NanotechJapan Bulletin

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<第13回>
新しいナノ粒子とそのグリーン合成法 ~目的に応じた材料創成を目指して~
北海道大学 教授 米澤 徹氏に聞く

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 ナノ粒子(微粒子)が注目されて久しい.近年,量子サイズ効果をはじめとする特徴あるナノ粒子の研究が進み,それらの知見を基に応用展開が進められている.2013年1月30日(水)?2月1日(金)東京ビッグサイトで開催された第12回国際ナノテクノロジー総合展・技術会議(以下nano tech 2013)のNEDOブースにおいて展示された「非酸化性銅ナノ粒子とその積層セラミックコンデンサへの応用」が注目を集めた.出展したのは北海道大学 大学院 工学研究院 材料科学部門 表界面微細構造研究室の米澤 徹(よねざわ てつ)教授である.

 米澤氏は,「表面・界面の制御によって,目的に応じた新しい材料を創る」をモットーとして,金属・無機・有機材料の枠を超えて,ナノ材料工学,電子顕微鏡学,腐食防食工学,微細加工学および応用電気化学を駆使して新材料の構築に力を注いでいる.例えば,白金,銅,酸化亜鉛,酸化チタン,酸化タングステン等の多くのナノ粒子を,シンプルでかつ廃棄物を極力抑えるグリーンなプロセスで作製し,その構造と特性をナノレベルで明らかにし,かつその応用までの研究を精力的に推進している.

 上記nano tech 2013の展示は,これ等の中の一つであるが,米澤氏が手掛けておられるナノ粒子分野において原子・分子が織りなす新世界,物質の素顔についてお伺いするため,紅葉に囲まれ晩秋の趣の漂うキャンパスを通り,表界面微細構造研究室を訪問した.

 

 

1.目的に応じた材料創成に向けて—表界面微細構造研究室の研究分野と教育

 まず初めに米澤氏が手掛けている研究分野とそこでの研究者教育についてお伺いした.米澤氏は次のように語られた.

 研究分野はナノ材料,電子顕微鏡,有機無機複合体,研究テーマはナノ粒子合成・構造・物性,新しい電子顕微鏡観察法,ナノ材料を用いる新しい質量分析法,金属と有機物のヘテロ界面制御などである.広く多岐に渡っているが,東京大学工学部博士課程修了後,スイスローザンヌ連邦工科大学,フランスCNRS触媒研究所,アメリカジョージタウン大学に滞在し,その後九州大学工学部助手,名古屋大学工学部助教授,東京大学理学部助教授/准教授,そして5年前から現在の北海道大学大学院工学研究院材料科学部門教授と積み上げてきた経験と人脈を今の研究推進に活かすことができている.今注力しているのは,①導電性ナノ粒子,②ナノ粒子触媒,③質量分析用ナノ粒子であり,これらの目的に相応しいナノ粒子の合成に取り組んでいる.なお,ナノ粒子の創製と電子顕微鏡などを駆使したその解析を両輪として研究を推進している.物は造れるが,それがどのようにしてでき目的とする用途に対しどのような性質を持ち,今後どう展開するかが大切と考えるからである.

 研究室の学生の教育では,目的に相応しい材料創成とその解析という研究室運営の両輪を学ばせている.自分で試料を作って,自分で測定・解析・評価し,次への展開を考察させるようにしており,学部4年生の卒論から修士修了までの3年間で社会に出ることができるように考えているが,博士課程まで進めば,この分野のプロフェッショナルとして活躍できるレベルに達することのできるよう心を配っている.このため,研究室のインフラ整備を十分に進め,合成装置のみならず電子顕微鏡をはじめとする評価装置の操作なども習得させている.課題の発想から材料合成,評価,応用展開まででき,社会に出てから多くの人と円滑にコミュニケーションを取り,産業を活性化できる「ノウハウ」のつまった人を育てようとしている.

 このようなお考え方を述べられた後,研究の具体的内容の紹介に入った.ナノ粒子の作製ではグリーンな手法の開発を狙う.この後で紹介するのは,生体由来の材料を用いた化学的合成法とマイクロ波水中プラズマ法を利用したナノ粒子の作製である.作製過程や作製したナノ粒子の解析についても紹介する.

