NanotechJapan Bulletin

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<第2回>
量子ドットの実用化と今後の展望 ~誕生から30年を経て~
東京大学 ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構 機構長 荒川 泰彦氏に聞く

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 ナノテクノロジーは量子効果や量子力学と密接に関係する.量子効果が生じるとされる距離の目安はド・ブロイ波長で与えられ,半導体では10nmのオーダーである.電子を3次元方向にこの10nm程度の空間に押し込めるのが量子ドットで,媒質は電子が自由空間にある時と異なった機能を発揮する.量子ドットの概念が提唱されたのは1982年,今から30年前に当る.量子ドットはその実現さえ危ぶまれた時を経て,温度安定性の優れた半導体レーザが企業化され,光と電子の融合から,新しいエネルギー源に向けて発展しようとしている.量子ドット提唱者の一人である,東京大学 ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構 機構長,東京大学生産技術研究所教授の荒川 泰彦(あらかわ やすひこ)氏を東京都目黒区駒場の東京大学生産技術研究所に訪ね,誕生から30年を経た量子ドットの実用化と今後の展望について伺った.


 

 

 

1.量子ドットの着想

 電子が狭い空間に閉じ込められると,その空間に局限された離散的なエネルギー準位をとるようになる.これが量子効果であり,閉じ込められた空間は量子井戸と呼ばれている.図1のように,この二重障壁構造(Double Barrier)が繰返され,半導体超格子(Superlattice)が形成されると,量子井戸間の共鳴トンネリングによって負性抵抗などの新規な特性が生まれることが,1969年に江崎玲於奈氏らによって提唱された.この構造は分子線エピタクシー(MBE)などの薄膜成長で作られる.


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図1 超格子の提案


 1976年には榊 裕之氏(当時,東京大学生産技術研究所助教授,のち同所教授,現在は豊田工業大学学長)により表面超格子が提案された.膜内で自由な電子が,表面のナマコ構造(corrugation)によってもたらされる表面周期ポテンシャルによりその運動が摂動を受け,負性抵抗効果を生じるというものだった.2次元の薄膜が表面コラゲーションによって電子の自由度の次元を下げるので(2-α)次元とされた.さらに1980年に榊氏は,二つの次元の自由度を制限した一次元の量子細線により,不純物散乱の抑制が可能であるため低温で高移動度が期待できることを提唱し,Journal of Applied Physics に掲載されたこの論文の被引用回数は615回に達している.

 その頃は光通信の草分け時代である.これに使う半導体レーザは1970年の室温連続発振によって実用化が進み,InPレーザやDFBレーザの研究が,東工大などにより盛んに行われていたが,InPレーザにおいては閾値電流の温度依存性が大きな問題となっていた.

 丁度この時期,荒川氏は,1980年に東京大学生産技術研究所へ講師として着任し(翌年助教授),それまでの光通信理論の研究を一段落させて,半導体レーザの研究を開始した.その頃,InPレーザの温度依存性の問題に対して,量子井戸レーザや薄膜レーザが米国で提案され,温度依存性の緩和に有利とされた(Bell研,Illinois大学等).レーザの温度依存性はキャリアのエネルギー分布の広がりに依存し,量子井戸では分布の幅が狭くなるので,温度による変化が少なくなるためである.次元の低い方がキャリアのエネルギー分布が狭まり,状態密度は高まる(図2)から,荒川氏と榊氏は0次元にしたら温度依存性が変るだろうと考えた.量子効果の概念は,3次元のすべての次元における量子効果,すなわち半導体における完全量子化,人工原子の概念へと進化することとなる.


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図2 低次元化による状態密度変化


 そこで,図3に示す1982年の量子ドットの提案となった[1].1982年1月19日に投稿された論文で,閾値電流の温度依存性が緩和されることを理論で示し,実験では強磁場で量子効果を生じさせることにより閾値電流の温度依存性が緩和されることを示した.これが最初の量子ドット提唱である.この論文は2300回以上引用されている.この論文表題には,量子ドットという言葉はなく,多次元量子井戸といっている.3次元のすべての方向で運動が抑制されるからである.約1年後,荒川氏は量子箱と命名したが,今では量子ドットの名に落着いている.


