NanotechJapan Bulletin

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<第17回>
JFEスチールのナノ構造を制御した先進鉄鋼材料 ~NANOハイテン(R),JAZ(R)~
JFEスチール研究所 主席研究員 佐藤 馨氏,研究企画部 主任部員 村上琢哉氏に聞く

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はじめに

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 鉄は,橋梁,鉄道,ラインパイプ,ビル等の社会インフラから,自動車,冷蔵庫等の耐久消費材,さらにスプーン,鋏,包丁,釘,金槌等日常生活の身の回り品としてありとあらゆる所で使われている身近な素材である.重厚長大の代表格でありまた基幹素材である鉄(鋼)の歴史は,その時々の社会の変化による新しいニーズに応えて進化し続けきた歴史でもある.今日では,エネルギーおよび環境の観点から移動体の軽量化が強く求められている.なかでも自動車産業からは,そこに用いられる鉄鋼材の軽量化のための強度向上と同時に加工性の向上が強く求められている.

 JFEスチール株式会社(以下JFEスチール)は,企業理念“常に世界最高の技術を持って社会に貢献する”の下,多くのオンリーワン・ナンバーワン技術を開発・商品化しグローバルに展開している.2011年に“第57回(平成21年度)大河内記念賞”を受賞した「ナノ炭化物制御による自動車用高加工性高強度鋼板『NANOハイテン®』」,および2012年に“ものづくり日本大賞(経済産業大臣賞)”を受賞した「ナノオーダの表面改質による腐食しにくく加工しやすい自動車用高機能鋼板『JAZ®』」,これ等はまさしく時代の要請に応えたオンリーワン・ナンバーワン商品の代表例であり,一般社会で広く使われて省エネと環境負荷低減に貢献している.

 これらNANOハイテン®およびJAZ®の開発経緯,技術内容,ナノテクノロジーの果たしている役割等についてお伺いすべく,川崎市にあるJFEスチール株式会社スチール研究所京浜地区京浜ビルを訪問し,JFEスチール株式会社 スチール研究所 主席研究員 佐藤 馨(さとう かおる)氏および研究企画部 主任部員 村上琢哉(むらかみ たくや)氏にお話を伺った.

1.先進鉄鋼材料の背景

1.1 JFEスチールの概要

 先進鉄鋼材料の優れた製品を持つJFEスチール株式会社は,2003年4月に川崎製鉄と日本鋼管が統合して発足した持株会社JFEホールディングの中核企業である(図1).売上高は,JFEグループ全体の売上3兆1,900億円の約78%を占める(2012年度).社名のJFEは,Japan, Iron (Fe), Engineeringの頭文字を採ったものであり,また Japan Future Enterpriseの意味を持たせている.

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図1 JFEスチール株式会社の組織図 (提供:JFEスチール)

 

 JFEスチールは,高炉を所有し,鉄鉱石を原料に最終鉄鋼製品の生産までを一貫して行う鉄鋼メーカである.JFEスチールの東日本製鉄所は京浜地区と千葉地区に分れ,西日本製鉄所は福山地区と倉敷地区にある.鉄鋼メーカの規模の指標である粗鋼の年間生産量は,東日本で800万トン,西日本で2,000万トン,計2,800万トンで2兆5,000億円の売上げである.これは,日本国内では新日鐵住金に次いで第2位,世界では,統合発足当時3位だったが中国の急伸の結果現在は9位になっている(2012年).

 製品は,①船舶や大形構造物に使用される厚板,②自動車・電気製品・缶などに使用される薄板・表面処理鋼板,③モーターなどに使用される電磁鋼板,④建築・土木分野で使用されるH形鋼・鋼矢板などの形鋼や軌条,⑤自動車部品や建築物に使用される棒鋼・線材,⑥流体の輸送や機械部品などに使用される鋼管と広範囲に渡っている.鋼材以外にも,⑦粉末冶金などに使用される鉄粉,⑧広い分野で使用されるチタン圧延品がある.

1.2 世界の鉄鋼産業

 鉄は世界的に見ると,現在でもその生産量は右肩上がりである(図2).我が国や欧米の先進国では産業の質的な変化により生産量そのものは横ばいであるが,開発途上国,中でも中国は年7億トン生産し,世界全体では16億トン生産している.2050年には22~29億トンと量的には伸びると予想されている.国が豊かになると,例えば都市化による巨大ビルの建設や,自動車の急速な普及により,鉄の需要はどんどん増える.