2.生体由来材料を用いたナノ金属粒子のグリーン合成 ? ゼラチン被覆銅ナノ粒子の創製と導電材料への応用

2.1 ゼラチン被覆銅ナノ粒子の開発[1]

 ナノ金属粒子のグリーン合成の一つは生体由来材料の利用である.金属ナノ粒子はその粒子径に依存する新しい性質のために興味が持たれている.その特徴の一つに,粒子径が小さくなると融点が下がるということが知られている.また,焼結温度も粒子の微細化によって低温化できることが知られている.この特徴を利用し,金属ナノ粒子をインクまたはペーストにし,電極材料・配線材料・接合材料などとして応用することが期待される.これまで銀ナノ粒子が多く検討されてきたが,マイグレーション,コストの観点から,銅へ研究がシフトしてきた.しかし,銅ナノ粒子の問題点は酸化である.そこで酸化を抑制するため,ゼラチン被覆銅ナノ粒子を開発した.

 酸化保護材にゼラチンを選んだのは,ゼラチンの金数(Gold Number,金属ナノ粒子保護の指標)が0.005と小さく(保護材として多用されるポリビニルアルコールは0.09,ポリエチレンイミンは10),また酸素透過係数が10-14mL/cm2cmHg(単位面積,単位圧力当り透過容積)と小さく(PETは3.0×10-12)であり,かつ写真フィルムで使われた長い歴史があり多くのノウハウが集積されているからである.また,低価格であることも見逃せない魅力である.

 ゼラチン被覆銅ナノ粒子の造りかたは,米澤氏が論文[1]表題に"One-pot Preparation"と表現したように簡便なプロセスでかつ余剰廃棄物が少ないグリーンな製法である.硫酸銅CuSO4・5H2Oと酒石酸ナトリウムNa2C4H4O6・2H2Oの水溶液に,所定量のゼラチンとpH調整のための水酸化ナトリウムNaOHを加え撹拌して溶解した後,ヒドラジンN2H4・H2O水溶液をゆっくりと滴下した後1.5時間ほど撹拌し放置するとダークブラウン色の"ゼラチン被覆銅ナノ粒子"の沈殿が得られる.これを濾過し乾燥する簡単なものであり,しかもこれらの操作は総て室温・大気圧下で行われる.この時の化学反応は,

N2H4 + 4OH- → N2 + 4H2O + 4e-
2Cu2+ + 4e- → 2Cu
で表わされる.

 得られたゼラチン被覆銅ナノ粒子のSEM(走査型電子顕微鏡)写真を図1に示す.ゼラチンの添加量増大に伴って粒径が大きくなっていることが分かる.図2に示すX線回折パターンは,それぞれの回折ピークの位置は同じであるがパターン(a)(図1の試料(a))に比べパターン(b)(図1の試料(e))のピークの半値幅が大きくなっていることから,試料(e)は微細な銅ナノ結晶の集合体 ,つまり"particle-in-particle"の構造であることが分かる(図3).このようなことから,このシンプルなプロセスでのゼラチン被覆銅ナノ粒子の生成は図4に示すように,まず還元された銅結晶粒子表面にゼラチンが吸着して約5-7nm径の一次粒子ができ,これ等が余剰のゼラチンにより凝集し大粒径に成長する.米澤氏は,粒径を制御できかつ粒径が揃っていることが,後述する応用面で重要であることを強調された.

 

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図1 ゼラチン被覆銅ナノ粒子のSEM像:
ゼラチン添加量(a 8,b 40,c 80,d 200,e 800mg)による粒径変化 [1]


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図2 ゼラチン被覆銅ナノ粒子のX線回折(ゼラチン添加量:a 8,b 400mg) [1]


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図3 ゼラチン被覆銅ナノ粒子断面のTEM像 [1]


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図4 ゼラチン被覆銅ナノ粒子の生成メカニズム [1]

2.2 ゼラチン被覆銅ナノ粒子のペースト化と導電材料への応用[2][3]

 積層セラミックコンデンサ(MLCC)の外部電極には銅が,内部電極にはニッケルが主に用いられる.積層コンデンサでは日本が世界シェアの60%を占め,特にハイエンド品では90%に達しており,重要な電子部品産業である.今後もこのシェアを維持するためには世界に先駆けた素材研究が必要であり,一つのターゲットとして,誘電体ならびに電極の薄層化が求められている.これまで,積層コンデンサ向けの電極材料にはニッケル粉が用いられており,ニッケル粉による電極部の薄層化は困難な部分もある.たとえばニッケル(Ni)には,①高周波特性(導波性)が劣る,②発がん性(金属ニッケルではクラス2B,酸化ニッケルではクラス1)が指摘されている(このため欧州ではニッケルの使用について報告が必要とされている),③一般に蒸発法で製造されており,粒子径制御が,特に粒子径の小さいところで難しく,粗大粒子を含有することが多い,④融点がそれほど低くない(約1450℃)等の難点があり,新しい材料の開発を我が国がリードする必要がある.

