NanotechJapan Bulletin

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<第12回>
ナノテクにより先端計測技術を開発し,ナノテクプラットフォームで普及を図る
産業技術総合研究所 大久保 雅隆氏に聞く

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 ナノテクノロジーという研究分野の誕生は走査プローブ顕微鏡という計測手段に促されたともいう.ナノメートル(nm)の世界を観察できるようになったから,ナノの世界で起ることを調べ,活用し,新しい現象を発見し,新しい機能を創製することによりイノベーションを起こそうということになった.文部科学省の委託事業である「ナノテクノロジープラットフォーム(NPF)」では,ナノテクノロジーの研究開発における微細構造解析の支援に向け,多数の計測分析装置が共用公開されている.その中で,独立行政法人 産業技術総合研究所が微細構造解析プラットフォームで公開している計測装置は,独自開発の装置を中心にしている.その開発と公開の状況を伺うべく,同所計測フロンティア研究部門 研究部門長(現 つくばイノベーションアリーナ推進本部 上席イノベーションコーディネータ)大久保 雅隆(おおくぼ まさたか)氏を,産業技術総合研究所 つくばセンターに訪ねた.大久保氏は,ナノテクノロジーを活用することにより,不可能だった計測を可能にし,微細構造解析プラットフォームを通じて分析装置として仕上げて普及させ,ナノテクノロジーに貢献しようとしている.居室には分析機器市場の掲表があり,新技術開拓と普及への意欲を示されていた.

 

 

 

 

1.先端計測技術開拓と普及活動の背景

 大久保氏は,先ず,計測と分析にどう関わっているか,ナノテクノロジープラットフォームに何故関わったかから話を始められた.

1.1 計測分析機器市場と産業の動向

 数年前,市場規模を含めて,分析機器産業界の世界における日本の位置付けを調査した[1].計測フロンティア研究部門の計測技術研究の方向を探るためである.図1のようにラボ用の計測分析機器の世界市場規模は年4兆円程度で,半導体製造プロセス装置と同程度である.計測分析機器市場の7割は米国が占め,残りの3割を日独が分け合う.全世界の研究開発で必要とされる機器のほとんどは3ヶ国で生産されている.計測分析機器の市場で,2003年には日本のシェアはドイツの2倍だった.その後の伸びはドイツの方が速く,日本は2009年にドイツに追いつかれ,2011年には抜かれてしまった(図2).しかし,輸出入バランスを見ると,アメリカと共に,日本は輸出が輸入を上回る(図3).日本のシェアは15%だが,日本の計測分析機器産業は輸出産業だ.日本は,今後,外貨を稼いでいるどの産業を重視すべきか決めるべき時期に来ている.今後日本が科学技術立国として生きていくためには,その研究開発の基盤となる機器は自国製であることが重要と語られた.

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図1 分析機器世界需要


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図2 分析機器国別売上


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図3 ラボ計測機器の輸出入バランス

 

 大久保氏は,日本が今後やるべき産業は次の特徴を持つものとし,計測分析機器産業はこれに合致すると考えている.

 (1)流行に左右されない安定市場.
 (2)急激に成長してはいないが,確実に拡大する市場.
 (3)日本人のものづくり技術を活用できる市場.
 (4)薄利多売ではなく,高付加価値で,単価が高い高利少売の製品.

 日本人のものづくり技術の優位性についてTEM(透過電子顕微鏡)を例に述べる.アメリカ製だとカタログ値は高性能だが,装置に個体差があり性能が出ない場合がある.ところが日本製のTEMは時間の経過とともに性能が向上するだけでなく,装置毎の個体差が小さくなる.これは優れたものづくり技術による日本製品の特徴である.

