NanotechJapan Bulletin

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<第11回>
カーボンナノチューブ紡績技術の開拓
静岡大学工学部准教授 井上 翼氏,JNC株式会社 冨田 恭一氏,およびJNC石油化学株式会社 中西 太宇人氏に聞く

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 カーボンナノチューブ(Carbon Nanotube:CNT)は優れた電気伝導性,熱伝導性および機械的強度を備えた超軽量微細な結晶構造体として脚光を浴びてその発明以来多くの研究開発が行われてきており,近年ではその特徴を活かす応用分野に関心が集まっている.2013年1月30日?2月1日に開催されたnano tech 2013 第12回国際ナノテクノロジー総合展・技術会議においてもCNTに関する多くの展示が競い合っていた.その中で一際目立つ新しいCNT応用展開技術の展示があった.SHJコンソーシアムによる展示であり,総合展では材料・素材部門賞を獲得している.

 今回,SHJコンソーシアムで中核技術を開拓された静岡大学大学院工学研究科電子物質科学専攻 准教授 井上 翼(いのうえ よく)氏,実用化開発を担当しているJNC株式会社 研究開発本部 冨田 恭一(とみた きょういち)氏並びにJNC石油化学株式会社市原研究所 中西 太宇人(なかにし たうと)氏を,浜松市にある静岡大学工学部の井上研究室に訪ねて,nano tech 2013に展示された技術の詳細を伺った.

 

1.研究の狙い

 nano tech 2013で注目されたCNT紡績技術とは基板上に垂直に密集して成長したCNTアレイから横方向にCNTウェブを引き出す技術である.図1に示すように,井上氏は手にした基板上のCNTアレイからピンセットでつまんでCNTウェブを引き出して見せた.

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図1 基板上のCNTアレイからCNTウェブを引き出す.

 

 この技術の説明に当たって井上氏はまずCNTに取り組んだ理由と研究開発の狙いから説明をスタートした.

 CNTを取り上げた理由はその素材の秀でた可能性にある.sp2系(グラファイト系)炭素の結晶は,電気特性・熱特性・機械特性のすべてに優れるスーパーマテリアルであり,単結晶で大型素材(例えばケーブルなど)を形成できれば世の中の多くの材料を炭素で置き換えられる.そうした観点でみると,CNTは長軸方向にたいして連続結晶を作製しやすい特徴を持っており,大型素材実現に向けて挑戦すべき技術と考えた.

 CNTについては大変多くの研究開発が行われている.その適用分野は電気特性を活用するものが一番多く,続いて熱特性,構造特性に関するものが多い.また,その形状は現在のところ粉末状のCNTを溶媒に分散させたものが大部分である.期待される応用分野としては表1に示す用途が挙げられている.この中で透明導電材料はすでに産業に近いところにきている.

 

表1 CNTに期待される用途 (NEDOホームページより)

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 井上氏はこうした動向に対してCNTの機械的特性に着目した研究を行っている.グラファイト(六員環構造)の原子間結合はダイヤモンドの場合より強固であり(図2),CNTの機械的特性は高い.細くて軽く強い素材が得られる.

 

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図2 グラファイト(六員環構造)とダイヤモンドの原子結合強度の比較
(提供:井上氏,NEDOホームページより)

 

 CNTの引張強度については150GPa,ヤング率は1TPaという報告がある[1].引張強度に定説が無いのは,測定するCNT結晶サイズが小さいため測定が難しいことによるもので,今後明らかになっていくものと考えられる.CNTの特徴はこれだけではなく,金属ほどではないが空気中で安定して加熱できる利点もある.

 CNTの長さ方向の特徴を活かすとしても,CNT単結晶の長さには限りがあり,仮に長くできたとしても成長時間を考えれば実用にはならない.井上氏はCNTを繋いで長くすることを考えた.それを撚って糸にすれば,機械的,電気的,熱的特徴を持つ軽量でフレキシブルな素材として,産業界で広い応用分野があると予想される.

2.CNTの合成メカニズムと製法

 CNTの合成は一般的に次のように行われる.まず,触媒となる鉄などの金属ナノ粒子を高温に加熱し,ここに炭化水素(CxHy)ガスを供給する.すると,鉄ナノ粒子の表面でガスが炭素と水素に分解され,炭素のみ鉄ナノ粒子内に溶け込む.ナノ粒子内の炭素が固溶限界を超えると,過剰な炭素がグラフェン結晶を形成しながら析出し,CNTとなる(図3).金属触媒は,基板上に散布する場合や,空中に浮遊させる場合などがある.

