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<第21回>
再生医療革命をもたらす細胞シート工学の創出
東京女子医科大学教授 先端生命医科学研究所 所長 岡野 光夫氏に聞く

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 人々が安全・安心な生活を営む上で,健康は最大関心事の一つである.日本は,医療の進歩と生活の改善により,世界トップレベルの長寿命社会となった.その一方,不治の難病に苦しみ,身体機能の劣化・欠損により生活の質(Quality of Life,QOL)を保てない人々がいる.21世紀の医療には,治らぬ病を治し,機能を復活させる再生医療によってQOLを高めることが求められる.この21世紀医療に向け,ナノテクを駆使したユニークな細胞シートを発明し,医工連携で再生医療に革命をもたらそうとしている,東京女子医科大学 副学長・教授 先端生命医科学研究所 所長(現 東京女子医科大学 特任教授)岡野 光夫(おかの てるお)氏を,東京都新宿区にある研究所に訪ねた.研究所の入る施設の外壁にはTWInsの文字がある.この施設は東京女子医大病院に隣接し,東京女子医科大学,早稲田大学,それぞれの先端生命医科学研究センターが入って,医学・理学・工学の融合によって生命医科学研究を推進する拠点として設立されている.
(TWIns:東京女子医科大学・早稲田大学連携 先端生命医科学研究教育施設,Tokyo Women's Medical University - Waseda University joint Institution for Advanced Biomedical Sciences)

 

 

 

 

1.21世紀の医療

 先端医療社会のイメージが図1に示されている.従来の医療は,臨床医学を基に,打診や,聴診器を用いた診断を行って,薬を投与する.薬で治らない病変部は外科手術で修復・切除して治療する.すなわち,「目利き」が診断し,「神の手」が外科手術を行っていた.その中で,診断に必要な検査手段は,胸部X線撮影から,血液検査における赤外分光,断層撮影画像(CT),磁気共鳴画像(MRI)など,工学との連携でインフラ整備が進み,ロボットによる外科手術も検討されている.治療では,薬物送達(DDS:ドラッグデリバリーシステム)により治療効果を高める一方,遺伝子治療のような新しい治療法も生まれてきた.DDSではバイオ界面の性質を利用して患部で薬物を放出するなどナノテクノロジーの活用によってナノマシンセラピー,標的治療へと進んでいる.

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図1 21世紀の医療に向けて

 

 進んだ医療技術で治療しても,患者に自然治癒能力がない時は,ペースメーカーのような人工デバイス(装置),腎臓透析のような人工臓器,ドナーから提供された臓器の移植で対応する.しかし,これらの手段は,入院・通院を必要とし,臓器移植ではドナー不足や拒絶反応の問題もある.これに対し,再生治療は培養などで増やした健全な細胞を利用して,機能や体の構造を元の状態に近づけることが可能と考えられている.特に,自分の細胞を使った再生治療は,移植で問題となるドナー不足や免疫抑制剤の長期使用といった問題を避けることができる.組織を健全な細胞で再生させる組織工学(Tissue Engineering)による先端治療は21世紀の医療の一つの姿である.対症療法・医薬品社会から,21世紀の根本治療・再生医療社会へと進化させるためには,新しい技術のインフラが必要となる.

 2012年,iPS細胞で京都大学 山中 伸弥教授がノーベル生理医学賞を受賞した.細胞は,細胞ごとに異なる機能を持ち,ある機能を再生させるには,その機能を持った細胞を用意しなければならない.iPS細胞は所望の機能を持った様々な細胞を創り出せる多能性幹細胞である.しかし,iPS細胞から必要な機能を持った細胞を創り出しても,その細胞を生体組織に移植できなければ,生体臓器の機能再生にはならない.移植を可能にする一つの有力な道が,細胞をシート状に増殖させて再生治療に用いる細胞シート工学である.研究のアプローチとして,生物学が生体や機能を分けて行く分析の方向を採るのに対し,細胞シート工学は組み上げの方向を採る.細胞シート工学は積み上げて高機能を実現することにより再生治療に革新をもたらすことを狙っている.岡野氏は細胞シート工学の創始者として,平成17年に第2回江崎玲於奈賞を受賞している.業績名は「ナノバイオインターフェース設計による細胞シート工学の創生」である.岡野氏は,細胞シートによる再生医療への取組みの状況を東京女子医大誌に紹介し[1],また,多くの人にその取組みや展望,意義を知らせる解説書を出版している[2].

2.細胞シートの基本-ナノテクノロジーによる高分子のインテリジェント表面

 細胞シート工学の具体的な話に入る前に,岡野氏は,ナノテクノロジーをどう考えるか次のように話された.