 (1)?(4)のような特徴を持った製品は,計測分析機器の他に半導体プロセス装置があると大久保氏はいう.ただし,半導体プロセス装置は流行に左右される傾向にあり,年次推移を見ると,半導体製造装置の生産高は変動が激しい.これに対し,ラボ用計測分析機器は,世界で科学や工業製品の研究開発が継続している限り,世界の市場は右肩上がりで伸びて行くことはあっても減少することはない.しかし,図2に見られるように,日本は売上高が横ばいになっている.これは,計測分析機器の中で半導体の分析機器が,日本国内の半導体産業の落ち込みの影響を受けているのと,海外への輸出が伸びていないためと思われる.さらに,最も需要が伸びているライフサイエンス関連の分析機器に関して,日本製品は強くないことによる.市場の安定している計測分析機器市場の中でも,今後日本は,汎用機器についてはユーザが購入するのを待っているのではなく積極的に海外に市場を作っていくことと,先端的分析機器開発を狙うべきではないかという.一案として,日本が今まで強かった半導体産業向けの分析機器産業と受託分析産業が一体となり分析手法も加えて丸ごと輸出による市場創出とともに,現地ニーズに合わせた機器開発,解析技術開発を行うような体制がある.さらに,高い伸びが予想されるライフ分野においては,日本のオリジナリティーがあるiPS細胞のような分野で使われる機器の開発を行い,日本発の流行を作っていくイメージがよいのではないか.ライフ分野の挽回は一朝一夕にはいかず,教育まで含めた長期的な取り組みが必要とされると思われるということである.

 以前は研究者が測りたいと思うものがあったら,自分で測定器を作ったと言われている.今は,測りたいと思ったら,大抵の機器が手に入る.このため,日本中の研究者がほとんど総ユーザになってしまったのではないか.しかし,先端分析装置を購入して,それで測れるものを測定した結果は二番煎じになることが多い.全員がユーザ(総ユーザ)になったら新しい流行を作ることはできない.また,以前は機器メーカも新しいものを産み出していたが,最近の情勢として余裕がなくなってきた,さらに,若手の開発者が冒険的な課題にチャレンジしにくいという声を聞く.このような状況の中では研究開発法人が機器の研究開発をリードする,あるいは研究開発環境を提供する必要があると意欲を示されていた.開発環境については,例えば,微細加工施設を共用公開してプロセス技術を応用することが考えられる.研究開発法人の研究者と協力して,分析機器コンポーネントのβ版を製作し製品に搭載して市場の反応を見ることができれば,メーカは大きな投資をせずにチャレンジできる.市場の反応を見る場としてNPF事業を活用することもできる.

1.2 計測分析技術開発の狙いと方針—死の谷を超えるために

 そこで,大久保氏は,研究機関での計測分析技術開発の方針として,先ず,「市販されていない計測分析機器へのチャレンジ」を掲げる.言い換えれば「測れなかったものの計測を可能にする」ことである.しかし,計測できなかったものが測れるようになっても,その結果を分析して課題解決の指針や改良手段まで出さないと計測結果は生きない.したがって,第2の方針,「計測から分析へ」を掲げることになったという.計測から分析に仕上げるために,課題解決にチャレンジする場として共用公開(NPF事業)を位置付けている.課題解決成功例が蓄積され,分析装置としてユーザがついたらメーカに渡して事業化展開と国際標準化を図る.このように「計測」と「分析」を明確に区別されていた.計測から分析への流れの例は,例えば,蛍光X線分析があるという.レントゲンが発見したX線は真空管中で発生していたX線をフィルムで計測できるようにしたとも捉えることができる.そのうちX線の中にひときわ鋭い輝線が見つかった.それが,元素に特有な特性X線であることが分かり元素毎のデータベースが整備された.X線のエネルギーを測ってデータベースと比較すれば,物体中に存在する元素を特定できるようになる.現在,元素分析として広く普及している.