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図2 鉄の生産量推移 (出典:参考文献[1])

 

 自動車用鋼板では「燃費向上のために鋼板を薄く軽くすることで車体を軽量化させたい」「安全性を確保するため強度をアップさせたい」「加工性を向上させ,車種のデザイン性を高めたい」といった様々なニーズがある.鉄鋼製品の品質は製鋼や圧延など製造工程での制御技術により形成されている.組成や製造工程の制御によりナノメートルレベルまでの微細組織をデザインすることによって,各製品に求められる高いレベルの性能を実現させてきたし,これからもより高性能化し続けることができるポテンシャルを持っている.

 これからも人類がより良いものを求めれば求めるほど,それを支える鉄の進化も止まることはない.鉄は,絶え間ない技術革新によって,未来を創りだしていくことができる典型的な素材の一つであると考えられる.

1.3 企業理念と研究開発戦略

 JFEスチールは,技術融合,商品開発,プロセス開発を総合して,オンリーワン・ナンバーワン技術・商品*1を開発しグローバルに展開しユニークな鉄を供給していく研究開発体制をとっている(図3).

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図3 オンリーワン・ナンバーワン技術・商品開発のための研究開発体制
(提供:JFEスチール)

 

 スチール研究所は商品開発技術,プロセス技術,共通基盤技術の3分野に22の研究部を設け(図4),図3の体制の中で中核的役割を担っている.特に10年先を見据えた技術開発に注力すると共に,世界有数のグローバル鉄鋼サプライヤーとしての地位を確保するため,増大する高級鋼の要求に応える研究開発に注力している.

 

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図4 スチール研究所の構成 (提供:JFEスチール)

 

*1)オンリーワン・ナンバーワン技術・商品として,本報告で取り上げるNANOハイテン®およびJAZ®以外に,例えば以下のようなものがある:①圧延工程において鋼板を延ばしながら,板の前後で厚みを変化させたLP鋼板,②NiやMoを使わず,耐食性に優れた省資源型ステンレス鋼「JFE443CT」,③電気抵抗溶接部の靭性にすぐれたパイプライン用鋼管(電縫鋼管)「マイティーシーム®」,④粉コークスの一部代替として都市ガスを原料表面から吹き込むことで省エネルギーとCO2排出削減を可能にした「Super-SINTER®」,⑤30~40mm鋼の板を次々と接合して圧延する「熱間エンドレス圧延技術」,⑥理論限界相当の冷却速度で鋼板を冷却して鋼板組織をコントロールする高速冷却装置「Super-OLAC®」,⑦電磁誘導による超急速加熱装置「HOP®」.「Super-OLAC®」と「HOP®」を組み合わせることで圧延だけではなく,冷却と加熱を自在に操り鋼板の高機能・高強度化を実現出来る.⑧高強度と加工性を可能にした自動車向け鋼管加工技術「HISTORY」,等々.これらは,いわば「鉄のナノテクノロジー」を活用した製品群である.

 鉄鋼会社に一番質が高く製造の難しい鉄鋼材料を要求するのは自動車メーカであり,それに広く応えてきた(図5).ボディーやシャーシの材料ばかりでなく,サスペンションアームやメンバー・レインフォース,その他エンジン部品にいたるまで,商品ニーズに的確に応えてきたしこれからも応えていく.

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図5 自動車用鋼材の研究開発と製品群 (提供:JFEスチール)

 

 また,JFEスチールは自動車会社との強固な信頼関係を生かし,お客様と協力して世界最高の材料,加工技術を創るために,同社の研究開発拠点であるスチール研究所に,業界に先駆け2005年に「カスタマーズ・ソリューション・ラボ」を設置している.新型車開発に初期段階から参画して,コンセプトに合わせた鋼材仕様,部材加工方法,パフォーマンス評価の提案を行うと共に,お客様ニーズを満足する性能をより高めた鋼材の開発を行い,最先端の車づくりに貢献している(図6).この活動は,国内の自動車業界だけでなく,海外でも高い評価を受けており,JFEスチールが世界で戦っていく上での,大きな強みとなっている.持てる技術をすべてつぎ込み,世界最高水準の鉄鋼製品を世界のお客様と共に創りだしていく,JFEスチールの研究開発姿勢である.

