学ナノテクノロジー設備供用拠点 法澤 公寛


 安心・安全な健康社会の実現を目指す我が国は,DNA・RNA塩基配列の超高速解析による医療,ウイルスの超高感度かつ超高速検出が緊急の課題である.しかし,世界の大手企業の開発力を持ってしても,市場で要求される超高速・超高感度検出を実現する次世代技術は開発されていない.ところが,この現状を突破する革新的技術が,内閣府の支援を受けて大阪大学を中心とする研究グループによって開発された[1][2][3].この新技術は,トンネル電流測定原理に基づいた「ゲーティングナノポア法」と呼ばれ,既存技術では越えられなかった超高速・超高感度の壁を突破する高いポテンシャルを持つ.この基盤技術を応用すれば,DNA・RNA解析に要する時間と費用が著しく削減でき,がん,糖尿病,アルツハイマー病などの疾患の診断や,薬の効果・副作用の出やすさを判断し,個々の体質にあった診断や治療を行う「オーダーメイド医療」の実現が加速されることが期待される.

 弊社は,2013年1月に大阪大学発ベンチャー企業として創業され,大阪大学で開発された基盤技術をもとに,1分子DNA・RNAシークエンサー(図1)を開発している.昨年,開発したプロトタイプシークエンサー(図2)を用いて,がんマーカーであるマイクロRNA22塩基の配列決定を1分子で実現し,計測データを全世界に公開した.本成果は,シークエンサー開発企業をはじめ,主要研究機関から注目されている.本プロトタイプシークエンサーで用いるナノデバイスは,金を電極材料に使用し,20nm以下の微細加工を必要とするため,一般的な半導体製造ラインで製造が困難である.競争の激しいシークエンサーの開発で世界をリードするため,電子線リソグラフィー装置,各種エッチング装置,金蒸着装置,および絶縁膜蒸着装置が1つのクリーンルーム内で扱える本ナノプラットフォームを利用して,シークエンサーデバイスの開発を行っている.


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図1 1分子シークエンサーの原理図.
4つの塩基分子の電気抵抗の違いをトンネル電流で読み出すことで,塩基配列を決定する.


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図2 1分子シークエンサーのプロトタイプ.ナノデバイスは,金属箱の中に固定される.


2.ナノデバイス作製方法

 1分子のDNAやRNAの塩基分子を1分子で計測するためには,塩基分子の大きさと同程度な数ナノメート以下の電極間距離を持つナノギャップの作製が必須である.現在の半導体技術では,数ナノメートル以下のナノギャップを作る事は困難なので,金属細線を3点曲げの要領で機械的に破断する機械的破断接合(Mechanically Controllable Break-Junction:MCBJ 図3)[1][2]を用いて,ナノギャップ電極を作製している.


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図3 機械的破断接合(MCBJ)の原理.
ピエゾ素子を押し上げることにより金属細線を破断し,ピエゾ素子を下げることで電極を接合する.


 大阪大学で開発された1分子シークエンサー用のナノデバイスは,りん青銅基板を用いたデバイスであり,半導体製造ラインによる製造に不向きであった.そこで,シリコン基板を用いたナノデバイスの作製を行っている.金属細線と電極のパターンは,電子線リソグラフィーを用いて作製している.また,RFスパッタ装置で蒸着する金を電極材料に用い,リフトオフプロセスにより,金属細線と電極を作製している.また,DNAやRNAを検出電極に誘導する流路には,CVDで作製されるSiO2薄膜を材料に用い,そのパターンには電子線リソグラフィー装置を用いている.SiO2薄膜のエッチングは,反応性イオンエッチング装置を用いて行われている.


