NanotechJapan Bulletin

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Vol. 9, No. 2, 2016年4月27日発行/Collaboナノテクノロジー(第9回)関西・四国

企画特集 Collaboナノテクノロジー ~産学官連携により広がる可能性と未来への挑戦~
<第9回>
ナノインプリント製フォトニック結晶を用いたバイオセンサの開発
大阪府立大学 准教授 遠藤 達郎,前野 権一
大阪大学ナノテクノロジー設備供用拠点 微細加工プラットフォーム 特任助教 法澤 公寛,技術支援員 柏倉 美紀
ナノテクノロジープラットフォームセンター 産学官連携推進マネージャー 関西・四国担当 科学技術振興機構(JST) 吉川 昭男

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1.はじめに

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(左から)大阪府立大学 遠藤 達郎,前野 権一,
大阪大学ナノテクノロジー設備供用拠点 法澤 公寛,柏倉 美紀,
JST 吉川 昭男


 ナノテクノロジープラットフォーム事業(以下,NPJとする)は,企業,大学,研究機関等の幅広い研究者・技術者に対して,最先端の設備の利用機会と高度な技術支援を提供することにより研究開発や実用化を進めて頂く,文部科学省の委託事業である.設備の提供に関しては,ナノスケールでの最先端の研究開発に関わる全国26の大学・研究機関がネットワークを組み,オールジャパンの体制で様々な技術分野の研究者・技術者の方の利用を待っている.

 一方,NPJのセンター機関を構成する科学技術振興機構(以下,JSTとする)に所属する産学官連携推進マネージャーは,全国を5地域に分けた地域拠点に配置され,地域内の研究者・技術者に幅広くPRすると共に利用者に対するサポートを行っている.具体的には,JSTの公募事業説明会や公的機関等のイベントの中で紹介し,各地域の実施機関,代表機関およびセンター機関と連携してNPJのPRと利用促進に努めている.また,各地の実施機関でも随時見学会や技術セミナーを開催しているので,これらのイベントと連携して,NPJの普及と利用の拡大に努めている.

 大阪府立大学大学院の工学研究科で研究活動をされている遠藤 達郎准教授との出会いも大阪の公的機関でNPJの展示をしていた時のことである.遠藤氏は,展示ブースでJSTの連携推進マネージャーからNPJの説明を受けたところ,自己の所属機関にはなくて以前から使用したいと思っていた装置が1つ,2つあった.そこで,後日,パンフレットに載っていたNPJのWebでその装置の具体的な内容を調べて,利用の検討をしていた.

 ところで,NPJの利用は,リーズナブルな利用価格ではあるが有料である.しかしながら,1から2回程度は実質的に自己負担なしに「お試し」で利用できる試行的利用事業(以下,FSとする)[1]の制度があり,遠藤氏は,WebでそのFSを知り,平成26年度のFSに「機能性高分子を基材として用いたナノインプリントリソグラフィー製ナノ光デバイスの開発」というテーマで応募し,採択された後にNPJを初めて利用することとなった.


2.ナノ光デバイスを用いたバイオセンサについて

 遠藤氏は,「機能性ポリマーナノ光デバイスを用いた超高感度検査システム」の研究開発に取り組んでいる.今回ご紹介するバイオセンサは,この検査システムの中核をなす重要なデバイスである[2].

 さて,バイオセンサは,DNAやタンパク質(酵素・抗体)など生体由来の分子が,特定の分子に対して特異的に認識(結合・解離)する機能を利用したセンサのことである.酵素反応や抗原抗体反応,DNAハイブリダイゼーションなど生体内での機能維持に重要な役割を果たす生体分子は,有用なセンサ素子であり,化学的・物理的デバイス表面へ固定化することで作製することができる.

 このバイオセンサは,あらかじめ固定化しておいた測定対象物質に対して特異的な生体分子と測定対象物質が結合・解離することで生じる電気化学特性や屈折率,重量の変化を測定することで測定対象物質の検出・定量が可能である.ここにフォトニック結晶(Photonic Crystal:以下,PhCとする)を用いたバイオセンサの開発を行うことを着想した.

