NanotechJapan Bulletin

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<第15回>
食品のおいしさを支える多糖類の構造と機能 ~おいしさの訳はナノテクノロジーで解明される~
不二製油株式会社 中村 彰宏,木田 晴康,古田 均の3氏に聞く

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 食べることは 人の生活の中で大きな楽しみの一つである.おいしい食事を求めて食べ歩き,おいしい飲物で疲れを癒す.一方で人口増大に伴い,食糧不足が懸念され,食糧自給が問題となり,食糧の有効利用が求められる.これに応えて,新たな食品素材が開発されるが,それにはナノテクノロジーの利用が必要となる.一方,文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業は,3つの技術領域:微細構造解析,微細加工,分子・物質合成を設け,それぞれの領域で最先端研究設備の共用を図り,食品を含むあらゆる分野の研究を加速するよう努めている.分子・物質合成プラットフォームは平成25年3月に平成24年度成果報告会を開き,招待講演の一つとして,不二製油株式会社 研究開発本部 フードサイエンス研究所 中村 彰宏氏による「食品のおいしさを支える多糖類の構造と機能」と題する講演を行った(所属名は当時)[1].

 ナノテクノロジー研究開発はライフ&グリーンを標榜しており,ここで重要となる食におけるナノテクノロジーの役割を伺うべく,茨城県つくばみらい市にある不二製油株式会社 つくば研究開発センターに伺った.同社の経営企画本部 新事業推進部 部長補 中村 彰宏(なかむら あきひろ)氏に加えて,執行役員 研究開発本部 基盤研究所長 木田 晴康(きだ はるやす)氏,研究開発本部 研究戦略室 室長 古田 均(ふるた ひとし)氏が同席され,3氏からお話を伺うことができた.

1.食品のおいしさを支える多糖類への道

 食品のおいしさを支える多糖類の開発は,大豆オカラという食品素材副産物を活用しようという新たな狙いに,社内でこれまでに培われてきた分離・分画・精製技術が結びついて成立ったものだった.糖は水に溶ける炭水化物の一種であり,その中で少数の単糖分子が結合したものを少糖類,2?20分子程度が結合したものをオリゴ糖と呼び,さらに多くの分子が結合したものを多糖類と呼んでいる.

1.1 分離・分画・精製技術の積み上げ

 1950年10月に設立された不二製油株式会社は,南方系植物油脂のコプラやパーム核油の搾油から事業を始めた.その後,パーム油の分別を始め,ココア豆搾油から洋生チョコレート生産技術の開発,1960年代半ばには大豆タンパク分離技術,乳化技術によるクリーム油脂の開発が行われた.1970年代には大豆タンパク食品生産を開始し,1978年には大豆食品群の開発による食品業界への功績により食糧産業新聞社「食品産業技術功労賞」を受賞している.その後も数々の技術や製品の開発が行われ,1993年には水溶性大豆多糖類生産技術の完成に至っている.

 現在の主要な製品は,(1)油脂,チョコレート,乳化・発酵食品などの油脂加工食品と(2)大豆蛋白素材,大豆タンパク食品などの大豆タンパク加工食品の2分野に跨がっている.

 社名“不二”の由来は,油脂,製菓・製パン素材,大豆タンパクの事業領域において,「人のマネをしない」の精神で「二つとない,をつくる.」というコーポレートメッセージにある.技術的には分離・分画・精製技術を積み上げてきた.油脂は南方系油脂で植物由来のものを多く扱ってきたが,ヤシやパーム油は固まり易いので成分ごとの分離が必要だったため,分離・精製技術を磨くことになったという.

1.2 大豆タンパクの副産物であるオカラから多糖類を抽出

1)大豆多糖類研究の発端
 不二製油の製品分野の一つは大豆タンパク加工食品である.大豆から大豆油を抽出し,残った脱脂大豆から豆乳を抽出すると,オカラが残る.大豆油,豆乳は製品だが,オカラは製品を取った後の残渣である.1980年代に,不二製油では年間3万トンのオカラができていた.年間3万トンというのは1億人が毎日100gの米を食べた時の米の年間消費量3万6,000トンに匹敵する.大豆蛋白のバイプロダクトだが,オカラの使い道は良くて飼料だった.この未利用バイプロダクトを活用しようと,1988年にオカラを活かそうという社命が下ったのが研究の始まりである.

