NanotechJapan Bulletin

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<第19回>
富士フイルムのライフイノベーションに向けた挑戦 ~予防・診断から再生医療に展開~
富士フイルム株式会社 再生医療研究所長 吉岡 康弘氏に聞く

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 国際ナノテクノロジー総合展・技術会議(nano tech)は毎年開催され今年2014年は第13回目を迎えた.展示会テーマは第8回以降Green Nanotechnologyであったが,第12回からはLife & Green Nanotechnologyとなった.この展示会で例年注目を集めている出展の一つに富士フイルム株式会社がある.展示会テーマに沿ったその展示内容は,度々展示会の表彰式で受賞をしている.今回の展示会nano tech 2014に於いても,期待に違わない展示を披露し,展示会最終日の表彰式で"ライフナノテクノロジー(最優秀技術賞)賞"を受賞した.受賞理由は「人体の自己再生能力を利用し,再生医療に使う高い安全性と効果を発揮する新素材,新技術を使った小型迅速免疫システムを出展,ライフ分野への積極的な活用を目指す点を賞す」とのことであった.

 東京六本木のミッドタウンにある富士フイルム本社を訪ね,同社執行役員で再生医療研究所長の吉岡 康弘(よしおか やすひろ)氏に,富士フイルムのヘルスケア分野での研究開発戦略,とりわけ最先端の再生医療への取り組みについてお話を伺った.

 

 

 

 

1.富士フイルム株式会社で進む事業の変貌

 富士フイルムの創業は1934年に遡る.当時米国のコダック社から輸入していた映画用カラー写真フィルムを国産化し,国内に産業を育てようという国策の一環としてスタートした.2年後には医療用のX線フィルムを製品として上市している.写真から入って印刷,医療と展開し,さらに磁気材料,液晶材料,半導体材料など,フィルムの技術を活かして新たな機能性材料を創出してきた.また,事業領域もイメージングだけでなく,インフォメーション,ドキュメントへと拡大してきた.しかしながら,2000年を境にして写真のデジタル化の進展により,富士フイルムの事業の中核であったカラー写真フィルムの売上げは2008年には1/10以下に急落し更に減り続ける状況となった.この状況を切り抜けるためには新たに会社の事業の核となる事業分野を開拓しなければならない.そこで浮上したのがライフサイエンス分野である.市場の拡大が期待され,社会的ニーズも強く,富士フイルムとしても進める価値のある分野であるとの判断でこの分野への事業展開を選択した.「やらざるを得なかったんです.やらなければ会社が潰れてしまうかも知れなかったのです.」との吉岡氏の当時を語る言葉に会社としての強い姿勢が窺われた.

 図1は,カラー写真フィルムの需要がピークであった2000年度と事業分野の変革が進んだ2013年度の売り上げの分野別構成比率を示している.2000年度に写真フィルム19%を含むイメージング関係が過半数の54%を占めたのに対し,2013年度には約15%に減少し,写真フィルムは既に1%未満となった.代わってライフサイエンスを含むヘルスケアが16%に成長してきている.連結売上高も大きく成長した.

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図1 事業構成の変化(写真フィルムに代わる新規事業分野が増加)

 

 今,富士フイルムの目指すのは「総合ヘルスケアカンパニー」である.図2に示すように従来から展開してきた医療診断分野に加えて,写真フィルムで蓄積した技術を活用して予防,治療分野へ事業拡大を図っており,予防・診断・治療を総合的にカバーして事業展開を進めている[1].

 

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図2 「総合ヘルスケアカンパニー」として予防・診断・治療の全領域に事業展開

 

 図3に富士フイルムのこのようなヘルスケア分野への展開の経緯を示す.X線フィルムに始まり,画像診断,内視鏡,生化学診断などの診断の分野の事業を長く継続してきていたが,写真フィルムの事業が急落する頃から,新たに機能性化粧品,機能性食品などの予防の分野,更に,医薬品,再生医療・バイオ医療などの治療の分野の開拓を始めている.2006年を第二の創業の年と位置づけ,こうした活動を本格化しており,2013年9月には再生医療研究所を開設している.