 ナノテクノロジーは,原子,分子といった小さいものを扱い,原子,分子から大きいものを組み上げて機能を持たせる方向と,逆に,大きいものを削って小さいものを作る方向があり,両方をうまく組み合わせることにこの技術の粋がある.従来の生物学は,生物を臓器,細胞,分子と分けて行く.これに対し,分子,細胞から臓器を組み上げる逆の行き方がある.分子から組み上げて大きくして行くのと,大きいものを削ってものを作るのとの境をそれぞれの限界の領域で,ナノテクノロジーを使って埋めることは極めて重要である.従来のサイエンスのカバーできない領域をつなぐのがナノテクで,トップダウンとボトムアップの両方を理解しなければならないから,技術の融合が不可欠になる.ナノテク技術は縦割りの技術に横串を通すことができる.細胞シート工学はナノテクノロジーによって生まれ,その展開にはナノテクの特徴が随所に見られる.従来の生物学が分析中心であったのに対し,細胞から細胞シートを作り,さらに組織・臓器を作る下からの積み上げによる機能発現を狙っている.その典型的な例が細胞シート工学である.

 細胞シートを作製する技術を模式的に図2に示す.その原理は以下の通りである.

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図2 温度変化で脱着する細胞シート

 

 細胞を培養で増やして治療に使う細胞治療は,失われた生体機能を再生させる治療として期待されてきた.増やした細胞を治療に使うには培養皿から剥離・回収しなければならない.培養された細胞はフィブロネクチンなどの接着タンパク質で培養皿表面に着いている.このため,剥離・回収にはトリプシンなどのタンパク質分解酵素を利用して,培養皿との接着を切る.この剥離・回収の際に,接着タンパク質が分解されてしまうだけでなく,細胞膜上の主要なタンパク質も破壊してしまう.接着タンパク質のない細胞は機能が低下し,相手の組織に結合されず,主要なタンパク質も失われているから,治療効果が少ない.

 ところが,細胞は疎水性(水をはじく)の高分子には着くが,親水性(水に濡れ易い)の高分子には着き難いという性質を持っている.培養皿には,表面をプラズマ処理して適度な疎水性を持たせたポリスチレンを使う.親水性の材料の表面を処理して陸地にあたるところを疎水性,海にあたるところを親水性のままにした地図を作り,その上に血管の内皮細胞をのせると,細胞は疎水性の領域に集まるから疎水性の細胞で地図を描くことができる.そこで,増殖した細胞の着いている培養皿の表面を,外からの信号で陸地から親水性の海の状態に変え,細胞の着く状態から着かない状態にできれば細胞を培養皿から剥がせるのではないかと考えた.このようなインテリジェントな表面を設計し,作製した.

 その結果,ポリイソプロピルアクリルアミド[poly (N-isopropylacrylamide), PIPAAm]という温度応答性高分子に着目し,この高分子をナノレベルで表面に均一に固定すると,37℃で疎水性,20℃で親水性になる.この高分子の温度応答における下限臨界温度は32℃だから,水中の高分子は32℃以下で水和し,32℃以上で脱水和して沈殿する.培養皿の培地の上に,20nmの厚さ(細胞は20µm程度だから,その1/1000)でPIPAAmを固定し,37℃で疎水性になった表面で細胞を培養すると,例えば2mm角の細胞組織が数cmのシャーレ一杯に広がった細胞シートになる.この37℃で培養した細胞シートは,温度を下げるとPIPAAmが親水性に変わるので,培養でできた細胞シートとPIPAAmの間に水が入って行き,細胞シートを剥がすことができる.PIPAAmの表面は温度に応答して接着,分離の機能を変えるインテリジェント表面になっている.

 インテリジェント表面で培養して作られた細胞シートは,タンパク質分解酵素を使うことなく,温度変化だけで剥離・回収しているので,細胞シートの片面を接着タンパク質が覆っている.すなわち,この細胞シートは片面に糊の着いたスコッチテープのようなもので,生体の組織に貼付けてその機能を損なうことなく移植することができる.細胞を増やしたい時は培養表面を細胞が着くようにし,剥がしたい時には細胞が着かない培養表面にするというナノテクノロジーの利用である.細胞シートは接着タンパク質によって生体組織の欠損部と繋がり,生体組織の上で細胞が増えて組織が再生したり,周囲の細胞を刺激して組織再生する.さらに,細胞シートを重ね,積層化することによって三次元組織を作ることも可能になり,組織から臓器に展開できる.

 酵素でバラバラにした細胞ではできなかったことを細胞シートでやろうとしている.細胞シートは先端医療のプラットフォームになる.培養する表面をどううまく作るかにナノテクノロジーが巧みに利用されている.この研究を進めるには医学と工学の双方の知識が必要になる.

