NanotechJapan Bulletin

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<第22回>
ニッポン高度紙の大面積無機/有機ハイブリッド膜製造技術 ~触媒膜,分子フィルター,電解質膜等への応用展開~
ニッポン高度紙工業株式会社 新材料開発室長 澤 春夫氏に聞く

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はじめに

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 水素燃料電池自動車は排出するのがクリーンな水のみであるため究極のエコカーと言われているが,低コスト化が進まず普及に時間を要している.その主な原因は燃料電池に使用される電解質膜と触媒が高価格なことにある.ニッポン高度紙工業株式会社は,12年前から全く新しい素材による,高性能・低コストでライフサイクルを通して環境に優しい電解質膜の開発に挑戦し,「無機/有機ナノハイブリッド膜(iO-brane™)」を商品化した.その成果を2014年の国際ナノテクノロジー展・総合技術会議のnano tech 2014に出展し,nano tech大賞2014 新人賞に選ばれた.受賞理由は「無機材料の耐熱性と有機材料の柔軟性を兼ね備えた大面積の無機/有機ハイブリッド膜の製造技術を開発.この膜は触媒膜や分子フィルター,電解質膜など様々な分野への応用展開が期待できる点を賞す.」である.受賞理由にあるようにiO-brane™は燃料電池用電解質膜のみならず金属ナノ粒子触媒膜や分子フィルター等多方面への応用展開が進められている.

 このiO-brane™の着想から研究開発・商品化までを進めてこられたニッポン高度紙工業株式会社 新材料開発室長 澤 春夫(さわ はるお)氏を,日本一の清流といわれる仁淀川(によど)河畔の本社・工場(高知県高知市春野町)に訪問し,iO-brane™の開発経緯,技術内容と今後の展開等についてお伺いした.

 

1.無機/有機ハイブリッド膜(iO-brane™)開発の背景

1.1 ニッポン高度紙工業の生い立ち:薬の煎じ袋からコンデンサセパレータのトップメーカへ

 ニッポン高度紙工業(以下,NKK)は和紙の製造メーカである.土佐和紙が日本史に最初に登場するのは,927年醍醐天皇の命によって編纂された「延喜式」であり,“土佐の国の紙を献納した”との記録がある.また,930年に土佐の国司として入国した紀貫之によって製紙業が奨励されたとも伝えられている.このように古くから土佐の国(高知県)で紙の製造が行われた背景には,温暖であるうえに雨が多く,紙の原料となるコウゾやミツマタの生育に適した土佐の恵まれた気候風土があった.とりわけNKKの本社・工場がある高知市春野町・伊野町周辺一帯は自生するコウゾの繊維が細くて丈夫だったことに加え,地域を流れる清流仁淀川から製紙に必須の多量の清水を使用できる利点に恵まれてきた.

 1000年後の昭和の時代になって,この和紙にビスコース液をコートし,酸で固定した“水に良く馴染むが水に溶けない紙:ビスコース加工紙”が発明され,漢方薬用の“煎じ袋”として広く使用されるようになった.その後ビスコース加工紙は「高度紙」と名付けられ,その製造販売を目的として1941年にNKKが設立された.そして,高度紙の優れた保液性と強度特性が電解コンデンサーのセパレータに適していることが分かり,当時の海軍のレーダ用コンデンサーに採用され,以降,「電解コンデンサー用セパレータ」がNKKの主流製品となり,さらに各種電池のセパレータとして用途拡大がなされて今日に至っている.NKKの電解コンデンサー用セパレータの国内シェアは95%,世界シェアは60%以上である.高知県内にある本社・工場(高知市春野町),安芸工場(安芸市),南国工場(南国市)の3工場で生産してきたが,南海トラフ大地震の津波に襲われる恐れを考慮し2012年に鳥取県・米子にも工場を建設し,製品の顧客への安定供給に備えている(図1)[1].

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図1 ニッポン高度紙工業の概要

1.2 製品の多角化:燃料電池用電解質膜開発に着手

 従業員は434名,2012年度の売上は約120億円で,売上の約80%がコンデンサ用セパレータである.これに次ぐのが,電池用セパレータであるが,事業基盤を多角化する必要性から約12年前に燃料電池用電解質膜の開発に着手した.澤氏はこの開発のために入社した.初めの3年間は一人で,高知県人のおおらかな雰囲気の中で,雑事に振り回されることなく研究に没頭することができたとのことである.