 

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図3 ヘルスケア分野への展開の経緯

2.コアー技術を基に医療分野へ挑戦 ~医療診断システムの実用化~

 富士フイルムに於けるカラー写真フィルム技術の開発は,当時市場を独占していたコダック社が技術情報を開示しないことから,全く独自に開発したものである.その知恵と努力は極めて大きな技術蓄積となり,新商品創出の気風と共に,今日の事業展開の力となっていると,吉岡氏は述懐する.

 先に記したように,写真フィルムから展開した各種技術領域を含め,第2の創業以降の社会ニーズの変遷を見通した技術開発の数々の成果は,nano tech国際ナノテクノロジー総合展に出展され,nano tech 2007以来nano tech 2014まで大賞,部門賞合わせて実に6回の表彰を受けている.最新の2014年の受賞では,特に小型迅速免疫システムと再生医療用新素材がハイライトされた.前者は富士フイルムが近年開発に注力してきた免疫診断分野の成果の結実であり,すでに商品展開が始まっており,後者は,第2の創業以来開拓中の治療分野において重点化している技術であり,将来性の高い可能性を実証している.

 先ず,医療診断,取分け近年注力している免疫診断についてみる.この分野では,既に2011年にインフルエンザ診断システム「IMMUNO AG1」を商品化している.これまでインフルエンザ診断に用いられてきたイムノクロマトグラフ法はインフルエンザウイルスに金粒子を含む抗体を結合させ,検出部で金粒子の存在を評価するものであるが,感度が低いのが難点であった.富士フイルムは,写真の現像技術を活かしてこの直径50nmの金粒子を核として,銀を付着させることで約200倍のサイズに増幅し,その存在を検出する手法(図4)で,インフルエンザウイルスの検出感度を一桁以上高めた[2].この装置であれば,ウイルス量が少ない発症初期でも早期診断が実現でき,治療薬の投与による早期治療が可能となるため,市場で高い評価を得ている.

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図4 銀増幅イムノクロマト法の原理

 

 今回展示された動物用小型迅速免疫システムは,最近ペットの高齢化とともに増えている甲状腺機能障害に対処して早期に血液中の甲状腺ホルモン量の異常を検査するものである.この検査手法として表面プラズモン増強蛍光(Surface Plasmon-enhanced Fluorescence:以後SPFと略称)の原理を用い[注],小型で簡便な,動物病院で使用できるシステムを初めて製品化した[3][4].これにより,従来のように血液採取後外部の検査機関へ検査を委託する必要がなく,動物病院で約10分で結果を確認できるという.人と違って言葉をしゃべることができない動物に対しては,その場で正確に診断できる技術はたいへん大きな価値がある.

 

[注] SPF法の原理を図5で説明する.甲状腺から分泌されるホルモンの一種サイロキシン(T4)が検査対象である.Step 1では,検体をT4解離剤を入れたカップに注ぐことにより,T4結合タンパクからT4が解離する.Step 2では,その反応液をT4抗体を持った蛍光粒子を含むカップに注入しStep 1で解離したT4を結合させる.この時,血清中のT4濃度に応じてT4未結合の抗体を持つ蛍光粒子の量が変化する.Step 3では,この反応液を金薄膜表面に送り,金薄膜表面に固定してあるT4標識ウシ血清アルブミン(T4-BSA)と接触させ,T4未結合の抗体を持つ蛍光粒子を金薄膜近傍に拘束する.この金薄膜に裏面からレーザー光を全反射角度以上の最適入射角で照射することにより,金薄膜表面に自由電子の粗密波(表面プラズモン)が共鳴し,金薄膜表面近傍に近接場光が発生する.そのエネルギーを得て,金薄膜表面近傍に捕捉された蛍光粒子から蛍光が発光し,その蛍光強度を測定することで,検体中のT4濃度の変化を測定できる.