2)手探りの用途探索
 使い道を探そうと,まずオカラをネズミに食べさせてみたが糞には出ない.ネズミはオカラを消化してしまう.オリゴ糖のように整腸剤にしようと思ったが,80%は胃の中で溶けてしまい,腸に届かない.目論見は外れたが,その理由をin vitro(生体外試験)で解明しようと試みた.pHをいじることでオカラから予想以上に効率よく多糖類が可溶化することを発見した.更に,水溶性の特性を活かすべく様々な食品に加えては,物性の変化や食味の変化がないか試行錯誤を繰り返した.水溶液を板ガラスの上に薄く延ばして乾燥すると透明なフィルムができた.微生物多糖類であるプルランと同じフィルム形成能を見出す.この大豆多糖類の食品用途の探索は,自社での試行錯誤の後,他社との共同開発によるドリンクヨーグルトの安定剤としての機能の発見を皮切りに大きく進展することになった.

3)大豆の構造と大豆多糖類及び組成
 オカラは植物の細胞壁からとる食物繊維である.大豆を絞って油をとり,タンパク質を除いた残りがオカラになる.大豆多糖類は大豆の子葉成分からとれたもので,種皮(外皮)は含まない.豆腐のオカラは種皮を含むから,大豆多糖類は豆腐のオカラのカラ(外皮)抜きである.植物細胞壁には水に溶けないセルロース・ミクロフィブリルの束があり,これを束ねているのが水に溶ける多糖類のヘミセルロースとペクチンで,分子間相互作用によりネットワークを作っている(図1).植物細胞壁を鉄筋コンクリートとすると,その鉄筋がセルロース,セメントがヘミセルロースに当る.細胞壁のセメント物質ともいわれるのが,大豆では大豆多糖類, 柑橘果皮ではペクチンである.鉄筋コンクリートに水は入らないが,大豆の場合はそこに大豆多糖類があり,水を吸って膨らむ構造になっている.大豆の組成は油脂20%,タンパク質20%,オリゴ糖15%で,残りのうち40%が細胞壁の成分である.そのうちの60%くらいは水溶性の多糖類として利用できる.

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図1 植物細胞壁の構造と多糖類[2]

 

4)大豆多糖類の抽出
 豆腐を作る時は100℃で大豆を煮る.大豆を水に入れ,加熱して行くと,まず少糖類やタンパク質が溶出する.さらに加熱すると別の成分が出て来る.大豆多糖類は100℃以上で溶出する水溶性の成分である.加圧下でぐつぐつと熱水で煮て,100℃以上のある温度で,高分子の成分だけを取出す.柑橘果皮からペクチンを抽出する場合,抽出温度は100℃を超えないから,ペクチンの抽出法と異なる.大豆多糖類はペクチンの加水分解が進む高温でないと出て来ないため,大豆多糖類の抽出条件には誰も気づかなかった.大豆多糖類は酸性の条件で取出せる.ペクチンも酸で取出せるので大豆多糖類はペクチンの一種と考えることができる.ただし, その構成成分はアルカリ可溶性のヘミセルロースによく似ている.大豆多糖類はペクチンとヘミセルロースの合いの子である.不二製油は,油脂とタンパク質の研究開発を基盤としており,大豆多糖類について素人だったから温度など抽出条件のマトリックスを組んで全てを徹底的に調べた.その結果,利用可能な大豆多糖類に出会うことができて,1993年の大豆多糖類生産技術の完成となる.大豆から大豆油,豆乳を抽出し,残ったオカラから抽出/精製/殺菌/噴霧乾燥して大豆多糖類を得ることで大豆の高度利用が,一歩進んだのである(図2).