2.燃料電池用電解質膜の開発[2][3]

2.1 開発目標とアプローチの設定

1)開発目標

 研究開発に着手した12年前は,燃料電池の開発がブームであった.この燃料電池の電解質膜としては当時既にDuPont社のNafion®が主流となっていた.澤氏は研究開発着手に当たって次の目標を掲げた.

①素材は世の中にない新しいものとし,かつ安価であること
②電解質膜のライフサイクルを通して環境に優しいこと
③紙の製造会社のコアコンピタンスが活かされること

である.

 これらの目標は,主流の座にあるNafion®が抱えている課題の裏返しでもあった.即ち,①については,今もってNafion®の価格は,少量購入時約16万円/m2,ロールでの大量購入時でも約4万円/m2である.自動車用には電解質膜が約10m2/台必要であり,電解質膜だけで40万円のコストになってしまう.車のエンジンの価格が約12万円であることから,燃料電池自動車普及のためには,電解質膜は2万円以内にすべきと言われている.即ち2,000円/m2以下である.これを新しい材料と製法で達成しようというものである(図2).

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図2 燃料電池用電解質膜の課題-低価格化

 

 ②についてはNafion®にはその成分としてフッ素(F)が入っており,使い終わった電解質膜の処分を環境面で難しくしている現実がある.即ち,燃やすとフッ化水素(HF)が発生し,健康面以外に金属や硝子をも腐食する問題もある.フッ素を含まない素材を用い,ライフサイクルを通じて環境に優しい製品とする必要がある(図3).

 

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図3 燃料電池用電解質膜の課題-環境問題

 

 ③については,製紙会社の独自技術である水系プロセスにこだわりがあり,総ての合成を水系で行うことを狙った.溶剤としては有機系より水系の方が環境によい.製造上でも環境問題を起さない水を使う製造プロセスにするということである.

2)要求される特性と材料の選定:無機/有機ナノハイブリッド化

 燃料電池用電解質には,①高いプロトン(H+)イオン導電性に加え表1の性質の欄にしめすように ②耐ラジカル性と ③耐酸化性が求められる.燃料電池で電解質膜の置かれている環境は強い酸化雰囲気でかつラジカルが多く発生するからである.さらに,④耐酸・耐アルカリ性,⑤耐有機溶媒性,⑥耐熱性,⑦ガスバリア性,⑧耐圧縮性,⑨柔軟性等が求められる.⑦のガスバリア性は,燃料電池では燃料ガスの水素と酸化剤の酸素(空気)とが直接接触しないように分けておかねばならないがそのための重要な特性である.また⑨の柔軟性は,分子に自由度があって初めてプロトン(水素イオン)が動けるのであって大切である.

表1 有機ポリマーと無機酸化物のハイブリット化

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 有機ポリマーは,本来酸化やラジカル攻撃に特に弱い素材であって,普通のものでは酸化やラジカルの攻撃に耐えられない.従って,有機ポリマーの範疇で電解質膜の材料を考えると特殊なフッ素系材料を使用するしかなく自ずと高価となってしまい,またフッ素による環境の問題が生じる原因ともなる.さらには高温作動化を意図した場合にも,有機ポリマーはもともと耐熱性の低い素材であることがネックとなる.その他の要求される性質についても満足できないが,唯一柔軟性だけは満足している.この柔軟であることは,セグメント運動など分子の運動が活発であることを示しており,プロトン伝導性を発現するのに必須の特性であり,また割れることなく薄い膜にできる大きな長所でもある.

 一方,無機酸化物は表1に示されるようにラジカル耐性,耐酸化性等の化学的安定性などほとんどの点で燃料電池用電解質膜材料として優れており,従って特別なものを使用する必要がなく,低コスト化が実現し得る可能性があるが,唯一柔軟性だけが足りない.柔軟でないことは,薄い膜に加工することができず,また分子運動が限定されおり,高いプロトン伝導性が期待できない一大欠点である.

 このような関係から,澤氏は「有機ポリマーと無機酸化物をハイブリッド化するアプローチ」による目標達成に挑戦することにした.

