NanotechJapan Bulletin

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Vol. 8, No. 3, 2015年7月2日発行/Collaboナノテクノロジー(第2回)東北・関東甲信越

企画特集 Collaboナノテクノロジー ~産学官連携により広がる可能性と未来への挑戦~
<第2回>
コールドスプレーによる生体適合多孔質Tiコーティング材の開発
新潟工科大学 工学部機械制御システム工学科 山崎 泰広
物質材料・研究機構(NIMS)微細構造解析PF 中山 佳子,松尾 明子,根本 善弘
ナノテクノロジープラットフォームセンター 産学官連携推進マネージャー 東北・関東甲信越担当 科学技術振興機構(JST) 戸田 秀夫

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1.はじめに

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(左から) 新潟工科大学 山崎 泰広,
NIMS 中山 佳子(左)・松尾 明子(右),根本 善弘,
JST 戸田 秀夫


 2年前,産学官連携推進マネージャーとして着任時,交流のある産学官連携の関係者にナノテクノロジープラットフォーム事業(NPJ)について聞いたところ,利用歴がないだけでなく,その存在さえ知らない人が殆どであった.知っていてもニーズに合った設備に関する知識が不充分,利用に相応しい課題が見当たらないなどが利用実績に至らない主な理由だ.特に企業研究者にその傾向が強い.このため第一にNPJの広報,次にシーズ・ニーズの適切なマッチング,また利用者の希望に応じ成果展開のお手伝いをすることを基本方針とし,JSTの強み(地域事業で蓄積された種々データベースの活用,産学連携部門との連携等)を活かして取り組むことにした.会社での研究開発歴,地方大学での産学官連携活動,JST旧地域事業での経験及び現種々産学連携事業担当者との連携が効率的な技術営業活動に寄与した.

 新潟工科大の高橋 正子 リサーチアドミニストレーター(旧サテライト新潟の科学技術コーディネータ)から,「溶射後の詳細な結晶構造を確かめるためにTEMを利用したい先生がいます」というメールによる相談もその一つである.利用希望の山崎氏は破壊力学・高温材料強度学が専門で,エネルギー材料や生体材料などの開発と特性向上に向けた数々の研究を手掛けており,本課題のコールドスプレーによる生体適合多孔質Tiコーティング材の開発もその一部のテーマである.「コールドスプレー皮膜の粒子結合機構」がNPJ設備の利用で明らかになれば,熱処理条件の最適化が可能となり,特性・信頼性の向上に繋がり医療用インプラント材料としての実用化が期待されるものだ.試行的利用にうって付けの課題であり,高橋氏と共に山崎氏に応募を勧めるため,NIMS微細構造解析PFの竹口運営マネージャーと相談の上,応募,FS課題として実施(技術代行)した.以下,その結果が山崎氏の研究開発に役立った具体例として本課題を紹介する.


2.研究の背景・目的とNPJ

 超高齢化社会を迎えた我が国においては,疾病や事故により生じた生体機能の低下・欠損を人工的に回復する生体機能再建術の高度化がこれまで以上に必要となっている.インプラント材料としては,金属材料,セラミックスなど種々の材料が存在するが,加工性や信頼性に優れた金属材料が生体用材料として主流として使用されている.しかし,生体を構成している組織の中でも硬組織である骨組織でさえもその弾性率は10~30GPaで,インプラント材料として多用されているチタン合金の1/10~1/3程度である.そのため,インプラントと骨の界面における弾性係数の相違に起因した骨吸収や骨損傷の問題が報告されている.そこで,合金設計や多孔質化などにより骨に近い低弾性率のインプラント材料の開発を目指した多数の研究が行われている.それらの研究成果を概観すると,合金組成を調整することにより低弾性率化に成功した場合においても,それに伴い降伏応力や延性,疲労強度が低下することが問題となっている.一方,多孔質化は,生体骨が時間の経過とともに多孔部に侵入することによりインプラント材料と生体との固着性が改善される付加的要素があるものの,やはり低い強度特性が問題となる場合が多い.以上のように,低弾性率金属インプラント材料の開発では,一方を改善すれば他方が劣化するトレードオフの関係の改善が必要であり,問題の解決には製造プロセスの技術革新が必要となる(図1).