 

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図2 大豆多糖類の生産工程

1.3 食品のおいしさ ?大豆多糖類はどんなおいしさをもたらすか?

1)安定化剤とタンパク質の安定化作用
 大豆多糖類はタンパク質の安定化作用があることから応用の道が拓けた.飲料では,安定性に加え,のどごし,飲み心地を変える役をする.中性の牛乳中で溶解しているタンパク質は,発酵により酸性になると不溶化し会合する.このため,ヨーグルト等では安定剤を加えて会合しないようにしている.

 ヨーグルトは安定剤なしだとタンパク質の会合体が30?40µmになってざらざらした食感になるので,安定剤を加えた上でホモジナイズする.酸性乳飲料に安定剤を添加しないときに起るタンパク質の凝集沈殿は大豆多糖類やペクチンを添加すると抑えられる(図3).分散安定剤は飲み心地という食品のおいしさに役立っている.

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図3 酸性下でのタンパク質の分散安定化

 

2)食品多糖類の機能と応用
 食品の美味しさは,①食感,②外見を含む構造,③物理的性質で決まる.食感には色・味・匂いの3要素があり,これらは化学的因子である.外見を含む構造は食品の組織で決まり,物理的性質はテクスチャーである.外見とテクスチャーは,見た目の状態と物性とが組合わさって,物理的因子となる.大豆多糖類はほとんど色・味・匂いを持たない.大豆多糖類は食品の物理的性質をコントロールすることができる.食品多糖類の機能と応用を表1に示した.食品素材としての多糖類は,増粘安定剤或いはゲル化剤として利用されるものが殆どであり水溶液は高粘度の多糖類が多い.大豆多糖類(赤字)は後述の通り水溶液の粘度が低く,食品多糖類でも独自のポジションを持つ.

 

表1 食品多糖類の機能と応用

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3)大豆多糖類とペクチンのもたらす食感の違い
 酸性の乳製品に何も加えないとタンパク質が凝集沈殿する.このため,ヨーグルトは開封して置いておくと上澄みのように水(乳清)が分離して来る.ドリンクヨーグルトは一般に,タンパク質含有量が高く,ペクチンを入れてタンパク質を分散・安定化させる.従来,ドリンクヨーグルトの凝集沈殿抑制にはペクチンが用いられていた.そこに不二製油の大豆多糖類が参入したことになる.しかし,ペクチンと大豆多糖類では適用する飲料の種類が異なる.後に詳しく述べることになるが,ペクチンは水に分散して分子間相互作用を生じ,粘度を与える増粘安定剤である.これに対して,大豆多糖類は水に単分子分散した状態を維持する分散安定剤である.この特性の違いから,ペクチンはドリンクヨーグルトに使われ,大豆多糖類はペットボトル入り酸性乳飲料(多くは殺菌済み)に使われる.ペクチンで安定化したドリンクヨーグルトは飲み口が重くリッチな食感になる.一方の大豆多糖類は,ペクチンと違って,粘度に影響を与えない安定剤である.水の粘度は5?10mPaだが,酸性乳飲料はドリンクヨーグルトだと40?100mPa,大豆多糖類安定化の場合は10?15mPaに収まって,水と変らない.大豆多糖類で安定化した酸性乳飲料の飲み口は軽く,さわやかな食感になる.このため,スポーツ飲料にも適する.大豆多糖類にはほとんど味がない.飲料の甘さは砂糖による.大豆多糖類を加えると甘みは変らないが,すっと飲めるようになる.のどごし,飲み心地を変える役をしている.

4)安定化剤として大豆多糖類の商品化
 開発当初,不二製油には糖類の専門家がいなかったから,大豆多糖類をどう使って,売るか分らなかった.そこで,食品添加物・食品機能性素材の利用技術を持つメーカー(三栄源エフ・エフ・アイ株式会社)との共同研究により用途開発を行った.ペットボトル系酸性乳飲料の普及にも後押しされ,80%に使われている.今は,日本国内だけならシェアは100%,アジア市場を中心に海外のシェアも高い.