 研究開発には死の谷という言葉がある.社会の関心を縦軸に,時間の経過を横軸に取ると,新技術に対する関心が最初に盛り上がった後に訪れる実用化までの谷の期間である.日本では多くの分野において,社会の関心度が高くなってから研究開発を開始する傾向があるのは否定できない.日本メーカもこれに応じて機器開発を行うが,死の谷に直面して余り売れないので,メーカは事業化を中断してしまう.このため,その技術の実用化の春が訪れても,結局外国から機器を買うことになる.このようなちぐはぐな状態,研究から事業への停滞期を持ちこたえて,死の谷を乗り越えるのは研究開発法人などの研究機関の役割ではないかと大久保氏はいう.欧米は死の谷を研究機関が埋めている.公立研究所や政府機関がユーザを開拓し,ユーザ込みでメーカに渡す.新技術の普及のためには,開発者を含む公的機関が,先ず新しい装置を公開してユーザに使ってもらう.これにより,新しい技術や装置に磨きがかかり,ユーザが増えて普及する.多くの場合は失敗するであろうが,多くの失敗の中から少数の成功例が生き残る.この意味において,ナノテクノロジープラットフォーム事業は.これまでにない最適なプロジェクトである.このような考えから,大久保氏はナノテクノロジープラットフォームにおいて,微細構造解析プラットフォームの参画機関として産総研が独自に開発した装置の共用公開を進めている.

2.未知の計測に挑戦

 「測れなかったものの計測を可能にする」には新しい装置の開発,そのキーコンポーネントとなるデバイスが必要になる.これまでにない性能や機能を持ったデバイス開発にはナノテクノロジーを欠くことはできない.ナノテクノロジーを使って計測デバイスを開発し,ナノテクノロジーに活かす.ここでは,大久保氏自身が多くの所内外の共同研究者とともに推進してきた超伝導検出器の開発とその分析技術への応用について紹介された.「検出器」と「センサ」という2つの言い方があるが区別は難しい.ここでは検出器という言葉を使う.現在,大久保氏がこの分野の専門家とともに進めている国際電気標準会議(IEC)の標準化活動(後述)では,デバイスのタイプにより2つを使い分ける標準化案を提案するそうである.

2.1 ナノテクノロジーで超伝導検出器を開発

 微細構造解析では,X線やイオンの検出が必要になる.検出器の性能は分析装置全体の性能に大きく影響する.この検出には従来,半導体検出器が多く用いられてきた.これに対し,大久保氏は共同研究者とともに超伝導検出器を開発してきた.超伝導体のメリットはエネルギーギャップの小さいことである.したがって,半導体では検出できないような低エネルギーの光子や粒子の検出が可能になる.また,X線やイオンの検出精度は入射線によって検出器に発生するキャリア数で決まる.キャリアは検出器のバンドギャップより大きいエネルギーの入射線によって生成し,その数は大まかには入射線のエネルギーをバンドギャップで割ったものになる.このため,エネルギーギャップが1meV程度の超伝導体で生成するキャリアは,エネルギーギャップが1eV程度の半導体の1000倍になる.光子の検出過程をポアソン過程とすると,エネルギー分解能(光子エネルギーの測定精度)はキャリア数の平方根に比例する.同じエネルギーの光子で発生するキャリア数が1000倍なら,エネルギー分解能は最高で半導体の30倍の数eVになると期待される.実際に,実験で達成されているエネルギー分解能は,例えば,酸素の特性X線(K線)に対して最高10eVであり,まだ向上の余地があるが,すでに半導体の性能限界50eVを越えている.

 作製した超伝導検出器の一つが軟X線検出用Nb/Al超伝導トンネル接合(STJ)検出器である.超伝導検出器は金属/絶縁体/金属のサンドイッチ構造で構成される.詳しく見れば,Nb/Alスパッタ50?70nm/表面酸化AlOx 1nm/Al 50?70nm/Nb の構成である.1nm厚の絶縁層はAlの表面酸化で作る.真空装置に僅かな酸素を導入し,酸素分圧を制御する.1nmの絶縁層の欠陥はリーク電流の原因となるため,無欠陥とする必要がある.1個の接合であれば,多数作ってたまたま動作する接合を選ぶことができる.しかし,材料分析に用いるためには,多数の接合を並べたSTJアレイ検出器が必要であった.1nmの絶縁層は,1cm2の面積に渡って欠陥フリーである必要がある.当初100素子中動作するのは数個しかなかった.この原因が機械的に弱い1nmのバリアで起るスリップや断層であった.NbやAlの製膜はストレスフリーを狙うが,僅かに歪みが残っているので,パターン形成のために不要領域をエッチングで除去すると,除去の時にストレスが変るので壊れる.不良の原因が分かった後,この問題はスパッター条件の精密な制御やエッチングパターンの変更で解決した.検出器の大きさは200µmの四角.分析に使用するためには有感面積が大きい必要があり,ナノスケールデバイスをマクロスケールに拡張する必要がある(図4).

