NanotechJapan Bulletin

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Vol. 9, No. 1, 2016年2月29日発行/Collaboナノテクノロジー(第8回)東海・北陸

企画特集 Collaboナノテクノロジー ~産学官連携により広がる可能性と未来への挑戦~
<第8回>
フィロ(層状)珪酸塩鉱物層間化合物の解析
株式会社ヤマグチマイカ 研究開発グループ 吉満 英二
物質・材料研究機構(NIMS)微細構造解析PF 強磁場NMRグループ 清水 禎グループリーダー,出口 健三
ナノテクノロジープラットフォームセンター 産学官連携推進マネージャー 東海・北陸担当 科学技術振興機構(JST) 松山 豊

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1.はじめに

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(左から) 株式会社ヤマグチマイカ 吉満 英二,NIMS 清水 禎グループリーダー,出口 健三,JST 松山 豊


 株式会社ヤマグチマイカは1951年の創立以来,マイカ(雲母)などの粉砕製品とその応用加工品を製造している.マイカパウダーを,化粧品,プラスチック,塗料などの原材料として使用することで様々な相乗効果が得られることが注目され,利用される業種や用途,そして需要は大きく広がってきた.今回の利用対象となったフィロ(層状)珪酸塩鉱物は,マイカ類であり,これを粉砕したパウダーは,自動車,建材,電気・電子機器などに用いる樹脂(プラスチック)や塗料の機能性フィラー,あるいはゴムや陶器の離型剤,また化粧品のファンデーションなどに利用されている(表1).


表1 マイカ(雲母)の用途例[1]

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 株式会社ヤマグチマイカでは,雲母に限定されず鉱物系材料の機能高度化を目指すべく,天然物を利用するのではなく,フィロ(層状)珪酸塩鉱物のスメクタイトを化学合成することに成功した.今回のナノテクノロジープラットフォーム(NPJ)の利用は,この新たに合成した材料,スメクタイトが持つ,ナノレベルの結晶の層間に,配位変化されていることを確認することを目的としている.

 フィロ(層状)珪酸塩鉱物の特徴は,産業上利用されている鉱物類に代表される平行に薄くはがれやすい性質である.この性質は劈開(へきかい)といい,フィロ珪酸塩の元素配列の特徴を反映したものである.その構造はSi-Oの四面体が平面的につながっている構造,もしくはSi-Oの八面体が平面的にシートのようにつながっている構造である.一般的にフィロ珪酸塩鉱物の場合は,単位構造の中に,Si-O四面体シートを2枚と八面体シートを1枚含むものである.今回の利用対象となった化学合成したスメクタイトは,フィロ珪酸塩に代表される,Si-O四面体シートを2枚と八面体シートを1枚含む構造であるが,単位構造の層間にH2Oと陽イオン(Na+など)が入った構造になっている(図1).


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図1 フィロ(層状)珪酸塩鉱物の構造模式図[2]


2.研究の背景・目的とNPJ

 原子配列は,通常,X線回折法等で調べる事が出来るが,こうした粘土鉱物は,非常に結晶が小さく,今回の利用のように層間にNaの陽イオンがきちんと配位されていることの検証は,X線単結晶法や高性能の電子顕微鏡での観察でも解析が困難である.今回も利用に先立ち,放射光を利用したX線小角散乱(SAX:small angle X-ray scattering)を実施していたが,フィロ(層状)珪酸塩化合物層間に,Na陽イオンが設計どおりに配位していることの確認はできていなかった.

 NPJ利用に先立つこと半年以上前から,利用者のヤマグチマイカ 吉満氏は,JST産学官連携推進マネージャー 松山に,どの機関のどのような装置・分析手法の利用が適切であるのか,相談・打診をしていた.しかし,対象である新規に合成したフィロ(層状)珪酸塩化合物は,同社の大手取引先からも注目されている新規材料である.その詳細については,守秘義務を持つ産学官連携推進マネージャーであっても全てを開示することが憚られ,吉満氏は自身でNPJのWEBを活用してNPJの機器を探索し,また,種々の研究成果や論文等から,適切な解析手法を検討した.その結果,NPJ試行的利用制度を活用し,固体NMRでの解析でチャレンジすることが適切であるという方針となった.

 固体NMRは,複数成分を持つ試料に,熱や磁場などの変化を与えることで,成分によって異なる分子拡散係数等などに起因するNMRのスペクトルの変化を観察する分析手法である.今回合成したフィロ(層状)珪酸塩化合物のスメクタイトに,Na陽イオンが設計どおりに配位しているサンプルのNMRのスペクトルと配位されていない混合状態でのスペクトルに違い(変化)が生じるのではないかという想定である.

 NMRは,NPJに全国で登録されている機器だけでも19台ある.対象試料の新規合成されたフィロ(層状)珪酸塩化合物は,巨視的な揺変性(静置状態では流動性をもたないゲル状をしており,なおかつ,少し振動等を与えたり,かきまぜたり等すると流動性をもつゾルになり,これを静置すると再び元に戻る現象)を持つ.このような新規材料の構造分析となると,過去の経験が乏しいことから,受入れる実施機関側も相応の未知の困難が予想され,慎重にならざるを得ない.このため,産学官連携推進マネージャーがNMRを保有する複数の実施機関に打診を行ない,最終的には,国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS) 微細構造解析PF 竹口 雅樹 運営推進マネージャーより,同PF 清水 禎 強磁場NMRグループリーダーを紹介され,課題解決に向けた相談の打合せとなった.