3.細胞シートによる人体の再生治療

 細胞シートによる人体の再生治療を行うまでには多くのステップを踏む必要がある.最初は分子のレベルでの反応や機能の検討から始まり,分子が集まってできる細胞へと進む.細胞を組織にし,先ずラットなどの小動物で試す.犬や豚のような,より大きな動物で確認されたら人に適用するが,その前に臨床前試験がある.人に適用する臨床研究までには多くの段階を超えねばならないので,長い時間がかかることになる.着手から10年以上かかることも多い.

 細胞としては,拒絶反応の恐れのないよう,自分の細胞を使うことから始めた.この場合,疾患部分の細胞は壊れているから,どこか別の部分の健常細胞を培養して使うことになる.異なる機能を持った組織の細胞で代用しようというのだから,どこでもよいと言うことにはならない.体の中のどの組織の細胞が適合するか探すことになる.次には培養して,細胞シートを作り,さらに組織にまで研究を展開させる.どのように培養するか,組織に育てるか,細胞の機能は発揮できるか,先ず試験管や,シャーレで試す.In vitro(生体外)試験である.次に,ラットなどの小動物で確かめ,犬や豚などの大動物で試した上で,人間に施術することになる.多大な労力と粘り強い研究の後に人に適用する臨床研究に到達する.これまでに,人に対する細胞シート治療は,角膜,食道,歯根膜,心臓,軟骨の5つで行うことができた.

 以下にはその実例のいくつかを示す.

3.1 眼の角膜の再生

 ウィルスや細菌感染,酸やアルカリによる障害などで角膜の上皮幹細胞が障害されると,結膜が表面を覆い透明性がなくなり,移植しなければ視力が回復しないようになる.1990年代後半から大阪大学眼科との共同研究を進め,2003年に角膜上皮細胞欠損の患者に対する細胞シート再生治療を行った.

 研究は,患者のどの部分の細胞を使ったら治療に使える細胞シートが作れるか,から始まった.片目が健全な患者なら,健全な眼の角膜上皮細胞を利用できるが,両目の角膜上皮細胞を失った患者の場合には増殖の種になる角膜上皮細胞を患者本人から採ることはできない.行き着いたのは患者本人の口腔粘膜の上皮細胞だった.これは多くの兎を使った動物実験で,口腔粘膜の上皮細胞を増殖させた細胞シートを眼に移植すると,角膜上皮組織に近い状態に分化し,機能することが分ったからである.

 患者の口の粘膜から採った細胞は2週間培養するとシート状になり,温度を下げると細胞シートを取出せる.眼の悪い患者の,角膜上皮細胞が欠損して濁っている角膜表面の結膜組織を外科的に除去し,その後に細胞シートを貼ると術後1ヶ月で角膜が透明になった.細胞には接着タンパクが付いているから,人体の組織に貼り付き,人体の上で増殖した結果,角膜が再生した(図3).

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図3 細胞シートによる角膜再生治療

 

 現在このような再生治療は,医師が自分で作ったシートなら,医師法の下で行える.治療する医師以外のものが作った細胞シートは薬物扱いとなり,日本の薬事法では使用が許されない.そこで,岡野氏は,日本では医師と協力して角膜治療を行う一方,セルシードというベンチャー企業を作り,フランスでの眼の角膜治療に細胞シートを役立てている.口の細胞を使った細胞シートによる眼の治療は,日本で30,フランスで26の治療例が実績として積み上がっている.

3.2 食道癌内視鏡手術後の狭窄回避

 食道癌の治療では首,胸,腹の3ヶ所を切る手術が普通で,2~3ヶ月の入院が必要になる.これに対し,癌細胞が組織の奥までは浸透せず,粘膜上皮にだけ限定している時は,最近,内視鏡により,のどを切らずに手術(ESD, endoscopic submucosal dissection,内視鏡的粘膜下層剥離術)できるようになった.口から内視鏡を入れればよく,メスで首,胸,腹を切ることはないから患者の負担は少ない.しかし,癌のできた表面の上皮組織をぐるりととるので,むき出しになった下の組織が炎症を起こす.このため,食道が狭くなる狭窄が起り,水や食物が通り難くなる.

 そこで患者自身の口から採った口腔粘膜上皮細胞を培養し,細胞シートにして,むき出しになった下の組織に貼ると,上皮組織が再生する.炎症が起らず,狭窄が止まり,治癒が進む(図4).人体に適用する前には,犬の口腔粘膜を培養して作製した細胞シートを,上皮細胞を切除した豚の食道に貼って,貼り方を探り,貼った後の効果を確認している.眼の角膜のように外から細胞シートを貼ることはできない.特に,のどの全周に細胞シートを貼るのは難しい.そこで,しぼんだ状態のゴム製バルーンの表面に細胞シートを貼り,長い器具の先端に風船を取り付けて患部に送り込んだ上で空気を入れて風船を膨らませる方法をとった.これにより細胞シートをのどの全面に貼ることができた.

