NanotechJapan Bulletin

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<第16回>
カーボンナノチューブ・セルレーション ~CNT複合化による材料革新を目指して~
信州大学 特任教授 兼 日信工業株式会社 開発本部 上席主幹 野口 徹氏,日信工業株式会社 開発本部 開発4部 部長 曲尾 章氏,エキゾチック・ナノカーボン(ENC)研究開発コンソーシアム 理事長 大澤 理氏に聞く

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はじめに

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 1976年に信州大学 遠藤守信教授らによって合成・発見され[1],1991年にNEC中央研究所特別主席研究員 飯島澄夫氏によって構造解析され[2] Carbon Nano Tubeと命名されたCNTは,強度は鋼の20倍,熱伝導率は銅の10倍,密度はアルミニウムの半分,キャリヤ移動度はシリコンの10倍など,優れた特性を有することが明らかになり,さらにしなやかで耐熱性にも優れていることから,広い応用が期待されている.そして論文や特許が多く出され,実用化につながったものとしては樹脂の導電性向上や透明導電膜などがある.しかし,CNTの使用例,使用量は少なく,構造材として特に期待されながらも,何故CNTの持つ特性を活用する用途が進まなかったのか?との疑問は残る.それは合成されたCNTが強く絡み合った凝集体であり,それを工業的に1本1本バラバラに分散することが出来なかったからである.分散されていない塊のCNTを用いるのであれば,その結果は旧来材料のカーボンブラックを用いるのと同じことである.野口氏らは,これまで多くの人が挑戦したがなし得なかったこの「分散」を,解繊という考え方を取り入れた弾性混練法を開発することによって解決した[3][17].また弾性混練によって形成されるセルレーション現象を発見した[4].そしてこれ等を活用して,CNTとアルミニウム金属[3],ゴム[5],樹脂[6]等と複合化することで,これらの材料の諸特性を飛躍的に向上させ,自動車部品,シール部材等への応用を進め,今一気に花開こうとしている.

 CNTの分散とCNTセルレーション構造の開発経緯,そしてこれらが社会に与えるインパクト・期待されるアプリケーションについてお伺いすべく,長野市の信州大学工学部内にある「信州大学 エキゾチック・ナノカーボンの創成と応用プロジェクト拠点 地域卓越研究室」を訪問し,地域卓越研究室 特任教授 兼 日信工業株式会社 開発本部 上席主幹 野口 徹(のぐち とおる)氏,日信工業株式会社 開発本部 開発4部 部長 曲尾 章(まがりお あきら)氏およびエキゾチック・ナノカーボン(ENC)研究開発コンソーシアム 理事長 大澤 理(おおさわ おさむ)氏にお話を伺った.

1.地域卓越研究室 〜信州大学ドリームチームの成果を実用化へ〜

 地域卓越研究室は,信州大学,特に信州大学ドリームチーム*1(図1)の持つシーズと企業の持つ実用化技術を融合することによって素材レベルでのイノベーションと製品レベルでの新商品開発を同時に達成することをミッションとしている研究室である.

*1)炭素系微細材料「ナノカーボン」の応用研究・実用化を目指して,国内外の優れた研究者を招聘して結成されているチーム.主な研究テーマは,①エキゾチックナノカーボン(ENC:CNT,グラフェン,フラーレンなどのナノカーボンの中に様々な原子をドーピングすることで,これまでにない新しい機能や特性を付与した素材)の創成,②物性・機能と構造解析,③応用開拓である.③の応用開拓が地域卓越研究室の主要テーマである.

 

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図1 信州大学ドリームチーム (出典:参考文献[8])
 ドリームチームは,企業が組織しているENC研究開発コンソーシアム[10]と密接に協業して独立行政法人科学技術振興機構(JST)の「ENC(エキゾチックナノカーボン.CNT,グラフェン,フラーレンなどのナノカーボンの中に様々な原子をドーピングすることで,これまでにない新しい機能や特性を付与した素材)の創成と応用プロジェクト拠点[7]」の研究を推進している.