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図5 表面プラズモン増強蛍光法のプロセスの説明

 

 表面プラズモン増強蛍光(SPF)法と従来から使われている落射蛍光法との動作機構の違いを図6に示す.両方法とも,甲状腺から分泌されるホルモンT4に対する抗体を持つ蛍光粒子に検体中のT4を反応させた反応液を,予め基板に抗原(T4)を固定した領域に流入させ,前の反応でT4と結合しなかった蛍光粒子をその領域に捕捉し,これにレーザー光を照射して発生する蛍光を検出するものである.違いは,a)落射蛍光法では基板の表面からレーザー光を照射しており,捕捉されていない蛍光粒子にもレーザー光が当り,ノイズの蛍光を発生するので,これを洗浄して除去する必要があった.b)SPF法では基板上に金属薄膜を敷いた上に抗体を固定し,金属薄膜の裏面から最適な角度でレーザー光を照射する.金属表面に起こるプラズモンによって発生する近接場光で,捕捉されている蛍光粒子のみからの蛍光を検出できるので,精度よく蛍光測定ができる.その上,照射するレーザー光の強度も弱めることができ,小型装置が可能となる.

 

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図6 落射蛍光法(従来技術)と表面プラズモン増強蛍光法の動作原理の比較

 

 しかし,これまでSPF法による実用化例が出ていなかった.一つの問題は,捕獲された蛍光粒子が金属薄膜に接近し過ぎて,光による励起エネルギーが蛍光発光に遷移せず金属薄膜に奪われてしまう「金属消光」が起こることであった.富士フイルムは写真フィルムで培った技術で蛍光物質を消光防止層に包む形態の蛍光粒子を設計・開発してこの問題を解決した.もう一つの問題は,レーザー光の入射角度のずれが,得られる蛍光強度のずれに繋がることであった.富士フイルムは,得意とするプラスチックレンズの高精度加工技術で,高精度なプラスチック製プリズムを開発し,これに対応した.この診断システムは2013年11月1日から発売されている.

 以上は1964年以来進めてきた生化学・遺伝子・免疫診断の分野の成果である.次に将来に向けて新たに始めた再生医療について次章以降で紹介する.この分野への参入は,富士フイルムが総合ヘルスケアカンパニーとして事業展開を進めている予防・診断・治療の領域の中で治療という富士フイルムとしては新しい領域への挑戦である.

3.再生医療分野の戦略的開拓の推進

3.1 カラー写真フィルムに濃縮された高度な技術蓄積 ~新分野開拓の宝庫~

 図7はISO 800のカラー写真フィルムの断面構造を説明している.左は現像前の電子顕微鏡写真,右は現像後の光学顕微鏡写真である.イエロー,マゼンタ,シアンの各発色層は,それぞれコラーゲン/ゼラチン,機能性素材粒子,ハロゲン化銀結晶などの素材を含み3~4層で構成され,全体では20層近くの積層となり,約20µmの厚みの感光層が出来上がっている.電子顕微鏡写真で白く広がっているのはハロゲン化銀結晶で,上面から入射する光を吸収できるように平面状に配向されている断面が見えている.分光増感色素を吸着させた感色性のある光吸収体である.小さく白いのもハロゲン化銀であり,光の暗いところから明るいところまで対応できるように形状を制御して積層している.露光後に現像液に浸すことで右の光学顕微鏡写真のように発色する.