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図4 食道癌手術後の狭窄回避

 

 この治療は東京女子医大の臨床研究で,既に10人の患者に適用されている.また,スウェーデンのカロリンスカ病院とも連携し,同病院でこの治療を7人の患者に適用して効果を挙げている.食道癌手術後の再生治療は長崎大学でも行っている.長崎大で新たに細胞シートの設備を作るのではなく,採取した細胞を東京女子医大で細胞シートにして,長崎大に戻して手術に使う.手術に使うには細胞シートの無菌を担保しなければならないので,東京女子医大のセルプロセシングセンターにおいて,無菌状態を保証するプロセス(GMP, Good manufacturing practice)によって作ることにより,達成している.

 食道全周に貼るため,バルーンを用いるという移植ツールを開発したが,食道癌に限らず,細胞シートを使った再生医療のために,細胞シートを取り扱うツールも用意する必要があるが,ツールの開発には工学のエンジニアの貢献が不可欠である.

3.3 歯周病治療に歯根膜再生

 歯周病は40歳以上の人の70%が罹っているという.80歳で自分の歯が20本以上あると長生きするというが,大抵は入れ歯になってしまう.歯は歯根膜に支えられて,歯茎にしっかり植わっている.歯根膜が損傷を受けて再生能力を失うと,歯茎が下がる.歯周病により,強い炎症を起こすと,歯の周りの歯槽骨が溶け出し,遂には歯が抜けてしまう.

 これに対しては,親知らず(第三大臼歯)の歯根膜から歯周靭帯の幹細胞を採り,増やして細胞シートにして歯に貼付けた.β-TCP(β-リン酸三カルシウム)を主成分とする骨補填材を入れて歯茎との間に埋込む.歯と歯根膜の間に安定な界面ができるので歯槽骨を伴う歯周組織が再生することが確かめられた(図5).この再生治療は着手から10数年もかかって,ようやく口腔外科で使えるようになった.新しい治療法は,小動物から始め,大動物を経て人に適用する.先ずラットを使った移植実験で,歯周靭帯や骨の再生を確認し,犬から豚へと進んで治療効果を確かめた.さらにラットにより,培養した歯根膜が癌化しないことを確かめる前臨床試験などを経て,人に適用する臨床研究が認められた.

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図5 歯根膜細胞シート移植による歯周組織の再生

3.4 すり減った膝の軟骨の再生

 膝の軟骨がすり減ると痛くて歩けなくなる.コラーゲンの中に細胞を入れる再生治療があるが元通りにならない.これに2~3週間培養した細胞シートを使うとすぐに治り,1年後もきちんと埋込まれていることを動物実験で確かめた.細胞シートだと強い硝子軟骨ができるので荷重にも強い(図6).

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図6 軟骨再生治療

 

 体育の先生が左膝の靭帯を20年前に切り,本格治療せずに騙し騙ししていたが,膝の状態が悪化して階段の昇り降りも難しいという膝関節症になった.X線で観ると,軟骨がすり減り,骨まで削れてなくなっていた.そこで支障のないところから軟骨を採り,細胞を抜いて培養して細胞シートにした.軟骨のなくなったところに貼ると,増殖因子のサイトカインが出て栄養成分となり,骨髄細胞が増殖して骨の再生が進む.その後,シート自体が軟骨に変る.手術後3ヶ月で再生していることをX線で確認できた.人体の中でも荷重に強い膝の軟骨が作れることが分かった.

3.5 心筋の再生治療で人工心臓を不要に

 2007年には心臓病に細胞シートを適用した.阪大にBNP(brain natriuretic peptide,心室で合成・分泌されるホルモン)が1000以上の心筋症患者が2006年から入院していた.心筋細胞の機能低下によって心臓の収縮力が低下して心室が拡張する拡張性心筋症である.心臓の収縮力が低下して血液を送り出す力が弱まっているので,死に至る恐れがある.体外に人工心臓を付けると,BNPは下がるが正常値までは回復しない.心臓移植が必要と診断されたが,人工心臓を付けたまま1年半経っても,ドナーは見つからなかった.そこで,この患者の大腿部から採った筋肉の細胞を培養して,細胞シートによる再生治療を行った.太腿の筋肉から採って治療に使う細胞は「筋芽細胞」と呼ばれるもので,機能の低下した筋肉組織を修復する働きがある.この働きは大腿筋だけでなく,心筋にも同じように作用する.そこで7年かけて開発してきた細胞シート技術を適用した.厚さ約0.1mm,直径約3.5cmの細胞シートを作り,胸を開いて心臓に貼ると,健康な筋芽細胞と心臓は一体化する.移植された細胞シートは構造と機能が保持されているので,毛細血管を誘導して周囲組織を修復するサイトカイン新生因子を出し続け,筋肉が成長する.手術から3ヶ月後には心臓の収縮力が上がり,7ヶ月で回復して,人工心臓を外せた(図7).患者は2年入院していたのに,歩いて退院できるまでに回復した.その後1年間追跡して副作用のないことも確認している.この患者は手術から5年後の再生医療学会に出て来て元気な日常生活を送っていることを話し,多くの人が細胞シート治療効果を確認することになった.