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図3 CNT合成メカニズム (提供:井上氏)

 

 図4は,シリコン(Si),石英等の基板上にCNTを成長させる一般的な手法を示している.CVD(Chemical Vapor Deposition 化学気相堆積)法で,原料ガスにはアセチレン,エタノール等を用いる.基板を電気炉で700?800℃に加熱してガスを流すことで,金属触媒のナノ粒子を基にして基板上にCNTが成長する.

 

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図4 CVDによるCNTアレイ合成 (提供:井上氏)

 

 井上氏も同じCVD法を採用している.金属触媒としては塩化鉄を用いる独自のCVD法であり,高速に長尺の多層CNT(MWCNT)アレイが高密度で合成されるように工夫されている.

3.長尺,高紡績性CNTアレイ

 井上研究室で上記の独自の塩化鉄CVD法により作製した多層CNTアレイを図5の写真に示す.図左上の写真はSi基板上にCNTが垂直配向した様子を俯瞰している.CNTの長さは4.4mm以上で世界でもトップレベルとのことである.図左下の写真はCNTアレイの断面写真で,CNTが極めて高密度に基板に垂直に整然と並んでいることが分かる.図下右はCNTの拡大写真で,このCNTの直径は40nmよりやや大きい程度である.これらの特徴はいずれも優れた紡績性を実現する上での重要因子であると説明された.

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図5 長尺,高紡績性CNTアレイ (提供:井上氏)

 

 ラマン散乱による結晶品質の評価結果では,グラフェン結晶に起因するピークと欠陥に起因するピークの強度比が3以上であった.これはミリメートル級垂直配向のCNTアレイとしては大変高い値であり,製作したCNTの結晶品質の高さを示している.この原因の一つは結晶成長温度が830℃と比較的高いことによるものと推定している.

 また,CNTの成長速度は100µm/minを超える高速が実現している.図6はCNTの合成時間とCNTアレイの高さの関係を示すデータである.データの勾配である成長速度は合成に関わる諸条件の設定でより早くも遅くもできるが,一番長尺にできる成長速度を実験的に決定し100µm/minとしている.なお,CNTの長さの限界は触媒の活性度により決まり,アレイの中には早めに成長が止まるものもあるので,多少高さのばらつきがある.楕円で囲った領域が紡績に適した領域である.

 

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図6 MWCNTの成長時間と垂直成長の高さ (提供:井上氏)

4.CNTアレイからの紡績

 上述のCNTアレイの側面をピンセットでつまんで横にひっぱると,図1に示したようにCNTウェブが引き出される.このウェブは基板上にCNTがある限りエンドレスに続く.即ち基板上に垂直に配列していたCNTが横方向に配列することになる.図7はその引き出し状況を拡大して観察した写真である.図8はCNTが繋がって引き出される原理を模式的に示している.高密度なCNTアレイでは林立する一本一本のCNT間にファンデルワールス力が働いており,バンドル化されている.これをアレイの端を摘まんで水平に引き出すと,図8に示すように,根元と頭部から交互に引き裂かれるようにして次々にバンドル化したCNTがファンデルワールス力でくっついたまま束になって水平方向に引き出されていく.なお,引き出す速度は高速化が可能で10m/secにも追随すると云う.

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図7 CNTアレイ側面からのウェブの引き出し状況 (提供:井上氏)


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図8 CNTウェブが引き出されるメカニズム (提供:井上氏)

 

 この現象を始めに発見したのは中国北京の清華大学の教授Shoushan Fan氏のグループで2002年にNatureに論文を発表している[2].その後このグループはこれを透明化したものを作り(CNTを細くしたり,バンドルを小さくするなどにより透明になる),CNTの網目を形成して透明電極ITOの代替材料を開発した.それを応用してCNTタッチパネルが製造されており,現在一部のスマートフォンに搭載されている.

5.CNTウェブを紡績糸に

5.1 CNT紡績糸の作製と機械特性評価

 CNTウェブに撚りをかければ,結合剤を使わずに紡績糸ができる.図9はその実験装置の構成図と工程過程の写真である.工程の写真左は基板上のCNTアレイから水平にCNTウェブが引き出されている.写真中はウェブが撚られている状況を上面から観ている.写真右は撚り終わった紡績糸である.

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図9 CNTウェブを引出し,撚りをかけ,紡績糸にする. (提供:井上氏)

 

 こうして撚られた糸は,CNTウェブ中のテンションが小さいので,撚りがやや甘い.引張強度を強めるためには,追撚を行う.これによりCNTの充填率が高まり,CNT間のファンデルワールス結合が強化される.