 一方で銅微粒子には次のような優位点がある.①高い導電性,好適な高周波特性,②低毒性(ニッケルの発がん性の懸念を回避できる),③低い融点(約1083℃,省エネルギープロセスになる),④2.1で述べたように液相法による良好な粒径均一性と粗大粒子排除が可能.

 そこで,2.1ではCuSO4・5H2Oを原料にしたが,図5に示す酸化銅CuOを原料とする生産性と粒径制御に優れる新たなゼラチン被覆銅ナノ粒子の製法を開発した[16].①まず,ゼラチンを純水に溶解した後,②CuOを添加しpHを11に調整し,撹拌しながら80℃に昇温する,③次いでヒドラジン一水和物を添加しCuOをCuに還元させ,④クエン酸でpHを8.5に調整して一次粒子を凝集させたのち,⑤デカント法でCu粒子を回収するシンプルな方法である.

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図5 CuOを原料とするゼラチン被覆銅ナノ粒子の製法 [16]

 

でき上がった各種粒径のゼラチン被覆銅ナノ粒子のSEM写真を図6に示す.粒径をコントロール出来かつ粒径が良く揃っているのが分かる.

 

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図6 CuOを原料とするゼラチン被覆銅ナノ粒子のSEM像 [16]

 

 こうして作製された銅微粒子の表面近傍を透過型電子顕微鏡で観察して得られた像は図7に代表されるが,その表面はゼラチン(コラーゲン)の2?3層分によって均一に被覆されており,空気中に数カ月放置しても銅微粒子は容易に酸化されることはない.これをペースト化し,塗布したところ,その塗布性も良好であることが分かった(図8).

 

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図7 CuOを原料とするゼラチン被覆銅ナノ粒子表面のTEM像 (提供:米澤 徹氏)


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図8 ゼラチン被覆銅ナノ粒子のペースト化とその塗布性 (提供:米澤 徹氏)

 

 次に,別途作製したチタン酸バリウムBaTiO3超微粒子ペーストと本ゼラチン被覆銅ナノ粒子ペーストを積層塗布した状況を図9に示す.共に大粒径粒子は存在しないので,そのような粗大粒子が存在することによって発生するトラブルはみられなくなる.これを焼成することによって図10に断面を示すMLCCが完成する.出来上がったMLCCの特性は従来のニッケル電極を使用していたものと比較して大きな違いはないが,ニッケル電極の場合に比べて,焼結温度は300℃程度下げられることが分かり,省エネプロセスが実現できていた.また,高周波特性の向上もみられた.

 

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図9 ゼラチン被覆銅ナノ粒子とチタン酸バリウム粒子の積層塗布体 (提供:米澤 徹氏)


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図10 完成したMLCCとその断面 (提供:米澤 徹氏)

3.マイクロ波液中プラズマ法によるナノ粒子の創製と応用[4][5][6][7][8][9][10][11][12][13]

3.1 マイクロ波液中プラズマ装置と作動原理

 ナノ金属粒子のグリーン合成には,もうひとつ研究室独自の液中マイクロ波プラズマ処理がある.米澤研究室で独自に作製したマイクロ波液中プラズマ装置を図11に示す[4][6][8].マイクロ波発振器から発生した2.45GHzのマイクロ波が直角に曲がった導波管内を伝わって行く.導波管の途中に先端の尖ったタングステン同軸電極が付いており,この同軸電極の先端は反応リアクター内に突き出た構造をしている.マイクロ波が同軸電極を伝搬し,先端部分で電界が集中することで,マイクロ波のジュール熱によって反応リアクター内の水が加熱されて生じた気泡の中にプラズマが発生する.こうして発生したプラズマによって水素ラジカルが発生し,反応リアクター内に金属イオンがあれば還元され金属ナノ粒子が得られる.また条件を整えれば発生する酸素ラジカルによって金属酸化物ナノ粒子をつくることもできる[4].さらに,同軸電極に白金を用いて条件を整えれば白金が蒸発しリアクター内の水に冷却されて白金ナノ粒子ができる.この時,液中に担体になるカーボンを分散させておくと燃料電池用白金ナノ粒子担持触媒を形成することができる[6].プラズマの温度は6,000K程度になるので,結晶化度の高い粒子径約5nmの白金ナノ粒子ができる.この触媒を用いて,電池モジュールに仕上げ,触媒の基本特性に加えて寿命等の諸特性を取得中とのことである.このように米澤研究室は学問的研究レベルに止まることなく,実用化に向けた産学連携に発展し,ここからまた産業界のニーズを取り込み次へと研究を展開していくのを特徴としている.