 

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図6 次世代自動車用鋼材のための要素技術とソリューション提案 (提供:JFEスチール)

2.科学と技術が一枚岩の研究・開発:鉄鋼会社のDNA[2]

 鉄鋼製品の質は分析・計測に,またその基礎は学問に支えられている.近代製鉄はドイツからはじまった.その中で,精緻な良質の鉄が作れるようになった理由は,温度計測ができるようになったことによる.前近代は溶鋼の温度を測る方法がなかったが,キルヒホッフの黒体輻射,量子力学が確立されて光の波長から温度を測定できるようになった.まさに科学と技術が一枚岩になって成果を生んできた.量子力学を生みだす契機になったのは鉄鋼だと自負すると共に,また量子力学が生まれたので鉄鋼は大発展出来たとも考えられる.

 日本の鉄鋼業のDNAの一つは,生まれたての分析技術を貪欲に取り入れることである.例えば電子顕微鏡は1960年代に普及し,加速電圧が100~120kVの製品の時代に,JFEはより高電圧の150kVの製品を要求した.EPMA(電子線プローブマイクロアナライザ)については,1961年当時,八幡製鉄がARL製の装置をいち早く導入したのに対して,JFE前身の日本鋼管も1963年に日本電子製の装置を初めて導入した民間企業の一社であった.このように鉄鋼業界はそのときの最高の観察・解析設備を使おうとしてきた.

 最先端の技術を貪欲に導入し,開発に役立てる姿勢が,光学顕微鏡では一切見えない,電子顕微鏡のレベルまで解析して初めて見られる微粒子があってかつその存在形態が鉄鋼の強度や加工性を発現していることを見出し,新技術・新製品の開発に結び付けてきた.まさに,鉄のナノテクノロジーがキー技術として活用されてきたと言って過言ではない.このような観察・解析設備は,材料の①設計 ②真相(メカニズム)解明に重要なだけではなく ③日々の生産の安定性向上・確保にも役立っている.また,企業にとって極めて重要な特許,しかも顕現性のある特許にまとめあげるのには,これ等のデータが必須である.

 鉄鋼業は,大まかなように見られているが,半導体産業と同様,最先端の分析・計測技術を駆使して研究開発をしなければ,最先端のものが造れない産業であったし,これからも同じ状況が続く.

3.タイタニック号とスカイツリーに見る鉄鋼技術と品質推移

3.1 タイタニック号はなぜ沈んだか

 1912年4月17日イギリスの豪華客船タイタニック号は,サウサンプトンからニューヨークへの処女航海の途上,氷山に衝突し破損・沈没し,乗客・乗員1517人が死亡した.タイタニック号は当時最新の二重船底や防水隔壁を備え,不沈船と言われていた.それが何故沈没したのか.幾つかある理由の一つに鉄鋼材料の材質があげられている.1985年,水深3773メートルの海底で船体が発見され一部が引き上げられ,使われていた鋼材が調べられた.この鋼材は硫黄を690ppm含んでいたために,材料中には非金属介在物であるMnSが存在していた.当時の精錬技術では硫黄を除去できなかったのである.これだけ硫黄が高く,MnSが多量に存在すると,材料が脆くなる延性脆性遷移温度が高くなる.タイタニック号の鋼材のこの遷移温度は0℃近辺であった.このため冷たい海(事故当時-2~0℃)では,タイタニックの鉄はガラスのように脆く氷山と衝突して壊れてしまった[11].1960年以降精錬技術が進み,今では硫黄濃度30ppmのものが普通に使われ,冷たい極地用のラインパイプでは10ppmを割る材料を安定に製造できる.硫黄濃度が劇的に低下したことで,延性脆性遷移温度は-50℃以下に低下し,材料は低温でも十分な延性を持つようになった.

 現在では,溶鋼炉中の溶融成分は,試料が採集され気送管を経由して分析センターに届けられ,数分以内に分析結果が返ってくるようになっている.

 分析して成分が規格に合っていたら次の工程に進む.硫黄は鉄鉱石の中ではFeSなどの形で入っているから,Caを加えて脱硫する.硫黄以外にも欲しくないものが入っていたら,それと結びつきやすいものを投入して取り除き,取り除かれたものはスラグとなり,鉄鋼製造の副産物(セラミック材料)として利用される.以上のように,分析技術が鉄の品質を支えている.