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図1 新しいインプラント材料開発の背景


 従来技術ではトレードオフの関係となってしまう生体親和性と強度特性を両立する技術として,本研究ではコールドスプレー法(Cold Spray,以下,CS法と略す)による表面処理技術に着目した.CS法は,溶射粒子を溶融させること無く不活性ガスと共に超音速で固相状態のまま基材に衝突させて皮膜を形成する技術である.その最大の特徴は,従来の溶射法に比べ,熱影響なしに高品質な厚膜が80%以上の極めて高い成膜効率で形成できる点である.これまで著者の一人である山崎氏らは,成膜パラメータを変化させて気孔率を制御することにより弾性係数を低減することができ,プロセス条件と後熱処理条件を的確に組み合わせることにより耐力を向上させることが可能であることを確認している.このCS法を利用して多孔質化を図って弾性率を低減した皮膜を基材表面に成膜することにより生体親和性と強度特性に優れたインプラント材料の開発が期待される.

 このような背景に鑑み,コーティング技術により優れた生体親和性と高強度を有する新しいインプラント材料を開発することを目的として研究を行った[1].

 この研究では,表面改質法としてCS技術を選択し,CS法によりチタン合金Ti-6Al-4V基材上に多孔質純チタンコーティングを成膜し,溶射まま状態の供試材と800℃Ar雰囲気中1hの溶射後熱処理を施した供試材を準備した.以下,このコーティング材をCS-Tiコーティングと呼ぶ.代表的なCS-Tiコーティングの断面組織を図2に示す.図2(a)に示すように,溶射まま状態のCS-Tiコーティングには,鋭角的な先端を持つ気孔や粒子間の非常に細い気孔が多数認められる.一方,図2(b)のように,溶射後熱処理を施すことにより,先端に丸みを帯びた気孔へと変化し,さらに粒子間の細い気孔が減少している.断面組織写真を二値化して気孔率(面積気孔率)を測定したところ,いずれの条件でも大凡30%程度と高い気孔率の多孔質皮膜となっていた.なお,これらのCS-Tiコーティング中の全気孔は開気孔であることを確認している.


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図2 代表的なCS-Tiコーティングの皮膜組織


 CS-Tiコーティング材からコーティング皮膜単体の試験片を切り出し,電子顕微鏡内で負荷を段階的に増加しながらその過程を観察・撮影して,破壊過程のIn-situ観察を行った.その結果,溶射まま状態のCS-Tiコーティング皮膜では,皮膜組織を形成する溶射粒子の変形がほとんど生じない状態で急速に破断した.さらに,詳細に破断部近傍を観察した結果,溶射まま状態では溶射粒子間の結合力が低く,粒子間で脆性的に破壊が生じていた.一方,溶射後熱処理を施したCS-Tiコーティング皮膜では,粒子結合部近傍の応力集中が生じた領域周辺で局所的な塑性変形が生じた後,旧溶射粒子界面でき裂が発生・進展して最終的に破壊が生じていた.この結果は,溶射後熱処理によりCS-Tiコーティング皮膜の溶射粒子間の結合状態が向上したことを意味している.

 一般的に,熱間等方圧加圧(HIP)などを用いて金属合金粉末を固体状態で成形する粉末冶金技術においては,成形後の熱処理により,焼結にともない粉末間の結合強度が向上し,強度特性が向上する.また,焼結後の粉末冶金合金の強度は焼結温度に敏感で,焼結温度が低い場合,焼結が不十分な状態となってしまい,結果として低強度となってしまう.本研究で示したように,CS-Tiコーティングにおいても溶射後熱処理により粒子間結合強度が向上したが,その熱処理温度は800℃と粉末冶金法でチタンを製造する場合の成形後熱処理温度に比べて低い温度である.ここで,注目すべき点は,「なぜ,CS-Tiコーティングでは熱処理温度が比較的低くても粒子間結合強度が向上するのか?」であり,CS-Tiコーティングに対する溶射後熱処理条件の最適化を検討する上で解明すべき問題である.そこで,ナノテクノロジープラットフォーム事業(NPJ)を活用し,TEM観察により溶射後熱処理前後の溶射粉末粒子の微視組織変化を詳細に検討した.次節でその成果の概要を示す.