 PhCは,ナノメートルサイズの構造を有する光学デバイス(ナノ光デバイス)の一種で有る.この光学デバイスは,従来より,シリコンやガラスなどの無機材料を基材として用いて作製されており,光ディスクや光通信,ディスプレイ,光加工などの産業応用分野の不可欠な光源として様々なデバイスが研究開発され,実用化されている.

 しかしながら,上記のナノ光デバイスを医薬や食品,環境分野に適用するには,製造コストや操作簡便性の課題があると考えた.そこで,ナノメートルサイズの構造から観察される光学特性のなかでも,ポリマーやセラミックなどナノメートルの誘電体が周期的に配列した構造を有するPhCに着目した.このPhCが,図1に示すようにサイズ・周期・物性に依存して特定波長の光を回折・反射させる特性を有するからである.


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図1 フォトニック結晶の1次元(1D),2次元(2D),3次元(3D)の模式的な構造図


 PhCの例として,自然界にある有名なものは,例えば,モルフォ蝶の鱗粉である.鱗粉はナノメートルサイズの周期構造が形成されているため構造色と呼ばれる独特の色彩を観察することができる.遠藤氏は,PhCより観察される色彩や色強度が,周辺の屈折率変化によって顕著に変化することに着目し,バイオセンサ開発を行うことを着想した.このバイオセンサが実現できれば,抗原抗体反応やDNAハイブリダイゼーションによって誘起されるPhC周辺の屈折率変化を色彩や色感度変化として観察可能となることが期待できる.この特徴を利用すると,将来的にはpH試験紙のように目視で癌や感染症など重篤な症状を引き起こす疾病が診断可能となる.

 PhCは,将来の医療診断など幅広い分野を指向したバイオセンサを開発するのに有用なナノ光デバイスである.しかし,PhCを従来の半導体製造装置などを用いて作製すると高額な投資や維持費が必要となり,保有や維持管理が困難である.そこで,遠藤氏は,機能性ポリマーなどの樹脂を用いた「プリンタブル(プリンテッド)フォトニクス」を提案し,バイオセンサ開発を進めている[2].この技術の特徴は,

①種々の樹脂を基材として用い,作製することが可能な点

②樹脂中へナノ粒子や色素など異種材料を混合(ドーピング)することが可能な点

である.


3.NPJの微細加工PFでのナノインプリント製フォトニック結晶の鋳型の製作

 ナノインプリント技術を用いて樹脂にPhCを形成する場合には,デバイス構造が作製された鋳型が必要である.この鋳型を例えばガラス基板上に薄く塗布された樹脂層に押しつけて鋳型のデバイス構造を転写して樹脂製のPhCを作製する.この鋳型は多数のPhCを作製するために何度も繰り返し使用するため,Niなどの金属やシリコンなどの半導体基材で作製する必要がある.

 図2に鋳型により作製するPhC共振器の設計例を示す.エアーホール間の格子間隔が300nm,エアーホールの半径は80nmから140nmとしている.図2に示すPhC共振器を作製するための鋳型は,例えば,シリコンの半導体基材で形成する.


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図2 PhC共振器の設計例


 鋳型を形成するためには,電子線描画装置や反応性イオンエッチング装置など高額かつ大型の装置が必要である.そこで,NPJの全国の大学や公的機関で保有する設備の中から必要な設備を活用することとなる.上記の高額かつ大型の設備を始め,研究開発に必要な多くの装置が,NPJには約1000台配置され,簡単な手続きで利用できる.しかも,必要であれば,装置の利用方法や試料や試作品の加工方法,分析・解析方法なども実施機関の研究者や技術職員が相談に乗ってくれ,特に難しい課題に対してはNPJのネットワークを利用してオールジャパンの体制でバックアップしてくれる.遠藤氏は,NPJのFSに応募し採択されて,自己の大学からも近い大阪大学の微細加工PFの設備を利用することとなった.

 図3,図4に上記NPJの設備と研究室の設備とを併用して作製したPhC共振器の鋳型の作成過程を示す.鋳型としての基板はSi基板を用いた.図3(a)に示すように,PhC共振器の凹凸パタンを形成する側のSi表面を洗浄し,不純物や酸化物層を除去する.この清浄化したSi表面にフォトレジストをスピンコートにより塗布し(図3(b),図4(b)),電子線描画装置により,設計されたPhC共振器の鋳型のパタンを電子線によりフォトレジストに描き込む(図3(c),図4(c)).