3.2 スカイツリーとエッフェル塔の違い

 スカイツリーは3本の大きな柱から出来ている.JFEスチール,新日鐵住金,神戸製鋼所がそれぞれ一本ずつの鋼材を供給した.

 1889年に建設されたパリのエッフェル塔は錬鉄を使った(鋼ではない).溶接は出来ず,総てリベットで結合している.東京タワーは鋼を用いて建造されたが,降伏強度は235MPa止まりで,また溶接部の疲労特性に問題があったのでエッフェル塔同様のリベット止めとボルトが使われている.

 スカイツリーでは,降伏強度が400,500,630MPaのスカイツリーなどの高層鉄塔向けに特に認められた鋼材*2でできている.溶接もできるようになって総て溶接で仕上げられている.溶接技術の進歩とともに,溶接できる材料を組織制御により作りだすことができるようになったからである.この三つのタワーの歴史は鉄鋼の進歩の歴史を良く示している.

*2)自動車や家電では,使う鉄をメーカが選んで決める.スカイツリーのような高層建築物では,規格は大学の先生も参加している評定委員会で認可され,国土交通大臣の認定がないと使えない.

4.NANOハイテン®(New Application of Nano Obstacle for dislocation Movement)

 フェライトの良好な加工性を維持したまま飛躍的に高強度化を達成したNANOハイテン®が[12],2011年に第57回大河内記念賞を受賞*3した[3].受賞理由は,“超微細炭化物を加工性の良いフェライト相(軟鋼組織)に均一分散させることで,440MPa級と同等のプレス加工性を有する780MPa級高強度鋼板を世界で初めて開発し,学術の進歩と産業の発展に多大な貢献をした”ことである.本開発鋼板は衝突時のエネルギー吸収性能にも優れており,従来鋼板よりも板厚を薄くすることができるため,既に『NANOハイテン®』の商品名で自動車の足回り用から車体構造用まで幅広い部品に使用され,高強度化による車体の薄肉化・軽量化を通じた燃費の向上およびCO2の排出削減に大きく貢献しており,まさしくオンリーワン・ナンバーワン技術・商品である.

*3)NANOハイテン®は,2007年度全国発明表彰にて21世紀発明奨励賞ほか,多くの賞を受賞している.

4.1 計測・解析技術(科学)とプロセス・生産技術開発との一体化

 「NANOハイテン®は,新しい計測・解析技術(科学)とプロセス技術や生産技術開発が手に手を取り合って実現出来た非常にいい例である.収差補正電子顕微鏡を世界の鉄鋼業界で一番早く取り入れ,それを用いた観測・解析から得られた知見が,NANOハイテン®の開発に結びついた.単に見るだけではなく,フェライト組織の中でTiとMoが数nmの(Ti,Mo)C複合炭化物微粒子の形で存在していることが,NANOハイテン®の優れた諸特性の根源になっている」と,佐藤氏は,まず初めに強調された.

4.2 複合炭化物(Ti, Mo)Cの析出

 NANOハイテン®と従来の高強度鋼板それぞれの組織を図7に示す.従来の高強度鋼板では,フェライト結晶粒間に大きさ数µmのマルテンサイトなどの硬質相が分散しており,これが高強度化の役割を担っている(図7右).これに対しNANOハイテン®は,結晶粒は従来の高強度鋼板と比べて微細であるうえに,光学顕微鏡レベルでは加工性に富んだフェライト結晶粒のみが観察され(図7左),とても高強度の鋼には見えない.ところが,このNANOハイテン®は780MPaもの高強度を示す.

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図7 NANOハイテン®と従来の高強度鋼板の走査電子顕微鏡写真 (出典:参考文献[4])

 

 その秘密は,NANOハイテン®を透過電子顕微鏡で見てはじめて分かる(図8左).フェライト結晶粒中に,図の左上から右下に列状に並んで観察される数ナノメートルの大きさの点状のコントラストが見える.エネルギー分散型X線分析の結果,この点状コントラスト部は,TiとMoが互いに均一に混合し,さらに炭素(C)と結合した複合炭化物(Ti, Mo)Cであることが分かった(図8右下).溶鋼の中に400ppm程度のCとそれに対応するTiとMoを加えて,適当な加工熱処理を行うことで,このようにフェライト結晶粒の中に大きさ約3nmの微粒子として析出したものであり,このTiMo複合炭化物は世界で初めて見出されたものである[6].この複合炭化物ナノ粒子(Ti, Mo)Cが高強度780MPaを引き出している.古くからフェライト相にTiとCのみを添加し硬いTiC粒子を析出させれば高強度になることは知られているが,この場合のTiC粒子の大きさは20nm程度とNANOハイテン®の10倍以上になり,強度も450MPa程度とあまり高くない(図8右上).TiとMoの複合粒子にし,さらに大きさ3nmのナノ粒子として析出させたところに,この材料のミソがある.