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図7 心筋の再生治療

 

 この治療法は2007年から約20人の患者に適用し,十数人の患者で治療効果が認められたので,2012年から治験に入った.東京女子医大,東大,阪大が治験に加わっている.細胞の培養はテルモが担当する.今は自分の細胞を使っているが,治験が終われば他人の筋芽細胞で作った細胞シートも使えるようになる.10年以上前になるが,培養した細胞を酵素で切り取って心臓に注射する治療がフランスで行われたが,100億円掛けて治験まで行ったのに,死亡例が出た.接着タンパク質がないため,移植した細胞が90%以上流れてしまうので治療効果が少なかったためであった.わが国の細胞シート技術はこれを凌駕するものであり,大きな期待が寄せられている.

4.細胞シート技術の展開 - 積層化から3次元の臓器へ

4.1 細胞シートを積層して血管を通す

 細胞シートを用いた再生治療の次には,厚い組織を作ることに進んでいる.厚い組織が作れれば,臓器を作ることも見えて来るとの考えである.

 先ず,ラットの心筋細胞を増殖して作ったシートを2枚重ねた.重ねた時は,それぞれの細胞シートが別々に拍動しているが,30分くらい経つと同期して動くようになる.二つの細胞シートが一つの組織になり始めたことを示している.隣り合った細胞の細胞膜にあるコネキシンというタンパク質がコネクソンを形成し,二つの細胞の電気的結合を生起するギャップジャンクションができるためである.細胞シートは培養後に必要なタンパクを失うことなく脱着ができていることによる.1年くらいは重ねた細胞シートがin vitroで動いていた.酵素で剥離した細胞ではできない動きである.

 シートを3枚,厚さ約100µmまで重ねた心筋は,シャーレの中で拍動するだけでなく,ラットの皮下に移植しても,ラットの寿命が来るまで動き続けた.心筋を移植したラットは心臓と移植した心筋の2つの心電図を示す.移植した心筋には毛細血管が伸びて,血管が入り込んでいた.この血管から栄養分が供給されるため心筋が生き続けられた.

 しかし,シートを3枚以上重ねると,細胞が生き続けるのに必要な酸素と栄養分は,貼付けた面まで入って行けないので,血管ができる前にシートの下の細胞が壊死する.そこで,心筋細胞と血管内皮細胞を一緒に培養(共培養)して細胞シートを作った.培養中に毛細血管のような血管細胞のネットワークが出来上がる.これをラットの背中に貼ると,血管細胞が毛細血管になって,4~5時間でラットの血管と繋がる.3枚のシートを重ねてラットに移植し,1日経って血管が繋がったら,また3枚のシートを移植する.3層,6層,9層と順に繋いで行くと3層を10回重ねて,厚い組織ができても動いていた.

 この多段階移植を患者の皮下で行って厚い組織を作製することはできないので,実験室内の培養液の流れている培養システム(血管床,Vascular Bed)の上で培養を試みた.血液の代りに培養液を流す還流培養装置を作り,血管に見立てた流路基板の上で共培養細胞シートを培養する.3枚重ねの共培養細胞シート内の毛細血管と基板内の流路が繋がり細胞シートの組織内に培養液が流れるようになり,毛細血管が成長して血管ができる.血管ができるのを待って次の3枚を重ねると重ねたシートにも血管が通るようになる(図8).このように細胞シートを重ねて行くやり方は2013年にin vitro vascular networkとしてNature Communicationsに発表した[3].

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図8 血管挿入による多層細胞シート培養(endothelial cell: 内皮細胞,cardiac cell: 心細胞)

 

4.2 3次元の臓器に向けて膵臓,肝臓への細胞シート適用

 3層ずつ細胞シートを重ねることは心臓の心筋細胞で行ったが,膵臓,肝臓に展開できる.肝臓は数百種類のタンパクを作っているが,どれ一つ作れなくなっても重篤な病気になってしまう.血友病は,肝臓が第Ⅷ血液凝固因子を作れなくなるのが原因の病気である.血友病の患者は第Ⅷ血液凝固因子を週2回の注射で補うから,年に600万円の注射代がかかる.血友病患者は世界に20万人いるから,肝臓機能の再生ができれば,年間1兆2000億円の注射代が節約できる.