 不二製油は油脂とタンパク質の素材メーカーであり,食品添加物に関する知見は少ない.独自で開発した素材を活用する為に,食品添加物の専業会社(添加物メーカー)とのコラボレーションも積極的に行い,ユーザーの獲得を進める.大豆多糖類は材料メーカーの不二製油から,添加物メーカー,飲料メーカー,顧客へと流れる.添加物メーカーや飲料メーカーは,採用の判断に当って,何故大豆多糖類に安定剤の機能があるか,その機能はどんな構造や材料特性に由来するかなどの情報を求める.大豆多糖類は日本で馴染みのある原料である大豆を用いているから,日本では良さや機能を分ってもらい易い.しかし,大豆に馴染みの薄い海外には,構造が分って,安全性が確かめられていないと全く売れない.食の安全の指標となる米国のGRASや欧州のEナンバーを取得することが不可欠であり,このために,大豆多糖類の構造,その安定剤としての働きの違いがどこにあるかを調べる必要があった.

2.大豆多糖類の分子構造と食品機能の結びつき

2.1 大豆多糖類の分子構造を求めて

 大豆多糖類の生産技術が完成し,応用や販路開拓に,大豆多糖類の構造解析を含む技術的深掘りが求められていた1994年に中村氏は入社した.入社して最初に与えられ仕事が多糖類の分子構造を解明することだったとのことである.十数人のスタッフで物性,製造,構造の3チームが組織され,中村氏は構造のチームに入った.

 大豆多糖類は特殊な組成で,7?8種の糖類が組合わさってできたヘテロ多糖類である.中村氏は大学院でペクチンの研究をしていたから,その研究手法を使おうと考えた.多糖類は炭化水素分子が結合したものだから,構造はナノスケールの極微小世界に入る.食品の粒子は1?10µm.固形分は20µm,舌で感じるのは10µm以下である.チョコレートは20µm,エマルジョン(乳濁液)になると中の粒子は1µmになる.それ以上小さいものは少ないが,その1µmの中で何が起っているか見るとナノの世界に入ることになる.

 砂糖やブドウ糖などの糖は低分子だが,これら糖分子が多数結合して高分子になっている.大豆多糖類は7?8種の糖類が組合わさって多数の炭素(C)原子が作る骨格に結合するからバリエーションが多い.構成要素を知るには,1960年代から利用されてきたメチル化分析を中心とした化学的手法だけでは困難と判断し,酵素を使って多糖類を切る方法を考えつく.先ず微生物を培養して酵素を作り,精製することから始まった.大豆多糖類の平均分子量は35万である.成分に分解するのに10種以上の酵素を組み合せる必要があった.酵素で切ってバラバラにした断片を質量分析器で分析する.分離には液体クロマトグラフィー(LC)などを用いるが,スピードアップのために同時に5?6台の装置を稼働させた.分離したら片端から乾燥して分析する(図4).多大な人力を要する仕事だった.図4に大豆多糖類の酵素を用いた構造解析の手法について模式的に示している.

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図4 大豆多糖類の構造解析法(酵素分解法)

 

 構造決定で多用する分析装置は質量分析器(MS)であるが,当初は大阪大学蛋白研究所(以下,阪大)の質量分析器を用いた.阪大有機化学研究室ではペプチドのアミノ酸の配列を質量分析器で解析していたが,まだ手つかずの糖鎖研究をやろうとしているところに相談に行った.1994年頃と言えば,糖鎖が生体内調整機能や生物疾患に効くらしいという話が出始めていたころである.糖鎖の解析技術の創出と並行して大豆多糖類の構造解析を一緒にやろうということになった.最初はFAB(Fast Atom Bombardment,高速原子衝撃法イオン化)/MSを使った.現在では糖鎖解析の戦力となっているMALDI(Matrix Assisted Laser Desorption Ionization,レーザー脱離イオン化法)/TOF(Time of Flight)/MSが日本に数台輸入され,稼働を始めた頃である.日本の植物細胞壁としての大豆多糖類の研究は大正時代から行われ,1960年代には抽出された多糖類の研究が行われた.しかし,先にも述べた通り構成要素が多いことと高分子であることから解析は諦められていた.分析機器の進歩とあいまって,不二製油がオカラの活用に取組み始めた1980年代後半から1990年代に研究ができるようになった.それでも糖質は分子量が大きく,水和しやすいことからイオン化しにくく,分析が難しい.MALDI/TOF/MSで分子量4,000のデキストリンを質量分析できたときは感激ものだったと中村氏は当時を振り返られた.デキストリンはグルコースだけでできているので分り易く,162ずつずれた質量系列が解析された.MSは,今はマトリックスの改良やレーザー出力向上で分子量2万でもイオン化して飛ばすことができるようになっており,高速分析が可能となっている.