 打合せは,利用者のヤマグチマイカ(愛知県豊川市)と支援側のNIMS(茨城県つくば市)の中間をとる形で,JST(東京都千代田区)の会議室で,NPJ事務局も入って行われた.ヤマグチマイカ 吉満氏は,この日のために,Na+を層間に配位した新規フィロ(層状)珪酸塩化合物のサンプルを用意した.打合せでは,利用に至る背景,この新規材料に対する期待,何故,NMRを利用するのか,などの説明に続き,放射光X線小角散乱でも解析が難しかったことなど経緯と背景を説明した.そしてケースに入ったゲル状のサンプルを震盪(しんとう)させ,この新化合物が揺変するさまを目の当たりにしたころから,ディスカッションの雰囲気が変わった.この興味深い材料の構造,層間に配位されたNa+を,どうにかNMRで検証しようという,熱気が高まったのである.こうして,NPJ試行的利用として,利用者:ヤマグチマイカと実施機関:NIMSが,共通の課題に取り組むマインドが醸成された.


3.実験

 ヤマグチマイカが設計,作成したNaを含む新規フィロ(層状)珪酸塩化合物に対し,500MHz固体NMR-I(図2)を技術補助の形態で利用し,23Na,27Al,29Si,13C等の固体NMR吸収スペクトル等を観察した.


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図2 解析に利用した500MHz固体NMR-I.試料の温度を変化させての観察が可能.


4.結果と成果

 試料は,配位設計した新規フィロ(層状)珪酸塩化合物(ゲル状)を作成し,観察温度-80℃~60℃,20℃毎に,23Na NMR吸収スペクトルを観察した.このほか,緩和測定,BG信号補正による解析,1H双極子相互作用によるスペクトル変化も観察した.


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図3 新規フィロ(層状)珪酸塩化合物 NMRスペクトル


 図3に27Al,29Si,23Naの固体NMRスペクトルを示す.27Alの固体NMRスペクトルは「ゲル状態の試料」およびゲル試料を真空ポンプで脱水した「粉末状態の試料」の2種類について測定した.いずれも信号のピーク位置から酸素6配位のアルミ信号だけが見えた.このことは,結晶構造(図1)に由来する骨格のアルミ八面体構造と合致する.ゲルでも粉末でもスペクトルに大きい違いがないということは,骨格となるアルミ八面体構造はゲルでも雲母の時と同じ結晶構造を維持していることを表している.

 29Siの固体NMRスペクトルは粉末において測定した.信号のピーク位置から酸素4配位のシリコンが大部分であることが分かる.僅かに低磁場側へシフトしたシリコン信号が数%の割合で見える.このサイドピークの局所構造を同定するために,CP測定(プロトン核磁化転写分極法)とDD測定(双極子消去法)を行ったが,双方のスペクトルにほとんど違いがないことから,水素が結合によるものでは無く,むしろ23Naや27Alなどとの多核相関測定測定をすれば解明できると思われるが,今回の実験では行っていない.

 23Naの固体NMRスペクトルはゲル試料と粉末試料において行った.図3には4本の23Naスペクトルがある.一番下は比較のために測定した食塩水の23Na信号である.上から3番目はゲル試料の23Na信号である.一番上と上から2番目はどちらも粉末試料の23Na信号である.粉末試料に比べてゲル試料のスペクトル線幅が著しく細くなっていることが分かる.これはゲル試料のナトリウムが激しい分子運動(ブラウン運動,自転運動,化学交換のいずれか)をしており,粉末になるとその動きが無くなり,ほぼ静止していることを表している.またピーク位置が粉末試料とゲル試料とで異なることから,ゲル試料に於けるナトリウムの運動は自転運動(分子の重心位置が固定したまま分子の向きがランダムに回転)や化学交換(2種類の結合状態を共鳴的に遷移する)というよりも,むしろブラウン運動(分子性固体が溶けて各分子が動いている)状態を連想させる.また,配位設計した新規フィロ(層状)珪酸塩化合物(ゲル状)は,温度変化によってピークの異なる2つの23Na NMR吸収スペクトルが確認された.これは,ゲル状試料中に,配位された23Naと合成配位されずに残存した23Naの2種類の状態にある23Naが存在する可能性を示す結果となった.

 今回の測定結果(Na NMRスペクトル)から,配位設計した化合物(ゲル状)は,Naの状態が異なる2成分からなる可能性が示された.この新規フィロ(層状)珪酸塩化合物の新製品への利用を検討していたヤマグチマイカの大手取引先は,時間的な制約もあることから,このNIMSの支援成果によって,設計通り配位されていると判断するのに十分であるとし,新製品にこの新規フィロ(層状)珪酸塩化合物を利用することが決定した.

 今回の利用によって,利用者であるヤマグチマイカ 吉満氏からは,「本課題の実施にあたり,技術的な困難さが想定されたにもかかわらず,NIMS微細構造解析プラットフォーム(強磁場NMRグループ 清水 禎 グループリーダー)に多大な支援をいただいた.また,実施先とのマッチングでは,ナノテクノロジープラットフォーム運営事務局,JSTマネージャーの支援を受けた.関係者に深く感謝する」との謝辞をいただいている.


参考文献

[1] 株式会社ヤマグチマイカ ホームページ
http://yamaguchi-mica.com/
[2] 上原誠一郎 九州大学理学部
http://www.cssj2.org/seminar1/section01/text.html


(松山 豊)


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