3.結果

 シリコン基板に作製したナノデバイスの外観と電子顕微像を図4に示す.大阪大学で開発されたリン青銅基板上のデバイス構造と同じナノ構造を作製することができた.金属細線の極小幅は80nmであり,90%以上の高い歩留まりで作製することができた.開発した1分子シークエンサーのプロトタイプを用いて,電気特性を評価したところ,リン青銅基板デバイスと同等な電気特性が得られ,DNAの1分子計測も出来ることが分かった.当初,シリコン基板は,金属細線の機械的破断プロセスにより,割れてしまうことが予測されたが,シリコン基板の薄膜化により,割れを防止できることが明らかとなった.リン青銅基板からシリコン基板に変更することで,利用できる装置と半導体プロセスの制限が一気に縮小され,シリコンプロセスによるナノデバイスの試作量産の検討を行えるに至った.


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図4 作製したナノデバイスの外観と電子顕微像.


4.利用装置

 金属細線,電極パターン,流路パターンの描画は,全て125keVの「エリオニクスELS-100T」を用いている.この装置は,レジストの選択により,最小10nm以下の細線を描画可能であるとともに,描画パターンの重ね合わせにレーザー測長機を用いているため,約10nm程度の重ね合わせ精度を持っている.ナノギャップ電極と流路の重ね合わせには,この高い重ね合わせ精度が必須である.電極金属である金の蒸着には,RFスパッタ装置(サンユー電子SVC-700LRF)を用いている.

 また,流路の形成には反応性イオンエッチング装置(サムコRIE-10NR)を使用している.これらの全ての装置は,大阪大学産業科学研究所のナノテクノロジーセンター棟およびインキュベーション棟企業リサーチパーク内のクリーンルームに設置されている.弊社の研究所が企業リサーチパーク内にあるため,研究開発しやすい環境が提供されている.また,同じクリーンルーム内には,大阪大学分子合成プラットフォームが提供する走査型電子顕微鏡(日立ハイテクノロジーSU9000)があり,また,大阪大学産業科学研究所の道向かいの大阪大学高圧電子顕微鏡センター内に設置された大阪大学微細構造解析プラットフォームが提供する超高圧透過電子顕微鏡(日立H-3000)があり,作製したナノデバイスを評価する施設群が揃っており,今後,精密な評価に用いていく.


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(a)エリオニクス社製125keV電子線描画装置ELS-100T

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(b)サムコ社製反応性イオンエッチング装置RIE-10NR

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(c)サンユー電子社製RFスパッタ装置SVC-700LRF

図5 大阪大学微細加工プラットフォーム利用装置の外観


5.まとめと今後の展望

 大阪大学微細加工プラットフォームの支援を受けて,試作量産化へとつながるシリコンナノデバイスの開発に成功した.一般的な超微細加工用の半導体製造ラインに金を持ち込めないため,企業の製造施設を用いた研究開発を行うことができないが,シリコンプロセスとは異なる材料を1つのクリーンルーム内で扱うことができるナノプラットフォームの特徴を活かして開発を行うことができた.現在までに開発した1分子シークエンサー用ナノデバイスは,現時点ではプロトタイプ用であり,今後,高い塩基分子の読取精度を実現するため,ナノギャップ電極の集積化が課題となる.また,現在,DNAシークエンサー市場における重要なパフォーマンスは,読取時間とコストであり,高いスループットと低コスト化が求められる.これら2つのパフォーマンスの実現には,ナノギャップ電極の集積化とともに,流路幅の縮小化や集積化が必須である.


6.参考文献

[1] M. Tsutsui, M. Taniguchi, K. Yokota, and T. Kawai, "Identifying Single Nucleotides by Tunneling Current", Nat. Nanotechnol. 5 (2010) 286.
[2] T. Ohshiro, K. Matsubara, M.Tsutsui, M. Furuhashi, M. Taniguchi, and T. Kawai, "Single-Molecule Electrical Random Resequencing of DNA and RNA", Sci. Rep. 2, doi: 10.1038/srep00501 (2012).
[3] M. Taniguchi, M. Tsutsui, K. Yokota, and T. Kawai, "Fabrication of the Gating Nanopore", Appl. Phys. Lett. 95 (2009) 123701.


(大阪大学産業科学研究所 谷口 正輝)


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