 構成要素が分ったら,要素を組み合わせて全体の構造イメージを描くことになる.多くのピースで構成されているジグソーパズルの画像を一度ばらし,それをまた組み直すような作業である.ピースの数は非常に多い.図5に示す大豆多糖類主成分の糖鎖構造に到達するまでに2年かかった.大豆多糖類は分岐が多く,バルキーなものということが分った.40nmの丸く細長い構造体である.図5の下部に比較のため示すペクチンは,100?500nmの直鎖構造である.大豆多糖類がペクチンのような紐状ではなく,丸く細長い形をしていることは,不二製油での研究で初めて分ったことであった[3].

 

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図5 大豆多糖類主成分の糖鎖構造(概略図)

 

 手間と暇をかけてようやく描き上げた糖鎖構造だったが,質量分析で解析して得られたバルキーな構造は非常に特殊な構造であり,なかなか理解してもらえず,学会などでは疑われることがあった.そこで,この丸い形を直接観察しようと,AFM(原子間力顕微鏡,SPM:走査プローブ顕微鏡の一つ)で大豆多糖類の構造を観察し,分岐の多いこと,ペクチンと違うことを示そうと試みた.大豆多糖類は液中ではほぐれているが,大気中では乾燥する際に糖鎖が絡み合い,丸く固まってしまう.AFMは大気圧中の観察だから,大豆多糖類が固まらないように引き伸ばす操作が必要だった.試行錯誤の結果,大豆多糖類の水溶液に結晶性のない界面活性剤を加えてマイカの上に塗布し,糖鎖を引き伸ばした状態で観察することができた.これにより,AFMという顕微鏡によっても質量分析で解明した構造と同じく,バルキーな構造であることが確かめられた(図6).ペクチンは紐のように伸びている.大豆多糖類は多くの側鎖が出ていて試験管ブラシ状である.顧客に大豆多糖類の構造と機能を説明する時,試験管ブラシを持って行き,これと同じ構造だというとよく分ってもらえたという.

 

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図6 大豆多糖類とペクチンのAFM観察像

2.2 大豆多糖類が食品の中で果たす機能(乳化機能と分散機能)

 大豆多糖類はバルキーな構造を持つ特徴的な多糖類だが,約1%の頻度で末端にタンパク質が付いたものが存在する(図5参照).このため,親水基,疎水基の両方を持つ.アカシアの樹液であるアラビアガムは,同じく親水基と疎水基を持つ多糖類だが,油と水の混ざった液体に入れると疎水性蛋白質(Hydrophobic Polypeptide)が油,親水性多糖類(Hydrophillic Polysaccharide)が水の側に入って界面活性剤となり,O/W(水中油滴)乳化の機能を持つことが明らかにされていた.

 大豆多糖類もアラビアガムと同じく油を分散させ,乳化物をつくることができる.大豆多糖類で調製した乳化物をTEM(透過電子顕微鏡)で観察すると,油滴がタンパク質や大豆多糖類(SSPS: Soluble Soybean Polysaccharide)に包まれて分散している様子がうかがえる(図7).レーザー回折粒度分布計,動的光散乱測定計で測った乳化物の粒子径は0.6?0.7µmだった.