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図3 量子ドットの提案と半導体レーザの閾値電流の温度無依存性


 これに対し,量子ドットの提唱はロシアが先だと異を唱える向きもある.A. I. Ekimovらが1981年7月29日に投稿し,ロシアの物理雑誌JETP(Journal of Experimental and Theoretical Physics)で,半導体のCuCl微粒子(数十Å=数nmのナノ粒子)がサイズ効果を示したと報告している.しかし,荒川氏らは1981年3月の応用物理学会で,3軸方向を圧縮した,3次元閉じ込め構造の多次元量子井戸レーザにおいて,閾値電流温度依存性が緩和されることを報告している.この論文は1980年12月に投稿されているから,荒川氏らの提案が先行していたといえる.


2.量子ドットの実現からレーザへ

 1982年の量子ドットの提唱は理論によるものだったが,学界では支持されるどころか,非難された.荒川氏も作るのは難しいと思ったが,そんなものできないといって叩かれもした.理論は次元が下がれば,δ関数で扱えるのでむしろ易しくなる.実験の方は2次元の超格子でも相互拡散が起こるため不安定だったから,0次元まで縮めたら安定になるわけがないとも言われた.その一方やってみようという人もいて,エッチングで作る試みもあった.しかし,リソグラフィで量子ドットを作るのは難しい.加工でダメージも入り易い.このため実験による検証は磁場による量子効果の確認によっていたが,使っているドットは量子ドットと言える大きさにまでなっていない.量子効果による現象であることの確認はPL(フォトルミネッセンス)などでピークの変化を見ていたが,100nmのドットだとバルク材料のバンドと量子化によりバンド間に生じるサブバンドとの差は1meVくらいしかないので判定が難しかった.

 量子ドット生成の確認は1985年,フランスCNETのグループによって行われた.S-K法(Stranski - Krastanov,2次元膜構造が3次元島状構造に変化)による量子ドットの作製である[2].彼等はInAs/GaAs歪み超格子をMBE法で作製しようとした.InAsは高移動度が期待できる.ところが,数十nmの島状の構造になってしまった(図4).InAsとGaAsは格子定数が違い,歪みが生じるので格子欠陥ができ易い.表面を観察した写真に見られた構造は欠陥と見なされ勝ちである.しかし,彼等はこの島状の領域が光を発することを確かめ,コヒーレントな構造ができているとした.論文の最後にはこの種の構造は2次元より低次元の対象物の性質を調べるのによいと記し,量子ドットの生成を示唆している.


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図4 S-K量子ドットの発見


 その後,量子ドットの実現に向け,さまざまな試みが行われ,荒川氏達は1990年にはMOCVDによりSiO2をマスクとし,SiO2のオープン・ウィンドウの中に1µm程度の微結晶配列を作っている[3].GaAsの下地にInGaAsを成長させたもので,図5のようにfacet(結晶面)がよく出ている.尖った先端にGaAs量子ドットを作ろうともした.一方,荒川氏がMOCVDで初めてのS-K法によるInAs量子ドットの実現を報告したのは1994年である.しかし,当時は,10nm程度の量子ドットができていても,確認するのは容易ではなかった.TEM(透過型電子顕微鏡)での観察は高価であり時間もかかるため,金材研(金属材料研究所,物質・材料研機構の前身)に高解像度SEM(走査型電子顕微鏡,当時はオングストロームSEMとも呼ばれていた)が設置されていると聞いてつくばまで出かけて写真を撮ったりしたという.S-K法による量子ドット生成の確認にはフォトルミネッセンス分光の助けが必要だった.これで半導体によってSK成長の起っていることが確かめられた.しかし,粒子はランダムに生成し,歪みによってできているので,ものになるか疑問もあった.2次元でも確かめる手段がない状況だから0次元の構造を確かめることは,AFM等が自由に使える昨今と異なり容易なことではなかった.