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図11 マイクロ波液中プラズマ装置 [4]

 

 この他,図11(中央下)に示すように貴金属以外の電極金属(チタン,タングステン,銅などの金属棒)や,金属塩から対応する金属酸化物ナノ粒子を作製することもできる.このようにマイクロ波液中プラズマ法は,各種ナノ粒子を簡便に作製できる装置である.出力も600W位なので低コストで,化学合成だと1時間かかるものが5分程度でできるなど,ナノ材料の高速・大量合成に適しており,しかも多くの余分なものを排出しないグリーンな製法と言える.

 この装置を使って銅[5],酸化亜鉛[4],白金[6],酸化タングステン[9],酸化チタン[8]等のナノ粒子が作製されている.以下に銅と酸化チタンの場合を詳述する.

3.2 マイクロ波液中プラズマによるゼラチン被覆銅ナノ粒子の作製[5]

 2.1で化学還元法によるゼラチン被覆銅ナノ粒子の製法を述べたが,同様のものをマイクロ波液中プラズマ法で次のように作製することができる.MLCCの内部電極やまたインク化しプリンテッド配線用途への応用に強く期待が持てるものである.

 表面保護材のゼラチンと還元助剤のイソアスコルビン酸を蒸留水に溶解し,NaOH水溶液を加えてpHを12?13の間に調整する.この水溶液をプラズマ反応リアクターに移し,CuSO4・5H2Oを加え完全に溶解させた後に,プラズマ照射を行う.マイクロ波の照射出力を650?800Wに調整することで,反応溶液内に安定してプラズマを発生させることができる.プラズマ照射は反応溶液の温度が90℃になるまで(おおよそ4?5分)続ける.得られた生成物はろ過で回収し,残存するCuイオンや還元助剤,過剰のゼラチンを蒸留水で洗浄し,除去する.

 得られたゼラチン被覆銅ナノ粒子のTEM(透過型電子顕微鏡)写真を図12に示す.約500nmの大きさで,結晶性を示すファセットを持つ粒子が見られ,その傍らに見られるコントラストの薄い部分は,ゼラチンの凝集体である(図12a).粒子の表面部分を拡大して見ると約10?20nmの厚みで表面をゼラチンがコートしていることがわかる(図12b).

 

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図12 マイクロ波液中プラズマ法で得られたゼラチン被覆銅ナノ粒子のTEM像 [5]

 

 次にCuSO4・5H2Oとゼラチンの量を変化させることにより粒子径の制御ができることを示したのが図13である.ゼラチン添加量を同じ0.25gとした場合,CuSO4・5H2Oの量を2.0gとした場合の粒子径は1µm以上であるが(図13a),CuSO4・5H2Oの量を0.5gに減らすことで粒子径を約300nmに小さくすることができる(図13b).この結果は,反応溶液中のCu2+イオン量が減少することで,粒子成長に費やされるCu原子の量が減少したためであると思われる.一方,ゼラチン量を0.25gから1.0gに増やした場合,CuSO4・5H2Oの量にかかわらず,それぞれ粒子径は減少した(図13c,d).この結果は,粒子表面を保護するゼラチンの量が増加したため,粒子成長が抑制されたためであると思われる.また,これらの粒子はCuSO4・5H2Oとゼラチンの添加量を変化させても,XRD(X線回折)パターンには金属銅のピークのみが見られる(図14).以上の結果から粒子径をコントロールしつつ,かつ酸化物を含まない金属銅ナノ粒子が作製可能であることが分かる.