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図4 軟X線用Nb/Al STJ検出器



 検出器の動作には,超伝導状態でできる電子の対であるCooper対がX線やイオンの入射により壊れることを利用する.Nbの超伝導ギャップ中で生成された準粒子が,ギャップの小さいAl層にトラップされ,AlOxをトンネル効果で透過することにより,電流パルスが生じる.Alは超伝導になるが,Nbよりギャップは小さい.原子番号の大きい原子ほどX線をよく止めるので,Nb層で準粒子が発生し,Al層にトラップされる.このトラップ効果のため検出器に増幅作用が生じ,一種のプリアンプとして機能する.電流パルス生成のタイミングは光子やイオンが到来した時刻を表し,パルスの高さはそれらのエネルギーに対応する.接合のリーク電流は,電流パルスに対して無視できる程度に小さい必要がある.電圧標準チップや,SQUID(Superconducting Quantum Interference Device,超伝導量子干渉素子)といった応用より1桁から2桁大きい接合面積で,且つそれらの応用で使われている接合よりリークを3桁減らす必要があり,工学的な難易度は高かったが,図4のアレイ検出器ではこれが実現されている.今後は,AlOxを薄くしてトンネル確率を上げたいが,薄くするとリークが増えるので,酸化プロセスの見直しも考えているという.

 超伝導検出器は0.3Kで動作させる.液体Heは使わないでこの温度に冷やせる.Pulse Tube冷凍器と閉サイクルの3He冷凍機を組み合わせたものを使っている.ユーザはボタン操作一つで液体ヘリウムを供給しなくても0.3Kまで冷却が可能である.従来は冷やすのが大変で,一日がかりだった.その後に測定を行うので,徹夜の実験となった.今は低温実験の経験がなくても超伝導検出器の優れた性能を手軽に使えるようになった.研究開発の初期は,超伝導検出器の性能測定が主であったが,最近は,超伝導検出器を使って,サンプルの測定をルーチン的に行える段階に進化した.

 産総研は電総研時代から,電圧標準チップやジョセフソンコンピュータ開発のためのノウハウを引き継いでいる.現在はCRAVITY(Clean Room for Analog and Digital Superconductivity)という名の産総研独自の公開施設を持ち,超伝導デバイス作製用の高度な微細加工装置を公開している.上記の超伝導検出器はここで作っている.来年度には,ここで作製した超伝導デバイスは,製品に搭載可能となる予定である.

2.2 超伝導検出器をナノテクノロジーの研究開発に応用 ?微量軽元素のナノ構造XAFS解析?

 前節の超伝導検出器を搭載した分析装置の一つに,超伝導XAFSがある.XAFS(X-ray Absorption Fine Structure, X線吸収微細構造)は,試料がX線を吸収して放出する光電子が散乱波と干渉して生じる吸収スペクトルの微細構造を解析して,ドーパント元素などの回りの周辺原子配置や電子状態に関する情報を得る測定手段である.特定の元素からの信号のみを選ぶのに蛍光X線を使う.従来は,X線の検出に半導体検出器が用いられてきた.これに対し,大久保氏らは新たに開発した上記の超伝導アレイ検出器を搭載した[2].超伝導蛍光収量X線吸収微細構造分析装置(SC-XAFS)と呼び,現在,大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(High Energy Accelerator Research Organization, KEK)フォトンファクトリー(PF)に設置されている(図5).SC-XAFSは,前述の液体ヘリウムの供給を必要としない0.3Kの極低温冷凍器,100チャネルのパルス信号を処理するDSP(Digital Signal Processing)回路,放射光ビームラインとのインターフェースなどから構成される.SC-XAFSに搭載されている図4のアレイ検出器は世界最高の100素子を有しており,半導体検出器の分解能50eVに対し,超伝導検出器の分解能は100素子の中で最高10eVと,半導体の性能限界を突破することができた(図6).