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図7 カラー写真フィルムの層構成

 

 図8に露光から現像を経て発色までの化学反応の経過を示す.ハロゲン化銀に光が当たると光還元が起こって,銀のクラスターができる.ここで銀の原子が4個集まると触媒機能を発揮するようになり,潜像ができる.そこで,銀が散らばらずに集中するように,臭化銀結晶の中に一部ヨウ化銀を混ぜで,局所的な歪をおこらせる工夫をしている.この潜像を現像薬で還元することで,銀が分離し,現像液酸化体ができる.この酸化体はアクティブで,フィルム膜中のカップラーと反応して発色色素が出来る.良い色を出すためには,カップラーの設計が重要であり,富士フイルムはこの分子を自在に設計できる技術を持っているという.

 

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図8 カラー写真のケミストリー

 

 このような,写真フィルムの技術の蓄積は,ライフイノベーションに向けた多くのアプリケーションを生み出す宝の山である.例えば,前述の分光増感色素は,光を効率よく吸収するために平面性の高い分子構造を持つように設計されている.そのため,DNAの二重らせんの隙間に入り込めるので,使い方によっては癌細胞のDNA複製を阻害する.抗癌剤として応用できることが分かって,医薬への展開も始まった.また,現像された写真の像は長期放置すると退色する.その原因は紫外線で色素の分子が切れたり,活性酸素で酸化されたりすることである.これは人間の肌に荒れや染みが出来るのと同じ原理である.富士フイルムは写真フィルム用に紫外線や活性酸素に対処する技術を沢山持っているので,これをスキンケア化粧品の分野に適用できる.また,病気の中でも活性酸素が原因のものも多くあり,こうした病気への薬にも役立つ.さらに,フィルムの中には色素や退色防止剤などのナノサイズレベルの微細粒子が散りばめられており,その生成や分散の制御技術のスキルはドラッグデリバリーシステムなどの医薬品分野へ適用している.

 写真フィルムの半分はコラーゲンから成り立っており,富士フイルムはコラーゲンの特性を知り尽くし,その特性を製品に活かす技術を培ってきた.この技術は当然化粧品にも適用されるし,次に紹介する再生医療への展開の主役でもある.

3.2 再生医療分野の「足場」にターゲット ~リコンビナントペプチドの設計~

 再生医療には3つの大きな要素がある.細胞,サイトカイン(細胞が出すタンパクやホルモンなど,細胞間シグナル伝達物質)およびスキャフォールド(細胞外マトリックス),いわゆる「足場」である.細胞は体の中を流れる血液細胞以外はどこかに固定しないと単独では生きて行けない.それを固定するのが足場である.ところで細胞は大学等で,サイトカインは医薬品メーカーなどで研究し尽くすほど多くの研究がなされている.一方,「足場」は材料メーカーが担当すべき分野であるが,これまで十分な研究がなされていない.従って一般には動物由来のコラーゲンやゼラチンを使い感染症やアレルギーのリスクを冒すことになったり,あるいは,ポリ乳酸,ポリグリコール酸などの合成ポリマーを使い,体内で分解して酸を発生するなどの害を蒙ることになる.現状は他に良い足場がないので,やむを得ずこれらが使われている.

 コラーゲンについて多くの経験を持つ富士フイルムはここに目をつけた.足場材料は,細胞を物理的に固定するだけでなく,細胞に信号を送って,増殖を促したり,分化を誘導したりする重要な役割を果たすものである.しかも安全でなければならない.コラーゲンには27種あるが,その中でType-Iコラーゲンがヒトの体内に一番多く存在し,骨,皮膚,角膜,腱などに見られるので,これを細胞外マトリックスの研究開発に採りあげた.

 図9はヒトI型コラーゲンから足場材とするリコンビナントペプチド(RCP:遺伝子組み換えペプチド)を創り出す設計過程を示している.ヒトI型コラーゲンは2本のα1鎖と1本のα2鎖が絡み合った構造となっている.この絡みを解いて,アレルギーを起こす可能性のないα1鎖を取り出し,その鎖の中から細胞に対する吸着力を持つRGD配列(アルギニン,グリシン,アスパラギンの3つのアミノ酸が配列したもの)を含む部分を複数切り出す.切り出された部分の4個を連結し,更にこの連結したものを3つ連結することで12のRGD配列を有する部分的鎖ができる.このように設計されたのがRCPである.