 

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図13 ゼラチン添加量と粒径との関係 [5]

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図14 マイクロ波液中プラズマ法で生成したゼラチン被覆銅ナノ粒子のXRDパターン
(a,b,c,dは図13に対応) [5]

3.3 Na-dope-TiO2の作製と質量分析への応用[8][9]

 質量分析におけるサンプルのイオン化法の一つにMALDI(Matrix Assisted Laser Desorption / Ionization,マトリックス支援レーザー脱離イオン化法)がある.この開発と実用化には島津製作所の田中耕一氏の研究成果に拠るところが大きく,かかる功績により,田中氏には2002年にノーベル化学賞が授与されたことは,まだ記憶に新しい.従来のイオン化法では壊れやすかった大型の生体分子(タンパク質,ペプチド,多糖など)のイオン化を可能とし,これにより分子量の大きな高分子化合物の質量分析が可能となり,医学や生物学,特に生化学分野を中心に非常に大きな発展をもたらした.また,分析に必要なサンプル量がごく微量で良いという利点があり,フェムトモル(fmol)オーダーから測定可能である.加えてサンプルの純度に対する要求性も比較的低い.これらの特徴が,大量の高純度試料を用意することが難しい生体由来の試料の分析を,一層容易なものにしている.米澤研究室でもMatrixに工夫を加え,低分子量物質の分析精度を上げる研究をしてきた[10][11][12][13].

 MALDIの原理は,レーザー光によってイオン化されやすい物質をマトリックスとしてサンプルと予め混合しておき,これにレーザーを照射する事でイオン化する.サンプルとマトリックスの混合物に窒素レーザー(波長337nm)のパルスを当てると,マトリックスは瞬時に励起され,受け取ったレーザーの余剰エネルギーを熱エネルギーとして放出する.その結果,マトリックスとサンプルは気化され,同時にマトリックス-サンプル間でプロトンの授受が起こってサンプルがイオン化される.これをTOF型(Time of Flight,飛行時間型)質量分析計の分析部に導入する.生成したイオンは加速電圧(20?25kV前後)を印加されて運動エネルギーを生じ,イオン検出器まで飛行していく.イオンが受け取るエネルギーは電荷量のみに依存する為,電荷に対する質量(質量電荷比:m/z)が大きい分子は低速で,逆に小さい分子は高速で飛行する.この差異により,検出器に到達するまでの時間差からサンプルの質量を割り出す事が可能となる.

 マトリックスの役目は,前述の通りレーザーエネルギー伝達の仲介であるが,イオン化されやすい観点からマトリックスにはレーザーエネルギーを吸収するために,主に芳香族環を含むものが用いられており,試料は,レーザーエネルギーからマトリクス分子が変換した熱により試料基板から脱離するとともに,このマトリクス分子からプロトンを受け取りソフトイオン化される.ソフトイオン化とは,分子が脱離するときに分解してフラグメントイオンを生成することなくイオン化することである.

 MALDIの場合,試料のみならずこのマトリクス分子自体もイオン化する.さらに,マトリクス分子はフラグメントイオンを生成する.つまり,マトリクス分子に対してはハードイオン化であり,そのためにフラグメントイオンピークを質量スペクトルに多く示すことになる.MALDIは生体高分子などの高分子の質量分析には強い威力を発揮するものの,薬物や毒物の分子は,分子量が小さく,マトリクス分子と同程度の分子量のものもあり,分析結果に薬物由来の質量ピークとマトリックス由来の質量ピークが混在し,薬物の分離・同定は困難であるとされており,これがMALDI法の薬物・毒物検出への適用を妨げる大きな課題であった.MALDI法は他の質量分析法よりもスループットが高いため,この問題を克服できれば,中毒による重篤な患者の出現を減少させることができる可能性が高い.このマトリックスの"レーザーエネルギー伝達を仲介し試料をイオン化する役"を無機物で実現できれば,この課題を解決できる.この無機物質の表面作用を利用したイオン化法をSALDI(Surface Assisted Laser Desorption / Ionization)という(図15).

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図15 MALDI(左)とSALDI(右)の原理模式図

 

 すでに米澤研では,白金やGaPナノ粒子などをこの用途に用いて高いSALDIの可能性を見出してきたが,この役目をTiO2で行うことを試みた.特に,TiO2にNaをドープすればNaイオンが選択的に試料に付加し,試料からの質量ピークを一つにすることができるはずで,感度も向上するはずである.先述のマイクロ波液中プラズマ法によってTiO2ナノ粒子へのNaイオンのドープを試み,SALDIに用いた.