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図5 選択成長によるInGaAs/GaAs量子ドットの形成


 1994年にはベルリン工科大学の研究者達がInGaAs量子ドットレーザ作製を試み,レーザ発振を得たと報告した[4].1995年には富士通が自己集合形成により1.3µm-InAs量子ドットレーザを作り,1999年に室温連続動作量子ドットレーザ作製に成功した.2004年には,東大と富士通が共同研究の成果として,温度安定性の優れた1.3µm量子ドットレーザを実現している[5].量子ドットの密度を3.0×1010cm-2から5.9×1010cm-2に高めると,光増幅利得は約2倍となり,量子ドット層5層で35cm-1となった.量子ドット密度の効果を明らかに見て取れる.現在は,8層にして50〜60cm-1の利得が得られている.

 半導体レーザの閾値電流の年次推移(図6)を見ると,バルクレーザは1960年代のGaAs pn接合における100kA/cm2に始まり,二重へテロ構造により1970年には1,000A/cm2を下回った.量子井戸レーザは当初の1975年に数十kA/cm2だったのが,年々低下し,1990年には30A/cm2近くになっている.量子ドットレーザは1994年の2kA/cm2に始まり,2002年には10A/cm2近くまで低下している.レーザ構造における量子ドットレーザの革新は低閾値電流もさることながら,閾値電流の温度依存性がほとんどなくなることにある.しかも,レーザの低コスト生産技術が進んでいるGaAs基板で通信波長帯のレーザを実現することができる.


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図6 半導体レーザの閾値電流密度の進化

3.量子ドットレーザの事業化

 東京大学と富士通研究所,日立製作所,NEC等の産業界は,文部科学省と経済産業省/NEDOの省庁間連携大型国家プロジェクト(文部科学省世界最先端IT国家実現重点研究開発プロジェクト「光・電子デバイス技術の開発」及び経済産業省/NEDOプロジェクト「フォトニックネットワーク技術の開発」)を2002年に開始した.この産学連携プロジェクトにより,2004年には東京大学と富士通研究所との共同研究による1.3µm温度無依存量子ドットレーザの開発に成功した.この成果を元に,2006年に株式会社QDレーザが発足することになった.東大と富士通/富士通研究所の産学連携共同研究による技術発展の成果を活かし,技術の事業化を目的として経済産業省,NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の支援の下に設立された.量子ドットレーザの製造には量産化で価格の下がった可視半導体レーザの技術が使えるのでファウンドリーを利用できる.研究開発の面では,コンカレント型研究開発の実現,ベンチャー企業としての迅速な意志決定,外部資金の活用などの特徴あるアプローチをとった.

 平坦な動作層の両端を反射面として共振器を構成するFP(ファブリペロ)レーザに加えて,回折格子を活性層に沿って設けたDFB(分布帰還型)レーザも実現されている.-10℃〜-85℃の温度範囲で安定な単一モード動作が得られている.10.5Gb/s光伝送実験において,この温度安定DFB量子ドットレーザは-10℃〜-85℃の温度範囲で温度によらない安定したアイダイアグラムを示すことを確かめた.

 1.3µm量子ドットレーザは220℃まで安定に動作する.このため,プラント,自動車,沙漠などで使え,高密度実装も可能になる.主な用途は加入者系光通信である.図7に量子ドットレーザのポートフォリオを示した.加入者系(FTTH)応用では伝送距離によりFP型とDFB型を使い分ける.量子ドットにGaNを用いれば緑の量子ドットレーザになるのでディスプレイ用に展開できる.高温で安定に動作するから,動作時に熱を持つLSIチップの上に搭載して光配線(Optical Interconnect)に適用できる.このような性能・特徴からQDレーザ社の出荷は100万台に達している.多層にするとマルチ波長発光するから,QDレーザ社の量子ドットレーザは波長多重光源にもなり得る.企業化したのは1.3µm量子ドットレーザである.現時点では,量子ドットレーザは1.55µmの波長を使う長距離伝送に向かない.作っても市場が大きくないので力を入れていないとのことだった.