 

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図8 NANOハイテン®の透過電子顕微鏡写真とエネルギー分散型X線分析結果
(左:透過電子顕微鏡写真 右下:エネルギー分散型X線分析結果 右上:従来鋼の析出炭化物)
(出典:参考文献[5])

4.3 (Ti, Mo)Cの微粒子の相界面析出

 何故このように(Ti, Mo)Cのナノ粒子が並んで析出するのか? NANOハイテン®を製造する熱間圧延と呼ばれるプロセスでは,真っ赤に加熱した鉄の塊を圧延する.鋼を温めた状態ではFCC(面心立方格子構造)の結晶構造(オーステナイト相)であり,TiとMoとCはそれぞれ元素の状態で溶けている(固溶している).Ti,Mo,Cがバラバラでいた方がより安定だからである.この鋼は熱い内に熱間圧延プロセスで2~3mmの厚さまでに圧延され,次に水をかけて冷され,巻き取られる.この時の温度変化で,鉄はBCC(体心立方格子構造)のフェライト相に変わる(同素変態).FCCの一部がBCCになったとたんにその中のTi,Mo,Cは溶けていられなくなり,まだ残っているFCC相との界面のところに複合炭化物(Ti, Mo)Cがナノ粒子となって析出する.相界面析出*4である.相界面は冷えるにしたがって材料の内部を移動し,その移動した痕跡に微粒子が点々と析出して残ることになる.この結果,図8左のように左上から右下に列状に並んだ微細な複合炭化物(Ti, Mo)C析出物ができあがる.

*4)相界面析出は,高温のオーステナイトから低温のフェライトに相変態するときに,オーステナイト-フェライト界面に炭化物が析出する現象であり,ケンブリッジのMorrisonらにより初めて報告された現象である[7].彼らが扱ったのはC,V(バナジウム)の量が多い研究用の鋼であり,大きなVCで発見しており,微細な複合炭化物(Ti, Mo)Cではなかった.

 Ti,Moの複合炭化物(Ti, Mo)Cであることが,従来の炭化物の1/10の微細化を可能にしており,また複合炭化物(Ti, Mo)Cであることによって熱的安定性を高める役割をしている.即ち加熱しても析出物の粗大化は起こりにくい.

 NANOハイテン®の炭化物をさらなる高倍率で観察したときの透過電子顕微鏡写真を図9に示す.析出した炭化物はFCC構造の円盤状の形態をしており,その上下面とBCC構造のフェライトとの界面で原子は一対一に対応しており,析出物とBCCのフェライトの界面は整合性が良く界面転位は入っていない.即ち,FCCである炭化物とBCCである母相のFeが整合性の良い結晶面で接している.

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図9 NANOハイテン®の透過電子顕微鏡写真 (出典:参考文献[4])

4.4 微粒子が高強度を発現

 上記のナノメートルサイズへの炭化物微細化により高強度が得られることを描いた模式図を図10に示す.図10では,従来の高強度鋼板中に析出する炭化物では100MPa程度の析出強化量しか得られないのに対し,NANOハイテン®の析出強化量は300MPaと高いことがわかる。これにより、NANOハイテン®では引張強さで780MPa級の高強度が実現した.

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図10 炭化物径と引張強さとの関係模式図 (出典:参考文献[4])

4.5 炭化物の高い熱的安定性

 一般に,微細粒子は加熱により簡単に成長する.しかしながら,NANOハイテン®の炭化物は超微細でありながら熱的に安定である.これは,従来のTiCやNbCのような1種類の炭化物構成元素による炭化物ではなく,2種類の構成元素による炭化物を用いることで初めて実現できた技術である[6].図11に,NANOハイテン®および理想的な熱履歴を与えて微細TiCを分散させた鋼を,650℃で一定時間保持した後の常温での硬さを示す.NANOハイテン®では650℃で24時間保持しても硬さの低下はほとんど認められないのに対し,TiCで強化した鋼板では硬さは顕著に低下した.このことはNANOハイテン®のナノメートルサイズの炭化物が熱安定性も優れていることを示している.