2.2 無機/有機ナノハイブリッド膜の合成

 澤氏は,入社後数週間で以上のような考えを纏め,そしてシャーレ内の原理的実験で目的とするハイブリッド膜が合成できることを確かめた.しかし,これをA4サイズにするのに数年,そして50cm幅の長尺ものにするのに長い時間を必要とした.後述するように先例の無い素材構成,プロセス,特性であるので,特許化[4]も学術論文掲載[2]もスムースに進めることができたとのことである.

 開発品は,「無機/有機ナノハイブリッド膜(iO-brane™)と命名された.“iO”は I norganic / O rganic Nano-Hybrid Membranesからであるが,これに木星の衛星イオ(IO)をかけてある.ガリレオが発見して地球が全ての中心ではないことを示した,科学上の 概念の変革 の意を込めている.また,“brane”は超ひも理論の ブレーンワールド の意を込めている.

1)合成法[3]

 合成法は図4に示すように至って簡単である.出発原料として無機酸化物にNa2WO4(タングステン酸ナトリウム),有機ポリマーにPVA(ポリビニールアルコール)を用いる例で説明する.

①ビーカにPVAとNa2WO4との混合水溶液を作る.
②これに,HCl(塩酸)を加えて中和する.
③これを,平面上に垂らし広げて膜にする.
④次いで,加熱して膜中の水分を蒸発させることによってiO-brane™を得る.

とシンプルである.

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図4 iO-brane™の合成法

 

2)合成のメカニズム[5]

 このナノハイブリッド化のメカニズムを図5に示す.

①まず原料溶液の時点で両者は分子レベルで混ぜ合わさった状態となる.PVAとNa2WO4との混合水溶液中には,PVAのOH基とWO4-2イオンとNa+イオンが存在する(図5左).
②ここに,HClが加えられ中和されるとNa2WO4はH2WO4(タングステン酸)分子に変化するが,発生期の小さなレベルのH2WO4は非常に不安定で活性が高い(図5中).
③近傍にPVAが存在すると,そのOH基と脱水縮合により化学結合し,ナノハイブリッド化し,その分散液ができる.この結合反応は発生期のH2WO4が生成した直後の短時間内で起こる(図5右上).
④PVAが存在しなかったり,また発生期のH2WO4がPVAのOH基に会合のチャンスを失えば,H+(WO4)nH+の大きな塊ができるだけでナノハイブリッド化は達成されない.タングステン酸どうしが結合して大きく成長してしまったものは,安定で不活性であるためPVAとは結合せず,沈殿する(図5右下).すなわち,チャンスは一度きりであり,タングステン酸ができ始めるその瞬間を捉えてPVAと結合させなければならない.

 このようにしてナノハイブリッド化で無機酸化物とPVAが結合してできた分散液は通常のキャスティング法で成膜され,加熱して膜中の水分を蒸発すると,ハイブリッド化合物どうしはさらに結合し,強固な膜となる.

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図5 ナノハイブリッド化のメカニズム

 

 この膜を電解質膜として使うと,ナノハイブリッド化した“-WO4H+”イオンや“-(WO4)2H+”イオンがH+イオン導電性を担う.また,これに用いる無機酸化物の粒径は1nmサイズ近辺である必要がある.大きいとただの混合物になり,小さすぎると無機物の特性が出ないことになる.有機ポリマーとしてはPVA以外のものでもよいが,PVAは1)洗濯糊にも使用される非常に安価な汎用ポリマーであり,2)無機酸化物との結合の手となる水酸基を持ち,3)親水性が高く,4)有機ポリマー中最もガスバリア性に優れることなどの理由で選択された.膜は柔軟性があり,膜中の無機酸化物の大きさはナノレベルであるため透明である.後述するようにこのナノハイブリッド化によってPVAの性質は大幅に変わる.

 このようにしてできたiO-brane™は“進化型高度紙”ともいえる.即ち,高度紙のセルロース繊維がPVAに置き換わり,ビスコース処理によるセルロース繊維同士の結合強化が無機酸化物イオンを介した結合に換わった.使用する溶媒は水でありこれも高度紙と同じあり環境に優しい.

3.iO-brane™の特性[5]

 ナノハイブリッド化により作られたiO-brane™は以下のような有用な諸特性を示す.