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図7 量子ドットレーザのポートフォリオ


 海外の量子ドットビジネスは意外に少ない.ドイツのベンチャー企業が量子ドットウェーハを作るビジネスを始めたが,ウェーハだけではビジネスにならない.QDレーザ社ではウェーハからレーザチップにし,パッケージ実装して売っている.部品だけでなく,さらに上のシステムにすれば儲けは増える.QDレーザ社はビジネスでも先行したため,量子ドットを用いた素子としては独占状態にある.しかし,加入者系光通信だけでは競争も激しく市場が小さい.このため,光と電子の融合に進むことになる.


4.量子ドットを活かす光電子融合

 量子ドットの次の展開はシリコンフォトニクスへの応用である.近年,フォトニクスはスーパーコンピュータやデータセンターなどのボードや機器間の高速接続に始まり,最近ではマイクロプロセッサ同士やマイクロプロセッサとメモリ間といったチップ間,または,チップ内の光インタコネクト開発の機運にあり,今後必要性が高まり大きな市場となる分野と期待されている.荒川氏は,最先端研究支援開発プログラム(FIRSTプログラム)「フォトニクス・エレクトロニクス融合システム基盤技術開発」において,チップ間インターコネクションを実現するためのシリコン光インターポーザ(光配線を作り込んだシリコンチップ)に搭載し,デモ実証と革新的デバイス開発を産学連携で進めている[6].システム実証としては,伝送容量密度10Tbps/cm2をプロジェクトの目標とし,既に6.6Tbps/cm2を達成している.図8には,システム実証を行った最初のシリコン光インタコネクト集積回路の例を示す.この集積回路では,高密度光チャネル,変調器,光検出器等がCMOS技術で実現されるとともに,レーザ光源アレイも搭載されている.


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図8 シリコン光インターポーザ


 この中で光源が課題である.シリコンフォトニクスだからシリコンで発光できればよいが,まずIII-V半導体を用いる.移動度が高く,キャリア輸送に良く使われるSi-Geで光らせる考えもある.Si-Geでは,キャリア注入によって間接遷移のX-Valleyが一杯になると,電子が直接遷移のΓ-Valleyに入るようになってレーザ発振する.しかし,X-Valleyが一杯になってからの発光だから,閾値電流は高くなってしまう.現時点では,通常の通信用半導体レーザを搭載しているが,量子ドットレーザを本格的に導入できれば,光とシリコンの融合はさらに進む.

 量子ドットレーザの利用は手近な技術だからというのではなく,温度安定性と高温動作を利用できるからだ.量子ドットとシリコンの結合には将来はヘテロエピタキシーかウェーハボンディングを用いる.図9のようにシリコン上にInAs量子ドットレーザを直接融着して閾値電流205mA/cm2で,波長1.3µmの室温発振に成功している[7].FIRSTプログラムでは,シリコン上光配線集積回路にバットジョイント方式で1.3µm量子ドットレーザアレイを搭載し,LSIチップ等の発熱問題が避けられないシリコン光インターポーザにおける量子ドットレーザの優位性を明確にする予定,とのことである.