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図11 NANOハイテン®の炭化物微子の熱安定性 (出典:参考文献[4])

4.6 高強度化メカニズム

 では,NANOハイテン®が高強度になるメカニズムは何か?の問いに,佐藤氏は次のように簡潔に応えられた.

 転位が容易に動ける材料は柔らかいからどんどん変形できる.転位は結晶中の原子列が1列だけ抜けたりねじれたりした構造で,この部分が力を受けて動くことで材料は変形する.2~3nmの硬い粒子があると転位が動こうとしても止められる.微粒子が転位の動きに対して抵抗になり,変形の進行を防止するので強度は高くなる.このことにちなんで,NANOハイテン®の名はつけられている.NANOは New Application of Nano Obstacle for dislocation Movementの略である.フェライト相中の微細な(Ti, Mo)C析出粒子が転位の動きを阻止して,柔らかいフェライトをハイテン化(高強度化)しているのである.

4.7 更なる高強度化

 上記のメカニズムによれば,NANOハイテン®は炭化物量を増やすことでさらなる高強度に出来るはずである.この考え方に従って,実際に1180Pa級NANOハイテン®を実現している.図12に780MPa級,980MPa級,1180Pa級NANOハイテン®の析出物の透過電子顕微鏡写真を示す.いずれもナノメートルサイズの微細析出物が密に整列しており,引張強さの上昇に伴って,より密に析出物が析出していることが分かる.

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図12 NANO ハイテン®の炭化物析出量と強度との関係 (出典:参考文献[5])

4.8 NANOハイテン®の加工性

 NANOハイテン®の優れた加工性を,プレス成型事例をもって示す.図13aに780MPa級NANOハイテン®の適用部品例を,図13bに1180Pa級NANOハイテン®のプレス試作品を示す.780MPa級では,優れた加工性を活かした複雑形状の実部品が作製出来た.1180Pa級NANOハイテン®も割れることなく成形できている(引張強さ1180Pa級の複合組織鋼鈑は同じ加工で割れる).

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図13 NANOハイテン®は高強度で加工性大 (出典:参考文献[5])

5.JAZ®(JFE Advanced Zinc)

 JAZ®(JFE進化型亜鉛めっき鋼板)は,素晴らしい成形性が付与された錆びない鋼板で,2012年の第4回ものづくり日本大賞・経済産業大臣賞を受賞*5している[8].受賞理由は,自動車製造工程における①プレス成形性の向上,②スポット溶接後の外観改善,③環境負荷の軽減,④海外での汎用設備による製造,を可能にした革新的な技術が高く評価されたものである.自動車にはドアのサイドパネルや内板,フェンダなど成形が難しい部位があり,車メーカはプレス成形しても割れない,あるいは「目には見えないがもう少しで割れてしまうような“ネッキング現象”」のない鋼板を求めていた.JAZ®はこのことに応えた,まさしくこれもオンリーワン・ナンバーワン技術・商品である.成形品の1例を図14に示す.

*5)この受賞に先だって2009年に大河内賞(生産賞),2011年に文部科学大臣表彰(化学技術賞 開発部門)を受賞している.

 

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図14 JAZ®の成形品 (提供:JFEスチール)

 

 錆を防ぐために,日本の自動車メーカではZnめっき層(5~10µm)を,熱処理してFeとZnを合金化した合金化溶融亜鉛めっき鋼板を使っている.この鋼鈑の表面を滑りやすくしプレス成型性を良くするため,従来の高潤滑鋼鈑では,リン酸塩やマンガン,ニッケルなどを含む膜を表面に被着していた.コスト高になると同時に,環境負荷物質を含む欠点を持っていた.そこでJFEは,独自に開発した化学反応の制御により表面を改質し,重金属なしで,ほぼ同等の潤滑性能を引き出した.表面の改質相の厚さはナノメートルオーダーであり,仕組みは亜鉛めっき工程に1工程加えるだけの簡単なもので歩留まりも良く,自動車メーカの海外進出に対応しての海外展開が容易である.