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図9 リコンビナントペプチド(RCP)のアミノ酸配列設計

3.3 リコンビナントペプチド(RCP)の製造と機能性評価[5]

 RCPの製造には遺伝子工学を利用する.設計したRCPの遺伝子配列のDNAを大腸菌プラスミドに組み込んで,酵母の中に入れ,酵母にタンパクを作らせる.その酵母を培養し,酵母が目的のタンパクを細胞外に放出するので,その上澄みを採ることで,純粋のタンパク,即ちRCPを取り出すことができる.

 「こうして出来たRCPが本当に細胞との接着性がよいかは実験して見るまで分からなかった」と吉岡氏は語る.培養皿にRCPをコートしたものと,ウシゼラチンをコートしたものを用意し,それぞれにHUVEC(Human Umbilical Vein Endothelial Cells)細胞を播種して,暫くしてから接着していない細胞を水洗除去したあとの両者を比較した写真を図10に示す.グラフは接着細胞数のデータである.RCPの場合,細胞はひらたく張り付いて,足を伸ばして動こうとしている.この実験で極めて高い接着性が明らかとなった.

 RCPは様々な加工形態が可能である.フィルムや膜,スポンジ,ハイドロゲル,µビーズ,µブロック等であり,多様な製剤(剤型)を開発している.

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図10 RCPの細胞との接着性のウシゼラチンとの比較評価

3.4 RCPスポンジ製剤による細胞の培養および細胞誘導機能の発現[5]

 上述のRCPのスポンジを用いて,これにhMSC(ヒトの骨髄より分離された間葉系幹細胞:単離・増殖が容易)を播種し,3日間培養した結果を,販売されているコラーゲンスポンジの場合と比較した.図11はその顕微鏡写真である.濃い網目はスポンジで,その中にある細かい点は着色された細胞の核である.RCPスポンジの場合はスポンジの中に細胞が詰まっており,細胞にとって親和性がよいことが分かる.

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図11 RCPスポンジ製剤でのhMSC細胞の培養例

 

 次に,ねずみの頭蓋骨に直径5mmの穴をあけ,図12の左下の模式図に示すようにRCPスポンジを砕いた顆粒状のものを詰め,8週間経過後の断面を調べた.写真で骨はピンクに着色されている.図12の右上は穴を開けた状態,図12の右中はなにもせずに放置した場合,図12の右下はRCPを充填した場合である.図12の右中の場合は皮が薄く一枚形成されてはいるが,骨の成長は僅かである.RCPを充填したものは,欠損部全域に骨が再生されている.RCPが周囲の頭蓋骨の細胞を誘導再生させている.このように細胞を含まない足場材だけでも骨が自動的に再生されることが分かった.この過程では,RCPの中に細胞が侵入してくると,その細胞がコラーゲンを分解する酵素を出し,RCPを分解しながら自分が分裂・増殖し,その空間を置き換かえて行くというもので,大変都合よく骨再生が起こっていることになる.

 

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図12 RCPを充填することでのラット頭蓋骨欠損部における骨再生

3.5 大きな組織再生への挑戦[6]

 上述のように,骨や皮があれば足場材だけでも再生できることが分かったが,さらに大きな例えば肝臓のような組織の再生を図る場合を考えて,図13に示すような実験を行った.足場としてPCRの20µm位の顆粒と細胞としてhMSCを混合して細胞の付き難い容器の中で培養すると,RCP細胞塊ができる.この細胞塊を薄く切って染色液でピンクに染めて,顕微鏡で観察した.図下中央部の拡大写真を見ると濃い色のRCPに核だけが濃い細胞が密着している様子が分かる.さらに,複数の細胞塊を接触させて培養すると,細胞塊が増殖した細胞により融合し,一段と大きな細胞の塊となる.その様子は接合部の顕微鏡写真で窺える.通常細胞だけで凝縮させると内部の細胞は栄養も届かないし酸素もないので死んでしまうという.RCPの足場が大きな機能を果たしていることになる.