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図3 PhC共振器の鋳型の作製(断面図)        図4 PhC共振器の作製(斜視図)


 次に現像液に浸けて現像することにより,PhC共振器の設計パタンがフォトレジストに転写される(図3(d)).図3(d)に示すフォトレジストのパタンをマスクとして,反応性イオンエッチング装置により,Si基板上に凹凸パタンを形成し,PhC共振器構造の鋳型とする.この鋳型を基に,例えばNi等の金属をSi基板に蒸着して電鋳を作製し,ガラス基板上に薄く塗布した樹脂等にこの電鋳を押しつけると,例えば,図5に示すようなPhC共振器が作製できる.図6は,このようにして製作したPhC共振器構造の一例を示す.


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図5 PhC共振器イメージ図(上面図)


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図6 PhC共振器構造の製作例(上面図)


 図2の設計例で示した,エアーホール間の格子間隔が300nm,エアーホールの半径は80nmから140nm,ホールの深さを100nmから数100nmとしたPhC共振器が実現できていることがわかる.遠藤氏は,自己の研究室にある設備に加えて,PhC共振器の構造を描く電子線描画装置,図7(左)に示す深掘りエッチング装置(反応性イオンエッチング装置),ナノインプリント装置などを必要に応じて適宜使用されている.また,EB描画装置でSEM観察を行ったり,図7(右)に示すヘリウムFIB装置により,試料断面を精密に加工することもできる.これらの設備は,NPJの大阪大学微細加工PFのクリーンルームに配置されており,これまで蓄積された実績と加工ノウハウ,法澤氏や柏倉氏ら装置担当の研究スタッフによる保守管理と技術蓄積のもとで十分サポートされた状態で利用者に提供される[3].


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図7 (左)使用したNPJ設備の一例 深掘りエッチング装置(サムコ製)
(右)実施機関が保有するNPJ設備の一例 高精細集束イオンビーム装置(Zeiss製)


4.ナノインプリント製PhCによる特性評価と医療分野等への応用

 作製したバイオセンサを用いた医療分野への応用について簡単に述べる.

 ここでは,抗原抗体反応を用いたバイオセンサの開発例について説明する.図8に示すように,疾病マーカー分子に対して特異的に認識・結合する抗体をPhC表面へ固定化する.そして,PhC表面に試料溶液を滴下,試料溶液中の測定対象物質,すなわち抗原と抗体が結合することで生じる周辺の屈折率変化を検出するものである.図8に示すようにPhC周辺の屈折率が変化すると,例えば,レーザによる反射スペクトル測定において,図8に示すように反射ピーク波長の波長シフトやピーク強度の減少が観察される.


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図8 PhC共振器を用いて抗原抗体反応を光学的に検出する方法


 具体的なこれまでの実績として,インフルエンザの早期診断などが可能である.PhCの表面に抗体を固定化する前に,非特異的吸着を軽減可能な機能性ポリマーを合成して,これをPhC表面にコーティングした後に抗インフルエンザ抗体を図8に示すようにPhC表面に固定化する.検出サンプルには健常者より唾液を採取し,その唾液中へ試薬として購入可能なインフルエンザウイルスを任意の濃度となるように調整し,PhC表面に滴下し,図8に示すように反射スペクトルの波長シフトおよびピーク強度の減少を定量的に測定した[2][4][5].

 このバイオセンサでは,緩衝液中に混合させたインフルエンザウイルス(微生物の検出)の場合,pg/mLオーダーの濃度,唾液中においてはng/mLオーダーの濃度で検出・定量可能であるという.この検出限界は,市販のイムノクロマトグラフィーを用いた場合に比べ,50倍以上低濃度のインフルエンザウイルスを検出・定量可能であるとのことであった.