 佐藤氏によると「ナノメートルオーダーの改質相の表面物質と構造が潤滑性向上に決定的重要な役割を果たしている」とのことである.高度な表面設計を可能にする表面解析の重要性を佐藤氏は,類似の事例で説明してくれた.

 SiやMnなどの固溶強化元素を添加した高張力鋼の一見ピカピカに光っている表面を加速電圧20kVのSEM(走査型電子顕微鏡)で見ると図15aように構造が見えているのが,新たに導入した最新の低加速電子顕微鏡で加速電圧を0.5kVに下げて見ると同じ場所が図15bのように変わる.Si,Mnは酸化しやすい元素であって,これ等が表面に濃化して酸化物を形成しているのが見える.低加速電圧観察により,表面設計にとって重要な最表層酸化物の観察が実現したわけである.低加速走査電子顕微鏡技術により,本当の表面とは薄いところでいろいろな構造をしており,それが重要な働きをしているということが明らかになった.

 

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図15 SiやMnの入った高張力鋼の表面 (提供:JFEスチール)

 

 今までは高い電圧にして電子ビームを絞ってきれいな画像を見るのが主流であったが,最近では低い加速電圧でもビームを絞れる技術ができてきている.前半でも述べたJFEのDNAが蠢き,これはすごいということで,導入して使うようになった.例えば,銅のメッシュの上に約40nmの薄いCの膜を乗せた試料であるが,20kV位で見ると上にいるCはほとんど見えない(図16a).電子が深く入って銅のメッシュのみが見える.加速電圧を落とすと段々上のC膜が見えてくるが,3kVではまだ後ろのCuメッシュが見えている(図16b).500Vまで落とすと電子の侵入深さはCの領域に止まるので,このようにCの膜のみが見える(図16c).JAZ®の開発には,こういった表面を見る技術があって,そこから得られた知見を土台にしている.

 

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図16 加速電圧によるSEM像の変化 (提供:JFEスチール)

6.鉄鋼開発における分析・解析技術の今後

 JFEスチールは,TEMによるnanoオーダの組織解析と成分分析結果を駆使してNANOハイテン®を,また極低加速SEMによる最表面層の観察と成分同定結果を元にJAZ®を開発した.共にサイエンスとプロセス・生産技術が両輪となって開発された良い例である.

 NANOハイテン®に限らず求められる鉄製品を実現するには,“この温度でどれくらい圧延させる,また次の温度でどれくらい変形させる,この温度に到達したら一気に冷やす,そして何度で冷却を停止する”といった温度条件と加工条件を組み合わせた機械的・熱的制御が重要である.JFEスチールは,先述のオンリーワン・ナンバーワン技術である「Super-OLAC®」や「HOP®」をはじめとする優れたTMCP(thermo-mechanical controlled processing,加工熱処理技術)[9]を持っているが,これ等のプロセスの中で起こっている事象を把握しさらに発展させるためにも分析・解析技術が一体となって研究していかねばならないと考えている.

 NANOハイテン®を詳しく調べて見ると,析出物のまわりの格子が歪むことでフェライトマトリックスそのものを強くしているようである.析出物のまわりの歪までも詳しく調べる高度な観察・解析技術の開発と活用がこれからの研究課題である.

 また,NANOハイテン®やJAZ®は成形性が良いので,いろいろのところで成型体として実用に供せられるが,使われ方によっては成形時に生じている加工歪が問題になることもある.このような歪の観察による問題解決には,X線や中性子線が力を発揮する.特に厚い鋼板においては空間分解能は劣るが透過力の大きい中性子線が重要になる.理化学研究所が使い勝手の良い小型の中性子線解析装置RANS[10]を開発した.その開発と特に応用研究には自動車メーカや鉄鋼メーカが参画しており,今こういったものがサイエンスの世界から産業界にも入り込んで来つつある.このようなエマージングテクノロジー(萌芽技術)に注目し,いち早く取り入れ活用していくことも重要である.

7.おわりに  鉄の将来

 最後に,「軽くて強くて腐食しないCFRPが航空機の機体に採用され,自動車にも取り入れられるような流れがあるようですが,鉄は将来どうなるのでしょうか?」とやや意地悪な質問をした.これに対し,「自動車メーカさんは,経済性があって良いものであればそれを採用するというフェアーでオープンなお考えです.しかし,自動車が鉄を全く使わなくなることは当分起こらないでしょう」と応えられ,以下のように鉄の将来展望について熱い思いを語られた.