 図16下は,試料プレート上に有機マトリックスDHBA(2,5-dihydroxybenzoic acid)を塗布しその上に被分析試料であるAcetylaminophenol(分子量151.2)を塗布したもののMALDI分析結果である.マトリックスの分解物に対応するピークは多く見られるが,AcetylaminophenolにNaイオン(原子量23.0)が付加したm/z 174.2(=151.2+23.0)に対応するピークは見出せない.図16上は,試料プレート上にNa-dope-TiO2ナノ粒子を塗布しその上に被分析試料Acetylaminophenolを塗布したもののSALDI分析結果である.関係のない余分なピークはほとんどなく,m/z 173.4の所に強いピークがあり,AcetylaminophenolにNaイオンが付加したものであると考えられた.

 

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図16 Acetylaminophenolのマススペクトル (提供:米澤 徹氏)

 

 現在,これを薬物中毒を防止するための検出にも使おうということで,博士課程学生が研究を重ねており,科学捜査研究所との共同執筆の論文[10]もある.中毒性薬物・禁止薬物の服用有無の検出は,今は検体に含まれる官能基を試薬でチェックし,あるレベル以上であれば検体から成分を抽出するなどして質量分析(MS)を行って結論を出すようにしている.この抽出操作などのために,必要な分析に比較的時間がかかることは,様々な観点から問題であるし,できるだけ試料をそのまま測定できるほうが,得られるデータの信憑性の向上にもつながりうる.SALDI法を使うことでたとえば尿から短時間で薬物の有無の判定ができるようになれば,急性の薬物中毒を起こしている場合,原因物質を早期検出し適正な処置も出来るようになり,中毒による重篤患者の減少に寄与し,また禁止薬物を摂取しようとする人を減らすことができる可能性もある.禁止薬物・中毒性薬物の同定は,短時間の分析といえども明確でなければならず,今後もさらなる粒子の改良,技術の改良が必要となる.

4.加熱下でのIn-Situ TEM観察[14][15]

 米澤研究室ではサンプルを作製すると同時にそのものの構造や特性を徹底的に解析する.既に前章でも解析結果を示しているが,ここではあまり広く検討されていないその場(In-situ)観察手法の例を紹介する.ナノ粒子の構造観察には電子顕微鏡が大いに活躍している.そのなかで,米澤研究室ではTEM中でナノ粒子試料を直接加熱し,それが時間と共にどのように変化するかをその場(In-situ)で観察を行ってナノ粒子の多くの特性を明らかにしている.本手法は,ナノ粒子の基礎的物性を明らかできると同時に,焼結条件の決定,電極材料・配線材料への応用展開など実用面で必要とする知見を得ることができる.ここでは,化学的還元法およびマイクロ波液中プラズマで作製したゼラチン被覆銅ナノ粒子の熱的挙動解析を紹介する.

 その場観察のためのTEM試料ホルダーの観察部の一例を図17に示す.タングステンフィラメントや貴金属フィラメントヒータ上に試料をセットし,試料周囲には酸素ガスを導入できるようガス導入ノズルが付加されている.これを用いて,ゼラチン被覆銅ナノ粒子が高真空雰囲気や稀薄な酸素ガス存在下でどのように変化するかを明らかにした(図18).

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図17 加熱その場観察用治具 (提供:米澤 徹氏)


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図18 加熱によるゼラチン被覆銅ナノ粒子の表面変化 [15]

 

 酸素ガスを導入しない場合,ゼラチン層は150℃までは残っている.さらに180℃にサンプルを昇温しても粒子の表面形状に変化はない.一方酸素ガスを導入した場合,140℃で表面に変化が現れ,170℃では小さな隆起が見られるようになる.TGA-DTA(示差熱・熱重量解析)測定の結果からこれは亜酸化銅Cu2Oの生成であることが分かった.この時点でゼラチン層はみえなくなっている.