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図5 SC-XAFS装置(KEK PF)


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図6 超伝導トンネル接合検出器の分解能

 今まで測定されたことがない試料の例として,窒素Nをドープした炭化ケイ素(SiC)のXAFS測定を行った.大量に存在する炭素の信号に邪魔されて,微量な窒素の測定は難しかった.SiCはシリコン(Si)よりバンドギャップが広く,化学的安定性・硬度・耐熱性などに優れているため,高温動作が可能な次世代の省エネルギーパワー半導体として期待されている.しかし,SiCのようなワイドバンドギャップ半導体は,シリコン半導体に比べてドーピングが難しいので,SiCが持つ省エネルギー特性を十分活かしきれていない状態にある.SiCのドーパントは窒素(N)のような軽元素であり,それらがSiC結晶中のSiサイト,Cサイトのどちらを占めているか計測する適切な手段がないという問題があった.

 この問題に答えるSC-XAFSによる測定結果を図7に示した.図7(a)は500℃の温度でNドーパントをイオン注入したSiCウェハー,およびイオン注入後に1400℃と1800℃で熱処理したウェハーのXAFSスペクトル(より詳しくは,吸収端近傍のXANESスペクトル)である.実験結果は,NがCサイトを占めていると仮定した図7(b)の第一原理計算結果と一致しており,Nは,高温イオン注入された直後から,ほぼ完全にCサイトを占めていることが確認された.SiCにイオン注入された微量Nドーパントの格子位置を,初めて決定できたことになる.SC-XAFSと第一原理計算を組み合わせることにより,これまで不可能であった,軽元素結晶中に分散して存在する微量軽元素の検出と微細構造解析が可能なことを実証したものである.今後,他のワイドバンドギャップ半導体,GaNやダイヤモンドのドーパント構造解析に威力を発揮すると期待される.低抵抗化ができずに本来の省エネ効果を発揮できていないLED照明の問題解決などに貢献できると期待される.

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図7 SC-XAFSによるSiCのXAFSスペクトルと第一原理計算結果

2.3 ナノ構造の超伝導体で高分子量イオンを高感度検出

 超伝導検出器の応用はさらに広がる.質量分析は,質量/電荷比(m/z)の異なるイオンを磁場または電場によって分離し,イオンの質量測定を通じて,化学分析を行う方法である.ライフサイエンス分野などで使われる重要な分析装置の1つとなっている.質量分析では,原子や分子をイオン化した後に数 kVの電圧で加速して,一定距離を飛行させ,イオン検出器で検出し,飛行時間から原子や分子の同定,構造解析などを行う.しかしながら,大きな質量のイオンでは検出器の検出感度が低下する.また,イオンの電荷数を識別できないため,イオンの質量を直接決定できないといった限界があった.原理的な問題として,m/zに応じてイオンを分離するのであって,mを直接決定できない.例えば,単純な例では,窒素原子の一価イオン(14N+)と窒素分子の二価イオン(14N22+)のm/zはともに,14であり,今までどのような質量分析装置でも分離されたことがなかった[3].超伝導検出器により,電荷数を測定して,この問題をはじめて解決することができている.タンパク質多量体や半導体材料のSi2+とN+などでも,同様なm/zのオーバーラップが起こるが,超伝導検出器はこれらの問題を解決できる.また,通常の質量分析装置では困難な,異なる質量の中性フラグメント分子を分離することも可能になる[4].