 なお,溶射後熱処理を施したCS-Tiコーティング材の皮膜密着強度を評価したところ,溶射皮膜と基材との密着性も溶射後熱処理により劇的に改善していた.すなわち,溶射後熱処理は皮膜強度と皮膜密着性を向上させる重要不可欠なプロセスであることが明らかになった.さらに,開発したCS-Tiコーティング材の弾性係数を評価したところ,皮膜部の弾性係数が骨組織とほぼ同程度の10GPa程度であること,コーティング部材としての弾性係数もチタン合金Ti-6Al-4Vの半分程度の60GPa程度であることを確認し,目的とした低弾性化が実現できていることを確認できた.また,開発したCS-Tiコーティング材の引張試験,および,疲労試験を実施したところ,耐力と引張強さ,破断延性,疲労強度ともに十分な強度を有していることも確認した.


3.NPJによる成果

 前節で示したとおり,粉末冶金合金に対する焼結温度に比べて低い温度条件下での溶射後熱処理により,CS-Tiコーティングの溶射粒子間結合強度の向上が可能であった.本研究で開発したCS-Tiコーティングにとって,比較的低い処理温度で粒子結合強度が向上できることは皮膜密着性などの観点から有利な特性である.すなわち,基材と溶射皮膜の熱膨張係数が等しくない場合(多くの場合は両者の熱膨張係数は異なる),皮膜と基材の熱膨張係数のミスマッチにより生じる残留熱応力は,溶射皮膜と基材の弾性係数に比例するとともに,熱応力がゼロとなる基準温度と使用温度との温度差に比例する.従って,熱処理温度を低く抑えることが出来れば,残留応力を低減することが可能となる.残留熱応力は皮膜密着性の低下や皮膜損傷の助長などに対して負の影響を与える場合が多く,残留応力の低減はコーティング材の特性向上に対して重要な因子である.

 一方,溶射後熱処理条件を最適化するためには,溶射後熱処理による粒子間結合強度の向上メカニズムを解明することは不可欠である.そこで,NPJを活用して開発したCS-TiコーティングのTEM観察を行った.TEM観察を行うにあたり,図3に示すように溶射粒子結合部から集束イオンビーム装置により微小切片を切り出し,ピックアップしたこの切片を追加工により薄膜化してTEM試料とした.図4にTEM観察結果の代表例を示す.図4(a)に示すように,溶射まま状態では,粒子結合界面近傍の結晶組織はナノサイズの結晶粒に微細化している.このような結晶粒の微細化は,成膜時の溶射粒子の衝突により生じたものと考えられる.しかし,溶射まま状態でも溶射粒子内部では微細結晶粒化があまり生じていない.すなわち,成膜時に生じた結晶粒の微細化は溶射粒子内部で均一では無く,溶射粒子衝突部近傍で優先的に生じているものと考えられる.一方,溶射後熱処理を施した皮膜では,図4(b)に示すように,微細な結晶粒が認められず,溶射後熱処理中に再結晶による粒成長が生じたものと考えられる.そして,溶射粒子衝突部近傍で優先的に生じた結晶粒のナノ結晶粒化と,ナノ結晶組織の再結晶による粒成長が生じることにより,溶射粒子間を超えた結晶粒成長とそれに伴う溶射粒子間の結合促進が生じたものと思われる.