 ドリームチームの一員として地域卓越研究室は,本研究室のコア技術であるセルレーション技術を活用してCNTと各種材料との複合材(ナノコンポジット)の開発に取り組んでいる.即ち,CNTコンポシットの新材料開発と後述するセルレーションによる諸特性の飛躍的向上の原理究明を研究テーマに掲げ,その成果を現在実用化に成功しつつある油ガス田分野,化学工業分野に加えて,医療機器,輸送機,電気・電子などの幅広い応用展開に取り組んでいる.

 これまでの主要な実績は,油ガス田用に開発した探査装置用シール材があり,第一世代スーパシール[9][10][11]が2012年より世界中の油ガス田で使用されている.コンソーシアムメンバーの日信工業(株)がCNT/ゴム複合素材を,(株)フコクがO-ringへの加工を,シュルンベルジェ(株)が出来上がった高耐熱性・高強度のO-ringを用いた探査装置の製造を受け持っている.また,2013年に独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の支援を得て,その年の12月からは,第二世代スーパシール(ダイナミックシール)の量産を開始している.

 地域卓越研究室の構成員は,JSTプロジェクト(2009〜2013年)の関係で,信州大学と企業が半々の負担で雇用する形態をとっている.日信工業(株)から出向の野口氏ほか4名,キッツ(株)の1名,興和ゴム工業(株)の2名,計8名であり,純粋な信州大学の教員はいない.それ以外にも,共同研究先の企業の研究者・技術者が相互乗り入れで実験するという形態で,人も運営も産学連携そのものである.

2.セルレーション技術の創出

 CNTコンポジット作製の際に,CNT塊をいくら細かくしても特性向上などの効果が小さいのは,カーボン同士が糸状に繋がっている状態を解かないでいることに原因がある.解繊しないで砕いても粉状のCNT(図2参照)が小さくなるだけである.炭素原子が筒状に丸まった構造をもつCNTを1本ずつの繊維に解くことに成功した人はこれまで誰もいなかった.

 野口氏らはNEDOのフォーカス21プロジェクト(2002〜2004年)で,自動車のブレーキ部品の軽量化を目指してCNTとアルミニウム金属の複合材料(以下 CNT/Al金属複合材)の研究を開始した.目標は,Alのマトリックス中でCNTを分散・結合することで,Alの①軽い ②錆びにくい ③熱伝導率が良さを残したまま,Alの欠点であるi)引張り強さ ii)耐力 iii)弾性率を鉄鋼並みとすることである(表1).この課題を解決する中で,“弾性混練法”,“プリカーサ法”と名付ける分散技術を編み出し,そして“セルレーションの概念”を見出した.

表1 Alと鉄鋼の機械的性質比較 (提供:野口氏)

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 CNTそれ自体は先述のように強度が大きいだけでなく,しなやかで耐熱性としても優れた特性を持っているが,合成されたままのCNTは図2に示すように,CNTが強く絡み合った塊状であり,まずこれを一本一本バラバラに解す(解繊)する必要がある.さらにCNT/Al金属複合材にするには,CNTとAlの間で従来から分かっている良くない濡れ性(接着性)を改善し,互いに負荷が伝わり強度向上につながるようにしなければならない.
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図2 合成されたままのCNT (提供:野口氏)
 上述のように歴史的にはCNT/Al金属複合材の開発がCNT/ゴム複合材より先行したが,CNT/Al金属複合材形成トータルプロセスは,その前半にCNT/ゴム複合材形成と同様のプロセスを含んでいる.そこで,以下CNT/ゴム複合材形成プロセスとセルレーションの発現についてまず初めに紹介し,次いでCNT/Al金属複合材形成プロセスを述べることにする.

2.1 弾性混練法:CNT/ゴム複合材形成プロセスとセルレーションの形成[12]

 図2に示されるように塊状に強く凝集しているCNTを弾性混練法で解繊・分散する場合,使用されるマトリックス材は,表2に示す物理的条件3つを満たし,かつ工程条件3つを制御できるものでなければならない.

表2 弾性混練法のマトリックスに要求される特性 (提供:野口氏)

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 以下,マトリックス(エラストマー)にNR(天然ゴム),CNTにMWCNT(Multi Wall Carbon Nanotube,多層カーボンナノチューブ)を用いた場合の弾性混練の具体的プロセスとそこで起こっている現象を説明する[12][13].