 CNT紡績糸の内部の構造と応力の加わり方を模式図で図10に示す.図では個々のCNTは短く描かれているが,実際にはCNTのアスペクト比(長さ/直径)は105程度であり,周囲を囲むCNTとの接触領域はCNTの直径に比べて極めて長いことになる.結晶に欠陥が無い場合のCNT自身の強度は紡績糸の強度より桁外れに大きく,この紡績糸の引張強度はCNT間のファンデルワール力による結合力によるものである.引張荷重は,一つのCNTの表面からこれを囲む隣のCNTの表面にファンデルワール力を介して伝搬していく.CNT紡績糸の破断メカニズムは糸自身の破断ではなく,ファンデルワール力が働いている界面が滑って生ずるすっぽ抜けによるものとのことである.

 従って,引張強度を高めるには,細いCNTを数多く束ねることで,接触表面積を多くすると同時に密度を高めることでファンデルワール結合度を向上させることが有効である.これは同時に電気伝導度も熱伝導度も高めることになる.

 

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図10 引張時のCNT集合体中の個々のCNTに掛かる応力 (提供:井上氏)

5.2 CNT紡績糸研究の現状と今後

 これまで世界で5つくらいの研究機関の研究チームがCNT紡績糸の研究を行っている.Los Alamos National Laboratory (米国)[3],Tsinghua University (清華大学,中国)[4],大阪大学[5],CSIRO(The Commonwealth Scientific and Industrial Research Organization) Materials Science and Engineering (オーストラリア)[6],The University of Texas (米国)などである.図11にCNT紡績糸の引張強度について,これらの研究チームの研究レベルをCNT単体の理論的限界値(MWCNTで直径12.5nmの場合)と比較して示す.各チームともCNT紡績糸ではグラフェン構造の高い機械特性は発揮されていない.最近は海外のこの関係の研究も機械強度を活かした炭素繊維のような使い方を狙うものは少なくなってきて,機能性を活かすセンサーなどのアプリケーションに狙いをシフトする傾向にある.特殊例としては,炭素繊維や銅線では対応できない用途として宇宙空間での使用が検討されている.マイナス200℃で使う極細線の同軸で小さい曲率で何万回も曲げるようなアクチュエータ用途である.

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図11 引張強度の理論限界と現状レベル (提供:井上氏)

 

 ここで,CNT紡績糸の機械特性を他の軽量・高強度ファイバーと比較してみると,表2のようになる.CNT紡績糸は他と比較して軽量であるが,機械的特性はまだ同じレベルに到達していない.

 

表2 軽量・高強度ファイバーの機械特性の比較 (提供:井上氏)

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 CNT紡績糸の機械特性の向上にはまず第一にCNT間すべり制御機構の改善が重要である.前述のような細線化によるファンデルワール力の強化も必要であるが,ここ2年,CNT間結合技術に関する新たな研究が注目されだしている.その結合方法としては次の2つがある.

 (1)官能基等を利用した結合剤による化学的手法
 (2)高圧・高温環境下での物理的方法

その他に,CNT-樹脂,CNT-金属などの複合化も検討課題である.

 CNT間結合が達成されて機械的強度が高まると,次にはCNT結晶欠陥が紡績糸の破断の原因となる.これに対しては,CNTアレイ作製におけるCNT結晶品質の向上が重要となると井上氏はCNT紡績糸の今後の機械的強度の改善課題を総括した.

6.CNTシート

 CNTウェブはそのまま巻き取ればCNTシートになる.純粋にCNTだけが一方向に配向しファンデルワールス力だけで結合しているシートである.図12の写真は,CNTウェブをドラムに巻き取ったCNTシート(横幅1m×縦1ロール2m)で,展示室に置かれていた.

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図12 CNTウェブを巻き取ったドラム

 

 図13にCNTウェブから作製したCNTシートの例を示す.ウェブをCNTの配向をあわせて積層したものである.密度が0.8g/cm3の軽量なこのシートは配向方向に対して引張強度60?80MPa,ヤング率3?10GPaの強い機械特性を持っているという.

 

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図13 高度一方向配向CNTシート (提供:井上氏)

 

 研究としては現在さらにCNT技術とCFRP(carbon-fiber-reinforced plastic:炭素繊維強化プラスチック)技術を融合した超軽量高強度CNT複合材料CNTRP(CNT reinforced plastic)の製造技術を追及している[7][8].この研究は,独立行政法人科学技術振興機構(JST)先端的低炭素化技術開発(ALCA)プロジェクトにおいて課題「現実的CNTアプリケーション技術による革新的超軽量強化複合材料量産化技術の開発」の一環として行っている.