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図9 直接融着Si上InAs量子ドットレーザ


 量子ドットの研究は,先述の文部科学省と経済産業省/NEDOの省庁間連携大型国家プロジェクトを出発点にして,科学技術振興調整費先端融合領域イノベーション創出プログラム「ナノ量子情報エレクトロニクス研究拠点研究開発(2006〜2015)」から,FIRSTプログラム「フォトニクス・エレクトロニクス融合システム基盤技術開発(2009〜2013)」,さらには経済産業省の未来開拓研究プロジェクトである「超低消費電力型光エレクトロニクス実装システム技術開発(2012〜2022)」に進んでいる.いずれのプロジェクトも荒川氏がプロジェクトリーダを務めている.「超低消費電力型光エレクトロニクス実装システム技術開発」においては,事業化に向けた実装システム技術として,シリコン光インターポーザに量子ドットレーザを本格的に導入する予定である.なお,FIRSTと経済産業省のプロジェクトは「府省連携プロジェクト」として位置付けられている.


5.量子ドット光技術の展開

 次の展開は単一量子ドット発光素子である(図10).数万個の量子ドットが発光し共振器の中に置かれると,量子ドットの光は弱い結合でレーザ発振を起こす.これに対し,一つの量子ドットをフォトン共振器の中に置いて発振させるという夢を持っている.単一量子ドットから単一光子を発生させ,量子そのものを利用し,特性の評価ができるようになるだろう.ナノ共振器との結合により発振特性が変る.


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図10 単一量子ドット発光素子の展開


 そこで,フォトニック結晶と量子ドットの結合を試みた.フォトニック結晶は半導体プロセス技術で作った10µmのすだれ状パターンを互いに垂直に重ね合せて作る.組み立てはプラスチックモデルと同じ要領で,ノッチを付けた部品を組み合せて行く.SEMの中で,静電気力を利用したマイクロマニピュレーションの手法を用いて組立てる.このような手法により世界最高のQ値を有する3次元フォトニック結晶ナノ共振器を実現するとともに,量子ドットの光学利得を利用して,図11に示すように3次元フォトニック結晶ナノ共振器において初めてレーザ発振を実現することができた.


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図11 フォトニック結晶ナノ共振器レーザ


 さらに,単一量子ドットレーザ[8],単一人工原子レーザ[9]の実現に成功し,単一量子ドット,単一光子発生への道を進んでいる.単一量子ドットレーザを初めとする単一量子ドットと閉じ込められた光子との相互作用の実現は,荒川氏が1990年半ば頃から構想していたものであり,遂に同氏の夢が成就したといえる.


6.量子ドットのエネルギー分野への進出

 量子ドットの次の展開は太陽電池への挑戦である[10].実用化されている太陽電池はコスト競争に曝されている.量子ドットレーザによって脱コスト競争市場の開拓を目指す.効率が上がれば,例えば300万円の自動車に20万円の太陽電池を載せたものも買ってもらえるだろう.低コスト化競争からの脱却である.


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図12 中間バンド型太陽電池


 提案されている主な量子ドット太陽電池には,中間バンド型,多励起子生成型,量子ドット接合型,ホットキャリア型がある.図12の中間バンドギャップ型は,量子ドットを導入することにより,バンドギャップの中に中間バンドを形成し,バンドギャップよりエネルギーの小さい光を吸収して光電流を増加させるものである.太陽光スペクトルを複数のバンドギャップで分割して吸収できるため,熱となって失っていた余剰エネルギーを低減できる.中間バンドの数を増やすほど変換効率は向上し,4つの中間バンドで75%の変換効率が期待できる.実験では図13のようにp-GaAsとn-GaAsに挟まれたi-GaAs層中に5層のInAs量子ドット層を設け,1-sun(太陽電池の標準的評価条件,入射光強度100mW/cm2相当)の条件で18.7%の変換効率を達成している.決して高い効率ではないが,量子ドット太陽電池としては最高効率の報告である.