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図7 大豆多糖類で調製した乳化物のTEM観察像

 

 この乳化物の構造を確認しようと,NIMS(物質・材料研究機構)の共焦点レーザー顕微鏡で観察した.共焦点レーザー顕微鏡は,蛍光染色した観察対象の励起光にレーザーを用い,焦点の合った光だけをピンホールで選び取ることにより鮮明な画像を得ることができる顕微鏡である.焦点の合っている光だけを見るのでサンプルを輪切りにした断面像が得られ,焦点面を移動させることにより立体像を得ることができる.蛍光標識した多糖類でO/W乳化物を作製し,その界面を観察した.図8に示すように,表面に多糖類がきっちりついているのが確認できる.この観察結果を基に描いた乳化物の構造が図8の左下の模式図である.直径389nmの油滴の表面を厚さ30nmの大豆多糖類が覆っている.大豆多糖類に結合したタンパク質が油滴表面に吸着することによって,糖鎖が油滴表面に親水層を形成して,水にO/Wエマルジョンを形成し分散している.アラビアガムの乳化モデルとの一致が確認された.

 

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図8 大豆多糖類で調整した乳化物の構造

 

 酸性乳飲料はタンパク質が凝縮沈殿しないように安定剤を添加する.ドリンクヨーグルトには安定剤としてペクチンが用いられ,飲み口が重め(粘度高め)でリッチな食感になる.ペットボトルなどに入れて販売される酸性乳飲料の安定剤には大豆多糖類が用いられ,飲み口は軽く(粘度低め),さわやかな食感が得られる.この違いは多糖類の構造面から説明することができる.

 乳タンパク質の安定剤としての働きの違いが構造によって生じる.大豆多糖類は丸い形をしたバルキーな構造を持つ.この構造のため,食品に使ったときに,直鎖構造のものとは違った振舞いをする.ペクチンは直鎖で,分子間での水素結合及び溶液中のミネラルを介したイオン結合により液中にゲルネットワークを作り,粘度を与える.これによって流動性を抑えてタンパク質を安定化する.これに対し,大豆多糖類は分子間で水素結合がほとんど生じず,分子が単粒子で分散し続けているため,さらさらになる.電子顕微鏡写真を見ると.カゼインの表面に多糖類がモノレイヤーになって付いている(図9).ペクチンは液中でブリッジし(架橋安定),ネットワークを作るので粘度が高く,どろっとした食感になる.大豆多糖類の場合は単粒子安定のため,乳タンパク質表面(外側)の大豆多糖類がクッションのように働き沈殿しないので粘度が低く,さらっとした食感になる.大豆多糖類を加えると乳味は弱いが,すっと飲める.のどごし,飲み心地が変る.乳味を楽しむにはペクチンを加えた方が良い.ペクチンの場合の粒子は1?1.5µmだが,大豆多糖類だと粒子径は0.7?0.8µmにすることができ,そのまま凝集を抑えて分散を維持し続けることができる.

 

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図9 乳タンパク質の安定化機構

2.3 おいしさの拡大 -澱粉加工食品への展開

 分子構造と機能が明確化されると,新たな食品用途と用途に合わせた大豆多糖類の改良が可能になった.フィルムを形成する機能の延長線から澱粉加工食品のほぐれ機能,更には,澱粉の硬化防止効果が見つかった.更に,分子設計を行い,酵素技術・製造技術の助けを借りて大豆多糖類改良品が可能になった.大豆多糖類の部分分解により親水基と疎水基のバランスを調製し,分散安定化力と乳化力の向上に成功したものである(図10).

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図10 澱粉加工食品硬化防止機能の発見

 

 飲料に続く新しい用途としては,コンビニなどで売っているそばやうどんなどの冷麺,加工麺に使われるようになった.麺のコーティング剤として使い,保水性を保ち滑らせることで,麺のつるつる感を出している.そばやうどんを打つ時に練り込んで生地に入れるのではなく,表面に付ける.できたての品質を保ち,ほぐれ易くすることで,食べ易く美味しくなる.麺を10℃で24時間冷蔵保存したもののほぐれ具合を見ると,無添加のものは団子状に固まってしまう上,硬化するが,10%の大豆多糖類水溶液を噴霧したものは,麺がほぐれる(硬化防止).