 また,このバイオセンサでは,①タンパク質の検出では,インスリン等をマーカー因子としてng/mLの検出,②DNAの検出では,腫瘍壊死因子プラスミドをマーカー分子としてpMの検出,③イオンの検出では,カリウムイオンをマーカー分子としてmMの検出がそれぞれ実績として上げられている.これにより,このバイオセンサは,医療,医薬,食品,農業,環境等の広い分野で超高感度検査システムとして幅広く用いられることが期待される.

 さらに研究開発を進めるために,遠藤氏は,ファンディング制度にも積極的に応募されている.例えば,JSTの平成26年度A-STEP シーズ顕在化タイプで「可視光対応型プリンタブルフォトニクスデバイスを用いた感染症早期診断デバイスと測定システムの開発」というテーマで,また,JSTの平成27年度マッチングプランナープログラムの第1回探索試験で「プリンテッドプラズモニック結晶を用いたバイオセンシングデバイスの開発」というテーマで,それぞれ採択されている.これにより,「機能性ナノポリマーナノ光デバイスを用いた超高感度検査システム」の応用分野の拡大と技術の高度化,検出精度の高度化に取り組まれている.

 学会やイベント等でもよく研究内容を展示され,会うたびにバイオセンサの技術が進展しているのを見るのが楽しみである.バイオセンサの開発の過程でNPJのFSを「お試し」で利用され,これがきっかけの一つとなって新たな研究成果を生み出され,ファンディング等に採択されて研究開発資金の一部を獲得し,継続してNPJの実施機関を利用して頂いている.


5.おわりに

 研究開発におけるNPJの利用は,いろいろな場面が考えられるが,大きくは2つの場面がある.1つは,アイデアを思いつき,それを実証しようとする基礎研究または研究初期の場面である.この場面では,論文や特許の骨格となる実証データ(素材・デバイスの試作・分析,観察結果,解析・分析結果など)がNPJを利用することから得られる.もう1つは,研究開発の節目で開発してきたものが,当初のアイデアと同じか異なるのか,その構造,組成,素材,形状などを見極めて判断し,今後の開発の方向を見定める場面である.

 そのそれぞれの場面で,とりわけ,研究環境を整えつつある若手研究者や女性研究者,ベンチャー企業の技術者や研究者にとっては,アイデアさえ思いつけば,リーズナブルな価格でアイデアを形にできるNPJの利用は重宝がられているようである.

 今回説明した事例は前者の「アイデアの実証」の場面に該当する.実施機関の研究者や研究スタッフが,高度な知識と蓄積したノウハウを駆使して,ナノスケールの世界での利用者の高精度の微細加工の要求に応えてくれた.実施機関の関係者の方には多大な労力がかかるが,可能な限り積極的に取り組んで頂いており頭が下がる.

 また,NPJに相談に来る,または,NPJを利用することにより,実施機関の関係者の方とも親しくなり,新たに共同研究等が始まることも多い.連携推進マネージャーからJSTをはじめ公的機関のファンディング制度を紹介することもでき,いずれの場合でも研究開発がさらに加速されることになる.研究者や技術者の方が,研究開発を推進していく中で課題が生じ,何か必要を感じた時には,ぜひ全国に配置された連携推進マネージャーまたは実施機関の相談窓口にお気軽にご相談頂き,より一層NPJをご利用頂ければと思います.


参考文献

[1] ナノテクノロジープラットフォーム 試行的利用ホームページ http://nanonet.mext.go.jp/shikou/h28/
[2] 例えば,遠藤達郎「ナノインプリント製フォトニック結晶を用いたバイオセンサ開発」クリーンテクノロジー誌,2015年4月号,pp.1-5 参照
[3] 法澤公寛「大阪大学「微細加工プラットフォーム」の活動」「工業材料」誌,2014年9月号,pp. 81-83
[4] 特許第5488469号(発明の名称「光学式センサーおよびその製造方法並びに光学式センサーを用いた検出方法」,特許権者 国立大学法人東京工業大学,SCIVAX株式会社,発明者 遠藤 達郎他2名,出願日 平成21年10月16日)
[5] 特願2013-78232(発明の名称「光学式センサー及び該センサーの作製方法」,出願人 遠藤 達郎,発明者 遠藤 達郎他1名,出願日 平成25年4月4日)


(吉川 昭男)


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