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図3 TEM試料の作製方法:粒子界面を含むサンプルの採取


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図4 CS-TiコーティングのTEM観察結果:溶射粒子界面近傍


 TEM観察結果から,溶射まま状態では溶射粉末中,特に,粒子衝突部近傍に極めて大きな加工硬化が生じていることが明らかである.また,溶接後熱処理によって結晶粒の粗大化と転位の減少が生じていたことから,皮膜は軟化しているものと考えられる.一般的に純チタンにおいては,過度な加工硬化は材料の延性を低下させることから,溶射まま時に観察された脆性的な破壊と,溶接後熱処理による局所的延性破壊の発現には,成膜時に生じた加工硬化と熱処理による軟化も関連しているものと考えられる.

 以上の結果から,成膜時に溶射粒子衝突部近傍に生じたナノサイズの微細な結晶粒が溶射後熱処理により再結晶することにより,溶射粒子間の結合強度(すなわち,皮膜強度)および溶射粒子/基材結合強度が向上したものと考えられる.なお,HIPなどを利用した粉末冶金技術では,多孔質を維持するためには加圧力が制限され,強度を求めて加圧力をあげると多孔性が低下するため,両者の両立は困難である.しかし,コールドスプレー技術と溶射後熱処理を組み合わせることにより,溶射粒子衝突部に生じたナノ結晶粒の再結晶により多孔性を維持したままで粒子結合強度の向上が可能となったものと考えられる.


4.おわりに

 実施機関の担当者は「粒子界面近傍と粒子内部での熱処理による結晶組織の変化挙動の相違を確認する依頼だったので,まず,機械的応力をかけずに断面試料を切り出す必要がありました.従って粒子内部と界面の両方を集束イオンビーム法により断面試料を作製し,TEM観察においては明視野法と暗視野法を用いながら,転位組織を探し広い視野で転位が見えるような像を取得しました.」と当時を振り返る.大きなトラブルもなく予定通りに技術代行を終え,山崎氏の研究開発のお手伝いができたことに満足感を持っているようだ.

 山崎氏はこの研究成果を,JSTの新技術説明会(平成26年7月25日)の場を活用して企業にPRするなど製品化に向けた研究開発にも注力されている.NPJの本格利用,JSTの各種ファンドの紹介・活用を通じて山崎氏の研究開発進展にお役に立てればと願っている.

 ところで大学の先生方に幅広くNPJを活用して頂くには,コーディネーター(リサーチアドミニストレーター)の役割が大きいことは言うまでもない.今回のケースは前JST関係者との理解ある連携が功を奏した.しかし,コーディネーターの多くの方々にNPJの広報等で種々協力を戴いているものの,大学の業務に忙殺されているため利用促進活動に制約があるのも現実だ.コーディネータの方々の更なる協力をお願いするには,各種ファンド獲得・共同研究化・知財発掘・技術移転件数などでの貢献度と同様にNPJ活用化件数もその評価の対象に組み込まれるような仕組み作りも必要であろう.

 引き続き,NanotechJapan Bulletinの場を借りて,産学官連携推進マネージャーから見たNPJ活用による最新の成果事例を,実施機関と協力して発信していくのでご期待願います.


5.謝辞

 本研究を遂行するにあたり,科学研究費補助金(基盤研究(C) 24560113)の補助を受けた.

 TEM試料準備と観察はナノテクノロジープラットフォーム平成25年度研究設備の試行的利用事業の補助を受けて実施したものであり,新潟工科大学 高橋 正子 リサーチアドミニストレーターの尽力があってこその成果である.また,一部のTEM観察は東北大学 小川 和洋氏,市川 裕士氏,宮崎 孝道氏の協力を受けて追加で実施した.記して関係各位に謝意を表す.


参考文献

[1] 山崎泰広,関翔馬,佐藤達也,大野直行,曽根通介,市川裕士,宮崎孝道,小川和洋,コールドスプレーを用いた生体用多孔質チタンコーティングの開発,溶射,52(2) (2015) pp.62-68


(戸田 秀夫)


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