3.1 耐熱水性,耐酸・耐アルカリ性

 表1に示したように有機ポリマーには,耐酸・アルカリ性,耐有機溶媒性に問題があった.PVAは水に溶けるが,PVAと無機酸化物のナノハイブリッド化によって形成されたiO-brane™は圧力鍋で120℃にしても全く溶けない.強酸,強アルカリで煮ても溶解しない.また,ほとんどの有機溶媒にも溶けない(極性の大きい例えばプロピレンカーボネートの溶媒には馴染む).このように何にも溶解しないので,分析ができず困ることもあるとのことである.しかし,高度紙と同様,水には全く溶けないが水に良く馴染む.プロトン導電伝導上必要な吸水が充分出来るので,燃料電池用電解質にとって好ましい.

 iO-brane™の中では,全OH基の内の数%が無機酸化物と結合するとこのように水に溶けなくなるが,これは結合した内の何割かが例えば“-(WO4)2-”のような形でPVA繊維を架橋しているからである.残っているOH基が水とのなじみを良くしている.

3.2 耐熱性

 タングステン酸とPVAの組合せで形成されているW/PVA iO-brane™の空気中での熱分析結果を図6に示す.WO3重量%の異なる材料についての結果である.PVAのみでは200℃位から発熱がみられ酸化が始まっていることが分かる.一方,WO3の含有量が27重量%のW/PVA iO-brane™は,350℃まで発熱を示さず安定である.無機酸化物とのナノハイブリッド化で,PVAの耐熱性,耐酸化性が大幅に向上している.

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図6 W/PVA iO-brane™の耐熱性,耐酸化性

3.3 ガスバリア性

 Nafion®はガスの透過が少なく,ガス透過係数はO2に対して2×10-9cc・cm/(cm2・s・cmHg),N2に対して3×10-9cc・cm/(cm2・s・cmHg)だが,iO-brane™はさらにその1/10以下という高いバリア性を示す(図7).このため燃料電池の電解質膜としては薄くできその結果電気抵抗を下げられるので燃料電池の出力を高められる.さらに膜が薄膜であれば,発電反応の結果陽極で生成した少量の水で膜全体を常に潤すことができるので,これにより加湿器を省略することができる.そして,酸素と水素が直接混じり合うことを完全に防げる.即ちクロスリ-クがなくなり発電効率の向上につながる.また,燃料電池では電解質膜を透過したガスがラジカルの発生原因となるので,バリア性がいいということはラジカル発生も少なく長寿命化につながる.

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図7 iO-brane™のガスバリア性

3.4 ラジカル耐性

 燃料電池の電解質膜としてはラジカル耐性が重要である.燃料電池の動作でラジカルが発生し,電解質膜が破壊されてしまう.フェントン溶液(過酸化水素H2O2と塩化鉄FeCl2の溶液)中での質量変化を見るフェントンテストは,過酸化水素が溶液から離脱する時のラジカル発生があるのでラジカル耐性をみる加速試験である.この試験を行うと,ポリエーテルエーテルケトン(s-PEEK)のような炭化水素系膜は数時間で破壊されて溶けてしまう(図8).W/PVA iO-brane™は,15時間での重量%低下は数%に過ぎずラジカル耐性の大きいことが分かる.膜の寿命はガスのバリア性とラジカル耐性で決まり,iO-brane™はどちらも優れている.iO-brane™のラジカル耐性が何故大きいのかの理由はまだ明らかではないが,澤氏は以下のように推定している:「従来のフッ素系ポリマーの骨格部分(主鎖部分)と,無機/有機ナノハイブリッド膜分子の骨格部分の構造を模式的に示すと図8の右のようになる.フッ素系ポリマーは炭素―炭素鎖にサイズが大きくかつ電子吸引性の強いフッ素が結合しているのに対し,ナノハイブリッドiO-brane™も炭素―炭素鎖に電子吸引性の酸素を多数持つ大きな無機酸化物ナノクラスターが結合しており(図中のOに囲まれたMは金属),両者の構造には共通点がある.ラジカル耐性を得るためにフッ素系ポリマーはフッ素原子を使用し,ナノハイブリッド膜では無機酸化物ナノクラスターを使用したと言えよう.また,フッ素系が100℃付近にガラス転移点を持ち,耐熱性が低いのに対して,ナノハイブリッド膜が200℃以上でも耐えるのは,フッ素は架橋ができないが,無機酸化物ナノクラスターは架橋ができる(図8右下)ためであり,これがラジカル耐性の向上につながっている.」