 従来の質量分析装置では,イオンの衝突によって表面から放出される二次電子を電子増倍管で増幅し,トランジスタの動作に十分な電荷量を得ていた.タンパク質などの質量の大きなイオンは検出器表面に付着する程度の弱い衝突しか起こさず,二次電子はイオンの質量が増すとともに放出されにくくなるため検出感度が低下していた.これに対し,イオンが衝突したときに生じる音(フォノン)によって超伝導状態が壊れることを利用する超伝導検出器を開発した.二次電子はイオン衝突時に物質表面から飛び出す粒子であるが,超伝導検出器では物質表面に付与されるエネルギーを検出する.すなわち,超伝導体では電子とフォノンの結合が強く,イオン衝突で生じるフォノンを検出できる.超伝導ギャップは数meVしかないからデバイエネルギー(フォノンのエネルギー)より小さく,フォノンに敏感になる.半導体だとエネルギーギャップが1eVあるからフォノンを検出できない.フォノンが発生するとフォノンに敏感な超伝導体は,超伝導状態が壊れて常伝導になるので,これに伴って生じる電気抵抗変化を検出することになる.

 2種類の超伝導検出器を質量分析に応用している.1つは,前述のSTJ検出器であり,m/zオーバーラップ問題の解決や中性フラグメント分子の質量分析を実現している.もう一つの超伝導検出器は,超伝導ストリップ検出器(Superconducting Strip Detector: SSD)である.質量分析装置の代表的なものに,飛行時間型質量分析装置(TOF-MS)があるが,SSDはこれに必要な1ナノ秒を上回る高速応答が可能である.開発した超伝導検出器は超伝導体(ニオブ,窒化ニオブあるいはMgB2)のストリップ線を厚みが数10nm,線幅が数100nmとナノサイズにし,これらを数mmの領域に直並列に配置したナノ構造をもつ(図8).このサイズは,例えば免疫グロブリンの分子サイズ?15nmと大きくは異ならない.この検出器では,電流バイアスした状態で,イオンの衝突によってフォノンが生じるとストリップ線の一部が常伝導状態へと変わって,超伝導電流がそのホットスポット領域を迂回して流れる.この迂回電流が,臨界電流密度を越えるような条件だと,ストリップ幅に渡って常伝導領域が成長して抵抗が生じ,ナノ秒程度の電圧パルスが生成される(図9)のでイオンを検出できる.フォノンの発生は衝突するイオンの質量に余り依存しないので,質量の大きな分子の検出も可能になる.高速パルスの処理には,単一磁束量子(SFQ)を情報の媒体とした超高速の超伝導デジタル回路であるSFQ集積回路による時間-デジタル変換器が動作間近である[5].

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図8 超伝導ナノストリップイオン検出器


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図9 アンギオテンシンIからのナノ秒出力波形

 この結果,ホルモンであるアンギオテンシンI(分子量1,296)から免疫グロブリンの多量体(分子量600,000)まで,1nsのパルス出力を得られることを確認した.質量分解能も,12,000という実測値が得られている.また,酵素であるリゾチームの多量体イオンにおいて,電流バイアスが低い場合には2価イオンのみが観測されるのに対し,電流バイアスを高くすると1価イオンが主に観測されるので,バイス電流を変えることにより,イオンの電荷数を識別できることが見出された(図10).

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図10 酵素リゾチーム多量体分析例

3.先端計測機器の公開・分析・普及

3.1 ナノテクノロジー微細構造解析プラットフォーム

 新しい計測技術や装置が開発されたら,ユーザに公開して新技術の普及を図る.産総研はオリジナルの装置を中心に,7つの装置群をナノテクノロジープラットフォーム微細構造解析プラットフォーム(NPF)で公開している.(1)陽電子プローブマイクロアナライザ装置,(2)超伝導蛍光収量X線吸収微細構造分析装置,(3)可視-近赤外過渡吸収分光装置,(4)リアル表面プローブ顕微鏡装置,(5)固体NMR装置,(6)イオン価数弁別質量分析装置,(7)極端紫外光電子分光装置の7つである.このプラットフォームは産総研ナノ計測(AIST NanoCharacterization Facility: ANCF)の名でつくばイノベーションアリーナ(TIA nano)のコアインフラの共用施設IBEC(Innovation-boosting equipment common)の一施設となっている.