 用いるエラストマーには,表2に示したように①圧縮変形しても圧縮力が解除されるとほぼ元の形に復元する良好な弾性と,一方②凝集したCNTの隙間に侵入する適度な粘性(流動性)を持っていることが必要である.分子量300万位のNRがこの条件を満たす.

 以下に弾性混練の手順を示す[12].
① 図3に示す2本のロール(10,20)を備えたオープンロール(ロール温度10?20℃)に,エラストマー(30)を投入して,ロールに巻き付かせ,次いでCNT(40)を投入し,混合する.このとき,ロール間隙(d)は約1mmで,第1のロール(10)と第2のロール(20)の回転速度を変えて,例えば22rpmと20rpm(ロール表面の回転速度比1.1)として,混合物に剪断力がかかるようにする.

② 次いでロール間隙を0.1mmと狭くしてより強いせん断力の下で混合を続ける.

③ さらにロール間隙を0.5mmにし,ロール回転速度を26rpm/20rpmとしロール表面の回転速度比を1.3とし,より強い剪断力の下で混合する.こうして第1の混合体を得る.

④ 上記で得られた第1の混合体を所定長さに切り分け,それらを重ね合せてロール間隔1mm,ロール回転速度4rpm/4rpmのオープンロールに通す.この操作をさらに2回繰り返して第2の混合体を得る.

⑤ 上記で得られた厚さ6mmのシート状の第2の混合体を,厚さ1mmのモールドに入れ,175℃に加熱したプレス機械上に設置する.

⑥ 10MPaの圧力で5回バンピングを行ってエア抜きを行なうと共に,混合物をモールド形状に成形しCNT/ゴム複合材を得る.

 

 

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図3 2本のロールを備えたオープンロールによる弾性混練 (出典:参考文献[12])
 上記の弾性混練プロセスの中で何が起こったかを,第1の混合体形成過程と第2の混合体形成過程に分けて以下に説明する.

A)第1混合体の形成
 ①〜③のプロセスでは,エラストマーはその粘性によりCNT凝集体の隙間に侵入・混合される.また,ロール表面速度比が1.1〜1.3であるためエラストマーおよびCNTには大きなせん剪弾力が加わっている.この剪弾力によりエラストマーの一部は分子鎖が切断されてフリーラジカルが生成する.

 一方,CNTはその大部分を占める側面は炭素原子の6員環で構成されており安定な状態であるが,先端部は5員環が導入されて閉じる形状になっている.これには構造的に無理があるため,欠陥を生じやすく,その部分にラジカルや官能基を生じやすくなっている.また図4に示されるような屈曲点(図4右矢印部)も欠陥部分であり活性な部分である.
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図4 弾性混練前のCNT (出典:参考文献[12])
 このCNTのラジカルや官能基とエラストマーの主鎖または末端鎖のフリーラジカル部(およびもともとエラストマーに導入しておいた二重結合部な)とが結合する.

 このように結合している状態で,先述の大きな剪弾力が働くとCNT/マトリックスエラストマー混合体は極めて大きな変形を受け,さらにせん断力が除かれると急激に変形が回復する.この回復時に凝集していたCNTはその先端部および屈曲部をエラストマーに掴まれて1本ずつ引き抜かれる様に分離し,エラストマー中に分散される.この変形・回復の繰り返しによりCNT凝集塊は急速に解繊される.以上が,弾性混練法によるCNTの分散のメカニズムである.

 このように一旦分散されたCNTはエラストマーとの化学的相互作用によって再凝集することが防止され,良好な構造安定性を保つことができる.