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図8 iO-brane™のラジカル耐性

3.5 燃料電池特性

 iO-brane™のプロトン導電性は,固体酸であるH2WO4を導入することによってプロトン解離部分が導入され発現しており,その電気伝導度はNafion®と同程度の1×10-1S/cmである.燃料電池特性は,Nafion®膜(厚さ50µm)を使った時の最大電力密度が約700mW/cm2であるのに対し,厚さ32µmのiO-brane™では約1,000mW/cm2,厚さをさらに薄い14µmにすると約1,500mW/cm2と共にNafion®より出力は高い(図9).薄くするほどイオン伝導の膜抵抗値が小さくなるので,出力は上がる.しかし薄くしすぎるとその取扱が難しくなる.「薄いiO-brane™を使いこなすためには,それに合わせて燃料電池の構成を工夫する必要がある.燃料電池の構成については燃料電池メーカごとに異なるので,iO-brane™を広く使って頂くためには,電池メーカとの情報交換や共同作業がこれから重要になる」と澤氏はユーザとの連携の重要性を強調された.

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図9 iO-brane™を用いた燃料電池の発電特性

 

 家庭用コジェネレーションシステムとして拡がりつつある「エネファーム」の燃料電池では,有機ポリマー固体電解質の代わりにイットリウム安定化酸化ジルコニウム系の無機酸化物固体電解質(Y2O3-ZrO2)を使い高温動作を目指す動きもある.このような家庭向けでは衝撃がないので脆い無機固体電解質が使えるが,自動車ではかなり大きい衝撃の問題があるから無機固体電解質は使い難い.逆に,iO-brane™はエネファームの領域に参入できるポテンシャルも持っている.

4.iO-brane™の応用展開

 燃料電池は市場の成長はまだゆっくりとしていると言わざるを得ない.そこで,オリジナルな材料の無機/有機ハイブリッド材(iO-brane™)の燃料電池以外への応用展開を進めた.幾つかの例を以下に紹介する.

4.1 水電解膜

 一つは水を電気分解して水素を造る時の膜への応用である.水素製造における水の電解プラントはアルカリ電解型である.iO-brane™は水同様にアルカリ電解液を吸わせることができ,かつガスを通さないのでこの用途に適している(図10).ヨーロッパでは,風力発電や太陽光発電で得た電力を水素という物質に変換してエネルギーを蓄えようとする動きが盛んになっている.P2G(Power to Gas)である.このためアルカリ型水電解が始まった.エネルギーを水素の形で蓄えておき,必要な時に燃料電池を作動させる.更に,この水素(H2)と炭酸ガス(CO2)からメタン(CH4)を合成する動きもある.メタンは液化しやすいのでガス体である水素より扱いやすいエネルギー物質である.ドイツではこのようにして合成されたメタンを都市ガスとして既に使っているとのことである.

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図10 iO-brane™の応用:アルカリ電解膜(水の電気分解による水素製造)

4.2 触媒膜

1)Pd@iO-brane™

 次の展開例は触媒への利用である.金属ナノ粒子触媒膜を作って,有機合成,医薬品製造の触媒にする.iO-brane™の中でPd粒子を生成させる.Pdのサイズは1nm程度で,ハイブリッド膜の中にどのように入っているかは明らかでないが安定に入っている(この触媒をPd@iO-brane™と命名:図11)[6][7].

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図11 iO-brane™中にPdナノ粒子を担持したPd@iO-brane™触媒膜

 