 佐藤氏が留学したケンブリッジ大学のCottrell先生(2012年,92歳で他界)は,日頃またその著書「合金設計における電子論」の中で“Continuing challenge in steel”と言われている.鉄には,①原料が地球上に豊富にあること,②もともと強度が大きいこと,③融点が高いこと,④合金元素を混ぜやすいこと,⑤相変態が起ること,⑥析出があること等の理由から,これからも安価で信頼性のある大量消費材としての地位を持ち続けるであろう.そのためには,鉄が持っているこれらの特性を活かして社会ニーズに応えるため,これまで以上にチャレンジを続けねばならないという意味である.

 鉄にはまだまだ分からないことが多い.NANOハイテン®を開発したが,開発した結果,分かったこと以上に分からないことが多く出てきている.そもそもほんの少しのTi,Mo,Cを入れることでどうしてこんなに特性が変わるのか? 一応前述のように説明はつけているが,原子の並びや歪はどうなっているのか? H,B,C,Nなどの軽い元素は鉄鋼材料の中でどのように振舞っているのか? さらに高レベルのものを開発するためには,これらの本質的な事柄を明らかにしなければならない.まさしくContinuing challenge in steelだと思っている.

 鉄の状態図は複雑で多くの相があるが,これはあくまでも安定な平衡状態を示している.NANOハイテン®を含めあらゆる鉄鋼材料は準安定状態,非平衡状態を活用している.準安定状態といっても,通常の使用環境では微細組織は安定である.このような準安定状態のバリエーションは無限と言ってもよい位多くある.単に元素の組合せではなく,その後の加工の仕方,温度のかけ方,それに加えて表面処理の問題まで入れたら,さらに今まで見たこともないような鉄鋼材料が未だ見出されずにいる.やるべきことはいくらでもあり,これにチャレンジし続けるとのことである.

 JFEスチールが“Continuing challenge in steel”で,NANOハイテン®やJAZ®に続くオンリーワン・ナンバーワン技術・商品を開発されることを楽しみにしている.

参考文献

[1] 日本と世界の粗鋼生産量推移
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/5500.html

[2] 佐藤馨,「鉄鋼材料の先進的設計と最先端解析技術」,鉄鋼科学セミナーテキスト,巻:3,pp.9-16(2013)
[3] NANOハイテン® 大河内記念賞
http://www.jfe-steel.co.jp/release/2011/03/110304_2.html

[4] 船川義正,藤田毅,山田克美,「NANOハイテン®の金属学的特徴と温間成形の適用」,JFE技報,No. 30,pp.1-5(2012)
[5] 有賀珠子,小林聡雄,横田毅,船川義正,瀬戸一洋,田中靖,
「自動車重量軽減によりCO2排出量を削減するナノテク高強度鋼板:NANOハイテンTM」,
第24回先端技術大賞応募論文 http://www.fbi-award.jp/sentan/jusyou/2010/5.pdf

[6] 船川義正,瀬戸一洋,「微細炭化物で析出強化した高強度熱鋼板の強度安定化」,鉄と鋼, Vol. 93,No. 1,p. 49-56( 2007)
[7] W.B. Morrison, "The Influence of small niobium additions on properties of carbon-manganese steels ", J. Iron Steel Inst., vol. 201, pp. 317 (1963)
[8] 第4回ものづくり日本大賞
http://www.jfe-steel.co.jp/release/2012/02/120215.html

[9] 鹿内伸夫,三田尾眞司,遠藤茂,「最近のTMCP による厚板組織制御技術の進展と高性能化」,JFE 技報,No. 18,pp. 1-6(2007)
[10] RANS http://www.youtube.com/watchindex.htmlv=VjGGz-b8noQ
http://news.mynavi.jp/news/2013/09/09/231/
[11] http://www.tms.org/pubs/journals/JOM/9801/Felkins-9801.html
[12] Y. Funakawa, T. Shiozaki, K. Tomita, T. Yamamoto and E. Maeda, "Development of High Strength Hot-rolled Sheet Steel Consisting of Ferrite and Nanometer-sized Carbides", ISIJ International, vol.44,No.11, pp.1945-1951(2004)

 

(真辺 俊勝)

 

 

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