 上記のようにして得られた第1の混合体は,図5に示すような構造になっている.即ち,ロールで圧延され混練機から押し出された方向A(ロールの回転方向)に沿ってCNT(40)は配向している.CNTの周囲には,エラストマー(30)の一部が混練中に分子鎖切断され,それによって生成されたフリーラジカルがCNTの表面をアタックして吸着したエラストマー分子の凝集体である界面相(36)が形成されている.このような界面相は,CNTを被覆して保護し,また,界面相同士が連鎖することで界面相に囲まれてナノメートルサイズに分割されたエラストマーの小さなセル(34)を形成している.このような形状から,野口氏らはこの分散された状態をセルレーション(Cellulation)と命名し,今ではCNTナノコンポジット研究分野における世界の共通語となっているとのことである.この小さなセルは,例えば楕円球体状であり,方向Aに沿って配向している.
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図5 CNT/樹脂複合材の断面模式図(1):配向したセルレーション構造
(出典:参考文献[12])
B)第2混合体への変換
 プロセス④では,図5に見られるように配向している第一の混合体を所定の長さに切り分け,それを重ね合わせて再度オープンロールで混合することによって,一定の方向(第1の方向A)に配向していた楕円球体状のセルの向きがバラバラになる.回転速度が等しい超低速ロール間を通すことによって,バラバラになったセル同士が密着し,つながりあうことになる.また,このプロセスによって,重ね合わせた第1の混合体の間に閉じ込められたエアが抜ける.こうして,混合体中のセルの配向性が解消されその結果強度の異方性も解消されている第2の混合体になる(図6).
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図6 CNT/樹脂複合材の断面模式図(2):ランダム配向のセルレーション構造
(出典:参考文献[12])

 プロセス⑤⑥は,所望の形状の成型体を得る工程である.

2.2 CNT/Al金属複合材形成プロセス[13]

 このプロセスは,前述の第1の混合物を造っておき,その混合物の上に純アルミニウム塊を置き,窒素ガス雰囲気中で700〜750℃に加熱する.有機物であるエラストマーは分解してガスとなり散逸し,その後に溶けたアルミニウムが浸透する.CNTの繊維の隙間は非常に狭いため,毛細管現象によってアルミニウムは一瞬で入り込む.こうして元々エラストマーが母体だったものがアルミニウムに置き換わり,CNT/Al金属複合材ができ上がるというものである.以下に具体的プロセスを示す.①〜④は図3と同じ装置を用いている.

① オープンロール(ロール温度10?20℃,ロール間隔1.5mm)に,エラストマーを投入して,ロールに巻き付かせる.

② 数分間素練りした後,純アルミニウム粒子とCNTを投入し混合後,混合物をオープンロールから取り出す.

③ 次に,ロール間隔を1.5mmから0.3mmへと狭くして,混合物を再びオープンロールに投入して薄通しを繰り返し5回行なう.このとき,2本のロールの表面速度比を1.1とし,剪断力が働くようにする.

④ さらに,ロール間隙を1.1mmにセットして,薄通しして得られた炭素繊維複合材料を投入し,分出する.

⑤ 分出したシートを90℃,5分間圧縮成形して厚さ10mmの純アルミニウム粒子を含むCNT/Al粒子複合材料を得る(図7左の左部).

 ここまでは,純Al粒子が加わることを除けば,先述のCNT/ゴムの場合と基本的に同じである.

⑥ CNT/Al粒子複合材料を容器(炉)内に配置させ(図7右),図中の注入,排出手段を用いて少量の酸素を含む窒素ガスを導入する.

⑦ 少量の酸素を含む窒素ガス雰囲気で炉内温度をエラストマーの分解気化温度以上(500℃)で2時間熱処理して,エラストマーが抜けたCNT/Al粒子を得る.

⑧ 次いで,上記で得られたCNT/Al粒子の上に,マトリックス材料であるAl塊(純Alインゴット)置き(図7右),アルミニウムの融点以上の温度(800℃)まで加熱する.Al塊は溶融し,アルミニウム溶湯となり,CNTの空孔を満たすように浸透する(図7左の中央部).

⑨ 上記を自然放冷して凝固させ,CNT/Al金属複合体を得る(図7左の右部).

 これらの手順は,幾通りにも変形できる.例えば,CNT/Al粒子複合材料の上に直接,マトリックス材料であるAl塊を置いて焼成することによって1ステップ簡略化することができる.また,CNT/Al粒子複合材料を作製し,これを紛体状とし望む形に成形した後,Al融体を流し込んで鋳造のように成形することもできる.