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図13 高効率量子ドット太陽電池


 さらに,量子ドットを線状に積み上げてナノワイヤにすると,横方向が有限なため格子不整合に起因する歪みが横方向では緩和される.格子不整合の材料組合せでもワイヤの直径がある値以下の場合コヒーレント成長が起って,300層以上の無歪み・無転位の近接積層量子ドット構造の成長が可能になる.InAs/GaAs系ナノワイヤ量子ドットで室温において,ナノワイヤ中のInAs量子ドットによる1.20eVのフォトルミネッセンスを観測した.さらに,GaAs基板に垂直にナノワイヤアレイを成長させ,ナノワイヤに共通電極を設けることにより多数並列構造のナノワイヤ中量子ドット太陽電池を作ることができる.

 レーザに比べ太陽電池はさらに難しいデバイス,と荒川氏はいう.レーザは特定の波長で光るから,ともかく量子ドットにキャリアを注入できれば十分である.一方,太陽電池は光電変換デバイスであるから,入射する光に合った特性の量子ドットでないと効率良く吸収してエネルギー変換することができない.しかも入射光の太陽光のスペクトルは自然により与えられている.したがって,太陽光スペクトルに対してトータルとして最も整合した光電変換を実現する量子ドット群を太陽電池に組み込むことが求められる.いうまでもなく生成したキャリアを末端の電極まで導くことも必要になる.こういった課題のため,量子ドット太陽電池の開発にはまだ10年以上の時が必要かも知れない.


7.量子ドットによる科学技術のイノベーション

 量子ドット素子の展開において,量子ドットレーザは完全量子化に立脚した素子として初めて事業化に成功した.今後,量子ドット素子は,単一光子発生素子,量子もつれ(エンタングルメント)素子等,新情報素子や革新的太陽電池への展開も期待される.量子ドットの伝導帯のサブバンド間遷移を用いれば,光検知器を作ることができ,遠赤外線センサへの応用などが期待できるので,産学共同で開発に取組んでいる.また,量子ドットを用いて1.5µm単一光子源を開発し,高感度光検出回路技術との融合により,50kmの量子鍵配付実証実験にも成功している[11].しかし,量子情報技術に使う量子ドットは決して容易ではない.レーザに使う量子ドットはランダムに分布していてもよい.これに対し,エンタングルメントなどを実現する量子情報素子では位置制御も必要となる.

 量子ドットは,レーザ等の高性能かつ極限的性能を有するナノフォトニクス素子,量子情報通信,エネルギー分野へと展開する.荒川氏は"量子・ナノ科学をエンジニアリングに"を標榜して,図14のようなイノベーションロードマップを描いている.


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図14 イノベーションロードマップ


 一方,量子ドット形成・材料技術は,特に太陽電池応用に関しては未だ開発途上にある.均一性,多層化,寸法,密度,位置,品質の完全制御,材料(バンドギャップ)制御,IV族量子ドット開発,有機半導体との融合,ナノワイヤの活用などが望まれる.また,量子ドットによる物性の理解の深化と量子融合によるさらなる展開を期待する.

 量子ドットに関する論文数は,1982年の最初の発表から5年ほどは荒川氏のグループからの論文にほとんど限られていた.1990年に近づく頃から増え始め,1997年に1,000件に達し,その後急増して2012年には6,000件に達している.最近でも年間論文数は増え続けており、今後の発展が大いに期待される.


おわりに

 1982年の量子ドット提案から30年経った.不可能と叩かれた時期を経て,量子ドットの実現,作製,物理の研究,デバイス技術開発により,提案20年後に量子ドットレーザが生まれ,そして今事業化に至った.光と電子の新しい融合の契機ともなる.量子ドットは3次元方向に量子サイズ以下の大きさの媒質として,多彩な機能を発揮し,イノベーションをリードして行くことになろう.期待される機能の実現には多くの課題があるが,これまでの連続的な発展の先に,量子ドットの開拓する大きな未来が開かれている.