 図19に温度範囲を広げた場合の,ゼラチン被覆銅ナノ粒子の集合体(図1試料(e))の加熱時の変化を示す.試料近傍に酸素ガスを導入しない場合(図19上),ゼラチン由来の炭素成分が残っており銅微粒子は温度を上昇させても焼結しない.450℃以上では粒子内の銅の蒸発・昇華と近傍でのバルク状態とみられる析出が見られる.一方で酸素ガスを導入した場合(図19下)は,330℃で銅表面のゼラチンが焼失し,440℃では粒子間で焼結が始まっていることが分かる(図の上部は,下部の黄色の四角内を拡大したものである).このように,顕微鏡視野の中で加熱できるよう工夫したIn-situ TEM観察は,ナノ粒子の酸化や焼結挙動を知ることができ,ナノ粒子作製後に加工プロセスを伴う応用上有用な観察ツールである.

 

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図19 加熱によるゼラチン被覆銅ナノ粒子の挙動 [17]

 

 このような観察の結果から,ゼラチン被覆銅ナノ粒子ペーストで配線を描き,空気中で加熱すると,ゼラチンは銅表面を動き回り,銅はネッキングして焼結し連続体の導体になることが分かった.そしてその形成された導体の表面にゼラチンが残り酸化防止被膜となっている.また,MLCC内部電極の場合は高温で焼成するので,ゼラチンは消失し,残った導体はコンデンサの電極の役割を果たしている.

5.今後の展開

 以上のように,米澤研究室では導電体,触媒,質量分析試料等の目的にあった金属ナノ粒子を,独自の方法を編み出しながら作製し,その構造解析から,プロセスや機能を明らかにしてきた.今後も,引き続き目的に応じた材料創成を目指して,新しいナノ粒子のグリーン合成にチャレンジしていくという.当面の主な仕事として,引き続き導電,触媒,蛍光関連を推進する.

 導電体の用途では,酸化しない銅のナノ粒子はMLCCに続いて,太陽電池に用いられる銀配線の置換,パワー半導体などの接合材料への展開が考えられる.更に今後大きく展開すると考えられるプリンテッドエレクトロニクスの進展に貢献できるのではないだろうか.このためには,用途に応じたナノ粒子の創製とその基礎特性に加え,融解挙動,焼結挙動など興味ある変化についてもしっかり観察して,今後産業界の求めに応じた銅ナノ材料の供給を可能にしていく必要がある.触媒では,燃料電池用の白金ナノ粒子の合成にはマイクロ波液中プラズマ処理が良いことを突き止めているが,これの実用化に寄与すると共に更なる高効率・低コスト触媒の創製にチャレンジしていかなければならないだろう.蛍光発光ナノ粒子の合成では,金属ナノ粒子の大きさを制御することにより発現する量子サイズ効果を活用し,より量子収率の高いナノ粒子の合成や発光波長のチューニング考えたい.例えば,近赤外の光を出せると,水の吸収がないので生体分子のマーカーにできる.また蛍光発光の量子収率は,4%台だったものが最近の研究成果から16%にまで向上してきた.これはレーザーにできるかも知れない.また,効率よく励起して近赤外光を発光させるようなことも考えたいと,研究の展開への熱い思いを語られた.

6.おわりに

 「ニーズと出会うと新しい技術が広がる.NiをCuに置き換えたいというニーズに対し,銅表面の酸化を克服するためにゼラチンという生体由来の高分子の力を活用することを考えた.一つの材料だけでなく,いくつかの材料やアイディアの組合せが有効だった.今後もナノテク展などに出展し,新たなニーズとの出会いを楽しみにしている」とのことである.ニーズとの出会いで見出した新たな課題と研究室での学問的追求によって創成された成果とを結びつけることによって,北海道大学が教育,研究に加えて「第三の使命」として掲げている「研究成果の社会還元」が増えることを期待したい.