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図13 RCPモザイク細胞塊の作製

 

 さらに大きな組織再生に挑戦した実験例を図14に示す.染色した断面写真では厚さ1.2mmであるが,5mm位のものも出来ているという.細胞としては,ラット骨格筋芽細胞やラット心筋細胞を用いており,心筋細胞では全細胞が同期して脈動していることが分かった.このように足場材と混ぜた場合でも細胞が同期して動くメカニズムついては,現在詳細に検討中であるが,この現象は広い応用の可能性を示している.

 

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図14 大きな組織再生への挑戦

3.6 移植組織の長期生存に向けて[6]

 次のステップとして,培養した細胞塊が生き物の体内で長期生存する可能性についての検討を行った.やがてヒトの血管になる元の細胞であるhECFC(血管内皮前駆細胞)と前述のhMSCとを組み込んだRCP細胞塊10個位をマウスの腹部の皮膚下に移植し,5日ほど経過した結果を図15の顕微鏡写真に示す.濃い紫はヒトの血管細胞である.隙間があるが円形に血管を形成しつつある様子が窺える.(通常血管には隙間があり,大きな赤血球は漏れ出さないが,血漿成分は漏れ出しリンパ管から回収される.がん細胞や細菌により炎症を起こしたときにはこの隙間が大きくなり白血球が漏れ出し細菌と戦う.)ここで特に注目すべきは濃い赤い塊で,これは赤血球であり,元のRCP細胞塊には含まれておらず,マウスの赤血球ということになる.つまり,移植した組織内に成長したヒトの血管がマウスの血管と繋がり,マウスの血液が移植組織に流れてきている証である.従って,移植組織はマウスの一部として生き続けることができることが判明した.

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図15 RCP細胞塊を移植後の組織の成長を確認

 

 「以上の結果を踏まえ,今後更に,複数種のRCP細胞塊を融合したり小単位RCP細胞塊を3次元に構造化するなどと研究を進化させ,これまで軟骨や心筋などの比較的単純な組織にしか手掛けられなかった再生医療技術を,肝臓や膵臓などの複雑な組織の再生を可能にする技術へ進化させる夢を抱いている」と吉岡氏は語った.

4.再生医療における富士フイルムの技術と今後の産業化に向けた展開

 富士フイルムは,以上に述べた材料技術を基に図16に示すような再生医療に向けた総合的な技術の展開を考えている.

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図16 再生医療における富士フイルムの技術分野の総合的展開

 

 まず,足場技術とその加工技術に新しい価値を生み出していく.その際細胞とサイトカインに関する技術も必要であるので,細胞再生医療材料事業を展開しているバイオベンチャー企業の株式会社ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(J-TEC)とも共同で研究を行っている.更に,富士フイルムの持つ画像技術は,再生医療の適用診断,治療効果の確認手段に使える.これら技術を総合して,細胞培養だけでなく,再生医療の治療までを含めた総合的な仕組み作りを考えている.

 こうした研究開発を事業化して行くためには,技術開発だけでなく法律制度の改正整備も必要になる.こうした観点を含めて,2011年に一般社団法人 再生医療イノベーションフォーラムが設立された.富士フイルムはその中で中心的役割を担っている.このフォーラムの目的は再生医療の産業化であり,再生医療の実用化と普及に向けた活動,再生医療実現に向け産学官の連携強化,および,産業化に向けたバリューチェーンの構築を推進する[7].バリューチェーンとしては,細胞採取,搬送,遺伝子導入,培養,組織形成,搬送,移植等の多くの機能を実現して行くことになり,その周辺での器材,技術等が必要で,裾野の広い総合産業として展開して行くことになる.したがって,現在フォーラムに参加している企業も,機器・装置,化学・材料,バイオ,製薬,再生医療・細胞治療などの他に物流・保険・コンサルトと多岐業種にわたり,80社を超える企業が参加している.これらの企業が力を結集して,経済産業省や厚生労働省と一緒になって再生医療を伸ばしていくという活動をしている.