 ナノテクノロジーは,計測から始まり,エレクトロニクス,材料と中心が変ってきている.ナノテクノロジーの大きな出口・応用は材料から,デバイス,システムと進むことによって開かれる.量子ドットは原理,材料,デバイス,システムへと進んできた.スーパーコンはシリコンフォトニクスによってのみ可能になるという時代が来たら,量子ドットレーザは不可欠なものになる.量子ドットはナノテクノロジーの出口を見つける役割を担うかも知れないと,荒川氏は期待している.


参考文献

[1] Y. Arakawa and H. Sakaki, "Multidimensional quantum well laser and temperature dependence of the threshold current", Applied Physics Letters, Vol. 40, No. 11, pp. 939-941, (1982).
[2] L. Goldstein, F. Glas, J. Y. Marzin, M. N. Charasse, and G. Le Roux, "Growth by molecular beam epitaxy and characterization of InAs/GaAs strained-layer superlattice", Applied Physics Letters, Vol. 47, No. 10, pp. 1099-1101 (1985).
[3] Y. Nagamune, S. Tsukamoto, M. Nishioka, Y. Arakawa, "Growth process and mechanism of nanometer-scale GaAs dot-structures using MOCVD selective growth", Journal of Crystal Growth , Vol.126, pp.707-717 (1992).
[4] N. Kirstaedter, N. N. Ledentsov, M. Grundmann, D. Bimberg, V. M. Ustimov, .S. S. Ruvimov, M. V. Maximov, P. S. Kop'ev, Zh. I. Alferov, U. Richter, P. Werner, U. Gösele, and J. Heydenreich, "Low threshold, large T0 injection laser emission from InGaAs quantum dots", Electronics Letters, Vol. 30, No. 17, pp. 1416-1417 (1994).
[5] K. Otsubo, N. Hatori, M. Ishida, S. Okumura, T. Akiyama, Y. Nakata, H. Ebe, M. Sugawara and Y. Arakawa, "Temperature-Insensitive Eye-Opening under 10-Gb/s Modulation of 1.3-µm P-Doped Quantum-Dot Lasers without Current Adjustments", Japanese Journal of Applied Physics, Vol. 43, Part 2, No. 8B, pp. L1124-L1126, Express Letter (2004)
[6] Y. Arakawa, T. Nakamura, Y. Urino, and T. Fujita, "Silicon Photonics for Next Generation System Integration Platform", IEEE Communications Magazine, March issue 72 (2013)
[7] Katsuaki Tanabe, Katsuyuki Watanabe & Yasuhiko Arakawa, "III-V/Si hybrid photonic devices by direct fusion bonding", Scientific Reports Vol. 2, Article number: 349 Published 02 April 2012
[8] M. Nomura, N. Kumagai, S. Iwamoto, Y. Ota, and Y. Arakawa, "Photonic crystal nanocavity laser with a single quantum dot gain", Optics Express, Vol. 17, No. 18, pp. 15975-15982 (2009).
[9] M. Nomura, N. Kumagai, S. Iwamoto, Y. Ota, and Y. Arakawa, "Laser oscillation in a strongly coupled single-quantum-dot-nanocavity system", Nature Physics, Vol. 6, pp. 279-283 (2010).
[10] 荒川泰彦,野澤朋宏,田邉克明,"量子ドット太陽電池研究の展開",応用物理 Vol. 81,No. 7,pp. 585-588 (2012).
[11] Kazuya Takemoto, Yoshihiro Nambu, Toshiyuki Miyazawa, Kentaro Wakui, Shinichi Hirose, Tatsuya Usuki, Motomu Takatsu, Naoki Yokoyama, Ken'ichiro Yoshino, Akihisa Tomita, Shinichi Yorozu, Yoshiki Sakuma, and Yasuhiko Arakawa, "Transmission Experiment of Quantum Keys over 50 km Using High-Performance Quantum-Dot Single-Photon Source at 1.5 µm Wavelength", Applied Physics Express Vol. 3, No. 9, (2010) p. 092802 (3 pages).


※図表は図2を除いて全て荒川氏から提供されたものである.

(古寺 博)



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