 血友病の患者の肝臓は,第Ⅷ血液凝固因子を作れないだけで,残りの99.9%は働いているから,健全なところはそのまま残し,別に第Ⅷ血液凝固因子を作れる小さい肝臓を細胞シートで皮下に作れば,欠けた機能を補えると考えた.一部機能が欠けた元の肝臓と,元の肝臓では欠けてしまった機能を持った小さい肝臓の,2つの肝臓を体内に持たせることになる.2007年に,この考えで行った生体内試験をNature Medicineで発表した[4].マウスの肝臓細胞が人のタンパクを出すように遺伝子操作し,肝細胞シートを皮下に入れると,αアンチトリプシンという人のタンパクを血中に出し続けさせられる.そこで,シャーレ内で遺伝子治療した細胞を細胞シートにしてマウスに与えると必要な因子を出し続ける.2枚の細胞シートを移植すると2倍のタンパクを出す.遺伝子疾患患者からから採った細胞に第Ⅷ血液凝固因子が出るような遺伝子操作した細胞シートを移植すれば,第Ⅷ血液凝固因子を血中に出し続けられるだろう(図9).

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図9 自己細胞を用いた肝臓再生医療コンセプト

 

 肝臓と同様に,小さい膵臓を別に作ればインスリン依存型のⅠ型糖尿病も治せると考えた.生活習慣が原因のⅡ型糖尿病は食事制限や運動によって血糖値が改善されるのでインスリンに依存する疾病ではない.ところが,Ⅰ型はなんらかの原因で膵臓のβ細胞が機能しなくなるため,日常的にインスリンを補充しなければならない.Ⅰ型糖尿病は子供に多いので,インスリン注射を毎日,一日3回の食前に打っている子がいる.子供はその先何十年も不便な生活を強いられる.インスリンはグルコース値が高くなった時に自然に出ているが,その作成と制御を行うβ細胞が傷むとグルコース調整機能が失われ,高血糖が続くと死に至ることもある.β細胞は肝臓の中でも機能するので,移植の難しい膵臓を避けて,健常な膵臓細胞を肝臓に移植したが,他人の細胞のためか,機能がすぐに劣化する.そこで,健康なマウスの膵臓から採ったβ細胞を増殖して細胞シートを作り,糖尿病になったマウスに移植する実験を行ったところ,移植したシートが患者マウスの皮下に定着し,インスリンを出し続けることが確認できた.患者が自己免疫疾患でない場合は,本人の幹細胞から膵臓のβ細胞を作り,細胞シートにして安定に移植することにより,インスリン不足による高血糖症は治せると思っていると岡野氏は語った.

5.再生医療の普及,拡大に向けて

5.1 臓器ファクトリー

 平成21年度に始まった5年間の内閣府 最先端研究開発支援(FIRST)プログラムにおいて岡野氏が中心研究者となって,研究課題「再生医療産業化に向けたシステムインテグレーション-臓器ファクトリーの創生-」が進められた.FIRSTプログラムは2,700億円を30人の研究者に与える予定だったので,臓器工場と組織工場を作る計画だったという.ところが事業仕分けで一人35億円に減額された.そこで組織工場だけをTWInsの1階に作った.CSTOF(Cell Sheet Based Tissue & Organ Factory)と名付け,その中に組織ファクトリーと臓器ファクトリーを設けた.前者では組織工場として細胞シートの自動生産システムを構築する.後者では,ヒトiPS細胞の大量培養,ヒトiPS細胞からの心筋細胞量産,細胞シートへの血管付与など,臓器創製に向けた基盤技術の確立を図るものである.

 組織ファクトリーは高品質で安定した細胞シートの大量供給を目指すものである.患者本人から組織を採取し,その組織から細胞を取出し,取出した細胞の培養,細胞シート作製,細胞シート積層化を行い,積層した組織というハードと共に,患者に移植する技術・手法というソフトを付け加えて,世界中の病院に提供する.

 通常のセルプロセッシングセンター(CPC)には清浄度クラス100の培養室が三つ設けられ,クラス10,000の準備室二つを通って培養室に入る.最初の準備室で除菌し,作業者が二つの準備室のそれぞれで着替えることによって無菌を保証し,異物混入を避けている.問題は,一つの培養室で二人の患者の細胞を扱うことはできないことだった.そこで培養室の代りに小さい箱を作ってその中でロボット操作により培養を行おうとしている.さらに,作業を全自動化し,各工程をモジュール化する.原材料搬出入,細胞播種,初代培養,継代培養,最終培養のインキュベータ,細胞播種培地交換,細胞シート積層化,の各モジュールを通って搬送モジュールから搬出される.例えば,培地交換モジュールでは細胞を専用の培養皿に入れ,培養液を自動交換する.1個のモジュールに60個の培養皿がある.モジュールごとの受け渡しにはパスボックスを利用する.培養皿の上に可動部分がないようにして汚染防止に努めている(図10).