 この触媒の特徴は,

①従来のカーボンに担持したPd/C触媒は使用中にPdが脱離して反応生成物に混じってしまう.Pd@iO-brane™ではこのようなことは起こらない.
②膜状であるため反応液からの回収が容易であり,脱離による損失がないので繰返し使用しても触媒性能は変らない.
③しかも,Pd@iO-brane™は250℃に耐える耐熱性があるので被毒物質を加熱して除去することができる場合もある.
④触媒反応は通常は表面に露出している触媒活性点でのみで進行するが,Pd@iO-brane™触媒は溶媒で膨潤するので反応物質が溶媒と共に膜中に入り込むことができ,膜中にあるPdも触媒として働く.即ち,触媒作用が従来の二次元から三次元になり反応速度が向上する(図12).
⑤Pd/C触媒は空気中に曝すと燃えるが,Pd@iO-brane™触媒は燃えにくい.
⑥更にPd@iO-brane™触媒には,反応選択性を示し,反応を所定のところで止めることができる(図13:図中の点線枠内の化合物が高い選択性で生成する).例えば,図中3番目の4-phenyl-buten-2-oneの水素化反応では,C=C結合の水素化反応のみが選択的に起こり,99%以上の選択性で点線内に示す4-phenyl-butan-2-oneが生成する.「大学の先生方からは,この特性がPd@iO-brane™触媒の最も良いところだと言われ,多くのところで使って頂いている.その内,この触媒を使った研究成果が次々と発表されるのを楽しみにしている」と澤氏は言う.なお,Pd以外の触媒機能を持つ金属(M)を担持することもできる.用途に応じて色々なM@iO-brane™触媒を計画中とのことである.

 

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図12 三次元活性を示すPd@iO-brane™触媒膜


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図13 水素化反応で選択性を示すPd@iO-brane™触媒膜

 

2)金属錯体担持iO-brane™触媒膜:立体選択性触媒膜

 医薬品の合成には高度な立体選択性を要求される場合が多く,その際不斉配位子を持つ金属錯体触媒が使用される.これらの金属錯体触媒は極めて高価であるにもかかわらず,反応溶液に溶解して使用するものであるため,回収再利用が容易ではない.NKKはイタリア国立研究所ICCOM(有機金属化学研究所)の協力を得て,これらの金属錯体触媒をiO-brane™に固定した立体選択性触媒膜を開発した[8][9](図14).この膜も上記Pd@iO-brane™触媒膜同様,金属錯体は膜内部にも固定されており,反応溶液が膜内部まで入り込むことによって,表面のみならず膜内部でも反応が起こる.この技術によって金属錯体触媒のリサイクル性は格段に高くなり,大幅なコスト軽減が可能になった.

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図14 金属錯体担持iO-brane™触媒膜

4.3 分子フィルター

 開発中のものに,分子フィルターがある.海水淡水化などに使う限界ろ過膜(Ultrafiltration Membrane, UF).逆浸透膜(Reverse Osmosis, RO)への応用である.水を吸うということは水が通るということでもある.有機ポリマーのネットワークに無機酸化物が入って結合するとナノメートルサイズの空隙ができる.この空隙に水が入り,空隙を渡って通り抜けることができる.無機酸化物の種類と架橋密度によって空隙の大きさを変えることができるから,種々の分子用のフィルターを作ることができる(図15).フィルターの孔サイズと使用条件を含む顧客要求に,入れる無機酸化物や架橋密度をコントロールすることで対応できる.

 iO-brane™は耐酸化性,耐熱性が高いため,オゾン処理や高温スチーム処理によってファウリング(目詰まり)を防止することができる.

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図15 iO-brane™による分子フィルター

5.課題と今後の展望

 12年かけて仕上げたiO-brane™は,当初掲げた11の目標(①先例のない素材で安価,②ライフサイクルを通して環境に優しい,③高プロトンイオン導電性,④耐ラジカル性,⑤耐酸化性,⑥耐酸・耐アルカリ性,⑦耐有機溶媒性,⑧耐熱性,⑨ガスバリヤー性,⑩耐圧縮性,⑪柔軟性)を達成している.そして燃料電池用電解質膜だけではなく,水電解膜,触媒膜,分離膜(分子フィルター)へ応用展開することができている.

 燃料電池用電解質膜での課題は,多くの顧客がそれぞれに提示する要求仕様にどう応えるかである.日本国内の燃料電池メーカ,それに沢山ある欧米のMEA(Membrane and Electrode Assembly)メーカーそれぞれが自社の設計・製造プロセスに合うものを要求してくるから要求項目(仕様)は大変な数になる.上記した11の項目以外のこと,例えばある顧客は「製造プロセスで大きな張力をかけるのでこの点を改良しろ,ただしプロトン導電上膜厚はある数値以下に保つこと」等を要求して来よう.これに対し澤氏は「顧客の要求を満足するバランスのとれた製品をいち早く供給するようにしたい.そのためには,一にも二にも顧客との意思疎通を良くすることである.顧客のご要求は拝聴するが,時には素材メーカが考える取り扱い法を提案するなどで,連携を深めることである.そうしている内に業界標準の仕様が出来上がることを期待したい」と語られた.