 これらの公開装置では原子欠陥や特定の元素の回りの原子配置といった平均として得られるナノ情報を提供する.TEMなどの原子スケールのイメージングが「木を見るナノ計測」であるのに対し,より広い領域の平均的情報を与える,「森を見るナノ計測」である.機能材料の特性は,このようなナノ構造の森による場合が多い.上記の(2),(6)の装置については前節2.2,2.3で測定例を示した.(1)の陽電子プローブマイクロアナライザの陽電子ビーム径は10µmだが,原子が1個抜けた原子欠陥の密度といったTEMでは難しいナノ構造の解析が可能である(図11).(3)の可視-近赤外過渡吸収分光装置は,レーザー過渡吸収スペクトルから太陽電池などの電荷キャリアダイナミクスを測定できる.

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図11 陽電子マイクロプローブマイクロアナライザ

 (4)のリアルプローブ顕微鏡装置は,チップの形状評価を予め行い,AFM(原子間力顕微鏡)の信頼性を確保している.AFM像がデバイス等の実際の寸法を反映しているかどうか判断できる.図12はカーボンナノチューブの測定例である.(5)の固体NMR(核磁気共鳴)装置では材料の局所構造及び原子分子のダイナミクスを測定することができる.装置や支援例の詳細は,ナノテクノロジープラットフォームのホームページを参照いただきたい.

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図12 リアル表面プローブ顕微鏡

3.2 分析から普及,さらに世界へ

 新しい計測技術の開発はハードウェアだけでは実らない.分析に仕上げるためには解析技術や既存データとの比較が必要になる.解析や既存データとの比較といった知識を蓄積した上で企業に渡すことが理想である.解析技術のソフトウェア開発は,情報系の人々と一緒に行いたい.第一原理計算なども必要になる.データを解析したら,その結果をこれまでに積み上げたデータベースと比較する.

 微細構造解析プラットフォームで強調しているのは市販装置では対応できない課題解決へのチャレンジである.課題解決成功例を積み上げることで,新しい計測分析技術はユーザに受け入れられ,普及する.プラットフォームでは,公開された先端装置を外部のユーザが利用し,利用者にとって意義ある解析結果を得るだけでなく,利用者が新たな機器や解析技術開発の課題をプラットフォームに提案することを期待している.分析ではサンプルが大切だ.何を測るかが重要である.独自開発の装置をプラットフォームで公開することにより,技術が磨かれ,普及し,技術の裾野が広がっている.既存の機器では測れない測定を可能にし,分析に高め,普及に向けて標準化まで行う.前述の超伝導技術を使った装置は,まだ公開を始めたばかりで,今後課題解決成功例を積み上げていく段階である.

 大久保氏は先端計測技術開発を,3つの計測フロンティアとして,(1)ハード的開発(機器),(2)ソフト的開発(解析手法),(3)知識の体系化(標準)の3段階に分けている(図13).(1)で今まで未知であった対象を計測可能にし,(2)で開発した技術を公開して研究開発上の課題の解決にチャレンジし,得られた解析例を活用して分析技術に仕上げる.さらに(3)で,国際標準化活動やデータベース構築により計測分析技術を普及させて社会に貢献することを目指している.

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図13 未知の対象を観測可能にする計測分析技術創出

 新しい計測技術をプラットフォームで公開し,これにユーザがついたら事業化する.国際標準化は,最近の標準化戦略により,事業化に先行して行っている.超伝導検出器については8年くらいIEC(International Electrotechnical Commission, 国際電気標準会議)にて超伝導エレクトロニクスの標準化について検討してきたが,今年,超伝導センサの最初の国際標準となる通則と称する,超伝導センサの用語,分類,測定対象などをまとめてものを国際投票にかける段階になった.この標準化には,IEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers, アメリカの電気電子技術者協会)も強い関心を示している.今年,アメリカのCambridgeで開催された超伝導エレクトロニクス国際会議(ISEC2013)に先だって,IEEE側の代表と共同で合同国際標準化ミーティングを主催した[6].幸い,標準化団体間の紛争を避けて協力して進めることで一致した.超伝導エレクトロニクスの分野では,ジョセフソン接合の電気回路シンボルも定まった国際標準がなく,これも定義する予定である.通則の後,多くのタイプの超伝導検出器の標準,性能評価方法の標準が続く.