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図10 細胞シート自動生産システム「組織ファクトリー」の開発コンセプト

 

 臓器ファクトリーでは,患者の失われた機能を回復させる組織や臓器を作って移植する未来の技術を開発する.どの細胞にもなれるiPS細胞(人工多能性幹細胞)を細胞ソースとし,これを大量培養して心筋細胞などに変換し,細胞シートに血管を導入しながら厚い組織にし,機能を補完する器官・臓器を作製して,患者の臓器修復に提供するための基盤技術確立を図っている.

 従来は病院の横に培養室をおいていたが,組織工場で纏めて供給するようにする.1ヶ所で作って多数の病院に供給する.1ヶ所に人を集中させて研究開発を行い,大量に作ることによって技術は進歩するからである.当初は自分の細胞を使う「オートロガス:自家」から始めるが,他人の細胞から細胞シートを作る「アロジェミック:他家」に展開する.他人のものでどこまで治せるか調べているところである.患者の細胞は損傷しているから,健全な他人の細胞を培養して誰にでも使えるようにする必要がある.細胞シートを各病院が買えるようになれば,細胞シートは薬のように誰でも,どこでも使えるようになる.しかし使えるといっても,食道狭窄を回避しようと細胞シートを均一に貼るには,バルーンを用いたツールが必要だった.このため,種々の細胞シート移植用デバイスを企業と共同で開発している(図11).

 

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図11 細胞シート移植用デバイス

 

 以上のように,様々な細胞シート技術,周辺技術の開発を行って,組織ファクトリーから世界中の病院へ出荷するのは5~10年後と期待している.臓器ファクトリーにおける機能を補完する器官・臓器の作製,大量供給,適用疾患の拡大は20~30年後と想定している.

 

5.2 再生治療適用拡大の環境づくり

 細胞シート再生治療は多くの器官・臓器への適用が試みられてきた.難治性疾患や障害に苦しむ患者の救済に向けた細胞シート再生治療の適用拡大のイメージを図12に示した.対象により,基礎研究レベルから治験レベルまで適用段階は異なるが,輸送技術,移植デバイスの開発を経て,患者救済に至る.

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図12 細胞シート再生治療の適用拡大

 

 細胞シートを生産して患者に適用するには,認可が必要になる.細胞シートは生体細胞を培養して作られるので,合成・抽出によって作る薬とは違うが,医療行為に使われるものだから,細胞シートによる再生医療は薬事法の下で行うことになる.しかし,薬事法は不特定多数の患者に投与する薬が対象だから認可の条件が厳しい.再生医療は特定の患者を対象とし,その患者を治すことを目的として行われる.違った性格のものを同じ法律で管理しようとしていた.これに対し,「再生医療等安全性確保法(再生医療新法)」が2013年11月に成立したので,再生医療のような新しいことがやりやすくなるのではないかと,岡野氏は期待する.一つの薬を作るのに1,000億円では済まず,2,000億円かかるようになり,新薬を作るのが難しくなっている.多種多様の疾病が出ている中で20世紀と同じ方法ではやっていけない.20世紀の対症治療から,21世紀の根本治療に向け,再生治療をどう使うかが重要になる.治験—認可—治療と進むのが普通だが,再生治療は一度に沢山の治療をするものではないから,条件付き認可を途中に挟むことになるかもしれない.新法の下で,再生医療普及への環境作りを進めることになる.

 再生治療のような新しいことをやる上の困難は,日本におけるリスクに対する考え方にも由来する.日本では規制と製造物責任が厳しいので,身体に使うものの製造はリスクが高いといって産業界はなかなかやらなかった.このため,例えばペースメーカーは日本で作っていない.日本で使うペースメーカーはアメリカ製が中心になっている.アメリカでは,効果は大きいがリスクのあるものに対し,製造物責任をはずすこともあり,リスクを採って失敗した人への支援もある.サイエンスは前例のないことをやるのが役割であるが,一方,行政は前例を重んじて安全第一になりがちである.未来のためにサイエンスを伸ばし,新しいことをやる人を支援するような環境が求められる.