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図7 CNT/Al金属複合材の作製模式図 (左図の提供:野口氏 右図の出展:参考文献[13])
 得られたCNT/Al金属複合材の断面写真は図7左の右部下であるが,それを模式的に示したのが図8である.Alマトリックス(60)の中にCNT(40)が分散されて,セルレーションが形成されている.CNT(40)の表面は,窒素ガス中に混入したわずかな酸素により生成したC-Oで覆われており,その外側にAl/N/Oから成る非晶質の周辺相(70)が形成されている.周辺相(70)は,マトリックスであるAl(60)との濡れが良く強固に結合している.
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図8 CNT/Al金属複合材のセルレーションの模式図 (出典:参考文献[13])

2.3 セルレーションによる特性向上の原理究明

 セルレーションしたCNT/樹脂複合材およびCNT/Al金属複合材で何故,諸特性が飛躍的に向上するのか? そのメカニズムを明らかにする研究がJSTプロジェクトを中心に進められ,応力緩和による粘弾性モデリング,非線形動的粘弾性から構成方程式の創成に結びつきつつある.セルレーションモデル,セルタイモデル,Jungle gym modelなどの物理的研究を主に清華大学,中国科学院,東北大学と共同研究を進めている[5][14][15][16].いまだ道半ばという所であるが,セルレーション現象の輪郭が見えてきた.最近では,化学的な面からも強化の解明について力を入れ始めている.

3.CNT/ゴム複合材「スーパシール」の開発と実用化:石油可採率,埋蔵量を大幅に拡大

 現在の石油掘削は,地上から掘り進めることはなく,ほとんどが海底油田となる(図9).この場合,どこにどのような石油があるかを探査しながら掘削するために,ドリルの先端付近には多くのセンサが取り付けられ(図10),あらゆる情報を収得しながらポイントに到達する.その操業環境は1,400気圧,175℃と凄まじく,その上アルカリや酸,硫化水素などが存在するという想像を絶するほど過酷なもので,こうした極限状態にあっても精密な測定機器を守らなければならない.そのためこの掘削用配管は,どんなことがあっても完璧にシールする必要があり,耐久性や気密性に優れるシール材の登場が待望されていた.

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図9 石油探査・採掘とシール材 (提供:野口氏)


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図10 石油探査機器の事例 (提供:野口氏)
 このニーズに応えるため,日信工業(株)がCNT/ゴム複合素材を,(株)フコクがそれをO-ringに加工し,シュルンベルジェ(株)が出来上がった高耐熱性・高強度のO-ringを用いて探査装置を製作した.即ち,先述のプロセスを用いることによって,260℃,250MPaの革新的耐久性を有する超高性能CNT/ゴム複合シール材を開発し,スーパシールにまとめあげた.このシールを用い,実際に海外で10箇所以上の海底油田において実証実験を実施し,従来のシール材では不可能であった目標性能の達成を確認している.これらの成功は石油資源,エネルギー問題を大きく緩和するもので,石油資源をほとんど保有しない日本にとって,石油掘削技術における貢献は資源の安定供給に寄与するものである.現行材料でも260℃で機能する静的シール材は存在するが,海底油田など低温,また,酸,アルカリ,H2Sなど液体,またはガスに対する超高耐性も求められる環境下では,十分なシール性を確保できず,石油探査・生産設備などを損傷してしまうなどシール機能に問題があった.高温〜低温,高圧下で機能する新開発の超高性能ゴムシール材により,可採埋蔵量を現在より大幅に拡大させることが可能である(図11).
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図11 油ガス田の環境温度と環境圧力の分布 (提供:野口氏)

4.CNT/Al金属複合材「ディスクロータ」の開発

 CNT/Al金属複合材の例を図12に示す.このうちのCNT/Al金属複合材「ディスクロータ」開発目標値と実測した諸特性を図13に示す.図に示すように,目標をほぼ達成している.

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図12 作製したCNT/Al金属複合材 (提供:野口氏)


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図13 CNT/Al金属複合材「ディスクロータ」の開発目標と諸特性 (提供:野口氏)
 このようにエラストマープリカーサ法によって実用レベルのCNT/Al金属複合材の開発に成功し,現在自動車部品としての高度な信頼試験を繰返している.その他ではAl軽量電線の開発,光学部品の開発などを進めている.さらに,Alを各種のセラミックスに置き換えたCNT/セラミックスの開発も進めている.