 先端計測分析機器はナノテクノロジープラットフォームで公開し,新しい先端計測分析機器がユーザに受け入れられるか試す.解析技術開発やデータベースの整備を行い,ユーザがついたら分析機器をメーカに渡す.タイムスケールは10年を考えている.早いものは5年で普及するが,長いものは20年かかるだろう.広く使われないものも出てくるであろうが,社会で使われるようにするための試みが重要と考えている.多くの失敗の中から成功するものが出てくる.

 最初は,大規模な施設でしか実現できない分析機器から普及品が生まれることもある.陽電子プローブアナライザはリニアックという大型電子加速器施設を必要とするが,テーブルトップタイプのものができている.簡易版の汎用機として広く使われることを期待している.汎用機は手近なところで測れるようにするのが狙いである.計測フロンティア研究部門のキーワードは,「計測技術を分析技術に仕上げて普及させる」である.

おわりに

 計測分析技術は工業技術立国日本の基盤であり,新しいことを進めるためには新しい測定器が不可欠である.また,分析機器産業は将来の日本を支える重要産業の一つであるとの信念のもとに,「未知の測定を可能にし,ナノテクノロジープラットフォームで公開して,分析技術に仕上げて,普及と標準化を図る」という研究開発の考え方や事例を伺った.ナノテクノロジープラットフォームは既に存在する装置の共用のみならず,新しい装置や解析技術の可能性を試す場となる.

参考文献

[1] 調査報告書「日本分析機器産業の競争力強化について」
  産業技術総合研究所 AIST11-B00006-1 (2011年10月)
   http://unit.aist.go.jp/riif/ja/results/files/riif_report.pdf

[2] M. Ohkubo, S. Shiki, M. Ukibe, N. Matsubayashi, Y. Kitajima, and S. Nagamachi, "X-ray absorption near edge spectroscopy with a superconducting detector for nitrogen dopants in SiC", Scientific Reports, Vol. 2, doi: 10.1038/srep00831; 14 November 2012
  半導体炭化ケイ素(SiC)に微量添加された窒素ドーパントの格子位置を決定
  −超伝導体で明らかにする半導体SiCのナノ微細構造−,
  産業技術総合研究所プレスリリース (2012.11.15)
   http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2012/pr20121115/pr20121115.html

  半導体炭化ケイ素(SiC)中の微量窒素ドーパントの格子位置決定に成功,
  NanotechJapan ニュース (2012.11.26)
   https://www.nanonet.go.jp/topics_ntj/index.htmlmode=article&article_no=1859

[3] 米国化学会オンラインニュース:
   http://pubs.acs.org/action/showStoryContentindex.htmldoi=10.1021%2Fon.2008.11.13.163784

[4] M. Ohkubo, S. Shiki, M. Ukibe, S. Tomita, S. Hayakawa, “Direct mass analysis of neutral molecules by superconductivity,” International Journal of Mass Spectrometry Vol. 299, No. 2-3, pp. 94-101 (2011). DOI: 10.1016/j.ijms.2010.09.027
[5] ナノ構造の超伝導体で高分子量イオンを高感度検出,産業技術総合研究所プレスリリース (2012.5.18)
   http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2012/pr20120518/pr20120518.html

  ナノ構造の超伝導体で高分子量イオンを高感度検出,NanotechJapan ニュース (2012.5.28)
   https://www.nanonet.go.jp/topics_ntj/index.htmlmode=article&article_no=1533

[6] IEC-IEEE合同超電導エレクトロニクス標準化会合報告,超電導Web 21, 2013年9月号,p.8
   http://www.istec.or.jp/web21/pdf/13_09/all.pdf


※図表はいずれも産総研大久保氏から提供されたものである.

 

(古寺 博)

  

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