5.3 理工医融合,細胞シート工学の創出

 細胞シート工学は,外部条件によって細胞が「着く/着かない」と変化するインテリジェント表面を作るナノテクノロジーから生まれた.細胞シート工学はエンジニアと医師が一体になって進めている.先端生命医科学研究所はそのために組織した融合研究所である.東京女子医大病院と隣接し,同じ建物の壁の向こうには早稲田大学理工学部があり,容易に往き来できる.TWInsには民間企業も入ってプログラムに参加している.

 21世紀はハイブリッドの時代である.ハイブリッドカーはエンジンとエレクトロニクスのハイブリッドで,iPhoneはパソコンと電話のハイブリッドである.ハイブリッド化は技術の融合によって可能となり,そのキーポイントになるのがナノテクノロジーである.ナノテクを介して異分野が融合し,新しい仕組みが作られる.

 再生治療の研究をしているところは他にもあるが,先端生命医科学研究所は人の再生医療に細胞シートを適用することで先頭を走っている.軟骨再生で先行した人もいたが,硬くてよい軟骨はできなかった.心臓の細胞治療を注射でやった人はいたが,成功しなかった.注射しても結合タンパク質がないので90%以上が流れてしまった.それが,細胞シート移植で可能になった.次々に世界初の成功を生み,多くの特許を生み出している.

 先端生命医科学研究所では,医学と理学や工学,医学の中でも外科とか循環器科といった各科が一緒にやっている.治らなかったものを治るようにする,これまでは非常識だったような再生医療をやるには,新しい行き方が必要になる.ものづくりが叫ばれるが,部品作りだけでは済まない.ペースメーカーの値段は大量の部品からなる自動車とほぼ同程度の価格である.「治療」によるQOLの改善効果の価値をきちんと評価する必要がある.眼の見えない人の眼が見えるようになったら人生は変わる.再生医療はQOLを高める.医療費は年に38兆円かかっているから50兆円の税収の大部分を使っている.治療の価値を認め,ナノテクノロジーを入れて,医療が産業として成立つようにするのが望ましい.FIRSTで理医工融合,産学連携を進め,組織工場を構築して産業化の道を作った.FIRSTの後の医療系研究開発は日本版NIH(National Institute of Health, 米国の医科学研究を統括・推進する国立衛生研究所)として文科省,厚労省,経産省が一緒にになって推進しようとしている.早期に計画が具体化し,21世紀の医療に向けて,細胞シート工学の創出による,再生医療革命・産業化の実現が望まれる.

おわりに

 細胞シート工学は,温度によって特性を変えるインテリジェント高分子表面の研究から始まった.このナノスケール高分子表面の上で増殖した細胞シートは臓器と細胞が結合するのに必要なタンパク質を損なうことなく取出せるので従来の細胞治療に比べ治療効果が格段に高い.試験管内の生体外実験から,大小の動物による生体内実験,臨床前試験を経て行われた臨床研究で数々の臓器再生の実績が積まれている.細胞シートの製造や取扱には精密電子工業並みの仕組みが必要とされ,その研究に医工融合,産学連携は不可欠の要素となる.共同研究は国内の遠隔地に止まらず,外国とも行われている.研究環境改善の下に,細胞シート工学による再生医療の革新が進み,対症療法から根本治療へ,医薬品から再生治療へと,21世紀の医療が発展し,未来の健康で安心な社会が実現することを期待したい.

参考文献

[1] 岡野光夫,“先端医療研究の実現に向けて―再生医療創出拠点に向けた取組み,第79回東京女子医科大学学会総会 シンポジウム「東京女子医科大学の臨床研究への取組み—東京女子医科大学病因臨床研究支援センター設立にあたって—」”,東女医大誌,Vol. 83, No. 3, pp. 181-186 (2013)
[2] 岡野光夫,“細胞シートの奇跡—人はどこまで再生治療できるのか—”,祥伝社発行,平成24年2月10日.
[3] Hidekazu Sekine, Tatsuya Shimizu, Katsuhisa Sakaguchi, Izumi Dobashi, Masanori Wada, Masayuki Yamato, Eiji Kobayashi, Mitsuo Umezu, and Teruo Okano, "In vitro fabrication of functional three-dimensional tissues with perfusable blood vessels", Nature Communications, Vol, 4, Article number: 1399 doi: 10.1038/ncomms2403; Published 29 January 2013.
[4] Kazuo Ohashi, Takashi Yokoyama, Masayuki Yamato, Hiroyuki Kuge, Hiromichi Kanehiro, Masahiro Tsutsumi, Toshihiro Amanuma, Hiroo Iwata, Joseph Yang, Teruo Okano, and Yoshiyuki Nakajima, "Engineering functional two- and three-dimensional liver systems in vivo using hepatic tissue sheets", Nature Medicine, Vol. 13, No. 7, pp. 880-885 (2007)

図表はいずれも岡野氏から提供されたものである.

(古寺 博)

 

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