5.今後の目標と展開

5.1 CNT/ゴム複合材 シール材:「スーパーシールエリヤ構想」

 今後何を目標に展開するかについてお伺いした.

 最も過酷な条件で使用されるゴム類の市場(最過酷市場または最難関市場)は400億円,過酷市場は4000億円と見積もられている(世界市場はこの約10倍)(図14).過酷な用途の中で,どの機械製品にも用いられるシール材の占める位置は大きく,ここをターゲットにしていく.

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図14 ゴム類の過酷な用途の市場規模 (提供:野口氏)
 シール材はほとんど総ての産業に用いられる基幹部品であるので,あらゆる産業のイノベーションに貢献することができる.長野県を中心に,製造グループ,それを使用するグループで「スーパーシールエリヤ」を構想し(図15),長野県,経済産業省の協力を要請しているとのことである.
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図15 「スーパーシールエリヤ」構想 (提供:野口氏)
 また,ゴム部品(我が国の市場3兆円)は代替する材料がないことから,これも総ての産業の基盤材料である.それ故,現在シール材以外のゴム製品の商品化も進めている.

5.2 CNT/樹脂複合材:全素材,全産業の重量半減を目指す

 さらに,現在,最も注力すべきは樹脂複合材料である.野口氏のグループでは,全素材,全産業の重量半減を目指しており,その方法はいくつかあるが,やはり高分子の担う役割は大きいと考えている.このことから,軽量・高強度・高耐久高分子複合材料の開発を急ぎたい.ゴム材料より剛性が非常に高い樹脂材料はCNTの解繊が難しく,30年以上の活発な努力にもかかわらず,ほとんど効果がない状況である.

 野口グループにとっても弾性混練法が適用しにくい樹脂材料は難関であったが,昨年から擬弾性混練法から弾性混練法に移行する連続工法を開発することによって,一気に樹脂複合材料の実用化が視界に入ってきているとのことである.樹脂材料の世界市場は100兆円で,このうちの一部が当面のターゲットになるが,金属代替材料などの新製品は,新市場を生み出す.野口グループは総ての産業基盤としての樹脂複合材料のほか,ロボットなどの新しく産業を創成すると思われる分野をターゲットにしている.

 また,セルレーション技術は高分子に限らず,金属やセラミックスにも適用可能なことから図16のような総合的展開を考えており,コンソーシアムのメンバーがそれぞれ得意分野の研究開発を進めている.

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図16 ナノカーボン・セルレーションの展開 (提供:野口氏)

6.おわりに

 今後の展望については,「大きな可能性を感じています.何故なら,ゴム,樹脂などの高分子材料,Alなどの軽金属材料などの社会基盤となる材料の技術は飽和に達している感があります.特性が飛躍的にアップするもしくは新しい機能を発現する可能性の高いCNT/セルレーション技術は,この停滞した基板技術にイノベーションをもたらし,この素材を用いる分野の産業や社会をパラダイムシフトする可能性があります.また,化学工業はわが国で唯一輸出割合が増大している産業です(図17).自動車が停滞し,雇用も海外に流出し,また急激に低下する電子産業などの中で,2020年から2030年にかけて輸出割合が最大となり,我が国の産業の中心となってくれるのが,この化学工業です.言い換えれば,化学工業が大きく成長しなければ,我が国の産業成長は極めて難しくなると思います.我々のグループは,産学連携をより密にし,この状況に貢献しなければならないと考えています」と熱く語られた.我が国で発見され,開発され,応用されたCNTの製品群が,世界を席巻することを期待している.