 また澤氏は,「応用開発品の触媒,水電解膜,分離膜(分子フィルター)では,iO-brane™の特徴が発揮されており将来が楽しみであるが,ここにも燃料電池用電解質膜の場合と同じ課題がある.それぞれの顧客がそれぞれの違った用途を考えているから,要求事項は燃料電池用電解質膜の場合より多くなる.この場合も顧客との意思疎通を良くし,顧客ニーズをいち早く捉え,素材メーカとして前進することである.」と語られた.

 今後の展開について,澤氏は図16を示され,1年後には図中の幾つもの「?」の所に具体名が記入されているでしょうと言われた.澤氏の頭の中には,iO-brane™の特徴をもっと活かせる用途,iO-brane™でなければならない具体的用途展開があるようで,また既に着手しているような気配であった.

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図16 今後の展開

6.終わりに

 「究極のエコカー言われる燃料電池自動車が普及しないのは,それが高価であるからである.その原因は,燃料電池のコストが高いからであり,その要因の一つは電解質膜が高価なことにある.」との認識から,「①世の中に先例のない素材を用い安価な電解質膜を実現する,②究極のエコカーであるからには,その素材である電解質膜もライフサイクルを通じて環境に優しく環境負荷を出さないもの」との目標を掲げて研究に着手し,見事にiO-brane™技術にまとめあげられたことに感銘を覚えた.また,世の中に無いオリジナルな素材・構成で社会的・経済的メリットの大きい“安価”を実現したものであるからこそ,特許も論文も何の抵抗もなく受け入れられたとの話にも,これ等のことで多くの苦戦を強いられてきた筆者には羨ましいかぎりである.

 課題と今後の展望で述べたことを克服し,政府の補助金なしのリーゾナブルな価格で,究極のエコカー「iO-brane™を搭載した燃料電池自動車」が一日も早く普及することを願っている.また,iO-brane™がさらに進化し,超高エネルギー密度のポテンシャルを持つ夢の電池“Li-空気電池”の実現に寄与することを期待している.

参考文献

[1] ニッポン高度紙工業株式会社ホームページ,http://www.kodoshi.co.jp/
[2] H. Sawa and Y. Shimada, "Proton Conductive Electrolyte Membranes Based on Tungstic Acid and Poly(vinyl alcohol) Hybrid Compounds", Electrochemistry, Vol.72, No.2, pp.111-116 (2004)
[3] 澤 春夫,「無機/有機ナノハイブリッド電解質膜の開発」,燃料電池,Vol.12,No.1,pp.43-47 (2012)
[4] 澤 春夫,「高イオン伝導性固体電解質及び該固体電解質を使用した電機化学システム」,特開2003-007133,特開2003-138084,特開2003-208814,特開2003-242832,特開2004-296243,他計19件
[5] 澤 春夫,「燃料電池用電解質の技術-新規な無機/有機ナノハイブリッド膜の開発-」,JETI,Vol.60,No.7,pp.1-3 (2012)
[6] 澤 春夫,「独自の無機/有機ナノハイブリッド膜(iO-brane)を用いた新しいPdナノ粒子触媒膜」,THE CHEMICAL TIMES,No.2(通巻232号),pp.2-7(2014)
[7] 澤 春夫,「無機・有機ナノハイブリッド膜(iO-brane)を用いた新しい金属ナノ粒子触媒膜」,WEB Journal,No.145 (WEB増刊号),pp.21-24 (2013)
[8] F. Liguori, P. Barbaro, C. Giordano, and H. Sawa, "Partial hydrogenation reactions over Pd-containing hybrid inorganic/polymeric catalytic membranes", Applied. Catalysis. A: General., Vol. 459, pp.81-88 (2013)
[9] P. Barbaro, C. Bianchini, F. Liguori, C. Pirovano, and H. Sawa, "Enantioselective hydrogenation of prochiral substrates in catalytic membrane reactors", Catalysis Science & Technology, Vol. 1, Issue 2, pp.226-229 (2011)

図表は,総てニッポン高度紙工業株式会社から提供されたものである.

(真辺 俊勝)

 

 

「10-9 INNOVATIONの最先端」 企画特集は, NanotechJapan Bulletin と nano tech のコラボレーション企画です. nanotech2014_banner.jpg