7.技術の産業化に向けて---SHJコンソーシアムの活動

 SHJコンソーシアムは上述のCNT紡績技術の研究成果を基にして,産業化に向けたブラッシュアップとアプリケーションの展開を図り,事業化の推進を行う体制であり,静岡大学の井上氏グループと浜松カーボニクス株式会社およびJNC株式会社で構成されている.3者の頭文字をとってSHJと名付けた.浜松カーボニクス(株)は静岡大学発のベンチャー企業で,井上グループが研究開発した技術を様々なアプリケーションに対応したものとして開発・製造を行うことを目的として,2010年11月12日に設立され,同大学イノベーション社会連携推進機構内インキュベーション施設で事業を行っている.JNC株式会社は先端化学企業であり,大学研究とは異なる製品化のスキルを持ち,両者の連携体制の下,革新的材料の創出を行うと共にユーザの要求に応える生産体制の確立を目指している.JNCの冨田氏は,「製品化に当たっては,徹底した品質管理の下で,安定して高品質の製品を作る必要があり,ユーザニーズへの対応など企業としての役割を果たすことができる.また,JNCは有機化学を専門としており,無機材料のCNTを扱い電気工学のバックグランドを持つ大学研究室と相補関係にあり,技術融合の観点でも貢献できる.」と語った.

8.おわりに

 CNTアレイの黒い塊から一瞬にCNTウェブを引き出す様は魔法を観ているようである.その魔法を生み出す源は105のアスペト比で垂直に直線的に成長したCNTの集団にあった.このCNTアレイの成長そのものもまた魔法のようであるが,そこに研究の粋が詰まっていて,ノウハウの塊である.類似技術を手掛けている他の4機関もその技術の詳細は表に出していないとのことである.

 CNTの産業応用については,これまではCNTを溶媒に分散させて構造体を形成することが一般的であったが,SHJコンソーシアムはCNT単独で構造体を作ること,更には,CNTの構造体と他の材用との複合化を図ることを提言している.CNTの機械的,電気的,熱的な特徴をより効果的に活用する道が開けることになり,高付加価値な機能材料の新しい展開が期待される.

 SHJコンソーシアムが出来て,産学共同体制の中で,アプリケーションの展開とこれに応える基盤技術の強化が進展しつつある.冨田氏はアプリケーションに向けた開発の中で,新しいアプリケーションの可能性を持つ技術の魅力を体感していると述べており,SHJコンソーシアムの今後の動きから目が離せない.

参考文献

[1] Amanda S. Wu and Tsu-Wei Chou, "Carbon nanotube fibers for advanced composites", Materials Today, Vol. 15, pp 302-310 (2012).
[2] K Jiang, Q Li, and S Fan, "Nanotechnology: spinning continuous carbon nanotube yarns", Nature. Vol. 419, No. 6909, p. 801 (2002).
[3] Xiefei Zhang, Qingwen Li, Terry G. Holesinger, Paul N. Arendt, Jianyu Huang, P. Douglas Kirven, Timothy G. Clapp, Raymond F. DePaula, Xiazhou Liao, Yonghao Zhao, Lianxi Zheng, Dean E. Peterson, and Yuntian Zhu, "Ultrastrong, Stiff, and Lightweight Carbon-Nanotube Fibers", Advanced Materials, Vol. 19, Issue 23, pp. 4198-4201 (2007)
[4] Kai Liu, Yinghui Sun, Ruifeng Zhou, Hanyu Zhu, Jiaping Wang, Liang Liu, Shoushan Fan, and Kaili Jiang, "Carbon nanotube yarns with high tensile strength made by a twisting and shrinking method", Nanotechnology, Vol. 21, No. 4, p. 045708 (2010).
[5] Yoshikazu Nakayama, "Synthesis, Nanoprocessing, and Yarn Application of Carbon Nanotubes", Japanese Journal of Applied Physics, Vol. 47, No. 10, pp. 8149-8156 (2008).
[6] C-D Tran, S Lucas, D G Phillips, L K Randeniya, R H Baughman, and T Tran-Cong, "Manufacturing polymer/carbon nanotube composite using a novel direct process", Carbon Vol. 47, Issue 11, pp. 2662-2670 (2009).
[7] Toshio Ogasawara, Sook-Young Moon, Yoku Inoue, and Yoshinobu Shimamura, "Mechanical properties of aligned multi-walled carbon nanotube/epoxy composites processed using a hot-melt prepreg method", Composites Science and Technology, Vol. 71, No. 6, pp. 1826-1833 (2011).
[8] Wei Liu, Haibo Zhao, Yoku Inoue, Xin Wang, Philip D. Bradford, Hyungsup Kim, Yiping Qiu, and Yuntian Zhu, "Poly(vinyl alcohol) reinforced with large-diameter carbon nanotubes via spray winding", Composites Part A Applied Science and Manufacturing, Vol. 43, No. 4, pp. 587-592 (2012).

(向井 久和)

 

  

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