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図17 日本の輸出の推移 (提供:野口氏)

参考文献

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[2] S. Iijima, "Helical microtubules of graphitic carbon", Nature, Vol. 354, No. 6348, pp. 56-58 (1991)
[3] Toru Noguchi, Akira Magario, Shigeru Fukazawa, Shuichi Shimizu, Junichi Beppu and Masayuki Seki, "Carbon Nanotube/Aluminium Composites with Uniform Dispersion", Materials Transactions, Vol. 45, No. 2, pp. 602-604 (2004)
野口徹,別府潤一,"自動車材料の最新動向—鉄鋼金属・セラミックス編 カーボンナノチューブ/アルミニウム複合材の開発と軽量化部材としての期待",工業材料,Vol. 52, No. 8, pp. 36-39 (2004)
[4] Toru Noguchi, Shigeki Inukai, Hiroyuki Ueki, Akira Magario, and Morinobu Endo, "Mechanical Properties of Mwcnt/Elastomer Nanocomposites and the Cellulation Model", SAE Technical Paper Series(Society of Automotive Engineers) p.5p (2009)
[5] Fei Deng, Masaei Ito, Toru Noguchi, Lifeng Wang, Hiroyuki Ueki, Ken-ichi Niihara, Yoong Ahm Kim, Morinobu Endo, and Quan-Shui Zheng, "Elucidation of the Reinforcing Mechanism in Carbon Nanotube/Rubber Nanocomposites", ACS Nano, Vol.5, No. 5, pp. 3858-3866 (2011)
[6] Shigeki Inukai, Ken-ichi. Niihara, Toru Noguchi, Hiroyuki Ueki, Akira Magario, Eisuke Yamada, Shinji Inagaki, and Morinobu Endo, "Preparation and Properties of Multiwall Carbon Nanotubes/Polystyrene-Block-Polybutadiene-Block-Polystyrene Composites", Industrial & Engineering Chemistry Research, Vol. 50, No. 13, pp. 8016-8022 (2011)
[7] http://www.shinshu-u.ac.jp/project/encs/center/flow.html
[8] http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu16/002/shiryo/
   __icsFiles/afieldfile/2012/09/19/1325938_01.pdf

[9] http://www.shinshu-u.ac.jp/project/encs/consortium/
[10] M.Endo, T.Noguchi, M.Ito, K.Takeuchi, T.Hayashi, Y.A.Kim, T.Wanibuchi, H.Jinnai, M.Terrones, and M.S.Dresselhaus, "Extreme-Performance Rubber Nanocomposites for probing and Excavating Deep Oil Resources Using Multi-Walled Carbon Nanotubes", Advanced Functional Materials 18, 3403(2008)
[11] M. Endo; K.Takeuchi; T.Noguchi; Y. Asano; Y. A.Kim; T. Hayashi; H. Ueki; S.Iinou. "High Performance Rubber Sealant for Preventing Water Leaks" ACS, Ind. Eng. Chem. Res., 2010, 49 (20), 9798.
[12] 野口 徹, 曲尾 章, 遠藤 守信, "炭素繊維複合材料", 特開2007-297496(2007.11.15)
[13] 野口 徹, 曲尾 章, 横山 和幸,"炭素繊維複合金属材料及びその製造方法", 特開2008-208445(2008.9.11)
[14] Chengxiang Li, Yilun Liu, Xuefeng Yao, Masaei Ito, Toru Noguchi, and Quanshui Zheng, "Interfacial shear strengths between carbon nanotubes", Nanotechnology, Vol. 21, No. 11, pp. 15704.1-115704.5 (2010)
[15] Dong Wang, So Fujinami, Ken Nakjajima, Hiroyuki Ueki, Akira Magario, Toru Noguch, Morinobu Endo, and Toshio Nishi, "Visualization of nanomechanical mapping on polymer nanocomposites by AFM force measurement", Polymer, Vol. 51, No. 12, pp. 2455-2459 (2010)
[16] Dong Wang, So Fujinami, Ken Nakjajima, Ken-ichi Niihara, Shigeki Inukai, Hiroyuki Ueki, Akira Magario, Toru Noguchi, Morinobu Endo, and Toshio Nishi, "Production of a cellular structure, in carbon nanotube/natural rubber composites revealed by nanomechanical mapping", Carbon, Vol. 48, No. 13, pp. 3708-3714 (2010)
[17] 野口徹,植木宏之,伊藤正栄,大澤理,遠藤守信:日本ゴム協会誌,86, No.12, pp. 353-359(2013)

 

(真辺 俊勝)

 

 

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