7.参考文献

[1] Tetsu Yonezawa, Naoki Nishida, Atsushi Hyono, "One-pot Preparation of Antioxidized Copper Fine Particles with a Unique Strucure by Chemical Reduction at Room Temperature", Chemistry Letters, Vol. 39, No. 6, pp.548-549 (2010)
[2] 米澤徹,塚本宏樹,「銅微粒子の製造方法」,特開2012-241213(2012.12.10)
[3] Tetsu Yonezawa, Shinsuke Takeoka, Hiroshi Kishi, Kiyonobu Ida and Masanori Tomonari, "The preparation of copper fine particle paste and its application as the inner electrode material of a multilayered ceramic capacitor", Nanotechnology, Vol. 19, No. 14, pp.145706 -145710(2008)
[4] Tetsu Yonezawa, Atsushi Hyono, Susumu Sato, and Osamu Ariyada, "Preparation of Zinc Oxide Nanoparticles by Using Microwave-induced Plasma in Liquid", Chemistry Letters, Vol. 39, No. 7, pp.783-785 (2010)
[5] 成島隆,吉岡隆幸,宮崎英機,菅育正,佐藤進,米澤徹,「マイクロ波液中プラズマ法による銅微粒子の合成」,日本金属学会誌,Vol. 76, No. 4, pp. 229-233(2012)
[6] 米澤徹,佐藤進,森邦彦,有屋田修,「液中プラズマ処理装置,金属ナノ粒子製造方法及び金属担持物製造方法,銅微粒子の製造方法」,特開2011-58064(2011.3.24)
[7] 愛媛大学大学院理工学研究科 豊田洋通,「液中プラズマによるナノ粒子製造方法」,
  科学技術振興機構 キャンパスイノベーションセンター新技術説明会(2011.7.28)
   http://jstshingi.jp/abst/p/11/1121/cic-tokyoA05.pdf
   http://www.me.ehime-u.ac.jp/labo/plasma/index.htm
[8] 米澤 徹,「マイクロ波液中プラズマ処理によるアルカリ金属および/またはアルカリ土類金属ドープナノ粒子の製造方法とそれを用いた質量分析方法」,特開2 013-237582(2013.11.28)
[9] 米澤,「マイクロ波液中プラズマを用いたナノ粒子調製・ナノ粒子へのドーピングならびにその応用」,
   科学技術振興機構 北海道4大学1高専新技術説明会(2013.3.19)
   http://jstshingi.jp/abst/p/12/1265/hokkaido04.pdf

[10] Tetsu Yonezawa, Takashi Asano, Tatsuya Fujino and Hiroshi Nishihara, "Cyclodextrin-supported organic matrix for application of MALDI-MS for forensics. Soft-ionization to obtain protonated molecules of low molecular weight compounds", Chemical Physics, Vol. 419, pp.17-22(2013)
[11] Hideya Kawasaki, Tetsu Yonezawa, Takahiro Watanabe and Ryuichi Arakawa, "Platinum Nanoflowers for Surface-Assisted Laser Desorption/Ionization Mass Spectrometry of Biomolecules", Journal of Physical Chemistry C, Vol. 111, No. 44, pp.16278-16283 (2007)
[12] Tetsu Yonezawa, Hideaki Tsukamoto, Shinji Hayashi, Yuki Myojin, Hideya Kawasaki and Ryuichi Arakawa, "Suitability of GaP nanoparticles as a surface-assisted laser desorption/ionization mass spectroscopy inorganic matrix and their soft ionization ability", Analyst, Vol. 138, No. 4, pp.995-999 (2013)
[13] Hideya Kawasaki, Tarui Akira, Takehiro Watanabe, Kazuyoshi Nozaki, Tetsu Yonezawa, and Ryuichi Arakawa, "Sulfonate group-modified FePtCu nanoparticles as a selective probe for LDI-MS analysis of oligopeptides from a peptide mixture and human serum proteins", Analytical and Bioanalytical Chemistry, Vol. 395, No. 5, pp.1423-1431 (2009)
[14] Tetsu Yonezawa, Shigeo Arai, Hironori Takeuchi, Takeo Kamino, and Kotaro Kuroda, "Preparation of naked silver nanoparticles in a TEM column and direct in-situ observation of their structural changes at high temperature", Chemical Physics Letters, Vol. 537, pp.65-68 (2012)
[15] Tskashi Narushima, Hiroki Tsukamoto and Tetsu Yonezawa, "High temperature oxidation event of gelatin nanoskin-coated copper fine particles observed by in situ TEM", AIP ADVANCES, Vol. 2, No. 4, p. 042113(2012)
[16] M. Tomonari, K. Ida, T Yonezawa, H. Yamashita, "Size-controlled Oxidation-Resistant Copper Fine Particles Covered by Biopolymer Nanoskin", Journal of Nanoscience and Nanotechnology, 8, 2468-2471 (2008)
[17] Takashi Narushima, Atsushi Hyono, Naoki Nishida, and Tetsu Yonezawa, "In-situ Heating TEM Observation of Microscopic Structural Changes of Size-Controlled Metallic Copper/Gelatin Composite", Journal of Nanoscience and Nanotechnology, 12, 7764-7776 (2012)

(真辺 俊勝)

  

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