5.おわりに

 吉岡氏が語る富士フイルムの技術展開は,驚嘆の連続であった.

 先ず最初に,富士フイルムにはカラー写真フィルムに詰め込まれた高度な技術がある.20層近いそれぞれの機能を発揮するように設計された薄層を積層する技術である.その中にはナノ粒子も含まれている.それを巧みな量産技術で,高精度で安価な商品として仕上げてることで,社会に貢献し企業として発展してきた.

 次に感銘したのは,この蓄積された写真フィルム技術から次々とライフイノベーションに繋がるようなアプリケーションが引き出されていることである.nano tech国際ナノテクノロジー総合展で6回も表彰されているのは頷ける.

 続く感嘆は,写真フィルム市場が限りなく0に近づく状況のなかで,遂行された事業イノベーションによる事業変貌の速さと確かさである.しかも売上げ比較では,写真フィルムがピークであった2000年度に対して2013年度では約7割増しとなっている.

 最後の驚嘆は,再生医療の実現に向けて,RCPが次々と新しい機能を発揮し,その適用領域を広めていることである.再生医療の本格化が夢物語から,現実味を帯びて感じられるようになった.

 「富士フイルムの強みは,材料開発に際してµm以下の微細領域まで観察・評価する技術を並行して開発し,得られた結果の内容を十分把握した上で次のステップに進むことで,いわゆる試行錯誤ではない.また,分子設計のスキルを持っているので,計画的に次のステップが踏めることである.」と吉岡氏は語っている.上に述べた驚嘆の数々もこうした富士フイルムの強みに裏打ちされたものと納得した.また,吉岡氏は再生医療に向けたこれまでの研究開発は富士フイルム独自で進めてきたが,今後の実用化に当たっては医療分野組織との協力関係が必須であると述べている.再生医療の本格化の夢が現実になる日が来ることを期待したい.

参考文献

[1] 吉岡康弘,"「富士フイルムが培ってきた写真技術」―化粧品・医薬品・再生医療への展開―",Drug Deliv Syst,Vol. 26, No. 3, p. 280 (2011).
[2] 森幹永,片田順一,知久浩之,中村健太郎,小山田孝嘉,"銀増幅技術による高感度インフルエンザ診断薬の開発",FUJIFILM Research & Development, No. 57, pp. 5-10 (2012).
[3] 富士フイルム メディカル株式会社 ニュ-スリリース"免疫診断システム「IMMUNO AU10V」新発売",2013. 10, 31.
http://fms.fujifilm.co.jp/news/articlenr_131031.html
[4] 松野忠宏,大原智也,小野田歩,中村健太郎,木村俊仁,小松明広,"「富士ドライケムIMMUNO AUカートリッジv-T4」の開発",FUJIFILM RESEARCH & DEVELOPMENT, No.59, pp. 13-17 (2014)
[5] 中村健太郎,高田清人,吉岡康弘,"新規Scaffold:RCP(Recombinant Peptide)の特徴と 応用展開",再生医療,Vol.10, p. 271 (2011).
[6] 富士フイルム株式会社 ニュースリリース"再生医療用のリコンビナントペプチドを用いた,厚さ1mmを超える大きな細胞集合体に血管を形成することに世界で初めて成功",2012.6.11.
http://www.fujifilm.co.jp/corporate/news/articleffnr_0652.html
[7] 吉岡康弘,"再生医療産業化に向けた企業の取り組み",第17回循環器再生医療研究会,p. 8 (2013).

図はいずれも吉岡氏から提供されたものである.

(向井 久和)

 

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