 その機構の解析も並行して進めた.うどんを蛍光分析のためにPA(ピリジルアミノ)化した大豆多糖類に浸漬し,冷蔵保存した後,断面を切って顕微鏡観察した.うどん表面に大豆多糖類の付いているのを確認できた(図11).この写真を見せることでユーザーに納得してもらえる.保水効果があり,接着・硬化防止にもなるので,フレッシュ感が長く保てる.他の多糖類ではこの効果が出ない.増粘安定剤であるペクチンではむしろくっついてしまう.大豆という植物の持っている保水性と低粘度性という機能が役立っている.

 

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図11 麺のほぐれ機能の発現機構

 

 この応用に限らず,食品産業界に存在する多くの副産物をテストしたが,使い易さの点でも大豆が良い.大豆であれば産地は関係ない.枝豆や乾燥大豆でも良いので大豆の熟し方にも依存しない.大豆多糖類の構造解析,機能解明,応用展開の結果,大豆多糖類は1.3節,表1に示すような多くの機能が明らかになり,広い範囲に応用されるようになっている.これに関する初期の成果により,中村氏は農林水産省農林水産会議から平成18年度若手農林水産研究者表彰を受けた.業績名称は「ダイズ多糖類の分子構造の解析に基づく食品機能素材の開発」であった[4].業績の主要な内容は,日本食品科学工学会誌に解説されている[5].

3.新たな食品素材の開発を目指して

3.1 解析を通じた食品機能素材開発のスキーム

 大豆多糖類の開発,構造・機能解析を基に今後の展開方向を図12に示した.この図は農林水産技術会議から表彰を受けた時の講演に使ったものを基にしている.オカラ活用の研究テーマが与えられたことに始まる大豆多糖類研究成果の展開と他の原料への適用を含んで,不二製油の考え方を示している.

 多糖類の分子構造と機能解析による分子構造や機能はデータベース化され,これを基にした分子設計で改良品が生まれる.さらに機能の向上を行って用途を開発する(①).次の段階では大豆に限らない多くの多糖類を対象に構造と機能解析を行い,大豆多糖類のデータベースを多糖類の構造-機能データベースに拡張し,機能の向上・新用途を開発する(②).この手法を未利用資源由来の多糖利用に展開する(③).薯粕,米糠などの新規多糖類素材の分子構造情報を多糖類構造-機能データベースと比較して食品用途に適したものを短時間で選ぶ.データベースは,何が使えるか選ぶスクリーニングに使える.データベースやスクリーニングの方法は企業のノウハウとなり,未利用資源由来の新規食品多糖類素材を生み,農業・食品産業.消費者に貢献できるとしている.

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図12 食品機能素材開発のスキーム

3.2 美味しさを追求する食品素材の開発 -大豆ルネサンス

 美味しさを追求して,大豆多糖類では食品機能素材の物性・構造を調べた.大豆多糖類は食品素材の副産物であるオカラを分離・精製することにより,美味しさを支えるものが見つかり,その根拠を明らかにするため物性・構造研究を行った.そこで,物性・構造から新素材を産み出せないかと,油脂も物性を調べたが,チョコレート原料の油脂では美味しさと物性に関係が少なかった.チョコレートはおいしければ良い.元々大豆多糖類開発も分離・精製の成果だった.大豆でもチョコレート同様おいしければ良いというところから入って行こうというのが大豆ルネサンスである.美味しさから始まる,体や環境に良い食品素材の提供である.美味しさを追求するという原点回帰の意味で大豆ルネサンスと名付けている.

 大豆ルネサンスで,おいしい大豆の加工法を調べた.ゲル値や何ミクロンかといった数値の追求ではなく,美味しさを追求する分離法の研究を始めた.油を含むものと含まないものを分離する技術を開発していたので,これを適用した.卵の場合は卵白と黄身,牛乳の場合は生クリームと脱脂乳を分けるように,豆乳をクリームのあるものとないものとに分けると,これが美味しさに関係することが分った.この行き方の将来には牛乳産業をモデルにした大豆産業が生まれることを期待している.

 大豆ルネサンスにおける研究の手法に物性分析など大豆多糖類と共通のものも含まれるが,分離が基本になる.固まり易いヤシやパーム油を成分ごとに分離することで始まった不二製油の精製・分画・分離技術が基になっている.成分ごとに分けるが,単にバラバラにするのでなく美味しい成分を取出すことに意味がある.そこで生まれたのが USS(Ultra Soy Separation)製法である[6](図13).従来は図2のように,大豆油の次に大豆タンパクと順次抽出していた.これに対し,新たに産み出したUSS特殊分離方式は,遠心分離に近い方式で,図13に示すように,大豆を加工処理,加水・抽出したものを豆乳クリーム,低脂肪豆乳,沈殿(おから)に一括分離する.出来上がった豆乳クリームはうま味,コク味を備え,日本料理の味の幅を広めるという.和食のユネスコ世界遺産登録の機会に,日本料理の可能性を広げるグローバル化素材になることを期待しているとのことである.

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図13 USS 製造工程

おわりに

 食品のおいしさを支える大豆多糖類は,大豆から大豆油と豆乳を取った残り滓のオカラから,分離・分画・精製技術によって生まれた.その美味しさの起源を求めて大変な努力で分子構造が解明され,分散安定剤としての機能が明らかにされた.構造や物性の知識はデータベース化され,改良や新応用の開拓に繋がった.副産物活用による食糧の有効利用であり,美味しさを高めることによる生活の質の向上に役立っている.食品の粒子はサブミクロン程度だが,その構造を知るにはナノレベルの新しい解析技術が必要だった.その一方で,分離・精製といった製造技術によりマクロな見方での美味しさの追求もある.製造技術とナノ解析を含む構造解析は,互いにキャッチボールし,協調して,食生活の向上,食糧資源の有効活用に貢献することが期待される.

参考文献

[1] 中村彰宏,“食品のおいしさを支える多糖類の構造と機能”,分子・物質合成プラットフォーム平成24年度成果報告会招待講演(2013年3月14日).
[2] A. K. Smith, and C. J. Circle, "Soybeans: Chemistry and Technology: Proteins", AVI Publishing Company, CT, USA (1972).
[3] A. Nakamura, H. Furuta, H. Maeda, Y. Nagamatsu, and A. Yoshimoto, "Analysis of Structural Components and Molecular Construction of Soybean Soluble Polysaccharides by Stepwise Enzymatic Degradation", Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry, Vol. 65, No. 10, pp. 2249-2258 (2001).
A. Nakamura, H. Furuta, H. Maeda, and Y. Nagamatsu, "Analysis of the Molecular Construction of Xylogalacturonan Isolated from Soluble Soybean Polysaccharides", Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry, Vol. 66, No. 5, pp. 1155-1158 (2002).
A. Nakamura, H. Furuta, H. Maeda, and Y. Nagamatsu, "Structural Studies by Stepwise Enzymatic Degradation of the Main Backbone of Soybean Soluble Polysaccharides Consisting of Galacturonan and Rhamnogalacturonan", Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry, Vol. 66, No. 6, pp. 1301-1333 (2002).
[4] 中村彰宏,“ダイズ多糖類の分子構造の解析に基づく食品機能性素材の開発”,農林水産技術会議 若手農林水産研究者表彰 平成18年度(第2回).
   http://www.s.affrc.go.jp/docs/researcher_praise/wakate_commendation.htm

[5] 中村彰宏,“オカラ由来の大豆多糖類の開発と食品機能剤としての利用”,日本食品科学工学会誌,Vol. 58, No. 11, pp. 559-566 (2011).
[6] “USS製法とは” 不二製油株式会社ホームページ
   http://www.fujioil.co.jp/fujioil/uss/about/index.html


図表はいずれも不二製油株式会社から提供されたものである.

 

(古寺 博)

 

 

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